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<title>ダメ子の散歩道</title>
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<description>ダメダメな私の体験</description>
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<title>引っ越しします。</title>
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<![CDATA[ ログインができなくなり、<br>編集、削除もできなくなったので、<br>新しく作り直しました。<br><br>まだ投稿してませんが、ここです！<br>http://ameblo.jp/riemokya1001/<br>これから、<br>よろしくお願いします。<br>
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<pubDate>Tue, 06 May 2014 20:32:09 +0900</pubDate>
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<title>お、お久しぶりです、</title>
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<![CDATA[ スマホに変えてからログインできなくなり、<br>投稿だけはできるのだけど、他の情報が見づらくて、ブログに対する意識が薄く遠くなってしまったようだ。<br>その間に、最近、私の近況も少々変わった。<br>夫と結婚して二十数年、ずっと夫の自営の会社を手伝ってきて、<br>それが当たり前、それ以外の選択は有り得ないと思っていたけど、<br>あるきっかけから、<br>もう、これ以上夫に虐げられ、脅かされ、振り回されるのは嫌だと煮詰まった。<br>ホントにもう嫌！<br>周りから、みんなから、悪人、だめじゃん！と批判を受けてもいい！から<br>今を変えたい！と熱望し、夫と闘って、新しい道に踏み出した。<br>結果、９時から昼過ぎまで、京べんとうのパートに行き始めた。<br>今まで、三回ギックリ腰をして、ソクワン、腰痛持ちの私には、炊飯用の何升炊きガス釜を洗うのは辛いものがある、<br>でも、自分の自立をかけて頑張りたかった。<br>働き始めると、意外にも夫は、機嫌がよくて、からだを気遣ってくれる言葉さえ飛び出し、びっくり、薄気味悪いくらいだ。<br>今まで、働きが悪い自分！という自覚も、少し変わってきて、結構やれるじゃん私！となった。<br>案の定の結果だ！<br>思っていたとおり、私はある程度追い詰められれば働き者に変身できるのだ。自分への信頼度があがった。<br>今は、就職して良かったと思っている。<br><br>最近、書店で「嫌われる勇気」という本を買って読み始め、自立に踏み切るときの心境を思い出して、素晴らしく納得！。<br>人生を少しずつでも、作ろう！、紡ごう！私自身のために！<br>無気力の私から、元気に生きてる私へ変われますように。<br>
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<pubDate>Mon, 05 May 2014 23:43:04 +0900</pubDate>
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<title>スマホにかえましたが。</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140323/19/rieyuri/e2/94/j/o0720128012884577641.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140323/19/rieyuri/e2/94/j/t02200391_0720128012884577641.jpg" border="0"></a></div><br>あらら、うまくできません。テスト中です。
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<pubDate>Sun, 23 Mar 2014 19:36:08 +0900</pubDate>
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<title>エクレシアキャンプの情景⑤</title>
