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<title>漣音のｺﾄﾉﾊブログ</title>
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<description>ふと思ったことや、心に関わる言葉などをゆっくり、ゆったりと書いていきます。コメントは全てチェックしますので、お気軽にどうぞ。</description>
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<title>自分の最大の敵は自分</title>
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<![CDATA[ 自分にとって一番怖いこと。<br><br><br>それは、自分が他人の目で自分の欠点を責め、自分の存在を否定すること。<br><br><br>自分にとって、一番心強いこと。<br><br><br>どんなことがあっても、自分が自分の味方となって、自分を守ることです。<br><br><br><br>自分にとって、自分自身は、自分の安住の地でなくてはなりません。
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<pubDate>Mon, 05 Sep 2011 22:40:44 +0900</pubDate>
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<title>悟り</title>
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<![CDATA[ 悟りってなんだろ？ <br><br>宗教的なことはわからないけど、自分なりに考えてみた。<br><br><br>悟りとは、<br>希望を持って肚をすえることだと思う。<br><br><br>悩んだら悩んでいい。<br><br>迷うなら迷っていい。<br><br>苦しむなら苦しんでいい。<br><br>不安なら不安でいい。<br><br>落ち込んだら落ち込んでいい。<br><br><br><br>暗い現実も逃げずに、ありのままを受け入れよう。<br><br><br> そして、<br><br>焦らないで、手探りで <br><br>あなたが一番いいと思うことを、ひとつひとつやって行こう。
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<pubDate>Thu, 01 Sep 2011 22:17:21 +0900</pubDate>
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<title>誰もが百点満点その２</title>
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<![CDATA[  神様に変わって人間が、勝手に周りのものを評価するのです。 <br><br><br>メダカはかわいいから７０点。<br><br>白鳥は美しいから９０点。<br><br>カラスはいやだから３５点。<br><br>ネズミは嫌いだから１５点。<br><br><br>感じるままに点をつけても、人間は貪欲で満足できないのです。 <br><br><br>今度は周りのものを比較しはじめました。<br><br>善悪<br><br>美醜<br><br>清潔 不潔<br><br>完全 不完全<br><br>速い 遅い<br><br>表 裏<br><br>それらの言葉を発明したのです。<br><br><br>そんな身勝手な人間に、神様もついにお怒りになったのです。<br><br><br>そんなに評価したければ、好きなだけするがよい。<br><br><br>神様はそう決意すると、人間の目を自分自身へ、まともに向けたのです。 <br><br>そんな事をしたら、自分自身の醜さに点をつけ、自分を否定して、自分の心が信じられなくなりました。<br><br><br>自分も他人も信じられなくなった人間が、苦しむ姿を見て、神様は目に涙をいっぱいためていたそうです。 <br><br><br>こんな戯れ事でも、心当たりのある人がいらっしゃると思います。 <br><br><br>あなたも私も百点満点。<br>みんな違ってみんな良い。 <br><br>そうした心構えで、ゆっくりと過ごしてみませんか？
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<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 23:30:37 +0900</pubDate>
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<title>誰もが百点満点その１</title>
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<![CDATA[  神様は<br>小さな池を泳いでるメダカにも、湖の白鳥にも、木にとまるカラスにも、どぶを走るネズミにも、<br><br>動物も、植物も、全てが平等に百点満点をつけて、祝福されている。<br><br><br>メダカも白鳥も、カラスも、ネズミも、自分は百点満点だと素直に信じて、満足している。<br><br><br>だから、自らについて何ひとつとして、不安や心配や迷いがない。<br><br>それぞれが、今日一日を精一杯生きている。<br><br><br><br>それなのに利口ぶった人間は、「俺達が世界で一番エライ生き物だ」と、勝手に思い上がってしまった。<br><br><br>偉くなった人間さまは、せっかく平等に与えられた百点満点が見えなくなってしまった。<br><br><br><br>そこから人間の不幸が始まってしまったのだ。<br><br><br><br><br><br>つづく
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<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 07:32:48 +0900</pubDate>
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<title>人生の先輩の経験から学ぶ</title>
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<![CDATA[ うつうつと気持ちが滅入ってきて、どうにもこうにも何もやりたくない。<br><br><br>嫌なことばかりが頭に浮かび、夜も眠れない。<br><br>そのうち、いいことあるさと、自分で自分を励ましてみたものの、そのいいことってなんなのさと、さらに自暴自棄になってみたり。<br><br><br>まわりの人間は、がんばれ、がんばれと言ってくれるけれど、これ以上がんばることなんて到底無理。<br><br><br>しまいには、どこか遠い世界へ逃亡することまで頭をよぎり、どんどん気分は最悪になる‥‥。なんてことがたまにある。<br><br><br>そんなとき、少しでも前向きになれるような言葉がある。<br><br>疲れた心に栄養を与えられる、素敵な言葉たち。<br><br><br>ほんの気休めにしかならかもしれないが、その気休めから明日また、がんばれるヒントが見つかるかもしれない。<br><br>有名な著書では、あいだみつをさんの「人間だもの」、最近では、90歳を超えていらっしゃる詩人の柴田トヨさんの「くじけないで」が話題だ。<br><br><br>「今までの自分に自信がないなら未来の自分を信じよう」<br><br><br>「やって駄目でも、やらないよりは何かが残る」<br><br><br>「人生に無駄なことなんてない。時には回り道も必要だ」<br><br><br>「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる」<br><br><br>「命までとられるわけじゃない」 <br><br><br>その言葉のどれもが、落ち込んだ心に染みわたっていくようだ。<br><br>誰かの言葉にうれしくなったり、傷ついたり。<br><br>同じ言葉を聞くのなら、こうした再び立ち上がれる力をもらえるような言葉にしたい。<br><br>偉人達による名言や、名のない誰かの言葉を励みにして、再び歩き出せたら、こんなに素晴らしいことはないのではないだろうか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11001974756.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 03:26:09 +0900</pubDate>
