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<title>うろちょろ放浪記</title>
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<description>様々なテーマで思いつくことを気軽に書いています。</description>
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<title>算数に感動できますか？　その３</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>同じものを同じと認識することから「数」の概念が生まれました。<br><br>まだまだ具体的な「数」の話ではありません。<br><br><br>最も原始的で根源的な「数」の処理は「１対１対応」と呼ばれるものです。<br><br>２つの量を比べるときに一つ一つを対応させて多い少ないを感じるのです。<br>教科書などでは上下に並んだ絵を線で結んで対応させます。<br><br><br>そうやって量的な間隔を確かなものにしていくのです。<br>ちなみに、数学の途中式などで＝を下につなげるのは<br>この「１対１対応」で式の変化を認識してただしい処理を確実に行うために必要なことです。<br><br><br>そして、この「１対１対応」と順番としての数である「序数」を使うことによって<br>具体的な「数」へと発展していくのです。<br></font>
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<pubDate>Sat, 31 Jan 2015 00:24:46 +0900</pubDate>
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<title>ポジティブとネガティブ</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>皆さんはポジティブですか？ネガティブですか？<br>私自身はネガティブなほうだと思います。<br><br>やたらとポジティブシンキングがもてはやされますが、<br>ポジティブに物事を捉えることは危険な状況を過小評価してしまうことにもつながります。<br><br>とはいえ、ネガティブにとらえ過ぎると何もかも嫌になって<br>ふさぎ込みがちになるのも確かです。<br><br><br>一番重要なことはどちらかではなく、「行動」が伴うかどうかだと思います。<br><br><br>ポジティブに考えることは、リスクに対しての「行動力」を引き出すものです。<br>キリスト教的な考え方から出てきた考えだと言われています。<br><br>神のご加護を信じて突き進む。<br>迫り来る困難も最後に報われることをポジティブに信じて乗り越えていく。<br><br>結局「行動」を引き出す手段なのです。<br><br><br>ネガティブに考えても、リスクにうまく折り合いをつけながら「行動」していけばいいのです。<br><br>逆にポジティブに考えて、安心してしまうほうが問題でしょうね。<br></font>
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<pubDate>Tue, 27 Jan 2015 23:31:14 +0900</pubDate>
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<title>研究者的読書</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>その本に「一文」でも価値を見出せれば「買う」価値がある。<br><br><br>この考えに賛同できる方は研究者的です。<br><br><br>普通は「一文」だけならば立ち読みでいいじゃないかと思うものです。<br><br>それはわかっているんです。<br><br>お金は無いし、他の本も読みたい・・・・<br><br><br><br>でも、資料は手元に置いておきたい！<br><br>という思いが勝ってしまうのです。<br><br><br>そんなこんなで読んでない本がまた山積みです。<br>でも満足です。<br><br>お金は無くなるけれど・・・<br></font>
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<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 01:37:12 +0900</pubDate>
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<title>自己認識が自分を作る　その２</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>先日、娘が２歳になりました。<br><br>「いくつ？」と聞くと指を１本立てて表していたので<br>これを機に２本に出来ないかと頑張りました。<br><br>まずは観察です。<br><br>よく見ると中指、薬指、小指が連動して動いていることに気づきました。<br>その３本の区別の認識が曖昧で、独立して動くことが出来ないようでした。<br><br><br>そこで、徹底してそれぞれの指を意識させてみました。<br><br><br>すると３日で２本にすることが出来ました。<br><br><br>言葉をまだ充分にしゃべることが出来ない子供でも<br>やはり、自分をどう認識しているかで「できる」「できない」が変わるのでしょうね。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11978503340.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 01:31:48 +0900</pubDate>
