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<title>人間関係に悩んでいる方のためのブログ</title>
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<description>現在、人間関係に悩んでいる方のために書いています。少しでも悩みを減らすお役に立てると幸いです。よろしくお願いします。</description>
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<title>何の役に立つかではなく、何の役に立たせるか</title>
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<![CDATA[ こんばんは！<br>久しぶりの更新になります！牛です～<br><br>さて、今回のテーマは「何の役に立つかではなく、何の役に立たせるか」です！<br><br>昔に比べて、小学生などが教師に対して「何のために勉強するの？」「勉強して何の役に立つの？」と質問することが増えているらしいですね。<br>ちなみに僕も塾のアルバイトをしていた時に生徒に同じようなことを訊かれて、その時はちゃんと答えられませんでした。<br><br>僕は大学で勉強している身ですが、今も勉強して何の役に立つのかよく分かりません。<br>僕でも言えることは、勉強するとまず自分が無知であることを知ることができて、それから少しずつ知識を増やしたり思考力を鍛えてたりしていくことができるというこですかね。<br>そして、手に入れた知識や思考力を仕事や日常生活に生かしていけるということですね。<br><br>僕はそもそも「何の役に立つの？」っていう質問がおかしいんじゃないかなと思います。<br>なぜかというと、何の役に立たせるかは自分が考えることだと思うからです。<br><br>確かに、いろんな人がある知識や思考法などをどんな風に活用しているかを知ることは真似るうえでも、応用するうえでも必要だと思います。<br>しかしその場合、「あなたは～をどんなふうに役立てていますか？」といった質問になるんじゃないかと思うんですよ。<br><br>その質問だと自分の例を挙げることで答えることができるので、答える側は答えやすいですし、尋ねる側も理解しやすいんじゃないかなと思います。<br><br>結局言いたかったのは、何の役に立つかは自分で考えることで人に訊くことじゃないということです。<br><br>では～<br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11736147053.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Dec 2013 18:54:47 +0900</pubDate>
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<title>２０１３年の振り返り</title>
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<![CDATA[ ２０１３年ももうじき終わりを迎える。<br>そんな訳で、今年を振り返ってみようと思う。<br>これから先の文章は、自分がいろんな出来事を思い出して書きなぐるだけなので、読む必要はない。<br>あくまで、自分のために書くというだけである。<br><br>　さて、２０１３年が始まった時、俺は精神的に参っている最中だった。大学にもあまり行っていなかった。そして、２月のテストの直前に自分が学校に全然行ってないのに、テスト前に少しだけ勉強して単位を取る行為に疑問を感じ、あまりに行っていなかった授業のいくつかはテストを受けに行かなかった。その結果、今が大変なわけだが、それは置いておこう。<br><br>　そもそも、俺は高校３年になるまで大学に進学するつもりがなかった。しかし、自分が何をしたいかを考えた時に、大学に進むことを決めた。それから、勉強するようになって勉強の楽しさも知るようになり、大学ではいっぱい勉強しようと思っていた。結果はどうだろうか。大学１年では体育会の部活に入り、２年になる直前、部活を辞めてすぐに彼女ができ、長い間、精神的に参る生活が始まることになる。そんなわけで、勉強するつもりで入った大学で２年間勉強を真面目にしていなかったわけである。<br><br>　そして、テスト直前にこれからはちゃんと勉強しようと思い、いくつかの授業は来年受け直すことを決めたのである。また、大学では英語も勉強して、使えるようになりたいと思っていたので、単語帳を眺めたり、時間を見つけて、英語を聞くということをしていたので、当時は、英語は多少できるような気がしていた。<br><br>　しかし、春休みに入ってすぐに、ネットで受けることができる英語の試験を受け、その結果が思ったようなものではなくショックを受けることになる。そんななか、「勝ち続ける意志力」「本を読んだら、自分を読め」といった本を読んで、頑張ろうと思い、「英語上達完全マップ」などを参考にしながら、英語の勉強を始める。<br><br>　春休みにしたことは、バイト、英語の勉強、読書、海外旅行ぐらいである。自分でも忘れていたが、３月まで塾でバイトをしていた。英語の勉強は毎日３時間はやっていた。読書の方は、２０冊ぐらい読んだ。初の海外旅行はかなり不安だったが、無事でよかったし、それなりには良い経験になった。また、１度海外に行ったことが、夏休みにフィリピンに１か月の留学をするきっかけになったとは思う。<br><br>　今考えると、春休みに全然大したことはしてないが、今まで、大学で友達を失って１人になったり、彼女の束縛を受け、何のやる気も出なかったその時の自分にとっては、自信を持つきっかけになった。