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<title>犬が死んだら死なせて…</title>
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<description>親から虐待されて育ち、人間から愛されることを諦め自殺未遂を繰り返した私が、犬から初めて｢本当の愛｣を教えてもらった実話です</description>
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<title>春休み</title>
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<![CDATA[ 私は大勢の家族、親戚の中でいつも孤独感でいっぱいでした。父だけでなく、他の大人たちも妹２人には何かと買ってあげていました。<br>一度、祖母が孫たち６人を並べて１人ずつお小遣いを渡していた時も<br>｢胡桃はさっき妹をイジメよったからあげへんからな。｣<br>とわざわざ私も呼んでおいて、みんなの前で見せしめのようにしました。<br>イジメたというよりただの姉妹喧嘩でした。<br>また胸がぎゅっと痛くなりました。<br>妹は私をザマーミロというように見ていました。<br>さすがに母が<br>｢お母ちゃん!!胡桃は悪いことしてなかったやろ。｣<br>と言いました。<br>私はうつむいたままでしたが<br>｢お金なんかいらんわっ。｣<br>とたまらず家を飛び出しました。<br>涙が溢れそうでたまらなかった…。<br>人前で泣きたくない私は、夕方になった公園で泣きました。<br>今でもわかりません…。<br>私は何故大人たちから可愛がられていなかったのでしょうか?何がダメだったのか…教えてほしいです。<br><br><br>誰も愛してくれない<br><br>一人ぼっちの今の孤独より、大勢の中での孤独のほうが辛かったです。<br><br>この時も家を出てまっすぐ走っていたのですが、振り返っても誰も追いかけてはきませんでした。<br><br>私は誰からも大切な子ではなかったから父の行動も、みんな知っていながら<br>｢胡桃やからいいか｣という感じできちんとみてくれる人がいなかっただけなんでしょうか？<br><br>５年生も終わり、６年生になる前の春休み…。<br><br><br>とうとう私は父に犯されました。<br><br><br><br><br>私は11歳でした…。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10070833329.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Feb 2008 01:50:48 +0900</pubDate>
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<title>お風呂</title>
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<![CDATA[ 私は父が家に戻ってからは、なるべく父と２人になることを避けていました。<br><br>でも、父が私の体を触ることはありました。<br>飲んで夜中に帰ってきた時に、そっと子供部屋に入ってきてベッドに入ってくるのです。<br>まだこの時は胸やお腹など触るくらいでした…。<br><br>私は父が夜中まで帰ってこない日は眠れませんでした。<br><br>ある日もみんなが寝る頃にも父が帰ってこなかったため、私は母の布団で一緒に寝ました。<br>さすがに母の隣だと父も何もできないだろうと思ったからです…。<br><br><br>夜中、父が帰ってきました…。<br>着替えもせず私の背中を押し<br>｢もっと向こういかんかい!!狭いやろ｣<br><br>と、わざわざ母と私の間に入り込んできました。<br><br>私は父に背を向け、体を触られないように離れました。<br><br>すると父は寝返りを打つ振りをして後ろから私のお腹に手を回してきました。<br>そして、パジャマの裾から入った手がゆっくりと上に這ってきました…。<br><br>父の手は私の胸で止まりました。<br>私は母に気づかれないかビクビクしていました。<br><br>何も言わない私は父にとって都合の良いことだったと思います。<br>体を触るようになった頃から暴力は少なくなっていました。<br>誰にも気づかれないことが、父を大胆な行動にさせていきました。<br>私がお風呂に入っていると、父も入ってくるようになったのです。<br>母は、そんな父に<br>｢胡桃ももう５年生なんやから風呂入ったりなやっ！｣<br>と台所から怒っていましたが、一言いうだけでした。<br><br>母は今まで一緒にお風呂に入るどころか、逆に可愛がっていないことを知っていたはずです。<br><br>そんな父が急に私と風呂に入っているのは、娘を性の対象とみているということが頭をよぎらなかったのでしょうか？<br><br>それとも世間体が大事な母にとっては、無意識に目を背けていたのでしょうか？<br>風呂場が台所すぐだったのと、祖母もすぐ隣の居間にいたからか、父はお風呂では特に何もしませんでした。<br><br>ただ、体を洗う私を湯船からじっと眺めていました…。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10066354040.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jan 2008 17:51:06 +0900</pubDate>
