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<title>種太郎の歴史徒然草</title>
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<description>平安・鎌倉時代好きが明治時代や現代まで、人物、史跡、合戦、刀剣、鎧、古武道など幅広く感じたことを徒然（つれづれ）なるままに書くブログです。歴史のおもしろさわかんねって人にも楽しさや魅力を発信できたらと思ってますので、よろしくお願いします。</description>
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<title>明智家の最後に見る武士の誉れ</title>
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<![CDATA[ <p>みなさん歴史楽しんでますか？久々の更新の梅干種太郎です。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は去年の大河ドラマ<span style="font-weight:bold;">「麒麟が来る」</span>の主人公明智光秀について・・・ではなくその家臣<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">明智左馬介秀満（光春）の誉の湖水渡りについて</span></span>紹介したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">明智光秀</span>は超有名ですよね。本能寺の変で織田信長に斃し、天下分け目の天王山と言われた<span style="font-weight:bold;">山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れ、小栗栖で落ち武者狩り</span>に遭い、<span style="font-weight:bold;">あえなく最期を迎えた悲運の武将</span>です。</p><p>&nbsp;</p><p>光秀さんも織田家の中でめっちゃ頑張ってきた人だけあって、最近では謀反人という汚名のイメージではなく、半端ねぇパワハラ上司の信長に目にもの見せたサラリーマンには他人事には思えない<span style="font-weight:bold;">血の通った人間としての魅力があり、人気も高まっています</span>よね。</p><p>&nbsp;</p><p>きっと真面目で優秀な人だったろうに。<span style="font-weight:bold;">僕の中では信長は天才、光秀は秀才</span>といった感じがします。<span style="font-weight:bold;">光秀は時代の秩序の中で優秀であって信長の秩序破壊は根本的なところで理解できなかった</span>のでしょうね。この辺り秀吉とは明確な違いが出て、最終的には敗れてしまいましたね。</p><p>光秀が太平記の時代にいれば将軍になれたのかなぁと少し妄想してしまいます(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>光秀さんのことはこの辺りにして、今日の本題<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">マイナーだが戦国に強い輝きを残した明智左馬介秀満（以下左馬介）</span></span>について書いていきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>左馬介についてはその存在は確認されているそうですが、詳しいことはあまり分かっていないようです。単なる家臣とも、親族であったとも言われているようです。明智左馬介と言えば昔流行ったプレステ２の鬼武者が有名ですね。金城武の棒読みが懐かしい。あの彼のことです(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>伝えられている話では、山崎の合戦が明智軍の敗北に終わった報を明智秀満は安土城で聞き、急いで、明智家の居城坂本城へ引き上げを開始します。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、勝ちに勢いづいた羽柴軍の堀秀政らが大津のあたりを占拠しており、坂本城への道が塞がれてしまいました。そこで、<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">左馬介はなんと陸路を諦め、馬を湖に入れて、馬と泳いで琵琶湖東から西の坂本城へ向かいます。</span></span>その様を見た羽柴軍は泳ぎ切れるわけないと嘲りますが、左馬介はなんと上手に渡っていくではありませんか。途中からその様を羽柴軍も称賛するようになります。<span style="font-weight:bold;">見事に泳ぎ切った左馬介は馬を乗り換え、坂本城へ向かいました</span>。</p><p>&nbsp;</p><p>坂本城に着いた左馬介は<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">明智家の人々の後始末をつけ、襲って来た羽柴軍に明智家の財宝を天下の宝だと言ってくれてやります</span></span>。しかし、<span style="font-weight:bold;">光秀からもらった大切な宝刀だけはくれやるわけにはいかぬと言って自害</span>して果てます。</p><p>&nbsp;</p><p>この一連のエピソードが<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">「誉の湖水渡り」として語り継がれています。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>そんなすごいことなのって感じもしますが、なぜこのエピソードが誉なのかは<span style="font-weight:bold;">単なる馬術ではない</span>からでしょう。