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<title>ある日生涯のパートナーが「心理カウンセラーになる」と言って出てった。</title>
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<description>その世界を宗教と疑って止まない私が、その世界の人たちが忘れている(忘れようとしている)現実や一般論、周りにはこう思われてるんだよということを教えてあげたい、おそらく余計なお世話なブログです。</description>
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<title>いい歳して○○</title>
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<![CDATA[ こんにちは。心理カウンセラー嫌いのブログへようこそ。勝手なリンクは勘弁してくださいね。<br><br>今日は前々から思ってたことで、心理カウンセラーさんにちょっとツッコミを入れたいことがあります。それと、そのカウンセリングを受けた方、よく考えてみてください。<br><br>実際虐待だとかネグレクトだとか、そういうことはトラウマになって人格に影響するかもしれませんけど、親の敷いたレールとか親のしつけとか親のいいなりとか親の意見とか、その程度のことが今の自分を作ってる原因だって話をほんとによく見かけます。<br>いやいやいや・・・ほんまにそう思っていらっしゃいますか？<br><br><font color="#ff2a1a">30歳40歳50歳になってから、「そ</font><font color="#ff2a1a">うか！僕のこの性格は親のせいだったんだ！」</font>って、そんな恥ずかしいこと言えますか？いい歳して、今さら親のせいってそんな（失笑）、僕は恥ずかしくて言えません。<br>少なくとも親から自立した時点で、自分を形成してるんは自分だと思います。変わることができなかった自分のダメなとこを、昔の親のしつけのせいだとか、そんなことたとえ思っても恥ずかしくて言えませんよ。いやいや、とりあえず思いもしませんけどね(^^;<br>その考えの方が幼稚で怖いですね。<br><br>それでその過去をほじくり返して、なんの解決に繋がるんでしょうか。今と過去を切り替えられんのやったら、なんでも親のせいにしたついでに縁でも切ってしまえばいいと思いますね。<br><br>講座かなんかの中で昔の自分の話をして、「だから僕はこういう性格なんです」って、たとえば僕がそういう輪の中でそんな話をされたら、あいたたたた・・・・って、思います。そんなん気持ち悪いです。<br>何歳になってそんなこと言ってるの？と思います。<br><br>そんな振り返りより、今これからどう変わっていきたいのかを考えた方がよっぽどお客さんのためになると思いますけどね。
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12113208318.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jan 2016 00:48:07 +0900</pubDate>
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<title>あけおめ</title>
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<![CDATA[ ことよろです(^o^)<br><br>元パートナーからのあけおめメールを無視してしまう、小さい器の僕ですが今年もよろしくたのんます(笑)
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12113204537.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jan 2016 12:46:48 +0900</pubDate>
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<title>わがままが許される世界</title>
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<![CDATA[ 心理カウンセラー嫌いのブログを読んでくれてありがとうございます。アクセス増えて嬉しいです。<br>ただ、勝手なリンクは勘弁してください。<br><br>心屋仁之助さんというカウンセラーのブログをよく見ます。なぜなら、パートナーがのめりこんだのがその心屋さんの宗教だからです。<br>（すみませんが僕のなかではカウンセリングの世界＝宗教なんで）<br>それにのめりこんでいく姿を見ていたので、どうしても気になって見てしまいます。でもやはり理解できない世界で、気持ち悪いという気持ちになります。<br>僕が心理の世界を宗教だと感じる理由については<a href="http://s.ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107812206.html">こちら</a>から、いくつか記事を読んでみてください。<br><br>今回は少しいつもより批判的に書かしてもらいます。