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<title>人と人が親しくなるとき</title>
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<![CDATA[ 人と人が親しくなる場合、「類似性」と「相補性」の2つの心理要素が働くものといわれています。簡単に言うと、「似ている」か「正反対」かということ。<br><br>想像して下さい。同じﾐｭｰｼﾞｼｬﾝが好きとか、映画が好きとかいうだけで非常に親近感が湧いて話しやすいはずです。そんな経験ありますよね？<br><br>これが「類似性の法則」によって生まれる関係です。出会った瞬間はお互いをよく知らないので、話題探しにも困りますがこうした類似性を見つけることで、強い親近感を得られるのです。<br><br>では次に、「相補性」とはどんなものか？これは類似性とは逆に自分に足りないものを相手が補ってくれることです。これは結婚を考えるに当たって特に重要な要素です。<br><br>例えば、うまく家計をやりくりできるか、料理ができるか、家事や自分の気付かない点を教えてくれるかということを、男性は考慮して結婚を考えるようです。もちろん男性がこの要素を自分で持っていたら、あなたには別の要素を求めるでしょう。<br><br>類似性に加え、この相補性も持っている女性なら言うことは何もありません。しかし、最初から相補性を見せていくのはNG。初対面の相手が自分にないものばかり持っていたら、「この人とは合わないな」「自分とは全然違うﾀｲﾌﾟだ」と思ってしまいます。こう思われたら出だしでつまづくので、相補性が効いてくるのは仲が良くなってからということです。<br>つまり出会いの段階では「類似性」。ある程度親しくなってきたら「相補性」が大切になってくるわけですね。
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11001504849.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Aug 2011 19:21:08 +0900</pubDate>
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<title>変わりたいと思う心</title>
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<![CDATA[ 今の自分がイヤで、変わりたいと思う時がある。<br><br>でも、自分を変えるのはエネルギーが必要で、願っただけでは変わらないことを経験している人も多いでしょう。<br><br><br>そんな事を繰り返して、自分は変わりたいと願っても、変わる事なんて無理だ。<br><br>とあきらめてしまってる人も多いでしょう。 <br><br><br>でもね、「思う」ことと「願う」ことは同じじゃないんだよ。<br><br><br>願うのは周囲が変わって、事態が好転することです。<br><br>だから、自分は何も変わっていないんだ。<br><br><br>「思う」のは、自分で事態を変える努力をすることなんだよ。<br><br><br>その結果、変わらないこともあるかもしれない。<br><br><br>でも、努力を続けていれば、きっと何かが変わると私は思う。
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11000966373.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Aug 2011 07:12:00 +0900</pubDate>
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<title>幸せを感じる心</title>
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<![CDATA[ 「半分しかない」と「半分もある」<br><br>　日常生活で、この幸せを感じる能力をじょうずに使う場面や材料は、どこにでもあります。<br><br>　たとえば、朝食のとき、子どもが手を滑らせてコップに入ったジュースをこぼしてしまうときがあります。そんなとき、親はどのように対応するでしょうか。<br><br>「何をしているんだ、気をつけなさい！こんなにこぼしてしまって、あと半分しかないじゃないか。しっかりと持っていないから、そういうことになるんだぞ」<br><br>　こんな叱り方をすると、子どもたちにとってせっかくのおいしいはずの朝食も、涙のまじった悲しい味になってしまいます。<br><br>　こんな言い方もあります。「ジュース、こぼしてしまったのか。でも、まだ半分も残っているじゃないか、よかったなあ。コップはしっかりと持っているんだぞ。これから気をつけようね」<br><br>　同じことを言っているのですが、言われた子どもの気持ちはどうでしょう。最初は悲しんでいた子どもの顔も、しだいにうれしそうな笑顔にかわっていくようすが目に浮かぶようです。<br><br>こうした家庭なら、その家族はほのぼのとした気持ちで、その日のスタートが切れることでしょう。<br><br>「半分しかない」と「半分もある」の受け止め方の違いは、どこから出てくるのでしょう。それは、幸せを感じる能力をじょうずに使っているか、いないか、の違いなのです。<br><br>小さなことのようですが、この違いが、人生を生きていくうえで、とても大きな違いになっていくような気がします。<br><br>人間として大切なものとは<br><br>だれでも持っている能力<br><br>私たちは、だれでも幸せを感じる能力を持っています。<br><br>同時に、不幸や不足を感じる心も持っています。<br><br>幸せを感じる能力をじょのうずに使う努力や、それを伸ばす努力をしなければ、<br><br>知らず知らずの間に、不幸や不足を感じる心がだんだんと心全体を支配してしまうことになりかねません。<br><br>　能力というのは、ものごとをなし得る力のことです。ですから、幸せを感じる能力も人それぞれに違いがあり、差もあります。<br><br>また能力は、使えば使うほど伸びるものですから、だれもが伸ばせるものです。自分の中にある幸せを感じる能力をいかにして伸ばしていくかが、これからの人生を切り開き、よりよく生きていくための大切な鍵になるはずです。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11000608893.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 21:38:25 +0900</pubDate>
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<title>日本人は途中でやめる勇気を持ち合わせていない</title>