左馬介は自分のことだけ考えれば安土で自害して果てても別に悪くはないでしょう。しかし、それを潔しとはせずに<span style="font-weight:bold;">光秀の家族や明智家の人々が羽柴軍に辱めを受けないよう、決死の覚悟で、後始末をつけに行きます</span>。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">この行動はやはり誉だし、誠の忠と言える</span>のではないでしょうか。そのいじらしさ、人としての美しさを皆が称えたからこそ、このようなエピソード残っているのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>光秀は残念ながら見事な最期とは言えなかったかもしれませんが、<span style="font-weight:bold;">左馬介がいたことによって明智家としては見事な最期であったと言える</span>でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>名将には必ず名臣ありですね。あまり知られていませんが、素晴らしいお話です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210509/08/rekisituredure/2a/e7/j/o3840216014939088925.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210509/08/rekisituredure/2a/e7/j/o3840216014939088925.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rekisituredure/entry-12673394446.html</link>
<pubDate>Sun, 09 May 2021 09:03:40 +0900</pubDate>
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<title>ゴーストオブツシマで考える武士道</title>
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<![CDATA[ <p>　みなさんこんばんは、梅干種太郎です。歴史楽しんでますか(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>　今日は前回に続き、ゴーストオブツシマを題材に武士道を考えていきたいと思います。</p><p>　</p><p>　<span style="font-weight:bold;">武士道とは何</span>でしょうか。僕なり定義するとすれば<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">「独立不羈の精神性をもった戦闘者としての倫理」</span></span>ではないかと思っています。</p><p>　ちょっとわかりにくいかと思いますので、説明していきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　まず、<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">独立不羈の精神</span></span>についてですが、これは辞書的な意味で言うと、<span style="text-decoration:underline;">他人に依って立たない、誰からも束縛されない非常に自立心の強い精神性</span>ということが言えると思います。武士はその成り立ちから、この<span style="font-weight:bold;">独立不羈が考え方の根底に流れている</span>と見て取れます。</p><p>　</p><p>　成り立ちの細かいことは教科書などに譲りながらも、<span style="text-decoration:underline;">どうやって武士が力を持つようになったか</span>簡単に成立の過程をおさらいすると、（空で書いてるので、正確には本とかで調べてください。だいたいこうだったかなという感じで見てもらえると助かります。）</p><p>&nbsp;</p><p>・７４５年墾田永年私財法始まり、これまで土地は公だったものから、<span style="font-weight:bold;">開墾すれば私（自分の土地）にしていいよというルール</span>ができる。</p><p>↓</p><p>・開墾しまくって<span style="font-weight:bold;">自分の土地増やそう運動</span>が始まる。（開発領主が出てくる）</p><p>↓</p><p>・せっかく開墾して増えた土地にまた<span style="font-weight:bold;">多額の税金取られそうになるから、有名な貴族とかに名前借りて対策</span>する。（寄進地系荘園等のはじまり）</p><p>↓</p><p>・自分たちの<span style="font-weight:bold;">土地を官から守るため、武装したり、名前化してる貴族の警備員的なことも始める</span>。</p><p>↓</p><p>・貴族が権力を持ち、朝廷の武力よりも、<span style="font-weight:bold;">貴族の私兵集団の方が武力が大きくなり、権力争いに用いられる</span>ようになる。（保元・平治の乱など）</p><p>↓</p><p>・貴族の駒だった<span style="font-weight:bold;">平清盛が才知と武力を活かし、朝廷制度の枠組みの中で権力を握る</span>。</p><p>↓</p><p>・平氏に対抗する<span style="font-weight:bold;">源氏が、朝廷からの自主権獲得を目指して、平氏と戦</span>を始める。（治承・寿永の乱、寿永二年十月宣旨など）</p><p>↓</p><p>・源頼朝が征夷大将軍になり、<span style="font-weight:bold;">武士の支配権を朝廷から勝ち取り、将軍と御家人との間で御恩と奉公の関係を築く</span>。