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<title>自慢</title>
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<![CDATA[ 帰宅すると母が<br>｢お父さん何やったん？｣<br>と聞いてきました。<br>私は明るく<br>｢うん…これ。胡桃に似合いそうやったからって服買ってくれたんやって。｣<br>と言うと<br>｢ふぅん…良かったな。｣<br>と言い、着てる服のことは特に何も言いませんでした。<br><br>私は祖母のところへも行き<br>｢これ…お父さんが買ってくれてん。｣<br>と自慢しました。<br><br>私も父に可愛がってもらってると、みんなに思ってもらいたかったのです。<br>祖母は<br>｢趣味悪いな。｣<br>と吐き捨てるように言いました。<br>私が思った反応と違っていて悲しかったです。<br>私は<br>｢良かったなぁ。｣<br>と言って欲しかったのに…。<br><br>もちろん妹２人にも自慢しました。<br>妹は<br>｢えぇ～？何でお姉ちゃんだけなん？…ずっこいわぁ。｣<br>とヤキモチを焼き、怒ってる妹たちを見て笑いました。<br><br>｢えぇやろ。お姉ちゃんだけやで。｣<br>そう言って私は自分の部屋に入りました。部屋に入るとすぐその服を脱ぎ、元の服を着ました。<br>そして、ベッドに入って思い返してみました。<br><br>お父さんは何であんなことしたん？<br>胡桃のこと何で嫌いなん？<br><br>誰かに言いたい…守ってもらいたい。<br>何で胡桃だけが、可愛がってもらわれへんの？<br>胡桃はどうしたらいいのん？<br><br>色々考えているうちに眠ってしまいました。<br><br>｢ご飯やでぇ。降りてきなさい｡｣<br><br>母が１階から呼ぶ声で目を覚ましたら部屋は真っ暗になっていました。<br><br>｢胡桃なぁ…お父さんがご飯食べさしてくれたからお腹いっぱいやわぁ！せやからいらん～！｣<br>と大きな声で言いました。<br>母からの返事はありませんでしたが聞こえてはいたようです。母がその嘘を見抜いていたかはわかりません…。<br><br>私は自分がついた嘘なのに、その自分の発した言葉で涙が溢れてきました。<br><br>｢父に愛されている幸せな子供｣を演じることが唯一私が自分のプライドを守る術だったのかもしれません…。<br><br>この日の出来事から私は自分の体が成長していくのが嫌で嫌で仕方ありませんでした…。<br><br>しばらくして父は家に戻ってきました。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10065702111.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 09:51:34 +0900</pubDate>
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<title>トイレ</title>
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<![CDATA[ 喫茶店の狭いトイレに入り、お世辞にも趣味が良いといえないその服を着ようと服を脱ぎました。<br>その時、外から父の声がしました。<br><br>｢着たか？｣<br><br>私がトイレに入ってすぐでした。<br><br>｢まだ…。｣<br>と言うと、父は<br>｢開けろ。｣<br>と言いました。<br><br>｢もうちょっとやから…。｣<br>｢えぇから早よ開けぇや。｣<br>少し苛ついた声で言われ、私はすぐに開けました。<br><br>すると父はサッと中に入ってきて鍵をかけました。<br>５年生ですでに身長が155㎝あった私はスポーツブラを着けていました。<br><br>父は私の胸を見ながら、<br>｢胸囲は何センチなんや…。｣<br>と聞きました。<br>｢わからん…。｣<br><br>子供だから恥ずかしがるのも恥ずかしい気がして私は突っ立ったままでした。<br><br>｢こんなんしてるんか。サイズ合ってるか見たろ。｣<br>と父は私のスポーツブラを裏返すようにして中の表示を見ました。<br><br>スポーツブラの中に手を入れ、父の手の甲は直接私の少し膨らんだ胸に何度もあたりました。<br><br>まるで押し付けるように…。<br><br>私は父の邪な考えに気づきました。