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<title>豆花</title>
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<description>のんびりと昔話をしたり、思いついたこと、面白かったことなどを書いていこうと思ってます。</description>
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<title>勤続２０年（9）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="simple09_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="simple09_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;line-height:1.4;font-weight:bold;font-size:20px;min-height:28px;color:#333;margin:8px 0;line-break:anywhere;justify-content:flex-start;text-align:left"><span class="amp-nodisplay" contenteditable="false" role="presentation" style="display:block;flex-shrink:0;width:4px;background-color:rgba(8, 18, 26, 0.16);border-radius:4px;margin-right:8px">&nbsp;</span><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">家を出た日のこと</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>なかなか実家の居心地が良い夫が、息子に戻るというダークサイド落ちになった日から、私の中でちょっとずつ夫に対する不信感、頼りなさを感じていた私は、仕事関係でお付きあのある業者に依頼してアパートを契約した。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夫の家族が全員留守になる日が決まっていたのでその日を狙って、友人のトラックを借りて引っ越しを決行。</p><p>家事でほとんどの家財道具がなくなり、夫の実家に間借りしていたため荷物はもっぱら必要最小限である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子供と猫を連れてさっさとおさらばである。お向かいのロッテンマイヤーおばさんが庭掃除しながらこっちを見ていようともう関係ないのだ。だって、これで気兼ねなく生きることが出来るのだから。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>保育園も職場も遠くなるが、築３０年、鉄筋コンクリート造、3DKで家賃は￥63，500、駐車場代はこの地域では平均である　￥3，000。合計￥66，500ならアルバイトの給料でも結婚前の貯蓄があるのでなんとかなるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>公園でベビーカーを押しながら鳩の数を数えていた頃に知り合って今でも付き合いがあるママ友にも手伝ってもらい引っ越しはあっという間に完了。</p><p>それ以来ママ友のたまり場および、DV被害からの避難場所としてしょっちゅう友人が来ることになる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一応、夫にはついてくるなら鍵渡しておくからくれば？とだけ言ってカギを渡しておいたので、休みの日に荷物を持ってやってきた。</p><p>何とか３人の生活をやろうと気持ちを切り替えてみたもののそこから半年後に離婚することになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その頃息子は３歳８か月。パパッ子だっただけに心が張り裂けるようで息子には申し訳ないことをしたと今でもずっと思っている。離婚とは子供の性格に大きく影響することを後から身に染みてわかった頃、自分を責めて毎日泣き明かしていたこともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でもその時は無理だった。夫とその家族の何もかも。本当にどうしようもなく無理だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>離婚後の保育園の運動会におじいちゃんおばあちゃんも来ている家がほとんどで、私と離婚した夫の2人しか参加していない運動会は息子にとってさぞ寂しい気持ちだっただろう。２歳の時はたくさん家族が来ていただけに周りからの視線も痛かった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>上司に離婚したことを話しお迎えの時間について相談したところ、必ず定時で上がれるように配慮してくれた。</p><p>これからはワンオペになるので仕事でも家庭でもしっかりしなければならない。</p><p>常に気を遣う他人の家での生活より自分の家があるだけで気持ちもモチベーションも変わる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子供の時に両親が離婚していたので自分はしないと思っていたのに同じことを自分の息子にも味合わせてしまったことが悔やまれるが、一人の人間として人生を考えることも必要なことだったので背中を見せて育てるしかないと思い日々を過ごしていった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、生活はぎりぎりで保育料もばかにならない。