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<title>とーしんだいにっき</title>
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<description>＃双極性障害＃悪性リンパ腫＃Aya世代＃きょうだい児</description>
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<title>(2/2)双極性障害6年生によるおすすめ心持ちランキング</title>
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<![CDATA[ <p>1位　他人の闘病エピソードを参考にしない</p><p>　長々とランキングと共にエピソードを喋っていたのに、ここで最大の矛盾が発生してますよね。</p><p>わかりますわかります。</p><p>でも一旦聞いてください。</p><p>&nbsp;</p><p>　精神疾患当事者の発信内容は、本でもYouTubeでもSNSでも、いくらでもアクセス出来ます。</p><p>それぞれの発信者を批判したい訳ではないです。</p><p>初期の時は特にお世話になっていたし。</p><p>&nbsp;</p><p>　でも当事者と自分は同じようで、違います。</p><p>当たり前のようで、これを忘れてしまう私がいました。</p><p>同じ当事者って、診断名が同じなだけで、それ以上でもそれ以下でもない。</p><p>自分の構成要素の1つである双極性障害という事だけが一緒なだけで、それ以外は同じでは無い。</p><p>診断が下るまでの流れも、それをどう受け止めているかも、環境なども違う。</p><p>あとうつ病かと思っていたら、後々双極性障害とわかる場合もある。</p><p>私のように。</p><p>&nbsp;</p><p>　だから自分に合わないアドバイスを真面目に受け入れなくていい。</p><p>出来ない自分を責めなくていい。</p><p>だってそれは私にとってはアドバイスでは無いから。</p><p>&nbsp;</p><p>　例えば</p><p>「メンタルには規則正しい生活、食事が大切。</p><p>日光を浴びて散歩をしよう」ってよく見聞きするじゃないですか。</p><p>私としては正直「うるせぇ。それが出来たら苦労しないんだよ」と思っていましたし、今も思っています。</p><p>本当に不調な時って起き上がるのがまず難しい。</p><p>何を食べるか、どう食べるか考えて決めるのも難しい。</p><p>そんな中で散歩なんてどれだけ難しいかわかるな？</p><p>&nbsp;</p><p>　でもそんな情報はありふれているから、それが正解のように自他共に思ってしまう。</p><p>同じ当事者が出来ていることが自分には出来ない焦りや失望。</p><p>家族などの周りも良かれと思って「この人はこう回復した。これが良いらしい。やったほうがいいんじゃない？」となる。当事者発信の情報って、誰の為の情報なんだ？</p><p>　</p><p>　なので(なので？)、闘病エピソードを聞かないことを1位にしましたが、私のエピソードを信用せず聞いても良いと思います。</p><p>すごく突き放した言い方になってしまいますが、なんでもいいです。</p><p>無責任に「大丈夫」という言葉を放ちたくないですが、なんでも大丈夫だと思います。</p><p>「同じ闘病者」という仮面を被って、自分を嫌いになるメッセージになっていないよう願います。</p><p>&nbsp;</p><p>ランキングまとめ</p><p>３位　「気分は落ちて当たり前」</p><p>２位　事実に目を向ける</p><p>１位　他人の闘病エピソードを参考にしない</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12978098939.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 09:20:31 +0900</pubDate>
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<title>(1/2)双極性障害6年生によるおすすめ心持ちランキング</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;23歳でうつ病と診断され、最近双極性障害と診断されました。</p><p>そう考えると、小学校卒業出来る位の年月を、寛解せず双極性障害と向き合ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>　診断は下っても、生活は誰も責任を持ってアドバイスしてくれません。</p><p>手探りで生きてきました。</p><p>その中で見つかった、自分の中でのモットーをランキング形式でシェアします。</p><p>&nbsp;</p><p>3位　「気分は落ちて当たり前」</p><p>　気分が落ちてしまうとどうしても上げようと努力していました。</p><p>上げられない自分を責めてしまったり。</p><p>&nbsp;</p><p>　でもどう頑張っても気分は落ちると最近発見しました。</p><p>むしろ上げようとすると躁状態になる。