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<title>riecomのブログ</title>
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<title>今日は雨</title>
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<![CDATA[ <br>今日は雨が降っています。<br><br>友達が雨を見ながら<br><br>「私は雨が好きです。」<br><br>と言ったので<br><br>「どうして好きなの？」<br><br>と言ったら<br><br>「理由はありません。なんとなく好きです。」<br><br>と言っていました。<br><br>とても素敵な笑顔だったのでなんだか納得しました。<br><br>
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<pubDate>Sun, 28 Jul 2013 20:20:00 +0900</pubDate>
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<title>ふと</title>
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<![CDATA[ <p>私がおいしいものを食べたり、きれいな景色を見たりしてふと考えることは</p><p>「お母さんにも食べさせたいな～。お母さんと来たいなー」</p><p>ということです。</p><br><p>普段はあまり思い出すこともないのに、こういう時にはすぐに思い出します。</p><br><p>自分がいい思いをしたら大切な人に同じくしてあげたくなるのでしょうかー。</p><br><p>（それともただのマザコンなのでしょうか<img alt="叫び" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif" width="16" height="16">）</p><br><p>脳の中はどうなっているのだろー</p>
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<pubDate>Sun, 21 Jul 2013 17:40:01 +0900</pubDate>
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<title>目的って～</title>
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<![CDATA[ <br><br><p>目的を見失うと辛くなるものです。</p><p>見失うというのは名ばかりで、実際には、忘れている、曖昧になっている、確信が持てなくなる、熱が下がる、と言ったことが私には多いです。</p><p>そして、目的がないまま様々なことをその場しのぎでやると、結局その場しのぎなので、余計に時間がかかったり、その時間が面白くなかったりします。</p><br><p>さてさて、私は歌の伴奏をしているのですが、伴奏の目的はなんでしょうか。</p><p>世界大百科辞典によると</p><p>「音楽において主要なパートを支持するための背景を意味する。」</p><p>とあります。</p><br><p>私の場合は歌の伴奏ですから歌を支持しなければならないわけです。</p><p>私が尊敬しているあるピアノ伴奏者の方は</p><p>「ピアノの音が気になるような演奏をしてはいけないです。」</p><p>とおっしゃっていました。</p><p>良くも悪くも歌う人にとって気になってはいけないわけです。</p><p>しかし、伴奏なので音は出さなければならないわけです。</p><p>これはなかなか難しいことです。</p><br><p>また、「音のない時間が大事です。人は音がないときに集中します。歌う人も、弾く人も。また、音がなくなる味があるし、音がつながる味があります。音がないことを恐れないでください。」</p><p>ともおっしゃいました。</p><br><p>なるほど。</p><br><p>私は音を切らしてはいけない！という自分勝手な固定観念があったためいつも何かしらの音を出していましたが、そうではなかったのです。</p><p>歌う人の立場はよくわかりませんが、確かに、弾く側としては、常に音を出し続けるということは、目では楽譜を追い続け、脳からは常に手を作動させる信号を発信し続けることなので、ほかのことは考えられず、弾くことに没頭して仕事のようになっていしまします。伴奏が体質になっていない私だけかもしれませんが。</p><p>しかし、し続けないと不安になる心理があります。</p><p>できなければできないほどに。</p><p>(私の場合、これが生活の様々なところでも起こります（長くなるので省略））</p><br><p>でも、私よりは遥か先を行っている方がそうおっしゃるのだから従うしかないわけです。</p><br><p>間を空けることで気持ちが入るようになりました。</p><p>今まではロボット演奏でした。</p><br><p>さて、これが最初にあった「気になるような演奏」になってしまっていないのかどうか。</p><p>どうでしょうね。</p><br><p>私の役割は伴奏ですが、私が歌をうまく支持できるならそれによって素晴らしい一つの作品が出来上がるなら、それが一つの喜びです。</p><p>伴奏は一つの役割に過ぎず、支持することは目的ではなくあくまで過程であり、もっと上位にあるものを目指し続けること。それが私の目的です。</p><br><p>絶対的な役割を果たしつつ完全に姿を消せるもののすごさを感じる今日この頃です。</p><br><br>
