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<title>三途の川</title>
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<description>心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつく</description>
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<title>われらその背に負いし時代――安岡健一『戦後史：1945–2025：敗戦からコロナ後まで』</title>
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<![CDATA[ <p>中公新書、2025年、定価1300円＋税、ISBN: 9784121028815</p><p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B21945-2025-%E6%95%97%E6%88%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%BE%8C%E3%81%BE%E3%81%A7-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-2881-%E5%AE%89%E5%B2%A1-%E5%81%A5%E4%B8%80/dp/4121028813" target="_blank">https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B21945-2025-%E6%95%97%E6%88%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%BE%8C%E3%81%BE%E3%81%A7-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-2881-%E5%AE%89%E5%B2%A1-%E5%81%A5%E4%B8%80/dp/4121028813</a></p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><i style="font-style:italic;">この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。</i><br>――日本国憲法より<br><br>現代政治史の書を紐解いて眺め読むとき、わたしはどうしても森喜朗政権と小泉純一郎政権との間にひとつの線を引いてしまう。国家観や経済政策についていえば両内閣はともに中曽根康弘政権の系譜を引いており、国会情勢に注目すれば橋本龍太郎内閣から郵政選挙までをひとつのブロックと見なすのが妥当であるにもかかわらず、だ。<br><br>その原因は自分でも承知している。すなわち、99年11月に世に生を享けたわたしにとって小泉純一郎は名を知った最初の首相であり、そのことが時代認識に大きな影響を及ぼしているのである。この先はテレビやパソコン、スマートフォンのディスプレイを通じてリアルタイムで認識してきた自分の時代であるとの意識が、現代史を読み解く態度にいつも表出するのだ。<br><br>かくなる「自分の時代」というものが存在するように、自分たちの時代、われらにとっての歴史というものもまた存在する。いや、そのような史観を構築し普及させることこそ、歴史学の重要な使命のひとつであるといってよい。そして、「自分たち」「私たち」に何を代入するかにより、その意味するところは当然変わってくる。<br><br>戦後、とはそうした自意識に裏付けられたという性質の濃い時代区分の代表といえる。米国人にとってThe Civil Warがとりもなおさず南北戦争を意味するように、本邦人民にとって「戦」とはいうまでもなくアジア・太平洋戦争のことである。しかしながら、各時代・各地域を見渡せば、この「戦後」なる時代区分がきわめて不安定な基礎のもとに立っていることが浮き彫りになる。<br><br>「戦後」の始まりはいつか。相当数の日本人がそれを1945年8月15日正午であると回答するだろう。この日この時を以て近隣諸邦とそこなる人民を攻撃し、連合国に最後の敵とみなされた大日本帝国は、当時の法的主権者たる「昭和天皇」裕仁がラジオ放送を通じてその自壊を宣言し、爾後焦土と廃墟のうえに装い新たなる平和国家が建設されてゆくことになる。「終戦記念日」の名と、「堪え難きを堪え忍び難きを忍び以て万世の為に太平を開かんと欲す」という広く知られた一節ともに継承されてきた以上のごとき認識には非常に強固なものがある。<br><br>しかしながら、時代の画期についての様々な認識を並べ見るとき、こうした戦後観はあらゆる時代のあらゆる人々が共有するものではないことが確認される。すでに1945年6月23日には米軍の攻撃を受けた大日本帝国陸軍第32軍が沖縄本島に壊滅し、同島をめぐる国家間衝突は終焉を迎えている。原子爆弾の投下により壊滅的被害を受けた広島や長崎の方々にとっては、それぞれ8月6日と9日とが、戦禍の記憶を追想する重要な日付となっていることだろう。北方に目を転じれば、8月8日に対日参戦したソヴィエト連邦が日本による無条件降伏後も侵攻を続け、翌月5日まで占領地域を拡大させていた。中国東北部や北方四島の住民にとって、戦争の脅威は8月15日の後も止むことがなかった。世界史の観点からアジア・太平洋戦争を捉える際にはこうした差異がさらに顕著なものとなる。法的に見れば、第二次世界大戦は日本政府がポツダム宣言受諾を対外宣言した1945年8月14日に事実上の終結をみている。形式的には戦艦ミズーリの上で降伏文書に調印がなされた9月2日こそが終戦の日と呼ばれるべきだ。さらに言えば、欧州における戦闘状態はナチスドイツが無条件降伏を受け入れた3月の時点ですでに解除されている。けだし8月15日という日付は国際的にさしたる意味を持たない。<br><br>しかも、以上に述べた様々な「終戦」のいずれもが、その時点を以て新しい時代が始まったとの認識を当初から併せ持っていたわけではない。内地の、とりわけ都市部の人びとは8月15日以降も依然として社会再建など見通しのつかない状況に置かれていた。移住や遠征のためにアジア・太平洋各地に拡散した人びとにとって当面の課題は引き上げであり、そこでの生活は戦時下の困難の延長線上にあった。政府要人は終戦工作開始以来、終戦後も「国体」護持をなお第一の政治的課題に掲げ続けていた。アジア・太平洋諸邦とそこなる人民の少なくない方々にとって大日本帝国の撤退は旧宗主国への抵抗や、新国家建設のヴィジョンを巡る内紛の始まりに過ぎなかった。サンフランシスコ平和条約の締結時に「本土」から一方的に排除された沖縄とその住民にとっては、琉球処分以来の主権剥奪の状況が米軍による占領という形で継続することとなる。戦時下に帝国に徴用され非道な労務に動員されたことへの補償を求める方々、戦争終結の過程の中で郷里の隣人との別離を強いられた方々、平和に対する罪の追求が米軍の恣意により不徹底に終わったことを疑問視する方々、市民への戦争被害への補償を黙殺し続けてきた国家に抗議する方々……にとり、アジア・太平洋戦争はまだ終わっていないとさえ言ってよい。<br><br>以上のごとき混沌のなかから、それでも少なくない人びとが「戦後」という時代を掬い上げ、今日まで錬磨してきたのはなぜか。そしてそこには何らかの意義があるのか。このような問いを考えるうえで、安岡健一『戦後史：1945–2025：敗戦からコロナ後まで』（中公新書、2025年）はすぐれた基礎を提供してくれる。<br><br>本書について第一に特筆すべき点は、その現代史叙述としての秀逸さである。歴史教科書における現代史叙述は（著者自身がその編纂に関わっているため過度な強調は憚られるのだが）、一言でいえば煩雑にして拙速であるとの印象がある。無論、これは仕方のないことでもある、歴史はその再構成の手法上、近い過去ほど言及しうる・言及したくなる事件の量は増加する。さらに遠い過去であれば、数多の先賢による議論が積み重ねられてきているため、諸事件を暫定的であれ取りまとめる体系を構築しやすいが、これに対して現代史は未完の歴史という特質上、どうしても個々の事件を整理する軸を定めづらい。結果、ともかくも名だけは胸に刻んでおくことが期待される人や土地、出来事を網羅せねばならないという歴史教科書への要請も相まって、膨大な事物を足早に通過させるスタイルを採用せざるを得ないのだ。もちろんここ数年の歴史教科書の再編の努力には――教育現場の実態を十全に顧みたとは言い難いかもしれないものの――目を見張るものがある。しかしわたしと同じく丁度ひと世代前の教科書で現代史を学んだ人間は、教科書と学校で教授された現代史に難解であったとの印象をなお強く抱いていることであろう。<br><br>本書はそうした現代史叙述の問題を克服するため、種々の点において革新的なスタイルを採用している。<br><br>まずはその構成および内容における特徴を見てゆきたい。後述するように本書はその網羅性にこそ他の概説書にない長所があるため、そのすべてに言及することは叶わないが、ここではわたしが個人的に優れていると感じた点をふたつ挙げる。<br><br>第一は各項の題材の抽象性と意外性である。分野の偏りが生じないように配慮しつつ名称面・内容面に照らしてとりわけ興味深い項目をいくつか列挙すると、「占領と性（pp. 57–59）」「離散家族問題（pp. 87–89）」「巨大な人の移動――都市と農村の変貌（pp. 104–109）」「高品質な国際商品へ――技術革新の現場とQCサークル（pp. 109–111）」「隔離される人たち（pp. 146–148）」「歴史認識問題の国際化（pp. 184–185）」「『アメリカ』の意味と日本論（pp. 194–197）」「市民としての在日外国人（pp. 217–220）」「『自己責任』論と北朝鮮拉致問題（pp. 257–260）」「変わる結婚観・家族のあり方（pp. 270–272）」「安倍談話の内容（pp. 303–305）」「包摂に向かう新たな統合へ（pp. 332–336）」といったものがある。題目を一見しただけでおわかりいただけると思うが、上記項目で扱われている内容はいずれも、従来の歴史入門書において政治史や外交史、経済史や社会史といった各分野の下で付言される程度の扱いしか与えられていなかった種類のものである。しかし本書はこれらの独特の項目のもと、必要に応じて個々の事件を掘り下げつつ、それらを取りまとめる物語を打ち出している。また、このように多様な題材を扱っていながら、それぞれの項目でそれなりに長い期間を取り上げているため、歴史の流れが寸断されてしまっているとの印象を抱きにくい。さらに、かくの如く広範囲の事件を扱う書籍においては、しばしばそれぞれの分野における最重要の時代のみに焦点が当てられ、その前後への言及を欠いてしまうことがあるが、本書では関連する項目を意識的に読み継いでいけば空白期間を挟むことなく各分野の連続的推移を知ることができるようになっている。社会運動に関心の篤い友人諸君にとっては、それぞれの運動や団体にとっての活動史を扱った書籍を正確に読み解くうえで、本書の提供している歴史観が極めて有用となるであろう。<br><br>第二は、上述の立項の秀逸さにも関連するところではあるが、扱う事件の豊富さである。政治経済上の重要事はいうまでもなく、本書ではたとえば1947年の部落会・町内会廃止指令（p. 22）、1958年の松原・下筌ダム建設反対運動（p. 132）、1984年の所沢市における中国残留孤児のためのセンター設立（p. 198）、1991年のディスコ・ジュリアナ東京開店（p. 242）、2007年のアップル社iPhone発売開始（p. 318）など、特定のコミュニティや特定の世代にとってきわめて印象深いにもかかわらず、教科書でさほど大きな扱いを受けていない事件が少なからず取り扱われている。各々の読者にとって、名を目にした瞬間に新聞記事やニュースの記憶が鮮明によみがえってくるものがあることだろう。本評末尾で改めて総括するが、この特徴はそれぞれの帰属や世代にとっての印象深い事件を通じて、戦後史を「われら」の時代として再認識することに貢献していると思われる。またこの内容のなかには、しばしば日本国の歴史から排除されがちなアイヌ史や沖縄史の重要事件も組み込まれており、わたしのような本州出身者にとって実に啓発的な内容となっている。さらに歴史教育の観点からいえば、現在子供である世代、将来生まれて来る世代に、過去の空気をたしかな事実認識とともに伝達していくうえできわめて重要な役割を果たすものと思われる。教育に関わっておられる友人諸君には、学童の「あれこれはいつからこの世に存在するのか」といった類の質問に回答するうえで是非本書を参照してほしい。<br><br>ここまで構成や内容に関する特徴を見てきたが、本書の優れている点は史資料の扱いにも存する。本書における史資料を用いたアプローチのなかで特に傑出しているのは、統計と実態の対照、および個人の語りの効果的な引用である。<br><br>はじめに統計と実態の対照について見てみたい。戦後の社会経済史のなかで印象的なフレーズのひとつに「一億総中流」があることは多くの人にご同意いただけると思われる。このフレーズは総理府『国民生活に関する世論調査』の、総人口が1億人を突破したあとの1970年実施回において、自身の生活程度の意識を問われた際、「中」と回答する人が9割近くに達したことに由来するものであり、1960年代の高度経済成長がもたらした格差縮小と人口増加を象徴する語として学校教育でも言及される。しかし、著者は高度経済成長に関する旧来の見方に安住することなく、同種の調査が1954年には全く異なる質問形式で実施されていたことを紹介し、70年以降のよく知られた調査が、多くの人にとって「中」の選択肢を取りやすい形式になっていたことを喝破する。そして住宅需要にかんする調査を引きつつ、多くの人びとが理念型としてのミドルクラスではなく、困窮した状況におかれていながら、「皆と同じように」そこそこ苦しくそこそこ幸せだと感じていたのではないか、と推測している（pp. 159–160）。この主張は、60年代を「貧しさが見えにくくなっていく時代」と規定する少し後の記述（pp. 164–166）を参照することにより、一層示唆に富んだものとなる。本評で紹介した箇所に限らず、著者は多くの項目において複数の統計を対照するなどして、数値と実態の乖離や、数値がもつ真の意味を解明しようと試みている。ディベートに励んでおられる友人諸君にとっては、単一のエビデンスからいかに色彩豊かな叙述を展開しうるのかについて参考になるところが多かろう。<br><br>続いて、個人の語りを効果的に引用した箇所を見てみたい。本書は犯罪史を通史の中に組み込もうと試みている点でも魅力的なのだが、1997年の神戸児童連続殺傷事件（酒鬼薔薇事件）への言及に際しては、犯人の少年の語りの一節を引き、1968年に永山則夫が起こした連続殺人事件の社会的背景との対照を試みている（p. 264）。ほかに、70年代における日本人の米国観の変化を論じた箇所では、荒井由実（ユーミン）の「中央フリーウェイ」の一節を引き、米軍基地が抑圧の象徴から風景の一つへと変化していたことを示す（p. 195）。本書におけるこの類のアプローチのなかで格別に力が入っているのは沖縄返還の内実を論じた箇所におけるものであろう。この箇所で著者は、沖縄の本土復帰を推進する日本国首相佐藤栄作のもとを、返還の過程のなかで地方の主権や住民の福利が置き去りにされていることを懸念した琉球政府主席屋良朝苗が訪問した日、両氏がそれぞれ日記を記していることを紹介する。そして、佐藤が屋良との会談内容を記していないのに対し、屋良は佐藤への要請と応答を明記していることを踏まえ、立場による記憶の違いに注意を促している（p. 145）。記憶と歴史との関係は本書全体のテーマの一つだが、この項では日記を紐解くことにより、本来対等であるべき2名の為政者、そしてその下にある2つの地域の非対称性を可視化している。本書における史資料からの直接引用は公的資料からの引用を除くとそれほど多いわけではないのだが、以上のようにそれぞれが強い印象を残すものとなっている。小説を著すことを愉しみとしている友人諸君は、個人の語りのなかに時代というものがいかにして現れるのか、本書を読むことでよく実感できるものと思われる。<br><br>特殊な訓練を受けた友人諸君にとっては今更強調するまでもなかろうが、ここまで言及してきた本書の長所は、むろん著者独自のものばかりというわけではない。巻末に「主要」参考文献と銘打って列挙される文献の豊富さからもうかがい知れるように、以上の現代史叙述は各分野の専門家がそれぞれの立場から研鑽してきた成果に立脚している。実に幅広い分野の書物を取りまとめた著者の見識に舌を巻くとともに、あらためて、これまで研究を重ねてきた多数の専門家への敬意を表したく存する。<br><br>さて本書は、戦後という時代を描き出すにあたり、細部に気を配るだけでなく、マクロな工夫をいくつも施している。ここからは、この書籍全体を貫く歴史叙述上の特徴をいくつか紹介したい。<br><br>著者は冒頭にて、執筆に際して念頭においた観点として、①帝国と植民地、②都市と農村、③家族とジェンダー、の3つを挙げている（p. iii）。①で宣言されている通り、本書は大日本帝国が侵略した近隣諸邦とそこなる人びとがどのような「戦後」を迎えたのかに大いに紙幅を割いている。とくに中国、韓国の政治動向に頻りに言及する叙述により、戦後史が一国史の枠組から解き放たれ、世界の歴史のなかに位置づけられている点は特徴的である。