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<![CDATA[ <br>キャンプ解散後、<br>一行は二台の車に分乗し、<br>山梨から千葉袖ヶ浦の事務局に向かって帰途に着いた。<br><br>その路程の要所々々、<br>和賀先生の奥さまが、<br>気が付けは私の横に立っておられて（ドキッ…）、<br>毎回のように話しかけてくださった。<br><br>なぜ？？？<br><br>私があまりにしっかりしてないからかな？<br><br>布教活動されてるのかな？<br>私がキリスト教にふれあう機会がないから、<br>ここぞとばかりに集中講義をされてるとか<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/177.gif" alt="！？"><br><br>多少疑問はわいたが、<br>でもそんなことはどうでもよかった。<br><br>奥様は、私に大切なことを伝えようされているのに違いない！<br>しかもそれは私の心の気付きを促してくれるものだ。<br><br>私はそう直感して、そこから何かを汲み取り、考え、<br>心にしっかり残しておくことだけを考えていた。<br><br>それにしても、なぜ奥様は私の心に響く適切なアドバイスができるんだろう？<br><br>そのことが不思議だった。<br>もしかしたら、霊感のような何らかのインスピレーションを持って話されているのかもしれないとさえ思えた。<br><br>この奥様の素晴らしさの秘訣は、<br>彼女が誰よりも信仰深い方だから…なのだろうか。<br><br>しかし、記憶を辿ると、<br>30年前、そんな奥様から、私にとってどうしても受け入れられない、<br>印象深い言葉を聞いたのを覚えている。<br><br>「キリスト教信仰上、みんなで教会に集うことはとても大切なことなんですよ。」<br>奥様が投げ掛けられたこの何気無い言葉に、<br>当時、マインドコントロールが解けたばかりの私は、拒否反応を起こしていた。<br>なるほど、牧師さんのお話しを多くの人に広げることができるし、<br>説教を聞きたい人や布教活動にはいいかもしれない。<br><br>だからって全肯定していいものだろうか？<br><br>人の価値判断は思った以上に頼りない。<br>その殆どが環境下での刷り込みでできている！<br><br>人が多く集う信仰は良くて、一人での信仰はあまり良くないなんて、<br>本末転倒じゃないの？<br><br>結果的に心の安定につながるとしても、<br>集団心理で価値判断を鈍らせ価値観をコントロールすることを大切と言っていいものなのだろうか？<br>ある集団が長所が沢山で一番素晴らしく見えても。<br><br>集団で価値観を共有して行動していると、その中で正しいとされることが真実となる代わりに、別の真偽を見つめる心の目を失っていくのではないか？<br><br>正直どこかで、偽物に真理の皮を被せて渡されていてもわからないのではないか。そんな不安が付きまとう。<br><br>トラウマのない人なら、集団とともに行動を共にし、心の勉強をするのもひとつの方法だろう。<br><br>でも少なくとも私は、もっと別の方法で、自分の内面を見つめながら自分と会話するように、具体的にこういうストレスにはこういう考え方、物事をこう捉えると楽になる。<br>日々少しずつでも自分の中の気付きを積み重ね、外の情報とも照らし合わせて、自分に取り組んでいきたい。<br><br>私も含めて人は、洗脳や批判や、情報の偏ったピックアップ等で、あるいは何かを真面目に考え過ぎても、<br>どうしても客観性と柔軟性を失って、<br>考えや法則が人を駆逐する方向へ進んでしまう。<br><br>宗教ばかりでなく、国民の常識、社会の常識、世界中の無数の決まりと正義。私にはそれが洗脳もどきのように思えてならない。<br><br><br>本当に正しいことが分からない自分だから、キリスト教や仏教や心理学についても、どれが良いものか判断できない。<br>いろいろ広く参考にはさせてもらって、自分の心の成長については個人的に自分の頭で考え自分で選択していきたかった。<br><br>しかし、時を経て、<br>今、再びその集まることの意味を考えてみると。少し違うものが見えてきた。<br>
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<pubDate>Sat, 01 Mar 2014 13:19:42 +0900</pubDate>
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<title>エクレシアキャンプと私の心の情景④</title>
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<![CDATA[ 二日目の午後、<br>今度は頭と体を動かしてレクレーションだ。<br><br>天真爛漫な子供達と、結構いい年!?の大人達が、恥ずかしながら、歳を忘れてのガチ対決。<br><br>簡単な、だけど急げば急ぐほどウッカリ間違ってしまう指差しゲームで、生き残りをかけて競いあった。<br><br>よっしゃ！カンタンじゃないか！<br><br>しかし、いざゲームが始まると、私は身体中がカチコチになって不器用度ＭＡＸ！<br>ずっと一人の人を指差し続けることしかできなかった。結果、その人が脱落すると、あっけなく共倒れ。恥イー！<br><br>それでも、脱落者は増える一方だったから、遠慮なく笑えた。ハハハハ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m">。