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<title>ranran日記</title>
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<description>苦難への外航</description>
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<title>本好きの変な人の日記　７</title>
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<![CDATA[ 人に何かを伝えるとき、注意しなければならないことが2つあります。<br><br>1　それを知っていること<br>2　一度文字で書きだすこと<br><br>1　それを知っていること<br><br>これは当たり前だが、そのことをよく知っておかないとしっかりと説明することができないです。<br><br>例えば、プログラミングをやったことないにもかかわらずプログラミングのあれこれを語る人がいます。<br><br>こう言う人は”知っていると思い込んでいる知らない人”というカテゴリーに分類されます。<br><br>この”知っていると思い込んでいる知らない人”が人に知らないことを伝えるとき、論理がどこかにいって、感情で話している場合が多いです。<br><br>例えば、「誰々が言ってたからそうなんだよ！」や、「テレビで言ってた」は論理性がなく感情で話していると言えます。<br><br>こういう人が周りにいたら少し観察してみましょう。その人が感情で話せば話すほど、どんどん分の脈絡がなくなってきて、話がどこか違う方向へ飛んでしまいます。<br><br>そしてその話が終わるとき。この時は浮遊しているか急降下しているかのどっちかです。<br><br>・感情で話している時は知っているとは言えない状態にある。<br>・人に伝えるときはしっかりと知っている必要がある。<br><br>そのことを踏まえた上で2つ目<br><br>2　一度文字で書きだすこと<br><br>一度そのことについて文章にすると次、人に伝えるときにとても分かりやすく伝えることができます。<br><br>自分の考えを頭の中にしまっておいて、そこから人に説明するのはとても難しいです。<br><br>話すときは、文の構成を考え何を伝えるべきで何を伝えなくていいのか、また相手をみて相手の興味があることを重点的に話します。<br><br>これらを一気に頭でしないといけないため、自分が知ってから初めてアウトプットすることを考えたら、また脳を使わなくてはいけなくなります。<br><br>脳は3つ以上のことを処理できません。そして、新しく覚えたことを説明するというのは、脳の処理を1つ使ってしまいます。<br><br>なので、事前に質問されること、自分が話すであろうことは一度文章化して、先に頭に入れておくと次話すときに話しやすくなります。<br><br><br><br><br><br>　<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12653108192.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2021 16:01:27 +0900</pubDate>
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<title>本好きの変な人の日記　６</title>
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<![CDATA[ <span style="font-weight:bold;">12月22日</span><br><br>「人間を追い込むことができるのは人間しかいない」<br><br>今日の朝3時ごろくらいから、土星と木星が大接近していた。<br><br>望遠鏡で見た時に2つの星が同時に見えたそうだ。これは非常にまれで、地球から見える2つの星の位置が0.1度の角度まで近づくのは1623年以来397年ぶりらしい。<br><br>私はこれを実物では見れなかったが、youtubeに動画がアップロードされていたのでそれを見た。<br><br>土星の輪がくっきりと見え、その近くに木星がある。とても幻想的で、これを次見れるのが60年後だと知ると、感慨深いものとなる。60年後地球はどうなっているのだろうか？<br><br>AIが人間を支配しだすのか、それともそんな高性能のAIを作り出せるエンジニアが排出されないまま、60年が過ぎるのか？恐らく後者はほぼありえないだろう。<br><br>もし高性能のAIがどんどん発達してきたら、われわれ人間はどうなるのであろうか？<br><br>誰でもできる単純作業は、AIが取って代わってやるようになり、多くの失業者を生む。日常生活やプライベートでも、人間の声よりAIの声をよく聞くという人が増えるかもしれない。ほぼすべての人間がAIを頼り切り、脳を使う習慣がなくなるかもしれない。<br><br>もし上のようなことが起こるとしたら、今現在インターネットに頼り切って生活し、自分でものを考えなくなりインターネット上の娯楽で、休みの時間を過ごしている人は少し危ないかもしれない。<br><br>ゲームやtwitterの仕組みをよく見てみると、人間の脳を「目の前のことしか見えない状態にする」ということが完璧にできている。<br><br>ゲームは多彩の色や課金要素を作り、このゲームから離れられないようにしている。<br><br>twitterは良いねの機能や、他人のコメントが一瞬で見れるという仕組みがある。良いねの機能は人のドーパミンをダボダボにし、脳を破壊する。他人のコメントが見れるというのは、「他人の意見を見たい！」という欲求を最大限にかなえてくれる。<br><br>脳みそはいとも簡単に壊れていく、とにかく依存させればいいだけだ。<br><br>私は以前まで脳みそが壊されていた。<br><br>夜ゲームをしていたら、なぜかカーテンの隙間から日の光が出ている。「え？」と思い時間を見ていると4時30分。私の気分とは対照的にカラスも元気に鳴いている。カー、カーーーって<br><br>私も対抗して鳴いてみようとしたが、疲れてそれどころではなかった。