著者は「おわりに」において「日本社会の経験は日本の専有物ではない」と述べているが（p. 342）、本論の叙述の姿勢もこうした意識を反映したものであろう。②は、著者のバックグラウンドもあって、類書にない特徴を本書に与えるものとなっている。農村から都市への人口移動というダイナミズムは近現代史の重要な要素のひとつであるが、学校教科書における近現代史叙述ではどうしても等閑視されがちな視点である。本書は人口移動はもちろんのこと、農政や機械化と農村社会との連動や、今日の東京一極集中に帰結する地方都市間の格差をも射程に入れており、今日われらが暮らす社会がどのようなプロセスで形成されてきたのかがよくわかるようになっている。このような工夫は著者の経歴上の背景だけでなく、「あとがき」で「私としては『役に立つ』歴史学を大切にしたい」と述べる（p. 350）その信念にも根差すものであるのだろう。<br><br>著者はまた③について、その題目から見える以上の工夫を凝らしている。家族とジェンダーをめぐる歴史の叙述は、通史においてしばしば社会史と社会運動史に引き裂かれ、またその断絶から多数の要素が零れ落ちること頻りである。翻って本書における記述を見ると、前借金に基づく性売買強制の違法化の背景に女性団体の働きかけがあったことや（p. 80）、高度経済成長における「主婦」の役割拡大が70年代におけるウーマン・リブ運動につながったこと（pp. 150–151）、国際交流の活発化を背景とするエイズの感染者出現により現出したパニックのなかで「同性愛者」の当事者団体の運動活性化が活性化したことや（p. 225）、韓国における女性の権利獲得運動が従軍慰安婦問題の提起につながったことなど（p. 235）、家族とジェンダーとが、そしてそれらが問題となるあらゆる分野とが接続していたことを提示している。ある場所では社会史と社会運動史をつらぬくダイナミックな歴史叙述を試み、またある場所では政治史や外交史、経済史のなかに家族とジェンダーの議論を組み込むことにより、単にこの視点に触れただけにならないような設計が施されているのである。そして、それは最終「第5章」が、「障害者権利条約のなかに示された、誰一人取り残さない包摂的な、インクルーシブな社会という理念」への言及を以て締め括られている（p. 336）ことと無関係ではないだろう。本書にとって、家族とジェンダーの変化のプロセス、そして障害者や外国人を含むすべての人びとの包摂のプロセスに言及することは、日本国憲法に示された「国民」とは果たして何者であるのか、そしてこの基本単位は果たして正当なものであるのかが問い続けられた戦後史の、ただの一部分ではなく、欠く能わざる屋台骨なのである。保守的な友人諸君は、その国民という単位の柔軟さや包摂性が再評価されている点に一定の希望を見出すことであろう。革新的な友人諸君、歴史叙述において無視されてきた人びとの叫びが「多数派」の言説とならぶ重要な位置付けを得ていることに一定の評価を下すことであろう。やや大げさに過ぎるかもしれないが、思想の座標がすっかり混乱をきたしてしまったかにみえる今日の本邦にとって、本書は新たな中道思想の一里塚であるとさえ言ってよい。<br><br>もちろん、詳細なる概説書にとり不可避なるいくつかの限界が本書にもまた存在したことには言及しておかねばなるまい。上にて家族とジェンダーの視点の秀逸さに触れたが、「戦後」と重なる期間において国際的な組織化と問題提起を推進してきた、既存のジェンダーの境界を乗り越えることや、それそのものを解体することを志してきた人びとの取り組みと歴史的背景については、エイズへの社会不安に関連して「同性愛者」の抵抗をわずかばかり紹介するにとどまっている。また私の問題関心からいえば、戦後日本の対外関係史を叙述するうえで、いわゆる中東諸国との関係は欠くことのできない重要な構成要素である。これらの国々とそこなる人びとは、アジア・太平洋戦争の直接の現場とならなかったこともあり、中東戦争とイラン・イスラーム革命に代表される一連の紛争のなかで欧米諸国への不信を募らせる一方、独自路線をなんとか堅持しようと努めてきた日本国の外交姿勢に一定の評価を与えてきた。日本国およびその構成員は、石油需要という下心も助けてこれらの国々への見識を深める一方で、ロシアや米国といった「帝国」と刃を交えた英雄であるとの仮初のイメージをどのように克服するかが対外関係の歴史における課題であったし、今も課題でありつづけている。さらに、インドネシアやトルコ等からの移民労働者も増えつつある今日において、われらがイスラームを尊重しつつ、どのように包摂してゆくのかも重要な問題である。しかし、本書は残念ながらこれらの点に独立した項目を設けることはしていない。とはいえ、こうした課題は、いずれも新書という形態に鑑みれば致し方ない側面もあったことだろう。<br><br>さて、結びに代えて本書のいまひとつの叙述上の特徴を紹介しておきたい。それは記憶の歴史・歴史の歴史への言及が充実している点である。といっても、戦後の史学史が体系的に扱われているというわけではない。そうではなく、本書の特徴は「戦後」の歴史を一貫した時代として描き出すうえで、豊富なコラムをも通じて「あの戦争とはなんであったのか」「戦後とはなんであるのか」を人びとが様々な立場からそれぞれ考え、語ったことを重視している点なのである。<br><br>ここで、冒頭の問い――すなわち、少なくない人びとが「戦後」という時代を掬い上げ、今日まで錬磨してきたのはなぜだろうか。そしてそこには何らかの意義があるのだろうか、との問い――に今一度立ち返ってみたい。本書が全五章から成り立っていることからもわかるように、アジア・太平洋戦争の終結という事態以外にも、高度経済成長の頭打ち、55年体制の終焉、「昭和天皇」裕仁の崩御、バブル経済の崩壊、未曽有の被害をもたらしたテロや震災など、時代に線を引くべき事件は多数ある。しかしそれでもなお、1945年から2025年の今日までの長大な期間に「戦後」との名が与えられ続けているのは、父祖とわれらとが、それぞれの位置からひとつの課題に取り組んできたとの共通の記憶に立脚している。それはむろん濃淡があるし、所々作為のある記憶でもあるのだが。とはいえ、曲がりなりにも「戦後」認識が平和への祈り、そして万民の全き自由と平等の実現を目指そうという志とともに継承されてきたことにはそれなりの意義があろう。そうわたしは思っている。<br><br>「私」の時代といわれる。変革を目指す人びともそれを諦めた人びとも、「われら」意識は手放すべきものだと見なしているかに感じられることもある。また、社会保障制度の持続可能性への懸念や、絶え間なく続く技術革新とそれがもたらすデジダル格差、倫理的価値観の目まぐるしい進歩は、相異なる世代間の対話をますます難しくしているようにも思われる。しかし戦後史は「われら」が何者であるかについての不断の問い直しこそが、ときに揺り戻しを経験しつつも、隔離されてきた人びとを解放し、排除されてきた人びとを包摂し、無視されてきた人びとの声に耳を傾けることにつながったことを示している。「あの戦争」が近隣諸邦と本邦とにもたらした惨禍を顧みつつ、人間の権利自由を絶え間なく求め続ける、終わりのない時代「戦後」を生きる同志としての意識をもつことが、いまのわれらには求められていよう。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">※2026年1月3日追記：きょう、米国がベネズエラ首都を急襲し大統領を拉致するという事件があった。国際社会に対し「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」すると誓った者たちの子孫として、評者は本件を含むあらゆる侵略戦争に賛同しないことをここに明言する。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">※2026年1月19日追記：本評で「中道」という語を印象的に用いた以上、つい数日前に結成が表明された新政党の名称について言及しないわけにはゆくまい。評者は、私の情動に目を奪われるあまり同朋の尊厳を蹂躙して気にも留めない者の主張を批正しながら、多様な政治的理想のせめぎあいのなかで共通部分を模索してゆくという態度としての中道を旨とする当該政党の立場に一定の理解を示している。他方で、当該政党がかかる理念としての中道と、単に妥協可能なだけの政策案を打ち出すという実務におけるスタンスとの境界線を意図してないし意図せずして曖昧にしている点について、評者は強い懸念と警戒心を抱かずにおれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12949988968.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Dec 2025 23:38:02 +0900</pubDate>
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<title>ディベートにおける資料引用の問題について</title>
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<![CDATA[ <p><i style="font-style:italic;">今から後、われは死すことなく生き続けん</i></p><p><i style="font-style:italic;">言葉の種子を蒔きしゆえ</i></p><p style="text-align: center;">――フェルドゥースィー『王書』より</p><p style="text-align: left;"><span style="font-size:0.7em;">（訳文は黒柳恒男『ペルシア文芸思潮　増補新版』東京外国語大学出版会、p.45に拠る）</span></p><p>&nbsp;</p><p>先日、ディベート甲子園振り返り配信において一試合を解説するという大変ありがたい機会を頂戴した。</p><p>（<a href="https://www.youtube.com/watch?v=MOw7pS2syvE" rel="noopener noreferrer" target="_blank">アーカイブはこちらから視聴可能</a>）</p><p>&nbsp;</p><p>解説をお受けするにあたり、どういう方針で振り返りを行うべきかは大いに悩んだ。というのも、大会で行われたすべての試合にはその試合の審判を行った方がすでに優れた講評を付しているのであり、当該の試合を現場で観戦したわけではない私が判定の考え方やスピーチの改善点について今更解説を加えたところで、屋上屋を重ねるに終始してしまうのではないかと考えたのである。加えて、私の選手としての能力に鑑みれば、ディベートの技術的な面について思うところを語ったとしても、一流の選手によるそれと比べると二流のものになってしまうだろうという思いもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>こうした悩みを踏まえ、振り返り配信では試合の大局的な展開よりも細部の技術について、議論の骨子よりも一枚一枚のエビデンスの扱いについて詳細に説明を行うこととした。これにより、当日の講評では時間的制約により掘り下げられる機会を逸してしまった点を拾うことができるし、ここ数年の私がディベートにおいて特に深く検討してきた部分を活用することもできるだろうと思ったのである。</p><p>&nbsp;</p><p>現役選手としてはもっと聞きたいポイントがあったのではないか等、上記方針が正解だったかどうかは今でも悩んでいるが、結果として多くの方より好意的な反応を頂戴でき幸甚であった。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、配信終了後、ある方から質問を頂戴した。これは本記事の執筆よりかなり前のことで、本来であれば迅速かつ簡潔に思う所をお伝えすべきであったのだが、検討を重ねているうちに言及したい事柄が雪だるま式に増えていったことに加え、9月から10月にかけて私自身も選手としてまた新たな経験と挫折を得たこともあり、結局お返事するのが遅くなってしまった。質問を下さった方に遅れを詫びつつ、ようやく回答をお送りしたのが2週間ほど前のことである。<br><br>とはいえ、怪我の功名といっては開き直っているようで恐縮ではあるのだが、結果としてはこの回答は自分の考え方についてある程度まとまった分析を施す機会となった。大変興味深いやりとりであったので、質問を下さった方に許諾を頂戴し、一般公開することとした。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、質問の主旨とは大概以下のようなものであった：配信では特に否定立論についてクレームとエビデンスの中身の乖離について触れる箇所が多かったが、こうした分析の背景には配信者が資料の原典まで参照したことに加え、資料の中身とクレームの乖離を試合中に認識し、それを記憶するという能力があるように思われる。また、質問者は選手として参加している試合において、資料請求などのプロセスのなかで混乱してしまい、結果的に試合中に抱いた違和感を適切にスピーチに反映させることを不得手としている。ついては、これらの課題をどのように解決すべきか、ジャッジとして・選手としての両面からお話を伺いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>以下、これに対する私からの回答を掲載する。かなり時間をかけたとはいえ私自身の不勉強もあって術語の不適当な使用や語彙の稚拙さなどもあろうかと思うし、文体も不必要に冗長なものとなってしまった感が否めないのだが、それでも一定の人には何らかの価値があるのではないかと思っている。</p><p>―――――――――――――――</p><p><b style="font-weight:bold;">前提</b><br>はじめに断っておきたい点が2つある。<br><br>ひとつは、回答者自身もご指摘の問題についての対策はいまだ検討の途上にあるということである。にもかかわらず配信においてあのような指摘を行いえたのは、ご指摘の要因のうち前者、つまり事前の調査によるところが大きい。したがって、以下に述べる選手・ジャッジとしてどのような対応が可能か、という論は、あくまで理想論であって、現実の試合においてはうまく実現できないことも多い。以下の議論は現状ではなく目標の分析である点をご理解いただきたい。<br><br>もうひとつは、後段で詳しく述べるが、個々のエビデンスをベースとした違和感を試合中に適切に言語化することは、必ずしも勝率向上や判定の適正化に直結するわけではない、ということである。私自身、試合中に相手チームのエビデンスの引用の仕方に不自然な箇所があっても、さほどクリティカルな反論にならないと感じた際には捨ておくことも多い。また、強引に言語化しようとして、結局あまり有効な反論にならなかったという経験もしばしばある。以上は選手としての見方だが、類似の問題は審判としても別の形で配慮を要する。すなわち、試合当事者が議論しなかったエビデンスの問題をことさらに判定に反映すべきなのか、という問題である。なお、配信ではこうした点をあまり考慮せずに広くエビデンスの問題について言及したのだが、それは振り返り配信という場の性質上余談に花を咲かせるのもまた一興であると信じたことと、選手や審判の立場から離れてディベートという競技を見た際に、回答者が最も強い関心を寄せるテーマが証拠資料の扱いであることとによる。<br><br><br><b style="font-weight:bold;">1．分析の尺度</b><br>はじめに、証拠資料の問題点の類型をきちんと心得ておくことが重要である。これを把握しておくことにより、自分が感じた違和感を正確に言語化することが可能となる。本来であれば、先にエビデンスへの違和感を察知する契機とそれを記憶しておくための工夫を述べた後でかかる違和感をどのように言語化すべきかを述べるのが自然な順序であろうが、証拠資料の問題点の分類尺度を了解していたほうが、問題の存在を把握するための工夫についても呑み込みやすくなると思われるため、あえてこの順序で説明することをお許し願いたい。<br><br>もっともポピュラーな分類方法は「証拠能力」と「証明力」である。前者は規則に定めるエビデンスとしての資格を満たしているかどうか、という観点であり、そもそもそのエビデンスが実在するのか、出典情報は控えられているか、その出典情報は正しいか、文章の一部を捏造していないか、著しく文意を損ねる前略・中略・後略を施していないか等が問題になる。証拠能力を持たないと判断されたエビデンスは試合の判定から完全に阻却される。ことによっては引用した試合当事者の勝敗や出場資格にまで処分が及ぶ可能性がある。その有無はおおむね形式的に判断され、対処は阻却か採用かの二択しかない。証拠能力の有無はそれをめぐる議論が試合中に提出されたかどうかは一切問題とならず、対戦相手による抗議はスピーチ外で行うことが認められる。<br><br>後者はそのエビデンスが主張を支え得るものとなっているか、という観点であり、執筆者の肩書はどうか、そのエビデンス内部の論理が妥当かどうか、常識的に妥当な分析かどうか、その記述と引用者の主張との間に飛躍はないか等、尺度は多岐にわたる。対応も、そのエビデンスを判定に反映しない、考慮はするが引用者の主張通りに受け取らない、引用者の主張の一部のみが立証されたと判断する等、対応も様々である。証明力は抽象的にみれば連続的概念であり、ありやなしやという問いに回収されない場合が多い。この点に際しては、証拠能力が認められた時点で、そのエビデンスは引用者の主張とは独立に判定の根拠となりうる、という点を特筆しておかねばならない。