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<title>long×life×short</title>
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<description>《ちー》のオリジナル小説―――どんな人でも傷を持つ。癒える日は来ないかもしれない、来るかもしれない。それをかかえたまま、誰もが『しあわせ』というゴールを目指して前進する</description>
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<title>おしらせ</title>
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<![CDATA[ <p>読者の皆様こんにちは(もしくはこんばんは)。</p><p>管理人のちーというものでございます。</p><p>２月も中旬に入り、まだまだ寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。</p><p>中学、高校３年生は受験ももう一分張りですね。</p><p>実は私受験生でしてここの所更新率が下がっておりました。</p><p>この場を借りてお詫び申し上げます。</p><br><p>重ね重ね申し訳ありませんが、</p><p>この半年をかけて作成を試みていた「ゴーマイウェイ！｣がひと段落したということで、</p><p>既製作品の(誤字脱字等)修正のためしばらくお休みさせて頂ます。</p><br><p>ぶろぐ、写真、イラストなどの相合サイトとして立ち上げ直したい</p><p>とかいう野望を抱いておりますので、少々遅くなるやも知れません。ご了承ください。</p><p>夏までには完成させる予定です。</p><br><p>また、次なる短編・長編も考え中です。</p><p>リクエスト、意見等があれば、お気軽にどうぞ。</p><p>メッセージ、コメントお待ちしております</p>
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<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 19:34:23 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ＊°。・＊°。・＊<br><br>　　&lt;EpiloguE&gt;<br><br>＊°。・＊°。・＊<br><br>　天気のいい日が続く。日照りが続きすぎて水不足にでもなるのではないかと疑うほど、毎日暑くて仕方ない。<br>　寒気が訪れるのはまだまだ先だろうと、天気予報も言っていた。<br><br>　中学二年生になった下の娘が塵のごとく汚れた鞄を持ちかえる、午後九時。喧しく閉められたドア。<br>　母親は呆れたように声をかけた。<br>　「もーちょっと静かに閉めてくださるー？うるさくってテレビの音聞こえないんだけどー」<br>　「うるさい」<br>　「や、こっちのセリフだって」<br>　反抗的にリビングを素通りする娘の姿を、非難しながらも微笑ましそうに目で追う。真っ直ぐ風呂に向かうようだった。<br>　けたたましいドアの開閉音を合図に、息子と上の娘が部屋から降りてくる。そして、不機嫌な妹のテンションも余所にして剽軽な娘が妹を呼び止める。<br>　「セッちゃん聞いてー！姉ちゃん今日ねぇ…」<br>　「話しかけんな」<br>　「ケーキ買って帰ったぁ～☆」<br>　「………。」<br>　風呂場の扉が閉まる。<br>　つまらなさそうにリビングに入る娘の頭を優しく撫でながら、息子は母親に目配せする。紅茶を用意していた彼女は可笑しそうに笑った。<br>　「サチカとトオヤも少し前はあんなだったじゃん。誰もが通る道だよー」<br>　「あれ、あんなに酷かった？」<br>　言うと、苦笑いを浮かべながら息子が惚ける。娘も、自分はもっと早くに帰宅していたと主張する。<br>　しかし、彼女にしてみれば大差はない。カップに紅茶を注ぐと、自分の分だけを持ってソファーに落ち着いた。<br>　「若気の至りってやつでしょー。何だかんだであんたたちも落ち着いたし、物事の道理と倫理は中学迄に教えたもん。あの子もその内分かるよ」<br>　「お母さんもあった？そういう時期」<br>　娘が覗き込む。<br>　「ないよ。母さん、優秀だったから」<br>　実年齢よりかなり若く見える顔に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。<br>　若く(見えて)美人で陽気な母親は、娘にとっても、息子にとっても自慢だ。我が子を叱るポイントが他の家と少しずれている嫌いはあるが、どれも間違ってはいない。言うまでもなく、それに気付けたのはある程度思春期のピークを過ぎてからだったが。<br>　胡散臭い笑顔の母親の言葉を、二人は嘘だと笑った。<br>　「本当に真面目な人の背中には、そんな大きい刺青なんてないから」<br>　「えぇ？これは別だよー。だってほら、母さんクォーターだし？」<br>　「関係ないでしょー」<br>　息子と娘もそれぞれ自分の紅茶を取り、柔らかい絨毯の上に座を着く。<br>　「僕らが小学生の時にみんなに暴露しちゃってるから、密かに恐れられてるよ」<br><br>　彼女は中学に入るまで、かなり厳しく恐い母だった。<br>　マナーを少しでも侵せば怒鳴られたし、門限を破ると一週間程の外出禁止を言い付けられた。いじめの首謀者であったために、笑顔で家を追い出されたこともある（笑顔なだけに余計恐い）。<br>　母親の恐い所は、怒ると口調も言葉遣いも変わること、そして見た目。周りのどの家を見ても、刺青のある親などいない。<br>　父親は至って普通の男だが、純日本人のくせに母親と同じ髪の色をしている。そういえば、そろそろ彼が帰って来る頃だ。<br>　夕食を温め始める母親。美味しそうな香りが漂う。<br><br>　彼はドアを静かに閉める質の人間で、帰ってくる時も気配がまるでない。彼の帰宅を感知できるのは、異常な聴覚を持つ母親だけだ。<br>　「あれ、思ったより早い」<br>　コンロの火を消しながら、彼女が呟く。<br>　それを合図にして、娘が玄関を覗いて出迎えた。靴を脱いでいた父親は顔をあげ、口角を弛ませる。<br>　「ただいまサチ。母さんに“一流くんとその他諸々来た”って言って」<br>　「はーい」<br>　「なんだよその“その他諸々”って！！」<br>　玄関から次々と聞こえる声。六、七人くらいか。内三人は学生時代からの付き合い、あとはサッカー選手である夫のチームメイトだ。<br>　げぇっ、とあからさまに嫌そうな顔をする母親。冷蔵庫を開き、余り物の食材を前に何やら考え込んでいる。<br>　「何かいる？あたし、買って来るよ」<br>　風呂から上がった下の娘が声を掛けると、母親はにっこりと笑った。<br>　「いや、もう遅いからいいよ。母さんが行く。なぎさーっ！いつるーっ！この辺のもの何使ってもいいから何か自分で作って食べてー」<br>　彼女が大きな声を出す。「何で俺が」というブーイングを発しながらリビングに入る男に、不敵の笑みを返した。彼女の、「機嫌が悪い」のシグナルだ。<br>　「突然押し掛けて、文句言える立場？」<br>　「え、あれ？何か、すげぇ機嫌悪い？」<br>　「機嫌ええと思うか？何でこの時間から他人の晩飯作らなあかんねん」<br>　「や…連れてきたの、俺じゃな——」<br>　「はん？」<br>　「はいっ！ぜひ作らせていただきますっ！そりゃもー家政婦のごとくソッコーで！！」<br>　彼が端切れのいい返事をすると、彼女は満足気に微笑み、子どもをあやす様な甘い声を出した。<br>　「はいっ☆いいお返事ね～渚くんっ。じゃ、後片付けまでよろしくねっ」<br><br><br><br>　夜空には、きれいな星の光が散在する。<br>　知らない女の人、疲れ切った表情のサラリーマン、顔を赤らめふらつき歩く中年。まるで、サイレントピクチャでも見ているようだ。早くも酔い上機嫌になった大人たちから離れ、下の娘はじっと外の世界を見つめていた。夜道が昼間と違って見える。<br>　「なに、彼氏候補でも探してんの？」<br>　後ろから声を掛けられ、はっとした。渚だ。<br>　「なんで？」<br>　「面白そうに外見てるからさ」<br>　「あぁ…面白いわけじゃないけどね」<br>　「考え事？」<br>　「うん」<br>　少女が頷くと、彼はまた黙った。なんとなく居心地が悪くなり、話題を探す。<br>　「渚くんの反抗期って、どんな感じだった？染めたりした？」<br>　「染めなかったなー。てか、反抗期っていう反抗期はなかったかも。反抗する相手がいなかったもん。担任は気さくでスゲーいい人だったし、親は仕事でほとんど家いなかったし、向かいの家に住んでるオカンとオトンがな、すんげぇ恐いんだよ。セツの母さんの比じゃねえよ？ケンカも口もほんと強くてさ、歯向かおうにもやる前にやられる、みたいな。それ、一流くんの親なんだけどね。」<br>　なぁイツ、彼は盛り上がるテーブル周りに顔を向け、そう言って笑った。話の筋が読めない一流は首をかしげ、取り敢えずといった様子でいい加減に「おお」と応える。<br>　「母さんは？さっき、自分でいい子だったとか言ってたのちらっと聞いたけど、それは本当なの？」<br>　「いやぁ、キミんとこは両親ともに相当な問題児だったよ。優秀だったのは確かだけどね」<br>　彼は懐かしそうに笑っていた。だんだん雄弁になっていくのが分かる。それはまた、少女の興味をそそる要因にもなった。<br>　「母さんが有名なモデルだってのは？ほんと？」<br>　「本当だよ。スゲーの。街歩いてたら道行く人みんなが振り返るし、学校でもさ、ファンの女子とかがぶっわぁーって、バイソンみたいに駆け寄ってくるし。もう、本性隠すのに必死だから！」<br>　「スゴいじゃん。何でやめたの？」<br>　「仕事より好きで、大切で、守りたいもんが現われたからだよ」<br>　真っすぐ彼女を捉えた目が、愛しげに細まる。<br>　彼の言うものが父親であることや、今はそこに自分も含まれているのだということが、その優しい眼差しから読み取れた。<br>　その内復帰するつもりだったが諸々の事情が重なりそうもいかなくなり今に至るのだと、母親本人から聞いたことがある。彼女は、母親の足枷になっている気がして嫌だった。<br>　「戻んないの？ファンが待ってるのに？」<br>　窓の方へと視線を逸らすと、映る自分の姿は背筋が曲がり、だらしなく胡坐をかいている。窓越しに彼と目が合った。<br>　「家には大好きな旦那と、可愛い我が子が三人もいる」<br>　「可愛いなんて思ってないよ」<br>　「思ってるよ」<br>　彼は、その言葉を予想していたように速答。あまりの速さに気が弛む。<br>　彼なら何でも教えてくれる気がした。<br>　「あのさ。母さんの旧姓、小桜っていうんだね」<br>　一瞬、窓に映る顔が怯む。さすがの彼も、この質問は予期していなかった様だ。彼女は続ける。<br>　「でも兄妹なんでしょ、あれ。名前見ればわかる。それに母さん、一流くんに挨拶するときだけちょっと外人っぽい。中学入るまで不倫してるんだとおもってた位」<br>　「母さんに言うなよ、それ。喜ぶから」<br>　背後に父親の影。苦笑気味に弛ませた頬が兄に似ていると思った。<br>　「父さん。そういや母さん、遅くない？」<br>　「あー、散歩してくるって。酒飲ませねぇからいじけてんだよ」<br>　「出たよ、酒好きの下戸。さすがに他人の前でアレは不味いもんな」<br>　彼が笑う。父親も控えめに笑う。<br>　一晩中騒ぎは続いた。<br>　テーブルを囲い、下手な歌を歌う大男、酒に飲まれて突っ伏す優男、平気な顔で飲み続ける連中。未成年の睡眠は耳障りな声に阻害され、最後には結局兄と姉もその輪に交ざっていた。<br>　一人、自室で鞄を開く妹。<br>　破れ、汚れ、くたびれた鞄。全て学校に置いて帰っているので中身は空だが、それは苛めが蔓延る理不尽でつまらない学校生活を象徴する様で、居た堪れない気持ちになった。<br>　「セツ」<br>　扉の向こうから父親の声がする。開くと、ケーキと紅茶を持った彼が立っていた。<br>　姉が買ってきたらしいケーキに、父親がいれた紅茶。ケーキだけを受け取り、さっさと扉を閉める。<br>　「さっきの話だけど」<br>　「母さんと一流くんの？」<br>　急いで扉を開ける。父親は少し驚き、気が抜けたように表情を弛ませた。<br>　「セツの言う通り、あの二人は仲の良い兄妹だったよ。親の事情で母さんが養女に出されるまで」<br>　「母さんは自分の親のこと、恨んでるかな？」<br>　「いや、それが全然」<br>　「何で言い切れんの」<br>　「匂いだよ。母さん、昔から身なりにすげぇ気ぃ配ってたのに、香水は絶対付けねぇの。洗濯物とか、風呂あがりの匂いが一緒なんだよ、高橋家と」<br>　覚えてたんだろうな。父親が言った。<br>　「それってつまり」<br>　思考を巡らせる。<br>　「父さん、母さんの匂い嗅いでたの？うっわヤだなー。想像しちゃった、キモっ」<br>　彼を部屋から押し出し、勢いよく扉を閉める。何か文句を垂らしていたが、聞かずにベッドへ倒れ込む。洗濯したてなのだろうか、枕カバーからは、仄かに優しい香り。<br>　彼女は、落ち着いた面持ちで眠りに就いた。<br><br><br><br>　ザァァッッ…—————<br>　波が押し寄せ足を濡らす。遠目に見ると美しく平たい線を画く癖に、砂浜の足場は貝殻や小石の所為でまともに歩けたものではない。ただじっと、暗闇の中の水平線を見つめていた。<br>　夫の父親、そして、カルト成員の灰を撒いた海。罪悪感や恐怖から彼らに顔向けできなかった彼女は、初めてここを訪れた。<br>　「久しぶり。お父さん、お母さん、明さん、ママ————」<br>　震える声を絞りだす。<br>　「————…っ、今日ね、トオヤとサチカが槙の所に行ってたんだけど、帰りにケーキ買って帰ったの。『セッちゃんに食べさせる』って、大はしゃぎなの。優しい子でしょう？あたしに似たね。セツナも無事反抗期を迎えたし。やっぱり我が子は可愛いね。世界で一番可愛いよ、顔も含めて全部。流石あたしと守の子供でしょ？可愛くならないわけがないんだよ、なぁんて。<br>　…———。<br>　ねぇ、喩え地獄の日々が待ってたとしても、汚れることしかできない未来が待ってても、あたしはお母さんやお父さんに育てて欲しかったよ」<br>　今更言ってもどうにもならないけど。一句一句、彼女のの言葉を確実に海が飲み込んでいった。<br>　だけどね、彼女は続ける。<br>　「産んでくれて、育ててくれてありがとう。それだけ言い残してたから……本当は、生きてるうちに言うはずだったんだけどね」<br>　誰もいない暗闇の海岸線。潮風が肌に染みた。<br><br>　運命に溺れ、完璧を謳われた五十二人の罪人たち。しかし、人は神にも悪魔にもなれない。<br>　「これが、あたしの選んだ未来なんだ」<br><br><br><br><br>　生きるがいい、満流、罪に触れたジョーカー。消えることのない重みを、その背に負ったまま。<br>