</p><p>躁状態が大きい分、反動で落ち込みも大きくなる。</p><p>この悪循環を止めるには、気分が落ちることを許すと言うか、落ちる事に身を委ねてもいいのではと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　まあ怖いですけどね。</p><p>「自分の機嫌は自分で取る」という風潮の中で、自分の気分を自分でコントロール出来ないのも。</p><p>どの位落ち込みが続くかわからないのも。</p><p>わからないって怖い。</p><p>&nbsp;</p><p>2位　事実に目を向ける</p><p>　「ストレスを感じない生活をしましょう」と主治医に言われたことがあります。</p><p>でも全然ピンときませんでした。</p><p>ストレスや疲れがリアルタイムでわからないからです。</p><p>後になって、「あぁあの時疲れたんだな」、「あれ実は嫌だったな」とじんわり実感する事が多かったです。</p><p>これは病気の原因なのか、自分の性質なのか、いまだにわかりません。</p><p>ひとまずわかることは、自分の感覚を信じない方が良さそうということ。</p><p>&nbsp;</p><p>　そこで私が着目したのが、歩数、出来事などの事実です。</p><p>　</p><p>　歩数については、「歩けば歩くほどいい」という感覚を捨てました。</p><p>これ以上動かないというラインを決めました。</p><p>どんなに気持ち的に「まだ動けそう」という状態でも、そのラインを超えそうであればすぐ帰宅しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　出来事については、自分の言葉で1言で言うと「逆スケジュール化」しました。</p><p>スケジュール帳って予定を書くものだと思うのですが、予定を書かずに逆に出来事を書きました。</p><p>例えば、スーパーに行った、電話した、部屋にこもったなど。</p><p>ただ出来事を書く。</p><p>部屋にこもったと書くのが初めは抵抗がありますが、意外と大事。</p><p>どのくらいの期間、どのタイミングでこもりがちなのか把握するのに役立ちます。</p><p>また、休む罪悪感も減ります。</p><p>休む罪悪感についてはここでは長くするので別で投稿します(多分)。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977900058.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 09:16:29 +0900</pubDate>
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<title>1クール目</title>
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<![CDATA[ <p>1クール目</p><p>&nbsp;</p><p>主な副作用</p><p>吐き気、ふらつき、食欲不振、便秘、めまい・貧血、指のしびれ、耳鳴り、抜け毛、だるさ、発熱</p><p>&nbsp;</p><p>夜間救急地獄</p><p>夜間とか通常受付ではない時間に調子を崩しがちだったので、よく夜間救急にお世話になった。</p><p>夜間は研修医が対応しがちだった。</p><p>別に研修医を一概に悪く言うつもりは無いが、</p><p>「もう少し練習してからの方が良いのでは？」感がすごいというか、</p><p>私が練習台になってる感がすごかった。</p><p>&nbsp;</p><p>１番覚えているのが、夕方頃熱が下がらない為受診した時のこと。</p><p>発熱があるので一応採血して３つくらい検査する事になった。</p><p>そこまではわかる。</p><p>よろしく頼むよ感がすごい。</p><p>で、丁度夜勤の人と交代の時間らしく３人体制に増える。</p><p>交代はわかるけど、２人じゃないんだ。</p><p>囲まれてる感がすごい。</p><p>&nbsp;</p><p>そしていざ採血となった時に聞こえた言葉↓</p><p>「これやったことある？」「無いです」</p><p>無いんだ！？もしそれ事実だとしても患者の前で言わない方が良くない！？</p><p>「これ消毒するのAじゃなくてBだよ」「わかりました」</p><p>それだけ！？やり直さなくて大丈夫？わかるのは大事だけども。</p><p>&nbsp;</p><p>発熱などで体はしんどいはずなのに、不安をあおられまくって逆に頭が冴えてくる謎現象が発生した。</p><p>&nbsp;</p><p>後日談だが、</p><p>病院からの案内に「38℃以上の発熱があったら受診して」と書いてあったので都度受診していたが、</p><p>2クール位の時担当医から「2つ以上症状が無いなら来なくていい」と言われた。</p><p>てめえ(# ﾟДﾟ)</p><p>どっちやねーん！！！</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977611901.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Sep 2026 08:34:33 +0900</pubDate>