<br><br>頭のやらかい子供達は大抵強かった。<br>だから、大人ニモカカワラズ、間違えずに次々やれてる人がいると、羨望の眼差しが注がれる。<br><br>あの年であそこまでやれるかぁ…？凄い！<br><br>最後は、各グループチャンピオン大会、決勝戦。<br>大人と子供の一騎討ちラリーは圧巻だった。<br><br>あの人やばい！子供より頭が若い<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！" class="m">何者？。<br><br>皆の視線を一人占めして、にわかヒーローが誕生した。ブラボー<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/104.gif" alt="グー" class="m"><br>（パラパラ拍手<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/106.gif" alt="パー" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/106.gif" alt="パー" class="m">）<br><br>沢山笑って楽しんだその後は、<br>おだやかな西湖のほとりをぶらぶら。ポツネン、ぶらぶら…。<br>何気にゆったりと、のどかなひとときを過ごし、自然の癒しの力でリフレッシュ三昧。<br><br>再び室内に戻ると、早くも会は大詰め。<br><br>最後に、和賀先生や、ご尽力くださった皆さんの終わりの挨拶、お言葉を頂いて、<br>盛りだくさんな二日間はあっという間に終わってしまった。<br><br>それでも、今回、その中で個人的に得たものは予想以上に大きかった。<br><br>当初、ずいぶん後ろ向きな緊張感をもて余した私だったが、<br>５〇才にしてはあまりに情けない自分に幻滅、<br><br>その失敗を埋めるべく変な見栄を張ることとなった。<br>つまり、本来、口下手で消極的な私が、フレンドリーで好人物であるかのように装っていた。<br>つたないながらもポツポツと会話する社交性のある自分を頑張って演じたのだ。<br><br>お陰で、一人、また一人。少しずつ話した人数が増え、終わるまでには大部分の参加者と話すことができた。<br><br>すると、いつの間にか、それまでと違う不思議な感覚に気付かされた。<br><br>集まりに加わった当初、そこは私にとって敵意に満ちた空間だった。<br>ところが、その同じ場所が、今や安心と充実感の場へと変化していた。<br><br>不器用な私ができることは単純な会話だけだったのだが、それでも、周りの環境（自分の頭の中で作り出す環境）をアウェイからホームに変えてしまうコミュニケーションの底力に驚いた。<br><br>社交家ならば知る人ぞ知る常識なのかもしれないが、元々、ひどい言語障害で対人恐怖症の私は、集団の中では大概孤立していて、それを知るすべもなかった。<br><br>なんだ、こんな簡単なことに気付かなかったのか。<br>まるで真下の土の中に埋められている宝を探し当てた気分だ。<br><br>いわいる恐怖症克服手段としてのエクスポージャーという考え方は知っていたのだが、<br>今まで考えていたそれとは、動機が少し違って、今回は、私の対人恐怖症の歴史を揺るがす、実践的に生かせる、大きな収穫を得ることができた。<br><br>これからは、失敗する可能も認めた上で、口べたのまま積極的に話しかけて、自分の頭が固くならないように気を付けよう。<br><br>キャンプが終わって。みんなチリジリバラバラになる時を迎え、<br>せっかく知り合った人達とその場で別れることは、<br>寂しいし、もったいなくて、後ろ髪ひかれる思いだった。<br><br>しかし、有難いことに、<br>私は、エクレシア事務局（方面）へお帰りになる和賀先生達に同行させてもらうことになり、<br>まだ、一緒に居れることにホッとして、<br>一路、新たな目的地へ向かった。<br><br>そしてここから、今回、私の心を耕してくれるもう一つの出会いが始まるのだった。
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<pubDate>Sat, 25 Jan 2014 09:18:03 +0900</pubDate>
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<title>エクレシアキャンプと私の心の情景③</title>
