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<title>雑多な主張たち</title>
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<description>とるにたらないことについて。</description>
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<title>政党のレーゾンデートル</title>
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<![CDATA[ 菅内閣の支持率が落ち込んでいる。<br>7月には10%台に突入したようだ。<br><br>まぁ、今となってはどうでもいいことだが。<br>だって、10%も20%も同じでしょ。<br><br>それ以上に、菅内閣が発足した当時、支持率が40%くらいあったことが不思議で仕方がない。<br><br>この「不思議で仕方がない」というのはオブラートに包んだ表現であって、実際は「バカな国民が多いなぁ」という意味である。<br><br>鳩山内閣から菅内閣に変わったときに一体何を期待したのか、その40%の人たちにぜひ聞いてみたい。<br>もはや民主党政権は手を打ち尽くしていた、いや、打てる手がなくなっていたのは既に明らかだったと思うのだが。<br><br>はっきり言うが、<br>私は20歳から何回かの国政選挙に欠かさず参加しているが、2009年の総選挙までは毎回「民主党」および「民主党の候補」に投票してきた。<br><br>一度の例外もなく、である。<br><br>なぜか。<br><br>理由は単純。<br>政権交代を実現するため。<br>そして、民主党が野党第一党だったから。<br><br>私は、この選択が失敗だったと思ったことはない。<br>民主党政権が誕生し、公約を破りまくって、下らない政局争いをしているときでさえ。<br><br>何よりも、私は民主党に投票したというより「政権交代」に投票し続けた。<br>そして、それは実現した。<br>自民党の族議員たちが力を失い、癒着が確実に剥がれ落ちた。<br><br>これだけで、10年以上同じ政党に投票し続けてきた成果があったと確信している。<br>もう十分ではないか。<br><br>もともと、民主党の掲げていた、あんな訳のわからない公約を実現できるはずもないし、そもそも2009年に民主党代表選挙で鳩山由紀夫が岡田克也に勝利した時点で、民主党に改革の意思がないことは分かり切っていた。<br><br>でもそれで構わないと思う。<br>とにかく、政権交代を実現したのだから、民主党がそれまで(政権交代を実現するまで)やってきたことは間違っていなかった。<br>マスコミも国民も、この点はきちんと賞賛してあげた方が良い。<br><br>なんか最近、民主党のアホな政策や発言にかこつけて「政権交代は失敗だった」かのような意見を述べる人間がいるが、何を言っているのだろう。<br>今までの自民党政権のままで良かったはずがないじゃないか。<br>盲目じゃなかろうか。<br><br>とにかく、総選挙で勝利した時点で民主党はその役割を終えた。<br>もう十分に仕事をした。<br>あとは、次のことをさっさと考えるべきなのだ。<br><br>私は当然ながら、もう民主党には投票しない。<br>これは政策うんぬんではなく、最初から決めていたことだ。<br>民主党の存在意義は、「政権交代を実現する」という、ただ一点のみにあった。<br><br><br>そんなわけで、2010年の参議院選挙は「みんなの党」に投票した。<br>しばらく投票し続けるだろう。<br><br>政権交代の次の政治の仕事は公務員制度改革である。<br>そして、それが(かろうじて)実現できそうなのは既存政党では「みんなの党」くらいだし、「みんなの党」の存在意義は「公務員制度改革を実現する」という、ただ一点のみにある。<br><br>だから「みんなの党」の経済政策や外交政策などに興味はない。<br>「みんなの党」が公務員制度改革をしている間、経済も外交も滞ればいいのだ。<br><br>公務員制度改革にはそれだけの価値がある(言い換えるなら、国益がある)し、また、それだけの犠牲を払わなければ実現できない政策である。<br><br>どっちにしたって、公務員制度改革もしながら経済も外交も国会対策も選挙対策も完璧です！なんて政党があるはずないでしょ。<br><br>「みんなの党は経済とか外交が弱いから、与党は任せられないよね」なんて言う人は、立候補すればいいのだ。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10975880841.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Aug 2011 01:11:58 +0900</pubDate>