アルバイトだけの給料では貯金が減る一方だったが、やっと子会社でも再来年の春から社員登用制度が開始されると通達が出たのでほっとした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 09 May 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（8）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;color:#4D4D4D;font-weight:bold;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;word-break:break-word;margin:4px 0 12px;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png) 0 7px no-repeat;background-size:12px 14px;padding-left:20px;display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">働くということ</span></span></h3><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>同僚には最近の愚痴を聞いてもらい、上司には昼食を定食屋出前でご馳走してもらうこともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>分社したことにより、会社自体の業務分担が増えていく中で、一時期仕事終わりが２１時や２２時にある日も少なからずあった。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん夫が保育園のお迎えと職場預かりからの連れ帰りである。</p><p>&nbsp;</p><p>アルバイトなのにどうしてこんな遅い時間までやらなければならないのか？</p><p>アルバイトなのにこんな責任のある書類の処理をしなければならないのか？</p><p>クレーム電話で怒鳴られ、わがままな客に正社員が対応したがらないために振り回されやってられないと何度も同僚と愚痴を言い合った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「嫌ならやめればいい」　それがアルバイトであるが、以前にも書いた通り小さな子供がいる女性が雇ってもらえることが難しい時代と地方なので我慢するしかなかった。　</p><p>そうしなければ居候している実家に生活費を6万円も払えないからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その頃子会社で事務員の正社員採用はまだなかったので、全国にある事務所でもきっと同じ不満が出ていたことと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>仕事があるだけありがたい、有給をもらえるだけありがたい、と思いながら自給７５０円で頑張って働いた。一年で１０円～３０円の昇給があるので最終的に７８０円～７９０円くらいにはなっていたと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、地域差があるので東京や大阪などのアルバイトは７８０円～８００円スタートだったのはずいぶん後から知った。同じ会社でも物価が違うので仕方がないとは思うがそれは２０年以上経った今でも金額は違えどシステムが変わらないので同じ仕事をしているのに地方のアルバイトは可愛そうだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896862666.html</link>
<pubDate>Thu, 08 May 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（7-2）</title>
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<![CDATA[ <p>【　前置き　】</p><p>&nbsp;</p><p>タイトルは勤続２０年となっているものの、その２０年の間にあった人生の一部を書いていることが多くなってきました。</p><p>ブログ初心者のためお見苦しいとは思いますが、暖かい目で見守っていただけると幸いです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>～５日後～</p><p>&nbsp;</p><p>家出から戻ってくると全員リビングに居たので、ただいま戻りました、とだけ言って</p><p>彼らは私が初めから居ないものかのように視線も合わせず声もかけてこず、みんなでテレビを見ながら大笑いしていただけだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さっさと２階の物置部屋へ行き荷物を解きつつ、息子を寝かしつけると明日の仕事のために事務服にアイロンをかけることにした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ほどなくして帰宅した夫は何事もなかったように、普通に接してきていたが私の心は一気に温度を下げてしまい、あまり夫の顔も見てなかったように思う。</p><p>その頃私の気持ちは　この家で他人なのは自分だけ　というものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それ以来、食事はスーパーやコンビニで買ってきて部屋で取り、息子と夫だけ実家の家族と団らんするようになり、私は買ってきたものを部屋で食べることが増えた。</p><p>風呂も会社の通り道から近いスーパー銭湯へ行くことが多くなった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、夫にアパートへ引っ越ししようと提案したところ、考えようか　とだけ言ってそれ以降もアパートへ引っ越すことについて行動する気配はなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 07 May 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（7-1）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>～　背負い餅事案のその後　～</p><p>&nbsp;</p><p>あれから数か月、不満を一度口にすると、これまでの不満と重なり次々とわいて出てきた。