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<title>ゆきんこブルース</title>
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<description>てきとうな感じで始めた、てきとうなブログ。書いてる本人もてきとうである。でも、今のご時世、てきとうぐらいで丁度いい。という感じのブログ。</description>
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<title>８０年代cinema大好き</title>
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<![CDATA[ <p>明けましておめでとうございます。</p><p>かなり放置しまくっていたこのブログですが、また何卒よろしくお願いします。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、最近の流行といえば、９０年代なのでありまして、服やらカルチャーやら、</p><p>「おお、懐かしい」みたいなのが多いのですが、それも今年は過ぎ去って、</p><p>2000年代が主流になっていくのかしらん。</p><p>&nbsp;</p><p>自分に関して言うと、いつもドスの利いた古いロックばかり聴いているので、</p><p>ほぼ流行とかとは無縁の生活を送っているのですが、時々、「え、こんなのも聴くんだ」</p><p>とか言われるのが８０年代音楽だったりします。</p><p>&nbsp;</p><p>そうなんです。</p><p>&nbsp;</p><p>８０年代と言えば私の中では明るく楽しい西海岸ロックなのであります。</p><p>&nbsp;</p><p>ニューウェーブとかパンクとか、テクノとか、ヨーロピア〜ンなハードコアメタルなんかも</p><p>好きには好きですが、この透き通るようなクリアなスネアの音に、お金の香りのするサウンド、</p><p>リヴァーブ感よ。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいえ、それもこれも映画の影響でしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>勝手に自分の好きな８０年代cinemaなるものを選出。</p><p>&nbsp;</p><p>１　ダーティダンシング</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/02/a2/j/o1446143414336959526.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="218" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/02/a2/j/o1446143414336959526.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>２　恋しくて</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/59/75/j/o0560080014336965940.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="314" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/59/75/j/o0560080014336965940.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>３　初体験・リッジモントハイ</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/72/81/j/o0300040014336965872.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190111/11/raizo0516/72/81/j/o0300040014336965872.jpg" width="220"></a></p><p>実は３位には「プリティ・イン・ピンク」という映画を選出していたのですが、2位の「恋しくて」の</p><p>監督と脚本が全く同じだったということに気がつき、どこまでハリウッドの策略に踊らされているのだ、</p><p>と反省して違う映画にしました。</p><p>&nbsp;</p><p>１本１本ウィキペディアから引用して解説したいところですが、どれもこれもストーリーは大体似通って</p><p>いて、</p><p>１　若く貧しい少女（もしくは青年が）、</p><p>２　お金持ちで住む世界の違う男性（もしくは女性）と恋に落ち、</p><p>３　周りの偏見や嫌がらせと戦いながら、</p><p>４　本当の愛とはなんなのか、を周りの人たちも巻き込んで気付いていく。。。。</p><p>&nbsp;</p><p>という典型的なシンデレラストーリー、アメリカン・ドリームなのであります！！！</p><p>&nbsp;</p><p>『初体験/リッジモントハイ』はそうじゃないじゃん、という方。</p><p>最後にイケてないショーン・ペンが「海で溺れそうになったブルック・シールズを助けて一躍有名になった」</p><p>という超適当なクレジットをお読み下さい。</p><p>&nbsp;</p><p>重要なのは、間違っても主人公の彼女が麻薬に溺れて凄惨な最期を遂げるといったラストシーンが</p><p>待っていないという安心感。最後はボリウッド並の多幸感に溢れるという所。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん８０年代にも暗い映画や戦争映画もいっぱいあったけど、やはり明るく娯楽に徹した映画が</p><p>多かったような気がしますよね。</p><p>その後の９０年代は反動のようにドラッグや殺人に特化した映画が多くなっていったのは、アメリカの</p><p>姿をよく表していたのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>とにかくハッピーな８０年代cinema。</p><p>皆さんの１年もハッピーでありますように！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/WpmILPAcRQo" width="416"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/raizo0516/entry-12432204747.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Jan 2019 14:27:49 +0900</pubDate>