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<title>自己認識が自分を作る　その１</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>人間には才能なんてものは存在しない<br><br>と思います。<br><br><br>才能と呼ばれるものは様々な偶然・必然の産物です。<br><br>そのうちの一つが「自己認識」です。<br><br><br>自分はどういう人間であるのか<br>それをどのように定義づけるかによって<br>言動は大きく変わります。<br><br>そして、それは一旦決まってしまうと<br>大変有用な武器にもなり、また変化を妨げる障害にもなります。<br><br>ちょうど外骨格の生物のようです。<br><br><br>外骨格の生物は、成長の度に脱皮を繰り返し、<br>外骨格を壊して作り変えることで大きくなります。<br><br>その壊す作業は命がけで非常に大変なものです。<br><br>しかし、自然の中で勝ち残っていくために変化は欠かせません。<br>そのリスクを犯してでも脱皮をし、新しい自分の枠をつくり上げるのです。<br><br><br><br>人間は特に成長すればするほど「精神的脱皮」が出来にくくなります。<br>出来ないのではありませんが、見栄や体裁などが邪魔をするからです。<br><br>自らを変えるにはまず「自己認識」を変えること。<br>これが非常に難しいのです。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11976938806.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Jan 2015 02:39:51 +0900</pubDate>
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<title>友達と仲間</title>
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<![CDATA[ <font size="3" ›<br></font>友達と仲間は似ているようで違うものだと思います。<br><br><br>友達は一緒に色々なことを共有・共感しあう存在<br><br>仲間は同じ目標・目的に向かって協調しあう存在<br><br><br><br>両方が重なることはあるけれども<br><br>友達関係と仲間関係は維持する大変さが違うような気がします。<br><br><br><br>仲間関係はそれこそ喧嘩しあうのと同じくらいの大変さがあると思います。<br><br>お友達のようなズブズブではなく、<br>目標・目的の共有と共通認識、相互理解<br><br><br>友達の延長線上に仲間を考えてしまうと一方的な利用となり<br>結局は良好な仲間関係を築けないのではないかと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11976110027.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Jan 2015 01:21:59 +0900</pubDate>
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<title>情報と知性　-インフォメーションとインテリジェンス-</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>仕事柄色んな本を読みます。<br><br>今回は仕事とは関係ない本ですが、<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=28956384" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">インテリジェンス―国家・組織は情報をいかに扱うべきか (ちくま学芸文庫)/筑摩書房<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51ukz4FVBSL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥1,296<br>Amazon.co.jp<br><br>情報化社会と言われ、知りたいことは様々な手段で調べることができる世の中になりました。<br><br>かく言う私もネットや書籍などを通じて、昔では出会わなかったような<br>そんな出会いを日々体験しています。<br><br><br>しかし、そんな世の中になったけれども<br>それによってどれだけのことができるようになったのでしょうか。<br><br><br>この本はまだ冒頭しか読んでいませんが、<br>それだけでもいろいろと考えさせられました。<br><br><br>インフォメーション=雑多な情報<br><br>インテリジェンス=様々な情報を加工し、判断や決定に資するようにしたもの<br><br><br>この２つの言葉で考えると、確かにインフォメーションは沢山手に入るようになりました。<br><br>しかし、いや、だからこそインテリジェンスが重要になっているのではないかと思います。<br><br><br><br>そういえば、来週はセンター試験です。<br><br>学生時代にはがむしゃらに取り組んだものですが、<br>今、あらためて見てみると非常によく作られたものだと思います。<br><br>インフォメーションだけで解くと様々な見落としが生じ、混乱してミスをしてしまう。<br><br>しかし、インテリジェンスで考えると様々なヒントが導いてくれる。<br><br><br>色々文句を言う人もいるようですが、非常によく出来た問題だと思います。<br><br><br>センター試験にかぎらず、世の中には沢山のインフォメーションに踊らされ<br>その本質を見ようともしない。インテリジェンスを鍛えようともしない人たちが沢山います。<br><br>受験というものを一つのきっかけとして、インテリジェンスの重要性を感じて<br>そして社会に出る大人が増えてくれればと淡い期待を持ちました。<br></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11975313310.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Jan 2015 01:02:12 +0900</pubDate>