ちょうど連休があって仕事が休みだったのと有給休暇がもらえていたのでそれを合わせて５日間休むことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>今では社員、アルバイトの区別なく産休、育休がとれるのだが、あの頃は社員ですら産休や育休を取ったり、ましてや管理職以外は長期休暇から復帰できる環境が整っていなかった。</p><p>ただ、アルバイトにも法定の有給取得をさせてもらえたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>休日初日、いつもは誰かしら一人は家の中にいるが、義父も夫も仕事、義母は自分の実家に出かけており、覗き魔の義祖父は老人会の行事に出かけて居なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>息子が起きたので離乳食とミルクを急いで用意し、出かける準備をする。</p><p>旅行かばんには哺乳瓶を消毒するためのミルトン一色と、粉ミルクの缶、ポットから保温水筒に大量にお湯を入れてあとは日数分の着替えとおむつなどなど詰め込んで</p><p>車に放り込むと、子供を乗せて高速に乗った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>途中サービスエリアに何度か寄り、おむつ替えや食事や休憩を挟み、６時間かけてやっと兄の家に着いた。</p><p>所謂、家出だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>途中で兄に事情を説明し私の同級生でもある義姉にも了解を得てショートステイさせてもらうことになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夫には捜索願など出されようものなら面倒なので、一応連絡はしておいた。</p><p>これまでの我慢したことや夫の対応への不満等々の理由を添えて。</p><p>その返事はわかったよ、子供がいるから運転気を付けて行っての一言だけ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は兄の家まで夫が迎えに来てくれることを内心では期待していたが、夫は迎えには来なかったし、連絡もしてこなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>環境が変わってもあまりぐずることもなく、よく食べよく飲みよく眠る息子は顔以外が私の家系似なのだと思ったものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子供が欲しくても出来なかった義姉には辛い思いと迷惑をかけてしまったと後から後悔したが、あの時は本当にもうあの家に居たくなかったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>車を出した時、お向かいの世話焼きロッテンマイヤー婆さんに見られいた事にはさすがに気が付いていなかった。夫が義母に私が故郷に帰っていることを伝えるより早く大荷物で出かけた事を知っていたのだから。</p><p>&nbsp;</p><p>狭い町内恐るべし・・・</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896848331.html</link>
<pubDate>Wed, 07 May 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（6）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>～　書類仕分けと組の人～</p><p>&nbsp;</p><p>所長より前の事務所から持ってきた段ボール類や書類を整理するように言われたので一人で力仕事をしていると、数人来客があり同僚が対応してくれていたのでひたすら狭くて湿気た紙臭い倉庫の中で書類の仕分けをしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>来客がまだ帰った様子はないのに、同僚が倉庫に来て私に助けを求めるように小声で</p><p>「所長がいないのにどうしよう」と言うので内容を聞くと</p><p>〈お支払いが滞っているため渡せない書類がある〉</p><p>とのことで、それを伝えたところ半分しかない小指を見せるように応接室の机に手を置いて何とかしろといわれているとこのとだった。</p><p>&nbsp;</p><p>所謂どこかの組の人である。</p><p>バイト女性二人で対応できるものではなく、仕方なくお茶を出しながら上司が出かけていて帰ってくるのが２時間後くらいになることを伝えるも、帰るまで待つと言い張って帰ってくれなかったため、私たちは通常業務に戻った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>上司には上の階にある親会社の電話を借りて連絡をし、なるべく早く帰ってくるようお願いておいた。</p><p>万が一狭い事務所なので聞こえたら面倒くさいことになりかねないからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その後上司が帰社して対応していたが、ドンドン机を叩くような音が数回聞こえたが私たちは聞かなかったことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>電話対応や書類送付が増えて割と忙しく、時間もあっという間に過ぎ、気が付けば保育園へお迎えに行く時間になる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>渋滞に巻き込まれて時間をオーバーし延長保育料を支払うことも多々あった。</p><p>アルバイトとはいえ９時から１７時までのお勤めはそれなりに充実していた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>土曜日は隔週土曜出勤だったので、月に２～３回は土曜日出勤だったが、保育園に預けても１７時以降は対応してもらえず、送りは私がし、迎えは夫がしていた。夫は平日休みなので私が土曜日出社の日は夫の職場まで子供を迎えに行くことになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その時の夫の職場の方には、夫にそっくりな顔をした息子を随分と可愛がってもらった。</p><p>なぜか大人になった今でも息子の外見は私には全く似ていない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896833934.html</link>