<br>また喜んでしまった自分が嫌になりました。<br><br>よく考えたら、父が私にプレゼントなんて渡す訳がないのに…。私はそんなことを頭の中で考えていました。<br>でも、考え過ぎかもしれない…偶然父の手があたっているのかもしれないという思いも少しありました。<br>嫌いな人間の体は、殴ることがあっても、触ることはないだろうと思ったからです。<br><br>じっとして下を向いている私に父は<br>｢着てみぃ。｣<br>と促しました。<br><br>その服を頭からかぶり腕を通すと、父が服をきちんと着れるように手を出してきました。<br><br>やっぱり私の考え過ぎかな…と思った瞬間…。<br><br>父は右手で私のお尻を触り、左手は胸をギュッと握るように触ったのです。<br><br>その時の私はSEXの知識はありませんでしたが、なんだかエッチなことだ…とはわかりました。<br><br>｢お父さん痛い。｣<br>と言うと父は黙ってトイレを出ました。<br>私は少ししてからトイレを出て、奥の父の席には行かずに喫茶店を後にしました…。<br><br>自転車にカギを差す手が震えました。<br>涙が出そうでしたが、父が私を追って出てくるのではないかと怖くて急いで自転車をこぎました。<br><br>頭の中は今までにないような混乱で、大声で叫びたい気持ちになりました。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10065697414.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 09:10:02 +0900</pubDate>
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<title>父からのプレゼント</title>
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<![CDATA[ 私は｢そんなことわかってるから…お願いやからお母さんや結衣に胡桃が嫌いって言うのは止めて｣と心の中で願いました。<br><br>ずっと可哀想と思われたくない、殴られていることなんて誰にも知られたくない…と常に気をはって生きてきたせいか、私は幼い頃から極度の偏頭痛持ちでした。<br><br>頭が割れそうに痛み、壁に何度も頭を打ちつけて紛らわせたりしていました。<br>今思えばおかしなことなんですが、壁にぶつけた痛みで、頭の中の痛みが和らいだような気がしていたのです。<br>狂ったように<br>｢頭痛い～!!痛い～!!痛い～!!｣<br>と叫びながら頭をガンガンぶつけるのを母は必死で止めました。<br>本当におかしくなったと思ったのではないでしょうか？<br>｢薬持ってくるからやめなさい!!｣<br>と痛み止めの薬を飲まされ数分して吐いて楽になる…これを２～３ヵ月に１回は繰り返していました。<br><br>その頃の父は、家に居場所がなかったせいか、借金を繰り返していたようです。祖母の家で暮らしていたから家賃などもかからず生活できていたようです。<br>大人になって断片的に話は聞きましたが、どうなっていたのか詳しくはわかりませんが、この時期に１度父は家出をしました。<br>私は内心、死んでくれればいいのにと思いました。<br>家での期間は２週間くらいだと思いますが、その間に自宅に父から電話がありました。<br>母がその電話をとったのですが、父は私に代われといったようです。<br>｢胡桃…お父さんから電話やで｣<br>と言われました。<br><br>緊張して受話器を持つと<br>｢胡桃…ちょっと用事あるから〇〇って喫茶店まで来てくれ…わかるやろ？｣<br>と、父は思っていたより穏やかな口調で言いました。<br>母に告げると<br>｢行ってきたら？｣<br>と軽く言われました。借金を作って家出している自分の夫です。母は私を全力で守る人ではなかったのです。<br>私なら絶対に子供には行かせずに自分が行きます。<br>｢お母さんは胡桃がどうなってもエェんやな。｣と寂しい思いで家を出ました。<br>喫茶店に着くと笑顔の父がいました。<br>｢お前に似合いそうな服があったんや。…これ、ちょっとそこのトイレ行って着てみぃ。｣<br>とTｼｬﾂとﾀﾝｸﾄｯﾌﾟの重ね着のような服を袋から出してきました。夢のようでした。父が私にプレゼント？<br><br>４年ぶりに私に向けられた父の笑顔。<br>照れくさいような嬉しいような…この時ばかりは私の顔も笑顔でいっぱいになりました。<br>｢うん…着てくるわ｣<br>父の思惑も知らずにトイレに向かいました。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10065350996.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jan 2008 14:20:23 +0900</pubDate>
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<title>ウォークマン</title>