<br><br>少し前の心屋さんのブログを読んだら、講演会？かなんかで、マナーが悪い(うるさい)信者がいたときのことが書いてありました。是非心屋さんの<a href="http://s.ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12097871250.html">この記事</a>を読んで驚愕してください。<br>得に<font color="#ff2a1a">コメント欄</font>を・・・<br>「行儀悪く生きます」<br>は？？と、思いませんか。他人に迷惑をかけることがすばらしいんだそうです。そして、群がる常識外れの信者のコメント。正直、客観的に見てアホやと思いました。フォローみたいに続き記事もありましたんで、興味があれば見てみてください。<br><br>自分らしさと自分本位を履き違えてるんではないでしょうか。こちらの捉え方が間違っていると言うなら、記述の仕方が悪いと返します。客観的に見たら心屋さんの宗教は<font color="#ff2a1a">なんて常識のない人たちの集まり</font>なんだろう、そう思います。<br><br>今までルールやマナーを守って生きてきた、そんな当たり前のことを、縛られてきたものだと思っている。極論、そういうことを守れない人が犯罪者になるのではないでしょうか。<br><br>ちょっと批判色が強くて申し訳ない。でも、そのくらい驚愕の記事でした。ぜひ、読んでみて。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12110391287.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Dec 2015 00:09:27 +0900</pubDate>
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<title>心理カウンセラーか「痛く」見える理由(わけ)２</title>
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<![CDATA[ <a href="http://s.ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12108127816.html?frm_id=v.jpameblo&amp;device_id=8353f07d3f6243018d0f36e0c173e72e">前回のニックネームの話</a>に続き、どうして僕には心理カウンセラーが「痛く」見えるのかについて書きます。勝手なリンクは勘弁してください。<br><br>心理カウンセラーが痛く見えるとき、それは、自分の求める回答にしか反応せず、同じ世界にいる人、共感してくれる人同士で盛り上がっているときです。<br>心理カウンセラーを名乗る人のブログを見ていると、ブログに対して「いいね」をするのもコメントをするのも同業者。結局は一般ウケせずに同じ世界にいる人に誉められることで自信をつけていってるように見えるのです。<br>それを仕事に金を取ろうというのなら、どうしてすべての人の声に耳を傾けないんでしょうか？響く人に響けばいい、理解してくれる人だけに理解してもらえばいい、反論は聞きたくない、人格否定するな・・etc<br><br>人をカウンセリングして癒したり性格を変えたりしたいはずの人が、どうして批判的な意見には耳を傾けないんやと不思議で仕方ないです。ときどき的を得た反論をしてる人も見かけるけど、無視されてます。<br>対して、よいしょよいしょしてくれる仲間の言葉はどんどん拾って・・・。<br><br>これが見ていて痛いです。自分はこんな前向きでカウンセリングしてまーすなんて言うて、実際はネガティブになる要素を無視してるだけなので、僕のような通りすがりから見たら子供っぽくてわがままだなって思います。自分の信念があるんだったら、批判的な意見にも、論破するくらいできないんでしょうか。それとも、アンチは無視するかあからさまに排除していくことが心理カウンセラーの暗黙のルールにでもなっているのか？<br><br>何が言いたいかって言うと、反論に耳を傾けられないというのは、井の中の蛙状態ですよということです。<br>失礼だとは思いますが、カウンセラー同士で、あるいは客とカウンセラーで、傷を舐めあっているように見えます。それは、カウンセラーを名乗る人がいい年した人で独身だったり、容姿が「？」だったり(本人は自信満々)、そういう人が多いからかなと。あくまで自分が見漁った中で、ですけどね。現実から目を背けているようで痛々しい・・・。<br><br>あまりに見ていて痛くて、言いたいんです。<br>あなたがその自信を持っている容姿だったりは、残念ながら僕のような一般人の立ち居ちからみると普通だったり、センスおかしいと思ったりすることもあるんですよ。いい意見ばかり鵜呑みにしてると、広い社会に出たときに恥をかきますよ。<br>そう忠告したいです。余計なお世話ですけど(笑)<br><br>そんな僕も独身であり、私服センスもないので、いまだにチェックシャツとか着ちゃうんだよね。しわしわのやつ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12109203342.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 10:52:39 +0900</pubDate>