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<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 08:48:35 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼▼▼▼<br><br>　Last letteR<br><br>▲▲▲▲▲▲▲▲<br><br>　季節は巡り、それから二度目の春が来た。雪は溶け、桜が蕾を付けだしている。<br>　カルトの殱滅は一瞬世間で囁かれたが、その噂もすぐに静まり、全てが嘘だったように日常が戻っていた。<br>　「おはよーコーちゃん！！」<br>　クラスメイトの一人が槙にかける威勢のいい声。振り返り、にっこりと笑顔を浮かべる。<br>　「おはよう」<br>　「卒業式だねー。うちらのじゃないけど。有田センパイもいなくなっちゃうのかぁ～。結局最後まで声掛けらんなかったよぉ。ちょータイプだったのに」<br>　つまらなさそうに口を尖らせる友人。運命じゃなかったんだよと茶化すと、嬉しげに笑い飛ばしていた。<br>　春の暖かい日差しが背中を差す、といっても、気温はまだまだ低いまま。<br>　「そうだ。君のカレシ、今日来てないみたいなんですけどどういう事でしょう」<br>　「あぁ…。あの人ね、今日は大事な用があるから休むんだって」<br>　「まぁじで！？先輩の卒業式だっていうのに、薄情な後輩だねぇ。コーちゃん、そういう男でいいの？うちの学校、もっといい男結構いるよね？」<br>　「うーん、でも、何故かあの人だったんだよねぇ——ふふっ」<br>　あ、と思う。笑いだしたい衝動を堪え、口を無理矢理閉じていた時のことだった。母親の記憶と重なり、手元にあるはずのない調理器具がある気さえする。<br>　思いに浸ると、友人は不思議そうな顔で首を傾げた。<br>　「コーちゃんがいいって言うんなら、いいんだけどさ…あ、うち、今からミーティングみたい。聞いてね、うちらの威風堂々」<br>　「頑張ってね吹奏楽部さん」<br>　満足そうに手を振る友人に、彼女と入れ代わりで槙に近づいてきた乙と大介が手を振り返す。胸ポケットの花が、風でふわりと揺れた。<br>　「おはようございます、先輩。それから、卒業おめでとうございます」<br>　槙が言うと、本当に単位がギリギリ過ぎてめでたい、と遠い目をする大介。彼はクラブチームのコーチを頼まれ、地元に帰って大学に通いながらコーチを引き受けさせてもらうと張り切っていた。噂によると、選手としてのスカウトをいくつか蹴ったらしい。惜しむような目で彼を見る教師たちを、槙もしばしば廊下で目にした。<br>　一方、乙は有名大医学部の結果待ちとのことだ。医者になってやりたいことがあるらしく、早くから受験勉強に勤しんでいた。<br>　「此処の所全然寄れてないんだけど、どう？アイツの様子は」<br>　乙が槙を見上げる。槙は肩を竦めた。<br>　「相変わらずですね。何話し掛けてもノーリアクション。今日は一流と渚が見に行ってます」<br>　「そっか」<br>　一年と少し前のあの日、渚が小桜総吾の助けを借りて満流と春野を生れ故郷へと連れ帰った。カルトの手を逃れ、見知らぬ山奥を放浪していた守も、現地の警察に保護されやがて日本に帰された。腹部に重症を負った春野は助からなかったが、満流は辛うじて一命を取り留めた。<br>　しかしあれから一年、彼女は壊れ、意識はあるものの心此処にあらず、窓の外にある一点の何かを見つめ続けている。生きた人形だ。何時何が起こるか分からないので、今は事情を知る人間が交代で家へ様子見に行っている。<br>　本来今日は槙の順番だったのだが、生徒会長が卒業式を欠席するわけには行かないからと言って一流と交代した。そして何故か、それに渚も便乗したのだ。<br>　「今ニュース見てたらさ、またカルトの仕業らしい事件が起きたんだってよ。あんなに大騒ぎして潰したのに、何にも収穫ねぇよなぁ」<br>　携帯を閉じながら大介が言う。乙は頷き、あくびをしながら伸びた。槙も口を挟む。<br>　「絶えないよね、模倣犯」<br>　「これからも続くだろうし、恨みだの悲しみだのって言う負の現象はなくならないと思いますよ。私達が、あの子が打ち壊したかったのは————」<br>　チャイムが鳴り、生徒の講堂入りを促す。軽快な音楽が校内に響いた。<br>　槙は柔らかい笑みを浮かべ、一通の小さな封筒をポケットから取り出す。送辞の台本だろうか。それをひらひらとはためかせ、凛として講堂へ向かった。<br>　大介と乙の耳に、彼女の言葉が残る。<br>　『犯したくもない罪を重ねる、虚しい組織の運命ですから』<br>　「ところで大介」<br>　むっとした表情の乙が、彼の胸ぐらを掴む。<br>　「守は何してるわけ？折角の卒業でしょ。あいつ、あと一回遅刻したら留年って言われたらしいじゃん」<br>　「気合いがありゃなんとかなるんだよ、こういうのは」<br>　二人の後ろから声がする。振り向くと、大あくびをする守の姿があった。<br>　「その気合いを、もっと活用しろよ」<br>　大介が苦笑する。時計は、緩やかに回った。<br><br><br>　広い広い講堂に鳴り渡る、マイクの音。槙の手には、何も持たれていなかった。<br><br>　「送辞———早いもので、また、この季節がやってきました。出会いの季節、そして、別れの季節。先輩方、卒業、おめでとうございます。私達在校生の…———」<br>　「アドリブか？あれ」「覚えてるんでしょ」「相変わらず肝が座ってんな」<br>　小声で話す生徒、うとうとしている保護者、聞いているふりをして意識を飛ばす教師。やがて、長くなりそうな祝いの辞に飽きた聴衆の興味が内容から逸れ始める。当然、槙の中では想定されていた範囲のことだ。<br>　「さて先輩方？最後に、生徒会役員の腕が上がり、ここ最近暇を持て余している陳腐な生徒会長の戯れに付き合っていただけますか？」<br>　騒つく講堂。ポケットから、例の封筒を取り出す。<br>　「ここに、一通の手紙があります。中身を拝見したところ、彼の有名な、カルトからの挑戦状のようです—————」<br><br><br><br>　親愛なる、日本随一の学力を誇る君たちへ。<br>　日本一の学力を持つという琳浚高校の君たちに、我々カルトから最初にして最後の挑戦状を送ろう。<br>　警察に回してもらっても結構だが、それごときに屈する我々ではないことだけは理解しておいてもらう。断言する。これは、君たちにしか解けない謎だ。<br><br>　或る処に、可愛い双子の兄妹がいたとしよう。優しい兄に、気の強い妹だ。<br>　二人はとても仲の良い兄妹だったが、幼い日に両親の手によって引き離される。<br>　兄は親元に残され、その優しさ故に妹の存在を胸中に封じ込めて両親に尽くした。<br>　妹は兄を探し求めるが、その正義感から、非情な親の手から兄を救い出そうとし罪を犯す。<br>　兄妹の仲は拗れ、修復不能の事態に陥るだろう。兄は妹を捨てるかもしれない。そこで問題だ。もし、そんな彼らに懺悔のチャンスが与えられるとすれば、それはどんな場所でだと思う？<br>　ヒントは“始まりの場所”。<br>　我々はそこで君たちの到着を待とう。辿り着いた暁には、何でも好きなものを与える。但し、期限は一日。では、健闘を祈る。<br><br><br><br>　「最後になったが、卒業おめでとう……だ、そうですよ。まぁ、本物かいたずらかは分かりませんが」<br>　マイクを通した槙の声が講堂中に染みる。<br>　ステージの中央に立ち、読み上げた手紙を前に突きだす彼女。逆の手で再びポケットを探り、そこから出した右手を紙に近付けた。一瞬にして手紙は燃え上がり、見る見るうちに煙と化す。<br>　火の粉を落とすことも跡や形を残すこともせずに紙を燃やした槙の行為に、講堂は騒然とした。立ち上がり声を上げる教師もいる。<br>　したり顔の槙が、「式の途中ですよ」と言って制す。<br>　「先輩方が優秀だからこそ、一つ、憶えておいて欲しいんです。<br>　私達は今、学歴や才能がものを言う世界で生きていて、才能や、血の滲むような努力を重ねたことで漸くこの、琳浚高校という立派な高校にまでこぎつけました。きっとそれは、知識欲や上昇思考あってのものでしょう。<br>　しかし忘れないでください。<br>　世界は、知らない方がいいことや、知った所でどうにもならないことで溢れているのだということを。知識や才能や努力では賄えない現実があります。いつか、どうしようもない壁にぶち当たる日が来るでしょう。その時は思い出して欲しい。周りにはどうにもならない苦しみを分かち合い、支え合うことができる仲間がいることを。<br>　——では、先輩方、退屈な生徒会長の、退屈で長い送辞にお付き合い戴きありがとうございました。<br>　先輩方がこの先、自分の信じた道を進んで行けることをお祈り申し上げます。この度はまことに、ご卒業、おめでとうございます」<br>　礼の合図も待たずに頭を深々と下げ、席へ戻る。<br>　「俺、あの子のこういうトコ好きだよ」<br>　大介が後ろから乙と守の間に顔を出す。三人は声を殺して笑った。<br>　報知機の音源を切っておいたのだろう警報が鳴ることもなく、槙の送辞の後は、形式通りの式が淡々と進んだ。<br>　静かであればあるほど、守の気持ちが逸る。<br><br><br><br><br>　「お前、俺を何だと思ってる？パシリちゃうぞ」<br>　金髪の背中を目で追いながら、渚は頭を掻いた。<br>　春の匂いが辺りに漂い、頬に懐かしい空気が触れる。気の早い桜は、既に花開きかけていた。<br>　前を歩く少年が振り返って笑う。<br>　「マジか、ごめんごめん。パシリやと思うてた」<br>　「ざっけんな！！」<br>　「はははっ」<br>　この日渚は、朝一で満流の元を訪れた。しかし彼女の部屋には既に、前夜から泊まり込みで側に着いていた一流が居り、已むなく事情を話した。<br>　状況を承知した彼が目論んだのが、九年近く世話になり、遂に自分達の手の届きにくい場所へと旅立とうとしている守と大介、特に守への卒業祝いだった。<br>　彼は明晰な頭脳を活かし、それ“らしい”手紙を綴った。無論、頭のいい琳浚の生徒は決して手紙を信じたりはしない。幾ら琳浚が日本でかなり有名な高校だとは言え、カルトが学生を相手になどするはずがないのだ。だから、手紙に反応出来るのは一年前を知る人間だけ、つまり槙、守、大介、乙のみだ。<br>　一流はそれを渚に渡し、槙より先に学校へ辿り着いて生徒会室の机に置いてくるよう指示した。<br>　「俺を半年間も騙してた罰やで」<br>　したり顔の彼が言う。にっ、と口角が上がる。そして前に向き直り、ずっと先に見える少女に声をかけた。<br>　「怪我すんなよーっ！」<br>　振り返る少女。<br>　「見てーっ！たんぽぽぉーっ！！ちょー可愛いから！」<br>　彼女は小さくて黄色い花を高く掲げ、機嫌よく手を振る。<br>　渚が「子どもみたいだ」と呆れると、一流は久しぶりの外なのだから仕方ないと言って笑った。<br>　「なぁイツ。何で満流は、槙だけ殺さなかったんだと思う？」<br>　「さぁな」<br>　「情かな」<br>　「どうやろ。俺はちゃうと思うけど」<br>　楽しそうに、嬉しそうに、いとおしそうに少女を見つめる一流。　「俺がミチなら、自分一人になるまで全員やる。で、サイゴは自殺やな。罪悪感で生きてられへんわ」<br>　少女の名を呼ぶ。彼女は彼に駆け寄り、手を握って「なにっ？」と愛くるしい顔を上げる。一流は一瞬、少しだけ遣る瀬なさそうに微笑み、おかえり満流、と呟いた。<br>　日が暮れ、町が夕方の色に染まっていく。<br>　景色も住む人も昔とはがらりと変わってしまった其処に、懐かしい光景が還ってきた。この日最後の陽を背に浴びながら、少年は少女を受けとめる。<br>　「ただいま一流。今度こそ、本当に」<br>　九つほど歳を重ね、身も心も大きく成長を遂げた二人。ロマンチックな背景も手伝って、それこそ似合いの恋人同士のようだ。<br><br><br>　その時不意に、風向きが変わった。<br><br><br>　後ろを振り返る。感動もそこそこに、少女は少年の腕から擦り抜けた。<br>　「やっぱ“真似事”じゃ本場には適わねぇな。お兄ちゃんサミシっ」<br>　渚が笑うと、一流は苦笑して「煩い」と言った。<br>　「俺、サッカーがあって良かったー」<br>　「何言ってんだよ。サッカーなんかなくても、ルックスだけでお前の周りは女だらけじゃん」<br>　「好きな女落とせへんかったらそんなん無意味やろ。あーあ。唯間はこんなアホのちんちくりんのどこがええんやろなぁ」<br>　「お前はちょっと自分を謙遜しろ」<br><br>　真の恋人の腕の中から、少女が呼ぶ。<br>　真似事では見せない、無邪気で、癒しを与えるような笑顔。確かな温もりを持ち、光のような表情。美しい背景がそれを助けたのか、周りの色が霞む程美しく、儚く、現実的だった———やっぱ、満流はすげぇな———渚は思った。<br>