<br><br>これはゲームではなくても、youtubeを見ていたら、twitterを見ていたら朝が来ていたというのは多くあるだろう。<br><br>人間の脳はすぐ壊れる、AIがこれを知る。この2つの動作でAIは人を支配できる。知識のない人から。<br><br>もし知識があったら、AIの支配を免れるかもしれない。そのためにも我々は、様々な本や経験で知識を積んでいくしかないのだ。<br><br>人類滅亡の危機が近づいているのかもしれない、我々にできることはとにかく自己研鑽することだけだ。<br><br><span style="font-weight:bold;">ここまで読んでくれて本当にありがとう</span><br>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12645588697.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2020 21:23:17 +0900</pubDate>
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<title>本好きの変な人の日記　5</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size:1.4em;">１２月２１日<span style="font-weight:bold;"><span style="font-weight:bold;"></span></span></span><br>生きるテーマを自分で作り出したとき、そこからが人生のスタートだ。<br><br>私は、今日「幸せになる勇気」という本を読んだ。<br><br>そこでとても興味深かった内容を自分なりに説明してみたいと思う。<br><br><br><br>人は生まれた時に人生のテーマが決まる。他人に自分の弱さを見せ、自分を助けるように仕向ける行動だ。<br><br>人間の赤ちゃんは生まれたときに、本当に何もできない。自分でご飯を見つけるために探しに行くこともできないし、移動することもままならない。<br><br>では赤ちゃんは生きるためにどのような戦略をとるか？<br><br>それは”他人から与えられるように自分の弱さを見せつけること”である。<br><br>弱いからこそ、周囲は「私が助けないと！」となってしまいます。<br><br>自分の弱さを他人に見せて、他人を支配する。赤ちゃんが泣いて叫んだら母親が来てご飯を与えてくれるし、ほしいものを買ってくれる。<br><br>小さな小学生くらいの子供も、親に見はなされたら終わりなために、非行に走ったり、学業を頑張って親の愛を独り占めしようとする。<br><br>これはもちろん、身体の自由が利かない子供たちだからこそとる戦略である。「一人では何もできないからこそ、弱さを見せ他人を支配しようとする」のだ。<br><br>さて、ここからが問題だ。「与えられるのが当たり前」の人生を送っている大人がいることだ。<br><br>その大人たちは、自分のトラウマ、傷、不幸、不遇な環境などを身にまとい、他者をコントロールしようともくろむ。<br><br>「私はとても不幸でトラウマだらけなの！誰か私に何か与えてーーーー、私は特に何もしないけど」という自立していない大人がいつの時代でも一定数いる。<br><br>体は成長済み。仕事もできる年齢になり、一定の学業も積んでいる。そう、自分の人生は自分に選択権があるのである。<br><br>「与えられるのが当たり前」という大人は、自分の人生の選択権が自分にあることを知らず、自分が今不幸なのを他人のせいにしたがる傾向がある。<br><br>私たちは、子供時代のように「自己中心的」でなければ生きられないわけではない。<br><br>「自己中心的」から脱出し、「世界の一部となる」<br><br>つまり、古い人生のテーマを捨て、新たな生きるテーマを見つけ出すべきである。<br><br>そこには強い不安が巻き起こる。もうあなたは今まで大事にしていた最強の武器である”弱さ”を使えず、全く更地の場所から新たに作り直さなければならない。<br><br>全ては自己責任。<br><br>全ての自分の弱みを身一つで受け止める。<br><br>自分のすべてを捧げる。<br><br>だがやるしかない。これをやった人だけが自立をしており、そこでやっと精神的に子供から大人になるのだ。<br><br>これができるようになると、「可哀そうな私」「悪いのはあいつ」という考え方をしなくなる。<br><br>「これからどうするか」に思考が傾くようになる。<br><br>本来はこれからどうするか以外は考えなくていいのだ。あなたが過去に戻れる可能性は１％以下なのだから。<br><br>新たな生きるテーマの選択。そのテーマに人生を捧げられるのか？それが人生最大の選択になるだろう。<br><br>最後まで見てくれて本当にありがとう
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12645411960.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Dec 2020 22:34:11 +0900</pubDate>
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<title>頭の中はどこにある？</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size:1.4em;">「人の頭の中はその人の部屋を見ればすぐわかる」<br></span><br>突然質問ですが、あなたの部屋は今、どんな状態でしょうか？<br><br>スッキリして整っている？見た目は綺麗だけどタンスの中はぐちゃぐちゃ？見た目もタンスの中もぐちゃですか？<br><br>なぜ部屋をみれば頭の中が見れるのか？それは「自分の部屋は自分が無意識になるところ」だからです。<br><br><span style="font-size:1.4em;">人間の行動は無意識が97%</span><br><br>毎日の行動、例えばお風呂で体を洗う順番、ご飯とおかずのペース配分、家のカギを占めるときなどの毎日の習慣は全て無意識に行われます。<br><br>なぜなら脳にはいつもやっていることを自動化するという機能があるからです。すべての行動を意識的に行っていたら、脳はエネルギーがなくなってしまって動けなくなってしまいます。