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<title>映画『ジャニス；リトルガール・ブルー』</title>
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<![CDATA[ <p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">ずいぶん前にこのブログでジャニス・ジョップリンについて書いたんだけど、</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">http://ameblo.jp/raizo0516/entry-10634281599.html</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">今回はドキュメンタリー映画を観たのでまたまたジャニスについて。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">Janis Joplin</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">1943年・米・テキサス生まれ。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">十代からブルースに傾倒し、自ら歌い始める。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">大学を中退し、サンフランシスコに渡って本格的に音楽活動を始める。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">1967年、24歳の時、モンタレー・ポップ・フェスティバルのパフォーマンスで一躍有名に。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">その後、バンドの解散、再結成などを経て、’69年のウッドストックに参加。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">翌’70年10月４日、ロサンゼルスのホテルの一室でヘロインとアルコールの過剰摂取で死去。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">享年27歳。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">あまりに短すぎてこうして書くととてつもなく簡素な来歴になってしまうが、</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">二十歳頃から亡くなる27歳までの7年間は普通の人の人生をギュッと凝縮して、</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">さらにきらびやかなデコレーションを施したような輝かしいものだった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">映画『ジャニス；リトルガール・ブルー』では少女の頃からのジャニスと、彼女が家族に宛てて送った手紙、近しい人々へのインタビューなど、彼女がなぜそれほどまでに激しく歌い、自分を痛めつけるようにアルコールとドラッグに耽溺していったか、その原因を探るように過去と私生活を掘り下げていく。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">ウッドストックやモンタレーといった有名な映像はもちろん。「サマータイム」のスタジオ録音時の映像、フェスティバル・エクスプレスでギター1本持って「ミー・アンド・</font>ボビー・マギー」を歌うジャニスなど、初めて観る映像も多く、新鮮だった。</p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">映画の終盤では、ジャニスがアーティストとして多くの曲の編曲に携わるようになり、シャウト一辺倒だった歌い方から幅のある歌い方に変化して、歌手としての寿命を伸ばす努力を始めたことに言及している。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">彼女の友人、音楽関係者はそろって言う。「彼女のアーティストとしての才能がこれから花開くという矢先に亡くなってしまった・・・」と</font></p><p>&nbsp;</p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161012/20/raizo0516/b3/a5/j/o2008301913771317418.jpg"><img width="420" height="631" alt="ジャニス１" contenteditable="inherit" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161012/20/raizo0516/b3/a5/j/o2008301913771317418.jpg"></a></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">写真はリンダ・マッカートニーが撮影したジャニスだ。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">リンダがアメリカで撮っていた頃だから、ビッグブラザー&amp;ザ・ホールディング・カンパニーと一緒にやっていた2４、５歳だと思う。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">写真は少しぼけて、観客の影なんかが入って決して上手い写真ではないけれど、</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">舞台上のジャニスがこんなに寂しそうな表情をしているものは珍しい。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">おそらく、会場は満員、観客は興奮冷めやらぬ状況だろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">でも、ジャニスの表情は不安げで、その眼差しはひたむきで思い詰めている。