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<pubDate>Thu, 03 Feb 2011 18:00:12 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼<br><br>　Lost a beam of heR<br><br>▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲<br><br>　舗装されていない地面はゴツゴツしていて、横になっていると点在する石が身体中を刺した。腹の辺りの重みで、起き上がろうにも身動きが取れない。<br>　「さすがヤツらの娘、と言ったところか」<br>　額に冷たくて固い感触がある。満流は目の前の人物から視線を逸らし、ただ一点を見つめ続けていた。ピクリとも動かない、春野が地面に横たわる。<br>　「スバラシイお褒めの言葉をどうもね。あいつらに育てられた記憶って、あんまりないけど」<br>　「あぁ、そうか。君は“捨てられた方”だったな。の割りにはよく、ご両親に仕えてたじゃないか。こんな汚れ仕事まで引き受けて、君は賢いのか馬鹿なのか分からない。本気で、ヤツらに付いていけばカルトが潰せるとでも思ったか？それとも何か弱味でも握られているのか？そうでなければ———」<br>　陶酔したように満流を見下す男。満流は漸く男と目を合わせ、挑発的に微笑んだ。<br>　「喋るのが好きな男だね。上司によく、馬鹿だって言われない？」<br>　暗がりで見えなかった男の顔が近づき、汚れきった顔で満流の視界を塞ぐ。全身に鳥肌が立った。<br>　「ジョーカーといえど、ここから形勢逆転は無理だからな！裏切り者め、嘗めた真似をしやがって。精々苦しみながらこの世を去れ。下級の者がどんなに辛い思いをしていたかとも知らずに！見てみろ！これだけの人数しか残っていないじゃ…————」<br>　「形勢逆転が、なんだって？」<br>　背後の声に反応し、顔を上げた男のから色が消える。<br>　開けた視界に映ったのは、月をうっすらと隠して霞んだ空と、男を見下ろす蔑むような瞳。不定形な雪が月光に照らされながらちらつく。春野だ。<br>　満流は涼しい表情で続けた。<br>　「残念だね。折角ハートのキングに仕事を貰えたのに、あたし相手に時間稼ぎだなんて……一つ、いいことを教えてあげる。時間稼ぎをする時はね、それを敵に悟られちゃいけない。それと、相手の勢力も調べとかなきゃ、ね？」<br>　額に当てられた銃を払い、今度は満流の方から顔を近付ける。<br>　「ま、“下っぱ”にそこまで求めないか。所詮、ハートのキングの捨て駒でしょ。置いていかれたの、分かってる？」<br>　「どうしてお前が生きている！？さっきまで確か…に———」<br>　男は崩れ落ち、目を開けたまま闇に消えた。<br>　顔面に血の雨を浴び、視界から男が消えると、荒れ果てた地には見知った顔が幾つかある。彼女自身も気付かぬ間に、彼女らの背後は再び戦場となっていたらしい。<br>　最悪の気分でその場に座りこむと、その上に春野が覆い被さった。<br>　「あと、少しですから…」<br>　春野は呟き、静かに目を閉じる。満流は、彼女の肩越しに雪を見た。冷たく、儚く、殺那的な、とめどない雪。ぼんやりそれを見つめ、続く言葉を聞き損ねる。<br>　頭上を影が覆うと、春野は顔を上げた。<br>　「葉流さん、流さん………優しい嘘を、ありがとうございました————私、後悔しませんよ。“春野”にも、お二人の娘にも慣れなかったけど、禄に人道上も歩けなかったけど、それでも後悔はないし、恨んだりもしません」<br>　ねぇ流さん。腹部を押さえ、彼女はかすかな笑みを浮かべた。<br><br>　コレで———借りは…返せましたか——————？<br><br>　「まな……」<br>　春野が流に抱き上げられ、満流は全身に伸し掛かっていた重みから、ふっ、と解放された。何も言えないまま、何もできないまま、ただ、春野の腹部を眺めていた。<br>　空気が慌ただしく動きだす。明は春野と満流に応急手当てを施し、彼女の上着を満流に掛けた。<br>　「ごめんなみっちゃん。嫌なことさせてもうて」<br>　そして、彼女は言った。ありがとう、と、切実な声で。<br>　「誰かがやらなあかん、こないなこと、長く続いたらあかんて、皆分かってた。うちかて、“こんな世界、さっさと消えてなくなればイイ”、“誰かうちらを止めてくれ”って、何度そう思ったことか————でも同時に、それは自分の役目じゃないって、逃げてたんや。悪魔にも正義にもなれへん、最低で中途半端なニンゲンやってん。おおきに。満流、ほんまに、ありがとう」<br>　「あきらさん……あたし————」<br>　余りに大きすぎる罪と責任に押し潰されそうで、もう、無理だと叫びたかった。<br>　五十余りの“人”から生を奪い、その数倍に及ぶ人から家族を奪った。そこに残ったものはなく、悲しみだけが生まれていることを、まさか知らないとは言えない。<br>　ならば、自分がやっていることは一体何なんだろう。<br>　生産性も何もないただの人殺しではないか。死のうとしているたった数人のために、その何倍の命を犠牲にしたのか。<br>　考えれば考えるほど本来の目的を見失いそうになり、全てを捨てて壊れてしまいそうだった。<br>　何より恐いのが、身内である彼らを手に掛けることだ。恐らく、彼らは銃を向けられても無抵抗なままだろう。それが当然だと言わんばかりに、黙って身を委ねるのだ。満流はそれが、途轍もなく恐かった。<br>　「満流」<br>　流の声に呼ばれ、頭の中にある闇の一本道から辛うじて逃れた。<br>　「……なに？」<br>　「真奈を、生まれた場所に返したって」<br>　ライトブルーの真っ直ぐな瞳と目が合う。吸い込まれそうになった満流は、すぐに顔を背けた。<br>　「自分でやりなよ。それまで待ってあげるから」<br>　「満流」<br>　「いやだ」<br>　「ミチ」<br>　「いやだってば！自分が拾ったコドモでしょ？アンタ親じゃん。ちゃんと最後まで自分で責任持ちなよ。冗談じゃない、あたしに押し付けないで、死にかけの奴の面倒なんてみたくな———…い」<br>　何年振りかに味わう、頬の痛み。寒さに冷えた頬はその痛みを倍増させ、皮膚の億の奥まで浸透した。<br>　小桜の家に出されて八年、小桜の両親は家を開け続け、美樹は満流に対して高値品を扱うかのように甘かった。そもそも、モデルとなり顔を商品にした彼女に手を上げる者など、何処にもなかったのだ。<br>　痛みは浸透し、不思議と満流の頭を冷やした。<br>　「……ごめん。言い過ぎた」<br>　素直に謝る満流に、流は年甲斐もなく泣きそうな声で言う。<br>　「自分の不幸を、真奈のせいにするな。恨むなら、俺を恨んでくれ。この、碌でもない親を」<br><br>　どのくらいの時間が過ぎたか。<br>　夜が明け辺りが明るくなると、彼らは何かの液体を被り始める。容器から流れ出るぽこ、ぽこ、という音。<br>　ねぇ。<br>　静かに目を閉じて微かに寝息を立てる春野の傍ら、少し離れた場所から、何処へとはなく満流が声をかけた。<br>　「もし、あたしたちが後継者としての価値がないくらい駄目な子供でも、同じ様に、愛してくれてた？」<br>　数秒の沈黙。明が吹き出し、続いて葉流と流も笑いだした。<br>　「馬鹿ねぇ、みっちゃん」<br>　「オマエ、そないなことも分からへんのか」<br>　明と流の、然も愉しげな声が響く。子供がはしゃぐような、あどけない騒ぎで、苛立ちさえ憶えるくらいだ。<br>　「真面目に聞いてんですけどーぉ」<br>　最後まで緊張感のない親達に、満流も気を抜く。ずっと凍っていた彼女の表情が、漸く柔らかに綻んだ。<br>　その顔で安心した葉流が、にっと笑った。<br>　「愛したよ、どんな世界でも、どんな子でも。地より、海より深くね」<br><br><br>　サヨナラミチル<br><br><br>　声が絶えるか絶えないかの内に、目の前に大火が広がる。彼らは笑い、涙を流しながら消えていった。<br>　「——…っっ！！」<br>　立ち上がろうとした満流を、眠っていたはずの春野が引き止める。<br>　「お願いします。あの中、半端な熱さじゃないですから、お願いします、苦しむくらいなら、先に」<br>　銃を握らされ、その先の記憶はとんだ。撃ったかもしれない、撃たなかったかもしれない。<br>　近付くヘリコプターの爆音、誰かに手を引かれて走る感触。そんなものよりもただ、しんしんと降り積もる雪の白と、赤とのコントラストだけが満流の脳裏に焼き付く。<br>　ぼんやりと空を見つめる彼女は、最後に一筋の涙を流していた。<br><br><br><br><br><br>　————ワタシハ、ドコデナニヲシテイタ、ダレダッタッケ————<br><br><br><br><br>　神に指差され、悲しき生を授かった青い鳥、ジョーカー。<br>　壊れ、記憶と心を失い、涙を流した君が、いつか、再び声を上げて笑える日が来ますように。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10786930215.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 19:47:45 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼<br><br>　Darkness cover the worlD<br><br>▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲<br><br>　警察に発見される前にと回収した腕は、見事なまでに自然な切れ口をしていた————それはもう、その道の“プロ”がそうしたように——————。<br><br><br>　書庫の戸を開けると、いかにもという古紙や埃の臭いにおいがした。何百もの本の山の上に胡坐をかく人物が書籍から顔を上げる。<br>　「満流は？」<br>　青い瞳の男は奥の方へ合図を送り、全員が集まった所で聞いた。春野は周囲に聞き耳を立てる人間がいないことを確認し、戸を閉めて答える。<br>　「また御手洗いに籠もってます。食事を出しても、胃が何も受け付けないみたいで」<br>　「そう……。まぁ、あれも神ちゃうからな。回復したら、あんたはジョーカー連れて次行け。こっちはうちらで何とかする」<br>　前髪の長い中高生が自宅でするそれの様に、邪魔な前髪を上げた女。赤いゴムを外すと、持っていた本の間に挟んで閉じる。小声で何か、男に話し掛けていた。<br>　両手に一冊ずつ、大きさも厚さも異なる本を開いたまま持ち歩いていた女は、読み終わったのか途中でそれを投げ、男の足下の山に加えた。<br>　「“あれ”やって。葉流も偉うなったもんやなぁ。ちょっと前まではミチイツミチイツ言うてうるさかったのに。いつの間に親馬鹿脱出したんや。なぁ流」<br>　空いた両手で浅葱色の細フレーム眼鏡を外し、そのままそこへ座り込む。山の上に顔を向け、男の同意を待った。しかし、口を開きかけた男の顔面を目がけて分厚い古書が飛ぶ。<br>　「黙れクソアキラ。口動かさんと手ぇ動かせ、手を。流、あんたも今、同意しようとしたやろ」<br>　「だってホンマのこ——」<br>　「シネ、ぶっ飛ばされたいか」<br>　また、別の本を投げる。<br>　そんな光景を、ひとり楽しそうに眺める人物がいた。<br>　「ダメよ～葉流さん。仮にも旦那さんなんだから、死ねなんて言っちゃあ。ふふっ」<br>　言葉遣いが荒く早口な三人に交ざり、一人にこやかでゆったりとしたペースの女が宥めるように笑う。小学校の教室を思わせるこの光景で、腹の底で蠢いていた緊張感が和らいだ。<br>　春野の教育係だった、今は亡き有田霜月も含め、彼らはかつてより兄妹の様に仲が良かった。同じ罪を背負い共有する者同士、互いを支え合ってきたのやも知れない。兎に角彼らは、他のメンバーにはない独特のホームを持っている。春野はそんな彼らに混ざるのが好きで、仕事用に付けられた番号ではなく名前で呼び合う彼らの傍に居るのが一番落ち着いた。そう、まるで暖炉やふかふかの絨毯とソファのある部屋で古い本に包まれているような、懐かしくて暖かい気持ちになるのだ。<br>　家族とはこんな感じなのだろうと、目を閉じて思う。そして、彼らと同じ時代を生きたかった、と。<br>　「仕事に戻るんで、また何かあったら呼んでください」<br>　「ご苦労さん」<br>　四人の重なった声に見送られ、書庫を後にした。<br><br>　「お加減はもうよろしいんですか？」<br>　春野が部屋に戻ると、満流は既に手洗い場を離れシャワーを浴びていた。濡れた頭にタオルをかぶせ、よくはないけどと言ってソファに倒れこむ。<br>　「『あいつも万能じゃないから』みたいなこと、言われなかった？行ってたんでしょ、あの人たちの所」<br>　「ええ。まぁ」<br>　葉流の言葉を思い出す。<br>　「似たようなことを仰ってましたね」<br>　「あいつらのそういうトコ、キライなんだよなぁ。なんか悔しいから、さっさと立ち直るのっ。なってやろうじゃん、全知全能の神に。元々そうなるように育てられてたわけなんだし」<br>　「己の限界を知ろうとしない所って、或る意味貴方の欠点ですよね」<br>　春野が苦笑すると、彼女は起き上がってにっと笑ってみせた。<br>　「嫌なら付いてこなくてもよろしくてよ☆」<br>　立ち上がり暖炉の傍で着替えを始める満流の腕や背に、いつからだろう、痣や傷が多くなった。この夏に屋敷を訪れてから、特にここ数ヶ月、彼女は手当てを諦め傷口を生のまま放置するようになったのだ。