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<title>送信</title>
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<description>僕の想いを彼女に届けて下さい。</description>
<language>ja</language>
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<title>擬似</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　小雨が降りしきる夜道の中、傘もささず、僕は馴染みのバーに行き急いでいた。引締めた表情でドアを開け、隅の席に座ると、バーテンダーが正面で待ち構えている。</font></p><p><font size="2">「いつものレッドアイでいいですか？」</font></p><p><font size="2">「はい」</font></p><p><font size="2">　ここ数日、煙草への執着心は薄れていた。あれから煙草を一本も吸っていない。火をつけようとすると、どうしても”向日葵”を思い出すからだ。しかし、残業終わりの時間帯になると、無性に酒を飲みたくなるのだ。ただ一時期の煙草のように、”当たり前の癖”みたいになっている。好きでも嫌いでもなく、”曖昧な気分のまま”</font><font size="2">なぜか求めてしまうのだ。終電までに酔い潰れて、フラフラになりながら帰る状態、を僕はただ繰り返していた。</font></p><p><font size="2">　”あや”に会いたい・・・・。彼女とはあれっきりだ。電話番号を知らないし、昔のようにストーカー的な行動もしたくない。それに、これは僕自身の戦いだ。ましてや、この歳でドロドロとした関係など望んでもいない。でも</font><font size="2">今日、ようやく過去を清算できる。信吉とあの人に”さよなら”できる。</font></p><p><font size="2">　カクテルを飲み干し、カクテルを飲み干し、胃の中に何杯も注ぎ続ける。そして、</font><font size="2">いつしか呂律が回らなくなり、客足も途絶えてきた頃だった。</font></p><p><font size="2">　ロングコート姿で、ムカつく奴が現れた。</font></p><p><font size="2">「ごめん。待ったよな？」</font></p><p><font size="2">　と、信吉は僕の背中をさすった。</font></p><p><font size="2">「別に待ってないし」</font></p><p><font size="2">　僕は、彼の手を払い除けた。</font></p><p><font size="2">「急に呼び出したりして悪いな。今日は報告があるんだ」</font></p><p><font size="2">　彼は、満面の笑みを浮かべ、そう言った。</font></p><p><font size="2">「別に知ってるし」</font></p><p><font size="2">「いや、知らないと思うけど？」</font></p><p><font size="2">「だから俺は、知ってる、と言ってるよな？」</font></p><p><font size="2">　平然と笑っている彼が、ムカついてしょうがない。慣れたようにカクテルを注文する姿も、ロングコートを椅子に被せる冷静な姿も、腹が立って仕方ない。</font></p><p><font size="2">「まあ、そんなに怒るなよ。ただ、役職に就けた事を報告しようと・・・」</font></p><p><font size="2">「言いたいことは、それだけか？」</font></p><p><font size="2">　僕は、頬杖つきながら言った。</font></p><p><font size="2">「もちろん、”それだけ”のことだけど？でも、急にどうしたんだよ」</font></p><p><font size="2">「そうか・・・。それならもう話すことはないし。おめでとう。仕事頑張れよ」</font></p><p><font size="2">　僕はサッと席を立ち、フラつきながら店の外に足を向かわせた。すると、やや取り乱す表情の彼が、僕の腕を掴んだ。</font></p><p><font size="2">「どうしたんだよ。お前らしくないぞ。今日は俺が送って行くから」</font></p><p><font size="2">　彼は、ムカつくほど情熱的に言った。しかし、それを振り払うように僕は言う。</font></p><p><font size="2">「なあ、古い話だけど、むかし俺に”親友”と言っていたよな？」</font></p><p><font size="2">「ああ、今でも俺はそう思っている」</font></p><p><font size="2">「だったら、なぜ彼女の本当のアドレスを俺に教えたんだ」</font></p><p><font size="2">　と、僕は怒鳴った。</font></p><p><font size="2">「それには、複雑な理由が関与しているんだ」</font></p><p><font size="2">　と、</font><font size="2">彼は視線を逸らし、斜め下を見つめた。</font></p><p><font size="2">「なに気取ってんだよ。いつまでも、かっこつけてんなよ」</font></p><p><font size="2">　ガッシャーン・・・・。</font></p><p><font size="2">　グラスの割れる音が、しんみりした店内に響く。</font></p><p><font size="2">　殴るしかなかった。すべての思いを拳に込め、ただ力強く彼を殴ったのだ。ひれ伏す彼は、微動だにせず、可哀そうな感じでこちらを見上げる。</font></p><p><font size="2">「俺達って、親友だよな？」</font></p><p><font size="2">　と、彼は貫き通す。</font></p><p><font size="2">「いや、これで分かっただろ？俺達は親友じゃないんだ。終わったんだよ」</font></p><p><font size="2">　僕は、店員に腕を掴まれながらそう言った。</font></p><p><font size="2">「終わってなんかいない。お前が俺を殴った行為そのものが”親友”だという証拠だろ？」</font></p><p><font size="2">　と、彼はもっと可哀そうな感じで僕を見つめる。</font></p><p><font size="2">「じゃあ、本当のことを教えてくれ。一体どういうつもりなんだ？」</font></p><p><font size="2">　僕がそう言った時だった・・・。とつぜん白い意識に包まれた。頭に血が上り、興奮しすぎていたのだろう。目を開けると、ガラスの破片が綺麗に片付けられていたのだ。何が起きたのか覚えていない。それに起きたのかどうかさえも疑問だった。ただ、いつもの席に座り、正面にはバーテンの姿が見える。</font></p><p><font size="2">「あのう・・・色々とすみません」</font></p><p><font size="2">　頭をガンガンさせながら、バーテンに一言だけ謝った。</font></p><p><font size="2">「いえいえ、お気持ちは察します。先程の男性が、これを渡すようにと・・・。きっと答えが書かれているんですよ」</font></p><p><font size="2">　と、バーテンは、小さなメモ用紙を僕に渡した。</font></p><p><font size="2">「重ね重ね、すみません」</font></p><p><font size="2">　と、僕はそれを受け取り、迷いなく捲った。するとその内容は、欲する答えのようで答えではなかった。<br>「例の公園が在った場所、って言えば分かるよな？明日の12時、そこでお前を待っている。その時にすべてが分かる。お前が求めているもののすべてが解るはずだ」</font></p><p><font size="2">　彼が”例の公園”を知っていたことに、何の違和感も感じなかった。二人は恋人同士なのだ。それよりも気にかかる事は、なぜ再び彼と会う必要があるのか、という単純なことだった。愛情と友情に”けじめ”をつけた今、どうして”新しい恋愛”を見守ってくれない。どうして”這い上がろう”とする気持ちに、水をさすような真似をするのだ。</font></p><p><font size="2">　朝日が昇るまでの間、僕はジッとカウンターテーブルに座り、ひたすら考えた。やがて眩い光が、僕とバーテンの影を作り始めた時、両手でバシッ、と一つ頬を叩いた。そして・・・信吉に会うことにしたのだ。</font><font size="2">”真実を知りたい”それだけのためだった。　<font><br></font></font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　</font></p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10075541910.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Feb 2008 18:10:10 +0900</pubDate>
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<title>再往Ⅴ</title>