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">それで、私は、彼女がちっとも幸せではなかったのだと初めて気がついた。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">心が張り裂けそうなシャウトも、身体中に電流が走るようなパフォーマンスも、</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">観衆の喝采も、一瞬の閃光のように彼女を通り抜けていってしまう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">ロサンゼルスのホテルの1室で、冷たいベッドに足を滑り込ませ、一日の疲れを癒すために彼女は左腕に針を突き刺す。傍らにはサザンコンフォートの瓶。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">眠りさえすれば、また新しい日がやってくると彼女は信じていた。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">自らの人生を早く終わらせたかった、と思うのは主観が入り過ぎだろうか。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">彼女のことをほとんど知らないというのに。</font></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">映画ではジャニスのヒット曲がほぼほぼ網羅されていて、ラストに流れる「リトルガール・ブルー」も私の大好きな曲で、なんとなくにんまり。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">なので、映画で使われなかった「One night stand」を。</font></p><p><font face="Hiragino Kaku Gothic ProN">やっぱりロックなジャニスが好きなんだわ。</font></p><p>&nbsp;</p><p>&lt;iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/Nc9saY_XcXY" frameborder="0" allowfullscreen&gt;&lt;/iframe&gt;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 12 Oct 2016 22:50:53 +0900</pubDate>
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<title>スライ・ストーン！</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150525/23/raizo0516/15/bf/p/o0374052613318037974.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150525/23/raizo0516/15/bf/p/t02200309_0374052613318037974.png" alt="スライ・ストーン" width="220" height="309" border="0"></a><br><br>スライ・ストーンのドキュメンタリー映画観てきました～<br><br>「え？スライ・ストーン？誰それ？ああ、『ロッキー』の人ね。」<br>違います。シルベスタ・スタローンではありません。（劇中にも同じエピソードあり）<br><br>スライ・ストーンは６０年代後半から活躍していたファンクバンド、スライ・アンド・ザ・ファミリーストーンのメンバーの一人で今も生きてます。<br><br>製作したのはオランダ人の監督で、２０年以上スライを追いかけて、作品を作り上げたそう。<br>追いかけて、というのは、スライは１９８０年代に入るとほとんど活動しておらず、何度かの訴訟の後にすっかり姿をくらましてしまったからだ。<br><br>かくして映画はスライの前半人生（輝かしい軌跡）と、行方不明になってからの後半の人生（ホームレス！）を同時進行で追いかける。<br>２００７年に姿を見せたスライのあまりの変貌ぶりに驚くと同時に、伝説にならなかった天才が未だその才能を枯らしていないかったことを知る。<br><br>スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンは名曲をいっぱい残しているのだけれど、６０年代後半はまさに「ファンキー！」という言葉がぴったりのアゲアゲダンスナンバーが多い。１９６９年のウッドストックで披露した「I Want To Take You Higher」では、スライはブードゥー的な熱狂を作り出し、他のどの出演者も吹き飛ばしてしまうほどのパフォーマンスをしている。<br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/LQkdiJQIX5Y" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br>７０年代に入ると、バンドは少しずつ崩壊していく。それはドラッグのせいかもしれなかったし、あまりにも近親すぎたバンドの倦怠だったかもしれないし、時代の流れだったかもしれない。<br>しかし、『暴動』から『Fresh』、『Small talk』という一連の後期スライのアルバムは文句無くカッコいい。<br>周りがよりソフトなソウルやディスコミュージック、フュージョンに移り行く中で、スライの音楽が安易なロマンティシズムに陥ることは一度も無かった。<br><br>個人的に『If you want me to stay』という、アルバム『Fresh』の中の曲が好きなんだけど、これ聴いた時にまず思い浮かべたのがジャミロ・クワイとかサミュエル・パーディみたいなアシッドジャズとかそいうの。<br>レッチリもカヴァーしているのだが、スライのオリジナルのカッコ良さだけは誰も超えられないだろう。<br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/TdorgC9qUkI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<pubDate>Mon, 25 May 2015 22:59:41 +0900</pubDate>
