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<title>R・Letter</title>
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<description>ピグとか、にゃんことか。まったりとブログる……</description>
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<title>やさしいゆび</title>
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<![CDATA[ ◆もうずいぶん昔のことになりますが、いつだったか、叔母だか祖母だか……、そこもかなり記憶があいまいで、どちらかに訊いたことがあるのです。<br><br><br>薬指って、どうして薬指っていうのだろう、と。<br><br><br>おそらく母ではなく、叔母だったか、祖母だったかは、こう教えてくれました。<br><br><br>「薬指が、いちばん力がはいらないから、傷に触れるにはちょうどいい」<br><br>　<br>薬指の語源を知ってる方からしたら、なにをいまさらなことを……と、思われてしまうでしょうが、わたしはそれを聞いたとき、まさに目からうろこ状態でした。<br><br>薬指は、痛い場所に触れるには適してるくらいに、力が入らない。<br><br><br><br>そっと、やさしくふれることのできるゆび。<br><br><br>傷ついた場所に触れてもいい、やさしいゆび。<br><br><br>そういうゆびが、この体に備わってるって思うと、なんだかちょっとうれしいような、やさしい気分になれるのです。<br><br><br>誰もが、誰かの痛いところに、いたわりながら触れることができる。<br>癒すことができる部分を持っている証みたい。<br><br><br>やさしい、くすりゆび。<br><br><br><br>大切な指輪をはめるのがその指であるのも、もしかしたら、薬指がやさしいゆびだからなのかもしれませんね。<br><br><br><br><br><br><br><br>……ちなみにわたしは、指が太いので、指輪のサイズを聞かれるのがとても嫌いですｗ<br><br><br>あ～、どーしてもオチつけないと気が済まないらしですｗｗｗ<br><br><br><br>追記<br><br>禁煙しまいした！　そのに<br><br>は、諸事情により掲載を延期させていただいておりますｗｗｗ<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11714503367.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Nov 2013 14:31:18 +0900</pubDate>
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<title>◆禁煙はじめました！！　そのいち</title>
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<![CDATA[ ◆当初の予定では、二年前に開始する予定だった禁煙を、今年の八月からようやくはじめました。<br><br>禁煙とダイエットは失敗を繰り返すとリバウンドが激しいといわれているので（……）ここはけっこう計画的にはじめることにしました。<br><br><br>今回の禁煙はニコチンパッチを使用。<br>これで禁断症状がどれくらい緩和されるのか不安でしたが、なかなかに効果的です。<br><br>いま使用しているのは「ニコチネルパッチ　step1」で、こちらは一枚に35ｍｇのニコチンだそうで、これのまえに使用していた「シガノン」は、禁煙四週間を過ぎたあたりで、かゆみとかぶれがあまりにひどくてやめました。<br>「シンガノン」のほうが「ニコチネル」よりもニコチン量が多いので、最初の禁断症状を緩和させるには向いてるかもしれないのですが、パッチの面積が少ないのに、ニコチンの量が多いからか、とにかくかぶれてしまって大変でした。<br><br>ニコチンパッチはニコチンを皮膚から吸収させるものなので、常にニコチンが体にはいってくる状態になるわですが、やはり、時間経過とともに最初の三日ほどは吸いたい症状が強かったように思います。<br><br>そして、何度も書きますがとにかくかゆい！！<br>パッチの粘着部分でかゆくなるのか、ニコチンそのものがかゆみをもたらすのか、人によって違うようなのですが、わたしの場合は両方らしく、ニコチンパッチの種類を変えてもはやり、かゆいしかぶれてしまいます。<br>それでもまだ、「ニコチネルパッチ」に変えてからは、かぶれもずんぶん緩和されたように思います。<br><br><br>現在、禁煙五週間目にはいったので、あと数日でニコンパッチなしでよくなるはずなのですが、ちょっと不安なので、ニコチンの量が少ない「step2」のパッチをあと2週間つづけるつもりです。<br><br><br>◆禁煙の禁断症状に「眠気」というのがあるというのを、禁煙を開始して知りました……。<br>もう、ほんと眠いです！！！<br>禁煙をはじめてから、ずっと眠いです……。<br>体がだるい、といった症状もあるらしく、朝、起き上がるのがつらい、というくらいに体がだるかった日もありました。<br><br>禁断症状の出かたなどは人それぞれでしょうが、ニコチンを皮膚吸収しているからか、吸いたいという症状やイライラは最初の三日ほどで楽になってきましたが、口さみしくてつい、食べてしまって、いっきに五キロほど太りました……。<br>普段はあまり間食をしないのですが、禁煙をはじめて10日ほどはとにかく異常だろっていうくらいに食欲がでてしまい、食べたいという衝動をセーブするのが大変でした。<br><br>これまで煙草の弊害として接収した栄養素も無駄にしていた部分などもあるかと思うのですが、それれがうまく吸収されるようになってくると、いつもと同じカロリーをとっていても、吸収率がよくなれば、当然、体重も増加するわけで……。<br><br>このままではヤバイ！！<br>ちょっとダイエットでもするかーと、いうことになり。<br><br>…………<br><br><br><br><br>ふぁぁぁ<br><br><br><br>眠い……<br>ねむい……<br><br>ねむいです…………<br><br><br><br>というわけで、以下次号！！！！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11617096911.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2013 13:46:55 +0900</pubDate>
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<title>なんでもない夏の日。</title>
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<![CDATA[ ◆ここのところ、ちょっと体力つけようと、散歩がてらコンビニまでのんびり歩いてお買い物へいくことが多くなりました。<br><br>……それさえしていなかった日々を振り返ると、ほんと恐ろしいことですが。<br><br>ポニテにしてる髪が背中の真ん中くらいまであって、髪を縛っていても首筋がものすごく暑い。<br>もう、切ろう、もう切っちゃおうって、毎回思うのだけど、実のところ、気に入った美容室があまりにも遠くて、なかなか行けない。<br><br>近場の美容室だと思うようにならないのがわかっているので、やっぱりいけない、という悪循環をくりかえし、結局、毛先だけ自分で切っているうちに、なんだかすごい長さになってきてました。<br><br>夏の日に、この髪の長さは凶悪だ。<br><br>買ったばかりのグラディエーターサンダルが、やっぱりちょっとサイズ大きめだったからか、すこし歩きづらい。疲れてきて、足がむくんできても大丈夫なようにって思ってこのサイズにしたけれど……、大きすぎ。<br><br>なんてことを思いつつ、お気に入りの日傘をさしてぽてぼてとあるいていると、ようやくコンビニに到着です。<br><br>散歩が目的なので、実のところ買うものなんて決めていなくて。<br>コンビニの前で、日傘をさしたまま、隣のグラウンドを囲うように植えてある桜の木をしばらく見つめていました。<br><br>緑がすごく濃い。<br>触るとちょっと堅そうな葉の感触とか想像しつつ、この炎天下で遊んでいる子供たちに、脱帽……。すっごい元気に走り回ってる。町内の野球チームかもしれない。<br><br>買うもののないコンビニにきても、用事がないので、方向転換して帰ろうかしらと思ったら、ドアの窓ふきをしていた店員さんが、扉を開けてくれて<br><br>「どうぞ」<br><br>と、ニッコリ笑顔で微笑んでくれた。<br><br>笑顔を向けられちゃうと、こっちだってつい笑顔になっちゃう。<br><br>わたし、何を買うのかしらー、と思いつつ、「ありがとー」って返して店内へ。<br><br>中に入った途端、ここはオアシスかってくらい気持ちよかった。<br>適度にきいたクーラーが、肌にまとっていた汗を急激に冷やしてくれる。