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<title>教師nickの日記</title>
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<description>２０代最後の年に突入、そろそろ「若手」が取れる中学教師。まだまだ、担任業、授業、部活動、思うようにいかないことだらけ。だけど、「やり続けることが大切」と言い聞かせながら・・・。日々のやったこと、思ったことを書いていきます。</description>
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<title>始まったばかり</title>
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<![CDATA[ <p>５月もようやく折り返し、あっという間に１学期も、もう少しで折り返しといったところに来た。</p><br><p>４月からから生徒指導主事を担当することになり、何をしていけばよいのか手探りでのスタート切った。担任時代に描いていた理想の生徒指導像はもろくとも崩れてしまい、日々の対応に追われるばかりになっている。</p><br><p>これではだめだと思い、できること、未然対応を意識してやろうとするが、なかなか担任団や学年を動かせない部分、気を遣って自分がひいてしまうところがある。</p><br><p>文句を言うのは簡単だと、つくづく思う。自分がその立場になって初めて気づくことが多々あり、また新たな修行なのかなと思う。幸いにして、いろんな人がフォローしてくれることも多い。</p><br><p>まだまだ始まったばかり、これからだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11533301242.html</link>
<pubDate>Sun, 19 May 2013 07:03:51 +0900</pubDate>
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<title>あと３カ月</title>
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<![CDATA[ <p>忙しさにかまけ、書き込みは手軽なＴｗｉtterばかりになり、すっかりブログの更新もごぶさたになってしまった。そんな中でも、ちょこちょこと覗いてくださっている方がいらっしゃり、ありがたい限りである。</p><br><p>2012年の業務も昨日で終了。３年の担任なのでちょっとでも３学期を余裕を持つためにと、調査書の所見や授業のストックをと思っていたが、締め切りまでの時間があって、当初予定の３分の２程度までしか終わらせられず年越しとなった。まぁこれでもいいかと自分に甘く・・・。</p><br><p>来年度担任から外れるのが、ほぼ確実なので４月から「今年は・・」という思いでやってきた。</p><p>やっぱりしんどいことの方が多いが、それにしても「担任やっててよかった」と思える場面が今年は多かったように思う。３年間持ち上がりということで、自分と生徒たちの関係ができてるからか。（勘違いかもしれないが）。でも、前の周りと大きく違うのは担任と生徒の関係はそこそこでも横のつながりがしんどい状態であったのが、この学年は男女間も含め仲が良い。見ていて、ホッとする場面が多々あるのである。</p><br><p>横のつながりをどうにかしたいという思いで、３年間班学習を続けてきた結果か、それとも他に要因があるのか、校内研修で原理・原則を見つめなければというテーマが与えられ、じっくり検証しなければという思いもある。</p><br><p>いずれにしても、あと３カ月。どこまでやれるか？</p>
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<pubDate>Sat, 29 Dec 2012 08:08:57 +0900</pubDate>
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<title>些細なことだが</title>
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<![CDATA[ <p>テスト前、とりあえずテスト作成が終わって印刷をしていた時のこと。</p><br><p>多くの教師が使っている出欠や担当クラスを記すための監督票が所定の場所に置いておらず、探しても探してもなかなか見つからず、ようやく見つけたが３枚しかなかった。</p><br><p>所定の場所になかったことと、次に使う人がいるのはわかっているにもかかわらず、新しいものを印刷していないことに以前なら腹が立ち、むかつきまぎれに２００枚、３００枚とかつてなら印刷していたが、今日は特に苛立つことなく２００枚印刷した自分がいた。</p><br><p>教師になって数年たち、自分が気付かないところで他の人も面倒なことをやってくれている人がいることをわかってきたからだろうか。</p><br><p>でも、教師なのだから次の人のためにとは思わないのかという残念さはあるが。</p><br><p>まぁ、自分はそのように人には思わせないようにしないとと思う。</p>
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<pubDate>Sat, 20 Oct 2012 00:14:04 +0900</pubDate>
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<title>知覧にて</title>
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<![CDATA[ <br>知覧にかつて行ったことがある。<br>特攻平和会館を訪れたとき、本当に失礼だが、観光客が多く、なにか雰囲気が軽々しく感じられた。<br>滑走路跡、指令所跡、基地を見渡せる高台を訪れたのちの夕暮れ時、鬱蒼と茂った雑木林の中に復元された三角兵舎で1人佇んだとき、何か声が聞こえてくるようで、そのとき、初めて特攻で亡くなられた方々の無念さかなにか、悲しいものが伝わってきた。<br><br>特攻兵を描いた映画をこれまでいくつか見たが、どこか美化しているような気がしてならなかった。何か違うと思っていたのだが、これだ！と感じたのが『永遠の０』だった。<br><br>平和会館で見た家族への手紙は大同小異の内容で、写したのではないかと不謹慎ながら感じていたが、その行間に込められた思いはこういうことだったのかと思った。<br>次は鹿屋に行って、手紙をもう一度読んでみたい。<br>平和会館であのようなことを感じた自分を恥じる。