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<title>Like a rolling stone</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141027/22/raizo0516/ba/7b/p/o0333031413111290381.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141027/22/raizo0516/ba/7b/p/t02200207_0333031413111290381.png" alt="追憶のハイウェイ" width="220" height="207" border="0"></a><br>1年のうち、何度かやってくるちょっとした気持ちの落ち込み。<br><br>まぁ、人間というのは外的環境によって影響を受けやすい動物なので、<br><br>致し方ないのだけれど、そういう時につい髪を切って後悔したり、<br><br>着る機会のない真っ赤なワンピースを買ってしまったり、<br><br>昔の知人に電話などしてしまったり、とにかくやることなすこと冴えない。<br><br><br>今回は２、３日を無為に過ごした後、気分転換にと観たジェーン・カンピオンの映画は<br><br>映像が美し く、ヴィクトリア調の舞台設定がどれも可愛らしくて素敵だったけれど、<br><br>いかんせん、内容が古めかしい純愛ものだったために<br><br>さほど感情移入することができなかった。<br><br>次に手に取ったのはなぜか岩波文庫の「世界の歴史　宋と元」。<br><br>これは本当に面白いのだけれど、チンギス・ハーンが死んで、<br><br>４分割されたモンゴル帝国ぐらいでさすがに飽きてしまった。<br><br>それでも気分が晴れないとなると、デュオニソスの力を借りるしかない。<br><br>つまり酒ですね。<br><br>ひたすら飲み続けて、その結果得られたのは激しい頭痛と倦怠感。。<br><br>こういうのは本当に惨めというか、よりダメな方向に向かう王道というか。<br><br><br>こんな時に聴きたい音楽は？<br><br>迷わず、というか藁をもすがるというか、手に取ったのは『追憶のハイウェイ６１』。<br><br>1曲目「Like a rolling stone」が流れ出して、ちょっとこんな言い方は恥ずかしいのだけれど、<br><br>清廉な風が吹いて、埃まみれの吹き溜まりが一瞬にして消え去ったような気がした。<br><br>やれやれ、やっぱりこの人はスゴいですね・・・<br><br><br>２０１０年のライブでは、ボブ・ディランは別人のようだった。<br><br>すっかり歳をとって、声はしわがれ、声量も落ちていた。<br><br>バックバンドを従え、中央で歌う彼は、記憶にあるようなギター1本持って、<br><br>聴衆に気遣うことなく自分の歌をうたう彼とはほど遠かった。<br><br>それで、多くの人は批判的だった。<br><br>「これがディランの曲なの？全然分かんないよ」<br><br><br>まぁ、確かにそうなんだけど、私は結構楽しんでいた。<br><br>歳とって、もしかしたら本当にやりたかったことやってるのかもしれない、と思った。<br><br>つまりバンドね。<br><br>そう思ったら、なんだか身近な人に思えたり、やっぱりずっと転がり続けてるな、<br><br>この爺さんは、と思ったり。<br><br>で、最後に演奏したのが「Ballad of a thin man」だった。<br><br>これは、彼の今、現在、年老いて、しわがれた声で歌う方が断然カッコ良かった。<br><br>その事を彼もまた十分理解していて、魂揺さぶるというか、スゴい演奏だった。<br><br>その後続くアンコールで「Like a rolling stone」を演るわけだけど、<br><br>もはや感極まるというか、やはりエンターテイナーなのだ。生粋の。<br><br><br><br>常に転がり続けるヤツでありたいものです。。<br><br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/YJrk1QTWPPM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<pubDate>Mon, 27 Oct 2014 22:19:50 +0900</pubDate>
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<title>Hey Jude、ポール来日、重さと軽さ・・・</title>
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<![CDATA[ 「ヘイ・ジュード」という曲が失恋の愚痴を歌ったものであると聞かされた時、ジョンはあまりにも自分の気持ちにぴったりだったものだから、てっきりこれは自分のためにわざわざポールが書いてくれたものだと思ったらしい。それで彼は「気遣ってくれてありがとう」とポールに言った。するとポールは「とんでもない、あれは僕用さ」と言う。それでもジョンは「いや、あれは俺用だ」と言い張った。結局２人は「まぁ、俺たち同じ穴のムジナってことだな」と言って苦笑した・・・<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130828/13/raizo0516/74/bd/j/o0268040012664467361.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130828/13/raizo0516/74/bd/j/t02200328_0268040012664467361.jpg" alt="$ゆきんこブルース-ジョンとポール" border="0"></a><br><br><br>わたしはこの「ヘイ・ジュード」にまつわるエピソードがとても好きだ。<br>ジョンとポールはお互いにいつも思い合って、誰よりも理解し合っていたのだと教えてくれるからだ。<br><br>ポールはいつも損な役回りだった。<br>崩壊したビートルズがもはや修復不可能だと分かった時、自ら脱退表明したことによってビートルズは解散という形になり、ポールは世界中から大バッシングを浴びることになった。<br>ジョン・レノンが死んだとき、インタビュアーに押しかけられ、そこでジョンの死を知ったポールからでた言葉は「へー、やっと？」だった。ここぞとばかりマスコミは「冷たい男」と書き立て、再び悪者扱いされてしまう。でも、その日いつも通りスタジオのミーティングに現れたポールはまるで別人のように憔悴しきっていた。思わずジョージ・マーティンが「今日はやめたら？」と声をかけずにいられなかったという。<br>「Say Say Say」で共演し、友人として信じていたマイケル・ジャクソンには、彼が世界一裕福な男になった瞬間、ビートルズの楽曲の多くの版権を買い叩かれて、すっかり人間不信に陥ってしまった。