極論、エビデンスの記述は採用できるが、そこから得られる結論は引用者の意図とは正反対である、という判定もありうるところである。<br><br>証明力を判断し、対応を検討するうえでは、対戦相手当事者から試合中に抗議があったか、ということも変数となりうる。これは証拠能力の判断とは異なる点である。既述の通り、証拠能力の有無を判断するうえでは、対戦相手当事者からの抗議はあくまで証拠能力の不在を疑うきっかけにしかならず、そうした抗議がなくとも審判は証拠能力の判断に介入することが認められるし、また理想的には介入すべきである（ただし、何のきっかけもなしにそれが可能であるか、という点は全く別問題であり、だからこそ証拠能力の不在は発覚した場合に著しく厳しい措置が下されうるのだが）。これに対し証明力については、仮に著しい反論の余地があることを見出したとしても、抗議がない限りその点を判定には反映しないということもありうる。証明力についてあまりに厳しすぎる態度を取ってしまうと、対戦当事者が判定に及ぼす影響が極小化されてしまうおそれがある。とくにディベートでは社会内で高度に対立している政策的立場のどちらかを審判に支持させるという、アカデミアや法廷では考えられないような過大な要求が選手に課せられているため、少しでも無理のある推論が全て棄却されるということになれば、演台に立って声を出すことの意味がほとんどなくなってしまう。他方、とくに抗議がない限り選手当事者の主張を丸のみするという立場にも限界がある。形式的にエビデンスを添付すればどんな主張でも通し放題だということになれば、究極的にはたとえば意味のない一行エビデンスを添付して無茶苦茶なターンアラウンドを提出し続けるといった不毛な戦略が横行し、妥当な根拠に基づく議論が意味をなさなくなる。けだしバランスの問題であるわけだが、審判としてはその均衡点の置き方が、可能ならひとつの大会の中で、それが難しくともひとつの試合の中で、一貫していることが求められる。また選手としては、少なくとも判定に影響しうる重要なエビデンスについては試合中に言及して審判に判断を迫る必要があるし、より高次には、個々のジャッジの証明力判断における傾向を把握することが有効な場合もある。これらの点については後段で詳しく述べる。<br><br>以上に証拠能力と証明力という分類尺度を設定したが、回答者は個人的に証明力をさらに2つの類型に弁別している。あえてこれを名付けるのであれば「エビデンスの記述の信憑性」と「ディベーターの主張の強度」の2つである。<br><br>この2つを詳しく説明する前に、ある主張の立証はどのようなプロセスにおいて行われるのかを紐解いておきたい。例として「現代の刑事裁判では黙秘権行使が盛んになっている」という主張を考えたい。あるディベーターが、立論において以下のような立証を行ったとする（なお、簡便を期すため、エビデンス自体の主張はごく単純なものとした）。<br><br>「現代の刑事裁判では黙秘権行使が盛んになっています。　弁護士川崎24『弁護士の間では、とくにここ十数年で、依頼者に黙秘権の行使を助言することが一般的になってきました』終わり」</p><p><span style="font-size:0.7em;">（文中の資料：「「黙秘権」の侵害は“他人事”ではない… 「推定有罪」を決めつける検察の"説得"が冤罪を生み出す理由」弁護士JPニュース，2024年3月，<a href="https://www.ben54.jp/news/1011" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.ben54.jp/news/1011</a>）</span><br><br>以上の主張は以下のような構成を有していると見ることができる。すなわち、①弁護士川崎24のエビデンスに『弁護士の間では、とくにここ十数年で、依頼者に黙秘権の行使を助言することが一般的になってきました』との記述があり、②この記述が「弁護士の間で、とくにここ十数年で依頼者に黙秘権の行使を助言することが一般的になってきた」という現象を反映しており、③この現象が「現代の刑事裁判で黙秘権行使が盛んになっている」という主張を支持する、という論理構成である。①エビデンス上の記述、②記述が反映する現象、③現象が支持するディベーターの主張、という順序で論理が引き継がれていっていることが確認できるかと思われる。前述の証拠能力と証明力の二分法に戻ると、証拠能力とは「そもそもそのような記述が存在するのか」という、①の存在を問うものだったということがわかる。他方、証明力の存在は、①の存在以外に付される疑問をクリアできているかという点に帰されることとなる。<br><br>ここで、「エビデンスの記述の信憑性」とは、①から②への論理の引継ぎが適切に行われているか、という問題である。上の例でいうならば、川崎なる一弁護士の発言が、刑事裁判に関わる弁護人相当数の実際の動向を適切に反映しているか、という点を問うことが、エビデンスの記述の信憑性を問題にする、ということとである。他方、「ディベーターの主張の強度」とは、②から③への論理の引継ぎが適切に行われているか、という問題である。上の例でいうならば、刑事裁判に関わる弁護人の動向が、刑事裁判への被疑者の対応に関する主張をどの程度支えているのか、という点を問うことが、ディベーターの主張の強度を問題にする、ということである。クレームとエビデンスとの乖離、と言う際には、証拠能力の不在すなわち明確なルール違反でない場合、上の両者のどちらに問題が生じているのかを確認する必要がある。<br><br>なお興味深いことに、エビデンスの記述の信憑性の問題、すなわち①から②への論理の引継ぎが適切に行われているかというチェックは、極めて重要であるにもかかわらず、意識されたり話題にのぼったりすることが多くない。これには背景に色々の事情が存することが考えられ、そのうち一部には必要に応じて後段で言及するが、個人的なことを言うと回答者はディベートにおいて（は／も）この信憑性の問題がもうひとつ盛んに議論されてもよいのではないかと思っている。余談だがこの感覚は、おそらく回答者のバックグラウンドが歴史学という、①から②への論理の引継ぎを適切に行う技術に専らその「科学性」を頼っている学問にあることに由来するのだと思われる。<br><br><br><b style="font-weight:bold;">2．どう問題を察知するか</b><br>以上、エビデンスを巡る問題の内実を見てきた。次に、その問題にはどうすれば気づけるのか、それを忘れないうえでどうしたらよいのかを述べる。ただし最初に断ったように、ここから先は回答者にとっても発展途上の領域であることを御承知いただきたい。<br><br>はじめに、問題に気づくための手法を述べる。といっても、証拠能力と証明力のうち、前者については察知する手段はほとんどないと言ってよい。そもそも証拠能力を持たないエビデンスの使用に著しく厳しい措置が取られる理由のひとつは、完全なエビデンスの捏造が行われた場合、対戦相手もジャッジもそれに気づくのが困難である、というものだ。実際の試合でエビデンスの出典を全面開示させるということが現実的に困難であることに加え、（図書館の資料検索機構が高度に確立されている今日ではあまり考えにくいことではあるが）ほとんど入手困難で実在するかを検証することもできないある雑誌記事を偶然図書館の片隅で発見したのだと主張された場合に、それが実在しないものであることを立証するのはほとんど不可能に等しいためである。加えて、想像だにしたくないことだが、もしも不正なエビデンス引用が横行する環境が生じた場合、そもそも審判や教育者のあらゆる努力もむなしく、ディベートという競技は持ちこたえることができない。これは自らの主張を支える良質なエビデンスを捜索するという本来報われるべき努力が価値を持たなくなるからである。この点は重要であるため改めて明言しておくが、エビデンスの証拠能力を保障し、それが存することを能うる限り証明する責任は、全面的に引用当事者にあるのであって、対戦相手やジャッジには一切責任がない。いうまでもなく、アカデミック・ディベートは第一に証拠能力を担保されたエビデンスにより主張を根拠づけるという信義則により成り立っている。このことは、エビデンスの記述の信憑性について若干の、ディベーターの主張の強度について相当の作為が認められていることとは大きく異なることを確認されたい。証拠能力の立証責任は引用者が単独で背負うべきであり、そこに一切の作為は認められない。<br><br>ただし、証拠能力が問題となる場面のうち、いわゆるディストーションは、ときには選手の過失により、信じたくないことだがときには選手の故意により、しばしば実際の試合において生じうるものであるし、反面その発生を察知するうえでは完全な捏造と異なり証明力への疑義と同様の契機が有用となる。したがって以下では、一部の証拠能力の不在（すなわちディストーション）と、証明力の不足を、「クレームとエビデンスの乖離」と総称し、その端緒をいかにすればつかむことができるかを述べることとする。<br><br>ディベートにおける他の技術と同様、クレームとエビデンスの乖離を即座に把握するうえでの最大の鍵は試合中の努力ではなく事前準備にある。事前準備とひとくちに言っても色々な種類があるわけだが、ここでは資料を探し読む作業に並行してなしうる、クレームとエビデンスの乖離を把握するうえで特別有用な工夫に絞り、性質の異なる2つの準備について紹介する。わざわざこのような前提を説明したのは、ここでは個別のエビデンスへの理解を深めるべきだという点と、個別の議論への理解を深めるべきだという、普遍的に有用な事前準備について言及しないからである。身も蓋もない結論だが、クレームとエビデンスの乖離に対処するうえでの最強の事前準備はこの2つを徹底することにちがいない。とはいえ、ここでわざわざこの2つを強調することには、質問の趣旨からしても、回答者の「実績」からしても過分であろうと思われることから、あえて追及しないこととする。<br><br>第一は、各資料類型をつらぬくイデオロギーを把握することである。イデオロギーといってもさほど大仰なものではない。あらゆる論題に普遍的な例を示すと、論文は当該の学問におけるパラダイムの追認・修正・変革を目的として書かれるとか、政府統計は（ごく根源的な問題を除けば）もっぱら社会の現状分析を目的として調査がなされるとか、そういった性質を把握しておくことが有用だということである。また各論題に特化した例を示すと、どこどこ大の何某は本論題の肯定側に親和的であるとか、○○学は概して本論題の否定側寄りのスタンスをとる識者が多いであるとか、そのような動向を把握しておくことが有用だということである。このほか、各政党や新聞社の政治的スタンスを承知しておくことも環境次第では有効である。<br><br>以上のような準備は、ディストーションやエビデンスの記述の信憑性不在に対しとくに有用となる。たとえば官公庁の肩書で極端な政治的主張を含むようなエビデンスが提示されていたら、それは実際には当該組織の公式見解ではなく諮問を受けた一有識者の意見表明かもしれない。アカデミアが概して否定的なスタンスを示している論題で、大学教授の肩書で正反対の主張がエビデンスとして提示されていれば、その見解はやや旧い学界潮流を反映したものかもしれない。各資料のイデオロギーを把握することにより、このような疑いをかけることが可能になる。<br><br>第二は、各資料類型の論理展開と構造を理解することである。たとえば論文であれば、過去の研究ではしかじかと主張されている、今回の調査はしかじかという結果を示した、現実はしかじかである、という順序で展開することが多い。新聞記事の典型的な一例をみれば、通信社の速報等はしかじかと述べている、これまで現実はしかじかの経過をたどっている、有権者等はしかじかと反応している、といった論理展開をとっている。このように分解することで、それぞれの場面における論理構造において主語が微妙に変化していっていっていることがうかがえるであろう。以上の例はあらゆる論題に共通して有用な知見であろうが、また論題の性格次第ではある資料群がさらに際立った論理構造の特徴を示すこともあるかもしれない。いずれにせよ、これらを理解しておくことが第二に有用な事前準備となる。<br><br>以上のような準備は、主としてディベーターの主張の強度を問題にする際に有用となる。<br>資料の記述の根拠となっている現象から、その現象を根拠とするディベーターの主張に橋渡しがなされる際にほどこされる典型的な作為のひとつは、具体的な事例を以て抽象的な理論へと飛躍するというものである。たとえば、ある冤罪事件での被告人の手記を冤罪被害者すべての経験に敷衍する、ある末期がん患者のブログ記事をすべての終末期医療の対象者の世界観に敷衍するといった作為である。それぞれの資料類型が何を主語とする現象を描写したものであるかという論理構造に精通していれば、こうした飛躍に気づきやすくなるし、飛躍の仕方が強引か否かも判断しやすくなることだろう。<br><br>次に、クレームとエビデンスの乖離を試合中に察知するために、どのような点に留意すればよいのかを述べる。ここでは、こうした乖離が存在する可能性を示すいくつかの兆候を紹介する。<br><br>第一は、言うまでもないことだが、極端な主張である。極端な主張がなされる場合は、往々にしてディベーターの主張の強度が何らかの問題をきたしているし、そうでない場合そもそも資料の記述の信憑性に問題があるかもしれない。これは何も政治的な意味における極端な主張だけでない。直感や一般常識に反する主張の裏には何らかの飛躍があると考え、エビデンスの内容に耳を傾けることが重要である。また、直感や一般常識からそこまで乖離しているわけではないが、科学的に厳密な立証は困難であろうと思われる主張も、強引な根拠づけを伴っていることが多い。<br><br>第二は、複雑なエビデンスである。直截な主張に極端に難渋なエビデンスが付されている場合、引用者は根拠づけを行う上でより単純な言い回しのエビデンスを入手できなかったことが予想される。これは同じ主張を支えてくれる資料があまり多くないことを示唆しているから、やはりディベーターの根拠づけに強引なところがあるか、被引用資料が他資料の動向から浮いているという可能性がある。第三は、これとは反対に単純すぎるエビデンスである。エビデンスの文言内での理由付けが不明瞭な場合、そのエビデンスの主張の信憑性が疑わしいということになる。これも、丁寧な理由付けのエビデンスが入手できなかったことを示唆しており、やはり主張とエビデンスとの乖離を暗示してくれる。これに附随して述べておきたいのがいわゆる孫引きの問題で、資料の執筆者当人の主張や原典ではなく、「しかじかの文献では～と述べられている」という文言をわざわざエビデンスとして引用している場合にも、なんらかの無理な飛躍を行っている可能性がある。<br><br>最後に、これらとはやや毛色の異なる兆候を2つ紹介したい。ひとつはエビデンスの「文体」である。例えば丁寧語すなわち話し言葉で書かれているエビデンスは、インタビューからの引用であったり、ブログ記事からの引用であったりということがしばしばある。また俗な言葉遣いで書かれているエビデンスは、十分な編集や査読を施されていない文献から引用された可能性がある。これらの資料が常に問題含みだというわけではないが、学術論文や書籍と比べればその記述の信憑性を差し引いて見なければならない場面が多い。いまひとつはエビデンスの出典や著者の肩書である。「ジャーナリスト○○」「作家○○」などの肩書をおあつらえ向きの肩書を差し置いて使用することにはあまり意味がないので、これらも資料の記述の信憑性の低さを示唆していることがしばしばある。<br><br>以上、主張とエビデンスとの乖離を把握するうえで試合中につかみうる兆候を見てきたが、これらの兆候がいつも何かの問題の存在を暗示しているとは限らない点には注意が必要となる。というのも、ディベートでは学術的な議論と異なって、多少エビデンスへの信頼に傷がつく恐れを負ってでも、強めの主張を打ち出したり、過度な単純化の施された資料から引用したりすることが有用な場面もしばしばあるからだ。どのような場面がそれに該当するのかは本回答の趣旨に反するので詳述は避けるが、感じた違和感がいつも適切な判断に直結するとは限らない点を留意すべきである。<br><br>最後に、これらをしっかり記憶しておくためにはどうすればよいかを、回答者の実際の工夫に則して3点紹介したい。第一は、妙だと思った文言を、かりに引用者の主張と関係が薄くともきちんとフローシートに落としておくことである。書くことによって記憶にも残りやすいし、忘れてしまっても見返すことで再確認できる。第二は、怪しい資料にフローシート上で印をつけておくことである。回答者はフロー上のエビデンスを記録した箇所にしばしば？マークを付している。第三は、とくに審判として参加している場合、自分の疑問をフローシート上に試合記録と別の色でメモすることである。回答者はエビデンス記録箇所に「直観に反している」とか「日本でも同じことが言える？」とか「それは政府の公式見解だが学界動向とは一致しないような」などと走り書きしている。こうしておくことで、仮に判定に活用できなかったとしても、講評などで話の種に出来るため有用である。<br><br><br><b style="font-weight:bold;">3．結びに代えて：どのように活用すればよいのか</b><br>以上、エビデンスやそれの引用方法についての疑義を的確に言語化するためのプロセスを示してきた。ただし、冒頭で示した通り、これらを常にスピーチや判定に反映すべきだというのではない点に注意されたい。実際にその試合のなかで言明するべきかどうかはつねに状況次第である。<br><br>とはいえ、エビデンスの扱いについて色々と思考することや、そのまとまらない考えに試合や判定の枠外で言及することは2つの観点から有用であると思われる。ひとつは、試合のなかで個々のエビデンスについて気づいたことが、仮にその試合のなかで活用しきれなかったとしても、試合後に対策用原稿を作成したり、原典を調査して新たな活用方法を見出したりといった場面で大いに役立つということである。ディベートというコミュニケ―ションは試合単体で閉じたものではなく、その試合を含むシーズン全体を通じて学習を深化させるなかで発展してゆくものであろう。もうひとつの理由は、テクストの扱いの何たるやについて思考することが、ディベートで得た経験を他分野と接続する、あるいは他分野で得た知見をディベートに転用するうえでのひとつの経路となりうるからである。冒頭に回答者のディシプリンとディベートとのつながりに触れたが、こういった相互性が生まれる一つの契機として、世にある幾多の資料からディベートという競技におけるエビデンスが引用されるプロセスに対する考察が役立つこともあろう。それゆえ、御質問のごとき関心を抱いてくださることは大変うれしく思うとともに、今後も関心を抱いた主題があれば是非ご紹介していただきたく存する次第である。<br>―――――――――――――――</p><p>回答は以上である。これを公開することが誰かの利益になれば幸いであるし、ならなかったとしても、今日時点での私の考え方をアーカイブするものとしての意味はあるだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12947873228.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Nov 2025 15:27:54 +0900</pubDate>