<br><br>ふだんからふらふらと店内を物色する、という癖がないので、ふと目にとまった、入口左側にあるアイスボックスへと向かう。<br><br>あれれ、ストロベリー味はないのかーと思いつつ、けっきょくチョコレート味のアイスを選んだ。<br>せっかく来たのだから他にも色々みればよかったのだろうけど……、買うもの決まったらなんかもういっかーって気分になって、そのままレジへ。<br><br>昼を過ぎた時間帯だったけど、レジの前には数人の人が並んでいた。<br><br>そのときちょっとめまいがして、その場にしゃがみ込んでしまったら、さっき扉を開けてくれた店員さんが「なにかおとしましたか？」って訊ねてくれた。<br><br>お金でも落としたように見えたらしいので、しばらくして落ち着いてから「ありましたー」って答えたら、やっぱり笑顔で「よかったです」といってくれた。<br><br>しゃがみこんでいるあいだ、わー、血がどんどんさがってくーって思いながら、前にいる人たちのお会計が次々とおわっていく。<br><br>レジに入っている店員さんの「ありがとうございました」は聞こえるのに、お客さんの声はほとんどしない。<br><br>それが、ちょっと不自然。<br><br>手にしていたアイスが溶けかけていないかなって、心配しつつ、なんだろ、この違和感って思いながら、お財布からお金をだしてちいさな袋に入れてくれたアイスを受け取って「ありがと」っていったとき、さっきの違和感に気づいた。<br><br>ほんとに偶然かもしれないけど、レジでお金を払って商品を受け取った人たちがだれも「ありがとう」って云ってなかったんだ。<br><br>わたしは耳があまりよくないので、単にわたしにだけ聞こえなかっただけなのかもしれないけど……。<br><br>どちらにしろ、届かない「ありがとう」は、ちょっと淋しいねと、思ったわけで。<br><br>帰り道、陸橋の上から写真を一枚とりました。<br><br><br>あたしの町。<br><br>動脈みたいな道路がまっすぐにのびていて、目新しいもなんか何もない、あたしの町。<br><br>こんな炎天下でも元気に走り回って大声をだして野球をしている子供たちが遊ぶ町。<br><br>わざわざ扉を開けてくれる、親切な店員さんがいるコンビニがある町。<br><br>届く「ありがとう」と、届かない「ありがとう」がある町。<br><br><br>どこにでもありそうで、けっきょくここしかない、そんな町。<br><br><br><br>「ありがとう」は、やっぱり、届けたほうがうれしいな。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11592877303.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Aug 2013 07:04:00 +0900</pubDate>
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<title>■100万回の生</title>
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<![CDATA[ ■いつだったか、ある友達に言われたことがあります。<br><br>『あなたはすこしだけ、ほかの人よりも死を近くに感じているような気がする』　<br><br>わたしが早く死にそうだ、という意味ではない、とのことですが、言われてみてはじめて、ああ、そうかもなと、妙に納得したことを覚えています。<br><br>だからわたしの書くものは、そういった暗さがあるのだと。<br><br>彼女は、そんな感想をくれたのです。<br><br><br>これはわたしがちょっとだけ身体が弱いからという理由ではないように思うのです。<br><br>ちいさなころから、死について、とても考えていたので。<br><br>死んだらどうなってしまうのだろうとか。<br>そのあとどこへ行くのだろうとか。<br><br>経験したことはないので、もちろん真実はわかりません。<br><br><br>最初にそれを教えてくれたのが、はじめてお招きした猫でした。<br>その子が死んでいるのを見た時、わたしは、あんなにかわいがっていたその子を、さわってあげることさえできなかったのです。<br><br>もう、死後硬直がはじまっていました。<br>やわらかく、ふさふさとしていて、あったかかったにゃんこが、わたしの知らない物質へと変化してしまったように思えて、とても恐ろしかったのです。<br>魂がないだけで、こんなふうになってしまうなんて、思わなかったのです。<br><br>そのこの最期の姿に恐れおののいてしまって、触ってあげることもできなかった自分を、それからずいぶん長いあいだ軽蔑していました。<br>わたしは、なんて薄情なのだろう、と。<br><br><br>うちは両親ともに動物好きで、そして共働きでしたので、さみしくないようにと、つねに、わんにゃんがうちにいました。<br><br>彼らがいなくなるたびに、泣いて泣いて泣いて、けれど、また、あたらしい命をお招きしてしまうのです。<br><br>だいたいは、路上などで偶然出逢うパターンばかりでしたけど。<br>動物を飼っているお家だから、もう一匹お願いと、捨て猫を友達に預けられたことも何度かありました。<br><br>生後七日もたたないような生まれたてのこを拾ってきて、二週間ほどで失ってしまう、とうこともありました。<br>そのたびに泣いて哀しんで泣いて、もうこんな哀しい思いはしたくないと心に決めるのに、また、拾ってきてしまうのです。<br><br><br>そばにいる間だけは、一緒にいる間だけは、たくさんかわいがろう。たくさん、楽しい思い出を作ろう。いつしか、そんなふうに考えるようになりました。<br><br><br><br>■『１００万回生きた猫』という絵本をご存知でしょうか。<br>とてもとても有名な作品なので、読まれた方も多いと思います。<br><br>わたしも、大好きなお話です。<br>……泣かずに最後まで読めたことなど一度もないのですが。<br><br>愛をしらなかった猫が、100万回生きて、最後の最後で愛を知って、愛した者の死を嘆き悲しみ、そういったものを知って、ほんとうの死が訪れるのです。<br><br>これを読んだ時、とてもとても大切なことだけど、とてもとても哀しいことだ、とも思ったのです。<br><br>愛とかそれを失った時の悲しみをしらなければ、その猫はその後も何度死んでも何度でも生まれ変わることができたはずなのに。<br><br>そんな哀しい感情なら、しらなくてもよかったのにと、そんなふうに思ったこともありました。<br><br><br>けれど、生まれたからには死ぬのが自然の摂理です。<br>何度も何度も生まれ変わるということもまた、苦痛のひとつなのかもしれないなとも、思うようになりました。<br><br>愛も痛みも哀しみも知ったからこそ、あの猫は死ぬことが出来たのです。<br>これが幸福なことなのかどうか、はっきりとはまだ、答えを出せないのですが。<br><br>人は愛を知らなかったら淋しくも感じないし、孤独も知らないし、哀しみも抱かずに生きていけるのです。<br><br>それはやっぱり、幸福ではないように思うのですけどね。<br>愛の代価がそういった感情であるのなら、孤独も哀しみも淋しさもやはり、知るべきなのかもしれません。<br><br><br>■数年前、七か月の闘病の末、愛猫がお空へいきました。<br>12年というのは、短いのかもしれないけれど、わたしにとっては尊い年月でした。<br>立ち直るのに、前を向けるようになるのに、一年以上かかったように思います。<br><br><br>わたしには姪がふたりと、甥がひとりいるのですが、その愛猫が亡くなってひと月と経たないころ、久しぶりにあった姪のひとrがこう言うのです。<br><br><br>『猫ちゃん死んじゃったんでしょ？　哀しかった？　おねーちゃん、泣いた？』<br><br><br>当時姪はもう、小学四年生になっていました。<br>この子はまだ、死というものがどういうものなのか知らないのかと思ったとき、なんというか、哀しくなりました。<br>ひどく、無神経な言葉を平気で口にできてしまうこの子には、死がとても遠いのだな、とも。<br><br><br>このこたちがまだもっと幼かった頃、わたしが最初に彼女らにプレゼントしたのが『１００万回生きた猫』でしたが、あの物語の本質を知るには、彼女らはあまりにも死に触れていなかったのでしょうね。<br><br>かわいがっていた動物が亡くなって泣いてしまうなんてことも、彼女にはないのです。<br>事実、母がかわいがっていたにゃんこがいなくなった時も、なんの反応もしめさなかったらしいので。<br><br>死が遠い、というのは悪いことではないのかもしれません。<br>いずれ、嫌がおうにも知ってしまうものなのですから、そんなに早く知る必要はないのかもしれない。<br><br>けれど、準備は必要な気がするのです。<br>心の準備です。<br>大切な人を失ったときのために。<br>そういった大切なものを、うちにいたわんにゃんたちはわたしに教えてくれていたと思うので。<br><br>ゲーム機の中の、あるいは、ＰＣの中の動物や、それ以外の何かが死んでも、さほど哀しくはないのかもしれないですよね。