<pubDate>Mon, 05 May 2025 05:55:55 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（5）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>仕事にも慣れ、淡々と苦い居候生活をこなしていた頃、孫の顔を見ることなく他界した母の代わりに兄夫婦が来てくれることとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>早朝から自宅で一升の餅をついて子供に背負わせるというお祝いが行われることとなり、義妹の子供と一緒に家で行われたお祝いも前半は和やかに進んでいき、餅を背負わされた息子はよろよろと這いずりながらも、それを不快と思わないのか、おじいちゃんや叔父さん、叔母さんに愛想を振りまいていた。従兄のほうはといえば、早々にぐずりだし餅を外してもらっていたが。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その気持ちはわかる。私なら小さな体にそんなもの括りつけられたら肩が凝ってすぐ投げ捨てるか重さに負けてひっくり返った亀のようになるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみにこれは男の子だけの行事らしいので私ならという心配は無用だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昼食も済み、子供たちもうととし始めたころ義母が兄夫婦に</p><p>&nbsp;</p><p>「娘の子供のほうがやっぱりかわいいのよね、他人の産んだ子はどうしても気兼ねしちゃうし」</p><p>と、言ったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>兄は愛想よく微笑んでいたものの、私の物置より狭い心は怒りでいっぱいになり顔面蒼白だったに違いない。その時夫は義父の隣で別に気にする風もなく茶をしばいていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>義母はその後取り繕うわけでもなく、普通にしていたが私の顔が怖かったのか知らないが</p><p>&nbsp;</p><p>「別にこの子も可愛いのよ。でもね、自分の娘が産んだ子のほうがどうしても可愛いってなるのよ。あなたにはあけすけに何でも言える仲だし、ほらぁ、わかるよね？」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今なら実の娘の子のほうが孫の世話に関して気を使うことがないが、嫁の子だと気を遣うからと言いたかったのだろうと理解もできるのだが、その時の私には兄夫婦の前で２回も言われた事に更に怒りが増し、お祝いが終わった夜に泣きながら夫に文句を言い、義母に不愉快であったことを伝えてもらったのだが、義母が弁明しに部屋に来て３度目の同じ話をされたとき、心の中でﾌﾟﾂﾝと糸が切れる音がした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夫はといえば私に言われたから言っただけスタンスを取って隣でFF10をしていた。</p><p>ダークサイドに落ちやがって・・・</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その後兄からあの家とはもう関わらないと一言だけメールが来た。</p><p>兄は静かにお怒りだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896824031.html</link>
<pubDate>Sun, 04 May 2025 04:04:04 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（4）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>～　憧れの事務職になった頃　～</p><p>&nbsp;</p><p>家に帰ると夕飯の支度を手伝い、風呂の用意をし、毎日の様に実家に帰ってくるすぐ下の妹一家のために別メニューで夕飯を作り、それが終わると家族全員+妹家族が入った後に一人で入浴する。ほのかに白っぽく濁ってあれやこれやが浮かんでいる浴槽に浸かる気がしないので真冬でもシャワーで済ませる。</p><p>嫁たるものついでに風呂を洗っておくことも忘れない。</p><p>&nbsp;</p><p>それが裏目に出て洗濯に使うのでふろの湯は捨てないで！とかなりきつめに叱られたが、皮脂や諸々の浮かんだ湯で洗濯されるのは子供の衛生的にきつかったのでそれ以降も時々うっかり風呂の栓を抜くことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、最終的には内心で全面降伏をし、会社の帰りに自分と子供の衣類だけはコインランドリーを使うことにして小さな心の平穏を得たのである。</p><p>夫の衣類に関しては子供のころから慣れているので大丈夫という回答があったのでよしとする。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに息子はといえば、〈本家の長男の息子〉という地位で夫の家では大事にされていた。</p><p>&nbsp;</p><p>分かりやすい例で言えば、必ず一番風呂に義父とはいるのである。私が息子と入浴することは滅多になかった。</p><p>義母がおんぶ紐で息子を背負いながら家事をしている姿をみて感謝したものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>義祖父に至っては義妹と私が同時期に妊婦になったとき、</p><p>「男を生んだほうに１００万円やる」と宣言していたが、１か月差はあるもののどちらも男の子が生まれたのでその話はフィクションとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、ぼけたふりをして風呂を覗く義祖父は義父の後に風呂に入る。