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<title>伊藤誠『入門資本主義経済』平凡社新書、2018年。</title>
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<![CDATA[ <p>・資本主義は歴史を通じて周縁部に存在してきた市場システムを社会の中心的な編成原理として位置づけることで成立した。その矛盾の根本原因は、労賃支払の基準となる労働力の商品価値が労働力の再生産過程を基準に決定されているにもかかわらず、資本はその使用価値として全労働時間を獲得できるというギャップにある。これは余剰労働時間を利潤の源泉とする資本主義に必然的に伴う問題である。</p><p>・資本主義下の諸現象は人間社会に根源的に内包されている自然現象として介されるべきものではなく、一定の歴史的条件のもとで発生する特殊なものであることに注意すべきだ。市場原理は資本主義が自己の存立基盤を破壊する可能性を否定するものではない。</p><p>・好況とは数量景気である。好況期には生産が拡大され雇用も増大するが、賃金の上昇は最終局面まで生じ得ない。それは資本主義が余剰労働から利益を引き出すシステムだからである。技術革新は労働者の雇用や賃金を圧迫するとともに、不況を長引かせることがある。</p><p>・1950〜70sの資本主義諸国における好況は高成長・高賃金という特異な様相を呈したが、これは社会主義という競合相手の存在もあって労使協調が実現されていたことや米ドルの高い信用に裏付けられた通貨制度が日本や西独の産業に優位に働いたためである。この時期の経済のあり方をケインズ主義的、外需主導型経済であると評価するのは誤りである。</p><p>・70sになって余剰労働力が限界に達したことや、先進国に有利な一次産品市場が改められたことで高度成長は限界をむかえた。金融の活性化やIT化が進んだが労働者の待遇改善には結びつかなかった。新自由主義はこうした状況に適合したモデルを示そうとしたが、結果として国民の福祉を毀損することとなった。新自由主義的な政府が金融機関などの救済には巨額の公費を投じることを厭わなかった点にも留意すべきだ。</p><p>・現在、資本主義は自然資源を野放図に使用しながら余剰労働時間から利益を引き出すというその本質的な問題点ゆえに行き詰まりを迎えていると見るべきであり、21世紀の社会主義の建設がもとめられる。ただしただ一つの正解が天下り的に与えられるのではなく、複数の提案が民主的なプロセスのなかで提示されるべきである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12842956304.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Mar 2024 18:06:35 +0900</pubDate>
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<title>小説；なくのはよるがあけるまで</title>
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<![CDATA[ <p>ご無沙汰してます。俺氏。です。というか遥弥生です。</p><p>やりたいことが多すぎてなにも出来なくなるというのが僕の本当に悪いところです。何事も締め切りがないとできないというのはよくないことですね。放置してしまっていることも、決してやる気がなくてそうしているわけではないんですが。楽な方へ流されがちなのが人間の宿命ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>でも何とか新しい小説を書き終えました。そちらは公開され次第また告知しますが、せっかく終わったので、記念に過去の作品を一つここに掲載しようと思います。サークルの新入生歓迎号に掲載したものなのでご覧になった方も多いかと存じますが、この機会に再読いただければ書き手としてこれ以上ないぐらいの喜びです。</p><p>&nbsp;</p><p>縦書きリンクはこちら。</p><p><a href="https://1drv.ms/w/s!AnKjpk89pTussl-TInSGgnDF0qoe?e=FIJuAe">https://1drv.ms/w/s!AnKjpk89pTussl-TInSGgnDF0qoe?e=FIJuAe</a></p><p>8月31日現在、サークルで試し読み公開が続いております故、現時点ではこちらのリンクを利用していただくことも可能です。</p><p><a href="https://sanmonbunshikai.jimdofree.com/contents-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E5%86%85%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84/sample-%E8%A9%A6%E3%81%97%E8%AA%AD%E3%81%BF/">https://sanmonbunshikai.jimdofree.com/contents-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E5%86%85%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84/sample-%E8%A9%A6%E3%81%97%E8%AA%AD%E3%81%BF/</a></p><p>もし見づらかったら、以下の横書き表記版を利用してください。</p><p>このページの末尾には作者としてのコメントも用意しました。</p><p>&nbsp;</p><p>余談ですが、最近同僚が僕のことをペンネームで呼んでくれます。とてもうれしいですが、人前で呼ばれると恥ずかしくもあります。</p><p>ーーーーーーーーーー</p><p style="text-align: center;">なくのはよるがあけるまで</p><p style="text-align: right;">遥　弥生</p><p style="text-align: right;">&nbsp;</p><p>　七歳の時にお葬式の説法で聞いた、時間に節目なんてないんだ、出会いも別れも今日も明日も、本当は全部「空」なんだって言葉が忘れられなくて、でもわたしは確かに出会いを歓んだり別れを哀しんだりして、今日が辛くて、明日に救いを見出していて、だからきっと「節目」はあるんだって思って生きてきた。馬鹿だからそのお坊さんを見返してやろうと思ってた。ロールプレイングゲームみたいに、どっか通り過ぎたら、わたしがかみさまになるか、世界が滅亡するか、なんかあるんじゃないかな、思ってたけど、結局なんもなかった。残念だけど、まだわたしはわたしのままでいる。はたちの誕生日に目が覚めて、開いた瞳に、時代錯誤なでかい電話機が飛び込んでくる。となりに横たわる大きな肩はまだ寝息を立てていて、ベッドサイドの机に嵌め込まれた七セグメントは５時だったけど、ひと眠りするのはなんだか怖い。寝っ転がったままで見やった、暗い部屋の中ほのかに光る、むき出しのじぶんの白い肩。そこから伸びてる華奢なにのうで。そっと唇をあててみる。</p><p>&nbsp;</p><p>　はじめてのキスは中学二年生の時だった。自分じゃないなにかになる方法を、ひとりぼっちに強いふりしたり、帰りに寄り道することだと思ってた頃。おかあさんみたいな担任の先生によく叱られていた。「女の子らしく」とのお説教。嫌いじゃなかった。担任はとても綺麗なひとで、芯の強いひとで、そういう所は尊敬してたし、私のようになりなさいと言われてたら、彼女のことがもっと好きだったと思うけど。正しい家庭とか女らしさとか清純さとか、そういう気の抜けたサイダーみたいな概念を彼女は信じていたのだ。そういえば「望月さんにはお母さんがいない」もお説教の決まり文句だった。「お母さんがいないから」「お母さんがいないのに」。「障害をお持ちなのに」「芸人ながら」「女だてらに」「女だから」、ってテレビの向こうの文句に似てる。お父さんの為に良い子になります、お父さんの所為で悪い子なんです、なにそれ、なにそれ。わたしの人生、そんなにピース数少なくない。深刻な顔での説教にいちど、きれいなお顔が台無しですよとつぶやいたら怒られて、いわく、言葉遣いが汚い。わたしのことばに傷ついたって言わないのはどうしてですか？　あなたのその強さ、尊敬してるけど苦手です。あなたが喜ぶことばを教えてほしいし、あなたが傷つくことばを教えてほしいし。「人を喜ばせることば」「人を傷つけることば」、人、人。あなたの言う、人、はどこにいるの。子供の汚い語彙で矢継ぎ早に言い返したら、彼女は泣いてしまった。ちゃんと泣くんだって安心したけど、その時は別に悲しませたかったわけじゃなくて、人類みんなにいっぺんに優しくなるなんてないけど、ひとりひとりは傷つけたくない。斬った感触が嫌いなわたしは、わたしのためにひとにやさしくありたい。おわびのつもりでその日の放課後、一人で教室の掃除をしてた。傾きつつある太陽が、開け放った窓から覗き込んできて、初夏。玉のような汗をかいて、小太りの颯太くんが駆け込んできた。忘れ物を取りに来たついでと言いながら、わたしの掃除を手伝い始める。これが彼女のいう優しさなのかな。柔道部らしい巨大な身体で、額に脂汗をかきながら箒を前後させていた。そういうものにわたしはなりたい。わたしがなりたいわたしでないなにかは、颯太君みたいな人かもしれない。夕方の風が教室を駆け抜けて、彼のやさしさにふれたくて、わたしはイエスさまに口づけするように、背伸びして颯太君の唇にかみつく。たしかにわたしは死ぬつもりだった。死んで生まれ替わりたかった。だけど口に広がる熱とか、不意を打たれた颯太君の鼻息とか、にわかに静寂を破った蝉の鳴声とかが、わたしがそのまま生きてることを告げていた。いま、わたしは明け方の静まり返った部屋に一人、自分の腕から唇を切り離す。あの日の彼にはなれなくて、わたしはずっとわたしのまま。</p><p>　喉が渇いてベッドを這い出て、窓際の鏡台の下のちいさな冷蔵庫を開ける。きのういれたビール以外全部有料、ここが自室でないことを恨む。仕方なく一缶取り出してプルタブを押し込むと、何かがつぶれるような音とともに飲み口が開いた。さっきまで柔肌にふれていたくちびるに冷たいアルミがあたって、液体が流れ込んでくる。もう窒息して死ぬんじゃないかな、と思うほどの量。一気に飲み下すと、喉が脳髄にかけてが焦げつくような感覚がある。渇きを潤すのには不向きな飲み物、ばかじゃんね。でも生きております、すんでのところで酸素を求めてしまうので死にたいなんていう人は嘘つきだ。わたしは生まれ替わりたい。</p><p>&nbsp;</p><p>　はじめてお酒を飲んだのは中学三年生の時だった。九月、体育祭の打ち上げ。担任にはうるさく言われてたけど、そういう年頃なんでって、言い訳。べつだんお酒が飲みたいわけじゃなかったけど、ハレの日ってやつ、体育祭のリレーはアンカーで、いつもと違ったじぶんになって、そのままアルコールの力を借りて、ほんとうに生まれ替わるんじゃないかって思えた。真っ暗な公園。クラスメイト一同。街灯だけが頼りの、花火とかスナック菓子とか、粋がって買ったチューハイとか、そういうのってとっても青春、ちゃんとなにかになってるって感じがするし。翼をください。わたしはそう祈って、煽るような極彩色の缶の、未知の液体を飲み干した。けれどもなったのは只の嘘つきでした、まだ八月のにおいを残した夜風と、慣れないライムの香りにほだされて、言いたくないことが零れ落ちた、ぽろぽろ。担任なんか嫌い、お父さんは臭い、颯太君が好き。アルコールで人の本性が分かるって勘違いがこの世の真理みたいな顔で闊歩してるけど、誠実さを吐き違えている。若干白よりのグレー。みたいな、微妙な感情を白だと言うのが正義だと思っている人でいっぱい。そういうのを嘘だと呼ばないのが優しさなんだとすれば、わたしはこの時も優しくなれなかったんだと思う。買い集めたお酒があらかたなくなるころになる。叫びたくて仕方なくなった。担任のことはちょっと嫌いなとこもあるけど尊敬はしてる、お父さんは臭うけど臭くはないし、颯太君はかみさまみたいなひとだと思ってるけど愛とか恋とか、そんな要約はしたくない。へぇ意外～って。意外って何。そういうグラデーションを塗りつぶすような権力のことをニュースではハラスメントっていうんですよ、なんて、残念、心の声は届かない。残暑が背中に忍び寄ってきて、ぽとぽとと落ちてゆく線香花火の焔を見つめるあいだにも、ずっと汗が止まらなくって、けっきょくわたしはなんでもなくて、ゲボってぶっ倒れていやがった同級生が羨ましい。「望月、顔赤いけど大丈夫？」、うんごめん、ちょっと飲みすぎちゃったと答える。ぽとぽと、ぽろぽろ。けっきょく花火がなくなって、お開きになっても何も言えなかった。夜もすがら鈴虫の声音、部屋にまで忍び込んできていて、眠りをさまたげていた。いま、わたしはあの時とは違う、クラッシックな鉛色の缶をそっとやさしく握り潰す。プルタブを開けた時と同じ鈍い音がして、それでもわたしはわたしのまま。</p><p>　お酒呑んだらあったまるかなと思ったけど、事後の薄着には勝てない。たまらなくなって椅子に掛かってた男物のダウンを羽織る。あったかいけどでかい。自分の服に着替えようかな、でも脱衣所いくのはめんどい、それよりたばこが吸いたいよ。いつもの枕元に無くて、青白い闇の中を見回して喫煙セットを探す。一苦労。まだ寝息を立ててる図体にむかって悪態をつく、わたしの家がいいっていったのに。わたしの節目を祝福してとは言ったけど、一緒に夜を過ごしてほしいという勧誘を、セックスの許可と取るのは止してよ。そしたら灰皿、ライター、ショートホープは鏡台の上、自分の目の前にあって笑った。ごめんねハニー、暗くて気づかなかったや、わたしが昨晩吸ったんだった。ひとつ取り出して、口辺に加えて、ライター着火して、近づける。包み込んだ指の隙間から、ほそくたなびくけむり。オレンジのちいさなあかりが灯る。目をつぶって、求めるように吸い込むと、あたたかいあまさが鼻腔に流れて、血液がとぎれるのがわかる。瞼を開いて溜息をつくと、きりたちのぼる夜明け前。なんども繰り返した儀式だけど一度もわたしは替わらなかった。いまだにわたしはわたしのまま。</p><p>&nbsp;</p><p>　たばこをはじめたのは高校二年生のころだった。息の詰まる教室。一番後ろの席だけど、背中でみんなが刺してくる。そんなみんなから逃げたくて、そう思っちゃう自分からも逃げたくて、コンクリの屋上で寝っ転がって、授業をフケるコツを覚えた。馬肥ゆる晩秋、突き抜けるような青空を見つめて、ここから落ちたら死ぬかななんて、試してもみないことを、そこはかとなく。風が冷たくて、温もりが欲しかった。コンビニで５番、とか言ってみた。けど、学生服着た餓鬼には売ってくれなくて、仕方ない、お父さんの書斎から失敬。ごめん、お父さん、非行はお父さんのせいじゃないけどごめんとは思ってる、自責の念がたばこを増やす、以下ループ。けっきょくそんなに温くもなくて、わたしのからだは冷たいままだった。わたしが七歳になった年から、お父さんのタールは指数関数的に増大していて、そのせいで重いたばこに慣れた。これはお父さんのせい。バカ親父。数学サボって、紫煙をくゆらせてたら、後ろからつかれたジャージのオッサンが近づいてきて、煙草をつまんで没収。</p><p>「望月、くせえ、やめろ」</p><p>でも先生だってたばこ休憩ですよねとからかったら、もう片方の手でげんこつをもらう。ちちくせえガキが粋がって吸うな、見てて腹立つからよとぼそり告げる、髭面の痩せたツンデレに免じて、おかわりは取り出さずにおいた。「一応授業出てやれよ、担当の先生だってちょっとは拗ねるだろ」、誰に聞かすともなくぼやきつ、煙草に火をつけつ。でも先生、あなたの授業ですよと返したら、「あ」、「やべ」、「サボってんのバレる」、「てかおい教室戻れや」とふためく、くたびれた俗人。中学までで別れてしまった、わたしのかみさまとは大違い。憧れはなかった。でも本を借りた。