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<title>心の再生屋さん</title>
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<description>社長！本気で再生しませんか？事業は社長にしか再生できませんよ！そんな頑張る社長の心を支えられれば…</description>
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<title>窮地での判断</title>
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<![CDATA[ <p>会社を再生させるに当たり、資金繰りを改善させることは不可欠である。</p><p>その手法として、様々なリストラ策を講じたり、資金調達を図ったりといったことが挙げられる。</p><p>リストラというと、日本では雇用面での縮小と直訳されがちであるが、あくまでも事業再構築策という意味であり、雇用面での縮小は単なる一方法でしかない。</p><p>不採算部門を廃止してコア事業に専念するよう事業を効率化することもまたリストラ策である。</p><p>無駄な経費を抑制し、経費管理を徹底する仕組みを設けることも同様である。</p><p>こういった社内努力によって自力で再生の道が切り開かれるのであれば理想的であるが、このような事業再構築が必要と判断する場面に陥った会社というのは、概ね資金調達の必要性も生じる。</p><p>その場合に、自社の与信によって金融機関から調達できるならば、返済の見通しがある限りは問題ない。</p><p>しかし、この状況下の会社には与信枠が残っていないことが多い。</p><p>その際に、ノンバンクや個人資産家といった先から融資を受けることもあるが、高い金利が負担となったり、確定申告書の勘定科目明細に記載することによって既存借入金融機関へ与える印象が気になったりするものである。</p><p>そして、更にはスポンサー企業に資金提供してもらうという場合もある。</p><p>この手法を選択する際に、経営者には今一度冷静になって判断して頂きたい。</p><p>通常、スポンサー企業は、支援する会社が再生し、業績を改善させ、その新たな利益を享受することを目的としているものである。</p><p>このような状況は、もう経営者の会社ではなくなるということを意味している。</p><p>確かに、従業員を守るために、そのような決断を下すこともある。</p><p>しかし、それにより従業員自身のモチベーションが下がることも想定される。</p><p>最終的にあらゆる面を勘案して、前に進むための決断をしなければならないのだが、直面している急場を凌ぐことだけに捉われるのではなく、今の決断が将来どのような状態を導くのかということを、余裕のない精神状況の中で精一杯考えて頂きたい。</p><p>理想としては、出資ではなく、融資の形態にすることである。</p><p>多少、金利が高くとも、出資を受けるよりもフレキシブルに展開していける。</p><p>スポンサー側もリスクを承知の上で資金提供するのだから、出資形態を求めてくるのが通常である。</p><p>その場合には、できるだけ出資比率を低くし、将来的に買い戻すことも可能なオプションを付しておくことも一案である。</p><p>経営者にとって、自分の会社として返り咲く可能性も残され、その目標があることで、更なる大きな力が宿ることであろう。</p><p>窮地に立った場面においては、冷静さを欠き、将来的な発想を持つことは難しく、今という時を乗り越えることだけに終始してしまうのは、よく理解できる。</p><p>また、今を乗り越えることができなければ将来なんて訪れないという考え方ももっともである。</p><p>しかし、将来を捨てて今を乗り越えても、その先には何も存在しないことを理解してもらいたい。</p><p>今を乗り越え、そしてその先に自らが描く未来が存在するという一連の流れがあって初めて、そこに道が現れるのである。</p><p>未来へ続く道が存在する方策が必ず存在することを信じて決断されることを願いたい。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10332539294.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Aug 2009 14:47:26 +0900</pubDate>
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<title>破産はリスタート地点</title>