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<![CDATA[ <p>　</p><p>　<font size="2">レストラン入り口の自動販売機で、煙草を購入した。店内には一組の中年カップルと受験生が数人、ばらつきながらいる。その多くが、お替り自由のアメリカンコーヒーだけを手元に、くだらない話やぶ厚い教科書を主食にしている様子だ。でもそれが”深夜の物語”なのだろう。何十時間かカーテンが締め切られ、時計もなく、時間が確認できないとしても・・・この風景は、間違いなく夜特有の静けさであり、暗さなのだ。</font></p><p><font size="2">「なんか、いちいち細かいんだよな・・・」</font></p><p><font size="2">　店内にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">「どうかされましたか？」</font></p><p><font size="2">「いえ。なんでもありません」</font></p><p><font size="2">　と、僕は頭を震り</font><font size="2">、問題点を切り替えた。そして彼女と向き合う格好で、窓際の隅の席に腰掛けた。</font></p><p><font size="2">「とりあえず、注文しましょうか？」</font></p><p><font size="2">　彼女は、恋人のような振る舞いで、メニュー表を二人の中間に置く。</font><font size="2">僕は、彼女の言葉に顔をしかめる。”とりあえず”とは、まず初めに起こすアクションのことだろう。つまり、本来の目的を彼女は見失っている。</font></p><p><font size="2">　僕は握り締めている小さな箱を、それとなくテーブルの上に転がし、</font></p><p><font size="2">「でも、とりあえずは・・・」</font></p><p><font size="2">　と、　さりげなく言った。</font></p><p><font size="2">「とりあえず、注文しましょうか？」</font></p><p><font size="2">　彼女はまったく質問を変えず、煙草を隠すようにメニュー表を広げる。</font></p><p><font size="2">「あのう・・・」</font></p><p><font size="2">　テーブルの下で上下する足が、何よりもそれを求めている。しかも、急ピッチに震えが増していくのだ。それもこれも、美味しそうに煙草を吸う中年カップルと受験生が、彼女越しに映っているせいだ。ほんの</font><font size="2">すぐだった。カラッカラの口の中に、唾液が沸き始める。</font></p><p><font size="2">「ご飯でも食べましょうか？」</font></p><p><font size="2">　彼女は、僕を掌に転がすように淡々と言った。ある意味では当然の会話だ。でもその一方では、的確に追い詰められて行く僕がいる。</font></p><p><font size="2">　”ご飯が煙草なんだ”と大声で叫びたい。”なんのために来たんだ”とも怒鳴りつけたい。しかしそこは</font></p><p><font size="2">”大人なんだ”とグッと堪え、目を細くして灰皿を探す。そしてすぐ見つかった。煙草と同じ状態で、メニュー表の下敷きになっている。</font></p><p><font size="2">「ううっ・・・」</font></p><p><font size="2">　思わず声をあげてしまった。</font></p><p><font size="2">「そんなに吸いたいんですか？」</font></p><p><font size="2">　彼女は、冷静沈着な態度でそう言った。</font></p><p><font size="2">「いえ、別に大丈夫ですよ」</font></p><p><font size="2">　初対面の人に、今以上の弱さを見せるわけにはいかない。ごく小さな僕の抵抗だった。しかしそれは反射的なもので、何分も我慢できなかった。</font></p><p><font size="2">「えっと・・・たばこ吸ってもいいですか？」</font></p><p><font size="2">　僕は勇気を奮って、声を大にして言った。</font></p><p><font size="2">　</font><font size="2">静まり返る客のざわめき・・・遠ざかる店員の足音・・・バラード調に流れゆく淡い音色・・・。甘く、胸がギュッと苦しい。息をしているのだろうか、なぜか鼓動は高鳴るばかりだ。</font></p><p><font size="2">　彼女は向日葵のような笑顔で、ただ口をゆっくりと開いた。</font></p><p><font size="2">「はい。もちろんです」</font></p><p><font size="2">　そのなんとも言えない答えに・・・ただ愛を感じた。初めて誰かとの繋がりを感じたのだ。孤独な自身の心が、胸の奥深くで嘆いている。きっと、その想いに共鳴したのだろう。一粒ずつ零れ落ちる涙が、なによりも透明だからだ。そしてその涙は、僕だけのものではなかった・・・。</font></p><p><font size="2">　彼女もただ泣いている。マスカラ色の少し黒い涙が、やさしい感じに頬を伝って行く。その黒ずんだ涙が僕の目に映ると、延々と霞がかり、透明にしか見えない。</font></p><p><font size="2">「なんか、かっこ悪くてごめんね」</font></p><p><font size="2">　と、僕は目を擦り、スムーズに煙草を一本だけ取り出した。そして泣き笑いを浮かべ、カチッと火をつけた。</font></p><p><font size="2">「私の方こそ、なんだかごめんね」</font></p><p><font size="2">　彼女はそう言った途端、指に挟んでいた僕の煙草を鷲掴みにし、さらに続けて言った。</font></p><p><font size="2">「余韻にも浸れないの？なんのための涙だったの？それをちゃんと考えて下さい・・・」</font></p><p><font size="2">　と、化粧を乱しながらも、しとしと涙を流し続けている。</font></p><p><font size="2">「分かった。ちゃんと考えるから。とりあえず、これで冷やさないと」</font></p><p><font size="2">　僕は慌てふためき、お絞りを彼女の掌にあてた。</font></p><p><font size="2">　それからしばらくは、二人して黙ったままだった。</font></p><p><font size="2">　30分ほど膠着状態が続き、落ち着きを取り戻した彼女が沈黙を破った。</font></p><p><font size="2">「とりあえず・・・お絞りになっちゃったね」</font></p><p><font size="2">「そうだね。なんだか笑える話だよ</font><font size="2">。でも、どうして急に泣いたり、たばこを握り潰したりしたの？」</font></p><p><font size="2">「貴方の代わりって言ったら怖いかな？ただ、状況がなんとなく似てたんだ。昔の私と・・・」</font></p><p><font size="2">「昔の私とは・・・。あっ、そういえば、自己紹介まだだったね。鈴木純、31歳です。よろしくね」</font></p><p><font size="2">「えっ、まさか・・・」</font></p><p><font size="2">　と、彼女は、一瞬だけ目をパチッと大きく開いた。</font></p><p><font size="2">「んっ、どうしたの？」</font></p><p><font size="2">「ううん。なんでもないの気にしないで・・・。私は高木文、って言います。”あや”って呼んでね。ちなみに同い年だよ」</font></p><p><font size="2">「分からないけど、気が合いそうだね。それで・・・突然で悪いんだけど、今日これからどうしようか？明日会社もあるし・・・」</font></p><p><font size="2">　作戦的かもしれない。しかし、孤独な自身の感情をなぜか抑えられ切れない。</font></p><p><font size="2">「じゃあ、こうしようか？一緒に私の家まで行って、駐車場にある車に乗り込み、速すぎる夜景を何度も楽しんだ後、無事に純君の家に辿り着く」</font></p><p><font size="2">「ありがとう。そうしようか」</font></p><p><font size="2">　ちょっぴり残念な感じがした。でも、”傍にいれるだけでいい”それが本音だ。席を立ち上がり、テーブルの上を見つめると、灰皿には煙草が”一本だけ”ぐちゃぐちに千切れていた。心が晴れたのかもしれない。嬉しくて全身で笑えるかもしれない。</font></p><p><font size="2">　だから僕は、テーブルの上に、煙草の箱を置き去りにしたのだ。そして、ただの一回も振り返らなかった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　　　</font></p><p><font size="2">　<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　</font></p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10075296286.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Feb 2008 19:20:20 +0900</pubDate>
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<title>再往Ⅳ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「このくらいのことも、ろくに出来ないのかい？」</font></p><p><font size="2">　と、職場の上司は、僕を覗き込むように言った。強く怒る”ささやかな気力”も失せたのだろう。”哀れみ”それを冷視線で訴えかけてくる。しかも少しすると、僕のデスクに注目する社員一同、一丸となって冷視線・・・。もはや僕は、その社員一同に含まれていない。しかしそれは絶好の立場で、会社を辞める確かな理由にも繋がる。</font></p><p><font size="2">「つまり好都合な話しなのです」</font></p><p><font size="2">　僕は、ブツブツとつぶやいた。</font></p><p><font size="2">「鈴木君。なんか言ったのかね？」</font></p><p><font size="2">　と、上司がいった言葉は、何ヶ月か前のことで、一時の懐かしい記憶にしかすぎない。デスク周辺を見ても、話し相手など見つかるわけでもなく、せっせと働く社員達がいる。</font></p><p><font size="2">　”普通が羨ましい”ただそれだけを・・・ここ数日間ずっと感じている。それに加え、助教授が言っていた”落ち切った後は這い上がるしかない”の意味が分からない。精神状態が”最悪”ということか。それとも、この先に”超最悪”が待ち受けているということか。現時点の無気力な自分は、間違いなく奈落の底に閉じ込められているのだろう。彼女いない歴31年、それのみでも十分奈落の底にいる、と自信を持って言えてしまう。</font></p><p><font size="2">　暗闇が社内を孤独色に染めた頃、僕は資料の束をデスクに放り、こそこそと引き出しから携帯灰皿を取り出した。最近では、煙草だけが頼みの綱になっているのだ。そもそも、そのおかげで”地に足をつける”という単純な行動を行えている。</font></p><p><font size="2">「溺れているわけじゃない。自ら理解した上での行動なんだ」</font></p><p><font size="2">　煙草にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　美味しいやら苦いやら、味に対しての満足度など端からない。吸っていたい。ただ吸い続けたいのだ。そうすることで、信吉の事や彼女の事も、この時だけは忘れられる。愛情や友情など、この一本の糸のように、天井にたどり着く前に消えてなくなる。