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<title>心理カウンセラーか「痛く」見える理由(わけ)</title>
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<![CDATA[ 自分以外にも、たぶん心理カウンセラーを名乗る人のブログを見て「痛いな」と思う人は多いと思います。ざっくりと「痛い」と言っても本人たちには分かりにくいかもしれないので、どういうところが痛いのか、僕の思う「痛く」見える理由を書きたいと思います。<br><br>まずは<a href="http://s.ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107812206.html">最初の更新</a>で書いたような、ニックネームがとても痛く見えるんです。<br>たとえば「◯◯りん」のような、ラブリーな（笑）名前、別に人の自由だとは思うけど、プロフィールの年齢や写真を見て愕然とするときがあります(笑)なんの疑問も持たない人たちがその呼び名でコメントし合う光景・・・これが痛いと言わずに居られるでしょうか。<br><br>でも「自分を大事にする」とかよく言うのになぜ本名で仕事をしないんでしょうね。情報社会だからでしょうか。<br>これもやはり「<font color="#ff2a1a">教祖</font>」様にならってのことなのかもしれませんね。<br><br>はっきり言って、歳を考えた内容、名前にしたらどうかと思います。<br>僕自身がもし誰かカウンセラーのお世話になるとしたら、変な名前の人や、ラブリーな装いの人、「じ」を「ぢ」って書くような人、そんな痛い人たちの所には気持ち悪くて怖くて行けません。カウンセリングというよりは、そういう痛い世界に引きずり込まれるような気がします。<br>たぶん多くの人が同じような感覚を持つと思うので、よく客足があるものだと感心します。まぁ、ばんばん稼ぐって気持ちでやっていないなら、そういうことも納得できなくはないけど。稼ぎたいならマイナスかなぁと思います。
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12108127816.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Dec 2015 23:20:27 +0900</pubDate>
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<title>心理の世界が宗教に思える理由(わけ)３</title>
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<![CDATA[ <a href="http://s.ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107821263.html">心理の世界が宗教に思える理由(わけ)２</a>まで書きました。訪問してくださってありがとうございます。ただ、勝手なリンクは勘弁してください。<br><br><br>僕にとって心理の世界が宗教に思えるざっくりとした理由の最後は「<font color="#ff2a1a">お金がかかること</font>」です。<br>僕が失ったパートナーは、近年だんだんと心屋仁之助さんという心理カウンセラーに魅せられ、気がつけば僕に黙ってその方認定の誰かしらのセミナー？とやらに大金を注ぎ込むようになってました。あげく最後にはタイトルの通り「心理カウンセラーになる」とまで言い出しました。<br>何十万もかけてセミナー等を受けること、この感覚には正直ついていけませんでした。<br>そうまでして入りたい宗派とは・・・考えるだけでぞっとし、変わって行く彼女を追いかける気にはなれませんでした。<br>一緒になっても、いつかこの人は大金を失い、そのお金で幸せを買ったとか寝ぼけたことを言いだすんじゃないか、そんな妄想に捕らわれて二人の未来を描けなくなりました。可笑しい話ですよね。<br>今となっては捨てられてよかったのかもしれないですね。<br><br>お金と言えば、心屋さんの世界では有名らしい「<font color="#ff2a1a">神社ミッション</font>」というもの。<br>賽銭たくさんすれば、いつか自分に巡りめぐってお金が入ってくるということらしいです。（違っていたらすみません。）これには驚かされました。<br><br>そしてもっと驚いたのが「賽銭1万したのにお金が入ってこなくて生活が苦しい。どうして」なんていう書き込みです。<br>すごく怖いなって思いました。<br>またオウムを引き合いに出すんですけど、教祖がサリンを撒けば幸せになれるよって言ったら信者は撒いちゃうんです。<br><br>お金は使えば入ってくる、それは個人がやっても意味のないこと。国ををあげてやることです。<br>それを履き違えて、なぜお金が入ってこないのかと訴える人がいるということ、それが僕はとても怖いです。<br><br>これってほんとに本気で「お金は使えば入ってくる」ということを言いたいんでしょうか。僕のようにひねくれてくると、「お金を使え使えぇ～」って刷り込みが、結局教祖自身への投資に繋がることを狙っているんじゃないかと疑ったりします。