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<title>quecrisarin1980のブログ</title>
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<title>24 : それっぽい雰囲気を「出してもいい」人</title>
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<![CDATA[ 「いかにもそれっぽい雰囲気を出している人」っているじゃないですか。すごくいいと思うんですよ。ちゃんとやることをやっていれば、計らずとも自然に雰囲気というものは出てしまうものですから。ただ、「いかにもそれっぽい雰囲気を『出そう』としている人」も、いますよね。自分が後者でないことを祈ります。このふたつの違いはなんだかすぐにわかってしまいます。何故だか。口ではどうとでも言えます。実際にその人のリアルを間近で見ていない人からすれば、どんな内容であれ、その発言は真実のように聞こえます。ただその分、すぐ間近で見ている人からすれば、「こいつ何言ってんだ」状態になりますね。夢を語るのはいいことです。大きな夢をもっている人はとても魅力的だし惹かれます。それを公言できる人にはもっと惹かれます。でも、それだけ魅力的な行動には、「それをしていい人」っていうラインがやっぱりあると思うんです。自分の仕事をやり遂げずに人に迷惑をかけている人が、いくら夢や理想を熱く語ったところで、周りはそれに反比例して冷めていくわけです。自己管理ができずに自爆する分には全く構わないです。自業自得、自己嫌悪、自暴自棄、どれも自分自身の中だけで起こっていることであれば、むしろそれは経験すべきことでもあるし、いい勉強になると思います。ただそれが、自業自得に収まらず、「自分の責任で他人に負担をかける」という事態におちいった場合。もちろん人間は他人に迷惑をかけて生きているものですから、やっちまった！は当然あると思います。当たり前です。その後、きちんと謝るとか。何度も繰り返してしまうけど、改善する努力を見せるとか。なんらかのフォローは絶対にするべきですよね。別に迷惑かけられたって、謝ってくれればいいんです。あんまり自分も人のこと言えない。間違いは誰にだってあるし。気付けなかったこちらも申し訳ないし。でも他人の負担を増やしておいて、大したフォローもなく、それを繰り返しておきながら当たり前のように毎日を楽しく過ごしている人がね、「自分は～になりたくて、～って素晴らしいことだと思うんですよね」とか言ってると、周りはなんかこう、あっそう、ってなってしまう。怖いのは、それによって周りが冷めてしまうことで、誰もその人に指摘をしてあげなくなってしまうこと。本人が知らないところでその人の信頼にどんどんヒビが入って、気付いたときにはボロボロにはがれ落ちちゃって。本当に助けてほしいときに、そんなボロボロの壁、もう誰も見向きはしてくれない。そうなったら手遅れです。誰かがよく言っているのですが、謙虚に生きる。これは思っている以上に大切なことなのかもしれません。なんで自分はこんなに駄目なんだろうとか、どうしてもっと頑張れないんだろうとか、そういうのも結局、自分のことばっかり考えてることになるんですよね。自分がいっぱいいっぱいになると、周りへの配慮がおざなりになりがちです。最近、特にそう思います。反省。余裕のある人って素敵ですよね。余裕のある人になりたいですね。1242字　あ てんしょん ぷりーず...
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<pubDate>Sun, 14 Jun 2015 08:24:41 +0900</pubDate>
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