金子みすゞの詩集。木枯らしの吹く、屋上で過ごす合間に読んだ。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。案外かわいいの読むんですね、ちゃんと繊細なんですね。いちど冗談で好きですよって言ってみたら、俺は年下は嫌いだ、そうで。いろんな話をした。かみさまになりたい話、消えてしまいたい話、颯太君の話。若いねぇ、なんて、嗤うけど先生、あなたもまだ、素敵なじぶんになる望み、捨てられないでいるんでしょ。みんなちがってみんないい、と、言って聞かせているんでしょ。だからわたしのたばこをやめさせたいんだ、そしたらいい先生になれるから。優しくしようとしてはいるけど、やさしい人にはなれない、可哀想な生き物。屋上で見つけたわたしのこだま。泣くことを忘れたその細い目が嫌いでした、わたしがわたしを思い出すから。結局、わたしのたばこも、先生のたばこも、わたしたちを救ってはくれなかった。屋上のそとに出られないまま、わたしはずっと内弁慶。いま、カーテンごしに白んでゆく窓際にひとり。フィルターまで煙草を吸いきって、やっぱりわたしはわたしのままだ。</p><p>　夜より朝が嫌いだった、昔から。わたしの闇は晴れてはいないのに、世界に夜明けが訪れている。とばりの隙間、強まりつつある陽光を意識するのが嫌で、机上の小さなランプをつけて誤魔化した。くたびれ顔が映る鏡のそば、結局使われることのなかった、アメニティのコンドームが二つ。点灯の拍子に目に入る。ホテルの避妊具は使わない方が良いよ、そういって自分の手持ちを取り出した、まだぐーすか寝てる彼の準備の良さに、またまた腹が立つ。颯太とは大学で再会した。東京に来て、大学に入って、リセットしたつもりだったわたしは、再びかみさまに出会った。だけどわたしはわたしのまま、塞いださきから嫌いな自分が漏れ出てきて、いっさい替わらなかったし、「中学の時、おれのこと好きだったってマジ？」って、そんなこという颯太は颯太君じゃないし。付き合ってくださいじゃなくて、「付き合わない？」って卑怯な言い方だと思うけど、断らないわたしも狡猾で、隠し事だけが巧くなる。颯太は優しい。デートは割り勘ばっかじゃなくて、疲れたら休んでもくれる。いやだといったらセックスはしない。今回もわたしが無理を言って、いそがしい彼を引き留めたんだ。だけど、彼がえらびたかった選択肢が、彼の肩越しに見え隠れしてしまって。やさしさと名付けられた優しさのようで、かみさまからは程遠くて。あの日の颯太君は幻想で、またわたしはわたしがいやになる。下腹部に鈍痛。窓の外から、函谷関の鳥の声。鶯だろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　はじめてセックスしたのは高校三年生の二月だった。卒業したら就職するつもりだったけど、進学しろと勧められた。わたしも救いをもとめていた。うまくやれたら。合格したら、全部赦されて天国にいけると思ってた。だけど受かっても何者にもなっていなくて、エンドロールは流れなくて、あれだけ勉強しても、お父さんの煙草は１４ミリのままで、卒業式の教室に居場所はなくて、わたしも先生も屋上のままで。「望月が卒業かぁ」なんて、顎をさすりつつ呟く声が寂しい。先生、わたしかみさまになりたかったよ、おかあさんがほしかった、合格通知、わたしのままでもらわなきゃいけないんだね、先生。鉄柵の隙間、白梅の薫る景色を見渡しながら、そんなことをぽつぽつと。ごめんなって言われるのがこわくって、先生の細い腰に抱きついた。顔を押し付けたジャージから、染み付いたヤニのにおいがしてた。「今日は友達と打ち上げしてくる」、お父さんに高校最後の嘘をついて、初めて他人の車の助手席に乗った。先生「しゃぁねえな」って一言。そのあとは何も言わずに、ほとんど黙ったままだった。俯いて入る、はじめての部屋。洗い髪を乾かしながら聴くシャワーの音。暗い部屋。響く声。軋む音。くりかえし打ち寄せる、熱、熱。わたし、こうして消えてしまえないかな。このままこの、わたしのこだまと一緒になって、手を取り合って最後の審判を迎えられたらいいのに。季節外れの汗のにおいのなかで、そんなふうに祈った。だけど願いは届かなくて、朝、腕の中で目覚めても、わたしはわたしのままで、もと着ていた、格好悪い制服を身に着けて。いま、あの日と同じ朝をむかえた部屋の中で、わたしはまだゴールテープを切れずにいる、キスもお酒もたばこもセックスもわたしを消してくれなかった。颯太はかみさまじゃなかった。わたしは何にも替われなかった。そもそも、なにかになれる資格なんて初めからなかったんだ。</p><p>　ごめん、颯太。ごめんなさい、過去のみなさん。消えなくちゃ、この部屋を出なくちゃ。この部屋には、わたしを取り替えてくれるものなんて何一つなかったんだ。煙草とライターをダウンのポケットにしまって、「ミキ？」</p><p>&nbsp;</p><p>「そんな恰好でどうしたの？」</p><p>&nbsp;</p><p>　颯太君の声。</p><p>　顔を向けると、ようやく起きてきた彼が下着姿でそこに立っていた。</p><p>「俺のダウン一枚とか寒いでしょ。服着たら？」</p><p>　風邪ひくよ、ミキ。颯太君が呆れたように言う。</p><p>　そうだ、わたしはミキ。おかあさんにも颯太君にもかみさまにも何者にもなれなくて、わたしはたしかにわたしのままだけど。</p><p>　ミキ。</p><p>　その名前に、いろんなことを思い出す。</p><p>「あなたの言う通りだった。ごめんね、ミキちゃん」</p><p>　お説教の翌朝、頭を下げに来た担任の彼女。</p><p>「昨日は相当酔っちゃった。またやろうね、ミキ」</p><p>　酒を呷る動作とともに、いたずらっぽくわらう友達。</p><p>「ありがとな、望月。いや、ミキ」</p><p>　朝、静寂の戻った部屋でふと呟いた、先生。</p><p>　それに、</p><p>「あらためて、誕生日おめでとう。ミキ、」</p><p>　いま、そういって頭を撫でる颯太。</p><p>　そのとき、その瞬間、わたしはたしかにやさしくあれた。わたしも颯太も、ずっとかみさまではいられないけど。ずっとやさしくはいられないけど、でも。颯太がカーテンを開けて、ぱっと朝の光が飛び込んでくる。目が痛い。けど、もうおきなきゃ。</p><p>　シャワーを浴びると、からだじゅうの汚れが流れ落ちて、肌が目覚めてゆくのがわかった。服をきて、歯をみがいて、髪をとかして。脱衣所の鏡をふと見つめると、そこにいるのはちゃんとわたしだった。止まってるように見えていたけど、わたしはちゃんと飛び続けていた。そうだ、突然生まれ替わりはしないけど、わたしはちゃんと変わってた。今までも、きちんと気づいていたことだ。</p><p>　支度をする颯太を待つかたわら、ベッドに腰掛けて窓の外を見つめる。桃色の点描、春がそこまでやってきていた。花にも心を驚かすなんて、疲れ切ったＯＬみたいですね。よごれちまった悲しみ、それより早く朝が食べたい。空腹の紛れに、ショートホープをもう一本。ふふん、たまにはご飯を奢ってやろう。学習しないわたしはこれからも泣くけど、だいじょうぶ、泣くのは夜が明けるまで。</p><p>&nbsp;</p><p>ーーーーーーーーーー</p><p>あとがき</p><p>　この作品については、話したいことが山ほどあります。けれどそれらすべてをここに書いてしまうことは、立つ鳥跡を濁しまくるのでやめておこうと思います。ただ、作者としては書いていて非常に充実していた作品でした。というのも、この作品では、言葉のもつ音楽らしさを小説という形式でどこまで引き出せるかという表現上のチャレンジと、自分の有している宗教性をどこまで形にできるかという作劇上のチャレンジを試みていました。それが結果としてどの程度うまくいったかは皆さんの感性に委ねますが、このチャレンジをどうやって形にするか、悪戦苦闘するのが非常に面白かったのです。やはりやりたいことをちゃんと意識して書いていくのは大事だなと感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>　普通の人間って顔をして生きてゆくことが一番の罪だと思ってます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12621548951.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Aug 2020 15:44:37 +0900</pubDate>
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<title>小説；相棒はヒットマン</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>作品の縦書きpdfリンクを添付します。</p><p>本来のフォーマットはこちらになります。</p><p><a href="https://1drv.ms/b/s!AnKjpk89pTuss2FlOdQ_VWURbN0W?e=cdjHao" target="_blank">https://1drv.ms/b/s!AnKjpk89pTuss2FlOdQ_VWURbN0W?e=cdjHao</a></p><p>&nbsp;</p><p>うまく閲覧できない場合は以下の横書き記事でお楽しみください。</p><p>最後に作者としての<a href="#jump1">コメント</a>もあります。</p><p>&nbsp;</p><p>ーーーーーーーーーー</p><p style="text-align: center;"><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">相棒はヒットマン</span></span></span></p><p style="text-align: right;"><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">遥　弥生</span></span></span></p><p style="text-align: right;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">　自分の仕事の重さに気づいた時には、大切なものを失ってしまっていた。</span></p><p style="text-align: left;"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">　相棒が死んだ日のことを忘れたことはない。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「思い出すのが辛いから、」</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">　ごめん。二度と姿を見たくない、と奴の愛人だった女は言った。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">　相棒の俺にさえ会いたくない女が、奴そっくりの息子を育てられるのだろうかと微かに憂慮しながらも、何も言えないまま承諾したことを覚えている。</span></p><p style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">もう一度チャンスがあればと、叶わぬ願いを今でも抱く。</span></p><p style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">あの日以来、俺はずっと暗闇の中にいる。</span></p><p style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">相棒の仕事はいわゆる暗殺稼業で、俺はその見届け役だった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴の腕は、あの業界でピカ一だった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">どんなに離れたターゲットでも、どんなに万全なセキュリティの中でも、奴は完璧にやり遂げた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">今日も冴えてるなぁ相棒、と声をかけても、相棒が返事をすることは無い。が、奴がどこかほっとしたような表情を浮かべるのを見て、俺は無事に仕事が終わったことを実感するのだった。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">死んだ人間は帰ってこない。背負わねばならない罪だとわかっていても、この暗闇の日々は憂鬱だ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺にはいつか、救われる日が来るのだろうか。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">相棒はまた、綺麗好きな男だった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴は血の汚れを特に嫌った<i>（</i>好きな人間もいないとは思うが<span lang="EN-US">……</span>俺にはよくわからん<span lang="EN-US">)</span>。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">自分の服や、傍にいる俺が汚れると、</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「チッ」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">なにも言わず、ただ舌打ちをした。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">返り血が飛ぶような、無様な仕事をしてしまったことも奴の悔しさではあったろうが、それ以上に怖かったのは、家族が怒ることだったろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">妻こそなかったが、奴には愛人と、その女との子であろう倅が一人いた。俺も仕事終わりには、奴の家族に世話になることが多かった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">子供の方は奴にそっくりだったが、仕事終わりの父親には近寄ろうとしなかった。子供ながらに、俺たちにこびりついた絶命の臭いを嗅ぎとっていたのだろう。無理もないことなのだが、帰宅後はただの父親に成り下がる相棒にとっては、それが我慢できなかったようだ。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「今の子どもは、こんなのが好きなのか」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">手酷い仕事の次の日には、ぶつくさいいながらも楽しそうな相棒とともに、俺もおもちゃ売り場に出掛けたものだ。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">酷い闇だ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">このじめじめした臭い、嫌な思い出が甦りそうになる。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">狭い、苦しい。ここから出られる日は来るのだろうか。</span></p><p><font face="&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif"><i>　</i>愛人の方は俺達の洗濯が面倒だったから<span lang="EN-US">……</span>というのは冗談で、やはり愛する男が危険な仕事をやっていることが辛かったからだろう、奴と同様に血の臭いを嫌った。</font></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">女の勘なんていうのは魔法みたいなもんだ。俺たちが家に帰ると、女は奴のジャケットや、シャツ、果ては俺の様子まで見回して、だいたいその日の仕事の様子を悟っていた。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「今日は大変だったでしょう」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">女はそれから、その日の奴の仕事ぶりにふさわしい声をかけた。まるで普通のサラリーマンに嫁いだ妻のような言葉、並大抵の覚悟では発せまい。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">彼女は強い女だった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">だが人は、いつでも強く居られるわけじゃない。女は俺達の出かけには、必ず俺に頼み込んだ。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「私の代わりに、彼をよろしく」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴はその度に笑っていたが、彼女にとっては真剣な祈りだったのだ。それはまた、俺達の絆を、彼女が一番よく知っていたからだろう。