<br>そういった環境にいたのなら、おそらく彼女らとおなじ年齢だったころのわたしとは、やはり死を感じる距離感がちがうのだろうなと。<br><br>命はいずれ終わりを迎える。<br><br>それを知ってたら、たいていのことは許せるような気がするのです。<br>傷つけることを、おそれる気持ちが、芽生えるように思うのです。<br><br>ある程度、死を近く感じることで、人の痛みもまた、想像できるようになるのではなのかなと、思うのです。<br><br><br>■わたしの仕事は、まったくの娯楽のための読み物ですけれど、それでも〃人〃の人生を書いています。<br>それを書くのが、わたしの仕事です。<br>たった一度の人生ではとうてい経験することのできない〃生〃を生み出すのが仕事なので。<br>ひとりひとりの登場人物のバックボーンは大切にしているつもりです。<br>どうい育ちかたをしたら、こういう人になるのだろうかとか。<br><br>その人の、もっともドラマチックな部分をトリミングするのが、わたしの作業なのです。<br>大げさなようですが、人の命です。<br>もう、作りもの以外のなにものでもないのですけれど。<br>それでも、人の生を書いていると、いつも思って物語を作っています。<br><br>百万回くらいの、誰かの人生を書けたら、とても嬉しいのですが。<br>そのたびに、わたしは自分が作りあげた、けれど、わたしではない人生を疑似体験でいるわけなので、とてもお得なお仕事なのかもしれません。<br><br><br>作りものでも、ひとつの人生、ひとつの生ですから。それを疑似体験することで、すこしだけ、ひとよりは多くの、生と死と喜びに触れられたらいいなと、思うのです。<br><br><br>どんなに痛い思い出も、誰かの生きた証なら、背負っていくのは悪くないと思うので。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11582638388.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jul 2013 22:36:17 +0900</pubDate>
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<title>■花</title>
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<![CDATA[ ■幼いころ、どうして自分は男の子なの？　とか、どうして自分は女の子なんだろう？　とか、そういった疑問をいだいたことはないでしょうか。<br><br>わたしの場合は、もっと根本的なところで、どうして自分は人間なんだろうって疑問をいだいていました。<br><br>猫に生まれてきたかったとか、思っていたわけじゃないのですがｗ<br>どうして人間なのかなぁと、不思議に思ったのはホントの話。<br><br>ちょうどそのころ、食物連鎖という言葉の意味を知ったばかりでした。七歳とか八歳とか、それくらいだったと思うのですが。<br><br>そして時を同じくして、学校の図書館で人体解剖図なるものを眼にして、衝撃を受けました。<br>あんな気持ち悪いものが自分の身体の中につまってるなんて信じたくない！！<br>みたいな……。<br><br>そんなわけで、とりあえずの打開策として、自分は人間じゃない、と信じ込もうと試みました。<br>もー、頭悪い子っぽいですけど。実際悪かったのですがｗ<br><br>どうせなら、蓮華の花がいいな……と、思ったのです。<br>ただそこに咲いてるだけで、誰かを笑顔に出来る。<br>微かだけど香りもいいし、密だって甘くておいしい。<br>枯れたら土を肥やしてくれる。<br>もう、どこにも無駄がなくていいじゃないかと、子供のわたしは思ったわけです。<br><br>当時住んでいた家の隣には田圃がありまして、春になると一面が蓮華畑になるのです。<br>その向こうの空き地ではシロツメクサも咲いていました。<br>外で遊ぶのはあまりすきではなかったのですが、その季節になると蓮華やシロツメクサの花冠を作って遊んでいました。<br><br>ちいさな、ちいさな花だけど、わたしの中では、とても大きな存在でした。<br>風がふけば頼りなくゆれてしまう、そんな花だけれど。<br>存在そのものがやさしい、と感じていました。<br><br>どうして人間だって認めなくちゃいけないんだ。<br><br>という抵抗は、小学校六年生あたりで折れました。<br><br>認めざるを得ない身体的変化にぶち当たってしまったからなのですが……。<br><br>心底哀しかったですが、しかたがないです。<br>そこからは、人間として生きていこうと決意したわけです。<br><br><br>あまり人をうらやむことはないのですが、花の咲き誇る季節になると、いまでもちょっとうらやましく思うのです。<br><br>人に永遠はないけれど、花には永遠があると思うので。<br>それはたいせつな約束のように、寒い季節が過ぎると、枯れたはずの花はまた、咲き誇るから。<br><br>何かを語る必要もなく、そこにあるだけで、誰かを笑顔にできたり、やさしい気持ちにしてくれる花ってすごいなって思うのです。<br><br><br>人間が食物連鎖の頂点に立っているなんて、だれがきめたんだろう。<br>人間だって生き物なのだから、最後は土に還ってしまってもいいのでは？<br>せっかくもらった命なので、最後まで無駄なく使おうと思いまして、ある日、母に云いました。<br><br>『わたしが死んだら、腐葉土にしちゃってください』<br><br>と。<br><br>母の返事は<br><br>『ああ、それいいね。じゃあ、お母さんが死んだらそうしてちょうだい』<br><br>……とっても複雑な気分でした。<br><br>自分の身体なら惜しくないのに、母だとそんなことできないと思ってしまう。<br>お墓がないなんて淋しすぎるじゃないですか。<br><br>それを、エゴというのだと、しばらくしてから気づきました。<br><br>人間はけっこう身勝手で、常にどっかで争っていて。<br><br>花のようには生きられないですね。<br><br><br>――そして現在。<br><br>仕事に行き詰ると『腐葉土になりいく～』と叫ぶわたしがいます……。<br><br>花のようには生きられないので、せめて花のように笑えたらいいのになと思うのだけど、それも難しい。<br><br>なんせ、笑った顔さえ幸うすそうなので……。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11579537804.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jul 2013 03:31:09 +0900</pubDate>
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<title>■カケタセカイ。</title>
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<![CDATA[ <p>■子供のころに、ほんのすこしの間ですが、絵画を習っていたことがあります。<br></p><p>最初は水彩画でした。</p><p><br>『絵画教室いくと、おやつもらえるよ』という友達のひとことで通い出しただけで、実のところ、絵に興味があったかというと、当時はそうでもありませんでした。<br></p><p>まだ八歳でしたので、切っ掛けなどそんなものです……。<br></p><p>けれど習い始めると、これが意外と面白かったのです。<br></p><p>絵画教室の先生は、私立高校で美術を教えている方で、本職は教員だったのですが、いつもにこにこと笑顔を絶やさないやさしい先生でしたが、これがまた信じられないくらい寡黙な方で、あまりにも先生が無口だからか、奥さまは朗らかでとても優しく、そしておしゃべりが好きな方でした。<br></p><p><br></p><p>とにかく夫婦仲のよいおふたりで、玄関には奥さまの誕生日に先生がプレゼントされたという、かわいらしいぬいぐるみが沢山かざられていました。<br></p><p><br></p><p>教室へ行くと、壁際にその日描く静物が置いてあります。季節の果物だったり植物だったり、時には魚などだったりしましたが、基本的には静物画を描いていました。<br></p><p>わたしは何かにつけて手が遅いので、二時間ほどかけてようやく一枚の絵を描き上げます。<br></p><p>すると、先生が見てくださって、ちょっとだけ手直しをしてくださるのです。</p><p><br></p><p><br>とかく寡黙な方でしたので、ここをこうしたらいい、というような言葉をかけられることはすくなく、そうやって、生徒たちが描き上げたものを、手直しするというやりかたで教えてくださっていた、という印象がとても強く残っています。</p><p><br>ほんのすこし陰影をつけただけ、そんな程度なのに、先生が手直ししてくださった自分の絵は、見違えるほどいい出来栄えになって、いつも驚いていました。<br></p><p><br><br>小学校五年生になったころ、猛烈に油絵をやりたくなり、先生に無理をいって、大人の人しか受け付けていない油絵を習い始めました。</p><p>切っ掛けは、ゴッホでした。<br></p><p>とても有名な絵ですが『ひまわり』をみて、触発されたのです。