</p><p>↓</p><p>・蒙古襲来等のゴーストオブツシマの時代</p><p>&nbsp;</p><p>　めっちゃさっくりですがこんな感じでしょうか。これをみても、武士たちはずっと虐げられてきた負けん気の強い農民で、<span style="text-decoration:underline;">頼朝の時代にようやく社会の支配階層として武士は台頭</span>します。<span style="text-decoration:underline;">彼らはずっと自主権を求めてきた</span>のですね。</p><p>&nbsp;</p><p>　横道ですが、だからこそ頼朝は当時めちゃくちゃ人気のあった同じ血筋の義経を妬ましく、恐ろしかったのでしょうね。性格などはわかりませんが、わかっている事実を見ても、そう感じていたとしか思えない冷遇っぷりですもんね。鎌倉にいる武士たちからすれば、頼朝でも義経でもどっちでもいいわけですから。頼朝と情誼的繋がりがあるわけではないので。結果頼朝が亡くなったあとは形だけの将軍を置くことになりますからね。あの兄弟はホントに二人とも悲しい(/_;)</p><p>&nbsp;</p><p>　本筋に戻ります(笑)。この成り立ちを見ると彼らが<span style="font-weight:bold;">独立不羈の精神を大事</span>にすることが分かるでしょう。<span style="text-decoration:underline;">頼れるのは己の勇と智</span>。成立期ごろの武士は江戸時代のように家で縛られることもないので、あくまで御恩（恩賞や土地の保証）の範囲内で奉公（軍事力の提供など）を行うのです。今で言うと<span style="text-decoration:underline;">結構ビジネスライクな関係</span>です。サービス残業なんかしないのではないでしょうか(笑)。</p><p>&nbsp;</p><p>　この独立不羈の精神と対をなすのが、<span style="font-weight:bold;">戦闘者としての倫理</span>です。</p><p>　彼らはあくまで戦闘者です。だから<span style="font-weight:bold;">強くなくてはいけません</span>。それも<span style="font-weight:bold;">天下無双の勇士</span>であることを望みます。<span style="text-decoration:underline;">それを目指す過程の中で一種の道徳のようなものが形成された</span>のではないでしょうか。この辺り大変参考になり、僕も影響を受けている書籍がありますので、最後にご紹介します。</p><p>&nbsp;</p><p>　天下無双の勇士として嫌なことは何でしょうか。それはやはり、<span style="font-weight:bold;">卑怯な振舞</span>ではないかと思います。なので、武士の戦闘の作法としては一騎打ちから始まるというのも、平家物語か何かに書いてあったような気がします。よく歴史の本やテレビなどでも紹介されていますね。</p><p>　口上として<span style="text-decoration:underline;">「遠きものは音に聞け、近きものは目にも見よ。梅干左衛門種盛が六代が末裔種太郎種勝。推参なり！！」</span>とかサンシャイン池崎さん並みに長い自己紹介しちゃうんですね。</p><p>　</p><p>　これだけ長い自己紹介のあと、卑怯な真似はカッコ悪いです。新喜劇ならズッコケますよね。</p><p>　だから<span style="font-weight:bold;">誰にも負けないような強さを求め、それによって得られる誉（ほまれ）を大切にする</span>のでしょう。<span style="font-weight:bold;">戦闘者としての強さがあるからこそ独立不羈を守ることができる</span>のであり、武士は主命といえどその<span style="text-decoration:underline;">決断においては己の信ずるところ大切にする</span>のです。</p><p>&nbsp;</p><p>　前振りがまたも長くなりましたが、ここで<span style="text-decoration:underline;">ゴーストオブツシマを題材に武士道を見ていき</span>ましょう。</p><p>ゴーストオブツシマでは、主人公が武士らしい戦い方を捨て、闇討ちや毒殺戦法を用い、<span style="text-decoration:underline;">卑怯と蔑まれようとも、己の信じる「対馬の民を守る」という一事に一命を賭します</span>。当然そこには葛藤もあり、その辺りも丁寧に作中では描かれます。</p><p>&nbsp;</p><p>　主人公の伯父は誉にこだわるあまり、主人公のこと卑怯な振舞をすると批難し、最終的には袂を分かちます。では、どちらが本当の武士道なのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　僕は<span style="font-weight:bold;">どちらも武士道</span>だと思っています。主人公は伯父の命に背いても、<span style="font-weight:bold;">「対馬の民を守る」という信念に従い</span>ますし、伯父もまた、<span style="font-weight:bold;">武士として家を存続するという信念に従った</span>までのことです。これはどちらが正しいというものではないでしょう。<span style="font-weight:bold;">自分自身に恥じることがなければ、武士はそれで良い</span>のです。その<span style="text-decoration:underline;">結果おこる幸も不幸も全て自分が引き受ける</span>ことになりますから。だからこそ、最後のシーンは胸熱なのですね。</p><p>&nbsp;</p><p>　これはまさに、<span style="font-weight:bold;">何者にも束縛されない、何者にもよって立たない独立不羈の精神</span>ではないでしょうか。また、それは<span style="font-weight:bold;">戦闘者としての強さを追求した上に達する境地から来ている</span>のではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　このゲームは本当に様々な示唆を与えてくれる素晴らしい作品だと思います。武士道は非常に奥深く、武士の公私の概念などわくわく、面白テーマがたくさんあるので、次回以降も事例を見つけては考察していきたいと思いますが、今日のところは以上にさせていただきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>紹介書籍：菅野覚明「武士道に学ぶ」ベースボール・マガジン社（2006）</p>