つまり、煙草の白煙の一本線は、天井とは繋がらないということだ。どう足掻いても途中で切れてしまう、それが事実なのだ。</font></p><p><font size="2">　しかしどうしてか、、そんなくだらない事が妙に気にかかる。普段は見向きもしない風景が”やけ”に見えてくる。それが”失恋の痛手”って奴なのだろうか。</font></p><p><font size="2">　結局、禁煙の社内で犯罪者気分に酔いしれ、一服ではもの足りず、何服も吹かしてしまった。罪悪感、自己嫌悪、そんな感情など奈落の底では無に等しいのだ。　</font></p><p><font size="2">「何のために、誰のために生まれてきた。俺は何者なんだ」</font></p><p><font size="2">　心にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　しばらくして、なんだか疲れ果てた自分を感じ、巡回の警備員に別れを告げ、会社を後にした。</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　その帰り道、ふと暗がりが怖くなった。</font></p><p><font size="2">　僕は、ポケットから煙草の箱を取り出し、ニコチンを補給しようとした。しかし箱の中は、期待を裏切るように蛻の殻だった。左右を確認するが、辺りにはコンビニや煙草の自動販売機が見当たらない。何ブロック先に進んでも、街灯に映るのは酔っぱらいか、家路を急ぐ人が殆どだ。徐々に禁断症状みたいな感じで、身体が震え出す。テスト勉強の時に机の下で起きる”貧乏揺すり”に匹敵する。不自然ではなく、自然現象ともいえるのだろうか。そう、身体が煙草を求めているのだ。</font></p><p><font size="2">「家に帰るのが恐ろしい」</font></p><p><font size="2">　駅のホームに着くと、すでにそう感じていた。</font></p><p><font size="2">　ややグッタリとホームの椅子に座り、終電近い時間をよそに、一つ、二つ、と過ぎ行く電車を見つめていた。ちょうどその時だった。煙草のにおいと同時に、スーツ姿の見知らぬ女性が隣に座った。</font></p><p><font size="2">　僕は、すぐさま言った。</font></p><p><font size="2">「たばこ、たばこを下さい」</font></p><p><font size="2">「すみません。私もついさっき最後の一本を吸ってしまったので・・・でも、どうして私が喫煙者だと分かったんですか？」</font></p><p><font size="2">　と、女性は少し驚きながら言った。</font></p><p><font size="2">「なぜか鼻が敏感になっているんです」</font></p><p><font size="2">　僕は頭を抱え、ただ俯いた。</font></p><p><font size="2">「余計なことかもしれませんが、大丈夫ですか？」</font></p><p><font size="2">　女性は、可愛らしく顔を斜めに傾けた。</font></p><p><font size="2">「もちろん、大丈夫です。家に帰りたくないだけですが・・・」</font></p><p><font size="2">　と、僕は訳も分からずにそう言った。すると女性は、真剣な表情で三つうなずき、何かを閃いたように言った。</font></p><p><font size="2">「だったらこうしませんか？次の電車に一緒に乗り込みましょう。そして一駅分だけ速すぎる夜景を楽しんだ後、すぐに電車から降りて、最寄にあるファミリーレストランに向かいましょう」</font></p><p><font size="2">「でも、貴方にご迷惑をかけてしまうのでは？」</font></p><p><font size="2">「いえいえ、話し相手が欲しいと思っていたので、嬉しいくらいですよ」</font></p><p><font size="2">　女性の微笑みは、気持ち悪いくらい打ち解けている。もしや・・・と顔を上げて窺うが、信吉の彼女の他に美人を知らない僕には、まったく心当たりがない。</font></p><p><font size="2">「あのう・・・。失礼ですが、どこかでお会いしたことって？」</font></p><p><font size="2">　と、僕は頭を掻きながら聞いた。女性は、静かに首を横に振った。その仕草はとても可愛いらしく、胸の中でスリスリと顔をこすって甘えてくる子猫ように見える。信吉の彼女が”清楚な白木蓮”ならば、この女性は”無邪気な向日葵”がお似合いだ。しかし、そんな彼女の提案には疑問があった。”一体どこに泊まればいい・・・”やはり、なにかが腑に落ちない。</font></p><p><font size="2">　又とない出会いの最中、僕は憎たらしいほど迷っていた。そんな時、一瞬・・・助教授の言葉を思い出す。</font></p><p><font size="2">「奈落の底に落ちた時は、とにかく寄り道をしなさい。それこそが這い上がるための”最も必要な要素”なのだよ。だから、脳よりも先に足を動かしなさい」</font></p><p><font size="2">　誰かがそう言われていた。その誰かなど今は枠外だ。</font></p><p><font size="2">　僕は、やさしい声で見知らぬ女性に言った。</font></p><p><font size="2">「僕でよろしかったら、是非お供します」</font></p><p><font size="2">「では、次の電車に乗りましょう」</font></p><p><font size="2">　女性は、なんの躊躇いもなく僕の手をソッと握った。</font></p><p><font size="2">　そして、僕らは予定通り電車に乗り込み、一駅分だけ速すぎる夜景を楽しんだ後、すぐに電車から降りて、徒歩5分もかからないファミリーレストランに足を運んだ。</font></p><p><br></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">「　　</font></p><p><font size="2">　</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10074764266.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Feb 2008 21:20:20 +0900</pubDate>
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<title>再往Ⅲ</title>
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<![CDATA[ <p>　次の<font size="2">日曜、地元の駅に降り立つと、どこよりも空気が澄んでいた。狭い改札を抜け、空を見上げると、冬空の白だらけの微かな隙間から、太陽がこちらを覗いている。陽気で、最近になくほのぼのした日光が”笑いかけている”と勝手に感じ、ついつい口元がほころぶ。まるで運命に導かれるように、僕は軽快な足取りで公園に向かった。</font></p><p><font size="2">「あれっ？どういうことなんだ」</font></p><p><font size="2">　そこには、憩いの場など存在しなかった。マンションが窮屈そうに連なり、今やマンションの密集地だ。市が財政難で、土地を民間企業に売り渡したのだろうか。どうあれ、僕はなにかの衝動に駆られ、望みを抱きながらあの樹木を探した。</font></p><p><font size="2">　1週、2週と無心に走り続けるが、もはや公園の面影すら感じない。ただ順調に経過する時が重苦しく、不安だけが高まって行く。彼女との接点が、環境破壊によって無残にも引き裂かれたのだろうか。</font></p><p><font size="2">「もっと自然を大切にしろよな」</font></p><p><font size="2">　何週目かにそう心にささやいた。しかしそんな文句も醜くてかっこ悪いものだ。そんな時だった。マンションを寂しげに見上げる僕の肩に、風のようなタッチで誰かがそっと触れた。振り向くと、愕然とする僕の目の前に、クスッと微笑みかける彼女がいた。</font></p><p><font size="2">「あっ、なんだか申し訳ないです。まだ公園が在ると思っていたので、待ち合わせ場所をここに決めてしまって・・・」</font></p><p><font size="2">「ううん。私も待ち合わせ場所ならここが良いと思っていたので」</font></p><p><font size="2">　彼女の爽やかな笑みで、突然大切なことを思い出した。あの時、教室の片隅で”公園が潰れる”と彼女が言っていたことを。</font></p><p><font size="2">「公園って、本当に潰れたんですね。なんか寂しいものですよね」</font></p><p><font size="2">　と、僕はぎこちない感じにそう言った。彼女は、場の空気を読み取ったかのようにクスクスッと笑った。</font></p><p><font size="2">「私が笑っているのは、鈴木君が昔を忘れていたことではないんです。もしかして、白木蓮を探せなかったんですか？」</font></p><p><font size="2">　彼女はそう言うと、笑いながらゆっくりと歩き出した。</font></p><p><font size="2">「えっ、もしかして・・・」</font></p><p><font size="2">　僕は彼女の歩幅に合わせながら、髪辺りに漂う石鹸の香りの後を追った。迷路のような小道を、ひたすら中の方へ進んで行く。そして彼女は急に足を止めた。</font></p><p><font size="2">「ほらっ、あそこにありますよね？」</font></p><p><font size="2">　大きな蕾がぎっしりと枝に付いている。その樹木は、あの時のままポツンと立っていた。空高く育った白木蓮は、昔となにも変わらない。しかし根元は、四角い感じにレンガで囲まれ、見るからに大切そうに扱われているのが一目見て分かる。あれから、彼女の願いが誰かに届いたのだろう。なん棟もの10階建てほどのマンションが、彼女でも僕でもなく、中央の年老いた白木蓮を尊敬するかのように、優しく見守っていたのだ。。</font></p><p><font size="2">「ずっと、守られてきたんですね」</font></p><p><font size="2">　僕は、いかにも白々しい感じに言った。彼女も「そうですね」と言うものの、なぜか気まずそうな笑みを浮かべる。</font></p><p><font size="2">　それからだった。白木蓮を見上げる彼女、背中になびく艶のある髪の毛、寂しげな二人をただ見つめるだけの僕、ずっと無言だった・・・。</font><font size="2">その心境は、執着してしまった”あの日の夜”とそう変わらない。近いはずの二人はどこか遠く、掴めそうで天に消え行く雲のような存在だ。