<br></p><p>あの、燃えるような、炎のような、命そのものといった、それこそ力強い鼓動さえ聞こえてきそうなあの絵に、惹かれたのです。</p><p>自分も、こんなものが描きたいと、強烈に思ったのでしたが……。<br></p><p>結果は惨憺たるものでした。</p><p><br></p><p><br>水彩画はとても好きだったし、子供の部ではあるけれど、全国規模で行われる、絵画教室から出していたコンクールでも、かろうじて何かしらの賞をいただいていたので、実のところ、ちょっとだけ自信があったのですが、油絵は、水彩画でつかっていたものより筆がかたく、絵具も重たい。思い通りに描けなかったのです。<br></p><p>出来上がった最初の一枚を見て、ひどく落ち込みましたが、それでも中学二年くらいまでは続けました。結果としては、才能がないからやめた……わけですが。<br></p><p>それでも絵画は好きなので、たまに思い出したように絵筆を握る、なんてことが数年続きました。</p><p><br></p><p>■十年前に、突発性難聴になり、わたしの左耳は、低音がほとんど聞こえなくなりました。</p><p>あまり再発はしないと主治医には云われたのですが、その後、、三回、四回と再発を繰り返すうちにそんなふうになりました。<br></p><p>最初に、ある一定のヘルツを失ったのだと自覚したとき、とてつもなく不安になりました。</p><p>治療中、テレビや音楽などはなるべく聞かないよう、静かな環境で過ごすようにと云われましたが、何をするにも音楽をかけるか、見てはいなくてもテレビを点けているというのが部屋でのわたしの過ごし方でしたので、静寂というのが、ひどく物足りなく、そしてすこし怖かったのを、いまでも覚えています。</p><p><br></p><p><br>一番症状が重かった時期は、すべての音が、遠く感じられました。浅く水に潜ったそこから聞いている感覚と表現するのが、一番ちかいような気がします。<br></p><p><br></p><p><br>ほんのすこしの欠片ほどです。失った音は、そんな欠片程度。<br></p><p>それでも、右と左とを交互に耳をふさぐと、やはり聞こえは違います。聞こえない音は知覚できませんが、左のほうが右よりもすべての音が甲高く聞こえる感じでしょうか。</p><p>わたしの左耳は、ほんすこしだけ、物足りない感じ。<br></p><p><br></p><p>映画も好きで、よく見ていましたが、あまり大きな音を聞き続けていると眩暈を起こすようになり、徐々に見る機会が減りました。</p><p>そのころから、美術館へ行くようになりました。</p><p><br></p><p><br>自分では下手な絵をよく描いていたし、好きな画家の画集なども集めてはいたのですが、美術館は静かすぎてあまり好きな場所ではなかったのです。けれど、静寂に慣れてしまうと、あの場所はとても心地よいところへと、わたしの中で変化していきました。</p><p><br></p><p>そして、絵から音が聞こえてくるようになりました。</p><p><br></p><p>おそらく、それまで人が描く絵をそこまでじっくり観ることがなかっただけなのだと思います。</p><p>絵だけではなく、写真などを見ても、音を想像するようになりました。</p><p>言葉を折り重ね、折り重ね作られた小説などなら、人に感想を述べるのはたやすいのですが、それが絵画や写真となると、どう描写したらいいのか判然としなくなります。<br></p><p>そのぬくもりだとか冷たさだとか、音だとか眩しさだとかを言葉にするのは難しい。<br></p><p><br></p><p><br>音のない世界で、音を感じる不思議。</p><p>川のせせらぎや、馬の蹄の音や、吹雪いている山で低く唸る風の音。<br></p><p>たりていた時は、そんなに大事にも思っていなかったのに、ほんのすこしだけ欠けた世界にきただけで、観る世界が、不思議とリアルに感じるようになりました。</p><p><br>当たり前が、当たり前じゃない。それが、とても大切だったのだと、今は感じることができるようになりました。<br></p><p><br></p><p>それまでだってたぶん、そう感じていたところはあったように思うのです。……そこまで、鈍くできていたと、認めたくないだけかもしれませんが。<br></p><p><br></p><p>欠けたことで、ようやく満ちる部分もあるのですね。<br></p><p>そう気づいた時、すこしだけ欠けた音の世界を、淋しかったり不安だったり思っていた気持ちが、微かなものですが、ちょっとした希望のようなものに姿を変えました。<br></p><p><br></p><p>欠けた今のわたしだから、聞こえる音があるのかもしれない。<br></p><p>それを感じようと、ある部分だけだけど、心が敏感であろうしている。<br></p><p><br></p><p>物書きにとっては、敏感であることは大切なことなのでこれでよかったのだなと、思えるようになりました。<br></p><p><br></p><p><br></p><p><br>■数年前でしょうか。それまでほとんど興味のなかった日本画を観に行った時、その絵の前で、わたしは軽く一時間は立ち尽くしていたことがあります。<br></p><p>とんでもなくスケールの大きな絵だったのです。絵のサイズも、そして世界観も。<br></p><p><br></p><p>描かれているのは、白い世界でした。<br></p><p>はるか遠くに、切り立った高い崖があり、それを遠くからほんのすこし俯瞰している、そんなカメラワークで描かれた、白い霧に包まれた世界です。<br></p><p>肌を差す冷たい風、吸い込むだけで肺まで凍てつくような冷たい空気。何かが生きていけるような環境にはとても思えない、静寂に包まれた世界。</p><p><br>静謐で、どこか厳かで、何もない世界でありながら、すべてがそこにあるような、そんな不思議な絵でした。<br></p><p>その作家の個展が開かれている間、何度も足を運びました。その間に二度ほど、ご本人とお話をする機会がありました。</p><p>激しさと静けさとが共存するあの不思議な世界を描かれたのがこの人なのか……と、ちょっとびっくりしてしまうほどに、ご本人は朗らかで、とても明るく、そして気さくな方でした。<br></p><p><br></p><p><br></p><p>なんというか、スケールが大きいのです。描かれる絵も、ご本人も。<br></p><p><br></p><p>最初にお話をしたその日は、子供向けの日本画のワークショップが開かれていたのです。<br></p><p>胡粉の説明をされていたときに、その先生は、ご自身がそのとき描かれた絵の前に子供たちを連れていき、その絵に触らせていたのです。<br></p><p>絵は、杉の板を組み合わせて描かれたものでした。杉の肌が見えているところや、白い胡粉の上に、絵具で汚れた子供の手のあとがいくつもついていました。そればかりか、あまりに触られ過ぎて、胡粉が剥落した個所まであったのです。<br></p><p><br></p><p>ワークショップのあと、すこしお話をうかがったとき、子供たちに絵を触らせちゃってよかったのですか？　と聞いたところ<br></p><p><br></p><p>『実際に触ってみないと、その質感がわからないでしょ』</p><p><br></p><p>と、先生はおっしゃいました。</p><p><br></p><p>確かにその通りなのですが、通常、美術館で絵にふれるなんてことはできないじゃないですか。</p><p>本当におおらかな方で、驚きました。</p><p>自分の職業が物書きだというと、先生はわたしにおっしゃいました。</p><p><br></p><p>『表現者は、出し惜しみをしてはいけない。そのとき感じたすべてを出し切らないと』</p><p><br></p><p>身につまされる言葉でした。</p><p>普段から出し惜しみができるほど、ネタに困っていないわけではないので、大体はすべてを出し切って書いていて、書き終わった後は、カランカランなんて音もしないほど中身が空っぽになっちゃうことも多いのですが……たまに、このネタは次にまわそうか……などと、あさましいことを思うこともあるので……。</p><p><br></p><p><br></p><p>もう何年も前の出来事なのですが、時折ふと、わたしの心は、あの絵の前に佇んでいる自分へと還るのです。<br></p><p>とても静かで、けれど激しく、そして何かが息づくその絵の中に、わたしの欠けた音があるような気がして、とても嬉しい。</p><p>そう感じたあの瞬間に立ち戻る時、無性に文章が書きたくなるのです。</p><p>欠けたわたしの世界を、書いてみたいと思うのです。</p><p><br></p><p><br></p><p>■絵画教室をやめてからずいぶんと何年も経過したある日、その時勤めていた美容室に、子供の頃かよっていた絵画教室の先生がお客様としていらっしゃいました。</p><p>再会はまったくの偶然で、記憶の中の先生よりもいくぶん、やさしいその笑顔は、昔より淋しげに見えました。</p><p>奥さまはお元気ですか？　とお聞きすると、もうずいぶん前に病気で亡くなられたのだとおっしゃいました。</p><p><br></p><p>『あの家はもう売り払いましたが、今でも絵画教室は続けています。