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<![CDATA[ ５年生になると、カセットウォークマンがクラスでも流行りだしました。<br><br>でも子供にとってすごく高価な物です。すごく欲しかった私は、次のお年玉で買えるかなぁ…と思っていました。<br><br>そんなある日、珍しく早めに帰宅した父は、妹結衣にプレゼントを買ってきていました。<br><br>私が欲しがっていたウォークマンでした…。結衣はウォークマンなんて欲しがっていなかったのに。<br>大人になってから結衣から聞いた話では父は｢絶対胡桃に貸したらアカンで。｣<br>と言っていたそうです。<br>それは、私への当てつけに妹にあげたプレゼントだったのです…。<br><br>夕食時に渡されたそのウォークマンを見ても、妹も喜んではいなかったし、私も顔の表情を変えることもありませんでした。<br><br>でも下の妹美香は<br>｢美香のんは!?…パパ美香のお土産はっ！!｣<br>とごねていました。この日は、プレゼントされていないのが私１人ではなかったので、あまり落ち込むこともありませんでした。<br><br>でも次の日も早く帰宅した父は、下の妹にブタのぬいぐるみを買ってきていました。<br>結衣もどちらかというと、このぬいぐるみが良かったようで、よく取り合いの喧嘩をしていたのを覚えています。<br><br>この時私は｢今日は美香のんやから、明日は私のん買ってきてくれるんかなぁ｣<br>と期待していました…。<br><br>次の日…。<br><br>残業か、飲んでいたのか、父は私たちが寝静まった夜中に帰宅しました。<br>私は、父が上ってきた階段の音でめがさめてしまいました。しばらくすると、隣の部屋から父と母が言い争っている声が聞こえてきました。<br>｢胡桃にも何か買ってきてあげてよ。｣<br><br>母は、何も貰えていない私のことを可哀想に思ったのでしょう…。その後父が何て答えたかは覚えていません。<br>怒鳴ってはいましたが、私はその母の言葉がショックだったのです<br>｢母が私だけ可愛がられてないのを哀れんでいる。知っているんだ。｣ということが恥ずかしくて頬が熱くなり、涙が溢れてきました。<br><br>父は母と言い争った後、子供部屋に入ってきました。私は２段ベッドの上で寝ていて、下には結衣が寝ていました。<br>壁にかかった扇風機は私にも結衣にも風がくるように調節されていました。その扇風機を乱暴にガガッと下へ向け、父は結衣のベッドに入りました。<br>その音で起きた結衣は｢そんなんしたらお姉ちゃんが暑い｣<br>と言いました。<br>｢胡桃はエェんじゃ！…お父さんはなぁ胡桃が大嫌いなんや！｣<br>と大声で言いました…。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10065227237.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Jan 2008 21:06:51 +0900</pubDate>
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<title>財布</title>
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<![CDATA[ それからは、私が父の言動を母に言わないと見越した父は、私に小銭をよこせと要求するようになりました。<br><br>よこせと言う分にはまだマシでした。<br><br>当時私は祖母から貰うお小遣いを貯めて、アイドルの写真入りのお財布を持っていました。<br>すごくお気に入りで机に飾ったりしていました。<br><br>ある日、そのお気に入りのお財布がなくなりました。<br>｢お父さんや…。｣<br>中身は500円札１枚しか入っていませんでした(当時500円はお札でした)<br><br>中身だけ抜いたらバレるから財布ごと盗ったのか、私のお気に入りの財布をなくすことも目的だったのか…とにかく私はお財布だけは返してもらおうと思いました。なるべく父の神経を逆撫でしないようにと、淡々と言いました。<br><br>｢お父さん…中身はあげるから財布だけ返して。｣<br><br>この言葉に父が逆上しない訳がありませんでした。<br>今までの虐待は本気の力ではなかったと思います。<br>だけど、この時は違いました。<br>頭を思い切り殴られました。<br>痛みで一瞬フワッとした感じになり、耳の奥がキーンとして、耳が取れたかと思いました。<br>父はこの頃から力いっぱい殴る時は頭か背中を殴るようになりました。<br>虐待隠しの為でもあったと思います。<br>虐待の始まった頃は１年生で、体も小さかったから多少手加減はしていたと思います。<br>でも３年生…４年生となると、体も大きくなり、もっと力を入れて殴っても大丈夫だと思っていたのでしょう。<br><br>家には祖母や叔父、母と大人が３人もいて、私に対する父の行動は本当にわからなかったのでしょうか?<br>子供が出すSOSに気づかないのでしょうか?