防弾着の着用を促すも虚しく、彼女は今日も生身で戦場に赴くつもりのようだった。<br>　「今日はどちらへ？」<br>　尋ねた春野を振り返り、彼女は悪戯を仕掛ける子どもの様な顔をした。<br>　「————ハートのキングを待たせてる。今日からアジアの方を攻めてくよ。車、出してくれる？」<br>　黒をベースに組み合わせられた洋服。長い髪を一まとめにすれば、自然と“それ”用の顔付に変わる。笑顔も隙もない、一つの凶器の出来上がり。<br>　きゅっと締まった口から、小さな合図が送られて、また、無常な一日が始まった。<br><br><br><br>　何処を押せば、この際限のない悲しみと憎しみの連鎖は止まるのだろう。何処にボタンがあり、どうすれば押せるのか。<br>　サングラスをかけ、無意味に高級な車にエンジンをかけた。<br><br><br><br>　「ねえ明、起きてる？」<br>　片手はハンドルにかけもう一方の手には絵本らしき本を持った美樹に問いかけられ、明は閉じていた目をちらと開ける。<br>　「寝てる」<br>　「渚くんの好物って知ってる？」<br>　「え、っと……ウチのボケは無視？ねえ無視？」<br>　おどけて見せると美樹は、反応して欲しかったの？と真面目くさった顔をする。それが可笑しくて、別にいいんだけどと言い哄笑する明。<br>　「あっはっ…——はぁ、あー可笑し。で？渚の好物？知らん知らん！うちは基本的に放任主義だかんね、そこまで気ぃ回したことないねん。第一あいつ、旨いもんなんか食ったことないはずやし。モノの良し悪しなんか分からへんでしょ」<br>　「確かに良し悪しは判ってないわね～。彼の口に入る私の料理が不憫ったらないわ、ふふっ」<br>　笑いすぎて涙が出た目をこする。一息ついて顔を上げると、秘かに息子の好物について考えてみた。<br>　あるとすれば、父親に外食にでも連れて行ってもらったのだろう。少なくとも自分は彼に特別美味いものを食べさせた記憶はない。仕事柄家を空けることが他の成員より更に多い明は、食事を作って渚に食べさせた事など数えるほどしかなかった。それどころか、家族揃って合掌をしたことすらないのだ。夫だって料理はそう得意ではないはずだから、やはり好物になり得るようなものを家で食べたとは思いがたい。<br>　「奴にもちゃんと好物なるものがあんのねぇ。てゆうか、何で親も知らないことをアナタは知ってはるんですかと」<br>　「そりゃアナタ、何年飲食店営んでると思ってるの。その人の好物が何で、どんなものを食べたがらないかくらい食べてる時の顔を見れば分かるわ」<br>　「さいですか」<br>　生温いばかりだと思っていた顔に鮮麗な表情が不意に現れ、明は少し気持ちを怯ませた。くっきりとした輪郭、しっかり開かれた目、得意気に上がった口角。彼女は、本質的に精神が木の如く真っ直ぐで太く強い。<br><br>　好きなものがあるのだったら、一度くらいは作ってやばよかったか。タオルを顔に被せ、薄暗い白の中、明は柄にもなく感傷に浸ってみた。<br>　数え上げてみれれば後悔の数に限りはなく、今となっては一人息子の渚にも会わせる顔がない。どうすれば世界に、人々に、彼女らに、彼に、許しを請うことが出来るだろうか。どうすれば、彼に対して十分な詫びが出来るのか。<br>　「一体ウチは、あの子に何を残せたんやろう。なぁんにもせぇへんかったけど」<br>　ため息を吐く明の傍ら、美樹が悟るように微笑んだ。<br>　「ふふっ、そんなことないわ、大丈夫。だから仕事前にそういう弱音を吐かないでよ。私、貴方たちと違ってメンタル崩れ易いんだから…ほら、もう始まるわ」<br>　「ウチを怪物扱いするん、やめて頂戴。葉流や流みたいなバケモンと一緒にせんといて。ウチだって———」<br>　「ハイハイ申し訳ない。ほんと、早く切り替えてよ」<br>　サングラスを掛け、車を乗り捨て美樹が行動を開始する。<br>　「またそうやってあたしを無視する。分かってる？一応あたし、あんたの上司なんだけど」<br>　「私は、貴方の先輩だわ。人生のね」<br>　振り返りもしない背中を十メートルほど後ろから追う。<br>　陽が沈み、深い闇が駆け足でやって来て、あっという間に黒が世界を包み込んだ。電気もろくに通っておらず、成る程、これが見棄てられた町と判断するのに申し分ないロケーションだ。<br>　「ココ、ハートのキングの生れ故郷だって。この国の国王と一緒。そういう場所を戦場にしようたぁ、あの人も非情だね」<br>　元々建物の一部であったであろう崩れ落ちたコンクリート塊の影で、手際よく準備をする明。それを横目に美樹がため息を吐く。<br>　「穏やかじゃないわねぇ。故郷は大切にしないと」<br>　「確かに。まあ、あたしは粋だと思うけど。生まれた場所で死なせてあげようなんてさ、縁もゆかりもない様な所で死ぬよりずっといいでしょ」<br>　「そうかしら。私、槙から遠く離れた地で静かに死にたいわ。どうせまともな死に方しないもの。そんな無様な姿、明は渚くんに見せられるの？」<br>　不服げな顔の美樹に、明は最後まで無言のまま、何も応えなかった。正確には、言えなかったのだが。まさか、上司が仕事中に部下の前で弱音を吐いて、その不安定さを丸裸にする訳には行かない。<br>　だが、背後で銃撃戦が始まると、彼女の顔はすぐに切り替わる。発泡音、人の声、足音。数秒すると、全体を把握していた瞳が数人を捉えて追う。<br>　耳を澄ませば、会話も銃声の合間を縫って少しだけ聞こえて来たが、途切れ途切れの言葉は聞きとり辛く、元々聴力の優れない美樹は内容把握には至らなかった。<br>　「明、何話してるか聞こえる？」<br>　「………。」<br>　「————後で教えてね」<br>　一点を見つめ、瞬きも忘れて目の前に集中する明に、小さく声をかけた。<br>　やがて激しい撃ち合いが止み辺りが静かになると、青ざめた明が自分の携帯を押し付け、今すぐこの場を立ち去るように言った。ポケットに必要そうな物を携え、一息ついて美樹の顔をじっと見つめる。<br>　「ここを離れたら、すぐに電話。全部バレた。満流と真奈が雑魚に混ぜて仲間殺してた犯人やっちゅうことも、うちらが裏でそれサポートしてたんも。現在地伝えたら、後は総吾に任せる。満流と真奈は絶対死なせへんから」<br>　「あきら？」<br>　「くっそ…あのくそジジイ———」<br>　歯を食い縛る。最後の大仕事のためにもう少し、時間が欲しがった。時計に目をやるが、暗くてうまく読めない。もうじき夜明けの太陽が昇りそうな時間であることだけは、空の様子から何となく分かった。<br>　「私たち、それを解っててやってたはずだわ。葉流さんの上を行く、情報屋のキングだもの。今でなくても、きっとばれたわ。<br>　分かってるだろうけど、このチームは腕利きの刺客も数人交ざってるし、気を付けてね」<br>　氷の様に冷えた手が、小刻みに震え始める。悔しい、苦しい。そんな気持ちに溢れた、強く固く結ばれた拳。それに手をかぶせ、美樹が力ない笑顔を作った。<br>　「貴方の幸運を、祈るわ————望み通り、最後に渚くんの顔を拝めるように」<br>　そして、お互いにゆっくり頷き合う。<br>　「さよなら、みき」<br>　「さよならあきら。行きなさい、貴方は、こんな所で立ち往生してちゃいけないわ」<br>　二人が背を向け合うのと、銃弾による最後の会話が始まるのとが、略、同時だった。<br><br><br>　「ねぇ総吾さん、明は、いつから辛党になったのかしら。七味も醤油も嫌いな癖に……。それ程までに、渚くんに自分の存在を植え付けたかったの？<br>　————悔しいのよ。あんな、葉流さんくらいしか食べられないような辛いスパゲティに負けるなんて」<br>　『不味い』と連呼しながらそれを口に運んでいた若き日の葉流。少しからかうつもりで辛目に味付けしたパスタを、美味そうに平らげる渚の姿が重なる。<br>　「あんなモノを遺してて、何が“何にもしなかった”よね」<br>　切れた電話に向かって話し掛けた。<br><br><br>　ッッ、ッ—————ッッッ！！！<br><br><br>　耳を割るような轟音。<br>　それを最後に、時と世界は静寂の闇に包まれた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10786099226.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Jan 2011 23:05:20 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼<br><br>　MotheR<br><br>▲▲▲▲▲<br><br>　美樹の発する和かい鼻歌を耳を澄ませて聞くのが、最近ついた癖だ。もうどのくらいこうして美樹の傍にくっ付いているのか分からないが、元々暇潰しに始めたことがいつの間にか習慣化して、今ではすっかりはまってしまっている。<br>　邪魔になる食材の焼成音を避けながら必要な音を聞き取るのは、なかなか集中力が要った。それはバスケットボールの試合中に足音を聞き分けるそれに少し似ていて、知らない曲ばかりでも別に構わないから何か音を聞いていたかった。五感を集中させるのは、疲労を伴う反面、渚にとっては得も言われぬ気持ち良さがあるものだった。そんなことに気付いたのもまた、ここ数日間の内だ。<br>　調理場を挟んで美樹の前に座り、オルゴールの様な彼女の声を聞き取る。ゆっくり穏やかで、かつ、芯のある声。思わず世界に入り込んでいたことに気付き、渚ははっとして顔を上げた。<br>　「そういや美樹さん。俺、そろそろ学校行かなきゃ、単位やばいんだけど」<br>　「そうねぇ。渚くん、成績が芳しくないものねぇ。ふふっ。全部が終わったら自由にしてあげるから、それ迄教科書使って勉強なさいよ…あ、テーブルは汚さないでね」<br>　昼食の炒飯を炒めつつ、本気で考える気があるのかどうか判らないような軽い笑声を上げながら美樹が言う。それがいつのことになるのかと訊ねても、もうすぐだという曖昧な返答しか返って来ない。ただ、ここ最近の彼女は切迫した姿を見せることなく何時も通り穏やかで、むしろ嬉しそうに見えた。自然と鼻歌も心地よい音を弾ませる。<br>　「それ、何て曲？好きかも」<br>　「渋いのねぇ。むかぁし昔の洋楽よ～。私がまだ渚くんより小さかった頃だわ」<br>　「洋楽か。じゃ、聴いても意味分かんねぇなぁ」<br>　「あら、英語は高校でやってるでしょう。高校英語に比べたら、日常会話なんて可愛いもんじゃない。それに、渚くんがやってたのは何語だったかしら……フランス語？」<br>　「あー…懐かしい話引っ張り出すね。むかぁし昔のことじゃん。もう忘れたよ」<br>　渚が苦笑する。<br><br>　昔、渚が小学四年の時だったか。明の趣味で半ば強制的にフランス語を習得しようとした時期があった。幼少期から外国語を聞き、英才教育を受けながら育った一流に比べると、当然ながらその才は見るからに劣り、悔しいからという理由であっという間に止めてしまったが。あの頃の名残で今も読み聞きするくらいならやれるだろうが、美樹が言うほどは出来ない。あの時、もう少しだけ辛抱していたなら、英語という教科に今程苦しめられることは無かったのだろうか。懐かしい様な胡麻油の匂いを嗅ぎながら、そんなことを思った。<br><br>　「美樹さんはどのくらい喋れんの？」<br>　こんなにゆるやかな彼女でも歴としたカルトのメンバーだ。きっと、日本語だけではやっていけないだろう。<br>　美樹はフライパンを揺する手を止め、指を折って数え始めた。<br>　「五、六……日本語も入れて七ヶ国語くらいかしら」<br>　どれも使い熟せはしないんだけどね、と付け加えて笑うと、再びフライパンを持つ手に力を入れる。<br>　「それにしたって子供ん頃からやってたわけじゃないんでしょ？飲み込みいいよなぁ。俺なんか、国語すらまともに出来ないよ。高一にして、物分かりが悪いのなんの」<br>　「私も学生時代は文系科目、ダメダメだったのよ？葉流さんと流さんの教え方が上手だから、ここ数年で記憶力が上がった気がするわ。ふふっ。私達は何でもあの二人の仕込みね」<br>　口に手を当て目を細める美樹。もしも大和撫子を決める大会が催される日が来るなら、自信を持って彼女を推したい、そう思わせる優美な動きだ。<br>　「達って————うちの親？」<br>　自分の母親が彼女よりずっと若い一流の両親から教えを受ける姿を想像する。何故かランドセルを背負ったその立ち姿が、奇妙過ぎて吹き出す。美樹は一瞬不思議そうな顔をしたが、追及することも咎めることもしなかった。<br>　「まぁそんな所。意外？」<br>　「や、意外っていうか、想像つかない。だって、言っちゃ悪いけど葉流さん達って頭良いイメージないし」<br>　「あらあら～。そんな事言ってたら拳が飛んでくるわよぉ。確かに、勉強が好きな人たちではないけど。ふふっ。だけどやれば何でも出来るわね。羨ましい。私の料理でも、味付けは葉流さん好みだし。あの人舌が肥えてるから味にはうるさいのよ、知ってた？」<br>　中の米粒が踊る。当然ながら母親の作るそれよりずっと美味しそうで、匂いは食欲をそそった。<br>　美樹はそれを皿に盛りながら、愛しい者を見るような表情をする。<br>　「普段自分が食べるものには文句を言ったりしないのにね。人に食べさせるなら、まともなものを作れって、無理矢理味付け変えさせられたの。初めはちょっと気に入らなかったけど、葉流さんの料理、美味しいでしょう」<br>　皿に乗せられた炒飯を見ながら、渚は納得した。<br>　「うん。確かに美味い。俺もちっさい頃はよく食べに行ってた。そっかぁ。それで美樹さんのご飯って懐かしい味がすんだ。葉流さんが作るやつに似てるから」<br>　「明も、同じ味のはずよ」<br>　「…へぇ—————」<br>　母親が台所に立ちフライパンを振るう姿。残念ながら、それを想像するのはランドセルを背負った四十のオバサンを想像するよりずっと難しかった。<br>　「分かんねぇや。うちの親、ほとんど帰ってこなかったし。