妻が、とても子供好きだったので』</p><p><br></p><p>独りで暮らすには広すぎる家を売却して、それでも絵画教室を続けているとお聞きしたとき、不覚にも涙が出そうになりました。</p><p><br></p><p>『それでも、絵を描いています』</p><p><br></p><p>最後に、先生はそうおっしゃいました。</p><p><br></p><p>当時は、わかりませんでした。</p><p>最後におっしゃった、先生の言葉の本当の意味。</p><p><br></p><p><br></p><p>まったく別のものだけど、先生もまた、欠けた世界で、絵を描き続けているのだな……。</p><p>それでも描きづつけているとおっしゃった先生の現在の絵を、わたしは観たいのかな……と、たまに思うことがあります。</p><p>子供だったわたしが羨ましく思うくらいに仲のよかったご夫婦でした。</p><p><br><br></p><p>それでも描いている。</p><p><br></p><p><br>たぶん、描かずにはいられないのでしょうね。</p><p>先生も表現者ですから。</p><p><br></p><p>けれど、わたしは絵画教室の先生の絵を、たぶんこの先も観に行くことはないように思います。</p><p>先生の欠けたものはあまりにも大きすぎて、それを思うと切ないので。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11570564254.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jul 2013 11:28:42 +0900</pubDate>
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<title>真実へたどり着くまでの時間。</title>
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<![CDATA[ <br>◆とある書物に書いてあった言葉です。<br><br>モーツァルトは、彼の才能を人類が理解できるようになるまでにおよそ三百年かかった。だが、シェイクスピアはなんと、彼の真実にたどり着くまでに、一世紀もの時間を要した。<br>そういう意味ではまだ、モーツァルトは運がいい。<br><br><br>――ということなんですが。<br><br>いっそ、そこまできたら三百年も一世紀もそんなに変わらないのではないかと。<br>ようするに、本人が生きている間には、両者とも、彼らの真実の才能を正当に評価されなかったてことではないかと。<br>生きているうちに正当な評価をいただけたら、なお良かったとは思うのですが。<br><br>生きているうちには、その才能の真実にまで人類の意識が到達できなかったなんていう現実は、それこそこのおふたかた以外にも沢山いると思うのですよね。<br><br>生まれるのが早すぎたのか、いきすぎていたのか。<br><br>それでも、何百年、あるいは一世紀にも及ぶ年月を隔て、彼らの才能に触れ、彼らの作品にふれることのできるわたしたちはなんと幸せなんでしょうか。<br><br>時に淘汰されず残ったものだけが本物だ、などというきはないですが。<br>限りある一生のうちで、自分が作り出した作品が、どのような形であれ、ずっと未来のひとに影響を与えているのだと、たとえば、シェイクスピアやモーツァルトが知ったら、どう思うのかしら。うれしい反面、はやりもう少し早くきづけよって、思ったのでしょうかね。<br><br><br>◆とんでもなく話が飛びますが。<br>わたしが高校生の頃です。<br>とてもとてもお気に入りの喫茶店がありました。<br>その喫茶店は住宅街の真ん中にあり、大通りからは離れていて、それこそとても静かなところにあるのです。<br><br>茂るほどではないけれど、楚々と、ほっそりとした数本の木々に見え隠れして、ひっそりと佇んだ、レンガ造りの建物です。<br><br>店内に入ると、ドアベルが重く、カラン、と鳴ります。お店の中は昼間だからか照明をつけてはいなくて、真夏でもすこしひやりとするような薄暗さで、吹き抜けの高い天窓から差し込む光だけが唯一の光源です。<br><br>わたしのお気に入りの席は、その天窓の真下。窓辺の奥の席でした。<br>店内は広く、重く、静かで、いつもクラシックが流れています。<br>広いテーブルには、小さな白紙のメモの束と、鉛筆が一本、常に用意されています。<br><br>その白紙の小さなメモは、リクエストカードなのです。<br><br>カウンターの背面にある作りつけの棚には、端から端まで約七メートルほどあったかと思うのですが、そこがすべてクラシックのＬＰ盤でみっしりと詰まっています。<br><br>アルバム名、作曲者名、曲名、指揮者名。どんなかたちであれ、そこに自分の希望とするものを書けば、それに見合った曲を、マスターが、あの膨大なレコードの中から探し出し、音楽をながしてくれるというお店なのです。<br><br>冒頭でもふれた、モーツァルトは、当時のわたしのお気に入りの作曲家でした。<br>あの、音符の多さがとても気に入っていたのです。<br>多いのに、無駄がない。そこがいい。<br><br>軽やかに弾むメロディのものも多かったので、若いころのわたしは、<br><br>モーツァルトが鼻歌交じりにこれを作曲していたのでは。<br><br>などという妄想をしながらきくのが大好きだったのです。<br><br>現在はモーツァルトより、やはり原点近くにまでかえり、大バッハとか、聴く回数は増えているように思いますが、最近は曲名や作曲家ではなく、すきな指揮者で選ぶことも多くなりました。<br><br>冒頭で引用した文章は（あくまでもわたしの記憶なので、原文そのままというわけではないですが）当時、モーツァルトにかぶれていたわたしが、図書館で借りてきた彼の研究をされている方が書かれた本だったと思います。<br><br>今でも忘れられないいうことは、当時のわたしには、とてもインパクトを与えた文章だったのでしょう。<br><br>才能の真実にたどり着くまでの長い時間。<br><br>彼らの、あるいは他の才能ある誰かの真の才能に気づかず流れ去ってしまった時の中で寿命をまっとうしてしまった人たちは沢山いるのだろうな。<br><br>モーツァルトもシェイクスピアも、生きている間に認められなくとも、彼らの才能に追いついた時代に生まれて、わたしは運がいいのだな、と当時のわたしは感謝したものです。<br><br>さて。話がまた戻りますが。<br>先ほど登場したクラシック音楽をリクエストできる喫茶店ですが。<br><br>マスターとマスターの奥さまと、パートの方との三人で運営されていたようなのですが・・・<br><br>店内の雰囲気も、もちろんクラシックも素敵でしたが、マスターのお洋服が普通のラフな普段着で、奥さまも同様、パートの方ももちろん。<br><br>これがもし、マスターが白いシャツにギャルソン風のエプロンでもつけていたら、店内の雰囲気はがらりと変わったことでしょう。たったそれだけで、さらに素敵なお店になっていたに違いないと思うのです。<br><br>ですが、どこにでもいるふつの普段着でみなさんがそのお店で働いていらしたおかげで、おそらくわたしは、そこですごすひと時を、静かに有意義に過ごせたのではないかと思います。<br><br>ようするに、暇なお店だったわけです・・・。<br><br>高校生が自分のおこずかいで一杯700円の珈琲を頼むのは、当時のわたしとしては、かなり背伸びをしていました。<br>駅からも遠いし、かなり歩かなくてはならないし、駅からまたバスに乗らないと帰れない場所に住んでいましたから、そのバス停からも真反対の位置にあるこの喫茶店へと向うには、時間的余裕も作らなくてはなりません。<br><br>高校生といっても、何かと忙しかったのです。家事手伝いとか、稼業の手伝いとか。いろいろと。<br><br>なので、その喫茶店へは多くても月に一度いけるかどうかでした。<br><br><br>どうして今の仕事を選んだのか。人にきかれたり、誰かに伝えるとき、わたしはそのきっかけを話すことが多いのですが。<br><br>そのきっかけとは。体調を悪くして、肉体的に外で働けなくなったので、一生続けられる、しかもこの体でできる仕事となるとある程度きまっていて、そのなかで自分ができそうなのは物書きだなと。で物書きになろうと思ったと。<br><br>ですが、これは事実ではあるけれど真実ではないですね。<br>上記のいいかたではそれまでなにも書いていなかった感じがするではないですか。<br><br>実際、真剣に物語を書こう、としていたかといわれると、それほど真剣ではなったのですが。<br><br>けれど、この喫茶店でのわたしの時間の過ごし方は、好きな音楽を流してもらって、それをききながら文章を書く、というものでした。<br><br>高校生でしたので、ノートは変形のキティちゃんです。そこにたらたらと汚い文字で、それでも必死になって何かを書いていたのは事実です。<br><br>小説というにはストーリーがなく、ポエムというには長すぎる。散文というのが一番しっくりくる。そんなものを書くのが、お気に入りの場所での時間の使い方だったのです。<br><br><br>いきなりですが、今朝目覚めたとき、当時のことをふと、思い出したのです。<br>そういえば、わたしはなんだかんだで、むかしから文章を書いていたなぁと。