<br><br>ポールのパーソナリティがどうであれ、彼が作り出した音楽は本当に大好きだ。<br>特にこの「ヘイ・ジュード」を聴くと、なんだか急に60年代に引き戻されたような気持ちになる。60年代を知らないワタシでさえ。<br><br>映画「存在の耐えられない軽さ」では1968年のプラハの春の象徴として、マルタ・クビジョバが歌うチェコ語の「ヘイ・ジュード」が印象的に使われている。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130828/12/raizo0516/3f/55/j/o0290040212664429322.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130828/12/raizo0516/3f/55/j/t02200305_0290040212664429322.jpg" alt="$ゆきんこブルース-存在の耐えられない軽さ" border="0"></a><br><br>革命の象徴として、このひどく個人的な想いを綴った歌が使われたことは面白い。<br>でも、それと同時に、ビートルズが60年代そのものだったということを思い知らされる。そこには個人的なものなどなく、ひたすら拡大する大きな「うねり」みたいなものがあり、その中心にビートルズが存在した。<br><br>後年、60年代を振り返った文書などを読むと、いろんなチャートがあって（日本人てチャートとか分類が好きですよねぇ）、まぁ、なんだかいろんな文化、音楽、アート、事象があったんだなぁ、とは思うものの、ビートルズという存在にかなうような文化の潮流はない、というのが本当のところじゃないだろうか。<br>ざっくり言ってしまえば。<br><br>ポールが来日するということだけど、大阪公演はもう決まったのですかね。<br>嵐のコンサートとの調整が手間取っていると聞きましたが、それもどーなのよ、と思ってしまう。いえ、批判じゃないですけど。<br>ただ、何十年もかけて、我々は何かを捨て続けてきた、って気はしますね。<br>限りない軽さは、果たして幸せなのだろうか？<br><br><object width="459" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/V3jCYm_QGZQ?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/V3jCYm_QGZQ?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="459" height="344" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<link>https://ameblo.jp/raizo0516/entry-11601550787.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Aug 2013 13:40:02 +0900</pubDate>
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<title>されど　われらが日々―カタストロフィとしての50年代</title>
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<![CDATA[ 選挙終わりましたね～。<br><br>予想通り自・公連立圧勝で、ねじれも解消、わーい、って感じでお祭りムードなのかと思っ<br><br>たら、意外とそんなことはないみたいですね。22日23日に行われた共同通信による世論調査<br><br>によると、安倍内閣支持率は6月の調査から11ポイント下がって56%だそうで、みんなちょっ<br><br>と不安になっているのが見て取れます。<br><br>それもそのはず、選挙直後に東電は海洋の放射能汚染を認め、さらに高濃度の放射性物質が<br><br>原発から半径20キロの場所で発見！普天間基地にオスプレイ新たに10基配備！反対派による<br><br>デモを封じ込めるため、基地周辺にフェンスを張り巡らしちゅ～～、等々、選挙終わってか<br><br>ら発表されるマイナスな事象が多すぎます。<br><br>でも、まぁ選挙は終わり、みんなの期待通り、アントニオ猪木さんとかワタミの会長さんと<br><br>か、世の中を健全にしてくれそうな人が当選してホントよかったですね！<br><br><br>さて、3.11から2年半あまり、世間は2分化されつつありますよね。<br><br>一つは支配する側とその人たちに仕えて守られるひとたち。もう一つは奴隷的にただ搾取さ<br><br>れるだけのひとたち。<br><br>こういっちゃなんですが、自分は支配者とは無縁ですし、守られてるという感もありません<br><br>ので、すなわち奴隷的な立場の人たちに分類されちゃいますが、これはちょっと認めたくな<br><br>い気もします。奴隷なんかじゃない！ってね。けど、分類は明らかにそちら。悔しいです<br><br>が。<br><br>ちょっと立ち止まって考えて、自分はどっちの人間だと思います？<br><br>大方の人は奴隷じゃないですかね？官僚や公務員や大手企業の重役ですか？大地主ですか？<br><br>相続税払うのに何年もかかるくらい親が金持ちですか？答えは大体ノーでしょ。<br><br>月々30万前後の給料で子ども2人。学資保険払って、自動車税払って、家のローン払って、<br><br>自動車保険払ったらボーナスなんて無くなるでしょ？<br><br>いいえ、それでも私は奴隷じゃありません。だって自由じゃないですか。どこで住んでもい<br><br>いし、どんな職業についてもいい権利がありますから。<br><br>ふーん。<br><br>でも一度原発事故が起こると、この国では自由に転居できなくなるんですよね。だってそこ<br><br>に住んで被曝しない限り保障が受けられないから。移住したら金貰えへんぞ、分かっとん<br><br>か！？という無言の圧力により、福島の人たちは好きなとこに住めません。これはどーゆー<br><br>わけか？<br><br>好きな仕事に就きたい。もちろん就けるはず・・・けど、仕事ありませんから！<br><br>雇用増えた増えたって非正規雇用が増えただけで、正社員は採用減ってますし、あっても死<br><br>ぬまでこき使われる「人殺し企業」。それでも好きな仕事ならいいけど、大方は特になんの<br><br>思い入れもない職種とか、企業とか、工場ってことになると思うけど。<br><br>とまぁ、何が言いたいかというと、大概の人は奴隷やのに、それを認められずに自分は支配<br><br>者側の人間だって思い込んでて、だから保守系支持して、自分は奴隷じゃないって証明した<br><br>いんだよね。