<br><br>だからこそ脳の自動化をし、無意識でその行動をできるようにします。<br><br>新しいことに挑戦すると、どっと疲れる感じを体験したことがあるでしょう。それは脳が自動化できずに、全て意識の上で行っていたから疲れているのです。<br><br>「人間の行動は無意識が97%」これは人によって違うのですが、だいたいは習慣で人は動いていることの証明でもあります。<br><br><span style="font-size:1.4em;">片付けができない人は脳が思考停止状態！</span><br><br>東京の池袋や歌舞伎町はとても華やかな商店街です。キラキラしている電光掲示板や、魅力的なものが売っている洋服屋さんなど、夜なのに昼よりまぶしいという謎の景色を生み出しています。<br><br>人は色を見るごとに脳が刺激されます。<br><br><span style="color:#0000FF;">青を見たら冷たい、集中できるなどの印象</span><br><br><span style="color:#FF0000;">赤を見たら熱血、やる気などの印象</span><br><br><span style="color:#00FF33;">緑を見たら癒される、害がないなどの印象</span><br><br>その他にも紫は、高級。ピングは優しそう、女性っぽいなど。色には様々な意味があります。<br><br>しかし、色には良い意味ばかりではありません。色は４色以上見ると、脳の一部の機能が停止してしまうのです。いわゆる思考停止状態になります。<br><br>「お酒に飲んだくれて朝まではしごをする」、「東京で遊んでいたらいつも間に終電時間に」。これは基本的に脳が停止した状態以外であり得ません。<br><br>周りを見渡せばたくさんの色があるせいで、脳が思考停止状態になり「目の前の欲望」しか見えなくなります。通常であったら、「電車で気持ち悪くないからやめとこう」、「明日仕事があるからやめよう」という思考になるはずです。<br><br>ただ色をたくさん見て思考停止てしまった脳はそんなことは一切考えません。<br><br>「目の前にお酒がある。飲むしかない！」、「あぁ、ここをだらだら歩いてるだけでたのしぃぃぃぃぃぃぃ」、「一生このままでいたい」という目先の欲求のことしか考えていない状態へとなり下がってしまいます。<br><br>これは東京だけでなく、youtubeやゲームなどでも同じです。<br><br>なぜあんなに色が多様に使われて、キラキラしているのか。なぜスマブラの画面で全キャラクターを見せているのか。なぜドラマ中毒よりアニメ中毒のほうが多いのか。<br><br>ここで部屋の話に戻りましょう。なぜ部屋にものが多いと思考停止状態になってしまうのか？<br><br>それは、色が多いからです。<br><br><span style="font-size:1.4em;">無意識な思考停止状態</span><br><br>なぜ人の頭の中は部屋を見ればわかるのか、それは「自分が毎日いる空間での生産性がないから」です。<br><br>思考停止状態、つまり目の前の欲望に忠実になってしまうと、長期的な目標を立てられなくなります。「ただ今が楽しければいい」、「あ、今日は筋トレしなくていいや」という日がとてつもなく多くなります。<br><br>しかもそれは無意識で行われているのだから、とても悪行ですよね笑<br><br>科学者や研究者の場合は、「ただ今の実験が楽しければいい」という良い発想も出てきます。これは良い方向に転換した場合です。そもそも自分の部屋になんか目にくれずに、机の上しか見ていないという可能性もありますが笑<br><br>「人の頭の中はその人の部屋を見ればすぐわかる」、逆に言えば「頭の中は部屋をきれいにすれば良くなる」となります。<br><br>一度自分の部屋をじっと眺めてみるのはどうでしょうか？<br><br>ここまで読んでくれて本当にありがとうございます！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12645017706.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Dec 2020 22:14:13 +0900</pubDate>
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<title>習慣は天使</title>
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<![CDATA[ <span style="font-weight:bold;">習慣という天使が私を誘いに来ました。「さあ、行くよ！」</span><br><br>あら大変、気づいたら1時間たってました。<br><br><br><br><br><span style="font-weight:bold;">突然ですが！あなたの習慣は何ですか？</span><br><br>筋トレ、ヨガ？それともyoutube?<br><br>「習慣が人を作る」という言葉があります。<br><br>筋トレを習慣にしている人は立派な体つきになっていたり、lineを毎日やっている人は親指の筋肉が発達し、神経が研ぎ澄まされていたり。中にはtwitterを毎日見ていて、今話題の情報を高速でインプットする達人もいるくらいです。<br><br>このように、同じ行動を人間が何度もすることによって、体の一部が異常に発達するのはよくあることです。恐らく現代人の親指の神経の鋭さは古来、類を見ないほどに発達しています。<br><br>さて、何とかこれをうまく使う方法はないのでしょうか？<br><br>例えば、いつもyoutubeやtwitterをやっている時間、全てを”脳の筋トレ"に充てたらどうなるのでしょう？<br><br>脳は1000億を超える細胞がありますが、それを細分化すると8つの脳番地というものがあります。<br><br>1　視覚系番地　視覚情報を取り入れるときに使う<br><br>2　聴覚系番地　音を聞く時に使う<br><br>3　記憶系番地　記憶するときに働く<br><br>4　感情系番地　感情を出したり、生み出したりするときに働く<br><br>5　理解系番地　物事を比較、整理して理解するときに働く<br><br>6　思考系番地　深く考えたり、判断するときに働く<br><br>7　伝達系番地　文章を言い換えたり、書いたりするときに働く<br><br>8　運動系番地　体を動かすときに働く<br><br>そして、右脳と左脳はお互い違う動きをしています。