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<![CDATA[ <p>一言で再生と言えども、その手法は様々である。</p><p>法的手続を回避して、自力のみで再生すること。</p><p>スポンサーを確保して再生すること。</p><p>法的手続を踏んだ上で再生をすること。</p><p>更には破産という道を経て再起すること。</p><p>これらそれぞれが再生への道程である。</p><p>破産という手段が再生手法の一つであるかというのは様々な考え方があるが、一人間としての経営者の再生として捉えるならば、一つの有効手段と言えよう。</p><p>ただ、当然のことではあるが、この破産という選択肢は最終手段であり、しかもその決断には時間も要するものである。</p><p>破産という選択肢が頭をよぎった際に、弁護士に相談に行かれるケースも少なくないが、その場合、大方の弁護士は破産以外の選択肢を検討することもなく、破産のメリットを強調してその決断を促す。</p><p>全てがそうだとは言わないが、弁護士もビジネス上の報酬を目的としているが故である。</p><p>確かに、実際に破産をしてみると、「こんなもんか」と感じるといった感想はよく耳にする。</p><p>しかし、その決断をするタイミングは、債権者申立の場合を除いて、誰に促されるものでもなく、自分自身が決めるものである。</p><p>その決断までどれだけ時間を要しても良い。</p><p>債務額、債権者の顔ぶれ、直近の生活、今後の将来性等々を勘案して、自分自身だけに内在する判断基準に基づき、決断を下せば良い。</p><p>利害関係の有無に関わらず、破産を勧める声も周囲から聞こえることもあるが、全ての状況を把握しているのは当事者だけであり、また、破産という決断を下すことができる権利も当事者だけに存在するのであるから、周囲の声に耳を傾ける必要もない。</p><p>これらのことを大前提として、その最中に居られる方々に助言したい。</p><p>破産は、決して逃げ道ではない。</p><p>破産したからといって、翌日からの生活は何も変わらない。</p><p>一定期間、信用取引が不可能になるといっても、今既に限りなく近い状況のはずであるのだから、ハンデと感じることもない。</p><p>商売の失敗は、何ら恥ずべきことではなく、アメリカなどではむしろ事業の失敗経験こそが優遇され、その後の成功に対する確信の裏付けとしてみる風潮さえもある。</p><p>じっくり考え、全てに配慮し、冷静に最終的に判断した道が破産という方向であるならば、それは決して間違っていないであろう。</p><p>何よりも大切なことは、破産というタイミングを自身のリスタート地点として認識し、そこに立ち止まることなく、前に前に歩を進めていくことである。</p><p>そうすれば、気付いた頃にふと後ろを振り返っても、もうそこには破産という景色は存在せず、自分自身が踏み分けて来た新たな軌跡だけが目に飛び込み、それが自信を与え、さらに先に進む勇気を与えてくれるのである。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10313919043.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Aug 2009 15:04:12 +0900</pubDate>
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<title>従業員の協力</title>
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<![CDATA[ <p>経営者一人で事業を営んでいる場合を除いて、少なからず従業員が存在する。</p><p>会社が困難な局面に陥り、事業再生を必要とした時、この従業員の協力がその成否を左右する重要な要素となる。</p><p>一言で従業員の協力といっても様々な形がある。</p><p>状況を察して自主退職してもらうことも一つの協力であるし、解雇を容認してくれることも同様である。</p><p>また、減給や給与支給遅延を承諾してくれることも協力である。</p><p>そして何より、今後の事業回復に向けて最大限の力を発揮し、会社に自己の命運を託す姿勢を供与してくれることこそ、かけがえのない協力といえよう。</p><p>これらの従業員の協力が備わるには、それ以前の経営者の姿勢に起因する。</p><p>好調時であれ不調時であれ、どれだけ従業員を大切にし、正面から向き合ってきたか。</p><p>経営者としての存在感をどれだけ与えることができたか。</p><p>会社として、どれだけ安心感を持たせることができたか。</p><p>仲間として、どれだけ未来を共感できたか。