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<title>社会への形而上学的考察</title>
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<description>人文・社会科学系や疑問に思う事を主に書いていこうと思います。法曹界という書類の中で仕事をする世界に夢を抱いています。疑問点・誤りなどがあれば、その部分など指摘して頂ければ幸いです。語学力(表現する力)の向上にもこのブログを通して身につけたいです。</description>
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<title>再開</title>
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<![CDATA[ お久しぶりです。<br>前回よりは書くペースは決して多くないですが載せていこうと思います。
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-12026796770.html</link>
<pubDate>Fri, 15 May 2015 08:33:17 +0900</pubDate>
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<title>掲載を一時的に停止させて頂きます。</title>
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<![CDATA[ 大変ご勝手ながら掲載を一時休止したいと思います。申し訳ありません。 来年辺りから新たに掲載させて頂きます。
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-11600584626.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Aug 2013 00:40:00 +0900</pubDate>
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<title>ご指摘を頂きました。</title>
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<![CDATA[ 「客観性の欠如があるのではないか」というこの記事を読んで頂いた方から貴重なご意見いただきました。書きての私もまだまだ力不足だなと痛感いたします。書きてが言論したいものが相手に解釈を誤らせたり、説得力が主観的、客観的な言論の相互がなされていないということはこちらの表現力不足です。ですからそれらを考慮しながら徐々に改善し、相手にうまく表現出来たらと思います。<br> <br>ご指摘して頂いた方には大変感謝しています。<br>他にもご指摘や、感想などがあれば返信をお願いいたします。
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-11581371532.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Jul 2013 23:51:04 +0900</pubDate>
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<title>ゆとり教育と大学教授</title>
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<![CDATA[ 文科省が施行したゆとり教育について、今回公民科の先生の現大学教授の方とゆとり教育について議論させて頂きました。<br>論点は「ゆとり教育は失敗だったか？」についてです。そもそもゆとり教育は倫理に出てくるアメリカの思想家の考えから出てきたもので話せば長くなるので今回は割愛させていただきますが、ゆとり教育で俗に言う失敗は学力の低下が今、私の頭に思いつく事でして他にもデメリットはあると思います。また世論などが問題視したことで一つの社会問題になっていることは論じるまでもありません。そこでメリットはなかったのかどうか考えました。メリットは高い学力を持つために勉強した者と、勉強しなかった者との間にヒエラルキーが出来たこと。これは一見メリットに見えないかもしれませんが、資本主義社会において好都合であるということ。すなわち身分社会は統率しやすく、差別化を謀ることが出来る。もう一つは家族との交流が相対的に増すこと。しかしこの例は私には思いつかないので書きません。話を戻しますと、まだ前者のメリットがデメリットに感じる人が多いと思いますのでもう少し掘り下げてみようと思います。私が思うに就職氷河期と呼ばれる現代において、企業は優秀な人材のみ取り入れようとしています。その中での選別方法として、学歴、教養、人柄、性格など様々な選別方法があり、社会的教養をゆとり世代の中で身につけた人間とゆとりに乗っかって身につけなかった人との間で明確な差が出来る。(昨日の記事の教養のある友人は土日は本と勉強に当てていたそうです。そんな人に土日に何もしていなかった人が就活で勝てっこありません。)つまりゆとりは土日で社会的教養や学問などを自宅で身につけられるということ。そして、そもそも「ゆとり」とは字のごとく時間的ゆとりを示すのではなく、精神的ゆとりを示します。決して勉強時間を減らすということではありません。さらに一番身近な大学受験においても考えてみますと、過去の歴史から近年の入試傾向でも難しくなってきていることは明白です。ゆとり世代の私たちに対し大学が考慮したとするならば、問題は易化するはずではないでしょうか？、ゆとりの代表核ともいえる休みを増やしても、学力低下を招く原因は生徒自身にあるのではないか？そういう疑問が浮上してきます。繰り返しますがゆとり教育は詰め込み教育ではないということです。<br>あまり話が上手くまとまりませんでした。疑問があればコメントをお願いいたします。<br>大学教授の先生には議論して頂いたことを感謝いたします。<br>そして様々な方々にブログを見て頂きまして、大変感謝のする限りです。<br>また書く機会があれば書かせて頂きます。