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<title>靖国神社と民主主義国家の在るべき姿</title>
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<![CDATA[ もう2日前のことになるが、<br>8月15日その日に靖国神社へ参拝した。<br><br>戦争が終わったその日は、まさに英霊たちに<br>感謝を捧げるのに相応しい日のように感じる。<br><br>しかし実際はそうではない。<br>その後に千島へ攻め込んできたソ連軍、<br>そして極東軍事裁判。<br>さらにはサンフランシスコ平和条約。<br><br>あらゆる形の戦争がまだ続いていた。<br><br>なぜそのことを知らなかったのだろう。<br>なぜそのことをきちんと子供たちに教えないのか。<br>なぜそのことをきちんと大人たちは言わないのか。<br><br>東京大空襲では一晩で10万人の非戦闘員が亡くなった。<br>原爆は二発で30万人の国民を殺した。<br>南京大虐殺はすでに証拠が捏造であるということが証明されている。<br>従軍慰安婦問題では確たる証拠は一つも出てきていない。<br><br>日本は台湾の民主化に大きく貢献した。<br>韓国の民主化にも大きく貢献した。<br>日本での終戦の後、アジア諸国では日本を手本として独立が相次いだ。<br>世界の白人支配を終わらせた。(まだ完全ではないけれど)<br><br>靖国神社には、日本という国の正しい姿がある。<br>懐古の情や慰めなどではなく、最低限、あくまで最低限の、日本人としての姿勢が示されているに過ぎない。<br><br>「240万余の英霊たちの存在があって、今の自分が存在している」<br><br>そんな当たり前の事実を、当たり前に受け取る姿勢。<br>いつからなくなってしまったのか。<br><br><br>日本人のモラルは低下し、<br>犯罪率は上昇を続け、<br>少年犯罪は低年齢化が進み、マナーも節度も無くなっていく。<br><br>こんな状態を少しでも食い止めるためには、<br>僅かでも日本という国をより良くしたいと願うならば、私は徴兵制しかないと考えている。<br><br>民主主義国家には必ず義務と責任が伴うことを、子供たちに教えなければならない。<br>安全はタダではないことを。<br>自由はタダではないことを。<br>自分の国は自分で守ることを。<br><br>靖国神社はそのことを教えてくれる。<br>徹底したモラルの中にこそ、人間を真の人間足らしめんものが生まれてくるのだ。<br><br>欲望を追求する。<br>お金を追求する。<br>快楽を追求する。<br>そういった価値を至上のものとして、<br>それは人間といえるのか。<br><br>靖国神社で誓える人がどれだけいるのか。<br>自分が人間である、と。<br>自分が日本人である、と。<br>平和を手に入れるために、対価を支払う用意がある、と。<br><br>なぜそのことを今まで誓わなかったのだろう。<br><br>なぜそのことを子供たちは誓わないのだろう。<br><br>なぜそのことを大人たちは誓わないのだろう。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973957282.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Aug 2008 10:54:57 +0900</pubDate>
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<title>映画&lt;ライフ･オブ･デビッドゲイル&gt;に見る死刑制度</title>
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<![CDATA[ 期待してDVDを観たのだが、なかなかの映画。<br>特に最後のあたりの展開はなかなか衝撃的だったのではないだろうか。<br>ただ、もちろん詳細には触れないが、最後の展開は聊か(いささか)ファンタジックな、非現実的な感が拭えない。<br>映画としては、84点くらい。<br><br>ただし、映画のテーマとなっている死刑制度に関しては<br>良い問題提起になっていると思う。<br>その意味だけでも、この映画が存在する価値は十分にある。<br><br>私はこの件に関しては、昔から死刑制度に反対する立場をとったことはない。<br>常に賛成である。