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<title>(5/5)困ったら近くの信頼する人に相談しようは本当か？</title>
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<![CDATA[ <p>まとめ</p><p>&nbsp;</p><p>　3つの立場での体験を通して困った時にどうしたら良かったか考えてきた。</p><p>それを踏まえて、「困ったら近くの信頼する人に相談しよう」は自分の場合は当てはまらなかったように感じた。</p><p>私の中では、「困ったら相談してもいいし、しなくてもいい」という前提が欲しかったように思える。</p><p>&nbsp;</p><p>　東大教授の熊谷さんの言葉で、「自立とは依存先を増やすこと」というものがある。</p><p>ずっと私は、困った時に「助けて」と言える相手を複数人確保するという意味で「依存先」を解釈していた。</p><p>でも、この文章を書いていく内に捉え方が変わった。</p><p>&nbsp;</p><p>　依存先は人でも良いし、物でも良い。</p><p>そして同じ人でも、「助けて」と言う相手が全てでは無い。</p><p>この人といれば、悩みがあっても忘れて時間を過ごせるという相手も立派な依存先ではと思う。</p><p>また、人に限らず、ラフな言い方をすれば推しも依存先の１つだと思う。</p><p>かわいいもの、かっこいいもの、ワクワクするもの…推しの存在によって時間をやり過ごすのも大切な手段だと思う。</p><p>何も解決しないように一見見えるけど、自分のときめきも時間も大切にするのは、解決と同じくらい、もしかしたらそれ以上に価値のあるものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977110372.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 10:15:41 +0900</pubDate>
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<title>(4/5)困ったら近くの信頼する人に相談しようは本当か？</title>
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<![CDATA[ <p>悪性リンパ腫患者として</p><p>&nbsp;</p><p>　悪性リンパ腫患者として、困っているのか困っていないのか、自覚するのは正直難しかった。</p><p>困っていると言っていいのかもわからなかった。</p><p>なぜならやるしかないから。</p><p>自分の気持ちや考えを入れる隙間は感じられなかった。</p><p>大げさに言えば、生きるか死ぬかの判断に想いを挟んでいる場合ではなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　1年経った今になって、「あの対応傷ついたなあ」「仕方のない事だけど、副作用で色々失ったの悲しかったなあ」などの想いが浮かんでくる。</p><p>&nbsp;</p><p>　また、AYA世代ならではのモヤモヤがあった。</p><p>それはライフイベントが多い年代として、自分と周りをつい比べてしまうことによるモヤモヤである。</p><p>友達が結婚したり、出産する人が多い時期の闘病だった。</p><p>結婚も出産も悪いことではなく、むしろおめでたい出来事だ。</p><p>頭ではわかっている。</p><p>でも自分の状態と比較し落ち込むという一言では表せない感情になった。</p><p>素直に祝福出来ない自分も嫌だった。</p><p>&nbsp;</p><p>また、なぜか入院病棟の同じフロアで産婦人科が一緒であり、毎日出産の場面が近くにあった。</p><p>「本当は私の両親も出産のようにポジティブな理由でお見舞いにきたかっただろうに」と考えると、自分がみじめで情けなくて仕方なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　最後にここでも考える。</p><p>あの時誰にどう相談すれば良かったか？</p><p>一言で表すなら、「相談から逃げてほしい」。</p><p>相談しようとすると、問題にというか事象に向き合わなければいけないので、まずはやり過ごす。</p><p>元気が回復してから向き合う。</p><p>それで遅くないと思う。</p><p>あの時私は「どうしたいか」を後回しにしていた。</p><p>治療出来るのは当たり前ではなく有難いことだと思っていたし、元気になるには希望は優先しないほうがいいと思っていた。</p><p>また、自分の考えより、専門知識のある主治医や日々世話になっている家族の考えに従ったりする方が良いと思っていた。それを続けていくうちに、希望どころか自分の考えも感情も自分でもわからなくなっていった。</p><p>その状態からの相談って、かなり難しいと思う。</p><p>なんだかモヤモヤしているのに、相談出来ない自分ってやはりだめなんだと思わなくて良い。</p><p>相談する元気が枯渇しているのに、無理に言葉にしなくて良い。</p><p>だから相談から逃げてほしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977110146.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 10:12:53 +0900</pubDate>