<br><br><br>これはどういう心理か。<br><br><br>反原発デモが繰り広げられた2011年2012年。<br><br>デモは静かに静かに縮小していった。今でももちろんやってるけど、もうメディアはとりあ<br><br>げない。<br><br>私はデモが単なるブームで過ぎ去りつつあるのを悲しく思うけど、仕方ないって気持ちが正<br><br>直ある。<br><br>みなさん、フェイスブックやってるでしょ？<br><br>あれの「イイね！」機能って天才やと思いませんか？<br><br>他人がうまいもん食ったとか、どこそこ行ったとか、誰々と今過ごしてます～とか見ながら<br><br>「共感」したら「イイね！」って押したらしまいです。しかし、共感なんてまったくしてな<br><br>いです。大概「どーでもええわ」って思ってないですか？反原発デモの時も「イイね！」の<br><br>嵐でしたよ。No Nukesってイベントもやった！感動した！イイね！終わりです。それだけ。<br><br>後はみんなすーーーっと消えてくんです。<br><br><br>よく、60年代の安保闘争と今回のデモを比べて、こんなのはデモじゃない、革命なんて起こ<br><br>せない、とか言われました。そりゃそうです。ごもっとも。けど、60年代も別に革命起こせ<br><br>ませんでしたけど。<br><br>50年代にさかのぼってみる。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130724/10/raizo0516/4c/30/j/o0300023612620739303.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130724/10/raizo0516/4c/30/j/t02200173_0300023612620739303.jpg" alt="$ゆきんこブルース-血のメーデー" border="0"></a><br>一冊の小説「されど　我らが日々―」（柴田翔著）は、ポピュラーなので当時の雰囲気が分<br><br>かりやすい。<br><br>時代は50年代初頭。<br><br><br>戦後しばらくたって、日本は復興し、朝鮮戦争が勃発。ここで日本は朝鮮特需とアメリカの<br><br>対日支配路線変更によりどんどん発展していった。一方で労働者は待遇改善を求めて「血の<br><br>メーデー」など激しい闘争を繰り広げる。この頃共産党の活動も活発化するが、その後分<br><br>裂。六全協が実権を握っていった60年代には、もはや50年代の真剣さとか必死さは消えてい<br><br>た。<br><br>小説「されど―」には「血のメーデー」に参加し、警察部隊を前に逃げてしまう東大生の独<br><br>白が登場する。<br><br>「あの頃のぼくらを、ああした行動に駆り立てたものは、単に理念の問題としての完全な独<br><br>立とか、革命とかいうものではありませんでした。ぼくらはあの頃、いつも戦争の危機感に<br><br>脅かされていた、というよりむしろ、その時朝鮮で戦われていた戦争が、やがて日本に波及<br><br>するだろうことは、確実なことだと思っていました。そして、そうなった時、アメリカ資本<br><br>主義の弾よけになることは、絶対に嫌でした・・・・（本文より抜粋）」<br><br>「戦争」という強烈な実体験を人々が共有していた時代、それが50年代だったのだろう。で<br><br>も、日本で革命は起こせなかった。そのような激烈な「共有意識」があったにも関わらず、<br><br>「自由」よりも「豊かさ＝金」を選んでしまった。<br><br>んじゃ、今はどう？<br><br>残念ながらその時撒かれた種はすくすくと成長して、「豊かさ」への憧れすらもはや失っ<br><br>て、今の日本人には「共有」するものなんて何も無い。<br><br>誰が何しようが、他人事。Facebookで「イイね！」したらなんだか「共有」した気分。震災<br><br>後、世間はやたら「絆」「絆」ってうるさい。でもそれって裏返せば、誰も「絆」なんて感<br><br>じていない証ではないだろうか？<br><br><br>よく今の子は恵まれてるとか、鬱とかなって自殺する人に向かって「今の日本で絶望するの<br><br>は、天国で絶望するようなものだ」とか言い放たれるけど、何一つ「共感」できない社会が<br><br>果たして恵まれてたり「天国」だったりするのかな？んで、そういう社会作ってきたのは若<br><br>い人じゃないって意識、どこまであるのかな？<br><br>50年代に青春を謳歌なさった石原慎太郎さんたちに聞いてみたい。<br>
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<pubDate>Wed, 24 Jul 2013 10:58:04 +0900</pubDate>
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<title>沖縄は日本じゃないの？</title>
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<![CDATA[ 今日の朝、『モーニングバード』というワイドショーを見ていたら、<br><br>オモシロイ特集が組まれていた。<br><br>４月２８日、この日を自民党は「主権回復の日」と定め、天皇皇后両陛下を招いて<br><br>式典をする、とのこと。この根拠となっているのが1952年４月２８日に結ばれた<br><br>「サンフランシスコ講和条約」だという。これによって日本本土はアメリカの占領か<br><br>ら解放されたという。しかしこの条約にはこうも記されている。「沖縄、奄美、小笠<br><br>原諸島はアメリカの信託統治領とする」<br><br>つまり、沖縄などにとって、この日は「日本に見捨てられた日」ということになる。<br><br>沖縄の人たちが怒るのは当然だと思うし、私たちだって「それってどうなの？」と<br><br>思ってしまう。<br><br><br>このワイドショーでオモシロイおっさんが出てきてコメントしていた。その人という<br><br>のは「一水会」という新右翼団体の鈴木邦男という人物で、１９７０年代以降、日本<br><br>の右翼を代表する人物だ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130425/15/raizo0516/a9/83/j/o0499075012513270228.