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<![CDATA[ 翌日は、いよいよ安息日礼拝。<br>今回押さえておくべき重要なメインイベントなのだ。<br><br>私はクリスチャンじゃないけれど、<br>数十年ぶりの先生のお説教を聞けることが嬉しくて、感謝を込めて有り難く傾聴させていただきます。と念じていた。<br><br>ところが…、<br>二日続けての寝不足がいけなかった。<br>私の意に反して眠気が差した。<br>必死に抵抗して、意識の有る限り、何度も、<br>まぶたに力を込め見開いて頑張ったにもかかわらず、<br>私は不覚にも、ゾンビの様な魂の抜けた姿をさらしたまま、<br>夢の中に入ってしまったのだった。フンガァ～。<br><br>気が付いた時は、全てが終わっていた…。<br><br>またまた、ガックシっ(&gt;_&lt;)、<br>重ね重ね残念な私。<br>心ばかりの感謝を表すつもりで参加したのに、<br>ただの恥の上塗りにしかなってない！<br><br>しかし、後悔で重くなった私に対しても、<br>先生はずっと優しく接してくれた、父親の様なその暖かさが身に染みて、<br>全部許してくださってるのだと実感、<br>お陰で重苦しい心が癒され軽くなった。<br>なんてクリスチャン的な日なんだ<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"><br>
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<pubDate>Sun, 22 Dec 2013 07:16:58 +0900</pubDate>
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<title>エクレシアキャンプと私の心の情景②</title>
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<![CDATA[ さて、そんなこんなで、<br>大騒ぎの末、願いがかなって熊本から東京へ飛び立った私は、<br>慣れない旅に沢山のドジや迷走を繰り返しながら、群衆の波を抜け、連なる山々を越えて、山梨県は西湖のほとり、くわるびホテルに何とかたどり着いた。<br>このチョッと落ち着いたリゾート地が、エクレシアキャンプの開催場所だ。<br><br>きたぞぉ！エクレシアキャンプ同窓会？<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/104.gif" alt="グー"><br>意気込んで入ったホテルの玄関口、受付に静かにたたずむ懐かしの泉山さんは、早速、暖かい安心感を私の心に灯してくれた。その隣にいらっしゃる優しいお方は初対面の山下さん（奥さん）。この二人と同室にしてくれたそうだ！よっしゃ有難う！のっけからいい感じ！<br>そして、和賀先生はというと、お若いし基本お変わりないのだが、以前シャープだったお顔がソフトになられ、角度によっては亡くなった父に、ハッとするほどよく似ておられて驚いた。しかし、その語り口調は昔のまま、30年の歳月を隔ても一瞬で時間が戻ったような、そのままの空気感が味わい深い。やっとお会いできたんだと実感。じわじわと喜びがわいてきた。<br><br>ところが、予定どおりホールに一同（以外にも約４０人）が集まると、<br>和賀先生ご夫婦、泉山さん、山下さん以外は面識のない方たちばかりで、<br>もともと対人恐怖症界出身の私は、いきなり強烈な違和感に襲われた。<br>周りの人が、取り付く島もない遠い人に思え、重く刺々しい何かが私を覆って、通常の思考を奪われた。<br>おまけに、神様のよもやま話を嬉しそうに話している人を見るにつけ、私は透明なぶ厚い壁を隔てて冷たく凍りついたのだった。<br>こんな自分の反応に自分自身が驚かされ、<br>みんないい人に違いないのに、私はこんなに不信感を内に秘めた人間だったのかと、がっかりもした。<br>そして、場違いなところに来てしまったと大いに後悔したのだった。<br><br>しかし、最初の自己紹介とスピーチで、若い人からお年を召した方まで、何人もの体験に耳を傾け、共感し、<br>また、現在進行形で巻き込まれて、親御さんを悩ませている人達がいることに、やるせなさを感じているうちに、自分の息苦しさは忘れ、昔、確かに、他の人の洗脳体験を聞きたい、同じ境遇の人と知り合いたいと思っていた時期があったことが思いだされた。<br>そういえば『これは、私が待ち望んだものだったんだ。』と周りを見回して、しんみり一人納得した。<br><br>しかし、私自信のスピーチは納得できないひどく情けないものとなった。<br><br>進行係の山下さんが、時間が足りないのでできるだけ２分以内でお願いします。と何度となく呼び掛けていらしゃったのだが、<br>それを受けて、私の頭の中では、<br>“２分以内”と、“喋りたい内容”とが、せめぎあって緊張が高まった。<br>でも短時間で素早くまとめる脳力！は持ち合わせがなく…。んー困った。<br>仕方なく早口でなんとかする暴挙を選択するも、しかし私は“どもり持ち”だし、脳は半ボケ。スピーチなんかすると、頭のどこかが制御を失って、一旦停止の赤信号点滅のような赤面症が現れ、さらに恥ずかしい。でも、年取って少しは克服したかも、私は変わったはず、頑張れ私！！<br>よしっ！と頑張ったスピーチの第一声はイチオクターブくらい高い声が出てしまった。それがヤギか宇宙人のような震え声となり、そんな自分にパニクリながら宇宙人しゃべりを暴走した。<br>…しまった！…あら…あら…（恥！）…。<br><br>情けない二分間だった。<br>予想外の不気味さに、<br>自分は一生ダメ人間なままなのかと悲しくなり、年と共に成長してきたつもりのオバサンの面子が萎えて、ガックシ落ち込んだ。ダメージ…。<br><br>けれどお陰で、ダメ過ぎて力が抜けた。どうせダメもと、今までもダメ人間として生き、罪人扱いされてもしかたない私です、と思ってやってきた。<br>〇〇〇様さえも罪人扱いされたんだ。<br>こんな些細なことに落ち込む弱い私に気付かされて逆に有難うだ！<br>その後は、少しの勇気とつなたい話術で、ひとりずつ話しかけて、地道に知り合いを増やす作戦でやっていくことにした。<br><br>その夜、私達の部屋には女性７、８人集まって、よもやま話に花を咲かせ、夜が更けるまで話し込んだ。初対面の人達と、楽しく過ごし、充実感さえ感じたひとときは、私の中で特別なものとなった。<br>