<br>ビンタされることが多かった私は鼻血もしょっちゅう出していました。粘膜が弱くなったのか、殴られていない日も出ることがありました。そんな私をみて母は｢あんまり鼻ほじったらアカンよ。｣<br>と笑っていることもありました。<br>父は小学3年生の私の通信簿の父兄からの伝言連絡欄に<br>｢どちらかの耳が聞こえにくいようです｣<br>と書いていました。<br>その通信簿を見て<br>｢自分が殴るからやんか…。｣と小さく呟いてランドセルに入れました。<br><br>今でも左耳は聴力が弱く、ストレスが溜まると鼻血が止まらなくなります。<br><br>だけど私の体が、殴られる痛みだけしか知らなかったこの頃はまだ幸せだったのかもしれません…。<br>私は小学５年生が終わる春休みに処女を喪失しました。<br><br>相手は実の父親でした…。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10064891319.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 23:41:34 +0900</pubDate>
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<title>お金</title>
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<![CDATA[ 私は、そのヒヨコの出来事から、益々冷めた子供になりました…。<br><br>一緒に暮らしていた母方の祖母は、孫たちが熱を出したり病気になると<br>｢お金やったら治るやろ｣と言ってお小遣いを渡していました。<br>私も小学３年生の頃、高熱にうなされていたらわざわざ２階にあがってきてくれて千円札を握らせてくれました。<br>｢これあげるから…頑張れよ｣と言われ、嬉しかったのを覚えています。<br><br>私も他の妹やいとこのように同じように祖母がしてくれたことがお金より嬉しかったのです。<br><br>祖母が下へ降りてから、父が部屋に入ってきました。隣の部屋で聞いていたのです。祖母からのお金を私から取り上げ<br>｢お母さんに言ったらアカンど。また返したるから。｣<br>と低い声で脅し、持って行ってしまいました。<br><br>せっかくお婆ちゃんがくれたのに。<br><br>私は、お金を持って出て行った父を許せなくて母に言いました。<br><br>｢絶対お父さんに言ったらアカンで｣<br>と繰り返す私に母はイライラしながら<br>｢わかったから何やの!!｣<br>とヒステリックな声をあげました。<br><br>その時は言おうとしてることに必死で何とも思いませんでしたが、今思うと高熱を出した９歳の子供に怒鳴るなんて私には考えられませんが…。<br><br>｢お婆ちゃんにもろた千円お父さんが盗った｣<br><br>その日のうちに夫婦喧嘩がありました。私は<br>｢お母さん…お父さんに言ったんや。｣<br>と、わかりました。<br>数時間後、父が部屋に入ってきて私の顔にクシャクシャに丸めた千円札を投げつけました。<br><br>｢返すつ言うたやろがっ!!…お母さんに言うなて言うたのに…このアホが。こんな金返したるわ!!｣<br>と怒鳴りながら私に往復ビンタをして、ドアを思い切り強く音をたてて閉め、出て行きました。<br><br>この時に私は、泣きながらクシャクシャになった千円札を広げながら思いました。<br><br>誰も助けてくれへんのや…。<br>お父さんにされたことは、もう絶対誰にも言わへん…。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10064879807.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 23:16:48 +0900</pubDate>
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<title>ヒヨコ</title>
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<![CDATA[ ある日叔母がこう言いました。<br>｢結衣は建治と忠雄さんに一番好かれてて、美香はお婆ちゃんとお父さんとお母さんに一番好かれてるけど、胡桃は…誰からも一番には好かれてないなぁ。｣<br><br>言われなくても気づいてはいました。妹２人は大人に甘えるのが上手いし、無邪気に喜怒哀楽を出す子供でしたから…。<br>それに引き換え私は冷めた子供でした。可愛くない子供だったと思います。<br>この言葉は今でも私の中に大きな闇となって居座り続けています。<br>｢誰か私を世界で一番に好きになって｣<br>という思いは、大人になった私の人生をもめちゃくちゃにしてしまいました(その話はまた書きます)<br><br>可愛くない子供になったのは、父からの虐待だけが理由ではありません。<br><br>夜店でヒヨコを数羽とってきた時の話。当時はノラネコが沢山いて、隙があったら家の中に入り込み、魚や肉をとっていってました。