彼女にとって俺は、奴の仕事に必ずついてゆくお守りのようなものだったのだと思う。</span></p><p style="mso-layout-grid-align:none"><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0;mso-layout-grid-align:none">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0;mso-layout-grid-align:none">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0;mso-layout-grid-align:none"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">それなのに、俺は祈りを叶えてやることが出来なかった。だからこの仕打ちは、仕方ないことだとは分かっている。請うたところで、時間は戻りはしないのだ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">……</span><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">しかしいったい、どれだけの時間が経ったのだろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">このカビ臭い部屋にいると、辛い過去を思い出す。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺は「モノ」が良かったから、一つ前の相棒は俺を押し入れの肥やしにした。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">その親父は、しがないサラリーマンだった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">毎日出社している小さな商社に俺のような高級品をつれていくわけに行かなかったのだろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺はそんなに人間を知っているわけでもないが、彼もまた悪い男ではなかったのだろう。ただ、俺とは絶望的に相性が悪かっただけだ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">しかしその相性という一点のせいで、俺は半年に一度でも狭い寝床から出してもらえればマシ、という生活を送ることを余儀なくされていた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">それなのに、珍しい「外出」の日。一張羅のまま飲みに出掛けたその親父は、酔って頭に巻き付けた俺を道端に捨てた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">雨の酷い夜だった。水を吸った私は、通行人に踏まれ、無惨な布切れと化していた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">その時だ、奴に出会ったのは。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴は誰かが丁寧に編んだであろう、暖かげなマフラーと、それに合うように選ばれたことがよく分かる、高級そうな俺の「仲間」を首もとに巻いていた。それなのに、数メートル手前自分の濡れるのも気にせず、傘を閉じて俺の近くにしゃがみこんだ。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「独りだな」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴は誰に話しかけるともなくそう言うと、泥水にまみれて重たくなった俺を持ち上げて、何事もなかったかのようにまた歩き始めた。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif"><span style="mso-spacerun:yes">&nbsp;&nbsp;</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">愛人は当初、とても不機嫌だった。相棒が自分のプレゼントよりも、ずぶ濡れでやってきた俺を愛用し始めたからだ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">無理もない。かつて高級品だったとはいえ、道端に転がされた装飾品を歓迎する奴なんかいるはずがないのだ。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「一応、安全祈願なのに」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺を洗濯するたび、彼女はそういって頬を膨らませていた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">しかしそんな彼女も次第に、俺と奴の間にある妙縁の方を頼りにするようになった。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「あの人にかけられた恩、きっと返してね」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">きちんと「おしゃれ着モード」に設定された洗濯機に俺を放り込むようになってから、彼女は何度もそういった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0">&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">そうだ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴と、奴の家族にかけられた恩。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺はきちんと、約束を守らねばならなかったんだ。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「思い出すのが辛いから」。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">だから、こうして仕舞われているのも、きっと報いなのだろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">すでに起こってしまった出来事を書き換えるチャンスなんて、やって来はしない。俺が暗闇から抜け出せる日は、きっともう来ないのだろう。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">あの日。警察より速く現場に駆けつけた愛人の女は、血の海のなかに浮かぶ相棒にすがって、それから諦めたようにため息をつき、奴と出会った日と同じように濡れ鼠になった俺を、その首もとから外した。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">大切な家族を残したまま死ぬ気持ちは、どんなものだったろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">愛する男を失う絶望は、どんなものだろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">そして、父親を喪った子供は、これから何を知り、どう嘆くのだろう。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺に推量する権利がないことは、よく分かっている。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">理解してやれたところで、やり直せはしない。俺にはもう、何も出来ることはないのだ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">だからせめて祈らせてくれ。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">奴の、相棒の大切な家族の、</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">あの日奴が、最後まで必死にその名を叫んだ、愛する人々の安寧を――</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">突然、ガラリと光が差し込む。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">何事だろうか。十数年ぶりの出来事に、思わず身構える。</span><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺を封印から解き放ったのは、そうと言われなければわからないほど立派な青年になった、奴の忘れ形見だった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">その青年は俺を手に取り、数秒沈黙すると、覚悟を決めたように俺を首もとに巻き付けた。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">ピシリときつく締め上げる、ノットのつくり方が父親そっくりだった。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">その胸元には拳銃が光る。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺は数年の間に何が起きたか、何となく悟った。親子そろっての馬鹿に溜息をつく。昨日の仲間に今日殺されることもある裏社会、決まった敵がいるわけでもなく、仇討など到底叶うはずのない野望なのだが。しかし、やると決めた以上は曲げないだろう。これが俺に宿命づけられた役割なら、手伝わないわけにはいくまい。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">見慣れた顔の映る写真立てに向って、男が呟く。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「行ってくるよ、父さん」</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">相棒。お前は息子が自分の仕事を継ぐことを、あるいは咎めるだろうか。</span></p><p style="text-indent:9.5pt;mso-char-indent-count:1.0"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">だが、ひとまずこの青二才の仕事ぶりを見届けることにするよ。あの頃も今も、俺の仕事は見守りだからな。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">「しょうのないガキだ。力を貸してやるよ」</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">&nbsp;</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif"><span style="mso-spacerun:yes">&nbsp; </span></span><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">俺はネクタイ。</span></p><p><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">　相棒はヒットマンだ。</span></p><p style="text-align: right;">&nbsp;</p><p style="text-align: right;"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif">（終）</span></p><p>&nbsp;</p><p>ーーーーーーーーーー</p><p>&nbsp;</p><p><a id="jump1" name="jump1"></a></p><p><span style="font-size:1.4em;">コメント</span></p><p>　いかがだったでしょうか。作者としては、なかなか面白い著述トリックが書けたのではないかなと思う一方で、展開の奇抜さに引っ張られて作品全体のイズムをいささか見失ってしまったと反省しました。最後のシーンをどういうものにするかは作品の構想ができた段階で設定しておくことが多いのですが、書いていて矛盾が起きることなどもしばしばといったところです。展開の意外さ、面白さばかりに気を取られてしまうと、作品の一貫性のなさが目立ってしまうとういうことなのでしょう。ぼくはこういう作品を書くことはめったにないのですが、最近女の子目線の小説を一本書き上げたところなので、そろそろまた男性主役の作品を書こうかなと思っているところです。これは雑感ですが、「相棒はヒットマン」はなんかTwitter漫画っぽいなぁと思いました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12593187518.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Apr 2020 12:34:07 +0900</pubDate>
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<title>柔らかい意味構造：エクリチュールの深みへ</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: right;">「なぜなら、君は友にとって、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから」　――フリードリヒ＝ニーチェ「友」『ツァラトゥストラはかく語りき』より</p><p style="text-align: right;">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>常識の通用しない時代が来る、と数年来言い続けられてきた。し、ぼくもことあるごとにそのことを意識し、また言及することもあった。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">だが、「いつもの日々」がいかに繊細に形作られていたものであったか、今ほど明らかになることは無かったように思う。十年ひと昔などというが、半年前まで当然だった生き方がもはや通用しなくなってしまった現状を、ぼくらはどう捉えればよいのだろうか。大仰だが、そんな問いをここ最近、毎日のように考える。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">此岸の、身近で具体的な問題を突き付けられると、人はどんどん細かく難解な問いへと進んでいってしまう。暗く、狭い空間へと目を凝らす中で、厳密さ、頑丈さ、合理性への要請が強まってゆく。だが、こんな時だからこそ――これは自戒を込めてのことだが――「無我の境地」とまではいかなくとも、ページに近づけすぎた目をちょっとだけ離して、もう少し抽象的な問い、曖昧な思考の中に身を任せることで、肩の力を抜き、また迫りくる困難な戦いの中に戻ることができる。先人はそんな休息を、宗教と呼んだのであろう。</p><p>&nbsp;</p><p>――――――</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">前置きはこんなところでよかろうか。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">さる4月15日水曜日、ツイキャスにて井筒俊彦『意味の深みへ：東洋哲学の水位』より、論稿「「書く」：デリダのエクリチュール論に因んで」の読書会を行った。主催者の発言としてはいささか無責任にはなるが、井筒の論稿はどれもそれなりに難解で、一般の生活者には無縁な理論であるように見える。だが井筒が目指し、ジャック＝デリダの主張の中に見出そうとしたのは、思考の流れを妨げる、先行する概念や理論でがんじがらめになった世界を一度解体し、改めてゼロから見つめなおしてみようという方針であり、煎じ詰めて考えれば、この試みは今の我々に求められている態度そのものであるように思う。</p><p style="text-align: left;">　</p><p style="text-align: left;">ここでは読書会の内容を振り返りながら、そうした態度がどのようにして実現できるのか、デリダの理論を要約しながら考えてみたい。本稿はあくまでデリダの理論の、井筒という（偉大な）メッセンジャー、ぼくという（余計な）解釈者を挟んだうえでの要約になるから、流通しているデリダの優れた注釈書の数々と比して、はるかに粗く、やもすると誤りを含むものになる恐れはあるが、ここではあえて、半ば己の思考整理を目的としつつ纏め直してみたい。