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<pubDate>Thu, 19 Dec 2013 05:55:45 +0900</pubDate>
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<title>エクレシアキャンプと私の心の情景①</title>
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<![CDATA[ 久しぶりに届いたエクレシアの封筒を目にした時、<br>私は、自分がまだ見捨てられていなかったことに、安堵のため息をついていた。<br>「よかった、まだ忘れられてなかっだったんだ。」<br><br>「…でもこれって何の連絡だろ？」<br><br>「もしや先生に何かあったとか？」<br><br>不安な気持ちで封を開けると、そこには、<br>『…先生も７０歳を迎えられ…、これを期に「エクレシアキャンプ同窓会」を開きます！』のような説明がなされていた。<br><br>もう７０才になられたんだ…。もしかしてご引退？だったりして？近い？<br><br>そうかあぁ…。<br>近くの人達は気軽に会いに行けていいよね。<br>私は行きたくても行けない。熊本から東京に上京して同窓会に出席するなんてこと、夫に話しを切り出すのもはばかれるくらいだ。<br><br>それに私は、メンバーの殆どを知らないし、そういう場は大の苦手だ。<br>もともと、“対人恐怖”と“どもり”の持ち主だし、口数も少なく、会話が会話にならない。その手の集まりは、自分のつたなさを思い知らされる場でしかない。<br>同窓会なんて、私とは正反対の“住む世界の違う人”が行く場所なのだ。<br><br>…けれどエクレアには恩人がいる、心残りもある…。<br><br>活字の苦手な私は、過去に、脱会者の手記も書いてないし、通信のプリントも重過ぎて読めなかった。ここ数十年間サポーターでもなんでもない。<br>完全な落ちこぼれだけど、それでも、できるなら直接会って、改めて感謝の気持ちを伝えたい、それを行動で示したい！とずっと心のどこかで思っていた。<br><br>日頃、自宅周辺で変わらぬ日常を過ごし、エクレシアと無縁の生活をしているけれど。<br>私が今あるのは、確実に和賀先生や泉山さん、エクレシアの活動のお陰様でもある。<br><br>なのに私はかれこれ30年は幽霊部員のような存在を続けているのだ。<br><br>そのことがモヤモヤしていた。<br><br>そんないろんな後悔を『同窓会』で多少ともリベンジできるかもしれないと考えると、<br>心の中の何かが強迫的に反応して、<br>「このままじゃいやだ！行かなくちゃ！」と騒ぎだした。<br><br>しかし、私が今いる環境は、それを受け入れる素地は全くなく、<br>古風で束縛屋タイプの主人にそんなことを言い張れば、面倒なことになるのはわかっていた。<br>もし、『もう一度会う』を選択するのなら、<br>常識や家族団らんを害する自己中人間として迫害されるに決まってる。<br>しかも、自営業を営む主人に対し、不器用すぎる私は、手伝いもあまりできず、料理、掃除ともに苦手。<br>いつでもお説教を受ける側で、主人には全く頭が上がらない状態。<br><br>自信のない私にとって“自分のやりたいこと”は、否定されればすぐに撤回せざるを得ない、弱々しい不安定なものだった。<br><br>ところが、そんな私の背中を押して勇気付けてくれるような出来事が、いくつも同時に起こり始めていた。<br><br>まず、一つ目、<br>先生がご高齢で、これを逃したら、もう二度と会えないだろうという危機感があって、<br>「来年か、再来年、あるいは近い将来、同窓会が開かれる予定はありますか？」と事務局の方に電話で尋ねると、<br>「そういう予定はありません。」という残念なお返事。<br>それなら、今回が最初で最後のチャンスだ、先生が死んじゃったら、どうする！。これは行くしかない！、と腹をくくらされた。<br><br>もう一つは、<br>これは、最初から意識していた訳ではないのだが、<br>私の真面目な望みを、言下にあっさり退け過ぎる夫が私に行動力を与えた。<br>結果、現在の行き詰まった現状を変えたいがため、エクレシアに便乗、“自分を主張する権利”をかけて宿敵夫と対決した。<br>主人に指示命令されて私が動くという、今の行動パターンのままでは、子供が巣立った後、私の老後の人生は無気力に害された灰色。