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130425/15/raizo0516/a9/83/j/t02200331_0499075012513270228.jpg" alt="$ゆきんこブルース-鈴木" border="0"></a><br><br><br>「この式典を思いついた人というのは相当頭がいい人だと思うね～。けど、うっかり<br><br>沖縄のことを忘れてたんだろうね。そういうことだと思うよ。で、批判が出てきて、<br><br>しまった、と思ったんだけど、もう後に引けないし、勢いで乗り切ろう、って感じ<br><br>じゃないかな～」<br><br><br>なるほど＼(^o^)／<br><br>忘れてただけか～<br><br><br>しかし、尖閣や竹島（この二つの島に人は住んでいない）について、現在進行形で<br><br>わーわー言ってるのに、沖縄のことはすっかりんこ忘れるというのは、一体どうい<br><br>う思考回路なのだろう？<br><br><br>７月の参院選までにTPPの汚名返上のつもりでこのような式典というか、パフォーマ<br><br>ンスを思いついたのかもしれないけれど（公約に記載してる）、なんだか裏目に出ち<br><br>ゃいましたね。<br><br>それに、どっかの記念館で開催されるということですが、主権回復の日というのは<br><br>相当重要な日だから、やるなら国家行事として、武道館とか、なんとかスタジアムと<br><br>か、大々的にやるべきではないだろうか。。両陛下も来られるなら、尚更という感じ。<br><br>しばらくしたら無かったことになってそうなのでメモ的に書いてみました。。<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 25 Apr 2013 15:45:56 +0900</pubDate>
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<title>アフリカの熱い砂</title>
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<![CDATA[ 2006年、１月の自分の日記によると、パリの移民居住区で<br>大きな暴動があったらしい。<br>自分でも書いたことをすっかり忘れていたのだけれど、昨日の<br>IWJというネットニュース見て思い出しました～<br>http://iwj.co.jp/wj/open/archives/54705<br>長いですが面白かったです。ご参考に。<br><br>フランスにおけるイスラム教徒の人口割合は約６％くらいだそうです。<br>で、当時暴動を起こしたのは移民2世とか3世の若い世代で、あからさまな<br>差別、就労拒否に対する怒りだったみたいですね。<br><br>フランス人がなぜイスラム教徒を憎むのか？<br>答えは簡単で、フランスがカトリックの国だから。カトリック以外は邪教と<br>みなされるそうです。<br><br>異教徒粛清は16世紀にさかのぼる・・・<br>1572年8月24日、夜明け前のパリ。<br>王太后カトリーヌ・ド・メディチより、プロテスタントの一掃が命じられた。<br>兵士たちは「今日は残酷なことこそ慈悲にして、慈悲深きこと、すなわち残酷なり」<br>と口々に唱えながら、パリの新教徒たちの寝こみを次々と襲い、女、子どもまで<br>引きずり出し、惨殺し、窓から放り投げた。みるみるうちに路上は屍の山となり、<br>セーヌ川には四方から血が流れ込み、真っ赤に染まったという・・・<br><br>この地獄絵図のような大粛清は一夜にとどまらず、フランス全土に広まり、<br>翌年まで続いたという。<br>考えただけでもゾッとするが、これがフランスの根底にはあるんですね～<br>いくら織田信長が延暦寺を焼打ちしたとか言っても、スケールが違う。<br><br>さて、その後フランスは革命などを経て、一時期はカトリックの僧侶が<br>弾圧されたりなんかしたけれども、結局は変わらなかった。<br>自由・平等・博愛というトリコロールの象徴の裏には、虐殺の歴史があるということですね。<br><br>19世紀終わりに入ると、石油の利権争いが始まり、ヨーロッパはこぞってアフリカを<br>侵略、植民地化。南部はイギリスが、西部はフランスがほとんど支配して、<br>原住民を殺しまくった。西部はイスラム教徒が多く、固有の宗教の部族もあったが、<br>少しでも反発すると、激しい拷問を受けたという。<br>ちなみに今のフランス人のお金持ちは大体アルジェリア出身とか、アルジェリアで<br>富を築き上げた成金で、ディオールの元CEOルネ・マイエールやシャネルの<br>社長ミシェル・ピエトリーニもアルジェリア生まれ。<br>1950年代にようやく独立運動によってアフリカの植民地は独立したけれど、<br>ほとんどの国は今でも貧しい。<br>なぜなら、資源は豊富にあっても、ほとんどをヨーロッパに吸い上げられて<br>しまうからだ。<br><br>フランスは第二次世界大戦での戦勝国。ナチスに侵攻され、それに対して抵抗した<br>という記憶から、どこかクリーンなイメージがあるけれど、遠いアフリカでは<br>ナチスと同じようなことを長期に渡ってやってきた。<br>そして、戦後のどさくさに紛れてアフリカに対して謝りもしてない。<br>し、今もアフリカは自分たちの管轄とでも思っているみたい。。<br><br>さて、みなさん、今回のフランス軍によるマリ侵攻とアルジェリアのテロ事件、<br>どう思いますか？<br><br>
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<pubDate>Fri, 25 Jan 2013 13:57:46 +0900</pubDate>
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<title>明けましておめでとうございます！</title>
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<![CDATA[ 気が付いたらすっかり放置していたこのブログ。<br>勝手に封鎖されてしまいそう。。。<br><br>明けましておめでとうございます。<br><br>ファッキンな2012年も過ぎ去って、2013年ですか。<br><br>まったくもってなんの感慨もなく、「笑ってはいけない」とか<br>見ながら迎えてしまった。。。<br><br>たらたらと後片付けを済ませて、お風呂入って、なんか頭の中で鳴ってたのは<br>マイルスの「グリーン・ドルフィン・ストリート」でした。<br><br>ま、夜中だし、これくらいが気持ちいい。<br><br>今年もよろしくね( ´艸｀)<br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/8gspORI5lC0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2013 03:51:19 +0900</pubDate>