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11374426059.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Oct 2012 15:56:33 +0900</pubDate>
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<title>永遠のゼロ</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://ameblo.jp/prelude2010/entry-11361059404.html" target="_blank">『兵隊先生』</a>を読み終えてから、何か続き物がないかと本屋を探していたら、『海賊とよばれた男』が平積みされ、面白いそうだなぁと思いながら、単行本が続くのは・・・と思いながら文庫本のコーナーに行くと『永遠の０』があり、少し目を通すと、これまた面白そう。でも、少し分厚いので、間延びしないかなぁと迷ったが、ええいと買ってしまった。</p><p>恥ずかしながら著者も、この作品も「ちょっと聞いたことがあるかなぁ」というぐらいだった。</p><p>しかし、引き込まれるようにどんどん読み進めている。久しぶりにハマった作品だ。おかげで、妻の話にも生返事しがちで・・苦笑。早く読み終えねば。</p><br><p>小説とはいえ、この時代を知れば知るほど、現代が「有り難い」（ありがとうと言う意味もだが、存在することが稀であるという意味で)ことが見えるし、一方で同じロジカルに嵌っていないかと疑心暗鬼になる。</p><br><p>今の思いを授業の本筋で話せないのが残念。</p>
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<pubDate>Sun, 30 Sep 2012 05:16:03 +0900</pubDate>
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<title>兵隊先生ー沖縄戦、ある敗残兵の記録</title>
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<![CDATA[ <br>朝日の書評に掲載されていたのをきっかけに読むことにした作品。<br>南部での出来事はこれまでにも勉強していたのだが、上陸前後、北部・中部の様子がよく調べられており、また兵士の目線から書かれていることも読みやすかった。<br>亡くなった数、310万人という数を一口で言うが、310万だけの人生があり、それにつながる家族や友、恋人の数だけの悲しみがあったであろうことに胸が痛む。<br><br>学校の開設、運営に当たって、教師だけでなく保護者、住民が物不足の中、知恵を絞って子どものために環境を整えていくようすも、学校が社会から必要な存在としての機能を果たしている、本来の存在意義を考えさせてくれる部分であった。<br><br>あとがきにあった、日露戦争と太平洋戦争での軍首脳の違いにはなるほど、うなずけた。大義のない戦争、止めるためのシステムのない戦争を絶対にしてはならない。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11361059404.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Sep 2012 11:08:00 +0900</pubDate>
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<title>学校間交流</title>
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<![CDATA[ <p>数年来、やりたいがなかなか進んでこなかった支援学校との交流。</p><p>ようやく、動き出すことになった。</p><p>相手先の先生も熱心にやってくれそうで、こちらも精いっぱいできればと思う。</p><br><p>まずは教員同士の交流から。細くとも、長いお付き合いになればと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11283536470.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Jun 2012 22:09:56 +0900</pubDate>
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<title>67年前の一警察官の思い</title>
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<![CDATA[ <br><p>毎日毎日しんどい、他の仕事は土日はしっかり休めるのに、教師は土日もなく、プライベートな時間もあまりない。と、ぼやきたくなることが多々あるが、昨日に引き続き、『東京大空襲の全記録』石川光陽、森田写真事務所編を読み進めていくと下のような文章に出会った。</p><br><br><br><p>３月６日　火曜日　雨後曇</p><br><p>（略）</p><br><p>東京の空襲被害状況写真は、東京では私１人しか撮っていないのだ。状況写真は誰にも撮らさないのだ。軍部の厳命で報道関係者といえども写させないのだ。それを敢えて総監命で撮影していく私は、その使命に生命を投げ出して生命を打ちこまねばならない。そしてその１齣１齣にその状況をこくめいにキャッチして、東京はこのようにして１日１日と焼き払われ焼野原になっていった。</p><br><p>そしてその中にあって吾々警察官は斯様に活躍し、都民はかく戦ったという、貴重な記録を永久に残す大きな仕事を担当していると思えばくじけてはならないのだ。