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<title>sakamasaの日々のブログ</title>
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<description>アウトプットチャレンジ</description>
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<title>プログラマにとっての手</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">【プログラマにとっての手】</span></span><br><br>自分はコンピュータプログラマとして生計を立てているのですが、<br>ふと手を見ていて「思い通りに動いてくれて有難いなー」と感じました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/16/reileilei/3a/de/j/o1920128214208423679.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/16/reileilei/3a/de/j/o1920128214208423679.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><br>以前、自分の尊敬するプログラマの方との会話の中で、<br>その方が「自分はDIY(Do it yourself:生活用具やインテリアなどを購入するのではなく自分自身で作ること）が好きで、<br>工具をよく購入するのだけれど、どうしても電動丸ノコは買えなかった」と仰っていました。<br>不注意で指が切断されたらそれでかなりプログラマとしては制約がかかるので「確かに！」と同意。<br><br>動いてくれることは有難いこと。<br>そんな手をケアしたいと思ったので、ニベアクリームでも塗ろうか？なんて思ったものの、それでいいのかと立ち止まった。<br><br>プログラマにとっての「良い手」とはどういう手なんでしょうか？<br><br>定義を決めることから考えてみました。<br><br>とりあえず、一人ブレインストーミング。</p><ol><li>キーボードタッチを心地よいと感じること</li><li>痛みがないこと</li><li>皮膚病に罹っていないこと</li><li>腫物が出来ていないこと</li><li>爪が綺麗（割れていない）</li><li>潤っていること（カサカサしていない）</li></ol><p>タッチタイピングのスピードが速いなどの能力的なことは置いておいて<br>限りなく100%に近い能力を引き出せる状態を理想と考えるとこんなところでしょうか。<br><br>集約すると</p><ol><li>心地良いこと</li><li>不快感が無いこと</li></ol><p>になると思います。<br><br>清潔にして、保湿を行い、爪を小まめに切り、健康な手であるようケアをしてみたいと思います。<br>（自分の中の結論としてはニベアという方向性で合っていたということでした）</p>
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<pubDate>Sun, 10 Jun 2018 16:24:17 +0900</pubDate>
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<title>ベストエフォート型の生き方</title>
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<![CDATA[ <p>コンピュータネットワークの勉強をしていて<br><span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;">「IPは最善努力型（Best Effort、ベストエフォート）のサービスである」</span></span>という文章を読みました。<br><br>コンピューターネットワークとはOSI(Open Systems Interconnection：開放型システム間相互接続)基本参照モデルと呼ばれる<br>７層（アプリケーション層、プレゼンテーション層、セション層、トランスポート層、ネットワーク層、データリンク層、物理層）から成っているとのこと。<br>ブラウザなどでブログを見るなど、通信を利用して他のコンピュータとデータのやり取りをしているということは、やり取りしているデータは７層を通過しているとのことです。<br><br>IPとは<span style="color:#7cd300;">Internet Protocol</span>の略でネットワーク層のプロトコル（複数のコンピュータがデータをやり取りする際の手順を纏めたもの）の一つです。<br><br>IPは、コンピュータを操作している人が指定した、世界中に張り巡らされているインターネット上の住所(IPアドレスと言います）にデータを送信する際に使用されます。<br>このIPのサービス形態が最善努力型（ベストエフォート）だそうで、<br>とにかく、与えられた条件で最善を尽くし、指定された住所にデータを送信しようとする。<br>もしかしたら、相手側のIPアドレスは現在使われていなくて届かないかもしれない。<br>もしかしたら、ネットワークの状態が悪くて、<br>データが二重に届けられたり、データが欠損してしまうかもしれない。<br>ただ、IPとしては最善を尽くすんだそうです。<br><br>自分は何か美しさを感じました。<br><br>自分の層での、最善努力の処理を行うことだけが仕事。後は上層のプロトコルに任せる。<br>（IPが所属するネットワーク層の一個上のトランスポート層に属するTCP(<span style="color:#7cd300;">Transmission Control Protocol</span>)と呼ばれるプロトコルが、データは実際に届いたか？正しく届いたか？という信頼性に関する仕事をしてくれるそうです）<br><br>人間の生き方も最善努力でいいのではないかと思いました。<br>自分のところにやってきた出来事に、今手元にあるリソースを使って最善努力で対処し、それで結果が出ればそれでよし、環境が整っていたことに感謝するで終わり。<br>うまくいかなくても、最善を尽くしたと自信を持って言える心もちで対応したら、もうそれは仕方のないこと。<br>自分の持ち分ではなかった（IPにしてみれば、トランスポート層の範疇外）とうまくいかなかったことをただ受け入れる。