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<link>https://ameblo.jp/rekisituredure/entry-12669379163.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Apr 2021 00:00:04 +0900</pubDate>
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<title>ゴーストオブツシマで見る刀と剣について</title>
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<![CDATA[ <p>　みなさんこんにちは。梅肉をそぎ落とすべく、筋トレ中の梅干種太郎です。</p><p>&nbsp;</p><p>　さて、<span style="font-weight:bold;">今回は刀のお話です</span>。皆さんはアメリカのゲーム会社サッカーパンチさんが開発した<span style="font-weight:bold;">PS4のゲーム「ゴーストオブツシマ」</span>をご存じでしょうか。これは日本の鎌倉時代に起こった文永の役（１２７４年いちにんなしで覚えましょう笑）いわゆる蒙古襲来をモデルとしたフィクションのARPGです。</p><p>　主人公は対馬の武士で、蒙古との戦で死にかけていたところを助けられ、民のために武士の道に外れようとも、蒙古を対馬から追い出すために仲間と共に奮闘します。武士とは何かをプレイヤーに問いかけるとても素晴らしい作品ですので、日本史好きや侍好きにはぜひプレイして欲しいと思います。僕は３週はしました(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>　ただ、今回はこの作品そのものの紹介というよりは、このゲーム内で取り扱われている<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">「刀」という存在について私見を述べていきたい</span></span>と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　結論から言うと、<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">ゴーストオブツシマで扱われている刀は「剣」</span></span>だということです。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本では<span style="font-weight:bold;">刀のことを「剣」と読んだり、そのまま「刀と読んだり</span>します。本来剣というものは、ドラクエなどでみられるような諸刃でまっすぐのものを指すと考えられ、刀は片刃で湾曲しているものを指すと考えられます。</p><p>　剣を一般的に用いていた中国やヨーロッパなどでは、明確に区分されていたと思われますが、<span style="font-weight:bold;">日本では湾刀である刀についても、剣と言います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>　なぜこのように区分が明確化されていないかを考えると、歴史的に大陸からまず諸刃の剣が伝わり、その後蝦夷などが用いていた日本古来の蕨手刀がミックスされていって日本刀が出来上がっていたのではないかと考えられます。</p><p>　しかし、僕の中でその区分を明確化することは重要でなく、<span style="font-weight:bold;">「剣」という言葉に一定の思想性がみられるということが重要</span>です。</p><p>&nbsp;</p><p>　例えば日本には剣道があります。日本人なら誰もが知っているでしょう。では剣道で何を用いるかというと竹刀です。これも誰もがイメージできるのではないでしょうか。</p><p>　ここで少しの違和感があります。使っている用具は竹の刀であり、あくまで扱いは片刃の刀を想定した競技となっています。<span style="text-decoration:underline;">あれ？剣じゃないのって思いませんか。</span></p><p>&nbsp;</p><p>　僕はここでいう「剣」には先ほど言ったように一種の思想性が見て取れるのではないかと思っています。</p><p>　つまり、<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">刀は単なる物質的なものを指す言葉であり、剣は武士道精神を反映した刀のことを指すのではないかということ</span></span>です。そして、日本人は知らずしてそれを<span style="text-decoration:underline;">明確に使い分けしていると僕は思います</span>。</p><p>　</p><p>　剣道では武士道精神が重んじられるため、試合で一本とったとしてもガッツポーズなどをしては一本が取り消されることもあるそうです。また、日本の古武道でも、<span style="text-decoration:underline;">刀で相手を制する武術のことを一般的に「剣術」と言い、「刀術」とは言いません</span>。