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<title>ロミー・シュナイダー　～お気に入りの女優part１</title>
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<![CDATA[ よく人から「悩み無さそうでいいよね～」<br><br>なんて言われるのであるが、本当に大きなお世話である。<br><br>それはつまり、私がいつもへらへらしてたり、<br><br>白くてぷよぷよしてたり、<br><br>大酒飲んだり、<br><br>といった、ステレオタイプな印象からの発言に他ならないのであって、<br><br>決して私の深層心理をうかがい知った上ではない。<br><br>たぶん<br><br>しかしながらそういう批判を受けるたびに、自分はまだまだ<br><br>いい女からは程遠いと実感し、これからも日々努力せねばー<br><br>と、豆腐のような意志薄弱な誓いをする。へらへら<br><br><br>前置きは長くなったけれど、このような私にもいい女のお手本<br><br>のような女性はおります。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/04/7e/j/o0192026212074250230.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/04/7e/j/t01920262_0192026212074250230.jpg" alt="ゆきんこブルース" border="0"></a><br>ロミー・シュナイダーは、1938年生まれのオーストリア人で、<br><br>82年にパリで謎の死を遂げるまでにヨーロッパの映画界で<br><br>活躍した人である。<br><br>代表作は『恋ひとすじに』『ボッカチオ′70』『ルートヴィッヒ』<br><br>などなど。70年代前半によい作品が多い印象がある。<br><br><br>彼女を一躍有名にしたのは、しかしながらアラン・ドロンとの<br><br>恋とその破局のためだったかもしれない。<br><br><br>『恋ひとすじに』で共演したアラン・ドロンは当時まだ無名の<br><br>俳優で、ロミーはすでにお嬢様女優として人気を博していた。<br><br>世間知らずのロミーが、燃えるような青い瞳をした野心家の<br><br>フランス男と恋に落ちるのに時間はかからなかった。<br><br>ドロンはその後、『太陽がいっぱい』でまさに自らを体現したような、<br><br>貧しい野心に燃えた青年を演じて一躍スターとなる。<br><br>そして長い交際はドロンの一方的な通告により幕を閉じる。<br><br><br>その顛末はこうだ。<br><br>ドロンと一緒に住んでいたパリの家にロミーが戻ると、バラの花束<br><br>が置かれており、その下にドロンからのカードがあった。<br><br>「ナタリーとメキシコへ行く。幸せに。アラン」<br><br><br>こうして、すっかり「捨てられた女」という烙印を押されて<br><br>しまったロミーだが、女優としてはそこから開花していくことと<br><br>なる。<br><br><br>彼女の出演作で一番好きなのは、『離愁』という、1973年の作品だ。<br><br>ナチス・ドイツのフランス侵攻を描いていて、ジャン・ルイ・トランティニヤン<br><br>と共演した秀作だ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/ec/15/j/o0271028612074250228.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/ec/15/j/t02200232_0271028612074250228.jpg" alt="ゆきんこブルース" border="0"></a><br><br><br>その中の彼女は、美しいという言葉だけでは足りない何かが存在<br><br>しているように思われる。<br><br>もう若くはないし、決して美人ではないのだけれど、<br><br>眼差しそのものに悲しみが滲み、見るものの心をふるわせる。<br><br><br>それから10年、彼女は不幸という楔を年々自分の人生に打ち付けて<br><br>行くこととなる。離婚、前夫の自殺、息子の事故死・・・<br><br>43歳で亡くなった時、彼女は浪費家の若い夫と、まだ物心もつかない<br><br>娘と暮らしていた。<br><br>けれど、彼女は絶望的に孤独であり、結局その孤独から逃れること<br><br>ができずにアルコールと薬物によって死んでしまった。<br><br><br>ロミー・シュナイダーがヨーロッパの花と謳われたのには、<br><br>ルキノ・ヴィスコンティとシャネルの存在がある。どちらもヨーロッパ<br><br>では知らぬ者のいない有名人であり、厳しい審美眼の持ち主である。<br><br>ロミーはその両方に愛された女優だった。<br><br>気難しいシャネルはたとえ有名人でも決して服を作らなかったし、<br><br>ヴィスコンティに至っては女優は道具のような存在だった。<br><br>けれど、二人は、ロミーの小柄な肉体の中に宿命のように存在する悲劇を<br><br>見逃さなかった。<br><br>不幸は、芸術の存在理由を明確にする唯一の手段なのだ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/75/2a/j/o0176012412074250229.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120711/21/raizo0516/75/2a/j/t01760124_0176012412074250229.jpg" alt="ゆきんこブルース" border="0"></a><br><br><br><br>日本ではあまり認知度がないロミーだけれど、一番好きな女優と聞かれると、<br><br>彼女しか思い浮かばない。彼女が亡くなった時に発売された写真集を<br><br>買わなかったことを今でも後悔している。
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<pubDate>Thu, 19 Jul 2012 01:38:54 +0900</pubDate>
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