<br><br>左脳　論理的なことを考えたり、数字を使う時、文章を読むときなどなど<br><br>右脳　感動をしたり、色や音の違いを認識する。情報をイメージするときなどに使う<br><br>よく、いろんな人がイメージして覚えろ！というのは、左脳より右脳のほうが記憶容量が数千倍大きいからです。イメージしたほうが覚えやすいのです。<br><br>さあ、自分が一番発達していないと思うのはどこでしょうか？<br><br>もしわからなかったら、”自分が後回しにしていること”、”自分がなぜかいつもやらない”というのを探してみましょう。そこと関連する番地がまだ未発達である可能性が高いです。<br><br>人は自分が未発達の脳を使うのに、抵抗感が伴います。それはまだやったことがなくて失敗するのが怖いからです。<br><br>「あいつはあんなに上手に会話ができるのになぜ自分ができないのだろう？」というのは、ただ単にあなたの脳が、まだ未発達だからという可能性があります。<br><br>現代人は思考系番地、記憶系番地がかなり未発達の人が増えています。<br><br>「パスワードも全部スマホに記憶」、「家計は全部アプリで」、「考えるのめんどくさいから2秒でgoogle先生に聞こう」と、記憶能力を高めるチャンスや、思考能力を高めるチャンスを自らすててしまう人がかなりいます。<br><br>今こそ、脳を鍛える習慣を毎日積極的に取り入れていくべきではないでしょうか？<br><br>情報が増え、脳のレベルが平均的に落ちた今、今までとは比べものにならないくらいの自己成長の時代が来ています。<br><br>情報は探せばいくらでもあります！実践するのはその人次第です。<br><br>これから、成長できる人とできない人の格差がどんどん開いていくといわれています。このビックウェーブに乗らないわけにはいきません。<br><br>「いらない習慣さようなら」<br><br>「良い習慣さんこんにちは」<br><br>こんなことは言う必要は全然ないですが、新しい習慣をどんどん取り入れていきましょう！<br><br>ここまで読んでくれて本当にありがとうございます！
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12644826781.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Dec 2020 22:21:09 +0900</pubDate>
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<title>損する人</title>
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<![CDATA[ <span style="font-weight:bold;">12月17日</span><br><span style="font-weight:bold;"><br>「あなたは今日何を捨てましたか？」</span><br><br>人間は「捨てる」という行為がかなり苦手です。<br><br>「あの洋服持ってたらいつか着るかもしれない」、「小学生の頃の本は何かの役に立つことがあるかもしれない、持っておこう」というのは誰もが経験したことがある話です。<br><br>そして捨てるというのも何もものというだけでなく、「プライドが捨てられない」、「あのトラウマが忘れられない」という精神的な問題もあります。<br><br>なぜ人は捨てるのが苦手なのか？<br><br>それは人間は”損”をするのを一番不快に感じるからです。<br><br>想像してみてください。今のあなた金曜日の忙しい雑務を終え、会社の帰り道にいます。<br><br>その景色は月曜日に見たどこまでも続く夜空とは全然違い、何かワクワクさせるものを感じさせてくれます。<br><br>その爽快な足先で向かったのは、会社の近くにあるおいしいお酒がたくさん置いてあるコンビニ。「金曜日の夜はこれだよなぁ」とあなたは意気揚々とコンビニに入っていきます。<br><br>いつものお酒といつものおつまみ。1000円に届かないようなセットを買い、気分が上がりに上がったあなたは豪快にも10000円を店員に差し出しました。<br><br>さて次の日、一日の予定が特に決まっていなかったあなたは、勉強のために本を読むか、それともだらだら過ごすか。どちらにしようか？最早悩むのが日課になってきたのではないか？とも思い始めてきています。<br><br>まあ、本なんていつでも読めるし今日はだらだらするかーといつもの選択をします。当然でしょう。悩んでいる時点でもうほとんど決まっているようなものです。<br><br>とりあえず買い物に行くか、と財布を取り出します。<br><br>するとお札のスペースに少し違和感を感じます、「あれ？こんなに少なかったけ？」<br><br>あなたはすぐにこれまでの一週間のことを走馬灯のようなスピードで思い出します。「月曜日は買い物をしていないし、水曜日もしていないよな。」と一つ一つ曜日を確認していきます。<br><br>そして昨日の晩、買い物をしていた時にお釣りをもらったけ？ともう一度財布の中身を確認します。<br><br>なんとそこにはあるはずの5000円札がありませんでした。バックの中も確認し、自分のポケットの中も確認、さらにもう一回財布の中を確認して確実にないと悟ります。<br><br>「やられた」<br><br>さあ大変です！あの店の場所はどこだったか、あの店員はどんな雰囲気だったのか？「あいつそういえば若かったな！」と店員に怒りを覚えます。<br><br>自分が何時何分に店に入り、誰に接客をしてもらえたのか、どこにある何の商品を買ったのか？恨みつらみを交えながら脳をフル回転させてその問題に取り組みます。<br><br>休日をだらだら過ごしたかったあなたはどこに行ったんでしょう？仕事の時の数倍以上頭を働かせて、”この損をどう取り返すか”について考えます。<br><br>恨みと怒りという最強の感情を持ったあなたはどんな科学者よりも頭の回転が速くなります。そこは到達不可能な領域なのです。<br><br>「さあ、戦闘の始まりだ」と店の電話番号を打ち、始まりの鐘が鳴ります。