</font></p><p><font size="2">　”今が分岐点なんだ”それはある場合じゃなくても、どんな馬鹿にでも分かることだろう。しかし僕は、あの時と同様に足がすくんで動けない。もちろん声もかけられない。見惚れている、という当たり前な言い訳しか知らない唯の臆病者だ。でも、この感情に打ち勝てないのならば、すべてにおいて溺れてしまう。いや、浸り続けてしまう。</font></p><p><font size="2">　デジャ・・・ビュ・・・。それこそが自身の弱い心からくる迷信なのだ。だけど、どこかで釘を打たないといけない。永遠に繰り返される問題であるのならば、今こそ解かないといけない・・・。僕はそうやって、何十分もなにかと葛藤していた。</font></p><p><font size="2">　やがて膨らみ続けた思考に混乱し、初めに冬のかじかんだ冷たさを忘れ、次にあの日の思い出が消えかかりそうになっていた。辺りが真っ白に化けている。</font></p><p><font size="2">　それは不意な出来事だった。やや怒り口調の声が、前方より聞こえてきたのだ。もちろん、彼女しかいない。</font></p><p><font size="2">「・・・鈴木君。ちゃんと聞いてるの？」</font></p><p><font size="2">　と、彼女の敬語はなぜか解けていた。</font></p><p><font size="2">「あっ。ごめんなさい。考え事をしていたので・・・」</font></p><p><font size="2">　好意を抱かれているのかも、とすぐに感じた。おそらく”不意な出来事”だと捉えたのは僕のほうで、彼女は何回も僕の名を口にしていたのだろう。僕の胸を締め付ける臆病者の自分が、なんだか迫力を失って行くようだ。彼女のそのムッとした態度が、僕の軟弱な心を勇気付けたのだろうか。</font></p><p><font size="2">　だから僕も敬語を解いた。</font></p><p><font size="2">「なんて言ったの？」</font></p><p><font size="2">　と、恋人のように語りかけた。</font></p><p><font size="2">　彼女は掌で愛らしく白木蓮を撫で、ただ一言だけつぶやいた。</font></p><p><font size="2">「この幾つもの可愛い蕾達が、まるで春を心待ちにしているみたいだなーって言ったの。何度も言わせないでよ」</font></p><p><font size="2">　と、彼女はまたムッとした。</font></p><p><font size="2">　他人事なら笑ったし、舌打ちしてから視線を逸らしてやった。どうにもクサイ台詞だったからだ。でもそうじゃなかった。結婚する前のプロポーズの甘さに、少し近かいのかもしれない。独身男性である僕が、妄想ついでに抱く”理想の告白の雰囲気”なのかもしれない。僕の頬が”これでもか”と熱くなっているのがいい証拠だ。</font></p><p><font size="2">　僕はその雰囲気に任せ、思い切って男らしく言った。</font></p><p><font size="2">「もしよろしければ満開日の頃、今度は横並びで白木蓮を一緒に見上げませんか？」</font></p><p><font size="2">　雰囲気は申し分ない。白木蓮の助けを借りている気もした。しかし、遠まわし的な告白でも”空気は読めている”と感じ、不思議にも同意の言葉が返ってくる、という妙な自信があった。</font></p><p><font size="2">　風が何回か肌をかすめた後、彼女がこちらを振り向いた。僕の瞳の奥をしっかりと見つめている。そして静かに眉をひそめ、誠実な気持ちで思いを告げた。</font></p><p><font size="2">「・・・ごめんね。満開日は先約があるんだ。今日はそのことで相談したいことがあったの。実は・・・好きな人がいます」</font></p><p><font size="2">「えっ、うっ、うん・・・」</font></p><p><font size="2">　それしか言いようがなかった。限りなく「yes</font><font size="2">」に近い「no」だった・・・。”空気を読めてないのは僕のほうでした”その文字だけが頭の中を回り、その後のことはぜんぜん覚えていなかった。むしろ覚えたくなかったのだろう。彼女は延々と”彼”について飽き足りないくらい話し、僕は”出来すぎた雰囲気”をただただ恨んでいた。目は虚ろで、その場から走って逃げたくもあった。しかし別れ文句の一つすら言えず、良い人止まり、優しい人止まりで、”一生友達を演じきる覚悟”を無理にでも抱くしか他なかった。</font></p><p><font size="2">　そして酷く後悔したのは、”これぞほんとうに不意”的な彼女の一言だった。</font></p><p><font size="2">「そうそう、それでね。彼が、彼が、信吉が・・・あっ・・・えっと・・・」</font></p><p><font size="2">　僕は、揺るぎない愛情を一瞬で噛み殺した。</font></p><p><font size="2">　あっという間に彼女を置き去りにし、この歳にして”俺なんか消えてしまえ”とあてもなく走り続けた。しかしそんな中でも、冷静である自分が恐ろしくもあった。</font></p><p><font size="2">「いいじゃないか。これで彼女に対する執着心とは、おさらばできるのだから」</font></p><p><font size="2">　何度もそう考えるが、僕の目尻からは涙が溢れ出てくる。拭っても拭い切れないそれは、夢で見た”孤独な自分”が、まるで捨て子のように泣いているようだった。だから僕は、目が腫れるまで自分自身に謝り続けた。</font></p><p><font size="2">「ごめん。ごめん。ごめんな」</font></p><p><font size="2">　しかし深海へ沈む孤独な自分は、見限るようにもっと深海へと潜り込んだ。アパートに着いた頃、無造作にストラップを外し、無意識に煙草を何本も吸っている僕がいた。彼女に対する愛情や信吉に対する嫉妬などは、家に充満する煙草のケムリでほぼ治まっていた。</font></p><p><font size="2">　そう、僕はこの日初めての経験をした・・・。人とは、とても恐ろしいものだ。”情緒不安定”になると、ものの数時間で、1箱もの煙草を吸いきれるのだから。</font></p><p><font size="2">　<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　　</font></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10073620180.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Feb 2008 14:20:20 +0900</pubDate>
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<title>再往Ⅱ</title>
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<![CDATA[ <br><p>　<font size="2">その晩</font>、<font size="2">街中の電飾は彩り鮮やかで、赤や緑の電球がサンタやツリーを形作っていた。あちらこちらに映るクリスマス間近の風習は、僅かながら僕の心を和ませてくれる。しかし同時に独りだという寂しさを煽っているようにも感じてしまう。</font></p><p><font size="2">「ただいまー」</font></p><p><font size="2">　返事がないと知りつつも、誰かにそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　すぐに電気を点け、ほろ酔い気分で靴を脱ぎ捨て、ロングコートも通勤鞄も畳の上に放った。携帯電話を手に取り、凍えるなにかを暖めよう、とコタツの中に潜り込んだ。</font></p><p><font size="2">　思い浮かぶことはただ一つ・・・信吉になど負けてたまるか、という子どものような意地を張る”根強い男の性”だ。しかしそんな単純めいたものだけでもないのだろう。久しぶりに再会し、もう一度”親友”と呼びたいと思っている自分もいるからだ。</font></p><p><font size="2">　頭が混乱していたのだろうか。はたまた、寂しさに押し潰されそうになっていたのだろうか。僕は無我夢中で、何週間も無視し続けてきた沈丁花さんに、調子よくメールを打っていた。</font></p><p><font size="2">「彼女に会いたくてしょうがないです。気難しい話はスルーして、彼女に会うにはどんなメールを送ればいいと思いますか？」</font></p><p><font size="2">　代筆料の分は働いてくれ、と彼女からのアドバイスを待っていると、5分もかからずと着信音が鳴った。</font></p><p><font size="2">「先程のメールを直接彼女に送ってみてはいかがですか？大切なことは、どれだけ素直な形を文字に残せるかだと思いますよ。少なくても、先程の一文には驚かされました。”会いたくてしょうがない”と言われれば、どんな人でも嫌な気分はしませんよ。一度目の言葉に限りますが（笑）私も陰ながら応援していますので、諦めずに頑張って下さいね」</font></p><p><font size="2">　僕は、思わず頷いてしまった。しかし、この言葉は告白となんら変わらない。つまり、告白さえ出来ず仕舞いの僕が、打てるはずもない一文なのだ。一歩間違えれば、なんだかストーカーよりも性質が悪いし、サプライズとかで笑って片付く問題でもないし・・・。</font></p><p><font size="2">　結局、30分ほど悩んだ挙句、沈丁花さんの意見に背くようなメールを彼女に送った。</font></p><p><font size="2">「お久しぶりです。あれから春が訪れるたびに貴方のことを思い出します。白木蓮の花びらが辺り一面を雪色に染めると、なんだかとても胸が苦しくなります。もしよろしかったら、あの日の理由を教えてもらえませんか？電話でもメールでも、どんな手段でも構いませんので・・・。勝手ながら連絡をお待ちしています」</font></p><p><font size="2">　メール文の8割が嘘で綴られている。あれから白木蓮を目の当たりにしたことなど一度もない。それに好きだという気持ちを伏せ、過去が気になっているから会いたい、と彼女の同情を誘うような理由を述べてしまった。なんだか傷を刺激するような言い方にも捉えられる。そもそも、手段を特定させているのは僕のほうだ。どんな手段でも構いません、と言いつつも、電話でもメールでも、と確実に彼女の意見を誘導してるではないか・・・。これだからメールは苦手だ。意図も簡単に言葉の食い違いが発生する可能性がある。さらには受信待ちの間に、自分が詐欺まがいなことをしているとさえ感じてしまう。