</p><p>　物質上の区分で言えば剣術と刀術はその性質の違いから、扱いがことなるので、本来刀術を剣術と呼ぶことに違和感を覚えるはずです。</p><p>　しかし、<span style="font-weight:bold;">日本では当たり前のように刀術のことを剣術と呼びます</span>。これは明らかに、ただ物質上の刀を刀としてみるのではなく、より高次元な付加価値のついた存在として、刀を認識しているということが言えるのと思います。</p><p>　</p><p>　昔から刀は武士の魂と言いますから、この「剣」という言葉には<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">武士道精神という思想性が刀に宿っている</span></span>と考えられます。</p><p>　剣は中国でも王様など高貴な身分が帯びるものというイメージがあるので、もしかしたらそのあたりの考えも影響しているかもしれませんが、日本では特別武士道精神が宿っていると考えるのが自然だと思います。</p><p>　</p><p>　フリが長くなりましたが、ゴーストオブツシマでは主人公が扱う近接武器としては刀しかありません。このゲームでの戦闘はほとんどの場合が屋外で行われますので、普通は薙刀や槍、棍棒など長柄武器を持つのが自然です。（鎌倉時代舞台なので正確には槍はあまり用いないと思いますが）</p><p>　しかし、このゲームは長柄武器を一切廃止しているのです。これはこのゲームが重点を置いていると思われる<span style="font-weight:bold;">「武士として生きるとはどういうことか」という武士道の在り方</span>が影響していると思われてなりません。</p><p>　<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">だから、あれだけ切りまくっても折れず、曲がらず、よく切れる「剣」なのだと思いました。</span></span></p><p>　それほど、このゲームは日本人の精神性に深く切り込んでおり、単にやっていて楽しいだけに留まらない、作品としての価値が僕にはあると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　これをアメリカの制作会社が作り上げたとういうのも驚きですし、嬉しくもあります。よくぞやってくれました。ありがとうございます！！</p><p>　日本人が少し忘れてしまっている精神性を思い出させてくれる機会になったという意味でもこの作品の意義は大きいと思います。古くても良いものは必ずあるので、その精神性を忘れずに日本人として生きていきたいと思えるそんな徒然草でした(^^♪</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rekisituredure/entry-12668411604.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Apr 2021 00:16:57 +0900</pubDate>
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<title>「どうして歴史を勉強するの？」の疑問にお答えします！！</title>
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<![CDATA[ <p>　みなさんこんにちは。最近食べ過ぎが気になる梅干種太郎です。</p><p>　さて、今回は初回ということで、<span style="background-color:#ffcc00;">究極の疑問<span style="font-size:1em;"><span style="color:#000000;">「<span style="font-weight:bold;">なぜ歴史を勉強する必要があるのか</span>」</span></span></span>に対し、<span style="font-weight:bold;">僕なりの見解</span>を述べたいと思います。</p><p>　</p><p>　小中高と歴史の授業で、やれ大化の改新と教えてたくせに高校で急に乙巳の変とかようわからん言葉にすり替わってたり、やれ１３９２年（いざくに）ひとつ南北朝合一と覚えてたら、１４６７年（ひよむな）しく応仁の乱とか諸行無常を嚙み締めたり、ようわからん年号を覚えさせられ、<span style="font-weight:bold;">歴史の授業時間が苦痛でしかないと感じてきた（あるいは感じている）</span>方の多いこと。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="text-decoration:underline;">　わかります。正直僕も授業は面白くありませんでした。(笑)</span></p><p>　</p><p>　それでも、歴史を勉強する意義は十二分にあります。数学や化学、物理、国語、英語などは実践的というか、なんとなく将来役立ちそうだなとイメージできますが、歴史については源氏の何某がどうした、平家の何盛がどうしたみたいな話を終始しているので、<span style="font-weight:bold;">役に立つのかわからなくて興味を失ってしまう人も多いのではないでしょうか</span>。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　ズバリ！！<span style="font-weight:bold;">歴史を勉強すれば将来の役に必ず立ちます</span>。これは断言できます。そして上記の究極の疑問に対しては以下のように答えられます。</p><p>&nbsp;</p><p>　答え：<span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#000000;"><span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">「王者の学問だから」</span></span></span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　いや、なんのこっちゃですよね。