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<title>(3/5)困ったら近くの信頼する人に相談しようは本当か？</title>
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<![CDATA[ <p>双極性障害患者として</p><p>&nbsp;</p><p>　新卒で福祉系の企業に就職した。</p><p>職業柄沢山の方の話を聴いた。</p><p>また、兄をサポートする母の支えになりたくて、家でも話を沢山聴いた。</p><p>職場でも、家でも、人の話を聴く事はあっても、逆に私が主語になることはほとんどなかった。</p><p>この頃から希死念慮が毎日のように浮かび、半年後くらいに精神科を受診した。</p><p>うつ病だった。</p><p>診断が下った次の日から休職し、復職出来る見込みが全く無かった為退職せざるを得なかった。</p><p>就職して1年も経たなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　うつ病と診断され、いわゆる社会のレールから外れ、困った事は沢山あった。</p><p>私ってこれからどうしたらいい？</p><p>いつ良くなるの？</p><p>何がいけなかったの？</p><p>後悔する過去と将来への不安でいっぱいになり、どんどん今が小さくなっていった。</p><p>&nbsp;</p><p>　頼りたい気持ちはあったのに、誰に頼ればいいか全く見当がつかなかった。</p><p>だから手あたり次第に助けを求めた。</p><p>医師にも、心理士にも、公共の相談窓口にも、「誰でもいいから助けてほしい」一心で訴え続けた。</p><p>でも「話して良かった」と思えたことは1度も無かった。</p><p>適切な専門機関に連絡出来なかった自分も悪いのだが、「あなたみたいな人はどこでも助けられないと思う」と言われてしまう時もあった(笑)(笑えない)</p><p>&nbsp;</p><p>　またここでも考える。あの時誰にどう相談すれば良かったか？</p><p>すごく主観で答えを出すとすれば、相談しなくてよかった。</p><p>なぜなら私が持っていた困り事全てを1つの専門機関で丸ごと解決するのはかなり難しいと、6年経った今では痛感しているからである。</p><p>&nbsp;</p><p>　例えば「これからどうしたらいい？」を相談しようとする。</p><p>あの時の私としては、自分の過去を根掘り葉掘り聞いてもらった上で受け止め、現在の問題点を洗い出し、自分の無理の範囲での進め方を示してもらうことが理想だったと思う。</p><p>でも、この理想全てを1つの機関や人が叶えるのは中々難しいのではと、何の専門知識も無い自分だが実感している。</p><p>&nbsp;</p><p>　もし主治医が対応するとして、現在の問題点をある程度洗い出し服薬などで対応するまでは出来ると思う。</p><p>ただ、限られた診察時間のなかで多大な過去や未来に焦点を当てるのは無理な部分が出てくる。</p><p>&nbsp;</p><p>もし公共の相談窓口が対応するとしたら、こちらもある程度問題に寄り添ってもらえるとは思うが、継続的に自分に併走する事は大分難しいと思うので理想を叶えるのは難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>最後に心理士にカウンセリングをお願いすると理想の実現に近づくような気もする。</p><p>過去、現在、未来を全て対応してくれるような感覚が最初はあった。</p><p>しかし、6年の経験から、それが可能な人もいるだろうが難しい場合もあることを知る。</p><p>なぜなら私の場合は困っていることが複雑で単純化出来ないからである。</p><p>これは最近知ったのだが、困っていることがシンプルの方がカウンセリング効果が高いらしい。</p><p>なので、私のような「何に困っているかわかりません」状態の人は対応が難しいらしく、カウンセリングを断られてしまった。</p><p>そこを一緒に明確化していくんじゃないんだとは思うが。</p><p>全カウンセラーがそうでは無いと思うが、やはり自分と合う心理士やカウンセラーと出会うのってそもそも難しいのではないかという実感がある。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここまでの整理は、ある程度状態が安定し経験を積んだ今だから出来ることである。</p><p>なので困っている渦中で、自分が何に悩んでいるのか自覚し言語化し、それに合った専門機関を探し、そこにリアルタイムで繋がり相談するのはかなり難しい作業に思える。</p><p>&nbsp;</p><p>　あと少し話はズレるが「信頼できる大人」を専門機関で満たすって結構乱暴なように感じる。</p><p>これは専門機関が悪いとかそういった話では無い。</p><p>そもそも相手を信頼出来るかどうかは、ある程度相手と時間を共にし、人柄を知った上で判断するものと思う。</p><p>なのに、ほぼ初対面の相手を信頼するって何か違う気がする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977109690.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 10:08:08 +0900</pubDate>