</p><br><p>なんのこれしき・・・。私の主義である。何糞ッ玉砕２倍主義に徹して元気で行こう。体の続く限り生命の存する限り最後まで頑張るのだと強く私の心に言い聞かせた。玉砕２倍主義とは、その仕事に体ごとぶつかって人の２倍以上の仕事をすることで、故に毎日毎日を僅か２、３時間の睡眠で過ごしている。</p><br><p>（略）</p><br><br><p>いつもなら、気にいった文章があれば、コピーかスマホのスキャンをして、保存しておくのだが何か恐れ多い気がして、入力してブログに上げた。</p><br><p>人を育てる仕事、子どもに信頼されようと思えば時間をかけないといけない。そう思えば、まだまだ自分は甘い。大袈裟かもしれないが、使命感というものが教師なりたてのころに比べれば、年々薄らいでいるようにも思う。</p><br><p>命を賭して残したものだからこそ、説得力があるのだろうか。</p><p>明治生まれの人の気質なのだろうか。</p><br><p>滅私奉公の精神が随所にあふれている。</p><br><p>自分の使命を今一度確認せねば。</p><br><p>関連エントリー：<a href="http://ameblo.jp/prelude2010/entry-11272683960.html" target="_blank"><font color="#ffff33">67年前の朝の風景</font></a></p><p>　　　　　　　　　　<a href="http://ameblo.jp/prelude2010/entry-10826087086.html" target="_blank"><font color="#ffff00">『東京大空襲～語られなかった33枚の写真～』</font></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11273567776.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jun 2012 05:25:56 +0900</pubDate>
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<title>67年前の朝の風景</title>
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<![CDATA[ <p>２月７日　水曜日　曇後薄日後雪</p><br><p>（略）</p><p>私はいつも朝出勤の時、凱子、令子、貴子の３人の愛児の頭を撫で頬ずりして、心の中で吾が子の多幸を念じて訣別の別れを繰返している。電車に乗るまで頭の中にいとしいわが子等の元気よくいってらっしゃいと小さな手をふる笑顔が浮かんでいて、時によると涙のみ頬を伝う時がある。氷川神社に静かに頭を下げて家族の今日一日の安全を祈念し、夕刻恙なく帰宅の途次また氷川神社に頭を下げて、今日一日ご庇護頂き異状なく妻や子に逢える倖をお礼申しあげて帰宅することを日課としている。洵に悲壮なことである。</p><p>（略）</p><br><br><p>先日、たまたま図書館に行ったときに見つけた『東京大空襲の全記録』石川光陽、森田写真事務所編を読んでいる。以前、拙ブログに書いた<a href="http://ameblo.jp/prelude2010/entry-10826087086.html" target="_blank">『東京大空襲～語られなかった33枚の写真～』</a>の主人公、石川光陽さんが撮った写真とともに、綴られた日記が載せられている。</p><br><p>ドラマの設定や登場人物とは異なる部分も多くあるが、率直な文章で、淡々と描かれており、読みやすい。当時の日記は難解な言葉であったり、状況がつかみにくいものもあったりで、あまり読んだことはなかったのだが、修正が加えられていること、ドラマである程度状況が分かっているのもあって手に取るように当時の様子がわかる。</p><br><p>冒頭の文章は、自分の出勤時と重なる。妻に抱っこされ、ようやく手をふれるようになってきたわが娘。彼女が見送ってくれるのはあと何年間かだろうが、そのありきたりの幸せを感じながら、また今日も仕事へ行く。</p>
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11272683960.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Jun 2012 04:02:00 +0900</pubDate>
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<title>授業観察</title>
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<![CDATA[ <p>昨日の授業で、他教科の実習生とその指導教諭が授業を見に来てくれた。</p><br><p>放課後、その指導教諭に授業の感想を聞きに行ってハッと授業への謙虚さが薄れ、傲慢さが出てきていることに気付かされた。</p><br><p>講師の頃は空き時間があれば授業を見させてもらうというぐらい、教科に関係なく頻繁に勉強しようとしていたが、校務が多くなったこと、授業数も多いことで、ほとんど見に行かなくなってしまっている。</p><br><p>でも、その指導教諭も時間数は同じだけあり、他教科からも自分に取り入れられるところがあるのではと、僕のの授業で「本当に伝えたいところは教師が言うのではなく、生徒に考えさせている」と評してくれた。</p><br><p>前向きな彼に言ってもらえたことが何よりもうれしい。</p><br><p>自分ももっと勉強せねば。</p>
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<link>https://ameblo.jp/prelude2010/entry-11271860287.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jun 2012 05:29:01 +0900</pubDate>
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