(;^ω^)</p><p>　説明いたしますと、歴史と数学は王者の学問。つまり、<span style="font-weight:bold;">王様のなるような責任ある立場の人が、習得しておくべき学問</span>だと言えると僕は思います。なぜかというと、<span style="font-weight:bold;">未来予測に必要な学問</span>だからです。</p><p>　王様のような偉い人はその家来や領民に対して、他国の侵攻を防ぎ、内政を充実させ、民心を得ることが必要です。でもそれは当然並大抵の経験を持った人でなくては務まらないと思います。もし、自分が王に選ばれて、その職責を全うしようとするならば、圧倒的に<span style="font-weight:bold;">経験値が不足しているという状況が起きえます</span>。<span style="text-decoration:underline;">その時歴史は有用</span>です。</p><p>　なぜなら、歴史は過去の人たちが起こした<span style="font-weight:bold;">成功と失敗の規則性とパターンを認識することができ</span>、<span style="font-weight:bold;">自分の人生では決して経験できない量の教訓をもたらしてくれる</span>からです。</p><p>&nbsp;</p><p>　そういうと、いや僕・私王様ならないのでいいっす。てなってしまうかもしれませんが、それは早計です。</p><p>　別に<span style="font-weight:bold;">普通の一般的な生活をするにおいても、未来予測は必要だし、有用</span>です。</p><p>　</p><p>例えば、僕の大好きな源義経は当時武士のトップである源頼朝さんより軍事的な能力が高く、人気者であったため、疎んじられて、最終的には兄弟なのに滅ぼされてしまいした。また、豊臣秀吉の軍師と言われ、正にナンバー２的な存在であった、黒田官兵衛などは、秀吉にその能力を買われて重用されてきましたが、高すぎる能力が故に秀吉がトップに立つと自分を脅かす存在として疎まれます。</p><p>　</p><p>　ここには共通したパターンを読み解くことができます。つまり、<span style="font-weight:bold;">上司より能力の高い部下は、上司が偉くなりきると疎まれてしまう</span>ということです。</p><p>　</p><p>　一般的な会社の中でもこういうことはよくあるのではないでしょうか。あるビッグプロジェクトを成功させる時には有能な部下が必要なので、可愛がって重用するが、ひとたびプロジェクトが終わると、そこで功績を挙げた部下が自分の出世に邪魔になるからと、表向きは良いように言って、地方の管理職として飛ばしてしまうなどは非常にリアルに想像することができます。</p><p>&nbsp;</p><p>　その時、源義経は何で飛ばされたのかよくわからんといって不満に思いながらも次の職場で純粋に活躍することを考えると思いますし、黒田官兵衛なら上手いこと自分の手柄ではないことを主張したり、アホそうな振りをして何とか本社に残ってチャンスをうかがうのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　このように、人によって感じ方、対応の差は出るにしても<span style="font-weight:bold;">「トップより優れた部下は、トップの地位が上がれば上がるほど疎まれる」</span>ということは<span style="font-weight:bold;">パターンとして見えてきますし、その後どうするかというのも教訓</span>として身につきます。</p><p>&nbsp;</p><p>　このように、歴史は字だけで追うと非常につまらないものになりますが、僕らと同じようにその時代、その時代で生きており、<span style="font-weight:bold;">血の通った教訓を与えてくれる大変有用なもの</span>なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　いきなり重めの内容になったかもしれませんが、歴史を勉強する意義を少しは伝えられたかと思います。<span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">歴史は無意味どころか非常に生々しい現実社会でこそ力を発揮する学問</span></span>だと言えるのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　ちなみに数学も取り上げたのは簡単で、数学は今起きていないことを仮で予測することができる非常に便利な学問だからです。小学校で習う速さの問題を思い浮かべればわかると思います。</p><p>　未来予測を使いこなすのは非常に大切であり、それこそ王者たらんと欲すればといった感じです。(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>【今日のおすすめの一冊】</p><p>　司馬遼太郎　「関ケ原」（上）（中）（下）　新潮文庫</p><p>　会社員など組織の中で自分の立場状どうふるまうのが良いのかが手っ取り早く学べるのは、かの有名な関ケ原の合戦なので、司馬遼太郎さんの「関ケ原」がおすすめです。後日これだけで何回かブログ書けそうなので今回は軽くご紹介。とにかく人間模様が面白い。合戦が有名だけど、合戦よりもそこにいくまでの経過の方がめちゃめちゃ大事。仕事は段取り９割とはよくいったものです。(*'ω'*)社会人必読書！！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 10 Apr 2021 22:57:09 +0900</pubDate>
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