<br><br>目的はただ一つ「失われた5000円を取り戻すこと」。この5000円があれば服を買える、おいしいご飯が食べれる、そして、酒が20本くらい買える！<br><br>冷蔵庫を開けたらそこは夢物語。そんな瞬間をイメージしながらあなたは電話が出るのを待ち続けます...<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>おはようございます！ここまで読んであなたはどう感じたでしょうか？何やら似たような体験をしたことがある、と感じた方も多いのではないでしょうか？<br><br>5000円が失われた。それだけで人は全精力を使いそれを取り戻しに行きます。そして失ったもので何ができるか？を出てくる限り考えつくします。<br><br>人は得をした時に、感じる喜びよりも、損をした時に悲しくなる気持ちの方が強いといわれています。<br><br>しかし、この”損をした時”、損をしたことに執着するのには意味があるのでしょうか？<br><br>上の場合は確かに取り戻せるかもしれませんが、ほとんどはそういう訳にはいかないでしょう。<br><br>あの商品買えばよかった、カジノのルーレットで外したときなどに人は「違う方選べばよかった」とよく言います。<br><br>それは損をしたことに執着をしているから。過去に執着をしていない人はこの思考にはなりません。<br><br>過去のことを考えても現在は変わらないし、私たちは現在にしか存在できないのに、その現在を疎かにするのは言語道断です。<br><br>現在は1秒過ぎたらもう現在ではなくなってしまう。今、現在と感じた瞬間から少し経ったらもう現在ではなくなるのです。<br><br>損をしたことを考えることが一番損なのです！<br><br>そんな一瞬しか来ない現在をネガティブなことを考えて過ごすのはもったいないです。損したことなど気にせずに気楽に人生を過ごせれば、私は最高の人生だと思います。<br><br>ここまで読んでくれて本当にありがとうございます<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12644638380.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Dec 2020 22:12:19 +0900</pubDate>
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<title>本好きの変な人の日記　4</title>
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<![CDATA[ <span style="font-weight:bold;">12月16日</span><br><br><span style="font-weight:bold;">77億分の1の人生、ここにあり</span>。<br><br>この言葉を聞いたとき、みんなはどう思うだろうか？人それぞれ感じ方は違うと思う。<br><br>「この1人がどんな人生を歩んできたのだろう？」と興味をそそられる人もいれば、「別に有名人でも何でもない人の一生なんか知らん！」という人もいるだろう。<br><br>私は1年前、この数字を目の当たりにした時、「自分はどんな特別な77億分の1になれるのだろう」とワクワクしていた。<br><br>77億人、一人一人に「人生」というものがあり、一つ一つがドラマのような「人生」がある。<br><br>そしてこの77億人全員は本質的に上下関係などない。子供や大人、上司や部下、先輩と後輩、年や経験、知識には差があっても同じ人間としての価値は一緒なのである。<br><br>アドラー心理学では「同じ平らな地平に、前を進んでいる人もいればその後ろを進んでいる人もいる」、と言っている。<br><br>私は、「嫌われる勇気」という本を読むまでは、他者と競争しながら生き、全てに優劣をつけていた。<br><br>「aさんと成績は同じくらい、bさんはコミュ力高そうだから近寄らない、cさんには何を言っても大丈夫だ。」などと、人と自分の間で自己判断で優劣をつけ、勝手に優越感に浸っていたり、勝手に落ち込んだりと、なかなか我ながら意味の分からない妄想に踊らされていた時期が生まれてから永久にあった。<br><br>しかし、この世界の本質が「人と比べて前に出ること」ではなく、「自分が前に出ること」であると知りました。<br><br>「自分が前に出ることに周りは関係がない」そんなことを思いながら生活すると、様々な瞬間で楽になった。<br><br>勝手な妄想でネガティブになることはなく、人を素直に褒めることができる。自分の考えた意見を素直に発言ができる。<br><br>優劣感や劣等感を感じることなく、自分の思うがままに自分の成長を楽しむことができる。<br><br>自己成長を他人より上ではなく、自分を上げるという思考に切り替えたおかげで、自分のことを考える質も上がる。<br><br>何よりも、「競争について考える時間が減り、自分の時間が増えた」というのが私にとって一番大きかった。<br><br>競争で生きて勝ったとき。他者を見下して優越感に浸っていないか？負けた相手は何かしらの復讐をしてくるかもしれない。もしそれで命を失ったら「完膚なきまでの完全敗北」である。<br><br>競争で負けた時。勝因を自分以外のせいにしていないか？そもそも勝負をしている時点で負けはもう決まっているのに。<br><br>どちらにしても私にはあまりメリットがないように見える。<br><br>人は一人、他者を競争相手とみなしたらほかのすべての人も競争相手に見えてしまう。なぜならそういう風に世界を見ているのだから。<br><br>逆に一人を完全な横の関係としてみることができたなら、その瞬間から競争から解放されるだろう。なぜならそういう風に世界を見ることができたのだからだ。<br><br>一時的な快楽を求め、他者を見下すのが大好きで、他人と比べることにより優越感を得たい人は競争をお勧めする。こんな生き方を選んだ人は死んだ人含め、数100億人といるだろう。<br><br>ただ、長期的な幸福を求め、自己成長が好きで、本当の友人を手に入れたい人は競争のない生き方をお勧めする。同じような考えを持っているかけがえのない友人やパートナーと幸せなひと時を送ることができるだろう。<br><br>ここまで読んでくれて本当にありがとう！<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12644443411.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Dec 2020 21:59:47 +0900</pubDate>