<br>大多数の日本人と同じように。<br><br>死刑制度に反対する人間の意見はほとんどが以下に分類される。<br>１．死刑は犯罪の抑止力にはならない。<br>２．冤罪であった場合、取り返しがつかない。<br>３．国家が殺人を犯すことは許されない。<br><br>まず、１については議論が不要であることはすでに明らかになっている。<br>死刑は連続殺人や内乱罪などに適用されるが、その加害者が死刑を恐れて犯行を思い留まることは<br>まず有り得ない。<br>つまり、死刑は犯罪の抑止力にはならない。<br><br>そして２については、もっともな意見である。<br>失った命は戻ってこない。<br>そして如何なる国家にも、<br>如何なる警察組織にも、<br>そして如何なる人間にも、<br>ミスは存在する。<br><br>ただし、それはミスを減らしていく議論をすべきであり、そのために死刑制度を廃止するというのは論理の飛躍である。<br>言い換えれば、冤罪であった場合には懲役刑であっても時間は戻ってこない、という意見でも良い。<br><br>そして、３に対する反論とも繋がるが<br>国家という共同体を作ってしまった以上、<br>異分子を排除する動きは必要不可欠である。<br><br>これは国家でなくても良い。<br>あらゆる共同体、コミュニティーがあれば、<br>そこには排除が存在する。<br><br>まったく排除をなくそうというのは<br>ハートウォーミングな理想論に他ならない。<br><br>一つの例を挙げれば、<br>このところ増えてきている女性専用列車。<br>男性を排除する。<br>私は女性専用列車には賛成だが、<br>男性を排除していることには変わりない。<br><br>死刑も同じ理由である。<br>痴漢をしそうな男性は、専用車両から排除される。<br>凶悪な犯罪を犯した者は、共同体から排除される。<br><br>凶悪な犯罪者に社会復帰のチャンスを与えるくらいなら、<br>まだ痴漢をしていない男性は、どの車両に乗っても良いのではないか。<br><br>ただし、先ほども述べたように、<br>私は女性専用列車には賛成である。<br>過去のデータから、痴漢をする男性が実際にいるからである。<br>同じ理由で、死刑制度にも賛成である。<br>過去のデータから、死刑になる人間は凶悪な犯罪を犯しているのだ。<br><br><br>最後に重要な点を三つ指摘しておきたい。<br><br>一つ目は、社会復帰させる意味のない人間も確かに存在する、という点。<br>人権を笠に好き他手言う者がいるが、<br>どう考えても、社会に有益にならない者は存在する。<br><br>もちろん、進んでその判断をしてはならない。<br>それは人種差別というものだ。<br>そうではなく、<br>すでに社会に完全に不適合である、<br>共同体にとって不利益をもたらす存在である、<br>そのことを自らの手で証明してしまった者は、やはり排除されなければならない。<br><br>二つ目に、終身刑というものについて。<br>死刑制度の反対論の中で唯一的を得ている論は、終身刑を適用しろというものである。<br><br>そこで人権云々を持ち出してくると、簡単に反論も可能だが「死刑にして犯罪者を簡単に楽にしてしまうよりも、終身刑のほうが犯罪者に永く苦痛を与えることが出来る」<br>という意見には耳を傾けざるを得ない。<br>これに対しては反論は出来ないので、最終的には個々の判断に委ねられるのだろう。<br>被害者の遺族に決めさせても良い。<br><br>その意味では、死刑賛成論者のほうが犯罪者に対して優しいのではないだろうか。<br><br>そして忘れてはならないが、<br>終身刑になった者は税金で養い続けるのだ。<br><br>三つ目に、これは当たり前であるが<br>死刑を適用する際の基準を明確にすることだ。<br>逃げてはいけない。<br>被害者の体内に精液が付着している、義務教育に達していない子供が殺害された、明らかに快楽性が見られる。<br>どこからが死刑なのか。<br>今すぐにでも明確にすべき問題だ。<br><br>アメリカのように<br>黒人が白人の４倍も死刑になる社会を作ってはいけない。<br><br>この日本では、<br>二極分化が完了する前に、<br>僅かでもフェアな社会を作っておかなければいけない。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10974087494.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Sep 2007 13:38:33 +0900</pubDate>