<br>そんなノラネコにヒヨコを食べられたこともあります。<br>その時も悲しかったのですが、泣きはしませんでした。<br>ヒヨコは可哀想だけど、ネコもまた食べないと生きていけないと思うと微妙な感情だったのです。<br><br>でも、違うヒヨコを下の妹が庭の土に生き埋めにしてホースで水を注いでいたのを見た時はその時以上の悲しみがありました。黄色の羽が少し出ていたのでわかりました。<br>私は慌てて妹を突き飛ばし、ヒヨコを出しました。ぐったりと体は伸びきり、ヒヨコは目を開けることはありませんでした。<br>ネコの時は｢ネコは生きるために食べた｣という理由がありました。<br>妹は３歳と幼かったとはいえ、意味もなくヒヨコを殺したのです。<br>私はそのヒヨコを手に持って祖母と叔母と母がいる部屋に走っていきました。<br>｢美香がヒヨコ殺したぁ～!!｣<br>この時ばかりは私は泣きながら訴えました。すると３人は笑いながら私をバカにしました。<br>｢ヒヨコやろ?たかがヒヨコが死んだぐらいで何泣いてんの?｣<br>意味なく殺され、死んでも笑われて終わりのヒヨコが、なんだか私と似てるような気がして涙が止まりませんでした。<br>それと同時に、ネコに食べられたヒヨコを｢仕方ない。ヒヨコを可哀想て思ったらネコがお腹すいて可哀想になる。｣と思った自分にも腹がたちました。<br>自分が買ったヒヨコなんだから自分が一生懸命守ってあげなければならなかったと悔いました。 <br><br>｢ごめんな…。こんなんされるために生まれたんちゃうのにな…｣<br>私は殺された２羽のヒヨコに謝りました。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10064843381.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 21:01:56 +0900</pubDate>
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<title>お菓子</title>
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<![CDATA[ 父は土日祝日が休みで、毎週土曜日の昼過ぎに私は近所の駄菓子屋さんにお使いを頼まれていました。バニラのカップアイス２つとおにぎり煎餅１袋を買ってこいと…。<br><br>最初は(１つは胡桃のんやな)と嬉しくてスキップしながら行きました。<br><br>帰ってくると父は私の目の前で全て１人で食べてしまいました。<br>私は、食べれなかったことより、ひとつは私のだと期待して喜んでいた自分が恥ずかしくてしかたありませんでした。<br><br>その｢行事｣は私が低学年の頃は毎週続きました。<br><br>買ってきてすぐにその場を離れることもできたのですが、意識しすぎて、そうすることもできず…ただ父と同じ部屋で三角座りをし、テレビに夢中な素振りで、おにぎり煎餅なんていらんよ～という自分を演じていました。<br>時々妹が父のお菓子を見て<br>｢パパちょうだい｣と言えば<br>｢おぅ…食え食え｣<br>と笑顔で妹にあげていました。<br>私はそれでもテレビを見ていました。<br>すると妹が<br>｢お姉ちゃん食べへんのん？｣<br>と言ってきました。その妹の言葉にかぶさるように<br>｢胡桃はえぇんや。｣と父は厳しい口調で言い放ちました。まだ４歳の妹は<br>｢ふ～ん…美味しいのに。｣<br>と、不思議そうにしてましたが２人で食べ始めました。<br>私は泣きたい気持ちを殺してその場で父と妹がお菓子を食べている横でテレビを見て笑っていました。<br><br>ごく稀にお腹がいっぱいになったのか、それとも私の反応を見るためか<br>｢お前も食え｣と数枚残った煎餅の袋を私のほうへ差し出すことがありました。<br><br>私は(いらんのになぁ～)的な態度を作り、黙って袋から２～３枚とるとズボンのポケットにそのまま入れて１階へ降りました。<br>急いで靴を履き近くの公園へ走って行きポケットから煎餅を取り出しました。<br><br>その煎餅を見つめ号泣しました。<br>我慢できずに、走ってる途中から涙が溢れ、前がよく見えませんでした。<br>それは悔し涙でも怒りや悲しみからの涙でもありませんでした。<br><br>父から貰った煎餅が嬉しくてしかたなかったのです。<br>人前で泣くことのできない子だったので、公園で１人で背中を丸め、嗚咽をこらえることなく泣きながら食べました。<br><br><br>ズボンの繊維がついて毛羽立ったその煎餅を…。
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<link>https://ameblo.jp/powderdog/entry-10064801709.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 16:50:10 +0900</pubDate>
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