</p><p>経営者と従業員という関係である前に、人間と人間である。</p><p>人間としての適性能力が、経営者と従業員という関係を築いているに過ぎないのである。</p><p>その前提で、人間としての礼節・恩義を尊重する姿勢が経営者に存在するならば、従業員は協力してくれるはずである。</p><p>従業員も物事の分別はできるはずであるから、迫り来る荒波に突っ込んでいく強い決意はある。</p><p>この従業員の勇気が、どれ程経営者の勇気の源となることか。</p><p>「こいつらがこれだけ力を尽くしてくれている」</p><p>「こいつらのために絶対にやり遂げてやる」</p><p>という強い思いが宿り、経営者の心はますますたくましくなっていくのだ。</p><p>再生過程においては、しばしば従業員に無理を強いることがある。</p><p>その際にも、ごまかさず、誠心誠意尽くして向き合えば、共闘体制が崩れることはないであろう。</p><p>私の関与した再生先の会社の有能な従業員の方に、「どうして自ら火の中に飛び込もうと決意したんですか？」と尋ねると、「社長が好きだから！」と簡潔な一言で返された記憶があります。</p><p>この最高の返答をする従業員を持つ経営者もまたそれに見合う人間でした。</p><p>そして、この会社は猛スピードで再生の階段を駆け上がっていきました。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10278438676.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2009 14:29:49 +0900</pubDate>
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<title>プライドとは</title>
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<![CDATA[ <p>事業再生を進めていく中で、経営者は様々な犠牲を払うこととなる。</p><p>その犠牲という位置づけとして「プライド」を挙げる経営者が多くいる。</p><p>「自分はプライドを捨てて一からやり直す」という表現をよく耳にする。</p><p>日本ではプライドという言葉をネガティブな意味で使用することが多いように感じる。</p><p>恐らく、その意味のプライドは見栄・体裁といったことを指しているのであろう。</p><p>しかし本来、プライドとは誇りである。</p><p>人間として、経営者としての誇りは絶対に捨ててはいけないのではないかと考える。</p><p>ご迷惑をおかけした相手方に心からお詫びの意を込めて深謝することはプライドを捨てているのではない。</p><p>誇り高き経営者であるが故に、誠心誠意の対応をしているのである。</p><p>もしお詫びすることを屈辱と思い回避しようとするならば、その者は以前よりプライドを持ち合わせていないのである。</p><p>すなわち誇り高き経営者としての資質に欠けていたのである。</p><p>そんな者ほど、「自分にもプライドがある」ともっともらしい言い訳をするものだ。</p><p>事業を営んできた中で、経営者は様々な事案を経験し、経済界におけるルール、会社と会社また人と人との交わり方を学び、各々個性はあれど自身なりの経営者としての資質を備え、確固たるプライドを築いていく。</p><p>その築いたプライドは社長という地位や、保有する財産といった目に見えるちっぽけな存在ではない。</p><p>自身の経験に基づいた、心の中に宿る無形のものでありながら、その本人にのみ質感を感じ得る尊大なものである。</p><p>このプライドを持ち続けることは事業再生の場面においては必要不可欠である。</p><p>但し、冒頭で述べたような誤ったプライドを持ち続けることは間違いなく再生速度を鈍化させる。</p><p>本当の意味でのプライドを心に秘め、最大限の周囲への配慮を欠かさず、己の信じた再生道を歩んでいけば、苦難が訪れた時に、ありがたい道標が現れ、自らが目指す到達点に導かれていくのではないでしょうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10273962352.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Jun 2009 13:53:55 +0900</pubDate>
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<title>仲間の支え</title>