<br><br>　それからは、３年の前期で授業にもできるだけ出る中で、英語の勉強毎日３時間も課題の提出直前以外は続けることができていたし、読書の方もそれなりにはできたと思う。今数えたら、前期の間に４０冊ほど読んだようだ。自分からすると、授業にも出るようになり、英語の勉強も続けて、読書もしていたというのは、かなりの成長だったと思う。<br><br>　６月に彼女と別れた時は、一時期何もできなくなって、大学も行けなくなっていたが、今から考えると何故そんなに苦しかったのか良く分からない。多分、付き合っていた16か月をすごく無駄なものだと感じて、ショックだったのだろう。付き合うことによって、大学で友達がいなくなって、束縛によって、新しいことを始めても結局続けることができなかったりして、失うものしかなかった付き合いの中に、全く意味を見つけられないのが、それなりに辛かったということだろう。<br><br>　夏休みはそれなりに充実していたように思う。最初の2週間は1日5時間ほど英語の勉強をして、1日1，2冊の本を読んでいた。それから、フィリピンに1か月留学をして、帰ってきてからオープンデスクに2週間行っていた。かなり充実していたと今でも思う。<br><br>　夏休みに一番驚いたことは、フィリピンで1年以上ぶりに心から笑うということをして、「俺はこんなに明るい場所にいたのか」と思ったことである。そこから少しずつであるが、人とも話せるようになってきている。しかし、未だにこの事実をちゃんと受け入れることができずに、嬉しくて泣きそうになってしまうこともある。<br><br>　後期は今真っ最中だが、課題をやりつつ、研究室の活動にも積極的に参加している。なかなか忙しくて、英語の勉強がおろそかになっているので、頑張らないといけない。なんか、夏休みにいろいろやりすぎて、気が抜けてしまっている部分も多少はあるので、変えていかないといけない。<br><br>　というわけで、しっかりと立て直して、来年もやりたいことをしっかりとやっていきたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11729743991.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Dec 2013 16:32:42 +0900</pubDate>
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<title>褒められた時に素直に喜べない人へ</title>
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<![CDATA[ こんばんは！牛です！<br><br>いきなりですが、あなたは褒められた時に素直に喜べますか？<br><br>僕は、褒められるのが苦手でついついスルーしちゃったり謙遜しちゃったりして、素直に喜べないんですよね。<br><br>それに、素直に喜ぶのも調子乗ってるみたいだなと思ってたんですね。<br><br>そもそも、自分の評価が結構低いので、褒められるとそんなことないっす！って感じるんですよね。<br><br>でも、褒められたということは、相手が自分の何かを認めてくれたということですよね。<br><br>それに対して、否定したりスルーしたりするのはすごい失礼だということに気づきました。<br><br>自分が誰かを褒める場面を想像してみるといいと分かると思うんですが、相手の何かを褒めた時に、相手が嬉しそうじゃなかったり、それを否定されたりするのに、褒めたのにもかかわらず、あまりいい気分がしないですよね。<br><br>それが、１回２回とかだといいんですが、何度も続くと、この人を褒めるのは止めようと思うことだってあるかもしれません。<br><br>それに比べて、相手を褒めた時に、嬉しそうだったり、感謝してもらったりすると、こちらも嬉しいですし、次からも機会があれば積極的に褒めようと思いますよね。<br><br>僕は今まで、自己評価が低いこともあり、褒められるとすごく困っていたんですが、相手の立場に立って考えるという視点が欠けていました。<br><br>これからは素直に喜ぶようにしようと思います。<br><br>みなさんも、誰かに褒めてもらった時は、もし、否定したりスルーしそうになった時は、相手の気持ちを考えて、素直に喜ぶようにしましょう。褒められることは良いことですしね。<br><br>僕も、いっぱい人を褒めて、自分が褒められた時は、素直に喜んでいきます！<br><br>では！<br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11728611099.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Dec 2013 18:58:07 +0900</pubDate>
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<title>話すことと聴くこと</title>
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<![CDATA[ こんばんは。牛です。<br><br>いきなりですが、あなたは誰かに自分の話をすることと誰かの話を聴くこと、どちらが好きですか?<br><br>僕はと言うと、相手の話を聴くことの方が圧倒的に好きです。<br>なぜかと言うと、自分の知っている話を聴くよりも自分の知らない話を聴く方が好きだからです。<br><br>自分の知っている話を聴くというのは、自分が何かを話す際、話すと同時に自分の話を聴くことになるということです。<br><br>自分の知らない話を聴くというのは、相手の話を聴くということです。<br><br>その2つを比べると、自分が好きなのは後者だなと思うわけです。<br><br>そんな訳でもし良かったらいろんな話を聴かせていただきたいものですね。<br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11728017488.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Dec 2013 18:55:50 +0900</pubDate>
