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<title>シネマ秘宝</title>
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<description>映画の内容について分かりやすく説明いたします</description>
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<title>ロスト・イン・トランスレーション</title>
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<![CDATA[ ブログで最初の紹介する映画は日本語タイトルと同じで原題Lost In Translation<br><br><object width="640" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/FNn-2CTXzAw&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;color1=0x006699&amp;color2=0x54abd6"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/FNn-2CTXzAw&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;color1=0x006699&amp;color2=0x54abd6" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="640" height="385"></object><br><br><br>この映画は予告編も映画本編も良くできているので是非観てほしいのだけど<br><br>どこまでがネタばれとなるのかがものすごく曖昧なので著者基準で映画のシーンとそれの解説をしていきます<br><br>何も情報を入れないで観たい方はどうぞこのページを閉じちゃってください<br><br><br><br><br><br>題名のLost In Translationとは翻訳という意味なので直訳で“翻訳なし”となりますが<br>映画の内容的に日本という島国での“閉鎖的コミュニケーション”としての意味合いを含んでるのではないかと思います<br><br>映画の中ではたくさん日本文化とアメリカ文化の違いが出てきますが、特に私自身が驚いたのはランチで入ったしゃぶしゃぶの店でスカーレット・ヨハンソン扮するシャーロットがメニューを見て「違いが分からない」と言って仕方なくビル・マーレイ扮するボブが注文した肉が机の上に生肉の大皿２皿と野菜がただ置かれ、茫然と数秒間２人が見合すシーン。<br>その後ホテルでぼやがあって１階の外の広場に宿泊客が集まっているところでボブがシャーロットを見つけて「今日は最低だったね、自分で料理するなんてさ」というセリフがものすごく印象的でした<br><br>日本や韓国、中国などで外食をする場合は自分で料理することはまったく珍しいことではありませんが欧米の映画で見かけることはありませんね<br><br>例えば日本だと鍋のお店や食べ放題のお店で自分で作るセルフサービスを好んで使っていますよね<br><br><br><br>あともう一つシャーロットとボブが時差ボケで眠れないのから夜の東京に繰り出すシーンでカラオケに行くのですが、そこでは他人の歌に耳を貸さず自分のために曲を選んで自分の番が来たら熱唱する<br>密室空間にいるのに誰ともコミュニケーションを取ったりしないしないのだ<br><br>これは最初の方に出てくるエレベータのシーンでも同様で日本の密室空間には沈黙機能が備わっていることを象徴している<br><br><br><br><br>映像的に一番好きなショットは渋谷の交差点を２階にあるスタバから撮っているところだ<br>(ちなみにカメラマンは無断で撮ったと語っている)<br><br>あのショットを映画の中から世界に発信できたことは非常に大きなことだと思う<br><br>なぜって世界中に交差点があるのに車が通っていなくても赤信号だからという理由で渡らない国民は日本人だけだから<br>いかに周りを見ることを忘れ、目の前にある信号機だけを頼りに生きているかがうかがえるだろう<br>(何も信号無視がいいと言っているわけではないが)<br><br><br><br><br>このほかのシーンではタクシーの扉が自動的に閉まる所やみんなで記念写真を撮るなど、日本ならではのユーモアや見事なカット割りが観客に笑いと心に染み込ませる余裕を持たせている。<br><br>この作品こそ監督ソフィア・コッポラの才能を開花させただろう<br><br>ちなみにソフィア・コッポラの父親はゴッド・ファーザーで日本にもなじみ深い監督フラシス・フォード・コッポラで、彼の名が製作総指揮にクレジットされている<br>(資金を集めたりするときにやる手法の一つ)<br><br><br><br>この映画に限らず外国人監督による日本で撮影された海外映画はひどい偏見や勝手な解釈を含んでいることが多いが、この作品は英語がしっかりできる助監督や優秀な日本人スタッフたちの手によって、ただの海外映画の枠を超えた完全な異世界へと飛び立つことができる。<br><br>しかしながら、主人公たちに共感するところも多く映画が終わった後にも目の前にはその扉が開いていることを確認させてくれる<br><br>彼らのストーリーの続きは僕たちの中から生まれていくことだろう
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<pubDate>Sat, 29 May 2010 19:36:28 +0900</pubDate>
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