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<title>後藤 えいじ？</title>
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<description>エッセイです。誰かに咎められない限り、自分の頭にある事実を詳らかにしようと思います。</description>
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<title>生まれたこと</title>
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<![CDATA[ 決定的に何かがおかしい。<br> 少し前からこのような疑問が頭を日夜を問わず離れない。輪郭すら見えず曖昧なように感じられるこの不安だが、こう思わずにはいれないのが僕の今であり、ここ3年ほどの僕の現実だ。僕は初めからこのような変な、不十分な人間に生まれてきてしまったのだろうか。<br> ある年のある日にち、僕は実家のある市内の病院に生まれた。長月のことであった。長年男の子を欲しがっていた父の立場から考えれば、それは祝福される誕生であったのかもしれない。そうであれば母も同じ思いなのだろう。だが、いま僕には分からない。この日が良い日と言えたのか。<br> 放っておいても一人前に育つ生き物、それが子供。この認識には憤りを感じる。<br>僕は今を生きる自分がこのような自分であることを認めたくない。だからといって、自分から命を絶つほどの矜持も持ち合わせていない。<br> 誰か教えてください。何故、僕はこんなになねばなかったのですか。僕は、どうして。僕には何もない。人々と上手くやっていく協調性も、苦難に耐え忍ぶ忍耐力も、人を信じる心もなければ貞操観念もありません。この事実は僕の責任なのでしょうか。責任の在所を求めたところで、僕の今が無罪になる訳では決してないのでしょうが、そうすることで自身の心を少しは楽にしたい気持ちがあります。<br>何も分かりません。<br>自分がどうしてこうなったのかも。<br>他人の繊細な気持ちも。<br>自分が今どうすればいいのかも。<br><br>何処かにいる神は私に死ねといっているのかもしれない。
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<pubDate>Tue, 06 Dec 2016 21:59:00 +0900</pubDate>
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