</p><p>理由は稼ぎ頭が現在の家長である義父だからだそうだ。</p><p>心底どうでもいい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>休みの日は街の中央にある大きな公園まで車で行って、ベビーカーを押して鳩を数えながら散歩する事が、息苦しいスペースから解放される唯一の時間となってきたころ、実家住まいになった夫が、【夫】から【義母の息子】に徐々に退化し始めていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>義母が上にも下にも置かない愛する息子。</p><p>それはわかるけど、と思うが義祖父に風呂を覗かれたり、義父に食事にいちいち文句を言われたり、義母に愚痴ばかり聞かされて睡眠時間が削られたり、同居の末妹のアイロンまでかけさせられる日々に不満が溜まっていた私の唯一の味方でったはずの夫が【息子に戻る】というダークサイドに落ちるのにさほど時間はかからなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>実家とは子供にとっての安息地であるべきとは思うが、一度外に出て家庭を持った子供がそれでは色々もめる元になるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子供のお祝いで私の兄弟が遠方から足を運んでくれ、息子の従兄になる妹の息子と一緒に背負い餅をやったのだが、その時に義母が私の兄弟夫婦に言い放った一言と、ダークサイドに落ちた夫の態度がその後、私が起こす問題へと発展するのである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896794038.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Apr 2025 15:00:00 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（2）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>同じ部署に正社員で同い年の女性がいた。</p><p>彼女は童顔でスタイルがよく頭も切れる人だ。私より３年先に大卒の新卒採用で入社した。</p><p>&nbsp;</p><p>男性が圧倒的に多い中、私を含め女性は６０人中4人しかおらず肩身が狭かろうと思ったが、彼女は堂々としており男性社員や支店長をもを理詰めで丸め込むほどの強さがあった。彼女は私の憧れのキャリアウーマン像そのものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>会社の食事会や飲み会はアルバイトも会社がお金を出してくれる為、気兼ねなく参加できたので参加する日は夫に保育園のお迎えを頼み育児もお願いして息抜きをすることが出来た。</p><p>保育園は夫がその当時勤めていた会社の道を挟んだ真向かいにあったのが幸いした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>～憧れと嫉妬～</p><p>&nbsp;</p><p>彼女は結婚しているが子供は作らないという。キャリアが途切れるからという理由だ。</p><p>&nbsp;</p><p>２０００年代初めでも地方では、結婚して子供を作って辞められるから若い女性は採用しないという風潮が採用担当者の本音としてわが社でもそこそこあったのである。</p><p>実際、某有名チェーンの靴屋にバイト面接に行った際には結婚してるようですが、お子さんを作る予定は？と聞かれたことがあった。</p><p>今では立派なハラスメントである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>憧れの彼女を仮にみーちゃんとする。</p><p>みーちゃんの私服はバーバリーのミニスカートにオンワードのセーター、背が高くないのを気にしているのかいつも大体厚底ブーツといういで立ちで、バッグや香水、化粧品も常にハイブランド、住んでいるマンションも市内ではそこそこのお値段がする中心部の3LDの新築マンションという生活で、火事で安アパートから焼け出されて居候している私には眩しかった。年収さえ私の夫を軽く超えるもので同い年でここまで人生が違うものかと悲観したものである。</p><p>&nbsp;</p><p>高卒で現在はアルバイト、子持ちで居候の身には見てはいけない違う世界を見たような気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>この地域では実家とのつながりが強いらしく、同じ市内に住む両親からの援助や嫁に行ってもいつまでも面倒を見てもらえるというのが割と多くあるというのも初めて知った。このことは子供が小学校に上がった後にも散々聞かされる話となる。</p><p>&nbsp;</p><p>家は貧しいので高校を出たら自立して家を出て働く事、大学には自分で稼いで行けと幼いころから育った私には生まれのスタート地点から人生が違うのだと夫に話したことを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>要はひと様が羨ましすぎて嫉妬心を抱いたということである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896752348.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Apr 2025 15:53:53 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（3）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>わが社はその時、ビルのテナントとして借りていたフロアが２フロアあったのだが</p><p>朝礼では全員が朝礼当番の号令のもと、大声で社訓の唱和をしていたため、ほかのテナントから苦情が来たことがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この朝礼時の唱和は社会的に問題を起こした企業と全く同じ内容だったため突然廃止という通達が来たので今ではもうない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>アルバイトで入社して１年が過ぎたころ、別の課が独立して子会社となることになり、私はそちらに呼ばれて子会社のアルバイトとなった。