<br><br>そういったベストエフォートな態度で生きていると、成功しても気分が高揚せず、結果として驕りも昂ぶりもなく、失敗しても自分を無闇に責めることなく、それほど苦悩せず生きていけるのではないかと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170520/00/reileilei/c8/d2/j/o0640042713941307177.jpg"><img alt="" height="414" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170520/00/reileilei/c8/d2/j/o0640042713941307177.jpg" width="620"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/reileilei/entry-12276216871.html</link>
<pubDate>Sat, 20 May 2017 00:51:35 +0900</pubDate>
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<title>制御の反転</title>
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<![CDATA[ <font color="#00BFFF"><font size="5">【制御の反転】</font></font><br><br><br>自分はシステムエンジニアの卵なのですが、Rubyというプログラミング言語の世界のRuby On Railsという<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>の勉強をしていて、<strong><font color="#0000FF">IoC</font></strong><font color="#00BFFF"><strong>（Inversion of Control 制御の反転）</strong></font>という言葉を知りました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151001/23/reileilei/ed/32/j/o0481032913441555749.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151001/23/reileilei/ed/32/j/t02200150_0481032913441555749.jpg" alt="" width="220" height="150" border="0"></a><br><br><br><br><br><strong><font color="#EE82EE">フレームワーク</font></strong>というのは日本語では枠組みと訳される、決まった形のプログラム（例えば、Webアプリケーションだったり、ゲームだったり）を作る際の雛型となるプログラムです。<br><br><br><br>プログラミング言語自体はたくさん種類があって、それぞれ、得意、不得意な分野はあるのですが、基本的に生のプログラミング言語は汎用的で何でも作れるようです。<br><br><br><br>でも、一から作るというのは大変な労力になるので、決まったものを作りたいという目的がある場合、<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>を使う訳です。<br><br>Webアプリケーションの<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>ならWebアプリケーションを作る際の一通りの機能が全て出来上がっています。<br><br>ゲームの<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>なら、キャラクターを動かすとか、イベント処理などのプログラムが一通り出来上がっている。<br><br>プログラマーはそれを利用して<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>という範囲内での自分の作りたいアプリケーションを作ります。<br><br>つまり、労力の短縮ですね。<br><br><br><br><br><br>その際に出てくる言葉が<font color="#0000FF"><strong>IoC</strong></font><font color="#00BFFF"><strong>(Inversion of Control)</strong></font>です。<br><br>０からプログラムを構築する場合は、プログラマーがコンピューターに全ての実行したい命令を書いていきます。<br><br>つまり、コントロールはプログラマーが握っている。<br><br>そして、プログラマーはどんなアプリケーションでも作れる。<br><br>でも、<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>を使う場合、<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>が先に存在していて、<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>がプログラマーに対して、もし必要があるならこの箇所に実行させたい命令を書いてください、と指示を与えます。<br><br>そして、<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>を利用した想定されたプログラムが出来上がる。<br><br>つまり、コントロールが逆転している訳です。<br><br><br><br><br>これって、人間の人生にも当てはまるのではないかな、と思いました。<br><br><br>この世に生まれた人間には無限の可能性があってどんなプログラム（人生）でも作れます。<br><br>でも、同時に、生まれるということは環境の中に産み落とされるということでもあります。<br><br>そこには、自分を取り巻く環境、枠組み（英語ではframework）というものがある。<br><br>例えば、親だったり、世間であったり。<br><br>環境が、子どもの自主性、主体性を認めてあげれば問題はないと思いますが、親や世間が子どもの人生に介入的だと、人生を創造するコントロール主体者が、その人間（生まれいでた子ども）ではなく、環境、親（<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>）へと逆転してしまうことがあるんじゃないかということです。