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<title>二百四十六万六千五百三十二の重み</title>
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<![CDATA[ 靖国神社参拝の問題で国が揺れている。<br>悪いことじゃない。<br>大いに揺れれば良い。<br><br>ただ一つ、<br>結論から言ってしまえば<br><br>「命よりも大切なものはある」<br><br>このことだけは言っておきたい。<br><br><br>かつて「人命は地球よりも重い」と言った馬鹿な内閣総理大臣がいたが、それは間違いだ。<br><br>命は何かと結びついて初めて意味を持つ。<br><br>単純に「命が大切だ」「生きることに意味がある」などと言った結果が今の社会でしかない。<br><br>自分の命を懸けるものを見つけたときに、命はその輝きを現す。<br><br>人間が生きる目的を持ったときに、<br>命は価値のあるものになる。<br><br>６０年以上前、<br>若い人々の命が輝いた瞬間があった。<br>若い人々の命が価値を持った瞬間があった。<br>そして、価値を持った命はあっさりと失われた。<br><br>朝鮮や<br>中国や<br>沖縄や<br>フィリピンや<br>インドネシアで。<br><br>彼らは命よりも大切なものを見つけ、<br>だからこそ命を大切にしたいと願い、<br>そしてその願いは叶えられなかった。<br><br>しかしその命のお陰で東南アジアの国々は独立を果たし、<br>日本の平和があり、、<br>のほほんと暮らせる私たちの生活がある。<br><br>靖国神社には彼らの「思い」が残されている。<br>そこに行けば彼らの「命の価値」を感じることができる。<br><br>そんな場所を作れるもんか。<br>国立追悼施設なんてものが、<br>「命の重み」に耐え切れるはずもない。<br><br>家族に<br>恋人に<br>自分の住む町に<br>天皇陛下に<br>日本という愛すべき国に<br>「命の価値」を見出して、彼らは死んだ。<br><br>その思いは<br>「靖国神社で会おう」<br>という言葉に凝縮された。<br><br>その約束を反古にはできない。<br>彼らはいつまでも待っている。<br>「靖国神社」に「天皇陛下」が参るのを。<br><br>それを実現するのが<br>彼らの「命の重み」に対する礼儀ではなかろうか。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10974094740.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Aug 2006 13:54:40 +0900</pubDate>
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<title>牛の行方。</title>
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<![CDATA[ 狂牛病。いわゆるＢＳＥ。<br>このニュースを聞くたびに思う。<br><br>人間は、踏み込んではいけないはずの領域に、あまりに無神経に歩を進めている。<br><br>狂牛病の原因は、<br>もともとは羊に起こったスクレイピー（いわゆる狂羊病）ではないかと言われている。<br>その羊の肉骨粉を牛に与えたことが原因ではないか、と。<br><br>まだ確定されたわけではないが、<br>やはり草食動物である牛に、同じ草食動物の骨を食べさせること自体がタブーに触れていることは明白だ。<br>しかもそれだけに留まらず、<br>感染した牛を更に別の牛に食べさせるという暴挙に出てしまった。<br><br>共食いがタブーであることは原始からの常識である。<br>パプアニューギニアの奥地に住む食肉人種の間で流行したクールー病（クロイツフェルト･ヤコブ病の一種）の症状は狂牛病と同じだ。<br><br>この世界から着実にタブーが減っている。<br>そのこと自体は決して悪いことではない。<br>今までタブーと言われ続けてきたものに、意味のないものも多い。<br><br>しかし確実に、<br>この世界の中には、<br>人間ごときが手を付けてはならない領域がある。<br><br>近親相姦しかり。<br>クローン人間しかり。<br><br>人間が手を付けてはいけないものに手を付けてしまったとき、そこには必ず災いが降りかかる。<br><br>これは非科学的な予感ではない。<br><br>現代の科学では単に解明できていないだけの問題。<br><br><br>タブーをタブーとするか否か、その判断は宗教観にかかっている。<br><br>科学では解明できないもの。