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<title>(2/5)困ったら近くの信頼する人に相談しようは本当か？</title>
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<![CDATA[ <p>※この投稿はセンシティブな用語を用います。無理せずブラウザバックしてください。</p><p>&nbsp;</p><p>きょうだい児として</p><p>　私が自分をきょうだい児として自覚したのは、20歳位である。</p><p>なぜなら兄が発達障害と診断されたのが社会人になってからで、丁度その時私が20歳頃だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　助けてほしいことは沢山あった。</p><p>仕事から帰ってきて、仕事のストレスで部屋で暴れる兄への怖さをどうしたらいい？</p><p>これは本当に大変な時で、母自身すごく大変だったからだと思うけど、「お兄ちゃんと一緒に死のうと思う」と言われた私の気持ちはどうしたらいい？</p><p>親族の将来を考えて大学院進学を諦めた私の気持ちは？</p><p>&nbsp;</p><p>　でも言えなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　兄も母も悪気があって私をおとしめようとしてした行動では無いとわかっていたから。　</p><p>友達がいない訳では無かった。</p><p>大学に行ったら穏やかで優しい友達に会えていた。</p><p>その友達に暗い話題を提供するのが申し訳なかった。</p><p>家族の事を話すと家族を悪く言うことになってしまうのも怖くて話しにくかった。</p><p>困っている。</p><p>信頼できる人がいない訳ではない。</p><p>でも、友人が信頼できるからこそ、大切であるからこそ、何も言えなかった。</p><p>自分の想いや経験が、友達の中で重りとなり顔も気持ちも曇らせてしまうのが申し訳なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここで考える。では今考えると誰に相談すれば良かったか？</p><p>&nbsp;</p><p>　結論から言うと、同じきょうだい児者が集う会である。</p><p>私はきょうだい児という言葉に出会うのが遅かったので、きょうだいが集う会に参加できたのは1番困っていた時期から遅れた3年後位である。</p><p>その頃コロナが萬栄していた時期なので、全国様々なきょうだいのみんなでお話するリモート会が、毎月のように開催されていた。</p><p>　</p><p>　そこでは問題が解決することが目標にはなっていない。</p><p>同じきょうだいという立場で共感しあったり、各自の経験から「こうしたら良いのでは？」と寄り添ったりする時間が流れていた。</p><p>私はそれがとても心地良かった。</p><p>直接的な解決ではないが、心からの「わかるよ」をもらえる事が、自分の経験や想いを代わりに言語化してもらえる感覚がとてもホッとした。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここで初めの前提条件と比較する。</p><p>相談は「近く」でなくても良いことがわかる。</p><p>きょうだい会は、近所では無い。むしろ全国各地、1番遠いと海外から参加されている方もいた。</p><p>でも住む場所関係なく、同じきょうだいという共通点の中で、限られた2時間程度の会話が、確実に私の支えとなっていた。</p><p>つまり相談相手と自分との距離は関係ないのではという仮説がここで生まれる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977109119.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 10:01:14 +0900</pubDate>
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<title>(1/5)困ったら近くの信頼する人に相談しようは本当か？</title>
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<![CDATA[ <p>※この投稿はセンシティブなワードを用います。無理せずブラウザバックしてください。</p><p>&nbsp;</p><p>　「困ったら近くの信頼する人に相談しよう」という前提が、私を苦しめているのではないかと感じた。</p><p>それが難しいから困っているのに。</p><p>そもそも、その言葉を見聞きして、「なるほど、その考えは持っていなかった！じゃあ今すぐあの人に相談しよう！」となる人って、どの位の割合でいるのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>　きょうだい児として、双極性障害患者として、AYA世代の悪性リンパ腫患者として、困ったことは沢山あった。