母さんが辛党だってことは一応知ってたけど、『料理出来たんだ』って感じ」<br>　渚の言葉に驚いたのか、美樹の動きが数秒間に渡り静止した。首をかしげ、「辛党？」と呟き、そのうち吹き出して笑い始める。なるほどね、と、眉を下げた彼女はとても嬉しそうに笑った。<br>　「辛党、ね、ふふっ。確かにそう、明のパスタは辛口すぎるくらいだわ———じゃあ、明より満流の方が料理は上手いかしら」<br>　美樹の料理で育った満流は忠実に、時には彼女以上に葉流の味を再現すると言う。だから何か起こったとしても、自分は心置きなくこの店を任せて去ることが出来るのだと、柔い笑みが言った。<br>　「ねぇ渚くん、もしその“何か起こった時”が来たら、あなたたちにあの二人のことを頼んでもいいかしら」<br>　出来たての料理から立ち上る湯気のせいだろうか、その笑みが今にも霞のように消えてしまいそうで、儚い。<br>　「美樹さん、居なくなんの？」<br>　「なるつもりはないわよ。勝手に殺さないでくださる？ふふふっ」<br>　「じゃ、頼む必要ないじゃん。やめたほうがいいよ、俺等ほどいい加減な奴ら、なかなかいないよ」<br>　「だけど、いつ何が起こるかなんて分からないでしょう？起きてからじゃ遅いもの。不安ではあるけど、今は渚くん以外に頼れる人が居ないしね、不本意だけど」<br>　「所々で言葉が突き刺さるんだけど、二言三言、余計じゃない？」<br>　苦笑しながら熱々の炒飯を口に入れた。<br><br><br>　そしてその夜、彼女は消えたのだ。<br>　玄関には『真に勝手ながら、私事により本日を以て閉店させていただきます。長い間の御愛顧、ありがとうございました』の貼り紙だ。日付は数日前。筆ペンで書かれたその文字は、思った以上に力強く達筆だった。店内は今までと何ら変わりないのに、人ひとりがそこから消えることで、通りから人の気配がすっかり薄れてしまった。<br>　ぽつん、と額に落ちる冷たい雨粒。空を仰げば、急に勢いを増した豪雨が渚の全身を突き刺すように攻める。<br>　「どうすんだよ、これ」<br>　店の中に戻り、カウンター席、いつも美樹が立っていた場所の目の前の特等席に伏せ、濡れた体もそのままに考える。<br>　理由も何も告げないまま消えた彼女。暖かかった家庭的な空間は姿を消し、奇麗でも汚くもない箱の中は、ただの悲しい侘び住まいとなってしまった。隅の机にただ、一枚のレコードと冷めて美味しくなくなった激辛スパゲティを残して。<br>　木造の古ぼけたテーブルの上に、無機質な個体。その記憶はかなり古いもので、そう、あれはまだ、満流がいた頃だ。家を空けがちな母親が作り置いていた夕食。レパートリーは少ない、冷めていて美味しくない、向かいの家の品行の悪い母親に比べ下手くそで、辛いばかりの、味らしい味がしない物体————辛党の明が作るそれは、明らかに他人に食べさせる気がなかった。幼い頃の渚はそれを、意地になって食べたものだ。<br>　「辛……」<br>　髪から滴る雨か、それとも何か？徐々に塩っぽさを増す麺。古ぼけた机上に居座る場違いなスパゲティは、涙が出るほど“おふくろの味”だった。<br>　「美樹さん、一体俺に、どうして欲しいんだよ。レコードなんか持ってねえし。本当に居なくなんなっての」<br>　気付けば、雨は窓を割りそうなほど土砂降りになっていた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10776942346.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Jan 2011 08:55:19 +0900</pubDate>
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<title>ライトアップ・ザ・ストリート</title>
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<![CDATA[ 12月、街がネオンを着飾る頃。クリスマスを目前にして、付き合って半年の彼女と大喧嘩をした。<br>「まぁだ仲直りしてないの、ヒジリくん。お前もいい加減謝れば？」<br>茶々を入れてくる友人をうっせえと軽くあしらい、むっとした顔で机に肘をつく。<br>こうすると大抵、餌を目の前にした犬のようにしっぽを振りながら数人の男女が寄ってくる。<br>それは今日もまた例外ではなく、遠い席から遥々睦月と祐二、愛美がやってきた。<br>「ヒジリ、ケイちゃんと喧嘩したん？何で何で？ウチ聞いてないしー」<br>「っせえよ」<br>「圭にヨーちゃんと歩いてるとこ見られたんだって。無用心なんよ、ヒジリくんは」<br>隣に座る睦月がカイロを振りながら笑う。<br>ケイというのが彼女、雪村圭だ。<br>一昨日、学校から一緒に帰ろうと言う圭の誘いを断り、前々から約束のあった陽子の家を訪ねた。<br>家に行ったと言っても入ったわけじゃないし、用事も断ることが出来ない重要なことだったから仕方なく行っただけだが、圭はなかなか信じない。むきになっている内に、気付けば修復困難な大喧嘩と発展していた。<br>「ていうか彼女居るのに他の女と出歩くとか有り得んのんですけど。しかも陽子とって……ナイナイ。あいつがヒジリと歩いてるところなんて想像不能。まじ何しよったん？」<br>睦月の彼女で隣のクラスのお喋りマシーン愛美がパックのジュース片手に眉を大袈裟にしかめる。<br>彼女は“喧嘩”だとか“修羅場”とかいった非日常的な出来事にすこぶる興味を示す。睦月の彼女だから口には出せないが、正直面倒な奴だ。<br>愛美が溢したジュースを袖で拭き、事の次第を説明した。<br>「陽子の弟の見舞い。病院が前俺が住んでた家の近くなんだけどさ、初めて行くから道が分かんなかったんだと。こっから離れてるし、治安もあんま良くないし、頼まれりゃ案内くらいするだろ。」<br>「いや～、彼女持ちはせんのんじゃね？ヒジリがこっち来る前って、都会の方に住んでたんだっけ。そんなんヒジリと会う口実じゃろ？陽子の弟、大分前から入院しとるで。行ったことないとか嘘だと思うけど。うん、ありえんありえん。」<br>なぁ睦月、と同意を求める祐二。睦月も苦笑気味に答えた。<br><br>「はめられたね、ヒジリくん。」<br>「陽子には気を付けんといけんよ。ていうか、ヒジリはそこそこイケメンなんじゃけ圭ちゃん以外の女と喋らんくらいのつもりでおらんと、女はすぐ誤解するんじゃけえ。まぁ、陽子と違ってウチみたいに彼氏一筋！な子なら大丈夫じゃろうけど。」<br>「なんだよその“そこそこ”って。反応しづらいな。つうか愛美、お前今日日直とか言ってなかった？」<br>愛美の説教も陽子に対する偏見も聞き飽きた。<br>長い話が始まりそうなら適当に受け流して別の話題を振る。因みに、そういったテクニックを伝授してくれるのはいつも睦月だ。<br>慌てて教室を飛び出す姿をいとおしげに見送る彼を見ると、不思議な心境になって仕方ない。<br>うんざりしたような目をした祐二と目配せし、互いに肩を竦めた。<br>「ていうか、ほんまにヨーちゃんとは何も無かったん？」<br>「え？ああ、ないない。陽子の彼氏怖ぇもん。仮に気があったって手なんか出ねぇって。」<br>改まって向き直る睦月の動作が視界に入り、焦って肩をおろす。<br>睦月は一瞬嫌な顔をしたが、本人も自覚している様子で、特にはなにも突っ込まなかった。<br>顔色を伺う様に彼の横顔を覗いていた祐二も会話に参加する。<br>「陽子の怖い彼氏って、Ａ組の？Ｄ組の？」<br>悪戯な笑みが浮かぶ。<br>両方、と苦笑した。<br><br>陽子の浮気性は前々から有名だが、特別美人なわけでも可愛いわけでもないのに彼氏候補が絶えない。<br>理解は進まないが、結構居るものなのだ。浮気相手でもいいから付き合いたいと言う人間も。<br>彼女は、そういう男を全く拒まない。<br>開きっぱなしのドアから吹き込む冷たい風を受けながらふと、一昨日の夜、見舞いからの帰り道での彼女を思い出す。<br><br><br>クリスマス用にと飾り付けられたイルミネーションが数百メートルに渡り立ち並ぶ通りを、何故か彼女でもない陽子と歩く。<br>『スゲー。今までちゃんと見たことなかったけど、改まって見てみると、結構芸が細かい』<br>『そう？私はもう飽きたよ。あっちからこっちから誘われてさ、女なら誰でもこーゆうのが好きだと思うなっつうね。毎年代わり映えせん内容じゃし、正直何も感じんわぁ』<br>つまらなさそうに欠伸をする陽子。学校で見る様子とは違って笑える。第一印象とは全く別の人物だ。ロマンも女子らしさも持ち合わせない。<br>陽子と歩いていても、緊張感がまるでなかった。<br>『陽子もさ、いつまでもフラフラしてないで一人に絞れば？今一体何人いんだよ。』<br>沈黙を防ぐ為に前触れもなく切りだされた言葉に、陽子は少し戸惑いの色を見せた。<br>彼氏の話、と言うと、突然冷めた表情で目を逸らす。<br>『あー。その話ね。ろく………五人くらい？』<br>『「くらい？」って……酷い奴。今時浮気し放題って男でもなかなか無いだろ。』<br>『付き合ったり別れたりのサイクルが早いけ、たまに付き合っとんか付き合ってないんか分からんくなるんよねぇ。羨ましい？ヒジリも交ざる？――――――わけないか。』<br>鼻で笑う陽子。<br>『俺は圭１人で十分。』<br>『じゃろうね。圭ちゃん可愛いし、“デキル女”じゃん。私が男なら、人生で１回は惚れる。』<br>大事にしなよと笑い、ずっと背けていた顔を漸くこちらへ向ける。彼女の笑顔は思ったよりずっと大人びていて、何故だか両脇で激しく自己主張する電飾がちゃちに見えた。<br>『お前が言うなって。』<br>『確かに。私も今言いながらそれ思った。』<br>黒のマフラーと、モスグリーンのコート。伸びた背筋。愛美や圭とは少し違うあどけなさを持ち、しかし落ち着きのある不思議な奴だと思った。<br><br>病気な割りに威勢のいい弟を、彼女はただ遠目に眺めるだけでそこを去った。話し掛けりゃいいのにと言っても、頑として中に立ち入らない所と言い、理解しかねる思考をしている。その点で言えば確かに、ある意味惹かれるところはある。<br>陽子の席をぼんやりと見ていると、睦月に肩を叩かれた。<br>「ヒジリくん、あれ。圭。」<br>指差された方を見ると、目鼻を赤くし、むっとした表情で立っている圭の姿が目に入る。<br>気を付けろ、泣いた後じゃ、とニヤニヤしながら耳打ちする祐二を除け、睦月からカイロを奪ってさっさと立ち上がる。<br>歩いている間中、女子たちの冷たい注目と睨み付ける圭の視線を一身に浴びた。<br>「……何」<br>背の低い彼女に近付くと、彼女が見上げる形になる。喧嘩を売るような目付きの悪さで出迎えられた。<br>「さっき、陽子が来た。」<br>「はあ……何しに？」<br>「謝りに。あっちに謝られたら、ウチ凄いやりにくいんじゃけど。なんでヒジリは謝りに来んのん？喧嘩しっ放しでいいわけ？うっ…ちは……イヤよ」<br>俯いた圭から聞こえて来るのは、擦れた声と、鼻をすする音。制服の端を掴まれるともうだめで、何も言い返せないし突き放すことも出来ない。<br>「ごめん。悪かったよ。もうしない。」<br>そう言って圭の手を取ってみると、彼女の手が氷の様に冷えきっていることに気付かされた。ポケットの中のカイロで温められていた手の芯へ、じわじわと伝わる冷たさ。どのくらいの間この寒い廊下で立ち往生し、自分の前に現れ話を切り出すタイミングを計っていただろうか。彼女の一途さを感じ、本気で自らの軽薄さを反省する。<br>やがて圭の指先は常温に戻り、自分の手からは急激に温度が奪われていった。<br>もう一度ごめんと謝ると、頷いた圭も謝った。<br><br>―――私が男なら、人生で一回“は”惚れる―――<br><br>これで、良かったんだ。<br>妙な所を強調して蘇ってきた陽子の言葉を振り切り、圭の肩を叩く。<br>「一件落着、な。」<br>「うん。一件落着。ねえヒジリ、仲直り記念に、今日はイルミネーション見ながら帰ろうよ。部活、今日オフなんでしょ？」<br>「イルミネーションって……ああ、大通りのね。いいよ。キレイだもんな。」<br>「やった！」<br>部活帰りで疲れて反応が曖昧になる心配はないし、最近は日没が早いから少し寄り道して帰れば丁度いい時間にもなるだろう。<br>ガッツポーズで喜ぶ圭を、やっぱり可愛いと思う。<br>親たちは挙って十代の恋なんてすぐに終わるとか言うけど、続くものもあると思う。そして、自分もそうなれたらいいとも思う。なれるかどうかは、別として。<br><br>放課後圭のクラスに向かう所、陽子とすれ違った。彼女はまた別の男を後ろに付け、目が合うと肩を竦めた。<br>「良かったじゃん、仲直り。私はまた―――」<br>苦笑しながら、そこで言葉を止める。後ろの男子の訝しの目が可笑しかった。<br><br>イルミネーションはピカピカと光り、クリスマスシーズンで人だかりとなった通りでは圭がそのまま消えてしまいそうだった。<br>「はぐれんようにね。ヒジリ、手、放さんでよ！」<br>日を改めるべきではという提案も空しく、例によってあの“ねだる目”で大通りに連れて行かれる。パイプオルガンの前、ピカピカと空騒ぎしていた電飾が、ふっ、と色を薄めた。<br>何故だかは分からない。あれ程放すなと言われたのに、大切にしなければと誓ったのに、人波に流される内に気付けば繋いでいた左手は軽くて自由になっていた。<br>人を掻き分け掻き分け、逸れたはずのパイプオルガンまで戻る。吸い込まれる様にして道端に寄った。<br>丸く強引なおばさんから突きを食らい、よろめいた体を支えようと掴んだのが白いジャケット、愛美だ。<br>「あっれヒジリ？ちょ、何するん。苦しいし。てゆかてゆか、何でひとりでこんなとこ居るん？圭ちゃんは？」<br>「逸れた。見てない？」<br>「さぁー。ヨーちゃんなら今見たけど。」<br>愛美の奥から睦月。無用心な自分とは違い、２人はしっかりと手を繋いでいる。<br>「あー見た見た。