<br><br>いま書こうとしているものにたどり着くまでに、そこからかなりの月日を費やします。<br>当時のわたしは、将来自分が物書きになるなんて想像もしていなかっただろうから、それを当時のわたしに教えたら、「馬鹿じゃないの」くらいの、辛辣なひとことが戻ってきそうなくらい、今のわたしと、当時のわたしの夢は、遠いのです。<br><br>人ひとりの人生の中だって、信じられない転換を迎える時というのが来るのですね。<br>どこか、根本的なところで「好き」という気持ちがなかったら、やはり今のお仕事はしていないと思うのです。<br><br>わたしはこの年になってようやく、自分の真実にほんのすこしだけ、たどり着けたのかなと、思ったわけですが。<br><br>おそらく、高校生のわたしに今のわたしの現状を話したらやっぱり笑われちゃうんでしょうね。<br><br>もっとお金になる、しかも楽な仕事はいくらでもあるのに<br><br>なんてふうに。<br><br>それでも、時をかけてたどり着けた真実がこれならば、悔いはないのではないかと。<br>ちょっと長く説明したら、あるいは、当時高校生で生意気だったわたしも、しぶしぶながらに<br>「そうかもね」<br>と、云ってくれるかもしれません。<br><br>多感な時期だったあのころのわたしに会えるなら。会えたとしたのなら。当時のわたしに、高校生の彼女に、多少は頑張ってるのよーこれでも、なんて云って、その先続くであろうさまざまな出来事もすべてネタになるから、きちんとメモしときなさいと、伝えておきたい・・・・・。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rikosakurauchi/entry-11482266315.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Mar 2013 01:48:14 +0900</pubDate>
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<title>痩せるのではなくて、太らないようにするには。</title>
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<![CDATA[ ◆いきなりはじめます。わたし流、太らない講座ｗｗｗ<br><br>よく人に<br><br>どうしたらそんなに痩せれるの？<br><br>と訊かれるのですが、痩せようとして痩せているわけではありません。<br>…とかいうと、世の女性を敵に回すことになるから云っちゃいけないよと、親切なリアル友が教えてくれましたが、ここはあえて、自分が長年やってきた「太りにくい体質を作るコツ」をご紹介しようかと。<br><br>痩せたい！<br><br>とおっしゃる方に、まずお勧めするのが、<br><br>飲料水を飲まないようにする。<br><br>です。<br><br>物質的に人が太る最大の要素とされるのが、水、あぶら、ガスだということなので、まずはついつい職場や外で買ってしまうジュースなどを買わないことをお勧めします。<br><br>糖分って実は頭を使っていたら摂取していてもそれほど太らないものらしいんですよね。ブドウ糖は脳の栄養ですから、ないと困ります。頭脳労働をする方は逆に糖分摂取しないといけないと思うし。<br><br>けれどです。<br><br>昔ほどではないですが、飲料水に入っているお砂糖の量ってものすごいんですよ。一リットルの炭酸飲料水に入ってる糖分って、（これ、わたしが子どもの頃のことなので、今は減ってるかもしれませんが）一キロくらいありそうなんですよ。水に溶かしてお砂糖をごくごく飲んでるのと同じです。怖いです。<br><br>ある友達に、これを勧めたら、いつも買っている砂糖、ミルク入りコーヒーや、ジュースをお茶に変えただけで、ひと月で五キロ痩せたとのことでした。<br><br>というわけで。ペットボトルっていう厄介なゴミが出るの嫌って、わたしはお出かけのときはマイ水筒持参ですｗｗｗ<br><br>できるだけ体を冷やさないように、常にホットのお茶を用意しています。<br><br>体を冷やすと、もちろん代謝も低くなります。<br>平均的に女性より男性のほうが脂肪は少ないとされていますよね。<br>男性のほうが体温が高いから燃焼率が良いからだと思います。<br><br>女性に冷え症の方が多いとされているのは、女性のほうが男性よりも体を冷やす、冷たい脂肪で体を覆っているからだと考えられます。<br>これは女性の体を守るためのものですから、過度に減らすと危険です。でも、体を守るための脂肪が体を冷やしているという矛盾スパイラルにもつながっていて、とても厄介です。<br>ちなみに、女性はアスリートでもないかぎり、体脂肪率を17以下にしてはいけないそうです。これを過ぎると、生体維持に支障が出るらしいです。<br><br>けっこう前ですが、運動もしていないのに体脂肪率が9パーセントになったことがありました。もう、ふらっふらです。子供のころから太りにくいからだづくりを心掛けすぎて、お仕事が忙しくて食事もろくにとれないハードワークをこなしていたら、そんなことになって、ぶっ倒れたことがあります。<br>そんなわけで、健康を損なう恐れもありますから、冷えの原因の一つでもありますが、女性には、脂肪は不可欠だと身をもって知りました・・・。<br><br><br>ですが、冷え症、体温が低い。というだけで、女性はすでに男性よりも痩せることに関しては不利なわけです。<br><br>男性の方の本気のダイエットを、見たことがありますが、その気になったらやっぱり、燃焼率がいいぶん、男性のダイエットは成功しやすい傾向にあるように思います。<br><br>では、燃焼率の高い体を作るにはどうしたらいいか、というところですが。<br><br>これは、代謝をよくするというのとは違います。<br><br>運動をすると、代謝が促進されますが、わたし的には、ダイエットのために運動するというのは賛成できません。<br><br>運動をすると代謝ポイントというのが上がります。<br><br>たとえば、運動しない体が代謝ポイント3としますと、運動をして代謝ポイントを7まで引き上げてしまうと、それまでの代謝ポイント3までの運動量ではエネルギーが燃焼しないということになります。<br><br>一番厄介なのは、運動して体をしぼって、そのあとに運動をやめたときのリバウンドです。<br>運動で代謝ポイントが格段に上がったところで、たとえばですが、病気、怪我、あるいは仕事がいそがしくて運動する時間がとれなくなったなんてことになったら、常日頃の運動量では、一度上げてしまった代謝ポイントでは、もう脂肪燃焼も非常に難しくなってしあいます。これが、運動をやめた時に訪れる、リバウンドの原因だと思われます。<br><br>体型を維持したいと考えるのなら、過度な運動で代謝ポイントを自ら上げるのは自殺行為と考えます。<br><br>運動をするな、というわけではありません。<br>人間のからだはある程度動かさないとあちこち錆ついてきます。<br>やるならストレッチが良いかと思います。<br>やわらかい、柔軟な筋肉を維持する程度のストレッチです。<br>ストレッチですと無駄な筋肉もつきにくいので、代謝ポイントが上がるほどではないと思うし、柔軟な筋肉というのはとても大事です。<br>たとえば、ちょっと転んだだけで筋を痛めたなどということも、柔らかい筋肉だったらそういった危険からは回避できると思うのです。<br><br><br>では、代謝ポイントを上げず、燃焼率のいい体にするにはどうするか、という本題に入ります。<br><br>　太りにくい体にするために、体を冷やさない。<br><br>当たり前なようで意外と難しいのがこれです。<br><br>うちの母はもう還暦を過ぎていますが、なんと若いころから体型がまったく変化しておりません。長年立ち仕事をしているので、人一倍体調管理には気を使うのですが、立ち仕事などをしている女性には冷え症の方が多いとおもいますけど、原因は足元を冷やしているからだと思われます。<br><br>これはまったくの個人的な趣向なんですけど、わたしはパンストってものが大嫌いなのですｗｗ<br><br>もー見た目がエレガントではない！！<br>脚を美しく見せる利便性を追求したのがパンストなんだろうけど、わたしには無理ーｗｗｗ<br>しかもあのうっすいの一枚で脚をさらすんですよっ！冷えるにきまってるじゃないですかー。<br><br>とはいうものの、お勤めされている方などには必需品だと思うのですね。<br><br>ちなみに、うちの母はお料理を作るお仕事、裏方のお仕事をしているので、見た目を気にする必要がないので、真夏でも80デニールのストッキングに、ソックス重ねばきで冷え防止をしています。<br><br>これが母の健康法、そしていまでもあの体型を維持している秘訣だと思われます。<br>ちなみに、うちの母は、身長が161センチ、体重が50くらい。理想的な体型です。<br><br>夏場は逆に足を冷やしすぎちゃうことが多いです。<br>素足でミュールでお出かけしたら、帰宅後、たった五分でいいので、適度に熱いお湯で足湯を行うと、冷え防止に良いかと思います。疲れも取れます。ついでに、かかとなどのケアもしちゃえば、よりお得です。足元のおしゃれは大事ですから♡<br><br><br>夏場、冷蔵庫から出したばかりの冷たいお茶に氷などいれて飲んでいませんか？