それもこれも、すべては想像力が人並み以上に発達している僕自身のせいだ。</font></p><p><font size="2">　5分経ち、10分経って、普段なら電源を切ってしまうところを、煙草のニコチンに救われた。不安な時にいつも以上の力を発揮してくれるのが煙草だ、と助教授もよく言ったもんだ。良薬口に苦し、みたいなものだろうか。初めて口にくわえた時は、色んな意味で苦い思い出しかなかった。本当に効果があるのか、ないのかは疑わしい限りだった。しかし、現に救われている人間がここにいるのは確かだ。</font></p><p><font size="2">　僕はコタツの外に顔を出し、しばらくの間、送信メールを見ては弱気になる心を、肺に入れたニコチンパワーで落ち着かせていた。</font></p><p>　<font size="2">ピピピッ、ピピピッ・・・。</font></p><p><font size="2">　目覚まし時計ではない、メールの着信音だ。</font></p><p><font size="2">　コタツから全身を出し、胡坐をかきながら食い入るように携帯画面を見つめた。</font></p><p><font size="2">「メールありがとうございました。なんだか少し照れましたが、後半のほうのメールを拝見し、急なメールの意味が分かりました。メールや電話ではあれなので・・・。相談したいこともありますし、都合がよろしかったら次の日曜にでも会いませんか？私も勝手ながら連絡お待ちしています」</font></p><p><font size="2">　僕は、思わず拳を握った。沈丁花さんには申し訳ないけど、素直な形を文字に残さなくて大正解だった。もちろん、僕は素早く場所と時間を送信した。</font></p><p><font size="2">「分かりました。今週の日曜の13時に例の公園で会いましょう。目印に赤いキャップ帽を被り、ベンチに座っていますので。気づいた方が声をかけるということでよろしいですか？」</font></p><p><font size="2">　はい、という彼女の返答になぜかドキッとした。少し恐ろしくもなった。だけど、過去の自分が少しばかり報われた気がした。そして、ようやく”止まっていた”なにかが動き出しそうな予感がした。それは不思議なことで、とてもあっさりした動作だった。一匹の桃色ウサギのストラップを手に取り、携帯電話の小さな穴に無造作にぶら下げたのだ。</font></p><p><font size="2">　桃色ウサギは小さく揺れながら笑っている。ひょこっと突き出た山のようなその笑みが、やや薄気味悪く、当然のように僕だけを見つめている</font><font size="2">。仕方なく、僕はその何とも言えないオモチャの表情を、ただジッと眺めていた。</font></p><p>　　</p>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10060865376.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Feb 2008 16:20:20 +0900</pubDate>
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<title>再往</title>
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<![CDATA[ <br><p>　<font size="2">カクテルグラスの底には氷が二つ沈み、僕のうつろな顔がオーシャンブルー色のカクテルに反射し、揺れながら映っている。正面のバーテンダーは、懲りずに口を開く。</font></p><p><font size="2">「あれから、彼女とはどうなりましたか？」</font></p><p><font size="2">「どうもこうも・・・。それより、今日は待ち合わせをしているんですよ」</font></p><p><font size="2">「どなたとですか？」</font></p><p><font size="2">「まあ、待ち合わせ自体したのか否か、それも分かりませんが・・・」</font></p><p><font size="2">　と、僕は男性の興味心をどことなくかわした。”客の経験談”を食い物にするバーテンダーに、おいしいネタを提供したくはないからだ。とはいっても、”待ち合わせ”はあながち嘘ではない。これから、信吉と十数年ぶりの再会を果たそうとしているからだ。もちろん、彼が”会いたい”と僕に告げてきたのだ。しかし僕にとっても都合の良いタイミングだった。”敬遠の仲”なのか”犬猿の仲”なのか確かめられる機会だし、執着心を少しでも拭える”一つの起爆剤”になるかもしれないと思ったからだ。とにかく、すでに約束の時間が回っている中、僕は彼を待っている。</font></p><p><font size="2">「結局、会社はクビにならなかったしなあ・・・」</font></p><p><font size="2">　心にそうつぶやいた。<br></font><font size="2">　上司の反応は思いのほかあっさりとしていた。無遅刻、無欠席が優遇されてか、”覚悟の一日”なんてまるで起こらなかったかのように、何事も無く処分されてしまった。「鈴木君。大丈夫なのかね？」ただ、そうやって心配ばかりされ、一度たりとも責められなかった。”お前はクビだ”と断言されたかったのかもしれない。奈落の底に突き落としてほしかったのかもしれない。</font></p><p><font size="2">「残業が減ったという現状に対しても、嬉しいやら寂しいやら微妙な心持ですよ・・・」</font></p><p><font size="2">　カクテルグラスにそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　しばらくすると、遠くから手をあげながら彼は現れた。ジェルで前髪を跳ねさせ、爽やかな笑顔が少しホストのようにも見えてしまう。グレイのロングコートは地味な割りに、やたらとテカリのある感じに輝いている。ブランドの証なのだろう。ふと、僕は顔をしかめた。</font></p><p><font size="2">　信吉はとなりの席に着き、ロングコートをしなやかに脱ぎ、真横の空席にやわらかく被せる。</font></p><p><font size="2">「ごめんな。会議が長引いたせいで、少し待たせたな。それにしても、あの時ぶりだよな？」</font></p><p><font size="2">「・・・ああ、久しぶりだよな・・・。会議って、まさか役職とかって意味なのか？」</font></p><p><font size="2">　僕は緊張を解そうと、カクテルを一気に飲み干した。</font></p><p><font size="2">「役職に就くためのいわば研修期間ってところかな。えっと、レッドアイいいですか？」　<br>　と、彼はメニュー表に目を通さず、バーテンダーにサラッと言った。</font></p><p><font size="2">「信吉・・・・・。なんか雰囲気が変わったみたいだな。あっ、レッドアイもう一ついいですか？」</font></p><p><font size="2">　僕もなんとなく彼と同じものを注文した。すると彼は、ロングコートから本皮の煙草ケースを取り出し、すぐにタバコを吹かす。</font> </p><p><font size="2">「なっ、別に変わってないだろ？ただ、変わったように見えるだけかもしれないし、夢ってやつを見つけただけかもしれなしな」</font></p><p><font size="2">　彼の横顔が、一段と凛々しく映った。</font></p><p><font size="2">「夢かあ・・・・・。まあ、その話は置いといて、なんだかあの時はごめんな。彼女の事で頭が一杯だったというか、周りが見えてなかったというか・・・」</font></p><p><font size="2">　と、僕は俯く感じに言った。</font></p><p><font size="2">「いや、謝りたいのは俺のほうだよ。まさかお前もあいつのこと好きだったなんて・・・。まったくわからなったしな。でも俺達さあ、なんだか若かったよな？」</font></p><p><font size="2">　彼は、僕の肩を軽く叩いた。</font></p><p><font size="2">　そう、彼はどうかわからないが、僕自身は若かったのだろう。彼女の陰で余計なことばかりやっていたからだ。自転車置き場に行っては、彼女の自転車のタイヤに空気を入れたり。盗難や空気の栓を抜く、といった陰険な悪戯が当時流行っていたのだ。もう一つは、彼女が大学を休むとき、きまって学校の一角にある花壇の花々に水を与えていたり。さすがに雨の日に、大きな傘で花々を守ることなんてしなかった。しかしその行動を欠かしたことは一度もなかった。彼女は花が大好きな人だったのだ。</font></p><p><font size="2">　信吉との仲がギクシャクし始めたのは、”彼は彼女と話している””僕は遠くから二人を見ている”その距離の差に嫉妬を抱き始めてからだろう。彼にも、彼女にも近づけなくなってしまった・・・。</font></p><p><font size="2">「今更だけど・・・見方を変えれば、ストーカーの類なのかも・・・」</font></p><p><font size="2">　僕はそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">「いや、それはないよ。彼女もお前のことを横目で見たり、あの人って友達なの？とか唐突に訊いたり。まんざらでもなかったのかもな。俺は少し向きになってきてさあ、ストーカーっぽくない？とか言ってたりしてたよ。あっ、もちろん冗談だけどな」</font></p><p><font size="2">　彼はそう言うと、カクテルを一瞬で空にして見せた。そして急にネガティブになったように、反対側を見ながら話を続けた。</font></p><p><font size="2">「真剣にお前に謝らないといけない・・・」</font></p><p><font size="2">「それならもういいよ。お互い避けてきたんだから。ほら、ライバルってそういうものだよな？」</font></p><p><font size="2">「そうじゃない。過去のことじゃないんだ。この間、彼女のアドレスを教えただろ？あれって・・・嘘なんだよ。適当なアドレスを教えたんだ。だからごめんっ。これが本当のアドレスだから」</font></p><p><font size="2">　彼はそう言うと、カウンターテーブルに千円札を置き、深刻な顔を浮かべながら店を後にした。</font></p><p><font size="2">　メモ用紙には幾つもの皺が寄っている。濃い文字で乱雑に書かれているアドレスから信吉の”ライバル心”が重々感じ取れた。</font></p><p><font size="2">「執着していたのは・・・僕だけじゃなかったんだ」</font></p><p><font size="2">　となりの空席にそうつぶやいた。</font><font size="2">そして僕はカクテルグラスを手に取り、あの頃の情熱を胸に注ぐ感じに、鮮やかな赤色のレッドアイをただちに飲み干した。胸の中に浸透してゆく想いは、どこか熱かった。ただ、沸々と熱かったのだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="+0"><font size="2">　<br></font></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10059892805.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Dec 2007 19:20:20 +0900</pubDate>
