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<title>私の人生航路～長崎の離島から、令和の空へ～</title>
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<description>人生の節目を迎え、生まれ育った長崎の離島での日々を記録に残す決意をしました。</description>
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<title>私の人生航路～長崎の離島から、令和の空へ～</title>
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<![CDATA[ <pre>こんにちは！ついに古希、70歳の大台にのりました！</pre><pre>なんだかあっという間だったような、でも振り返れば本当に色々なことがあったなぁとしみじみ感じています。</pre><pre>今も昔も、なんだかんだと波瀾万丈な日々を送っていますが、それもこれも、常に反省はしつつも「まあ、なんとかなるさ！」と、どこか好き勝手に生きてきた結果なのかなぁなんて思ったりもします。この節目に、私が生まれ育ち、そして生きてきた長崎県のあの離れ島での日々を、少しずつ言葉にして残していこうと決めました。</pre><pre>そこには、言葉では言い尽くせないほどの感動があり、乗り越えてきた苦労があり、心からの喜びがあり、そして時にはどうしようもない悲しみもありました。</pre><pre>そんな私の「喜怒哀楽」の詰まった宝箱を、少しずつ開けていくような気持ちです。思い出すのは、やっぱり昭和のあの頃。幼少期から学生時代を過ごした日々は、今思えば本当に「何もないけど希望はある」という言葉がぴったりでした。</pre><pre>去年のテレビドラマのフレーズを聞いたとき、「そうそう、そうだった！」と膝を打ったものです。</pre><pre>戦後の名残がまだ少しあって、電気だって一日中こうこうと点いているわけじゃなく、道は雨が降ればすぐにぬかるむ泥道。</pre><pre></pre><pre>でも、不思議と暗さは感じなかったんですよね。今、テレビで昭和の映像が流れると、なんとも言えない懐かしさで胸がいっぱいになります。</pre><pre>食べ物だって、今みたいに豊かじゃなかった。</pre><pre>「食糧事情」なんて言うと少し大げさかもしれませんが、私の記憶の中では、食卓にはいつもお芋さんがあった気がします。</pre><pre>そして冬になると、そのお芋さんが姿を変えて「かんころ餅」になるのが、待ち遠しくてたまらない、私たちの大事なおやつでした。</pre><pre>あの頃、こっそりお砂糖をそのまま舐めていたのも、今となっては笑い話です。</pre><pre>甘いものが、本当に貴重だったんですよね。あの頃の離島での暮らし、昭和という時代、そして平成を駆け抜け、気がつけば令和の時代。</pre><pre>本当に色々なことがありましたが、その一つ一つが今の私を作っているんだなと感じます。これから少しずつ、そんな私の心に残る風景や出来事、</pre><pre>そして出会った人々との物語を、</pre><pre>この場所に綴っていけたらと思っています。</pre><pre>よかったら、時々覗きに来てくださいね。</pre>
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<pubDate>Thu, 22 May 2025 18:36:28 +0900</pubDate>
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