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<title>コントロールとコマンド</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>誰かに何かをさせる時、そこには２種類の方法があります。<br><br>「コントロール」と「コマンド」です。<br><br><br>「コントロール」は指揮命令権限が無い中で相手を動かすこと<br><br>「コマンド」は指揮命令権限が有る中で相手を動かすこと<br><br><br><br>数年触れてすらいませんが、管楽器の世界には「ブレス・コントロール」という言葉があります。<br><br>また、政治の世界では「シビリアン・コントロール」なんて言葉もあります。<br><br><br>管楽器を演奏する上で「ブレス」とは「コントロール」するもの、<br>しかし実際には「コマンド」できると勘違いして無理なことをしてしまう人が多い、<br>いやほとんどです。<br><br>そうなると非常に荒々しい、かと言って脆弱な<br>うるさいのだけれども、小さい<br>そんな変な音にしかなりません。<br><br><br>軍隊の方も同様です。<br>実際の現場のことは現場にしかわからないものであって、それを直接入ってかき乱すと<br>余計大変な事態を招いてしまうものです。<br><br><br>「コントロール」すべきものなのに「コマンド」しようとしてしまう<br><br>どんなものにせよ、「暴走」を産む危険をはらんだ状況となります。<br><br><br><br><br>逆に、「コマンド」すべきなのに「コントロール」しようとしてしまうこともあります。<br><br>本来は自分の「責任」において介入してでも対処すべきなのに<br>他人に丸投げしてしまう。しかも、一番大変な局面で・・・<br><br>「無責任」ですね。<br><br><br>「コマンド」すべきものは自分の「責任」において徹底的に「コマンド」し、<br><br>「コントロール」すべきものは「一定の距離」を置きながら慎重に「コントロール」していく<br><br>逆にならないようにしたいものです。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11974934881.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jan 2015 01:53:51 +0900</pubDate>
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<title>英語の歴史</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br>買ったはいいが、読めていない本が何冊もあります。<br><br>先日、思い立ってそのうちの１冊を読んでみました。<br>それがこの本です。<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=28949308" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">英語の歴史―過去から未来への物語 (中公新書)/中央公論新社<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F412hr51f2gL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥842<br>Amazon.co.jp<br><br>英語については沢山いろいろなことを調べていましたが、<br>色々と納得のいかないことが多く、難しいと感じて歴史を紐解こうとしたわけです。<br><br>結果、買って半年くらい放置してましたが・・・<br><br><br><br>英語の誕生は５世紀の「ゲルマン人の大移動」に始まり、<br>ドイツ北西部、デンマーク、オランダなどの地域にいた<br>アングロ人、サクソン人などのゲルマン民族がブリテン島に渡ったそうです。<br><br>その時期から１１世紀のノルマン征服までの英語を「古英語」といいます。<br><br>「古英語」は語形変化が豊富で語順も自由な言語でした。<br>まるで「日本語」のようですね。<br><br><br>しかし、ノルマン征服によってフランス語のノルマン地方の方言が入り<br>語形変化は単純化し、それと時を同じくして「語順の固定化」が起こります。<br><br>語形変化で品詞を判断していたものが、単純な変化になれば判断しにくくなります。<br>しかし、語順が決まっていればそれで判断が出来ます。<br><br><br>その後、沢山の言語の影響を受けて現在の英語につながっていきます。<br><br><br><br>だいぶ端折りましたが、詳しくは本を読んでみてください。<br><br><br><br><br>そうやって考えてみると、日本語というのは驚くほど変化の少ない言語なのです。<br><br>ついでに調べたのですが、確かに発音は違いますし、単語の意味や文法も違います。<br><br>でも全く違う言語であると認識しなければならないほどではありません。<br><br><br>スタートが分からないので詳しくは分かりませんが、<br>約2,000年にも渡って様々なものを取り入れて発展したにもかかわらず、<br>脈々と同じスタイルを受け継いでいるということに驚きました。<br><br>「英語」を通して「日本語」を考える。<br>そういうことも、また「英語」を学ぶ意義ではないでしょうか。<br></font>
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<pubDate>Fri, 09 Jan 2015 01:22:46 +0900</pubDate>
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<title>算数に感動できますか？　その２</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>「数」は「同じもの」を集めて初めて出てくる概念です。<br>厳密に「同じもの」でなくとも「同じもの」と認識するだけでもいいですが。<br><br><br>「同じもの」を複数集めた時に、その量を区別するために「数」があるわけです。<br>これが「量数」という考え方の「数」です。<br><br><br>「数」というものはそういうものであるからこそ、<br>まとめたり、分けたりという作業、<br>つまり足し算、引き算は「同じもの」じゃないと出来ないのです。<br><br><br>みかんを３個持っています。<br>りんごを４個もらいました。<br>バナナを２本食べました。<br><br>みかんはいくつ残っているでしょうか。<br><br><br>計算しないでしょ？<br>３個ですね。<br><br><br>「同じ」と区別して「集合」を考えることが「数」を感じるスタートなのです。<br>この前提を経て、ようやく「数の書き方」とかに進むわけです。<br><br>次回はこの「数」をどのように処理していくかの話です。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/pukekobird/entry-11974926550.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jan 2015 01:04:04 +0900</pubDate>
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