<br>まさにそのもののために宗教は存在する。<br><br>宗教観を多くの人間が失っていくにつれて、<br>この世界からタブーがなくなっていき、<br>そして人類には災いが降りかかる。<br><br>牛の骨を牛に食べさせることにより、人間の脳に穴が開く。<br><br>過剰なまでに人間に都合の良い環境に世界を変えたことにより、地球の生態系が崩れていく。<br><br>不自然なまでに人口と人間の寿命を延ばしたがために、食糧が足りなくなる。<br><br>すべて同じことだ。<br><br><br>自分がモラリストであるつもりはない。<br>だが、一度くらい考えてみてもいいじゃないか。<br><br>人間の行方について。<br>地球の行方について。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10974091941.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2005 13:50:06 +0900</pubDate>
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<title>History repeats itself.</title>
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<![CDATA[ 日曜日には総選挙が行われる。<br>世論調査では、自由民主党が圧勝するそうだ。<br>民主党には信じられない結果が待っているらしい。<br><br>どちらが勝ったから良いというものではない。<br>ただ、本当にこれで良いのだろうか。<br><br>郵政民営化に、賛成か、反対か。<br>そんな選挙があるものか。<br>なぜそのことに気が付かない人間がこれほど多くいるのか。<br><br>間接民主制を直接民主制に見せかける手段が、<br>小泉純一郎の真骨頂だ。<br>郵政に賛成か反対か、改革を進めるのか止めるのか、まるで国民一人一人が判断して採決できるかのような錯覚。<br>彼はそうやって高い支持率を維持してきた。<br><br>現在の日本は100%間違いなく、アメリカ型の社会に向かって進んでいる。<br>これが現在の小泉－竹中ラインの最大の問題点だ。<br><br>だから、民主党の<br>「選挙は郵政だけじゃない、年金も大事です」<br>という攻め方は間違っている。<br><br>「このままじゃ日本はアメリカのようになってしまいますよ」<br>と言うべきなのだ。<br>そしてアメリカの暗部を説明すべきだ。<br>本当の格差社会とはどのようなものか、ということを。<br><br>ちょっとしたデータがある。<br>日本の犯罪率は2002年で2.3%である。<br>これに対し、アメリカは4.1%である。<br>大きな違いが無いと思うかもしれない。<br>しかし、これはアメリカの国土が広大なためだ。<br><br>イギリスは9.3%、フランスは6.7%、ドイツは8%と<br>ヨーロッパは軒並み高い水準にある。<br>日本の国土はイギリスより広くフランスより狭く、ドイツとほぼ同じである。<br>つまり、これから犯罪は3倍程度には増えるということだ。<br><br>もう一つ。<br>日本の殺人検挙率は2002年で95.7%だった。<br>殺人はほぼ間違いなく捕まるといっても良い。<br>これに対してアメリカは62%である。<br>殺人事件の3件に1件は犯人が捕まっていないという現実。<br>そういう社会に日本が突入していくという現実。<br><br>欧米諸国のように犯罪率が上昇し、検挙率が低下していくとどうなるか。<br>日本にも「住み分け」が起こってくるのは必然である。<br>富裕層は地価の高い、犯罪の起こりにくい場所にコミュニティーを形成し、部外者を排除していく。<br>低所得者は住む場所を求めて地価の低い場所に集まり、スラムを形成していく。<br>そこでは廃墟ビルに若者が屯(たむろ)し、店の窓には鉄格子がかけられる。<br><br>麻薬が現在の25倍に増え、<br>強盗が現在の36倍に増え、<br>強姦が現在の18倍に増える。<br>(すべて国連のデータによる日本とアメリカの比較)<br><br><br>この現実を民主党は国民にアナウンスすべきだ。<br>そして、言わなければならない。<br>「悲しいことですが」と。<br><br>「悲しいことですが、そんなスラムを形成するのは今回の選挙で自由民主党に投票するあなたなんですよ」と。<br>「とりあえず改革に賛成だからという理由だけで、何も考えずに自由民主党に投票してしまうあなたなんですよ」と。<br><br>郵政民営化はスラムへの入り口なんですよ、と。