<br>すぐにでもあのカチカチ頭に新しい風を吹き込まなければ、離婚しない限り、私の明るい未来は絶望的となる。<br>夫がアレコレ命令してきたら、『私が夫の思いを遂げるためにいるのではない』ことを知らしめ、『私はあなとは違うんです！』と連呼し続ける必要があると考えた。<br><br>もう一つは、<br>和賀先生にはつい早めに、参加の意をお伝えしてしまったし、<br>泉山さんには、行く行かないで、散々心配かけた上、航空券の手配や交通機関利用方まで、何度も調べ直してもらって、大変お世話になり過ぎてしまったこと。<br>行くな！と言われても、<br>もう、後に引けない状態になっていた。<br><br><br>不思議なくらい、最初から誰かに応援されているような追い風があった。<br><br>一度は出席を断念したのだが、<br>出欠の期限が延長されて、再び参加に向けてチャレンジできたし、<br><br>娘の大学関係の海外旅行が延期になったことで、多少の経済的余裕ができてきた。<br><br>他にも、体調が悪かった子供達が、今年初めよりも中頃になるほど調子が良くなったため、私の外泊が可能になった。など、など。<br><br>そんな風に次第に道が開ける感があって、折角のチャンスを逃すのは、返って良くないような気がした。<br>その特別なチャンスに、<br>今回だけは一歩も引きたくない！と意固地になった私は、<br>トコトン夫と対立し、双方譲らない意見のぶつかり合いと、家庭を揺るがす熾烈な夫婦喧嘩を繰り広げた。<br>「行くことは許さん！行くなら離婚して行け！」<br>最初おどかしにも思えた夫からの離婚話も、しだいに深刻で現実味のあるものとなり、家族バラバラの新生活の形を探し始めていた。<br>ところが、私が東京に旅立つ数日前、<br>驚いたことに、主人が突然豹変し、優しくなった。<br>「旅費として、このお金をあげるから、気を付けて行ってこいよ。その代わり、今回が最後だからな、二度と行くな。」<br>お金までもらって有難い話しだった。<br>だが、正直、困惑した。<br>急に優しくなって、いい顔されても、嘘っぽく思えてこちらの気持ちがついていかないのだ。<br>しかし、そもそも叶うはずもない願いだったものが、色んな偶然が奇跡的につながって、とうとう叶ってしまったことが不思議で、感慨深かった。そして何より、子供と今まで通り暮らせることが有難たく、心からホッとしたのだった。<br>（…神様のお力と、高い目標設定の力、引き寄せの力、そして、泉山さんと皆さんの祈りの力…大変有難うございました。）<br><br><br>エクレシアキャンプ出発前の、今回の騒動を振り返ると、<br>夫に離婚されても、行くと決めたら行くんだと、突然大胆な行動に出た私は、まるで、昔、家出して統一協会に入った頃の自分に似ていた。<br><br>当時は、ダメ人間を卒業して立派になる望みを託し、親のコントロール世界から、心の成長と社会貢献の世界へと乗り換えを図った…つもりだった。<br>自立のつもりもあったのだが、実は、マインドコントロールされ、操られた嘘まぼろしの世界だった。<br>あの頃の私は、今考えれば、洗脳されていたからこそ家族という運命共同体を逸脱できたのだと思う。<br>本来、保守的で意志薄弱。自己主張や、非難や、親に歯向かうのも苦手だった。だから、洗脳を必要としたのだろう。無意識に自尊心を守りつつ切っても切れないしがらみを断ち切った。次のステップに進むための“自立促進剤”の役を果たしたのが洗脳だったのだ。<br><br>そして30年後の今回、夫にコントロールされた世界から、追い風を受けてもっと自由に場外へ。それには自分の人生を生きるという将来がかかっていた。<br>今度は洗脳なし。<br>傷付くことも覚悟して、それまで溜め込んだ不満や違和感をバネに、肩書きも美談もいらない、自分の望む方向へとしっかり歩き出したかった。<br>しかし、洗脳と違って、こちらは、うまくいったらいったで、もとさやに戻りやすい難点がある。そのことも、いやというほど分かっていた。<br>だから、たとえ主人が何がしかのお金を与えて、私のエクレシア行きを許してくれても、『主人への優しい気持ちは封印して、日々の思考のあり方を見直し、取り込まれないよう注意しなければならない。』<br>『感謝しても、相手との距離を保ち、反骨精神を忘れてはいけない。』という自分への教訓を呼び覚ました。<br>これから旅行に望む身の引き締まった気持ちの中に、そんな強烈な思いが複雑に混じり合っていた。<br><br>その時点ではまだ、エクレシアの穏やかな心気高い人々に触れ、自分の気分に変化が生まれるとは思ってもいたなかったのだ。
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<pubDate>Mon, 16 Dec 2013 13:55:45 +0900</pubDate>
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<title>瞑想</title>