何か泣いとったね。頬っぺた真っ赤だったし。どーせまた彼氏に殴られたんじゃろ―――――……ってあれ？ヒジリ？」<br>「ヒジリくんなら、流されるみたいに走ってったよ。」<br>「えー！もう、何なんよあいつは！せっかくウチが喋りよんのにぃ。」<br>「まあまあ。いいじゃん。」<br>―――という会話が成されていることを想像しながら、自分と似た制服を着た人の顔を覗き込みながら足を進めた。<br>遠の果てにポケットから出してしまったむき出しの手は、かちんこちんになってかじかんでいる。指先が紅色になり、手のひらは白い。鼻水は何度もすすった。<br><br><br>～～～♪<br><br><br>ポケットの携帯電話。着信音で取らないことを決め、構わず先を急ぐ。混雑した道は予想以上に歩きにくかった。<br><br>「なにしとんよ。」<br><br>突然、ブレザーの襟元を後ろから掴まれて驚く。<br>「――――陽子」<br>「何よ。圭ちゃんは？」<br>「――――馬路で殴られてるし。」<br>「は？―――あ…これ？これね、ハイハイ。だから一人に絞れって言ったのに、じゃろ。」<br>手で追い払う様な仕草で、うんざりした顔は面倒臭そうに歪んだ。<br>目は赤くないが、鼻の頭はトナカイの様だ。それもその筈、細い首にマフラーはなく、風通しの良い吹き抜け状態。雪でもちらつきそうな寒さの中、頬を腫らし鼻を真赤にして歩くのなんて、陽子くらいだろう。<br>「言ってねえし。」<br>素っ気ない言い方をすると、嘘だと言われるかと思ったが、彼女は静かに苦笑した。<br>「じゃあ何よ。私の心配より自分の心配した方がええよ？圭ちゃんに見られたら次はナイじゃろ。ヒジリも殴られるよ。」<br><br>「いいんだよ。」<br><br>それを承知で走りだしたんだから。<br>「いいんだ。うん。俺も馬鹿だったってわけ。」<br>「はぁ？」<br>「不特定多数の内の一人になろうとする奴も、自分だけは陽子の特別になれるって思ってる奴も、馬鹿なんだと思ってたけど―――俺も案外、馬鹿だったんだよ。」<br>「………わっけわからん。アホじゃろ自分。」<br>腫れた頬に冷えきってしまった手を当てると、陽子の目から温かい滴が零れる。<br><br><br>「今日ので全部だったんよ。」<br>「ん？」<br>「彼氏。今日ので全員、別れた。」<br>「え。何で急に？」<br>「冷たい。ヒジリの手、気持ちいい」<br>「話、合わせろ」<br>「絞ったじゃろ。ちゃんと、一人に」<br>「―――ああ、そういうこと」<br><br>相変わらずイルミネーションはちゃちで、やはり所詮は電飾だった。<br>さあ、圭には何て謝ろうか。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10756238889.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Jan 2011 20:47:31 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼▼▼<br><br>　Dim worlD<br><br>▲▲▲▲▲▲▲<br><br>　槙に案内され辿り着いた小桜家は想像以上に広く、最近は感じていなかった彼女のメグムとしての階級を思い知る。<br>　「スッゲぇ。これってつまり、このマンション丸々あの子の家なわけだろ？どういう財力持ってたらこうなるんだよ。しかも、洒落てんなぁ。まじ、すげぇ」<br>　「大介あんたさ、本当に恥ずかしいからちょっと黙れよ。幼児みたいに騒ぐな」<br>　子供の様に騒ぐ大介をエレベータに押し込み、最上階のボタンを押す乙。それを受けた槙は困った表情を作って笑った。<br>　「満流の父親、メグムが所属してた事務所の社長なんでお金持ってるんです。それに、元々資産家らしいし」<br>　「金には困らなさそうやんなぁ。大丈夫か？あいつ。ちゃんと常識ある？」<br>　祖父母宅で豪勢な家を見慣れている一流も、流石に驚きを隠せない。親の金に頼らない主義を取る高橋家では、大富豪の如く裕福な生活を送るのは祖父母夫婦だけだと思っていたのだ。<br>　最近知ったところによれば実際は、両親も同じく余生を遊んで暮らせるほどの大金を有している。つまりこの家系の裕福さは金そのものではなく“カルト”という権力的遺産の継承によるもので、小桜という満流の親もまた、その財に買われて彼女の人生の補助を受け入れた————そう思うと、淀みない怒りと不信感が沸々と湧いてきた。<br>　高橋くん、と槙に呼び掛けられて顔を上げる。<br>　「もうすぐだよ」<br>　槙はにっこりと穏やかに笑み、そう言った。<br>　十三階を過ぎ、一番右のランプが点く。静かに開きかけた扉の向こうに待っていたのは、彼が忘れたはずの男だった。<br>　エレベータの扉が開き切ると、通路ではなく、そのまま屋内につながる。一応家具は有るがそれが置物の様で、生活感のまるでない部屋。閑散とした空間の中に一人、温厚な面持ちで四人を迎える男。<br>　「お久しぶりです、一流くん。槙さんもいらっしゃい」<br>　ずん、と胸の奥が疼く。<br>　「あの時今くらいデカかったら、親父やあんたを刺してでも止めたのに」<br>　槙の後ろ、相手には聞こえなかっただろう声の大きさで呟き、一人一流は目を伏せる。槙と大介が振り向くかどうかのタイミングで更に後ろに立つ乙に足を軽く蹴られ、彼らの視線が向く頃には笑顔を作って「お久し振りです」と応えた。<br>　「で？どういうことですか、総吾さん。私、さっき電話した時に総吾さんが匿ってくれると聞いたと思ってたんですけど。話が違いません？」<br>　前に向き直った槙は固く握り拳を作り、男に訊ねた。左手が、奥の方を指差す。示された方を見ると、部屋の片隅に用意された椅子に腰掛けた無表情な男がこちらをじっと見つめている。<br>　総吾は目を伏せたまま、何も言わない。<br>　「そう———ですよね。」<br>　爪が食い込みそうなほど強く結ばれた彼女の右手が、小刻みに震えていた。<br>　「満流がここにいない今、貴方を信じ頼りにした私が間違ってました」<br>　「心配ナドしなくテも、ワタシ、何もしナい。オマエたちガおとなしクシテいレバ。オマエたち、普段ドウリにスル、学校行ク、ココへ帰ル。ワタシ、ミハルだけダ」<br>　「つまり———見逃す？」<br>　「そウ、ダ。今はオマエたちに費やス人員モ時間モナイ」<br>　「何かあったんですか？」<br>　「オマエには関係ナイ」<br>　男の顔に、若干不満の色が浮かぶ。<br>　この状況が何を意味するのか、一流たちには分からない。ただ、カルトにとってこんなことは容易に起こっていいものではなく、自分たちの目に見えない場所で、またも何かが動き始めたのだろうということは何となく判った。守が満流のもとへ向かったことや、槙が逃げ出したことよりずっと重大な何かが彼らを襲ったのだ。<br>　何があったのだろう。一流の胸には妙な騒ぎがあった。<br><br><br><br>　カルトが不滅なのには理由があるのだと、守は食事を運んできた青年に教えられた。<br>　地下の冷たい床に置かれた食器類は氷の様で、持って食べることなどままならない。ローストビーフにフォークを突き刺して食べた。<br>　「例えバ、一番メに、メンバーはミナ、子を産むコト義務付けられマス。育っタ始めノ子はメンバーになりマス。始めハほとんどのメンバーが捨て駒のようニ酷イ扱い受けまスが、能力ガ認められれバ段々“位”アガリまス。<br>　二番メに、“上”のモノは、仲間内ニしか顔ヲ見せませン。下に多ク組織ガいマス。裏社会でカルトに歯向かえるモノなど居ないニ等シイ。忠実ナ協力者ガいるのハ、組織ガ長生きする一番の理由デス。」<br>　他に話し相手はいないのか、よく喋る奴だ。<br>　雄弁なのは結構だがしかし、そんな大切そうな内情をこんなにもペラペラと口外していいものなのか。それとも、自分のような少壮で能力も持たない人間にばらした所で、何の脅威にもならないということか。饒舌過ぎる語りからは測りかね、へえ、とだけ相槌をうつ。<br>　顔を赤らめ熱弁する青年は、冷めた返事に反比例する勢いで夢心地に陶酔し始めた。<br>　「カルトはエイエンでフメツです。ジョーカーが現れ、それが強固なものとなりマシタ」<br>　「あいつ———あの人、そんな強いんすか？」<br>　「それはトテモッ！彼女ヲ初メテお目にかかっタ時、ワタシ、コウフンで夜も眠れなかっタ！鮮血に染まッタ彼女ハ、それはもう最高に美しかったのデス。遮られることのナイ歩モ、躊躇イなく銃撃スル姿も、それマデに見たことのナイ程鮮やかデス。あんなニ銃と血が似合う女性はハートのクイーン以来ダ」<br>　興奮気味に言いはしゃぎ遠い目をする青年。彼は恐らく、彼女がどんな顔で笑うのかなど知りもしないだろう。どれだけ明るく、強く、どれだけの人を引き付け魅了してきたか。それがどれだけ儚く殺那的で、胡散臭い強さを守に見せるか。守が彼女の汚れた姿を知らないように、彼は知らないだろう。彼女はそんなことの為に生まれ、生きているわけではない。<br>　一頻り喋り倒したかと思えば、青年は徐に立ち上がり、意気揚々と去っていく。<br>　「大丈夫か、あのオッサン」<br>　酒でも飲んで酔っていたのかもしれない。鍵も掛けず扉も開けっ放しで遠退いていく背中を見つめ、フォークを空になった皿の上に置きながら守は呟いた。<br>　カツン、という冷たい音が耳に響く。<br><br><br>　開かれた扉。<br>　一体、その先にはどんな世界が在るだろうか。明るい？暗い？<br>　そろそろ慣れただろうと思っていた強烈な臭いは、容赦なく少年らの傷を抉る。<br>　再び姿を眩ました少女、失った掛け替えのないもの、戻らない時間。歳を重ねても尚力及ばず、またも見守る他先を見る術はなさそうだった。生きることで精一杯、そんな彼らを何と形容しようか。籠のなかの鳥、鎖につながれた犬、動物園の檻のライオン或いは————埃塗れのトランプ？<br>　これから先、彼らに注がれるのは光か闇か。<br><br><br><br>　長い夏が終わり、乙の言う通りあっという間に葉が散った。満流の欠席は最初こそ生徒たちに疑問を抱かせたが、それもすぐに止んだ。<br>　「あれ、コーちゃんまだ帰らないの？」<br>　生徒会の仲間に声をかけられ、槙は体育科の城、第ニ校舎へと向けられた足を止めた。<br>　「うん。今、お母さんが体調崩しててお店が大変だから手伝わなきゃいけないんだけど、夕方まではバイトさんがいるから。あんまり早くからいると、却って邪魔しちゃう」<br>　適当に法螺を吐いて微笑むと、大変だね、頑張って、と微笑み返される。こんな応酬を何度繰り返しただろうか。考えながら、また体の向きを変えて歩きだす。<br>　一年Ｂ組の教室は三階の端、わりかし日当りの良い場所にあるので廊下より数段暖かい。廊下も寒いわけではないが、やはりＢ組の教室の方が落ちつけた。<br>　ドアを開けようとすると、槙がそうするより早くドアが音を立てる。悪戯な笑みが槙を迎え、そろそろだと予想していたことを告げる。<br>　「生徒会ってちゃんと活動あんねんなぁ。裏方やさかいしゃあないんかも知らへんけど、俺行事以外に生徒会が動いてるん見たことなかったわ」<br>　「一応毎日あるよ。最近は特に行事が多いから。ごめんね、折角今日はサッカー部もオフで、バスケ部も活動短めだったのに」<br>　「構へん構へん。どうせあと帰るだけや。待ってる間乙さんと大介くんとトランプして遊んでたし」<br>　「トランプ？」<br>　「そ。俺のひとり勝ち」<br>　一流の右手にブイサインが出来る。近づいた顔がそっと淋しげに崩れると、危機感無くてごめんな、と言った。<br>　「大丈夫よ。明るくいられるならそれに越したことはないし」<br>　目尻を下げ、彼の上半身が視界に入るよう一歩後ろに下がる。<br>　「それより、何か面白いことでもあった？凄く楽しそう」<br>　「え？ああ、面白いことっちゅうか、ニュースやらなんやらと外のこと教えてもろうてん。小桜家に来てから全然テレビつけさせてもらえへんから。それまで習慣だったことやし、いきなり出来へんくなると居心地悪ぅて」<br>　「一通り聞いたらすっきりした？」<br>　槙は、だとすれば何だか彼らしいと思った。一流のことをよく知っている訳でもないのに、不思議と腑に落ちる。<br>　照れ臭そうな苦笑いを前に、はっとして目を逸らした。<br>　「私もさっき生徒会の人たちが話してるの聞いたよ。なんか、凄いことになってるみたいで」<br>　一時間程前を想起する。<br>　本当に凄いことになっているのだ。夏の終わり、秋の始めというべきか、丁度守が槙を迎えに病院へ乗り込んで来た頃だ。そんな時季に事は始まった。<br>　フランスのある小都市で、警察がカルトの一部メンバーを包囲した。カルト七人と現地の悪質グループ数十人と言う少なくはないが多すぎもしない人数を、百名余りの警察隊で囲んだにも関わらず、結果は惨敗。黒装束に身を包んだ七人、つまりはカルトだけが、戦績に立っていたという。その後間もなく彼らは姿を消し、余韻を残すものの一時は過去のこととして過ぎた。<br>　数日後、全く同じ事件がアメリカでも起き、再び世間を騒がせる。まるで飛び火するようにしてそれが数ヵ国で相次いだ。死傷者を大勢出すも、勿論肝心のカルト成員は誰一人捕まえられていない。<br>　「ケータイ借りて映像見せてもらったけど、凄まじいな。どういうやり合いしてたらそうなったんだよっていう。腕とか無くなってんだぜ？それでもまだ片腕で撃ってる」<br>　「まるで戦争じゃん。だけど、かなり一方的」<br>　荷物をまとめた大介と乙も会話に加わる。物騒な世の中だね、と乙が苦笑した。<br><br>　「すみません先輩」<br>　帰り道、先を歩く男子二人の背中を見ながら槙が言う。<br>　「ちゃんと理由も説明しないで、不自由な生活に巻き込んじゃって」<br>　横目に乙の横顔を覗くと、少し間隔をあけ、一息ついて彼女の口が開く。