<br><br>富裕層は自分が更に上流へ押し上げられることを知って、自由民主党を支持している。<br>問題なのは、普段は選挙にもいかないくせに、今回だけ「分かりやすい」という理由で選挙に参加してしまう層である。<br><br>私は格差のある社会を否定しない。<br>成功して富裕層になるか失敗してスラムに暮らすことになるか分からないが、それで構わないと思う。<br><br>しかし、憐れでならない。<br><br>安直な理由で自由民主党を支持してしまう人たちが、まさに自分がこれから搾取されるかもしれないということに気付いているのだろうか。<br><br>搾取されることに一票を投じる、そんな決断をしようとしていることに。<br><br>誰かがきちんと説明しなくちゃいけない。<br>資本主義の悪癖は見たくない。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973962910.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2005 10:59:54 +0900</pubDate>
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<title>教育のベクトルは正しいか。</title>
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<![CDATA[ 杉並区で「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が採択された。<br>採択現場では賛成派と反対派が陣を作って睨み合っていた様子がニュースで報道されていた。<br><br>彼らはいったい何をしているんだろう。<br><br>というより、<br>彼らはいったい何者なんだろう。<br><br>どう見ても、彼らが中学生の子供を持つ保護者には見えない。<br>おそらく共産系の団体と右翼系の団体がお互いの勢力拡大のために活動していた、ただそれだけのことなんだろう。<br>中学生のことなど、彼らにとってはどうでも良いのだ。<br><br>私の学習塾でも教科書は使うので、その扶桑社の教科書も手元にある。<br>実際に読んだことのある人がどれだけいるのだろう。<br>この、何の変哲もない教科書を。<br>あるいは逆に、その他の教科書会社の異常な教科書を。<br><br>現在の中学校で実際に使用されている教科書は明らかに左に寄り過ぎている。<br>これは間違いない。<br><br>これは思想的な問題ではなく、事実である。<br><br>そして、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーである、西尾幹二や藤岡信勝などは思想が右に寄り過ぎている。<br>これも事実である。<br>しかし、問題はメンバーではなく教科書なのだ。<br>「つくる会」のメンバーが如何に右寄りであろうとも、作られた教科書はきちんと検定を通過している。<br><br>そして何よりも、その教科書を読んでみればすべて分かることだ。<br>この日本に、初めてニュートラルな教科書が出来たということが。<br>100箇所以上の修正を施した「つくる会」の歴史教科書は、決して右寄りではない。<br>当たり前のことを、当たり前に記述してあるだけだ。<br>つまり、左寄りの教科書とニュートラルな教科書のどちらを選ぶかという問題なのだから、杉並区は当然の採択をしたと言える。<br><br>しかし採択に当たっては、間違いなく左翼団体や日教組のプレッシャーがあったことだろう。<br>その重圧に負けずに正しい判断をした採択員は賞賛に値する。<br><br>ただし問題は教科書だけではなく、現場の教師にもある。<br>如何なる教科書を使おうとも、教師の思想は言葉の端々から溢れ出し、生徒の耳から入り込み、脳へと伝播する。<br>私の生徒たちの中にも、戦争は100％日本が悪いと信じ込んでいる生徒が多数いる。<br>それは何か、自分とは違う「昔の日本人」という人種が犯した悪事を糾弾するかのようだ。<br>そんな人種と血が繋がっていることに生徒たちは気付いていない。<br>そんな人種から自分たちが生まれたことに生徒たちは気付いていない。<br>それを教える大人がいないからだ。<br><br>教育には時間がかかる。<br>一世代や二世代では空気は変わらない。<br>これからの日本をどういった思想が支えていくのか。<br>特定の宗教が根付かない日本で、世間との関係が着実に希薄になっていく日本で、まだこの国が生き延びていく道があるとすれば、それは確かな教育に裏打ちされた愛国心でしかない。<br><br>民主主義の幻想はすでに壊れた。<br>「平和を希求し続ければ手に入る」というファンタジーも、最早なくなった。<br><br>中国のような偏狭なナショナリズムではなく、日本の価値と伝統を確固として抱いた日本人が現れれば<br>この国は安泰だろう。<br><br>もう残された時間は少ない。<br>なぜなら、教育には時間がかかるからだ。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973948964.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Aug 2005 10:44:07 +0900</pubDate>