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<title>本好きの変な人の日記　3</title>
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<![CDATA[ <span style="font-weight:bold;">12月15日</span><br><br>　時間というのは恐ろしく過ぎるのが早い。1秒前に「こんにちは！」と言ってきた、あの時間さん？はもう次の瞬間消えてなくなっている。<br><br>私は今日の朝、いつもより1時間早く起きていた。なんでこんな早くに起きたのだろう？という疑問が私の中にあったが、二度寝をするのは嫌だったため仕方なく布団から出た。<br><br>歯磨き、朝ご飯、着替えなどが終わった後、私は暖房の効いた部屋で本を読んでいた。<br><br>私は日々、時間を無駄にすることを何よりも恐れている。電車での時間や、行列の待ち時間、私はいつもその少ない時間に何ができるかということをいつも考えている。<br><br>そんな私にとって、1時間早く起きたのはとても喜ばしいことで、<span style="font-weight:bold;"></span>「本を読む時間が増えた！イエェェェイ！！」と内心めちゃめちゃ喜んでいた笑。恐らく私の左に人がいたら私を気味悪がっていただろう。「なんか一人でにやけてるんですけどこの人、助けて」と。<br><br>　今日わたしが、にやけながら読んでいた本はアドラー心理学の「嫌われる勇気」という本だ。<br><br>これは心理学というより、どちらかというと哲学といったほうが近いのではないかと思う。なぜならこの本の主題は「世界はシンプルであり、人は今日からでも幸せになれる」という何とも哲学らしい主題だからだ。<br><br>「人は変われない！世界は複雑だ！幸福になれるかどうかは人による！」という青年と、「人は変われる、世界はシンプルで誰もが幸福である」という哲学者。<br><br>相反する意見をもつ二人がお互いの意見をぶつけ合い議論する、という形でこの本は描かれている。<br><br>「哲学や心理学の本はわかりずらそう！」という人でも、気軽に読める一冊なのではないだろうか？<br><br>私はこの本を読んだのは2回目なのだが、やはり何度見ても、革新的な考え方が綴られている。<br><br>「他者を無条件に信じる」、「トラウマなどない、人間の行動のすべては目的にある」、承認欲求は生ごみ」などなど、今までの常識を覆すような考え方がいくつも綴られていく。<br><br>最初は本の中の青年と同じ気持ちになって、「そんなわけないだろ笑」となるのだが、哲学者による確信をつく例え話の連続で、自分の弱いところ、考えていなかった部分を鋭利な針で突き刺されたような気分になる。<br><br>もしあなたが読んだら脳の中をぶん殴られた気分になるかもしれない。私も一回目はぶん殴られた。本に殴られた笑<br><br>自分を殴ってくれる人なんて大人になったら存在しなくなる。ましては、今の時代じゃパワハラと訴えられてしまう。<br><br>そんなパンチの効かない世の中で、珍しく殴ってくれる存在だ。痛快な気分を味合わせてくれるだろう。
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12644250973.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Dec 2020 21:51:22 +0900</pubDate>
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<title>本好きな変な人の日記帳　２</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">12月14日</span><br><br>いつも通りの短い休日を終えて、いつもの電車が「おはよう！」とこちらに挨拶をしている。<br>そんないつもの光景になれている私は、無心のまま電車に乗り込んでいく。<br><br>今日はメンタリストDaiGoの「人を操る禁断の文章術」という本を通勤時間のお供として持っていた。<br>&nbsp;</p><p>人がどのような文章を読んだら、行動に移すのか？どんな文章が頭に残るのか？そのような疑問を徹底的に教えてくれる本だった。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで一つ例を挙げてみよう。この本の本質を突く、とても良いだ。</p><p>&nbsp;</p><p>準備は良いだろうか？ではいこう！</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000bf;"><span style="font-weight:bold;">「あなたにとっての世界最高の美女とは？」</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>この文章を見てあなたはどんな想像をした？身近な芸能人の顔？それとも外国の美人さん？</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに私は、北川景子さんの顔が思い浮かんだ笑</p><p>&nbsp;</p><p>いずれにせよ、文章で書かれた言葉は皆さんのイメージをどんどん書き立ててくれる。目の前に美女の写真を並べたら、「この人の目がもうちょい大きかったらならな～」など、なかなか世界一の美女は決めにくいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし文章なら<span style="font-weight:bold;">一瞬</span>！2秒でその答えがあなたのイメージの中に映し出される！これが文章の最大の効果であり、人を動かす力となる。</p><p>&nbsp;</p><p>この他にも様々なテクニックが紹介されており、どれも目を引くテクニックばかりだった。