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<title>信疑Ⅵ</title>
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<![CDATA[ <p><br><font size="2">「あの樹木はなんていう名前なんだろう」</font></p><p><font size="2">　遠い日の僕は、そうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　公園からアパートに帰宅した時には、手の感覚は麻痺していて、心もなんだか麻痺している感じだった。季節は春のような冬のような・・・。それでも彼は、かじかんだ手を必死に動かしていた。子供のときに使っていた植物大図鑑なる分厚い本を捲りながら、時々パソコンのキーボードを叩いている。その単純作業を繰り返し、やがて図鑑の中間辺りで、素早く動く目と思い通りに動かない手を留めた。</font></p><p><font size="2">「これだっ。大きく、厚みのある花びら・・・。白いチューリップの花が、たくさん枝に付いているような印象だ。それに雲一つない青空がよく似合う。満開はしないが、桜より十分に面影を感じてしまう。それは満開できないという”白木蓮”の儚さ故なのだろうか・・・」</font></p><p><font size="2">　図鑑にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　白木蓮のことを少し知ると、彼は一つにこやかになり、妄想の中で一歩ずつ彼女の背中に近付いてゆく。朝方まで灯るライトスタンドのオレンジ色が、彼のなにかを静寂の中で狂わしていた。 </font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　それから何週間経ったのだろうか・・・。満開に咲き乱れる桜並木を通り、彼は大学に向かっていた。</font></p><p><font size="2">　桃色の花びらが足元から舞い上がり、風に揺られながら彼の肌を幾度もかすめ落ちてゆく。一度たりとも見向きもしなかった春の景色に、彼は足を止め、ただ微笑ましく長々と・・・笑った。そして掌に細かく書いた白木蓮の知識を、しっかりと頭に叩き込んでいる。周りを気にしながら手を開き、眉間に皺を寄せ、カンニングするかのように掌の文字を確認している。</font></p><p><font size="2">　やがて大学の正門を通り抜け、到着が早すぎたせいか、構内をほっつき歩く。なにかを探すように首を振り、空よりもやや下辺りに目線を置いている。</font></p><p><font size="2">「これは違うし、あれも違うし」</font></p><p><font size="2">　彼は白いため息を、二度、三度ついている。</font></p><p><font size="2">　しばらくすると、舗装された道に薄々と人影が映りだす。彼は、その影に流されるまま建物の一角へと足を進めた。</font></p><p><font size="2">　教室のドアを開けると、真っ先に一番後方の片隅を、鋭い眼差しで窺う。そして空席を目にした時だった。突然足早になり、片隅の暗い席を当たり前のように確保する。</font></p><p><font size="2">　古生地の肩掛けバッグを置き、細長いペンケースを取り出し、机の角ぎりぎりにセットした。白木蓮で頭が一杯なのだろうか。窓の外を眺めながら、未だに清楚な白花を探しているようだ。公園か何処か、遥か彼方を細い目で見つめている。</font></p><p><font size="2">「あのう・・・これ貴方のですか？」</font></p><p><font size="2">　白黒のチェックのワンピースを着こなす女性が、屈みながら彼を見上げ、そう言った。彼女は、ペンケースを彼の手にそっと渡す。</font></p><p><font size="2">「あっ、僕のです。どうもすみません」　</font></p><p><font size="2">　彼は、白木蓮への想いを払う感じに首をブルブルブルッ、と小さく振った。すると彼女は、彼の行動を受けとる感じに蕾のような唇をクスクスクスッ、と大きく広げた。<br>「それでは、またねっ」</font></p><p><font size="2">　と、彼女は振り返った。次の瞬間、艶のある長い髪の毛が、扇子を開くように左から右に優雅に流れた。 </font></p><p><font size="2">「えっ、まさかだとは思いますが、二週間ほど前の夜って、公園に居ませんでしたか？」</font></p><p><font size="2">　彼は、やや慌て口調で言った。</font></p><p><font size="2">「居ましたけど・・・。なんでそんなことを知っているんですか？」</font></p><p><font size="2">　彼女は、眉をひそめながらそう言った。彼はゆっくりと掌を広げた。そして一瞬だけ掌に目を落とそうとするが、視線を逸らすことができないでいる。</font></p><p><font size="2">「実は・・・。僕も貴方の後ろから、樹木を見上げていた一人なんですよ」</font></p><p><font size="2">　彼は、咄嗟にそう言った。</font></p><p><font size="2">「では、もちろんどんな樹木かはご存知ですよね？」</font></p><p><font size="2">　彼女も、咄嗟にそう言った。カンニングなどうまくいくはずがない、彼はそう思っているのだろう。掌の文字を窺えず、真剣に見つめる彼女の瞳に、確実に目を奪われている。</font></p><p><font size="2">「そういえば、今って・・・桜のシーズンですよね？」</font></p><p><font size="2">　と、彼は桜のことなら何でも来い、といったような知ったか振りをした。<br>「どう間違っても、あの樹木は桜ではないと思いますけど？」</font></p><p><font size="2">「う、うん・・・」</font></p><p><font size="2">　彼の思惑は、数秒と持たずして玉砕した。<br>「あのう・・・。本当は、樹木のことを家でちゃんと調べたんですよ。ほら、この掌の文字が確かな証拠なんです」</font></p><p><font size="2">　彼は汗ばんだ手を洋服で拭き、彼女の前に突き出した。</font></p><p><font size="2">「水性マジックで書いたんですか？なにが書かれていたのか、ぜんぜん読めませんよ」</font></p><p><font size="2">　と、彼女は笑った。彼は引き攣った表情を浮かべ、苦笑いする。</font></p><p><font size="2">「・・・・・」</font></p><p><font size="2">「白木蓮が正解だよ。少しからかちゃってごめんね。あまりにも貴方が真剣な顔をするから。いたずらしてみたくなっちゃったの。それに・・・」</font></p><p><font size="2">「それにどうしたんですか？」</font></p><p><font size="2">「あの公園は今年で潰れるみたいなの。だから少し寂しくて・・・。あの時、最後の満開日だったんだよ。だからずっと眺めていたかったんだ。田舎からこっちに出て来た頃から、あそこの白木蓮がとても大好きだったの。桜より私にたくさんの春を伝えてくれたから。お別れをしていたんだ。今までありがとうって・・・」</font></p><p><font size="2">　少し涙目の彼女は、最高の笑顔で彼に笑って見せた。うれし泣きするようにやさしい表情で。まるで白木蓮に笑いかけるように。<br>「どうなるんだろう。伐採されて、燃やされちゃうのかな・・・」</font></p><p><font size="2">　彼は、ただそう言った。その言葉が軽率だったのだろう。彼女は何も語らず、急ぎ足で教室を後にした。それから彼と彼女は、永遠に言葉を交わすことはなかった。彼は遠くから彼女を見つめるだけの情けない男で、彼女は毎日のように笑顔を絶やさない素敵な女性だった。だからどんなに叫ぼうが、どんなに足掻こうが、彼にとって彼女の存在は高嶺の花だった。そして卒業までの間、ずっと辿り着けなかった。荒野の真ん中に立ち尽くす”寂しげな白木蓮”に、そのとなりで佇む”彼女の真心”にも。</font></p><p><font size="2">「そもそも、僕自身が自分で止めていたのか・・・」</font></p><p><font size="2">　遠い日の彼に・・・そうつぶやいた。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10059299421.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Dec 2007 15:30:30 +0900</pubDate>