<br>ご自身が当たり前だと思っている常日頃の行為が、実は冷える体、燃焼の低い体を作っていたりします。<br><br>わたしはおかしな子供でしたので、八歳のときに、<br>「大人になったらこんな体型になりたい！！」という目標として、オードリー・ヘップバーンの体型を掲げていたわけですがｗｗｗ<br><br>それはそれは高望です。<br><br>細くてもキュート。とても魅力的です♡<br><br>で、子供の頭で一生懸命考えて、ひとまず、更年期障害がやってくるその時まで、太りにくい体質を作る必要があるな、と考えたわけです。<br><br>甘いものはそれなりに好きでしたが、食べるものをチョイスして我慢しないようにしていました。<br><br>たとえば、（最近は体が冷え過ぎるから口にしませんが）冷菓が食べたいと思ったら、アイスクリームではなくて、脂肪分の少ないシャーベットにするとか。あるいは、ゼリーにするとか。そういった感じで。<br><br>なにごとも、過ぎることが良くないと考えていましたので、熱すぎるもの、冷たすぎるもの、甘すぎるもの、辛すぎるもものは控えるようにしていました。<br><br>極度にやり過ぎるのはよくないので、自分に暗示をかけるわけです。<br><br>わたしはチョコレートは好きじゃない。的な…。<br><br>十歳ごろから始めたこの暗示（さらに母が添加物の有害さを常日頃から語ってきかせてくれたのも呪いになりまして……）、二十歳すぎまでききました。<br><br>とかく体温を低くしてしまうと燃焼しづらい体になります。<br>ここぞって日の、おしゃれしたい日は別として、「首」とつく部位を冷やさないよう心がけています。<br><br>首元はもちろん、手首、足首を冷やさないようにします。<br>夏場の冷房もうちは設定温度が31度ですｗｗｗ<br><br>これは、ＰＣに影響が出る温度が35度なので、それ以上はあげないための設定温度でもありますが、体を冷やさないためもあります。<br>夏場でも冷たい飲み物は強力飲まないようにしています。麦茶に氷は入れません。できるだけ常温で飲めるようにしています。<br><br>出かけるときはバッグにストールを入れておくと、とても便利です。お食事のときに入ったお店の冷房がききすぎていても、それを膝にかけるなどして対処できます。<br>もちろん、肩や首元が冷え過ぎないように上着は必ず一枚持って出かけます。<br><br>◆実のところ、痩せる、よりも、太らないことのほうが難しいと思うのですね。<br>痩せるのは、覚悟をきめてある一定期間、ダイエットに専念すればいいだけです。<br>が、問題はそのあとです。<br>過度なダイエットで生じるリバウンドという罠が待ち構えています。<br><br>ということで、わたしはダイエット反対派です。<br>ダイエット、なんて構えてしまうと精神的にもプレッシャーです。<br>おいしいものが食べられないという欲求で、つい食べ過ぎるということもあるかと思います。<br><br>太りにくい食べ物を自分の好物にしちゃえば、この問題はクリアーです。<br><br>簡単にいってしまえば、こうなりますが、これもまた、けっこう精神力がいる作業かもしれません。<br><br>さっきから脱線しまくりですが、美食は身の破滅だ…ということをご自身にしらしめるのなら、お勧めな映画が一本あります。<br><br>「最後の晩餐」<br>イタリア・フランス合作の作品です。<br>四人の主人公たちが美食の限りを尽くし食べまくり、吐きまくり、出しまくるｗｗｗという、アホほどお金をかけているにもかかわらず、Ｂ級作品扱いされがちな映画なのですが。<br><br>贅沢っておそろしいと、この映画を見たときにちょっと恐怖しました…。<br>ご興味のある方は是非お調べください。たしか1973年ころの映画だったと思います。<br><br>子供のころ、この映画を見て、食べ過ぎ、おいしすぎるものには気をつけようと心に誓いましたｗｗｗ<br><br>ですが、やっぱりおいしいもは食べたいです。<br>というわけで、調理法でおいしく、冷え症になりにくいお食事を作るという提案をいたいます。<br><br>お料理ができると、太りにく体質を作るのにもとっても重宝します。<br>わたしは夏場でも体が冷えるのをきらって、できるだけ生野菜を摂取しないようにしています。<br>まぁ、わたしの場合はやり過ぎですがｗｗｗ<br><br>太りにくい食生活をスタートさせるのなら、冬場が最適だと考えています。<br>冷たいものを食べたいと思いにくいからです。<br><br>果物なども、体を冷やしますから、りんごやかんきつ系のフルーツは、生では食べず、レンジでつかえるシリコンスチーマーでコンポートにします。お手軽だし、ちょっとだけお砂糖を入れてつくれば、お菓子をたべたっていう満足感も得られます。<br>甘みの強いオレンジなどでしたら、このシリコンスチーマーでちょっと長くレンジアップして、お夕食の一品として、蒸した鳥のソースにしてもおいしいです。鳥もシリコンスチーマーで作っちゃうので、油を使用しなくても作れます。油分がないぶんは、甘みで満足感が得られます。<br><br>根菜類などは体を温めてくれるお野菜なので、極力摂取する癖をつけるのにも、冬場は最適です。<br><br>コンビニやスーパーでふっと手を伸ばしてしまったその商品を、もう一度見直してみるという癖がつくといいかと思うのですね。<br><br>これ、カロリーどれくらいだろう。添加物大丈夫？　油分多くないかな？<br><br>こうやって、目でおいしいと思って手にすることを極力避けて、まずは頭で考えてから自分の口に入れるものを選ぶのです。<br><br>わたしは、長年自分でお菓子を買わないと決めていたので、たまにふらりと入るコンビニでも、お菓子が並んでいる陳列棚には脚を向けることがありません。目的のものを買ったら、そのままレジへと直行ですｗｗｗ<br>見たらつい食べたくなる自分の意志の弱さを知ってるのでｗｗｗ<br><br>最後に。<br><br>健康と美容は同議だとわたしは思っています。<br>いつだったか癌の研究をされているお医者さんのセミナーで聞いたのですが、なんでも、体温が高いと発がんしにくいというんですね。<br><br>健康に気を使った食生活を常とすれば、おのずと太らない体になっていくのではないかと思います。<br>誘惑はあちこちにありますが、まずはご自身のお体のためにも、食生活を見直してみるというのも、よいかもですよ。<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 21 Feb 2013 18:21:30 +0900</pubDate>
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<title>謹賀新年</title>
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<![CDATA[ ◆あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。<br><br>……と、ひとまずピグともさんには年賀状お送りさせていただきましたが、喪中の方もいらっしゃったと思います。失礼いたしました。<br><br>◆一年の計は元旦にありと申しますので、以前は年明け早々仕事に没頭していることが多かったのですが・・・。今年もたくさんお仕事できますようにって願いを込めてですね。<br>ここ数年は仕事部屋寒くて入りたくないっすとかわがままいっていて・・・ぶっちゃけ、因果な商売なので、盆暮れ関係ないというか、逆に盆暮れのほうが切羽詰まるというかね、近日中に終わらせなくちゃいけない仕事とかもちろん抱えているわけです・・・。<br><br>フリーランスっていえば何となくカッコイイ感じもしないでもないですが、結局のところフリーターと変わらないというか。世知辛い世の中です。<br><br><br>毎年、除夜の鐘が鳴り終わると、家族で暮らしていたころから、新年のあいさつのあと、みなで神社へ向かうのです。初詣です。<br><br>鳥居をくぐり、手水で手と口を清め、二礼二拍手一礼。<br>とりあえず昨年みなが無事に過ごせたことを感謝して、新しい一年もまた、無事に過ごせるように祈願します。<br>私は下戸ですが、いただけるときは神社のお神酒をいただいて、おそばだのおしるこだの、甘酒だとふるまってくださっていたらそれらも余すところなくいただきます。<br><br>子供のころは神社仏閣というのにとんと興味がなく、どちらかというと、西洋的な神様とか教会などの建物に興味を抱いておりました。<br><br>クリスマスイブ。まだ子供でしたが、弟を連れてとてもとても古く、そしてお世辞にも設備がいきとどいているとはいいがたい、プレスタントの教会へ行っていました。<br>宗教としての信仰があったわけではありません。<br>あれ、まったくないとは言えないのかな。<br>無信仰ってさ、無信仰っていうのがすでに信仰なんですよね・・・。<br>無神論者ってのも、それ自体がすでに信仰なのですよ。<br><br>遠い昔、弟が死にそうな大けがをしたことがありまして、そのとき生まれて初めて、意識して神頼みしたのです。<br>どうか、弟が助かりますようにと。<br><br>その時私の中で描かれたカミサマの姿が、なんとなく、白いシーツっぽい長衣を着たサンタクロースみたいな人だったのです。