そんな傲岸不遜な試みが、ほんの少しでも人様の役に立てば幸いである。</p><p style="text-align: left;">　</p><p style="text-align: left;">――――――</p><h4 style="text-align: left;">➀アリストテレス的定義とデリダ的”定義”</h4><p style="text-align: left;">思考をわかりやすく整理しますよという態度で近づいてきて、私たちの思考を追い込み、停止させてしまうものとして、デリダは「術語」を嫌った。ここでいう術語とは、簡単にいえば用語のことだが、デリダ哲学にも用語らしきものはある。では、デリダの嫌う「術語」と、彼の用いる語との間にはどのような差異があるのだろうか。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">デリダの嫌う、術語に基づいた思考とは、定義（すなわち言葉の意味）と、定理（すなわち意味どうしの関係性）とが明確に分けられ、前提として、ある種当たり前に与えられた定義を出発点として、定理を探求していくという、アリストテレス以降の西洋哲学における伝統的なアプローチであるということができる。デリダも確かに用語を用いるし、時には定義という表現もするのだが、そこでの”定義”は明確に与えられた前提ではなく、定義と定理の間の、用語を漠然と取り巻くイマージュである。こうした、ある意味自由な語法を用いることで、与えられた前提に無反省に寄りかかった思考では得られなかった物の見方を探ることが、冒頭で紹介した態度の出発点となる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">では、こうした語法がどのように作用して、視点の違いを生むのだろうか。それぞれの方法によって語られる思想が目指す方向性の違いに、それを解き明かす鍵がある。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><h4 style="text-align: left;">②絶対的哲学と戦略的哲学</h4><p style="text-align: left;">明確な定義のリストに基づいて思考するとき、人は唯一にして絶対の「正しい」世界観を探ろうという態度になる。定義を出発点とした命題は論理的に正しいものと論理的に誤ったものとに峻別される。ついで、論理的に正しい命題の中に、実態に即していないものがあれば、定義にさかのぼって修正を施す。このようにして、論理的で、現実に即した理論を構築するのが、アリストテレス的な定義法に基づく、絶対的な哲学の手法である。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">しかし、デリダの哲学には明確な定義のリストはない。定義と定理とが区別されないために、定理に対する論理的なテストと、定義に対する実態観察的なテストとの区別もまた消失する。そうした哲学において、「どのような語を用いるべきか」という問いは、「どういったイメージで世界を捉えているか」という、感覚的な問いに還元される。語る側もまた、「どのようなイメージで世界を描きたいか」という、戦略的な意図に基づいて用語を選ぶことになる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">たしかに、戦略的な哲学では、それまでの絶対的な哲学にあった厳密さが損なわれてしまっているが、その代わりに、ことばに対して人々が漠然と抱いている豊かなイマージュを利用することができる。アリストテレス的な定義の下では、一度はっきりと定義されてしまった語にまつわる種々のイマージュは、それがあらかじめ定義に含まれているか、定理として厳密に証明されない限り用いてはならなかったのだが、デリダ的な語法の下では必要に応じて戦略的に持ち出される。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">こうして形而上学は、万物に先立つ世界観の構築を目指す学問としての地位を失う代わりに、人が日々生きる中で漠然と抱いている豊かな感覚を利用して、世界観の更新を繰り替えす運動として位置づけられることになる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">本文ではこうした運動の一環として、生きることをエクリチュール（フランス語で「書く」）として捉えなおす試みが紹介されている。「生きる」をあえて「テクストの織り出し」と読み替えることで、エクリチュール、テクストといった語に対する豊かなイメージによって、それまで明確な定義に基づいて構築されてきた「生きる」ことの仕組みや構図が解体され、新たな一面を見せることになる。</p><p style="text-align: left;">　</p><p style="text-align: left;">では、デリダが「存在」を「テクスト」と言い換えることで解体を図った既存の世界観とは、どのようなものなのだろうか。循環的だが、その世界観こそ、まさに➀で述べた厳密な定義法に基づき築されてきた世界観に他ならない。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><h4 style="text-align: left;">③実在論と非実在論</h4><p style="text-align: left;">厳密な語の定義に基づく世界の把握の仕方とはどのようなものだろうか。➀で学問上のそうした態度について触れたが、ここではより一般的な形でそうした世界観を分析することにしよう。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">人は、ことば以前にものが存在すると考える癖がある。例えば、冬に降るあの氷の粒は、「雪」という語の有無という問題以前に現に存在し、それを指し示すように定義された「雪」という語が用いられていると考える。このように、指示対象（レフェラン）が物として実在し、それと結びつくように意味内容（シニフィエ）が設定された記号形態（シニフィアン）をことばとして用いているのだという実在論の立場からは、世界ははっきりとした正体を持っており、それに対応する「正しい見方」も存在するのだと考えられる。こうした信念に基づいて、実在論者は世界を「正しく」写し取った書籍を読み、著すことになる。いづれ辿り着く正解を目指して。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">だが、言語は本当にレフェランを指し示すための道具なのだろうか。こうした先入観を破壊するための好例を二つ挙げよう。一つ。英語よりも日本語、日本語よりもイヌイットのことばのほうが「雪」を様々に区別する単語が豊富だが、はたしてみぞれ雪やなごり雪は、実在しているけれども英語話者には区別する能力がないだけなのだろうか。そうでなければ、本当にみぞれ雪やなごり雪といったものが実在しているのだろうか。一つ。「青」という語が指し示す色は意外と多様だが、どこかに混じりけのない「青そのもの」としか言いようがない色というのが存在しているのだろうか。そうでなければ、ひとはどのようにして青でない色を青色の範疇から除外しているのだろうか。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">先述した通り、デリダはこうした世界観を採用しない。デリダはレフェランの実在を一応認めるものの、人間の認識はレフェランに追いつくことは出来ず、ことばは常にレフェランから「繰り延べ」られた比喩であると考える。だから厳密な定義など可能であるはずもない。またレフェランとの強固な結びつきを失ったことばは、シニフィアンとシニフィエとの漠然とした結びつきの中で、消極的、流動的な意味を形成することになる。こうして人は世界の「正しい」認識から隔てられ、比喩的に形成された「テクスト」の読解と形成を通じてしか、世界を把握できなくなってしまう。「存在とはエクリチュールである」「存在とはテクストそのものである」というデリダの主張は、「正しい認識」の不可能性を物語るものであったのだ。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">以上のようにして構築された新たな世界観は、絶望すべきものであるように思える。だが②でも示したとおり、いつか至る死を目指す学問が、今を生きる運動へと転換されたと考えれば、それは決して憂慮すべき事態ではない。むしろ想像力と好奇心の赴くままに、世界は次々と新たな姿を見せてくれるのだ。こうして人は結末ありきの物語を手放し、代わりに無限の可能性を秘めた冒険へと旅発つことになる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">ところで、人間の存在や認識に分かちがたく結びついていることばの有りようについての分析によって、こうした斬新な世界観が得られるとして、なぜデリダはパロール（「話す」）ではなくエクリチュール（「書く」）をその喩えとして選択したのだろうか。その答えには、単なるツールの有用性についての分析を超えた、この世界観の転換の本質が隠れている。なぜならデリダにとって、道具（定義）と成果（定理）とは、別のものではないからだ。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><h4 style="text-align: left;">④パロールとエクリチュール</h4><p style="text-align: left;">実在論の立場をとる思想家にとっては、目前にレフェランがはっきりと存在していることばこそ至高のものだということになる。ことばが世界のあり方を正しく写し取ったものであるかどうか、即座に検証が可能だからだ。こうした特徴を持つことばはパロール、すなわち話し言葉である。これ、それ、あれといった指示語で事物との繋がりを明示するパロールは、世界をいかに正しく写し取っているかという観点から見れば、非常に優れているように思われる。これに対し、エクリチュールは事物との明確な繋がりを持たない、いわばパロールのまがい物だ。レフェランどうしの生きた繋がりに依拠できず、人称代名詞や分かち書きといったツールによってかろうじて示されるシニフィアンどうしの繋がりだけに依存して紡がれることば、不完全なパロールなのである。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">だが、レフェランの存在を前提から外したとき、話は180度変わってくる。事物の中にあると考えられてきた関係や様態が、実はことばの方にこそ存在するのだとすると、そのことを明示するエクリチュールこそ、ことばの一般的な形態であり、パロールはむしろことばのもつシニフィエの感覚的な繋がりのみに依存するエクリチュールの特殊形態、デリダにいわく「原エクリチュール」だということになる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">エクリチュールがことばの繋がりをダイレクトに示している、あるいはパロールがシニフィエだけの関係性に依存しているとはどういうことだろうか。例えば「イヌ」という文字列が生成されるとき、「ヌ」という文字を書く段階になっても「イ」という文字が消えることはない。ところが「イヌ」という語が発音されるとき、「ヌ」という音素を発する段階ですでに「イ」という音素の発音は完了している必要がある。すなわち、エクリチュールにおける「イヌ」では、「イ」と「ヌ」の繋がりは形態上も可視化されているが、パロールにおける「イヌ」では、「イ」と「ヌ」の繋がりは「イヌ」なる意味的連環に依存しているのだ。レフェランを無反省の前提から排除したとたん、パロールの連なりの結合は非常に弱くなり、反面エクリチュールの連なりは非常に頼もしいものとして立ち現れる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">以上の考察からわかるのは、デリダはエクリチュールという概念を、世界観の解体と再構築にあたっての便利な道具として単に持ち出してきたのではない、ということである。むしろこの世界観の転換の本質には、パロールとエクリチュールの順位転倒が隠れているからだ。こうした手段と目的の不明瞭化、出発点こそが本質となり到達点すらも戦略的となるような転倒こそ、デリダの思想の魅力であるように感じる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">――――――</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">やや長くなったが、この騒ぎの中で目前の問題について考えることに疲れた人にとって何らかの手助けになればうれしく思う。また本稿は先日の読書会と比べ、「井筒の目を通した、デリダの理論の要約」の色合いが濃く、いくつかの例示を新たに追加したこともあって、参加された方にとっても興味深い内容となることを目指した。特に④は、読書会では時間の関係で割愛した箇所についてのぼくなりの要約となっているため、補足となれば幸いだ。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">&nbsp;</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">&nbsp;</p><p style="margin: 0px; padding: 0px; text-align: right; color: rgb(68, 68, 68); text-transform: none; text-indent: 0px; letter-spacing: normal; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; text-decoration: none; word-spacing: 0px; white-space: normal; orphans: 2; -webkit-text-stroke-width: 0px; background-color: inherit;">「思想本来の息吹は、言葉になるぎりぎりの点までしか続かない」</p><p style="margin: 0px; padding: 0px; text-align: right; color: rgb(68, 68, 68); text-transform: none; text-indent: 0px; letter-spacing: normal; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; text-decoration: none; word-spacing: 0px; white-space: normal; orphans: 2; -webkit-text-stroke-width: 0px; background-color: inherit;">――アルトゥル＝ショーペンハウアー「著述と文体について」より</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12591184424.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2020 01:28:28 +0900</pubDate>
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<title>20歳になる夜</title>