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<title>センスのなさは武器になる</title>
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<![CDATA[ おはようございます、牛です。<br><br>昨日は「伝え方が9割」の著者の佐々木さんと学生時代からの友達だという方にいろいろ話してもらいました。<br><br>話としては、佐々木さんがコミュニケーション能力0だったのに、コピーライターになってしまって、そこから努力でなんとかしたという感じでした。<br><br>そして、努力だけでなんとかなるものもある、ということを仰っていただきました。<br><br>この中で僕が思ったのは、かつてコミュニケーション能力0だったからこそ、佐々木さんの本は売れるのではないかということです。<br><br>もし彼にセンスがあったとすれば、何から何まで意識をせずとも、普通にするだけである程度以上の成果を出すことができていただろう。<br><br>その場合、誰かに方法伝えようとすると、自分が無意識にやっていることの割合が多くなるので、ノウハウとしてはかなり不完全なものになるはずだ。そうなってしまったとすれば、多くの人にとってそのノウハウはそこまで有効なものにはならなかったのではないか。<br><br>その点、センスがないからこそ試行錯誤して、自分の中に1からノウハウを立ち上げていかなければならない。そして、そんなふうに1から立ち上げたからこそ、誰かに伝える時に、全体をしっかり分かってもらえるのではないだろうか。<br><br>つまり、何らかの経験や知識を前提としないという点で、多くの人に受け入れられることに繋がったのだ。<br><br>確かに自分のセンスのなさと向き合いながら努力はきついものだろう。しかし、長く続けていれば、ノウハウ強力なものになるし、その上、他のセンスのな人の気持ちも分かり、その人たちに分かりやすい形で情報伝えることができる。<br><br>そんなわけで、センスのなさこそが武器になる、ということもあると改めて思いました。<br><br>では、今日も頑張っていきましょう！
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11727717310.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Dec 2013 07:02:12 +0900</pubDate>
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<title>「～したい」という言葉について</title>
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<![CDATA[ おはようございます。牛です。<br>今日は久しぶりの早起きなので眠いですね。<br><br>さて、「～したい」という言葉を良く言う人っていますよね。<br><br>そして、そういう人に限って言ってるだけだったりしますよね。<br><br>なんでこんなことが起こるのでしょうか?<br><br>あなたがもし本当にやりたいことがあるなら、今すぐ、もしくじゃできるだけ早くそれに取り組むはずですし、わざわざ宣言する必要はないですよね。<br><br>なぜ宣言するのでしょうか?<br>僕は実際にはやらないのに「～したい」という人の心理は良く分からないですし、ぜひ教えてほしいです。<br><br>しかし本当にやりたいことなら宣言すべきではないということ事実のようです。実験で証明されているので 。<br><br>あなたも本当にやりたいことがあるのなら宣言しない方が賢明かもしれません。
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11727194260.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Dec 2013 09:33:57 +0900</pubDate>
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<title>2月を振り返る。</title>
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<![CDATA[ 2月はどんな感じだっただろうか。<br><br>試験が、2月初めに終わり、そのあと父と二人で北海道に流氷を見に行ったりしたな。<br><br>それからは、本を読んだりしながら、英語の勉強をしていたな。<br><br>そのころも特に目標はなく、英語出来るようになりたいなぐらいの感じであんまりちゃんとはやっていなかったな。<br><br>それでCASECっていう試験を受けたんだが、その評価が自分が思っていたより低くて、そこから「英語上達完全マップ」とかを参考にしながら、英語の勉強を真面目にやるようになったな。<br><br>2月後半から真面目に英語を毎日3時間は勉強するようになったんだよな。<br><br>そのきっかけは、CASECの点の低さだけじゃなく、そのころ読んでいた「勝ち続ける意志力」で、とりあえずどんだけみじめでも頑張ってみようと思えたんだよな。<br><br>頑張ってれば何かいいこともあるかもしれないぐらいの感じで、とりあえず英語の勉強をしていたな。<br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11725373099.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Dec 2013 08:27:08 +0900</pubDate>