<br><br>そんなカミサマ、どこにいるのかとちょっと探してみる気になって、で、教会とか行っていたわけですが。<br>何かが違うなーってのがあって。<br>でも、ミサとかで賛美歌歌っていると、こう、清らかな気持ちになれたのは確かです。<br><br>それと同じで初詣などにいきますと、ちょっと静謐な気分になれるのです。<br><br>おそらく、どこにでも神様はいるんですね。<br>信じる信じない関係なく、いるような気がします。<br>いまは神社は好きです。<br><br>けどまぁ、宗教としての信仰は結局のところしていませんが・・・。<br><br>とある書物にあったのですが、神とは願いを聞いてくれる存在ではないとのこと。<br>敬い、仕える存在なのだそうです。<br>ということは、神頼みって実は意味がないってことですよね。<br><br>ぶっちゃけていうと、天気とかと同じなんだと思うのです。<br>そこにある。<br><br>けれど、感謝する気持ちって大事です。<br><br>いいじゃない。<br>人じゃなくてもさ。もちろん人に感謝できたほうが幸せだと思うけど。<br>いろいろ幸せでありがとねんって、とりあえず一年に一度や二度は、カミサマにありがとうを言ってもね。<br><br>わたしにとって、元旦とは、あたらしい年がやってきたこの日というのは、まぁ、そういう日でもあります。<br><br>みなさんに、感謝。そして、大げさに言うならば世界とかに感謝なのです。<br><br>普段は文句ばっかりだからね・・・。<br><br>皆様にとって、幸多い一年になりますように。<br>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2013 17:19:39 +0900</pubDate>
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<title>ごちそうさまでした！！！</title>
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<![CDATA[ ■みなさんにたくさん食べ物をいただきました！！<br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/f2/78/p/o0320024012283343719.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/f2/78/p/t02200165_0320024012283343719.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><br></p>ありがとです♡<br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/db/8c/p/o0320024012283344144.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/db/8c/p/t02200165_0320024012283344144.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><br></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/d0/00/p/o0320024012283344622.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/d0/00/p/t02200165_0320024012283344622.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><br></p><p><br></p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/74/bd/p/o0320024012283345570.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/74/bd/p/t02200165_0320024012283345570.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/ae/79/p/o0320024012283345888.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/ae/79/p/t02200165_0320024012283345888.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/72/fa/p/o0320024012283346460.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/72/fa/p/t02200165_0320024012283346460.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/b9/3e/p/o0320024012283346927.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/b9/3e/p/t02200165_0320024012283346927.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/75/e0/p/o0320024012283348044.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/75/e0/p/t02200165_0320024012283348044.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/04/48/p/o0320024012283348395.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/04/48/p/t02200165_0320024012283348395.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/cd/a2/p/o0320024012283349151.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/cd/a2/p/t02200165_0320024012283349151.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/34/a6/p/o0320024012283351213.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/34/a6/p/t02200165_0320024012283351213.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/bb/a8/p/o0320024012283351686.png"><img ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/bb/a8/p/t02200165_0320024012283351686.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/ce/a9/p/o0320024012283352101.png"><img id="1352730799893" ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/ce/a9/p/t02200165_0320024012283352101.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/02/de/p/o0320024012283352743.png"><img id="1352730805964" ratio="1.3333333333333333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/23/rikosakurauchi/02/de/p/t02200165_0320024012283352743.png" style="width:220px; height:165px; border:none;"></a></p><p>おそばは立ち食いでｗｗｗ<br></p><p>大正エリアのカステラいただいたので、お着替えしていただきました。<br></p><p>みなさん、ありがとです。<br></p><p>ごちそうさまでした♡<br></p><p>おなかいっぱいだぁ！！！<br></p>
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<pubDate>Mon, 12 Nov 2012 23:29:11 +0900</pubDate>
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