<br><br>環境（<font color="#EE82EE"><strong>フレームワーク</strong></font>）の指示に従っていれば、それなりの人生を送れます。<br><br>でも、この人生は自分が創造したんだ、という達成感は得られないのではないでしょうか。<br><br><br><br><br><br>プログラムの世界のフレームワークという概念は効率を目指したもので、所謂、善的なものだと思いますが、人生という創造においては、コントロールの主体はその人生を歩いている本人自身でなければいけないのではないかと思います。<br><br><br><br>そうでなければ、あの人がやれと言ったからやったのに失敗した、私は被害者だ、みたいなことを言いだしてしまう可能性が出てくる。<br><br>でも、そんなことを言ったって誰もその責任をとってくれないんです。<br><br><br><br>だから、人生のコントロールを誰かに奪われて生きていたと感じているのならば、それをもう一度取り戻す。<br><br>そうすれば、自分の好きな人生を創造できる。<br><br>もし、コントロールを奪われて人生を生きてきた人間が、もう一度人生のコントロールを取り戻した暁には、「今まで、自分は言われるがままにこういう人生をずっと歩いてきたけど、実はこんな生き方を自分はしたかったんだなー」とホッとするような、自分自身に帰るような素晴らしい体験を味わえるのではないかと思います。
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<pubDate>Thu, 01 Oct 2015 23:01:43 +0900</pubDate>
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<title>【コンピュータープログラミングとこの世の法則】</title>
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<![CDATA[ <font size="5"><font color="#FA8072"><strong>【コンピュータープログラミングとこの世の法則】</strong></font></font><br><br>今、昔読んだ「100%自分原因説で物事を考えてみたら･･･」（著者：秋山まりあ）を<br>読み返しています。<br><br>スピ系の自己実現本（なのかな）<br><br><br><br>自分なりに説明すると、今の状況は過去何を考えていたかの積み重ね、<br>そして、今、何を考えて生活しているかが未来と繋がっている、<br>だから自分が原因と考えて行動してください、と述べているようでした。<br>実践的なメソッドも載っていて実用的でした。<br><br><br><br>話は変わりますが、<br><br><br>僕はエンジニアの卵で、コンピューターでプログラムを組むことに無上の喜びを感じています。<br><br><br><br><br>引き寄せの法則のような自己実現系の本は自分が原因ということが多いと思いますが<br>（祈りだったり、アファメーションだったり、イメージングだったり、全部自分がやること）、<br>自分が原因であるということが法則があるのならば、<br>非常にコンピュータープログラミングと通じるものがあるな、と思いました。<br><br><br><br> 思いついた３点を挙げてみます。<br><br><br><font size="3" color="#00BFFF"><strong>①コンピューターが壊れている訳ではない</strong></font><br><br>うまくコンピューターが動かないとコンピューターが壊れていると考えますが、<br>そうでない場合もあります。<br>コンピューターが壊れているなら壊れている、<br>壊れていないなら壊れていないわけなのですが、<br>壊れていないコンピューターに対して壊れているというのはこちらの間違いです。<br>この世界も何らかの法則なり力で刻々と動いています。<br>うまく行かない時、この世界が壊れているわけではないのではないでしょうか。<br>大体、この世界は壊れていると言ったところで…どうにもなりません。<br><br><br><font size="3" color="#0000FF"><strong>②アプリケーションは打ち込んだコードの通りに動く</strong></font><br><br>①に通じますが、予期せぬ結果が出た時、コンピューターが壊れているのでしょうか？<br>打ち込んだ通りに動いているだけではないのでしょうか？<br>少なくとも、コンピューターは、情報として入力された以外の動きはしません。<br><br><br><font size="3" color="#9370DB"><strong>③何かを作るときモジュールに分解する</strong></font><br><br>どんな大きなプログラムもモジュール（部品）で出来ています。<br>モジュールはステートメント（式文）から出来ています。<br>人生でも何かを成したいと思った時、それに向けての行動を、<br>長期目標、短期目標、今日一日やることに細分化出来ます。<br><br><br><br><br>人生では何かが降りかかってくるように見えることもあるわけですから、<br>（思い当たる節がないのに嫌な目に遭った時など）<br>一概に言えないとも言えてしまうのでしょうが、<br>１００％自分が原因という本を読んでそのようなことを考えました。
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<pubDate>Thu, 03 Sep 2015 19:56:07 +0900</pubDate>
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<title>ブログ開始</title>
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<![CDATA[ アウトプットは健康にいいらしい。<br><br>やってみよう。
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<pubDate>Thu, 03 Sep 2015 19:43:25 +0900</pubDate>
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