思うよりずっと落ち着いた声だ。<br>　「構やしないよ。憶測の範囲でしかないけど、多分事情は飲み込めたし。あいつら、嘘下手だから。まぁ、不自由っちゃ不自由だけど、実家よりずっと快適じゃん。広いし綺麗だし。親なんて、受けられる贅沢は受けとけとか言って、喜んで追い出しやがった。ものは考え様でしょ」<br>　「でもっ」<br>　「うちばっかり部外者にすんの、いい加減やめてくんない？何だかんだ言って、うちは春野を幼馴染みみたいに思ってるし、大事なうちのエースをあんな頼りない馬鹿共ばっかりにゃ任せらんないんだよ」<br>　あっけらかんとした言い種と、芯の有る意志。反論は受け付けそうにもない。中学時代から、彼女は正義感の塊だと言う友人がいくつか在った。その通りだと思った折を彼女に伝えると、「春野には偽善者だって言われるけど」と言って笑う。そして、それでいいんだ、と。<br>　「偽善だからって正義を唱える人間がいなくなったら、それこそ人類破滅だよ。悪人がいて、正義がいて、やっとこの世界が成り立ってんの」<br><br><br><br>　満流。君の目に、世界はどのように映りますか？<br><br><br><br><br><br>※。・゜．゜管理者より読者の皆様へ※。・゜．゜<br><br>先日、管理者の不手際により関係のない記事を記載してしまったことを、深くお詫び申し上げます。<br>以後同じ過ちを繰り返さぬ様注意を払っていきます。<br>誠に申し訳ありませんでした。<br><br>※。・゜．゜※。・゜．゜※。・゜．゜※。・゜．゜<br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10754829427.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Jan 2011 10:59:51 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼<br><br>　ReD<br><br>▲▲▲▲<br><br>　話が終わり、部屋がしんと静まる。振り子時計だけが止まることなく動き続けていた。<br>　守はふと、ある嵐の夜を思い出す。響くような雷鳴、雨音、彼女の声———その子は、まだ、高橋の心の中では生きてる？———その答を聞いた彼女は、一体何を思っただろうか。嵐の中、どんな気持ちで家路を辿ったか。<br>　「あの子は何でもするで。目的を果たすためならなりふり構わへんし、自分に添えられた期待にはきっちり応える。うちが言うたら親馬鹿に聞こえるかも知らんけどな」<br>　チラチラと時計を見やる葉流が、声のトーンを落として言う。守もまた、つられてそちらに視線を回した。<br>　「いい手駒が増えましたか」<br>　「まあな」<br>　皮肉めいた彼の口調に葉流が苦笑する。言外に、分かりやすい奴だと笑われた気がした。<br>　「よく言えば救世主、悪く言えば爆弾————“ウチ”の連中は、そう言ってる。」<br>　「爆弾？」<br>　「敵に回したらの話。万が一出来心を起して暴れでもされたら、自分の手には負えないかも、とか思うてるのよ。実際あいつがジョーカーを名乗り出たとき、こっちもかなり犠牲を出したからね。ガキ一人に、何びくついてんねんって感じやけど」<br>　そう言うと葉流は、大きなため息を吐いて畳に倒れこんだ。<br>　葉流さんの娘じゃ誰でもびくつくでしょ、と守が笑うと、こらガキ、と言う彼女の顔に戯笑が浮かぶ。双子とよく似た、したたかで幼い笑み。自分の置かれた立場も忘れて和やかな気分になった。<br>　「何が可笑しい」<br>　言いながら時計を瞥見する彼女。<br>　「いや、似るもんだなと思って。イツの表情の作り方が葉流さん似なのは知ってたんですけど」<br>　守が瞼の内で満流を思い起こしていると、少し考えた後に「ああ」と頷く。<br>　「満流のことね。そりゃ、一応あの子はうちの腹から出てきたんやから」<br>　「でも、仕草とかって育て親に似そうじゃないっすか」<br>　「半分は育てた」<br>　「半分でしょ、たった八年っすよ」<br>　「八年育てりゃ十分よ」<br>　面倒くさそうな口調が耳に付く。守は自分がむきになっていくのが分かった。<br>　何事にも興味を示さない様な、何処か浮遊しているような目。投げ遣りな言葉は、子育てが退屈しのぎだったと言わんばかりに響いて彼に失望感を突き付ける。<br>　腹が立ちはするものの、言い返す気力も起きなかった。<br>　彼女は言って解る相手ではない。それに、歯向かった際に無事生きて此処から出して貰えるかも分からない。逆に満流と再会する前に追い出されても困る。諦めて、ゆっくり振れる振り子をただぼんやりと眺めていた。<br><br>　時計の針が二十時を回ると、今までとは少し違う空気が屋敷内に漂い始めた。慌ただしいような、騒ついた緊張感が部屋にも紛れ込んでいる。<br>　同じ場所で長い間静かに居ると周りの些細な変化にも気付くもので、彼女も異変を感じ取ったのだろう。葉流は知らせが来るより早く行動を開始した。<br>　「万が一うちが居なくなっても、絶対この部屋から出るなよ。いいね、その場半径一メートルから一歩でも動いたら殺す」<br>　彼女の表情は変わらないものの、静寂を破らないその声は重く腹の底に響いた。昔、冗談として口癖のように繰り返していた“ころす”の三文字が、急に現実味を帯びた気がした。<br>　息を呑むように守が頷くか否かのタイミングで、ただならぬ音を立てドアが開く。<br>　「‘　　’チームが——でポリスに包囲されたそうです！負ショウ者数名、………から応援要請が出テます」<br>　扉を開けたのは、髭を生やした青年。葉流が指示を煽る。<br>　「上から指示は」<br>　「ハートのキングは、クイーンとダイヤの三、五、七バンに出動命令を。あとはクラブ七、八バンも他部から向かってます」<br>　「オッケーすぐ行く。お前コイツ見とけ」<br>　そう言った葉流は青年に銃を押しつけると、一メートル以上動いたら撃てと大声を上げながら疾風の如く消えて行った。<br>　ぽつん<br>　呆気に取られているうちに、守も青年も畳の匂いの中に取り残された。<br>　青年は不満げに何かを呟き、閉まった扉にもたれつつ座り込む。守を一目見ると、大きく息を吐く。室内には張り詰めた空気が蔓延していた。<br><br>　暫くすると、再び荒々しく扉が開く。<br>　開いたドアは青年の背部を猛打して青年を除けた。前のめりになった彼は、振り向く間もなく侵入者の手によって深い眠りに落とされる。<br>　息が詰まるような臭いだ。あまりに強烈な臭いに思わず鼻を覆う。侵入者のむき出しになった肌は生傷に覆われ、痛々しく血を流していた。<br>　「大した度胸」<br>　無音のまま、口だけを動かした侵入者。守は眉をしかめる。<br>　「春…野——？何でお前がそいつを倒すんだよ」<br>　「邪魔だったからね。役に立たない下番に用はない」<br>　「今正に立ってたんじゃねえのかよ」<br>　「使える下番は全員追加メンバーで加わってるはずだったのに、こいつは上の命令を無視してここに残ったんだよ。これが当然の報い」<br>　一固体と化した青年に対し、侮蔑の目を向ける春野。葉流の冷たい表情や現実離れした彼女の今現在の格好よりずっと、人の生に対する温度差を感じた。同じ“人”とは思えない程だ。<br>　「あんたなんか」<br>　床に転がった“それ”をドア付近から除けると、春野は顔を上げて言った。<br>　「あたしには凄くどうでもいい存在なんだけどね、ジョーカーのお気に入りでもなけりゃ———」<br>　彼女はそこで言葉を止めたが、その先は想像するだけでも鳥肌がたつ。大きく息を吸い込み、ゆっくりそれを飲む。擦れた声で言を返した。<br>　「結局…何がしたいんだよ」<br>　「何がしたいか？出来れば何もしたくないよ。誰かさんが厄介を増やしてくれさえしなきゃ、今頃風呂に入って寝てた」<br>　「今からでもそうすりゃいいだろ。心配なんかしなくたって、こっちは腰が抜けて立てもしねえよ」<br>　「そうしたい気持ちは山々だけどね。あたしはこんな雑魚殺すためにわざわざ来たわけじゃない」<br>　土足のまま畳を汚す春野。足跡を目で追っていると、不意にしゃがみ込んだ彼女の目が合う。<br>　自分の身は自分で守んな。今日は手を引いてくれる“メグム”はいないよ。そう言って守の腰に何かを巻き付ける。<br>　「ジョーカーから『客人を無傷で地下に送り届け、事が落ち着くまで監禁させてもらうこと』っていう面倒な任務を言い付けられたもんでね」<br>　「満流が？」<br>　「あんただって汚れたあの人なんて見たくないでしょ」<br>　腰が抜けて動けない守をなんとか起き上がらせ、春野は彼に自分の後ろから離れないよう指示して歩きだした。守も慌てて後を追う。<br>　地下までの道程は長く複雑で、何度も銃を向けられた。その都度彼女は躊躇なく引き金を引き、殺しはせずとも彼らの足から自由を奪った。言うまでもなく、その間守は春野に与えられた銃を使うどころか、腰から抜くことも出来なかった。<br>　何故味方同士で撃ち合いなどをするのかと尋ねると、軽やかな口調で返答される。<br>　あたしの独断で動いてることになってるから。<br>　目元をぴくりともさせず、平坦で薄っぺらな紙のような言い方だった。<br><br>　地下は暗く何も無いところで、完全に世界から切り離された場所だ。広い、コンクリートの部屋。冷たく澄んだ空気。良く言えば無心になれる、悪く言えば孤独感に満ちた空間。微かに、人の居た気配はする。<br>　「食材はある程度揃ってる。トイレは奥に一つ。風呂はないけど勘弁して。全部終わったらきっと、満流さんが迎えに来る」<br>　守を押し込むなり閉じた重い扉の向こう。また、悲惨な音だ。<br><br><br>　店の戸を引こうとすると、内側から鍵が掛かっており開かなかった。窓越しにそっと中を覗く。客は一人としておらず、カウンターを挟んだ母親と又従兄弟が暗い面持ちで話しているだけだ。槙は深呼吸の後、ポケットから出した鍵を恐る恐る穴に刺し、生唾を呑むようにしながらゆっくりそれを回す。<br>　「何してんの」<br>　突然背後からかけられた声に、槙は全身冷や汗と鳥肌に襲われた。心搏数が急上昇して息が詰まる。そして恐る恐る振り向いた先にあったのは、怪訝な顔で彼女を覗き込む乙の顔。<br>　「自分ん家くらい普通に入んなよ」<br>　「え……と。まあ、色々事情がありまして。先輩はどうしてこんな所に？」<br>　槙が向き直って微笑む。乙は少し店内へ視線を回したが、深く詮索を入れる様子もなく笑い返す。<br>　「あんたに伝言をね。一流から、渚はそんなに柔な男じゃないから早まんなって。うちはそっちの事情なんて知らないけど、あんたはもうちょっと周りを信用してもいいんじゃないの？」<br>　「————。」<br>　「うち、中学の時陸上やってたじゃん？故障がきっかけで辞めたんだけどさ、辞めてもね、当然だけど誰にも何も言われなかった。<br>　自分から辞めといて難だけど、本当は誰かに止めてほしくて、頑張れって言って欲しくて、だからちょっと悔しさとか後悔は残ったんだよ。正直へこんだね。それ迄陸上に関してはちやほやされっぱなしだったけど、辞めても誰も止めない。うちは居ても居なくても変わんないか、とか思ったら、急に周りが信じらんなくなった。<br>　だけどさ、ある奴が言ったんだよ。『もしそれが投げ遣りに出した答えなら止めてたけど』って。何知った風なこと言ってんだかね。でも、そういう嘘をつく奴じゃないって知ってるから、結構楽になった。高校入って、大会とかで会った友達もさ、気い遣ってくれたり、たまに部活にも誘ってくれたりして。<br>　驚いたのは、中学ん時にずっと敵視してた学校の奴が居て、そいつ、うちはもう走れないっつった後に『風雲児出よう』とか言うんだ。ばかかお前はって思うじゃん？言ったらさ、そいつ、『最後に走ったって罰は当たんねえよ』とか言いやがんだよ。結局推しに負けて出たけどね、案の定うちが足引っ張って三位止まり。かなり有力な選手ばっかりだったのに、古巣の後輩に負けてんの。悔しかったね、ありゃ。情けなさすぎて目が腐るくらい泣いた。<br>　泣いたらまた楽になったけどさ。その後は何かが吹っ切れてね、今じゃ何でかサッカー部のマネだよ」<br>　乙が苦笑する。<br>　昨年の風雲児杯。鈴峰女子はまた二位に転落し、宿敵である翔英男子に首位を譲った。しかし、誰もが驚いたのだ。当然前年の主力たちが集まる琳俊高校がダントツで一位を獲得すると、誰もが信じていた。敗因は“石垣乙の転倒”。<br>　新聞の一記事にも小さく取り上げられた彼女は、写真の中手当てを受けながら記者に分からない程度に笑っていたかも知れない。<br>　「あっという間に終わるよ、秋なんて、一瞬。休みが明けたら葉っぱが落ちて、陽が緩んだら雪が降る。クリスマス、正月、なんやかんややってる内に真冬だ。見える景色も変わる」<br>　爽やかな風を乙は顔面で受けた。長い髪が後で踊る。彼女はこんなに美しくて魅力的だっただろうか。目が霞むほど眩しく、柔らかい笑み。張り詰めていた気を一気に緩めた。<br>　「せ…んぱい…——」<br>　「大丈夫だよ。一流もと介が大丈夫って言ってんだから」<br>　「私…高橋くんに謝らないと………。私———」<br>　「大丈夫だよ」<br>　急に緊張をを解いた反動か、気が動転し始めた槙。宥めるように繰り返す乙。この石垣乙という人物は、どれほど大きな器をしているのだろう。どうしてこんなに、自分に構ってくれるのだろう。<br>　渦巻く心中、偽善だと危惧する反面、何処か安心していることも確かだった。<br>　乙に手を引かれ導かれるままそこを立ち去る。<br><br><br>　気配も音も、美樹はしかと聞き取っただろう。一瞬だが外へ意識を逸らした。しかし、それだけで自ら戸を開きに行ったり、後を追ったりはしない。<br>　「放っとくの？美樹さん」<br>　渚は彼女の豆だらけになった手を見つめる。白くも逞しい腕には、油の散った火傷も多い。<br>　視線に気付いた美樹が無意識に手を擦った。<br>　「問題ないわ。私は渚くん担当だから。渚くん抵抗しないから楽だわぁ。ふふっ」<br>　そしていつも通り、にこにこしながら言うのだ。<br>　「だけどもう、こんな日々も終わりね」<br>　安堵に満ちた顔を、彼は無言で眺めた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rain711/entry-10743264588.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Dec 2010 12:03:58 +0900</pubDate>