</p><p>そこではもう一人のアルバイトが入社して二人で事務作業をすることになった。</p><p>憧れの初事務職である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>同じビルの下の階で全員合わせて６人のこじんまりとした事務所で、先日までの大勢がいた上の階とは大違い。</p><p>現場調査へ出かけるなど、外に出る機会はなくなったものの同僚の女性と雑談することもできてそれなりに充実した日々を送っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子会社化したことで親会社の人たちから私達を下に見る発言が多くなり、今で言うパワハラやセクハラは横行し、スタッフ達がイライラする事も喧嘩してることも増えたものの、人間とは慣れると怒鳴り合いやデスクを蹴っている姿ですら見ても何とも思わなくなるものである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ましてや不倫など親会社の営業職では、息をするようにあちこちで行われていたので気にもならなかった。</p><p>私ですら結婚して子持ちと知りつつ誘ってくる営業職の人がいたのだ。</p><p>モラルとは食べ物の名前だと勘違いしている人間がきっと多かったのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>創立当時から一代で上場企業にまでのし上がった我が社はブラック企業としてもしっかりとその名を轟かせていた。</p><p>そもそも社長が成績の悪い支店宛にＦＡＸで手書きの暴言を送り付けていたような会社である。トップダウンでハラスメントを行う。まさしくそれがブラック企業というものだ。</p><p>そう、当時の彼らにとって社員とは読んで字のごとく使い捨ての駒でしかないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>例え告発本が出ても、新聞記事になっても、週刊誌に載っても金の力でねじ伏せて逆に裁判で勝つくらいのパワープレイができる会社なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896783655.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Apr 2025 15:12:16 +0900</pubDate>
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<title>勤続２０年（1）</title>
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<![CDATA[ <p>今年は正社員になってから勤続２０年になる。アルバイトで入社したのは2002年だが正社員になったのは２００５年なので会社の勤続年数は２０年ということになる。</p><p>&nbsp;</p><p>子供が１歳になって間もなく子供を保育園に預け、新聞の求人欄で今の会社のアルバイト募集を見つけ応募した。</p><p>&nbsp;</p><p>業務内容は法務局へ行き公図をみて現地調査をし、ＰＣ上の地図にプロットしていくという簡単なものだった。</p><p>年の近い会社の人たちと過ごす毎日は私生活のストレスを忘れさせてくれる時間でもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>～　火災という災難　～</p><p>&nbsp;</p><p>妊娠９か月目にアパートの隣室が出した火災により壁一枚隔てた我が家も延焼しないよう窓から室内へ放水されたためとても住める状態ではなくなり、夫の実家へ急遽同居することに決まった。</p><p>&nbsp;</p><p>これから生まれる子供のためのベビーベッドや洋服、ＰＣはじめ電化製品もすべて煤にまみれた黒い水でダメになり廃棄することとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>夫の祖父、両親、未婚の妹（夫には二人の妹がおり一人は結婚している）がおり、焼け出された私たち夫婦はトイレの前の物置になっている部屋でお世話になることとなる。</p><p>&nbsp;</p><p>母親が一人っ子で離婚家庭に育った私には人数が多い家庭で過ごすという憧れの日々を想像していたが、もらい事故とはいえ他人がよそ様の家で家族になれるわけもなく、アウェー感満載で臨月の腹を抱えながら気を遣う日々が待っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>運転できない義母にはスーパーや用事の送迎に使われ、義祖父にはたばこをカートンで勝ってこいとお膳に見本の空き箱を投げて渡され、義父からは炊いたご飯の混ぜ方が甘いと叱られる。お風呂は最後で湯舟には先に入った５人分の汚れが浮いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>義母から町内で知り合いに会う度、【長男のお嫁さん】と紹介されその都度出身地や実家の家族関係などを根掘り葉掘り聞かれたものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>嫁姑、小姑、ご近所問題は他人事で今の時代にはないと思っていたがあるところにはあったのである。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、これらを体験したのは今から25年以上も前の私である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/reno117117/entry-12896711420.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Apr 2025 11:19:59 +0900</pubDate>
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