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<![CDATA[ 今日から自分が変われるような気がした。<br><br>昨日、友人に、<br>小池さん直伝の瞑想について教えてもらって、<br>私の自己流瞑想のことも伝えて、<br>どうも私のそれは正統派のものと違うかもしれないと考えていた。<br><br>でも、この有難い幸せは変えろと言われても変えられない。<br><br>私の自己流瞑想は、<br>まず、瞑想はきもちいいもの！という思い込みのような自信のようなものをすでに持っているので、<br>瞑想ができる有り難さ、安心感、をすでに感じながら始めている。<br><br>冬に暖かい布団かお風呂に喜んで入っているような感じで、<br>ほぉ～、有難いなぁ～。いい気分<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/319.gif" alt="ﾄﾞｷﾄﾞｷ">と始まります。<br>自分の感覚に感覚をすまして。ぎゅっと緊張している自分の意識をほわあっとさせてそれを感じ取ったり、感謝の念でいっぱいにさせたり、<br>満ち足りるぅ<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif" alt="ラブラブ">三昧三昧、神様全てを有難う<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif" alt="ラブラブ"><img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ">、<br>伸び伸びして気持ちいい感じを感謝しつつ感じとるのにいっぱいいっぱいで、考えごとをする余裕はありません。<br>息も自然と深くゆっくりになってしまいます。<br>神様はこんな素晴らしいものを最初から私たちにくださってたんですね。<br>そのことに何十年も気付かなかった。<br>人はミラクル。<br><br>今朝になって、瞑想中じゃなくても、そういう気持ちになれる自分に気がついた。<br>朝の仕事がたくさんで、も家がひどくちらかっていても、<br>嬉しい感謝の気持ちを持っていれば心配ない。<br>そんな私は身のまわりのマイナス因子には鈍感で入り込まず、<br>私はどこにいても何をしても、しあわせを無くさない。<br>
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<pubDate>Wed, 30 Oct 2013 09:29:50 +0900</pubDate>
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<title>笑顔で鬼に早変わり</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130511/09/rieyuri/ab/47/j/o0800045012534282689.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130511/09/rieyuri/ab/47/j/t02200124_0800045012534282689.jpg" alt="ダメ子の散歩道-120716_204502_06_ed.jpg" width="220" height="124"></a></div><br>私は、もともと、<br>頭の働きが<br>どこかおかしいせいで、<br><br>日々、<br>勘違いを量産しながら、<br>人生を送っているけれども。<br><br>その中でも特に、<br><br>自身の記憶に残っていくものとして、<br><br>いつの間にか<br>事実と大きく異なってくる、<br>錯覚のような、<br>思い過ごしのような、<br>大勘違いがある。<br><br><br><br>大切に育て上げ、<br>培い、<br>信じてきたものが、<br><br>現実に気付いた瞬間、<br>頭の中で一気に<br>崩れ去り、<br><br><br>まるで、手間、暇掛けた、<br>ドッキリに騙された時のような、<br>驚きと、戸惑いに、<br>心揺さぶられ、<br><br>失ったまぼろしへの<br>喪失感が、<br>湧き水のように<br>溢れくるものだ。<br><br>その経験は、<br>今までの価値感を変え、<br>猜疑心で周りを観察するようになり、<br><br>自ずとその後の人生の転機を作り出していく。<br><br>これが人生の節目に、<br>何度も繰り返し起こってくるとなると、<br><br>この勘違いの羅列に、<br>何らかの見えない意図を、つい、探してしまうようになるのは、<br>私だけではないだろう。<br><br>ある時は、<br>洗脳で作られた世界観だったり<br>アイデンティティーだったり、<br>またある時は、<br>フラれるときになって初めて、<br>不満を一杯言われて終わった恋愛だったり、<br><br>あるいは、<br>不満をいっさい言わないで亡くなった<br>親の死だったり…、<br><br><br>坂本龍馬大好きだったのに、<br>実は資料が殆ど残ってなくて、<br>龍馬の人間像は<br>司馬さんよりもっと前の<br>古い小説に起因しているとか…、<br><br>もっといろいろあってきりがないけれど、<br><br><br>今回、また、<br>人生において痛恨の<br>大きな勘違いに<br>気づかされることとなった。