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<![CDATA[ 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月（一九九六年）に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。 <p>　もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で<b>「失敗した」</b>と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。 </p><p>　どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。 </p><p>　とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。 </p><p>　もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。 </p><p>　また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション（電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備）のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。 </p><p>　原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、<b>「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」</b>と書いていますが、これもこの国の姿なんです。 <a name="page16"></a></p><p>　一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。 </p><p>　具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。 </p><p>　この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。 </p><p>　机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。 </p><p>　結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。 </p><p>　最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。 </p><p>　また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。 </p><p>　それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。 <a name="page17"></a></p><p>　なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。 </p><p>　先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな<b>「閉鎖」</b>なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。 </p><p>　放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。　 </p><p>　今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。 </p><p>　しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇～八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。 </p><p>　これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。 <a name="page18"></a></p><p>　それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。 </p><p>　日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。 </p><p>　しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。 </p><p>　現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。 </p><p>　もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年（一九九五年）フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。 </p><p>　原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。 </p><p>　私が五年程前に、北海道で話をしていた時、<b>「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」</b>と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、<b>「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか？　そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」</b>と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。 </p><p>　それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。 <a name="page19"></a></p><p>　日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。 </p><p>　原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。 </p><p>ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。<b>「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」</b>と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。 </p><p>　この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。　こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。 <a name="page20"></a></p><p>　最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。 </p><p>その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。 </p><p>　話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。　 </p><p>　<b>「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか？」</b>と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。 </p><p>　<b>「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」</b>と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。 </p><p>　<b>「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」</b>と言う。 </p><p>　<b>「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」</b>って、泣きながら訴えました。 </p><p>　私が<b>「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」</b>と聞きましたら、<b>「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」</b>と言います。<b>「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」</b>って。 </p><p>　担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。 </p><p>　これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。 <a name="page21"></a></p><p>　みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。 </p><p>　チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、<b>「原発が止まったら、電気が無くなって困る」</b>と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。 </p><p>　でも、それは国や電力会社が<b>「原発は核の平和利用です」</b><b>「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」</b><b>「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」</b>と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。 </p><p>　原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。 </p><p>　みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。 </p><p>　それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。 </p><p>　そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。 </p><p>　だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。 </p><p>　ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。 </p><p>　原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。</p><br><center>優しい地球　残そう子どもたちに<a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=reon007-0227&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_19.gif" width="100" height="100"></a></center><p></p><h4><font color="#3300aa">原発がある限り、安心できない</font></h4><p></p><h4><font color="#3300aa">私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。</font></h4><p></p><h4><font color="#3300aa">住民の被曝と恐ろしい差別</font></h4><p></p><h4><font color="#3300aa">どうしようもない放射性廃棄物</font></h4><p></p><h4><font color="#3300aa"><b>「閉鎖」</b>して、監視・管理</font></h4><p></p><h4><font color="#3300aa">廃炉も解体も出来ない原発</font></h4>
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11000127339.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 12:37:09 +0900</pubDate>
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<title>自分のせいにすることとしないこと</title>
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<![CDATA[ <strong><span style="COLOR: rgb(0,101,50)">人はなかなか自分のせいにしない。<br>人は転ぶと、まず石コロのせいにする。<br>石コロがなければ坂道のせいする。<br>坂道がなければ履いている靴のせいにする。<br>人はなかなか自分のせいにしない。</span><br></strong>(ユダヤの格言)<br><br><br>自分以外のせいにする場合、以下２種類あると思いますが、<br><br>・自分のみで完結する出来事<br>・他人が絡む出来事<br><br>この格言は、自分のみで完結する出来事の例ですね。<br>そこに他人が絡まないわけですから。<br><br>他人が絡む出来事で例を挙げると、<br><br>「あなたのせいで、あの人に怒られた」とか<br>「あいつがあんなこと言うから、失敗した」とか<br>そういうことですね。<br><br>モノでも、人でも、今回の問題が起きた原因は、<br>自分ではなく他にあるんだと考えてしまうと、<br>自分を省みる時間が持てなくなるんですね。<br><br>というか、持つ気にそもそもならないわけです。<br><br>なので、「いつもあいつのせいで○○だ」と思っている人は、<br>その人がいなくなるか、その人が変わらない限り<br>その問題はなくならないわけです。<br><br>自分は何一つ悪くない。<br>自分は何も変える必要がないと思っているわけですから。<br><br>なので、次に別の問題が起こったとしても、<br>今度は別の誰かに責任転嫁して終わりなわけです。<br><br><br>自分以外は全て他人です。<br>他人って何人いると思いますか？<br><br>自分は何人いるでしょうか。<br><br><br>あと、単純な話、人やモノのせいにばかりしている人よりも、<br>その事実を潔く受け入れ、自分を改善していこうとする<br>人のほうが断然かっこいいと思いませんか？<br><br>あなたの好きな人や尊敬する人に、<br>人やモノのせいばかりにしている人はいるでしょうか？
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<link>https://ameblo.jp/reon007-0227/entry-11000024330.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 10:21:43 +0900</pubDate>
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