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<![CDATA[ <p>私が関わって再生された某会社の経営者は、資金繰りのめどが立たず、従業員を守り切ることができない悔しさが募り、債権者の対応にも疲れ、自ら命を絶つことを考え始めていた。</p><p>私が社長室に入った時に、窓を開けて下を眺めていた姿は今も忘れない。</p><br><p>そこまで精神的に追い込まれた社長を救ったのは何だったのか？</p><p>多くの要因はあるが、社長を敬い、その経済人としての可能性を信じ、心から支えてくれる仲間が居たことは突出した要因と言える。</p><p>会社を起業する時、理屈抜きにやる気と根性で突っ走るものだ。</p><p>その時にも、大方が冷ややかな目で見る中、その可能性を信じてくれる仲間の支えは心強いものである。</p><p>会社が軌道に乗り始めると、形式面が整備され、いつしか過去の泥臭さが消え失せていく。</p><p>しかし、会社が行き詰まり困難を迎えると、たちまちその泥臭さが蘇る。</p><p>また、その泥臭さを回避し体裁を確保しようとすると、加速度的に下降の一途を辿るものである。</p><p>一言に泥臭さと表現したが、それはいかなることか？</p><p>それまで形成してきた表面的な装飾を脱ぎ棄て、全ての方への謝罪と感謝の念を重んじ、自らの判断で人間としてあるべき道を決心し、その道をただひたすら邁進することだと考える。</p><p>その行動に一貫性があれば、例え利害関係者であっても協力的な姿勢で応じてもらえることもあり得る。</p><p>この社長の生き様は正にこの如しであった。</p><p>自ら命を絶つことを思い直し、自分なりの正道を邁進した。</p><p>毎日のように各債権者に足を運び、現状を説明して回った。</p><p>支払いのめどが立たない状況の際には、正直に伝え、ただただ頭を下げた。</p><p>対応する担当者が一従業員でしかなく、話の埒が明かない時には、少々強引ではあるが直接社長を捕まえ納得してもらえるまで話をした。</p><p>そんな姿に、根負けした債権者も居るほどだ。</p><p>中には「社長、早く破産手続きしてうちの債権消滅させてよ。こちらも社長を責めたくないし、早く再起しもらって、改めて何か仕事しようよ。」と促してくれることも。</p><p>それでも、そのような日々を闘い抜くことは容易ではなく、精神的な限界も訪れる。</p><p>そんな時、利害のない友人や仕事仲間の激励が何よりも効果絶大だ。</p><p>そして、家族の支えも不可欠であり、尊いものである。</p><p>これらの周囲の支えの有無こそが再生の可能性を左右する大きな要因であると私は信じている。</p><p>このように強く生き抜く姿を見た従業員はどう感じるか？</p><p>無論、そんな社長を誇りに思い、もう一度社長を大舞台に上げてやりたいと意気込むのである。</p><p>この社長はそんな姿勢を継続している内に、徐々に債権者からの追及も減り、事業の再生に費やす時間も多く確保できるようになり、従業員との強い結束のもと、一歩一歩再生を果たしていったのである。</p><p>この社長にとって、そんな過去の苦難の時期に支えてくれた方々から何の用事もなく連絡をもらえた時、何とも言えない幸福感を感じ、心の中でいつも感謝の意で合掌しているそうだ。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10265729751.html</link>
<pubDate>Fri, 22 May 2009 11:22:21 +0900</pubDate>
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<title>突然のSOS</title>
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<![CDATA[ <p>昨日、とある飲食店の経営者から電話が入った。</p><p>その声は今にも殺されるかのように緊迫したものだった。</p><p>私は先方の気持ちをなだめ、ゆっくりと話を聞いた。</p><br><p>昨年より業況が芳しくないことは伺っていたのだが、それ以上のSOSを発していなかったため、私も深くヒアリングすることはなかった。</p><p>どうやら今年に入ってから利益が出たのは1カ月だけで、あとは赤字続きとのこと。</p><p>資金繰りのため個人的に資金を融通してもらっていた相手方も昨今の不況で、急に強く催促してきた模様。</p><p>酒屋にも支払いが遅れ、仕入れも困難に。</p><p>賃料も滞納し、今月末までに支払わなければ強制退去をほのめかされ。</p><p>「とにかく今月末までにまとまった資金が必要で、どこか融通してくれる所はないか？」というSOSだった。</p><p>ここまでの対処を聞くと、従業員を３割減らし、めいっぱい経費を削減していると言う。