<br><br><br>それは他ならぬ私の顔、<br>ただの見た目の話しなんだけど、<br><br>その中にも、<br>気づかぬ盲点が隠れていた。<br><br>私の顔って、<br>眠そうなニコニコ蛙みたいで、<br><br>美人じゃないけど、<br><br>でも、穏やかそうだから、<br>それは気に入っているし、<br>まあ、良しとしとこう。<br><br>私の頭の中では<br>それで十分だった…。<br><br><br>ところが…、<br>先日、<br>私が大笑いしたままで、<br>鏡に写った自分を<br>ふと見ると、<br><br>ギッと、<br>歯をむき出し、<br>睨み付ける鬼が、<br><br>怨念と狂気の高笑いで、<br>こちらをのぞきこんでいた、<br><br>衝撃<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/024.gif" alt="雷" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！" class="m">。ぞぞっときた！<br><br>私はただ、<br>ご機嫌に笑ってただけなのに、<br><br>鏡の中の私は、<br>どこをどう間違えてか、<br>ナマハゲか、エイリアンみたいな<br>バケモノに変身してる。<br><br>ワケわかんない<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！" class="m"><br><br>自分の外見くらいは<br>よく知っているつもりだったのに、<br><br>陰に隠れて、<br>こんな大変な顔が流出していたなんて…。<br><br><br>このことを子供に伝えると、<br>「うん、分かる。」<br>「たまに、笑いすぎて怖くなってるよね。」<br>とニヤニヤしている。<br><br>なんてことっ！<br><br>50年もの間、<br>知らぬは本人ばかりなりを続けてきたわけか、<br>なんたる片手落ち！<br>一生の不覚！<br><br>あ～あ、<br>過去の私が、<br>鬼顔を制御できなかったことが、<br>残念過ぎて、うらめしい。<br><br>今まで、<br>数えきれない沢山の人が、知らないうちに鬼顔を目撃して、<br>ゾクッと恐怖に襲われたり<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/024.gif" alt="雷" class="m"><br>引いたり、<br>逃げたりしてたんだろな。<br>モテない理由のひとつを担っていたのかも、<br><br>こっちの方が引くわ！<br><br><br>もともと、<br>わざと怖い顔をした時の<br>私の顔はヤタラ怖い。<br>という事実は知っていた。<br><br>だから、時々、<br><br>子供を怖がらせて、<br>泣き出すのを見て、<br>笑っていたんだ。<br><br>でも、まさか、<br>笑っても怖いとは、<br>夢にも思っていなかった。<br><br>笑顔は<br>人のチャームポイントになるはずのもの、<br>なのに、<br>私の笑顔はお化け屋敷。<br><br><br>でも、無駄じゃないはず、<br>きっと私のためにはなっていたはずなんだ、<br><br>もしかしたら、いろいろ問題ありの<br>思春期の私を、<br>いじめられる経験もなく、<br>ずっと守り続けたのは、<br>この鬼顔なのかもしれない。<br><br>それなら、今度もまた、<br>これを逆手に取って、<br>何かできないかな？<br><br><br>スマホの鬼しつけアプリの<br><br>宅配盤？<br><br><br>それとも、<br>これから季節になる<br>お化け屋敷のバイトでもしようかな？<br><br>それとも、この頂いた鬼顔は<br>外見に囚われるなかれ！という、<br>神様のキツイ思し召し的なものなのか？<br><br>それとも、<br>こんな私と結婚してくれた、<br>夫の有り難さをもっと認めなさいということ？<br><br>あるいは、来るべき老醜に備えるための訓練なのだろうか。<br><br>そろそろ、これからは、<br>いい人とか、大人しいうなずくだけの人は止めて、<br>イメチェンして<br>いや、見た目通りのうるさ型のオバハンになっていいよ、<br>ということなのか？<br><br>とりあえず、これからは、<br>コンビニやお店屋さんでイケメンを見ても<br>目を背けることにしよう。<br><br>そしてしばらく、その意味を考えることにしたい。<br><br><br>
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<pubDate>Sat, 11 May 2013 09:40:01 +0900</pubDate>
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