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<title>信疑Ⅴ</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><p><br>　翌朝、枕もとの携帯電話が脅かすように鳴り響く。画面を覗くと9時を優に通り越し、14時30分という時間だった。当然だろうが、会社の電話番号がしつこく点滅している。</p><p>　僕は冷静に携帯電話の電源を切り、それを枕の下にグイグイと押し込んだ。なぜか目覚まし時計も枕の下敷きになっている。</p><p>「無遅刻、無欠席が崩れてしまう。だけど無断欠勤するしかない・・・。悪いけどそんな心境です」</p><p>　携帯電話にそうつぶやいた。</p><p>　窓のカーテンを僅かな隙間さえ与えないように締め切り、ドアの鍵付近の鎖を厳重にかけ、部屋の明かりを豆電球だけにした。そして坐椅子にあぐらをかき、コタツテーブルの上に彼女の写真を静かに置いた。</p><p>　しばらく眺めながら考える。</p><p>　むかし大学の助教授が言っていた。</p><p>「”病は気から”という言葉の”気”を追求したいのであれば、周りの環境と自分の心を出来るだけ暗くし、心身を奈落の底に落とし切ることが重要だろう。つまり這い上がるしかない状況まで、自分を追い込めということだ。その中で最も大切なことは、過去の思い出に浸るのではなく、今の自分自身が過去の自分にどう語りかけるかがポイントになるだろう。おそらく簡単なことではない。言い方を変えれば、辛い過去の自分を”客観的に見ろ”ということになるからだ。割り切るものではなく、忘れ去るものでもない。ただ、良き思い出として胸に刻みたいのであれば、"あの頃"の無力な自分を責める必要は一切ないということだ。きっと相手もそれを望んでいるわけではないだろう。今の君がなにを悩んでいるのかは知らないが、逃げるのでなく、”とことん”それだけを考えろということだ。そしたら嫌でも素直になるしか、残された道はないのだよ」</p><p>　信吉が高校時代からの彼女にフラレタとき、助教授からそうやってアドバイスを受けていた。僕はなんの事かさっぱりわからず、となりでそれを聞いていたにすぎない。しかし今なら少し分かる気がする。ふと、そう思った。</p><p>　もっと顔を写真に近付けながら、ただ考える。</p><p>　あどけない彼女の微笑み、艶のある長い髪の毛、蕾のような唇、それらが薄暗闇のなか豆電球のやわらかい明かりに写るたび、過去の情けない自分が蘇ってくるようだ。</p><p>　”どうしたら動き出せるのか”それが知りたい。むかしのように”止めたくない”という信念みたいな柱がほしい。それだけのことだ・・・。あの時、彼女と樹木に魅せられた想いは”一目惚れ”という類だろう。まさか十数年もそれに執着していたとは、心なしか笑えてしまう。</p><p>　僕は呆然と立ち上がり、壁際のハンガーに掛かかるロングコートの中から、ストラップ、煙草、彼女のアドレス、を取り出した。そしてコタツテーブルの上にすべてのアイテムを並べ、再びあぐらを掻きながら考える。</p><p>「どれかを・・・一つでも燃やすことができるのならば、執着というなにかを断ち切ることができるのだろうか」</p><p>　彼女にそうつぶやいた。</p><p>　すぐさまシルクハットを裏にしたようなアルミ製の灰皿と安物ライターを用意し、大切なものを灰にできるかどうか試すことにした。目を閉じながらライターをつけ、数ミリ単位で青交じりの赤い火を写真へと近付けてゆく。両手は強張り、心は行き場を捜すように揺れ動いている。ライターが急接近すると共に心臓が激しく鼓動し、少しずつ目頭が熱くなってゆく。そして急な出来事だった。ほんの少し、チリチリチリッ、っと写真の角が焼ける音がし、ビニールの溶ける独特な臭いが鼻を刺した。</p><p>　目を開け、写真を持つほうの手を振れるだけ振った。揺すれるだけ揺すった。ほんわかとした炎は退くようにすぐに消えたが、写真の角には黒々とした半円の跡が虫食われのように残っていた。</p><p>「燃やせるわけないよな」</p><p>　執着という何かにそうつぶやいた。</p><p>　結局その後も他のアイテムを手にしたものの、完全消滅までには至らなかった。そして無断欠勤という”覚悟の一日”で得たものは、彼女との僅かな会話と口にくわえる煙草の草っぽい味だった。残酷なことに煙草の先端には、すんなりと火をつけることができたのだ。彼女との僅かな会話は、燃やせるわけない、とつぶやいた時に思い出したのだ。</p><p>　あの日の後、春休みを明けてから、教室の片隅で彼女とたかが何分間の会話をした。彼女は最高の笑みを漏らしていた。時折、眉をひそめてはいたが、僕だけに笑いかけてくれていた。そんな気がした。</p><p>　過去を少し思い出したせいか、ふと僕の身体が下から上に震えた。</p><p>「恋に溺れてしまう・・・。いや、すでに・・・溺れていたのか・・・」</p><p>　あの日の僕にそうつぶやいた。</p><p>　頭が割れそうなほど痛い。逃げ出したくて仕方ない。しかし”覚悟の一日”を有意義に送るため、僕は過去をさかのぼることにした。当時の僕に感情移入するのではなく、できる限り”客観的に見ろ”を胸に言い聞かせながら、闇の向うにそびえる記憶の扉を静かに開いた。</p><p>　</p><br><br><p><br></p></font>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10058989433.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Dec 2007 14:50:50 +0900</pubDate>
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<title>信疑Ⅳ</title>
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<![CDATA[ <p>　<font size="2">小学校へ続く通学路を、颯爽と駆け抜けてゆく。田畑一面に広がる何らかの食物、細長いアスファルトの割れ目に咲く何らかの花、”おはよう”と風に消え去る誰かしらの声、そして頭上の遥か上には種類知らずの渡り鳥の群れ、そのいずれかの風景に”ふとした事”や”振り返った事”など一切なかった。</font><font size="2">これといって特別な行事があるわけでも、好きな子がいるわけでもない。ただ、小学校という義務教育に日々追われていたのだろう。勉強をすれば、頭さえよくなれば、すべてが叶うとそう信じていた。</font></p><p><font size="2">「絶対に止めたくないもん」</font></p><p><font size="2">　家族や友達や先生に、僕はよく言っていた。勉強机で数字と格闘していたとき、授業中にわざわざ何度も手をあげたとき、”もういい加減にしなさい”と誰かに叱られたとき、大抵はその言葉で抵抗していた。</font></p><p><font size="2">　中学でも高校でもそうだった。夢見心地で電車に揺られ、到着駅に着くまで揺られ、途中下車というハプニングさえ虚しいことに起こらなかった。赤の他人以上の友達はいたし、テスト期間になるとアドバイスだってしていたし、いじめなども”からかわれる”程度の範囲だったし。常に生きる目標が学校であり、勉強だと思っていた。ガリ勉だったのかもしれない。家族の期待を背負っていたのかもしれない。でも”止まること”を知らず、人生の道標は一本道だけだ、と思い込んでいた。着実に春夏秋冬を繰り返し、堅実に友達と付き合い、そして立派な大人になれるとそう信じていた・・・・・・・。</font></p><p><font size="2">　一瞬、考えるのを止めた。</font><font size="2">体がもっと大きく震え、その先の記憶が僕を拒んでいるように感じたからだ。</font></p><p><font size="2">「これがすべてだというのか・・・。だったらなぜ、どうして止まってしまったんだ」</font></p><p><font size="2">　過去にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　財布から小銭を出し、自動販売機でホット缶コーヒーを買い、ゆっくりと体の芯まで届くようにコーヒーを一口分だけ流し込んだ。しかしどうにも落ち着きようがない。仕方なくロングコートに潜む煙草を一本手に取り、カチャッ、と火をつけて、夜の薄霧にため息混じりの白煙を浮かばせた。すると辺りを浮遊する濁った白とあの日の記憶が、ただ複雑なまま重なり合った。</font></p><font size="2"><p><font size="2"><br></font><font size="2">「お前も吸えよ。もう少しで二十歳になるんだろ？だったらいいじゃねーかよ」</font></p><p><font size="2">「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、僕は遠慮しておくよ。同い年の信吉に言われたくないし、それにその灰皿は君専用の灰皿だし・・・。ちょっと換気するよ」</font></p><p><font size="2">　大学の春休みがもうじき明けようとしていた。信吉は法に触れていると自覚しつつも、懲りずに煙草を吸い続けている。その執着度は、もはや３０分未満で僕の部屋を曇らせる域だ。</font></p><p>「お前さ、将来どうするんだ？ありがちな質問だけど、夢とかってあんのかよ？」</p><p>　彼はそう言うと、煙草の灰を灰皿の枠に、トントントンッ、と無意味に払う。</p><p>「夢なんてなに一つないよ。でも、これから考えていけばいいと思うけど？」</p><p>　と、僕は窓を全開にした。</p><p>「お前はいいよなー。頭はいいし、いつも冷静な感じだし、悩みを知らないっていうか、なんていうか・・・。外見だってさ、もう少しマシな格好とかすればそこそこだしよー。俺なんか・・・なにをとってもお前には勝てる気がしないし」</p><p>　彼は、天井に向かってやわらかくけむりを吐いた。</p><p>「まあ、卒業もあと何年か先のことだし、ゆっくりと考えていけばいいんだよ」</p><p>　僕は、話題を変える感じにそう言った。悩むのは性に合わないし、この歳で止まりたくない。　</p><p><font size="2">「じゃあ、そろそろ俺帰るわ。また大学で会おうな。あっ、忘れるところだったじゃんか」</font></p><p><font size="2">　彼は、玄関先で見送る僕の顔全体に”フーッ”とけむりを吹きかけ、くわえ煙草のまま部屋を出て行った。</font></p><p><font size="2">「なにするんだよ。お前なんか早死にしちまえ」</font></p><p><font size="2">　彼の背中にそうつぶやいた。</font></p><p>　部屋をしっかり換気しよう、と僕は散歩することにした。換気といっても、憂さを晴らしたい気持ちも一理あった。それだけ白煙が嫌いだし、彼の軽々しい態度も嫌いだ。<br>　狭い路地裏を抜け、止まることなく歩く、ただ家の周辺を歩く。夜道の脇に佇む家々からは、一家団欒を楽しむ子どもの声が聞こえてくる。”ワー”とか”ギャー”とか様々だ。しかし僕の憂さは今日に限って一向に晴れる気がしない。普段なら温かく聞こえてくるはずの声が、うるさくてかなわないほどだ。<br>　だから遠くまで歩いた。誰もいない所まで歩いた。そして・・・大きな公園の片隅で、すべてが止まった。”留まった”わけじゃない・・・すべてが”止まった”のだ。<br>　艶のある長い髪の毛が風になびく。寂しげな後姿をする独りの女性が、一本の樹木を見上げている。淡くともる外灯はより淡く、彼女と樹木だけを照らし映す。鮮やかに咲き乱れる白色花が、深々と彼女に覆い被さろうとしている。</p><p>　辺りの木々を揺らす春風は止み、どこかの噴水の微音も止み、僕の胸の中も静かに止んだ。荒野のずっと荒野に佇む樹木が、懐かしさと寂しさを同時に訴えかけてくる。一秒、そして一秒・・・取り止めのない切なさを胸の奥に運んでくる。この世界には、僕と彼女と樹木だけしか存在しないのだろう。生まれて初めてそう感じた。</p><p>「・・・・」</p><p>「・・・・・・」</p><p>「・・・・・・・・・」</p><p>　いつ、どこで、なんじ、なんぷん、なんじゅうびょう、そんな事など関係なかった。ただ僕は此処にいて、彼女と樹木の傍にいて、二人の"揺ぎない寂しげな想い"と繋がっている。</p><p>「永遠に離れたくない。ずっと君たちの傍に居たい。夜という暗闇も、春という季節も、憂鬱な僕の心も、このまますべてを止めて下さい。最初で最後の僕の願いを、どうか叶えてやって下さい」</p><p>　時にそうつぶやいた。</p><p>　何十分、そして何時間だろうか。変わらない時の中で、彼女の後姿を見つめたまま、ずっと時に向かってそうつぶやいていた。　<br></p><br><p><font size="2">　<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p></font>