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<title>郵政民営化の、その先に。</title>
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<![CDATA[ 衆議院が解散された。<br>もちろん悪いことではない。<br>首相には衆議院の解散権がある。<br><br>だけど、何かが違う。<br>こんなに捩れ曲がった政治を、子供たちにどうやって説明するのか？<br><br>仕事柄よく子供たちと接するが、唖然とすることが多い。<br>郵政民営化なんて知らなくてもいい。<br>でも日本という国を愛さない子供が、いかに多いことか。<br>日本という国の国民であるという意識が、何と低いことか。<br>もちろん自分もそうだった。<br>今の子供を責められるわけがない。<br>それは全て大人の責任だ。<br><br>私は郵政民営化を子供たちに以下のように説明している。<br><br>「まず国会議員の中には郵政族というのがいて、その人たちは郵便局員に投票してもらって国会議員になっている。<br>その代わりに彼らは郵便局のために戦う、という契約関係がある。<br>小泉純一郎という男は昔から郵便局が官僚の堕落の根源だと信じている。<br>何年か前には厚生労働省で大臣をして苦い経験をした。<br><br>また、その小泉純一郎は自民党の派閥を破壊しようとした。<br>今までの旧田中派(今の橋本派)という、金に物を言わせて公共事業でリベート(見返り)を受け取る派閥を破壊しようとした。<br>でも本当は、昔から福田派(今の森派)が旧田中派に辛酸を舐めさせられ続けてきたことに対する憂さ晴らしが目的だった。<br>よって小泉純一郎の政策に、旧田中派や似たようなパワーポリティクスを好む政治家たちは反対する。<br><br>さらに小泉純一郎は郵政民営化の法案を通すために妥協している。<br>このことによって逆に郵政民営化に賛成する政治家にも反対された。」<br><br>というのを100倍くらい分かりやすくして説明している。<br><br>つまり、反対の人には3パターンいて、<br>「小泉純一郎を嫌いな政治家」「お金儲けをしたい政治家」「もっと徹底的にやれという政治家」。<br>このような人たちによって廃案になった。<br><br>こういったドラマティックな政治も良いだろう。<br>ただ、言っておかなければならないことがある。<br>政治に私怨は持ち込んではいけない。<br>政治に私欲を持ち込んではいけない。<br>日本の誇らしい未来をつくっていく今を、子供たちに見せられないじゃないか。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973945309.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Aug 2005 10:35:24 +0900</pubDate>
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<title>天皇という一つのファンタジーが、日本にはある</title>
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<![CDATA[ 無関心だったとはいえ、天皇という存在に四半世紀以上親しんできた身にとって、やはり象徴として維持すべきだと考えている。<br><br>内閣総理大臣に日本の歴史と対外交渉と他国との友好親善など、そのすべてを押し付けるのはあまりに酷でもあり、または責任を希薄にしていこうとする国民性でもあるのかも知れない。<br><br>皇室典範の改正についての議論がなされた。<br><br>皇位継承は男系に限って、旧宮家から受け入れるか。<br>それとも女系天皇を認めるか。<br><br>確かに大きな決断のときに来ている。<br><br>私はその存在の重さを考えると、世論と同じように女系天皇を認めるという意見には諸手を挙げて賛成できない。