</p><p>でもそれを解決しようとする度に、困ったら誰かに相談するという前提条件につまずいた。</p><p>誰が助けてくれるの？</p><p>何て助けを求めたらいいの？</p><p>信頼出来る人がいないと感じている私が悪いの？</p><p>そう考えているうちに、問題はどんどん積みあがって手に負えなくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>　助けを求められない、自分が何にストレスを感じているのか、どんな感情を持っているのか自覚が難しい事が繰り返されるうちに、それは私の中で希死念慮として大きく膨れ上がった。</p><p>&nbsp;</p><p>　今ならわかる。</p><p>あの時私は死にたい位悲しかった。</p><p>死にたい位怒っていた。</p><p>死にたい位悔しかった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12977108472.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 09:53:43 +0900</pubDate>
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<title>はじまりはじまり</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。ぽちこです。</p><p>&nbsp;</p><p>20代前半でうつ病と診断され、アラサーで悪性リンパ腫という癌と診断されました。</p><p>闘病している中で、</p><p>①&nbsp;&nbsp;&nbsp; パイオニア、ってコト！？</p><p>②&nbsp;&nbsp;&nbsp; 心の治安悪化達成</p><p>③&nbsp;&nbsp;&nbsp; 周りがまぶしかった</p><p>という3本柱が立ちました。</p><p>&nbsp;</p><p>待って、まだ聞いてくださいちゃんと解説するので。</p><p>①&nbsp;&nbsp;&nbsp; 悪性リンパ腫に罹患し、ネット検索するうちにあることに気づきます。</p><p>「癌から精神疾患を発症する人は記事ある。</p><p>でも逆にうつ病の人が癌になる話全然無くね！？」</p><p>…パイオニア、ってコト！？(ハチワレ構文)</p><p>日本って人口多くは無いけど、さすがにそれはないはず。</p><p>でも調べても調べても全然出てこない。</p><p>なので、自分が発信したいな～とふんわり思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>②&nbsp;&nbsp;&nbsp; 抗がん剤治療をするうちに、心の治安を悪くするのを達成しました。</p><p>達成しなくて良いオブザイヤーすぎる。</p><p>診察のたびに「お？やんのか？あ？」と戦闘態勢になる日々。</p><p>でも当時は上手く言葉に出来ませんでした。やるしかないので。</p><p>&nbsp;</p><p>③&nbsp;&nbsp;&nbsp; SNSで繋がってくれた同じAYA世代の方々は、明るくやりたい事を目指してひたむきに頑張っている。</p><p>それがとてもまぶしかった。</p><p>自分はやりたい事も「どうせ無理」と思ってしまう。</p><p>うつ病と悪性リンパ腫であるので、生きたいんだか自分でもわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>この３つの理由から、「ありのまま、そのまま」のブログが読みたいし書きたいと思うようになりました。</p><p>お気づきの方がいる通り、このブログは応援したくなるような物では無いと思います。</p><p>精神衛生上もあまりよろしくない。</p><p>Aya世代の情報収集の為に間違えて辿り着いてしまったよ！という方は、以下のサイトを参考にしてください。</p><p><a href="https://aya-life.jp/">AYA Life-あやライフ-知ってほしい、あなたのこと、病気のこと</a></p><p><a href="https://aya-ken.jp/">一般社団法人 AYAがんの医療と支援のあり方研究会</a></p><p><a href="https://plaza.umin.ac.jp/~aya-support/">AYA世代のがんとくらしサポート</a></p><p>&nbsp;</p><p>ということで、ここは自己満足のブログです。</p><p>&nbsp;</p><p>もし誰か対象を決めるとしたら、過去の自分を抱きしめる為に書きます。</p><p>じゃあ日記で勝手に書いとけよ感がすごい。</p><p>何かの間違いで誰かの想いに寄り添えたらいいなというエゴをはらんではじまりはじまり。</p>
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<link>https://ameblo.jp/pompompomchi/entry-12976763571.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 16:16:13 +0900</pubDate>
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