</p><p>&nbsp;</p><p>是非、興味が出たら読んでみてほしい！！笑</p><p>&nbsp;</p><p>話変わって今日の12月14日。この日は"マヤ歴"という占いでは何やらとても大事な日らしい。</p><p>&nbsp;</p><p>マヤ歴とは、マヤ文明という民族が使っていた暦法である。、</p><p>&nbsp;</p><p>全ての嫌な関係に清算をつけ、今まで260日間やってきた最後の収穫をする時期らしい。</p><p>&nbsp;</p><p>占いの一つらしいのだが私も正直全然わからない。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、西暦でいう12月31日のことで明日は、1月1日なのか～と思うようにした笑</p><p>&nbsp;</p><p>そう考えたら今日は何やら大切な日な気がしてきたので、後2時間、大切に生きようと思う笑</p><p>&nbsp;</p><p>今日は学ぶことがいつもより少なかった。明日はこれ以上に学べるようにどんどんといろんな経験をしてみたいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで読んでくれて本当にありがとう！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12644043249.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Dec 2020 21:12:39 +0900</pubDate>
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<title>本好きな変な人の日記帳　１</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><span style="font-weight:bold;"><font face="ＭＳ 明朝">１２月１３日　日曜日</font></span><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201213/21/ranran-3-5/8c/4b/j/o0967072514866041964.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201213/21/ranran-3-5/8c/4b/j/o0967072514866041964.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">朝、さっそうとジャージといつも来ているズボンを着て、いつもの靴を履き、公園へと出かけた。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">マスク靴下含め、全身黒という何とも怪しい恰好だったが、まあ誰も気にしてはいないだろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">もう１２月だがまだ紅葉の時期らしく、ところどころに黄色のイチョウの葉や、モミジがあった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">緑いろに囲まれた赤い葉っぱはとても良い色をしており、まるでクラスに一人はいる美女のような高値の花のような感じがした。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">そしてそれを見ている時、やはり有象無象というのは目につかないらしい。一見尖ったように見えても、自分の存在を感じてもらうのが重要だということに気づいた。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">黄色い葉っぱはもう色あせていたが、それでも緑の葉っぱよりも目についた。これは、エゴの強い人を、遠くから見ている感情と似ていた。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">さて、この公園の中には、ブナなどが生息している湖のような場所があるという。私はその湖のような場所に行ってみた。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">そこにいた大きな魚と小さな魚。大きな魚は黒い見た目をしていて、目が大きく、５，６匹はいた。小さな魚は上半身は赤、下半身は白色とまるで紅白を思い出すかのような色をしていた。しかし一匹しかこの魚はいなかった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">やはり自然を見るとつくづく思うのが、ほかの人と同じの有象無象ではだめだということをつくづく感じてしまう笑</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">私は今、皮下脂肪いっぱいのおなかを抱えて生活を営んでいる。こんなのでは自分も周りの緑色の葉っぱのように有象無象になってしまうと感じた笑</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">さあ、話変わってお昼ごろ。今日はほとんど予定がなく自分の家で過ごすことになっていた</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">なので私は昨日書店で買った本、「脳の強化書２」という本と、ローランドの「俺か俺以外か。」という本を読んだ。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">まずは「脳の強化書２」という本。こちらは「脳の強化書１</font><font face="ＭＳ 明朝">」</font><font face="ＭＳ 明朝">の続きとなっている本などだが、その内容は脳の働きをより詳しく書いてある本だった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">なんでも、脳は</font>1000億個の細胞があって、大きく分けると8つの番地に分かれるらしい。