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<pubDate>Thu, 18 Jul 2013 08:50:49 +0900</pubDate>
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<title>そういえば</title>
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<![CDATA[ <p>すっかり目的を忘れていました。 そもそもこのブログを書き始めたのは、私が楽器を通して感じたことを書こうと思っていたからでした。</p><p> </p><p>私は今伴奏をしています。 </p><p>楽器はピアノ。 これがこれが、私の頭痛と肩こりの種であり、私の喜びでもあります。 </p><p>仲良く付き合おうとおもっているのですが、私の心次第で相手も態度を変えてくるので手こずります。</p><p> ピアノで伴奏を始めたのは２年前くらいですかね。</p><br><p> その前はギター→ドラムでした。 </p><p>なぜこんなに楽器に埋もれた人生を生きているのか。</p><p> 超楽器が好き！とか音楽が好き！というわけではないのです。</p><p> なぜかやっていた。</p><br><p>最近感じたことは、 「これが私の表現方法なのでは？」 と、いうことです。</p><p>私は表現が苦手なんです。 話すことも苦手だし、喜怒哀楽を表現するのも苦手なんです。</p><p>もっと表現したいことがあるのに表現しきれずにもどかしい思いになることが多いのです。 </p><p>楽器は言葉にはならないことをメロディやリズムに乗せて表現できます。 </p><p>もちろんまだまだすべてを表現するにはあまりに足りないのですが、 こうして表現できる環境を与えられていることは本当に感謝するしかないです。 </p>
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<pubDate>Sat, 13 Jul 2013 10:36:53 +0900</pubDate>
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<title>健康</title>
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<![CDATA[ 体が辛いといくら頑張ろうと思ってもできません。できたとしても続きません。<br>だから良く食べて良く寝て良く考えて良く動いて良く反省して良く泣いて良く笑って生きようと思います。<br>まずは健康な体を作ろうと思います。
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<pubDate>Fri, 12 Jul 2013 23:08:16 +0900</pubDate>
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<title>一日を一年のように</title>
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<![CDATA[ <p>一日をどう生きるかで、自分の将来が決まるそうです。</p><p>だから一日を生きるときも一年を生きるように、夏にはスイカを食べ、冬にはスキーをするように、そのときにすべきこと、そのときしかできないことをしていかないと取り戻せないことになりますね。</p><br><p>このことを如何に実感するか。</p><p>大抵過ぎた後に気づくものです。</p><br><p>今こうして気づいているから、今日一日を尊く生きて生きたいです。</p><br>
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<pubDate>Wed, 10 Jul 2013 11:33:13 +0900</pubDate>
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<title>決心と実行</title>
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<![CDATA[ <p>ブログを書こうと決心してからどれくらい経つでしょうか。</p><p>決心したことも実行するまでに時間がかかってしまうことが多くあります。</p><p>決心の強さが問題だと思っていましたが、このブログを書くことを通して決してそうではないと感じました。</p><br><p>決心は明らかに以前の方が強かったです。</p><p>しかし、ずっと書かなかったのは「書くからにはしっかり書きたい！」という思いがあったから。理想が高かったのです。</p><p>それゆえに一日すら書いていないこの有様。</p><br><p>しかし今日書いた理由は、とりあえず始めよう。と思ったからです。</p><p>０が１になりました。</p><br><p>日本人は完璧を求めると言いますが、理想ばかり高くて何もできないことは一番苦しいことですね。</p><p>小さくてもまずは少し始めること。</p><p>少しずつ継続して行うことが本当に大きいことです。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/riecom8787/entry-11569631101.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jul 2013 22:34:06 +0900</pubDate>
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