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<link>https://ameblo.jp/question-xyz/entry-10057966772.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Dec 2007 05:00:00 +0900</pubDate>
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<title>信疑Ⅲ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　淀んだ雲が空を覆いつくしている。当然のように日の光りは隠れ、窓の先のずっと先の高層ビルまでもが灰色に映っている。コビー機はウィーン、ウィーン、と止むことをしらず、キーボードをカタカタ打つ僕の手も止むことをしらない。しかし僕自身はまだ止まっている。学生時代の恩師の”絶対に止めたくない”という思いに胸を打たれた。そしてなにかが解かりかけている</font><font size="2">はずだった。夢だってパードゥンさんだってそうだ。胸の中でうごめくなにかは感じる。しかし僕自身は明らかに止まっているのだ。</font></p><p><font size="2">「鈴木君、これも頼むよ」</font></p><p><font size="2">　上司は返答も待たずして、デスクに資料を積み重ねるようになった。それもまた僕が”止まっている”ことの表れなのかもしれない。いつ、どこで、なんじ、なんぷん、なんじゅうびょう、とかよく小さい頃言っていた。むしろ今になって誰かに口にしたいものだ。”どこで止まってしまったのか？”それだけが知りたいのだ。</font></p><p><font size="2">　社員達が帰り支度を整える中、ホット缶コーヒー片手に僕は屋上に向かった。</font></p><p><font size="2">　薄暗闇の四角い枠の片隅で、ため息をついてはコーヒーを飲み、寂しげな夜景を見つめてはため息をついている。しばらくして缶コーヒーが軽くなると、コートからおもむろに煙草のソフトケースを取り出し、無造作に一本口にくわえる。最初は折り曲げるつもりだった・・・・しかしどこか心が安まる気がし、口元が寂しい気がし、白煙が悩みをさらう気がし、それだけのことだ。</font></p><p><font size="2">「溺れているわけではない」</font></p><p><font size="2">　誰かにそうつぶやいた。</font></p><p>　<font size="2">ひたすら一本、もう一本、と缶コーヒーの蓋辺りで煙草をねじり消す。体は正常のまますっかりとニコチンを受け入れているようだ。空腹じゃないからか。慣れたのか。そんなことはもうどうでもいい。生きているという実感を与えてくれるのならば、なんの問題もないのだ。</font></p><p><font size="2">　残業を終えて、電車を乗り継ぎ、いつもように歩道橋でふと立ち止まった。街灯はポツポツと車道を照らし、何分かに一台通り過ぎる車は薄霧のかなたへ消えてゆく。例の店の明かりは淡く灯っている。腕時計を見ると、ちょうど午後11時だった。この間の一件が気にかかり、なにかを期待しつつ、僕は赤い屋根の店に向かった。</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　ひんやりした丸いドアノブを回しながら引くと、微笑ましい老夫婦が待ち構えていた。もちろんパードゥンさんも若いカップルもいる。しかし強面男性とおっとりした女性は、なぜか中央の席に座っている。僕はここぞとばかりに一番奥の椅子にさりげなく腰掛け、少しだけ優越感に浸った。</font></p><p><font size="2">「この席は頂いたぞ」</font></p><p><font size="2">　心にそうつぶやいた。</font><font size="2"><br>「気紛れ定食ってまだやっていますか？」</font></p><p><font size="2">　正面のおじいさんにそう言った。</font></p><p><font size="2">「ごめんな。今日はコーヒーしか出せないのだが・・・」</font></p><p><font size="2">　おじいさんは軽く視線を逸らし、鍋を動かすおばあさんの背中だけを見ている。　</font></p><p><font size="2">「あのう・・・なにかあったんですか？」</font></p><p><font size="2">　僕は先日と同じ質問を浴びせた。</font></p><p><font size="2">「だから色々とあったんだよ」</font></p><p><font size="2">　と、おじいさんは僕を横目にやや迷惑そうな表情を浮かべた</font><font size="2">。<br>「せめて・・・コーヒーだけでもいいですか？」</font></p><p><font size="2">　僕は小声で言った。彼の耳には届いていないのだろうか。不安げな顔でおばあさんの作るオムライスを彼はただ見守っているようだ。</font></p><p><font size="2">「あのう・・・」</font></p><p><font size="2">　それ以上は口を噤んだ。皆の視線がおばあさんに集まっていたからだ。パードゥンさんは緑茶を啜り、時折チラチラとおばあさんの手元を窺う。中央のカップルは、おばあさんの真剣な表情に目を奪われている。つまり最初から僕など蚊帳の外というわけで、眼中にないのだろう。そう思った。</font> </p><p><font size="2">「だけど孤独にはめっぽう強いぞ」</font></p><p><font size="2">　心にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　やがておばあさんは一食限定のオムライスを・・・・・・強面男性の前に差し出した。震える手で、眉をひそめながら。<br>　強面男性は鼻で匂いを楽しんだ後、息を呑みながらオムライスをスプーンで丁寧にすくう。そして一瞬なにかを思い出すように目を閉じ、口の中に放った。その時だった。目の表面がキラリと光り、彼は無言のまま何粒もの涙を流した。口に入れるたびに、味を確かめるたびに滴る涙が加速してゆく。まるで無邪気な少年が強面という仮面を剥がしていくように、鼻を啜り、なんども鼻を啜る。</font></p><p><font size="2">　そして彼はとつぜん皿にスプーンを置き、しみじみと言った。</font></p><p><font size="2">「おばあちゃん・・・うまかった。昔と変わらずうまかった」</font></p><p><font size="2"><font size="+0">「</font></font><font size="2">それはそうですよ。貴方の大好きなオムライスですもの」</font></p><p><font size="2">　おばあさんはグッと堪えるような表情で、彼の頭を優しくなでる。</font></p><p><font size="2">　パードゥンさんは微かに笑うと、席を立ち上がり、勘定もしないまま外に足を進ませる。僕も腰を上げ、姿をくらますように店を後にした。そしてパードゥンさんの背中をひたすら追いかけた。<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　しばらくすると、自動販売機の前で彼は立ち止まった。僕は、電柱の影に隠れながらその様子を窺い見ている。缶ジュースの音がガシャン、ガシャン、と立て続けに夜の街に木霊する。彼は、体を屈めながら二本の缶ジュースを手に取り、その一本をこちらに向かって小さく横に振った。ペットに遠くから餌を与えるみたいに。僕は開き直り、その餌に釣られる感じに彼の元に駆け寄った。</font></p><p><font size="2">「ご馳走になります」</font></p><p><font size="2">　そう言って、ホットコーヒーを口にした。心を読まれたのか。答えを知っているのか。いずれにせよ、彼はなにかを知っている。僕は、覚悟を決めて彼に訊いた。</font></p><p><font size="2">「どうすれば止まっている自分を再び動かせますか？」</font></p><p><font size="2">「パードゥン？」</font></p><p><font size="2">　彼は、限界まで頭を横に寝かせた。</font></p><p><font size="2">「どうすれば執着を拭えますか？」</font></p><p><font size="2">　と、僕は恐る恐る言った。</font></p><p><font size="2">　彼は、秘めた思いを吐き出すように言った。まるで今、緑茶のぬくもりが胸の奥に染み渡ったかのように。</font> </p><p><font size="2">「君は一体なにを考えているのだ。そんなことを私に聞くなどもってのほか。そもそも執着とは初めのうちは”あいまい”であり”あやふや”なのだよ。軽い気持ちから生まれるということだ。好奇心、興味、憧れ、色々とあるとは思う。だが、そこからすべてが始まるのだ。ただ一つ、君は逃げているということだろう。あるものに執着したのではなく、根強い傷から逃避しようと、執着という壁を自ら塗り固めながら創ったのだよ。君のような庶民を”真の逃亡者”というのだ。もはや弁解の余地などないだろう」</font></p><p><font size="2">「・・・・・・・・」</font></p><p><font size="2">　僕は下を向き、ただなにも言えなかった。去り行く彼の後姿さえ見ることができなかった。どこかの扉が急にノックされたようだ。胸なのか頭なのかわからないが、ぐちゃぐちゃな思いの数々が一気に溢れ出し、僕自身に確かな過去を伝えようとしてくる。<br>「もう逃げちゃいけないんだ」</font></p><p><font size="2">　暗闇にそうつぶやいた。</font></p><p><font size="2">　そして自動販売機に背中を預け、体を大きく震わせながらすべての過去を悟った。あいまいな思いのままに。あやふやな感情のままに。</font></p>
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<pubDate>Fri, 30 Nov 2007 19:30:30 +0900</pubDate>
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