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<title>1月を振り返ってみる。</title>
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<![CDATA[ 2013年1月はどんな感じだっただろうか。<br><br>正直あんまり覚えていない。<br><br>ひとつだけ言えることは、この時はまだ精神的にきつかったということだけだ。<br><br>なぜきつかったかを考えるには、2012年について書く必要がある。<br>2012年2月に彼女ができた、今はもう別れているが。その彼女とは同じ学科で元彼も同じ学科にいた。そして、その元彼が彼女と別れてから他の男子達と以前よりも仲良くするようになって、そこに入っていくのが気まずいなと思っていると、学科で一人ぼっちになってしまったこと。女子と仲良くすればいいやんと思う人もいるかもしれないが、元カノは僕が女子としゃべったり、隣に座るだけで、怒るような人だった。<br>そんなわけで、学科では一人ぼっちだった。元カノも同じ学科だったが、その人はあんまり学校に来なかったので、基本は一人だったということだ。<br>2012年には所属していたテニス部を文句を言われながら辞めたり、学校に友達がいないなら、新しく何かサークルに入ったり、何か活動に参加したりすればいいと思っていて、いくつか参加もしたのだが、そのたびに、元カノにサークルや活動に女子もいるという理由で、怒られたり、活動中に何度も電話がかかってきたりしていた。そんなわけで、新しく何かをする気力も尽きていた状態が続いていた。<br><br>2013年1月に戻ろう。<br>その時は、そういった2012年の状態をまだ引きずっていた。そのため精神的にきつかったというわけだ。<br>この時は、学校もあまり行ってなくて、課題だけはなんとか出したりしている状態だったが、なんのために生きているのか正直分からなかった。<br>なぜもっと早く別れなかったのだろうか。<br>その時の僕は、元カノのためにいろいろしてあげていれば、元カノもいつかは僕のことを考えて何かしていると考えていたのだろう。元カノは基本何かを頼むとしんどい、忙しいばかり言っていたが、変わってくれると思っていたのだ。<br>そんな風に、自分がしてあげているという気持ちや、自分に人を変えることができると考えていたことが、今思うとそもそもの間違いであり、傲慢さの表れだったのだが。<br>結局、相手がどうだったかは置いておいて、自分のことしか見れていなかったんだなと思う。<br><br>そんなわけで、学校には最低限行くだけ、他は、バイトに行ったり、自分がなぜ生きているのかだけを考えていたり、元カノとあっているときは、基本的に相手の愚痴を聞いていたり、楽しかった記憶がない。<br><br>なんとか設計課題を出して単位を取れたことが唯一の救いだったかもしれない。<br><br>なんだか1月を思い出していると悲しくなってきたので、この辺で終わりたい。<br><br>なんか暗いことばかり書いてしまって、すみません。<br>今は大丈夫です！<br><br>では、失礼します。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11722941471.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Dec 2013 08:59:36 +0900</pubDate>
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<title>今年を振り返る前に</title>
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<![CDATA[ <p>今年ももうすぐ終わりを迎える。</p><p>&nbsp;</p><p>思い返すと、しっかり実行できたことや、できなかったこともあったなと思う。それらの出来事を忘れないために、振り返りながらその時どんなこと考えていたか今年の内に振り返っていきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてその前に、自分にとって今年を振り返る行為がどのような意味を持つのかを考えてみようと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>最初に言っておくと、僕は写真で記録を残したりしないタイプである。なぜだか分からないが、写真を撮ってしまうとそれで安心してしまって忘れてもいいやと思ってしまう気がするのである。そのため、写真などはほとんどない。読書記録などをメモ程度にとってはいるが、自分の経験や思いについて、さすがにまとめずに放置しておくといずれ忘れてしまうだろう。まあ忘れたとすれば、その程度の記憶だったともいえるかもしれないが。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり、今年を振り返る行為の一つの役割は、忘れないうちに記録として残しておきたいということである。