</p><p>個人的には、妻にも消費者金融で借入をさせ、なんとか生活している模様。</p><p>恐らく離婚することになると思う・・・とも。</p><br><p>『さあ、さあ、この波どう乗り越えましょうか？』私の心の中で当事者の緊張感への接近を試みる。</p><p>ここの業種は富裕層がメイン顧客で、このご時世において最も悪影響を受けている業種である。</p><p>仮にここで資金融通ができたとしても、今後の営業改善のビジョンが見えない。</p><p>まずは、ミニマムサイズの収益想定を前提として、あらゆる面で絞り込み、利益の捻出が可能か否かを見極めなければならない。</p><p>そして可能であれば、即時絞り込みに着手。</p><p>並行して、各支払先に対して支払計画を提示し、ソフトランディングを目指して、根気強く交渉。</p><p>できる限り、新たな借り入れは避けたい。</p><p>もし、どうあがいても利益の捻出が不可能ならば、閉店を視野に入れなければならない。</p><p>その場合には、既存の従業員、社長の今後の生活、社長の家庭といった面に目を向け、少しでも要領良く幕を引く必要がある。</p><p>いずれにしても、これから早急に道標を作る作業の開始である。</p><br><p>この社長が歩んでいくこれからの道程は決して楽なものではない。</p><p>でも、誰も命まで奪うことはしない。</p><p>命ある中で与えられる苦難は、どのような方法であれ、乗り越えることができるもののはずである。</p><p>但し、逃げることだけは決して選択するべきではない。</p><p>どうしようもなくなったら、破産という法的に認められた最終手段もあるのだから。</p><p>最後まで正面向いて闘うべきです。</p><p>その姿勢を崩さない人間には、必ず再挑戦の機会が与えられるはずです。</p><p>この社長が自分の足元を見失わないように、これからしっかりと道を照らしながら共に歩んでいきます。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10263272877.html</link>
<pubDate>Mon, 18 May 2009 14:09:39 +0900</pubDate>
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<title>心の再生始めます</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。</p><p>心の再生屋さんです。</p><br><p>実際には事業再生に関する専門家としての資格を有し、その現場でテクニカルな再生を遂行していますが、再生そのものが有効に機能するか否かは、技術の高度さや交渉の巧さといったことではありません。</p><p>最大の必要条件が備わらなければ、それらの技術的側面は全て無意味です。</p><br><p>では、最大の必要条件とは？</p><p>それは経営者の「必ず再生する」という強い心です。</p><p>再生の現場は過酷です。</p><p>嵐の海原を航るようです。</p><p>次から次へと迫り来る荒波を越えていかなければなりません。</p><p>その荒波はいつまで続くのかも分かりません。</p><p>いっそう、次の荒波にのまれて沈没してしまいたいという弱気が襲ってきます。</p><p>でも、必ず嵐は去り、凪の日が訪れます。</p><p>それを信じて前に進むしかないのです。</p><br><p>では、弱気が襲ってきた時、いかにして自らを奮い立たせ、前に進む推進力を漲らせるのか？</p><p>もし、自分自身の心の底に「このままでは終われない」という精神が少しでも残っていれば、「命までは取られない」と思うことはどうでしょう。</p><p>この言葉は、他人から言われても響かないかもしれませんが、自分という存在を続かせ、闘い続けていこうとする思いが少しでもあるならば、自分に言い聞かせる言葉として強いメッセージになるはずです。</p><p>私はこの言葉を、自ら命を絶って幕を引くことを考えていた経営者の方に伝え、思い止まらせ、時間をかけて戦闘意識を喚起し、再び荒波に送り出したことがあります。</p><p>その経営者は、その後しっかりと荒波を越え、現在凪の海原を物足りなさそうに航海しています。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/rebirth-producer/entry-10259007321.html</link>
<pubDate>Mon, 11 May 2009 16:14:19 +0900</pubDate>
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