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-11580460727.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jul 2013 13:58:35 +0900</pubDate>
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<title>パノプティコン的社会構造に終止符を打つ</title>
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<![CDATA[ 前回Twitterで書かせてもらったパノプティコン的社会構造を今回は少し膨らませてみようと思います。<br>パノプティコンはジェレミ・ベンサムが考えた刑務所ですがパノプティコンは円柱で真ん中に監視塔があり周りに囚人の監獄があります。監視塔はマジックミラーで囚人からは見えないもので、監視塔に監視員が一人いれば全ての監獄を見ることが出来て、監視員がいなくとも、囚人からは監視されていると思ってしまうような大変優れた刑務所です。現在でも東京拘置所や大阪刑務所も似たような形になっているそうです。<br>そこで監視塔をマスメディア、監獄の囚人たちを国会、行政機関、企業、団体、国民などになぞらえてみるとメディアは常に騒ぎが起きないか囚人たちを監視し続け、監獄で暴動が起これば監視員は抑えつけ、さらに監獄の囚人たちを手玉にとっているようにおもいます。第四の権力は他人のプライベートまでも踏みにじり、韓国のメディアみたく人の精神状態を壊したり、自殺に追い込んだりするようになってきました。そして世論を誘導したり、機関に圧力をかけるようにもなったきました。あたかも社会を形成するのがメディアであるかのように。メディアの権力肥大は続いています。そろそろメディアを抑える機関があっても良いと思います。ただ抑える機関の権力肥大が起きても困りますが・・・<br><br>時間ができたのでこれまで3つの記事のような物を書かせて頂きました。最後まで時間を割いて読んでもらった方々に感謝致します。また書く機会があれば書かせていただきます。
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-11579805905.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jul 2013 15:54:09 +0900</pubDate>
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<title>批判する時は相手をよく知ってから批判すべき</title>
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<![CDATA[ 8月15日、日本が敗戦を認めた日に政府関係者が靖国神社に参拝する事を批判する中韓。<br>毎年、自分は靖国神社に参拝しています。靖国神社にはA級戦犯の日本軍の指揮官などが祀られています。すなわち戦争を進めた軍隊の上官たちが祀られているわけですが、そうでない軍人も祀られています。靖国神社の中に入場料を払って日本の歴史を見る所で日本の歴史を見てきた所、興味深いものがありました。それは人間魚雷に乗り込み日本の為に死んでいった18歳の青年が死ぬ前日に母に宛てて送った音声がありました。その音声は死を覚悟し、靖国神社に祀られること誇りに思い、母に感謝の意を告げるものでした。そこには泣き言を一言も言わず、国を思って死んでいく勇姿がひしひしと感じられるものでした。戦時中の日本は生きて帰る事が恥であり、軍人は靖国神社に祀られるという事と家族や母国を守るために死ねるのだという誇りを持って死んで逝った人々も多く靖国に祀られているにも関わらず、韓国や中国は日本の参拝する統率者たちに罵声を浴びせてくるのはどうかと思います。(小泉元首相も参拝して非難の嵐でした。)確かに日本が行った行為は残虐だったかもしれませんが、今の日本があるのは先人たちが国の為に尽くした結果であり、その人々たちに国の統率者が参拝することが悪なのか、と疑問に思います。ただかじった知識や結果ではなくて、しっかりとした事実や事情を知ってから批判すべきだと思います。<br>今年も外交の事を考えて総理などが参拝するかどうか疑問です。<br>千鳥ヶ淵戦没者墓苑には福田元首相が参拝していましたが・・・
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<link>https://ameblo.jp/prosector008/entry-11579777126.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jul 2013 14:36:31 +0900</pubDate>
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