その過程で、忘れかけているできごとを再発見していくこともできたらいいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>もう一つの役割として、自分が日々を送っているときは、直面する様々な問題にどう立ち向かえばいいか分からないことが、往々にしてあるのだが、時間を経て、客観的に見ることができるようになったこともあるだろう。そういった物事と改めて向き合うことで、来年以降の生活において役に立つのではないかと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>三つ目の役割が、そういった客観的に見ることができるようになった物事以外の未だに分からない、迷っているできごとを意識に浮かび上がらせることで、来年の目標を考える参考にしていきたいということである。</p><p>&nbsp;</p><p>まとめると、自分にとって今年を振り返るということの意味は、</p><p>１、忘れないうちに記録するため。</p><p>２、客観的に見れるようになった物事を見つけ、同じ問題に直面した時、よりうまく　　向き合えるようにするため。</p><p>&nbsp;</p><p>３、未だに解決していない物事を改めて意識のもとに浮かび上がらせることで、来年　　の目標を立てる参考にするため。</p><p>&nbsp;</p><p>上の3つが主なものになると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>また、自分があの時こんなこと考えていたよなと、今の自分が過去の自分の考えを思い出す行為には、想像や捏造が入り混じることになるだろうが、それらも今の自分の思考を知るうえで意味があると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>まあ、のんびり思い出しながら、今年中になんとか一通りまとめていきたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11722897324.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Dec 2013 08:59:08 +0900</pubDate>
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<title>あなたは自分が何を求めているかを本当に知っていますか？</title>
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<![CDATA[ こんにちは、牛です。<br><br>あいかわらず今日も寒いですね。<br>みなさん体調には気を付けてください。<br><br>ところで、「マズローの欲求五段階」をいうものをご存知でしょうか？<br><br>簡単に説明すると、人間の欲求には5段階あって、1段階目が満たされると、その上の段階の欲求が現れるというものです。<br><br>１、生理的欲求・・・生きるために必要な飲み物、食べ物などを求めること。<br>２、安全欲求・・・自分の安全を求めること。<br>３、親和欲求・・・友達など、自分を受け入れてくれる相手を求めること。<br>４、自尊欲求・・・他人に認めてもらうことを求めること。<br>５、自己実現欲求・・・自分の成長を求めること。<br><br>こんな感じです。<br><br>1が満たされると２を求める。次は３というふうに、人間は欲求を抱くというやつなんですが、これってどうなんでしょうか。<br><br>自分の場合で言うと、あまり当てはまってないなという感じです。<br><br>例えば、自分では３や４が満たされていないような気がするんですが、それよりも自分の成長を求める気持ちが強いので、まあいいかと思ったりしているんですよね。<br><br>まあ人それぞれ欲望の形もやっぱり違うよなとは思います。<br><br>しかし、生理的欲求や安全欲求は誰でも重要ではないでしょうか。<br><br>そもそも、自分が生きていけるか分からない状況で他のものを求めている余裕はないですもんね。<br>そういう意味では、あながち正しいのかなとも思ったりします。<br><br>さて、今回はマズローの欲求５段階を紹介したんですが、僕自身何を伝えたかったかというと、<br><br><font size="3"><b>あなたは自分の欲求を把握していますか？</b></font><br>ということです。<br><br>これが分かっていないと、他人が欲しがっているものを自分も欲しいかのように錯覚してしまい、それを手に入れようと頑張った結果、もし手に入れることができたとしても、そんなにうれしくないですよね。<br>それにそんなにうれしくないだけじゃなく、時間も無駄にしますし、本当はほしくないもののためにリスクを犯してしまう。<br><br>こういったことは避けてほしいなと思います。<br><br>そんなわけで、<br><b><br><font size="3">自分がどんな欲求を持っているのか？<br>それは満たされているのか、いないのか？</font></b><br><br>それをまずは知らないといけないんじゃないかなと思います。<br><br>では、今日はこの辺で失礼します！<br><br>最後まで読んでくれて、ありがとうございます！<br>コメントとか書いてもらえるとうれしいです。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/playingpanda/entry-11717041441.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Dec 2013 18:06:10 +0900</pubDate>
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