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<title>ゴーマイウェイ！</title>
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<![CDATA[ ▼▼▼▼▼<br><br>　SecreT<br><br>▲▲▲▲▲<br><br>　満流が、自ら買って出た役。それは、闇に浮かぶ一点の星、最後にして最高の切り札。<br><br>　———これで……いい。<br><br>　何度も言い聞かせながら、彼女は両親を訪ねた。<br>　満流が両親の記憶に残したのは、常識を越えた強い想い。彼の手を汚すなんて容さない。血に濡れた目で真直ぐ相手を見つめ、薄汚れた右手を押さえた彼女の姿。その祖父が『さすが我が孫だ』と言えば、それを否定出来る者は居なかった。<br>　中学二年生の夏、満流の夜は始まったのだ。<br><br><br>　『満流？どこか行くの？』<br>　長く続いた暑さが弱まり、徐々に涼しくなるだろうとニュースキャスター伝える。素麺の具材を携えた槙が満流の家に行くと、彼女もまた家を出ようとしていた。夕陽色のシャツの袖から、細く色白な腕がのびる。珍しいことにも、コンタクトも外していた。<br>　黒髪に似合わない自分の青い瞳をあまり好いていない彼女は、髪を茶染めした今も、家を出るときは例えそれが短距離であってもカラーコンタクトでそれを隠す。昔を思い出してしまうのが相当嫌なのだろうと思っていた。<br>　『ちょっと出てくる』<br>　自分の瞳をじっと見つめる視線を気にも止めず満流が言う。はっとして、槙も口を開いた。<br>　『じゃあこれ、お母さんから。風邪には気を付けなさいだって。最近あんまり顔出さないから心配してるみたい。仕事落ち着いたら、また食べに来てよ』<br>　『そう言えば随分ママのご飯食べてないなぁ。ここの所休みがないからね。あってもこうやって外出を強いられるし』<br>　左手の腕時計一瞥し、スニーカーの紐を結び直す手を早める。<br>　『あたし、もう行かなきゃだ。これありがとっ！ママにもよろしくね、休みが出来たら絶対行く』<br>　言うや否や、槙の脇を風のごとく擦り抜けあっという間に姿を消した。風雲児杯以来、満流はずっとこうだ。学校にもあまり顔を出さないし、兎に角仕事絡みであちこち走り回っている。槙ですら彼女と会うのが困難な状態で、二人の距離は隙間を作り始めていた。<br>　槙は素麺と共に預かった茶封筒を渡し損ね、それをフロントの女に言付け家路を辿った。<br>　気付かれもしないまま、街並の葉を赤や黄色に染める木々。暑い日差しに打たれつつ、ひんやりとした風になびいている。大通りから離れた道は、葉擦れの音がよく聞こえた。<br>　此処は、こんなに淋しい通りだっただろうか。<br>　槙は思わず辺りを見渡した。頭を下げた向日葵、光に向かって真直ぐ伸長する秋桜。気付けば紅葉も紅潮し始め、世界は夏と秋とに挟まれた窮屈さの中にいた。<br>　ぽっかりと穴を明けた空の中に、ある一点の疑問を見いだす。<br>　彼女はなぜコンタクトレンズを外し、裸眼のまま部屋を出たか。あんなに急いで、一体何処へ行くのか。夕陽色のシャツに、ショートパンツ、スニーカー。全国から人気を呼ぶ一モデルが、しかも本名に始まる私生活を徹底的に隠し続けてきた彼女が、あんな“素”丸出しな格好で何をするのか。何が彼女に外出を強いるのか。<br>　どうして気付かなかったのだろう。少し考えてみれば、不自然なことが多かった。コンビニにちょっと買物、でも、仕事仲間と遊びに、でもないのだ。<br>　彼女は、たった一人で飛び立ってしまった。<br>　どうして一人で行っちゃうの？<br>　槙は元々運動が苦手だ。慣れない運動をするとすぐに筋肉痛になるし、走れば五十メートルも走らない内に息が切れる。そんな体を大きく動かし、重い足でがむしゃらに地面を蹴った。<br><br>　『お母さんっ！』<br>　勢いよく扉を開ける。昭和を思わせる古い扉は、ガタガタと悲鳴をあげながら口を開けた。<br>　突然の出来事に驚き食事の手を止める店の客。好奇の目が槙の全身に飛び込んできた。<br>　母親、美樹だけが事情を悟る。<br>　『今はお客様がいるんだから、後にしてくれる？部屋に上がってなさい』<br>　『私も行く。満流が“そっち”に付くって言うんなら、』<br>　『槙！』<br>　『だって』<br>　気持ちの焦る槙を美樹が正そうとするも、彼女の脳は混乱の中へ中へと陥っていった。美樹が声を落ち着かせる。<br>　『後にして頂戴』<br>　『最低！そんなだからお父さんに逃げられるんでしょう』<br>　『…———』<br>　世の中には、言っていいことと悪い事がある。それを差し引いても、彼女には母親に向けた非難を止められなかった。父を失い、同じ理由で友を失い、自分から悉く幸せを奪っていくカルトを、カルトに所属する母親を許せなかった。<br>　ひそひそ話が始まる———言っちゃったよ。何々、何事？あー、それは言ったらダメだろう。美樹さんが可哀想だ。まあ、槙ちゃんも思春期だからねぇ———。<br>　本人に聞かせたいのかそうでないのか、中途半端に抑えられた程度の音量。炒飯に火を通す焼き音で音声こそ十分には槙の耳へ届かないものの、“中学生にもなってそんなことも分からないの”と言う、声無き声が聞こえた。<br>　『私、絶対、認めないから。満流だけを、犠牲になんか、させないから』<br>　母親の振る炒飯の焼ける匂いと煙がやけに目にしみ、中指で目を擦った。<br><br><br>　本来なら、満流はまだ組織に仲間入りをする必要はない。<br>　カルトの役割継承は基本的に親子間の世代交代に倣う。成員の利用価値が無くなったり、機能できなくなったりしたところでその子へ受け継がれる。身分の高低で英才教育や養成期が設けられるなど特別に早くからその存在を知る者もいるが、三十歳前後の両親と代替りするのは変だ。<br>　考えられる原因は一つ。<br>　空いた“ジョーカー”の穴を埋めること。<br><br>　その日の終わり、日付が変わる数分前、美樹と明は飛行機の中だった。<br>　『あの家系は少し特別だから』<br>　私も詳しくは知らないんだけど。そう言いながら周囲を確認すると、美樹の横に座り、真っ直ぐ前を見る。下級の者には上部の内事情があまり伝わらない。彼女の不便さを考慮した明は、自分より遥かに下の身分にある美樹に出来る範囲で美樹に知恵を貸すことにした。<br>　『あの子が双子なのは知ってるよね？あの家は両親共に組織上層部に所属していて、二人が産まれた当初は双子の片割れを父親の、もう片割れを母親の跡継ぎにすれば丁度いいってことで全員納得してた。<br>　だけど、それに向けて英才教育を続ける内、二人の成長に停滞が見え始めた。焦った最上層部が出した決断が、二人を引き離して片方の養成に力を集中させること。両親が優秀だっただけに、その子供に向けられた期待も相当だったんだと思う』<br>　『それじゃ満流を、捨て駒にしたの？』<br>　『それは———少し違う。どっちにしろあの子も母親の跡継ぎになる予定だったし。ただあの子がそっちに行った後、思わぬ即戦力が現れた。家族に捨てられて死にかけてたところを、あの子の両親に拾われたんだって。まだ幼くて身体の弱い子ではあるけど、感情の起伏も少ないし何かに執着することもなくて使い易い、何より拾ってきたのが直系の、しかも“上”の人間だったもんだから、異論を申し立てる奴は居なかった。その子は父親の跡継ぎ候補に名を上げたよ。で、更にその上を行く能力を持ったと判断された双子の片方は“切り札”にしようっていう考えが出てきた』<br>　切り、札。確かめるように呟き、美樹は息を飲む。従妹の話に登場するカルトの手駒たちは、成員の一人である美樹ですら知らない世界を繰り広げていた。<br>　満流本人がどこまで知っているのかも分からない。得も言われぬ疎外感が、胸中に生まれる。<br>　ねぇ、と明が投げ掛ける。<br>　『切り札に選ばれたのはどっちだと思う』<br>　満流でしょ。<br>　美樹は簡単に答える。彼女は運動神経もよく、頭も切れるし演技力もある。元々何処か投げ遣りで、執着心も少なければ感情的になることも少ない点で言えば、明の言う“その子”と被る部分もある。双子の片割れがいかほどのものかは知らないが、彼女を越える人物がいるとも思いがたい。事実、満流はその為に今日、槙の元を去ろうとしたのだ。<br>　そう決め付けた美樹は、次の一言に驚く。<br>　『双子の片割れ、あの子の兄ちゃんの方』<br>　『え———？』<br>　度肝を抜かれたような表情を尻目に、明は正面を向いたまま続けた。<br>　『あの子の監視は美樹に任されてたはずだけど、真面目に報告してなかったでしょう。あんたにも色んな想いがあったんだろうけどね。<br>　あと、それに加えてこの間の陸上の大会。勝負に勝ったとは言っても、自分の体調管理が出来てないなんて論外。あの子はジョーカー候補から外された』<br>　『じゃあ満流は何をしにフランスへ行ったの』<br>　『分からない。美樹や槙も考えてる様に、彼女が日本から出る理由なんて一つしか考えられない。けど、その決定はつい一週間前の話だし、候補から外されたことは成員の中でも極一部にしか知らされてないのに、何で彼女がそれを知るにいたったか』<br>　『そうじゃないでしょう！？私が聞きたいのは、どうして満流は候補から外れたのに、わざわざ自ら地獄に飛び入るようなことをしなきゃいけないのかよ。まさか、五年も六年も前に縁の切れた兄弟のために、身を投げたの？』<br>　あの満流が？考えれば考える程分からなくなる。腹の底がぐるぐると蠢いた。どうか嵐が来る前に、嫌な雲が去っていきますようにと願いながら痛い部分を擦る。<br><br><br>　雷雲が空を覆い隠していた。<br>　古い館のようなだだっ広い家。幼い頃の記憶を頼りに本能一つで歩き回る足に、躊躇は欠片もなかった。<br>　遠い昔、まだ高橋の姓を名乗っていた頃、祖父の家を訪れても決して開くことを許されなかった扉が幾つかある。目的の場所に辿り着くまでは、絶対に歩を止めないと誓った。喩え何人の成員が目の前に立ちはだかろうと、喩え、自分の手を汚すことになろうとも。<br>　誓いの通り満流は、最後の最後まで止まることなく進み続けた。無言を守り、ただひたすらに。<br>　そして遂にその扉を開く。<br>　二、四、六、八————<br>　左右両側から順に向けられた銃。それには見向きもせず真直ぐ正面に向け右腕を上げる。<br>　『どうする？撃つ？』<br>　誰にとはなく、問いかけた。<br>　『あたしは赦さないよ。一流に、こんなもの握らせるなんて』<br>　『(銃を下ろしなさい).』<br>　『(キングの娘とはいえ、これ以上続けるようなら容赦はしないぞ).』<br>　満流の言葉に耳を傾ける様子のない外国人。人の話を聞く気が無いのかと浅いため息を吐くと、計った様に背後の扉が開いた。<br>　軋むような高い開閉音。微かに空気が揺れ、薔薇を象った造花のリースからキツい匂いが香る。<br>　開くと同時に踵を返し、銃ではなく素手で対応する。<br>　僅かに遅れ、鳩尾に強打を食らった。<br>　『随分なゴアイサツやな』<br>　『ど、うもね——…っ』<br>　『うっわ、こいつ血腥い。』<br>　『————。』<br>　筋肉質な腕の中に崩れ落ちると、周りの銃が次々下ろされていく気配。満流の顔を覗き込む女の顔が、飴をくわえたまま憎たらしく笑った。<br>　『何か言うことは？』<br>　悪戯をした幼子を正す様な口調。反抗的に、素っ気なく答える。<br>　『久しぶり』<br>　『他には』<br>　『一流と榛名と、あたしの———誰の能力が高いって？』<br>　頭を下げると視界に入る、血色に染まったシャツ。夕陽の面影は跡形もなくなった。袖の方から、鉄みたいな嫌な臭いがする。雨の日の寂しい鉄棒を思わせた。<br>　女は自分の羽織っていた上着を満流にかぶせると、生意気なと言って苦笑した。<br>　『(どうするじーさん)？』<br>　満流を支えた男が言うと、部屋の一番奥で偉そうに座る老人は豪快に笑った。<br>　『(大いに結構。面白い。満流、来なさい).』<br>　女に引っ張り上げられる様にして立ち上がり、よろよろと歩いてそちらへ向かう。<br>　『(さすが我が愛しの孫だ。歓迎しよう).』<br>　お帰り、ジョーカー。<br>　差し出された手は細く皺だらけで、筋力の衰えか小刻みに震えている。こんなに弱った老体に人生を左右されているのかと思うと情けない。指先に口付けをすると、頭を上げず片膝を付いた。<br>　『Im home...dear』<br><br>　美樹が其処に着いたとき、満流はいつも通りの笑顔だった。<br>　槙には黙ってて。<br>　切実な、声。彼女が通り過ぎた後、彼女らがいた部屋で、どっと疲れた様子の葉流が夫の肩にもたれて眠っていた。<br>
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<pubDate>Fri, 10 Dec 2010 10:00:24 +0900</pubDate>
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