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<![CDATA[ <p>20歳、という年齢に、かつては思う所がいろいろあった。</p><p>&nbsp;</p><p>選挙権。飲酒喫煙。それに「人と成る」と書いて成人。</p><p>社会的には、いろいろな節目がこの年齢に込められている。</p><p>&nbsp;</p><p>ハタチという響きを耳が覚えた時から、20歳になることが、大人になることだと思って生きていた。</p><p>&nbsp;</p><p>＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">そのころからずっと考え続けてきて、今も答えのわからない問い。</span></p><p>大人になるとはどういうことだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「ハタチ」という節目のこともそうだが、小さい頃は何か目に見える基準があるのだと思っていた。或るは、大学生になること。もしくは、酒を飲むこと。それに、彼女ができること。</p><p>&nbsp;</p><p>だがもちろんこの情報化社会だ。そんな容易いオブジェクトに意味がないことなんて、生きていれば簡単にわかる。曰く「最近の大学生は子供だ」、「お酒の飲めない大人もいることを理解してください」、「パートナーがいないと一人前だと思われないなんて封建的」。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そういう基準に意味がないとわかると、次に試みるのは循環的な、利口ぶった定義だ。「子どもに戻りたいと思ったら大人」だとか。「大人って何だろう、と考え始めたら大人」であるとか。「自分が成長したと思ったら、それが大人になった証拠」だなんて、自己啓発セミナーに好まれそうな定義じゃないか。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしまあ、この手の定義はあまり親切でないというか、上手く説明できたことに快感を感じているようないやらしさがあるような気がする。というか、した。しばらくすると、僕はこういう定義に収まりの悪さを感じるようになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そうしているうちに訪れるのは思春期。SNSも使い始める。大人なんて概念に意味はない。大人も過ちを犯すし、子供でも真理を突くことがある。万物懐疑の年頃に思いつくのはこういう類のことだ。短い人生を振り返って、大人という概念に意味はなかったんだという「歴史解釈」を振り回した。そういえばこの時も大人が間違えた。そう言えばあの時も子供が正しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>折しも大学入学が重なった。子供という概念は近代の産物だとか、ジャンジャックルソーが子供という分析概念を作っただとか。こういう知識は学問的に意味のないことではないだろうが、若いぼくは耳ばかりを老化させ、疑うことが思考することだと勘違いしていった。</p><p>&nbsp;</p><p>大人という概念が虚構であることを看破するだけでは、いま私たちが「大人」「子供」という対立項を日常的に使用していることに、満足のいく説明が与えられるわけじゃないのに。</p><p>&nbsp;</p><p>＊</p><p>&nbsp;</p><p>あの頃憧れた「ハタチ」になるけれど、未だに大人になれた気も、なれる気もしない。</p><p>大人になるとはどういうことか。子供とはどういう存在か。小さなころから抱いてきた問いにも、答えが見つかる気がしない。そもそもそんな問いに意味があるのだろうかとか、答えがあろうはずもないとか、あの頃の冷笑主義的だったぼくが、今でも心の中で問いかけてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でも最近、少しだけ考えていることがある。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">大人や子供という線引きは、わが子を守りたい「親の愛」が創ったものなのではないだろうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この歳までに、いろいろな形の親の愛を観測した。</p><p>歪な愛もたくさんあった。</p><p>齢五十になろうかという母の帰宅が遅くなるだけで気を揉む祖父。</p><p>子供をいい大学に行かせてやるんだと躍起になって受験勉強をさせる教育ママ。</p><p>「愛と正義」なんて言うけれど、愛がいつも正しいわけではない。</p><p>だからぼくは、親の愛の結実は常に素晴らしい、などと称揚する気はない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だけれども。いや、だからこそ、かもしれないが、</p><p>大人や子供という線引きは、わが子を守りたいと願う「親たち」による愛の結実なのではないかと思うのだ。「子供であるから」という理由でわが子の罪を放免したい親たちが作り出した、赦しのためのシステムなのではないか、と。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">古今東西の年若い人間を指す言葉と、親から生まれた人間をよぶ呼称が重なっているのも、その表れの一端のような気がしないでもない。そういえば「ハリー・ポッター」では、十七歳になる夜に護りの呪文が解けてしまうのだっけ。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">もちろん、その枠組みが良いか悪いかはわからないし、人によるということもあるだろうし。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">でも、時に幸いし、時に災いする概念だからこそ、このように言えるのではないかな、と思う。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">&nbsp;</p><p>＊</p><p>&nbsp;</p><p>そしてぼくの場合はたぶん幸いしてきたし、その意味では親に感謝しなければならないのだろう。</p><p>自分よりもずっと小さくなった母親の背中に、昔よりもずっとその重さが分かるようになった「生んでくれてありがとう」という言葉を、小さな声で贈った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12542024283.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Nov 2019 23:29:52 +0900</pubDate>
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<title>コインを裏返すように</title>
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<![CDATA[ <p>真逆の口調で、真逆のことを言っているように見えるふたりの著述家が、実は同じ、ひとつのものについて語っている、ということはそう珍しいことではない。少なくともぼくは、よくそのような経験をする。</p><p>&nbsp;</p><p>ものごとには様々な側面がある。糾弾する者も擁護する者も、そのなかのいずれかの側面を拾い上げて嫌ったり好んだりするのだから、よく考えれば当然のことなのかもしれない。</p><p>人間は愚かだから死滅すべきだと主張している「怒れる思想家」を裏返せば、人間の知性の失われんことを嘆く「悲しむ思想家」が出てくる、ということである。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくは先日、このようなコインの裏表の構造を、アルトゥル・ショーペンハウアーとロラン・バルトの両名から感じ取った。</p><p>&nbsp;</p><p>「読むことは考えることの代わりにしかならない」と喝破し、読書を斥けようとしたかに見えるショーペンハウアーと、テクストを愛し、読書の愉しみを語ったバルトとの間には、一見、大きな隔たりがあるように思える。読書を責めるものと読書を愛する者。このようにラベル化された両者は、不倶戴天の仇敵どうしであるように映るだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>また、両者は語り方も極めて対照的である。</p><p>同時代の論壇の花形ヘーゲルを敵視し、表参道に背を向けて在野研究に没頭していたショーペンハウアーの語り口は苛烈だ。「悪を攻撃しないものにとって善もまた存在しないのと同じ」と掲げ、彼は文法の粗末さから思想の凡庸さに至るまで、憎きあらゆるものを切り捨てていく。</p><p>一方、バルトはそのような「強い言葉」を嫌った。父を幼いころに亡くし、母や祖母のもとで育った彼の言葉は、やさしく、はかない。「言葉が恐ろしい」と苦悩する彼の人生は、なるべく透明な表現方法を追い求めるものだった。</p><p>こうして並べてみてもやはり、怒れるショーペンハウアーと苦悩するバルトは、似ても似つかない存在のように思えてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>だが、一歩踏み込んで考えてみると、両者にはかなりの共通点も見出される。</p><p>ショーペンハウアーは声高に、バルトは静かにだが、二人ともイデオローグ的な風潮を嫌った。</p><p>考えるように書くことを称揚するショーペンハウアーの思想も、じっと見つめればバルトの「白いエクリチュール」のそれと類似しているといえなくもない。</p><p>そういえば、両者とも古典作品を愛していた。</p><p>&nbsp;</p><p>思うに、ショーペンハウアーが強者と戦う思想家だったとするならば、バルトは弱者を守る思想家だったのではなかろうか。</p><p>確かに前者は攻撃的で、後者は防御的だと言えなくもないかもしれない。</p><p>でも、ぼくにはこの二人が意識していたものが、どこか重なっているのではないかという気がするのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一見相容れないかに見えた読書を巡る見解も、しかと見つめれば違った側面が見えてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>ショーペンハウアーは、「書くだけの作家」と「読むだけの読者」を糾弾した。考えることこそ至高であり、自分の思想を勿体付けて書いたり、他人の思想を有難がって読むのは二流だと主張した。これは一見読書全般を攻撃しているように見えるが、その実「書きぶり」「書かれ方」に支配されるままの作家や読者の態度を批判するものだと考えられる。ちょうど、「人は愚かだから滅亡すべし」と語る人物が、「人」ではなく「人の愚かさ」を糾弾しているのと、どこか似ている。</p><p>&nbsp;</p><p>バルトは、演劇論から、俳句論、小説論に至るまで、徹底して受け手の主体性を守ろうとした。観客に距離を取らせる古典演劇を好み、文脈という支配者から逃れた俳句という表現技法を愛し、虚構によって感情を纏め上げねばならない小説に最後まで苦悩した。彼は言葉の持つ支配力から、「考える読者」を守ろうとしたのであろう。また「透明なエクリチュール」を追い求め、自らの思想が書籍上の配列によって余計な意味を持つことさえ恐れて断章をアルファベット順に並べてみせた書き手としてのバルトの態度は、考えるように書く・考えたままに書くことを追求し、テクストに再現される「考える作者」を言葉の位相や書かれた形態から守ろうとするものに思える。</p><p>&nbsp;</p><p>言語の有様に支配されてしまった、「書くだけの作家」「読むだけの読者」を糾弾したショーペンハウアー。</p><p>言葉の支配から「考えながら書く作家」「考えながら読む読者」を救おうとしたロラン・バルト。</p><p>執筆・読書という営みを一元的なものとして捉えてしまえば、両者の主張は相反するものに感じられる。</p><p>だが、執筆と読書を、作家や読者が言葉の形態のもつ圧倒的な影響力と戦う、有機的なプロセスとして理解するとき、両者の距離は――戦う人と護る人の差異こそあれ――ぐっと近づいてみえるような気がするのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>と、このようによしなしごとを思いめぐらせつつ嗜む読書にはそれなりの学びと歓びがあると思うのだが、両先生は果たしてどうお考えになるだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12534251578.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Oct 2019 01:12:10 +0900</pubDate>
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<title>最悪なご挨拶</title>
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<![CDATA[ <p>文章を書くのが、ぼくはどうも苦しいらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>書き上げた自分の文章が嫌いというわけでは決してない。人前でこそ卑下して見せたりするが、本当のところを言うとむしろ好きなぐらいだ。</p><p>ただ、書き進めることは、とても苦しい。</p><p>&nbsp;</p><p>締め切りのあるレポート、小説。溜っていく一方の英語文献邦訳、書評。尻切れトンボのまま放置したツイッターの駄文。</p><p>わずかに進んだかと思えば戻り、消し、書き直す。</p><p>ぼくの苦悩は、出産のそれに似ているのかもしれない。</p><p>愛しいわが子の誕生の瞬間であっても、産道に走る激痛には悶絶する。</p><p>先人はこういう痛みをして「産みの苦しみ」と呼んだのだ、と思う。</p><p>&nbsp;</p><p>＊</p><p>&nbsp;</p><p>苦しみの原因の一つは、執筆者としての自分が、取るに足らない、矮小な、出来合いのキャッチコピーをかき集めてきたような凡庸な人間でしかないことにあるのだろう。目の前に積み重ねられていく薄っぺらな言葉たちに、書いているぼく自身が耐え切れなくなるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくだけが特別つまらないというわけではない。</p><p>思うに、何かを書こうとする瞬間、どんな人間も、無機質な文章作成マシンに成り下がるのではなかろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>山あり谷ありの大冒険を乗り越えてきた勇者も、幾多の甘い夜を過ごしてきたプレイボーイも、その経験を文字にしようとしたとたんに、適当な言葉を探して這いずり回るゾンビと化す。</p><p>あの栄光を、挫折を、苦悩を、悲哀を、表す適切な言葉が見当たらない。</p><p>自分だけの輝かしい経験は、言葉のもつ普遍性の前にもろく崩れ去る。</p><p>&nbsp;</p><p>書き手の人格が無限のバラエティに富んでいても、言葉は――もちろん語彙力の差はあるだろうが――究極的には有限だ。どこまでいっても、言葉は真に自分のものにはならない。</p><p>経験の魔法は言葉によって残酷に引き剥がされ、あとに残るのはどこからか借りてきたような、取るに足らない体験談だ。それはちょうど、爆笑必至と思いついたギャグが、口にしたとたん失笑を買うような寒々しいジョークに零落する、あの瞬間に似ている。</p><p>&nbsp;</p><p>あの感情は、こんなにつまらないものだったっけ。</p><p>無為に積み重なった文字だらけのディスプレイの前に、ぼくは毎日崩れ落ちる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">経験の灯は、言葉にすればたちまちのうちに消えてしまう。それは書くという行為のもつ根源的な性質なのだ。避けようがない。</span></p><p>&nbsp;</p><p>だが。</p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">だが、もうすでに消えかかった蝋燭の灯りをそっと吹き消すことと、目前で燃えさかる火焔を消すこととは大きく違う。</span></p><p>&nbsp;</p><p>ナマモノを言葉にするのは困難だし、究極的には不可能だ。でもとうに干からびてしまった残骸を言葉にするのと、ついさっき「死んだ」ばかりの経験を言葉にするのでは、再現のしやすさ、再現度の高さがはるかに違う。どんな言葉も模倣に過ぎないという言説は、その模倣の程度差を覆い隠す言い訳にはならない。</p><p>&nbsp;</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">確かに言葉の壁は強力だ。でもだからこそ、書くことを躊躇っていてはいけない、と思う。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,メイリオ,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">肌感覚は生々しいうちに言葉にしなければ、すぐに抜け殻になってしまう。そんな干からびた思想では、到底言葉に勝てない。生まれたての新鮮な経験ですら引き分けに持ち込むのが関の山なのだから当然だ。</p><p>&nbsp;</p><p>もしもそういう「死にたての感情標本」があったら、あとからまとまった何か書くときにも、そこから得られるものがあるんじゃないだろうか。</p><p>書くことが苦しい僕が血迷ってブログを始めることにしたのは、そんな理由からだ。</p><p>&nbsp;</p><p>＊</p><p>&nbsp;</p><p>言葉の限界も、日記を書くことの意義も、先人たちがとうに語りつくした、ありふれたテーマだ。今日も僕の文章にはオリジナリティが感じられず、そんなわけでいつものように苦しみ悶えながら、ここまで書き上げるのはやっとだった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、とりあえずはそれでいいのかなと思う。そのうち少しずつ、ほんの少しずつだろうけど、ナマモノの近似値が書けるようになっていくだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>それに今日は「誰かがすでに書いていることでも、自分で考えて手に入れた真理には、百倍の価値がある」と言われたばかりだし。</p>
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<link>https://ameblo.jp/readingmrme/entry-12533945777.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Oct 2019 00:56:48 +0900</pubDate>
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