<br><br>天皇という存在には、一般国民と同じような人権は認められていない。<br>それほど日本の中では「浮いた」存在なのだ。<br>一般国民と同じように男女同権を唱えるのは根本的に間違えている。<br><br>2600年余の歴代天皇はすべて男系であった。<br>これをたかが数十年の異変によって転換してよいのだろうか。<br>神武天皇から脈々と受け継がれてきた遺伝子を半分捨ててしまってよいのだろうか。<br><br>もちろん、これはファンタジーだ。<br>天皇が万世一系であることも既に相当に怪しい。<br>というか、ほぼ嘘であろう。<br>しかし、この日本という国の天皇制はまさしくそのファンタジーによって支えられているのだ。<br><br>そしてこのファンタジーは最低限、日本という国の歴史・アイデンティティを理解することなしには語ることが出来ない。<br><br>天皇なんて、そのファンタジーを取り去ってしまえばただのオヤジである。<br>天皇だって、そのファンタジーを取り去ってしまえば何をし始めるか分からない。<br><br>その千切れそうな糸を、万世一系の男系遺伝子というファンタジーが支えているのだ。<br><br>女系天皇が、これまで125代続いてきた天皇制という物語を紡ぎ続けていくことができるのか。<br>この点についての確信が私は持てない。<br>よって残念ながら女系天皇には賛成できない。<br><br>残念ながら。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973939138.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jul 2005 10:20:46 +0900</pubDate>
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<title>モルモンと日本人の葛藤</title>
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<![CDATA[ 最近、信者と会う。<br>キリスト教の、いや、キリスト教者とはおそらく呼べない若者。<br>巷では、モルモン教徒と呼ばれる若者。<br>彼は20歳そこそこの若さで大学を休学し、スーツを身に纏いながら熱心に布教する。<br><br>モルモン教はキリスト教から見れば異教である。<br>それはきっと間違いない。<br>彼らは聖書よりもモルモン書を重んじる。<br>彼らはイエスの復活を信じている。<br>しかもアメリカで復活するらしい。<br>アメリカ人のためのキリスト教、それがモルモン。<br><br>しかし私は彼らを説得する言葉を持たない。<br>モルモン書は聖書を改竄しただけの本だ、そんな指摘に意味があろうか。<br>内容が真実か否かを問うてしまえば、キリスト教さえ虚偽である。<br>宗教とは、本人がそこに希望を見出すことがそのレゾンデートルのすべてであり、<br>その意味においてはあらゆる宗教は宗教足り得るのだ。<br><br>彼らと話すといくつか伝わってくる事実がある。<br>彼らは思考停止している。<br>何が悪で、何が善で、何が価値あるもので、何が貶めるべきものなのかを思考しない。<br>すべて宗教的指導のままだ。<br>また、彼らは自己批判しない。<br>自分たちの教団の不都合な点には気が付かない。または気が付いていても黙殺する。<br><br>私はそれを指摘する。<br>彼らは反論する。<br>まさしく、彼らが受けてきた宗教的指導のとおりに。<br>私は言葉を失う。<br>それが宗教だ。<br><br>私は彼らとの会話の中に落としどころを探している。<br>まだまだ長い道のりになるだろう。<br>しかし、倫理的に生きているはずのモルモン教徒が<br>「イラク戦争を支持する」と言ってはいけない。<br>「僕に責任はない」と言ってはいけない。<br>「アメリカ政府の方針を100%支持する」だって?<br>ふざけるんじゃない。<br><br>支持するのがいけないわけじゃない。<br>そこに葛藤がなければならない。<br>それが人間たる所以じゃないか。
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<link>https://ameblo.jp/religiousfeelings/entry-10973928350.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Jul 2005 10:19:28 +0900</pubDate>
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