</p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">まずは視覚系脳番地。これは脳の後ろの方にある番地である。これは映像を見るときや、言語を見るときに使用される分野である。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">次に聴覚系番地。これは相手の言葉を聞く時に使われる。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">その他にも、理解系脳番地、感情系脳番地、思考系脳番地、運動系脳番地、伝達系脳番地、記憶系脳番地などがある。</font></p><p>&nbsp;</p><p>1日話さないdayを作ったり、妄想ノートを作るなどそれぞれの脳番地を刺激する強化法が書いてあり、大変参考にさせていただいた。もし気になったら是非読んでほしい( ´∀｀ )</p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">ローランドの本、「俺か俺以外か。」では、</font><font face="ＭＳ 明朝">ローランドが生きる上で大切にしている言葉、自分なりの哲学がまとめられていて参考になる部分が多かった。特に「ジャージを毎日来ている男はジャージが似合う男になる」という言葉はとても心に残った。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">カーネギーの人を動かすという本では、人は自分の話を話したがる、人は自分が大好きだという部分を再認識で来たのでこれからは忘れずに聞き役に徹することが重要になるであろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">話は変わるが、これから地の時代から風の時代へと変わるといわれているのはご存じだろうか？</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">産業革命から起きた「物質」を大事にする時代から、人と人との見えないつながりを大事になるときがくるといわれている。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">キーワードは「冬至」。ここで風の時代への移行が本格的に始まるといわれている。</font></p><p><font face="ＭＳ 明朝">最近ではオンラインサロンや、</font>zoom会議。さらには、情報コンテンツや新しい家族の形が増えてきたりと、何か物質というより精神的な部分が変わってきたなぁと思っていたので、そういう時代が来るのかなと思ったりしている。</p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">東洋思想の分野では今は「仕事がバリバリできる人より雰囲気の良い人のほうが会社の質が上がる」と言われている。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">これは仕事は後でいくらでもできるようになるが、人格は変わりづらいということだろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">こういうところから見ても、時代がどんどん変化して言っているというのは感じてくる。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">そして最後。今日は死について考える機会が多くあった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">人はなぜ死が怖いか。それは３つあるといわれている。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">１つ目は単純に痛そう、ということである。死ぬほどの痛みってどのくらいなんだろうという疑問は誰しもが持ったこともあると思う。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">２つ目は今あるものを失いうのが怖いから。死ぬときは、今ある財産。人間関係、すべてを現世において空へ旅立つこととなる。これはとても怖いだろう。死んだら何も残らないのだから。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">３つ目は死んだ後の世界が分からないということだ。死んだら生き返ることは不可能だし、これからは死んだ後の世界しか生きれない。しかもどんな世界かも全くの不明であり、死ぬこと以外にそのことを知るすべはない。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">これら３つの恐怖があるが、本質的なものをついているのは３つ目の死んだ後の世界が分からないことだ。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">１つ目は、モルヒネや麻薬を打てば何とかなる。２つ目は、そもそも現世に何も置いていない人なら関係がない。よって死の本質とは３つ目にある。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">死とは生きいるのなら切っても切り離せない関係であって、必ずいつか考えなければならない日が来るだろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">来るべき日に向けて自分が何を残せるか？それが生きていく課題へとつながっていくと思う。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font face="ＭＳ 明朝">ここまで読んでくれてありがとう。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/ranran-3-5/entry-12643851555.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Dec 2020 21:57:32 +0900</pubDate>
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