財布の紐を緩めさせておく作戦なんじゃないかと。<br><br>なんて疑ってても仕方ないのではっきり言わせてもらいます！<br>賽銭に高額なんて馬鹿げている！なんて言ったら、神様に失礼だとかいわれるんでしょうか。高額入れたら見返りがくるだろうなんて、それこそ神様をバカにしています。<br>大事なお金をそんな意味のないことに使わないでください。もっと意味のあることに使ってください。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107826336.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Dec 2015 01:27:46 +0900</pubDate>
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<title>心理の世界が宗教に思える理由(わけ)２</title>
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<![CDATA[ <a href="http://s.ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107812206.html">心理の世界が宗教に思える理由</a>について、前回書きました。少しの人にでも読んでいただけてありがたいです。<br>ただ、勝手なリンクは勘弁してください。<br><br>続きを書きます。<br>心理の世界が宗教に思える理由のもうひとつが、言い様のない自信に満ちた情報発信です。<br>先に言っておきますが、僕は別に心理学をかじったこともなく、なんの知識もありません。ただの一般人兼心理カウンセラーぎらいです。（笑）<br><br>でも、知識がないからこそ思います。<font color="#ff2a1a">その自信はどこからくるの？</font><br><br><br>◯◯を△してごらんよ、楽になるよ<br>そうだ、◯◯にすればよかったんだよ<br>ほら、□□なんてやめようよ<br><br>・・・などなど。<br>僕が言いたいのは、「<font color="#ff2a1a">人の心は理屈じゃない</font>」ということです。決まった型にはまるわけない。人の数だけ性格があり、考えがあります。相談にきた人が全然その型にはまらなかったとき、どう対応するの？<br>うちのカウンセリング合わないみたいだわ、帰ってーって、対応するのでしょうか？<br><br>そう考えると、この人たちのこの断言ってどこから湧いてくる自信に基づいてるのか。と考えてみた。そしたらすぐに答えは出てきました。<br>そうだ、<font color="#ff2a1a">教祖</font>の教えか！<br><br>教祖が積み上げてきた実績（教祖は多くの人を癒し、実際稼げている！）<br>自分が教祖のおかげで立ち直れたという経験（私が立ち直れたんだからみんなも立ち直れるはず！）<br><br>これはまさに宗教だと思いました。教祖が信者に対して遺志の種をばらまいて、確固たる自信を植え付けて・・・その繰り返し。<br>いろんなカウンセラーのブログを見て感じたのが、<font color="#ff2a1a">この</font><font color="#ff2a1a">考えでなんともならないなら、もう知らねーわ</font>ともとれる、諦めのような線引きです。<br>そこがどうにもこうにも宗教くさいんです！結局のところ、理解を得られた人だけで集まることになって、大衆の意見なんてゴミくらいに思っているのかもしれません。<br>意見や反論、世論一般論いろんなことを排除して幸せだと思っているのかもしれません。<br><br>その世界は僕からしてみたら気持ち悪いし、近づきたいとは思わないです。恥ずかしいし、なりたくないです。<br>批判や世論を真に受けながら、広く人に受け入れてもらえる人、人を受け入れられる人になった方がずっと幸せだと感じます。<br>あくまで自分は、という話です。妙な自信と馴染まない人を排除する姿勢は宗教ととても似ていると思います。<br><br>この考えを裏付けるために、試しにいくつか心理カウンセラーさんのブログに否定的な意見を書きました。そしたら、誰一人としてコメントを公開もしてくれないし、レスポンスはありませんでした。<br>もちろん全員がそうだとは限らないけど、やっぱりな・・・と思いました。<br><br>もうひとつ心理の世界が宗教に思える理由があるのですが、次回にします。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107821263.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Dec 2015 22:17:57 +0900</pubDate>
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<title>心理の世界が宗教に思える理由(わけ)</title>
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<![CDATA[ 先に言わせていただきますが、国語力が低いので読みにくいかもしれません。<br>訛りを標準語だと思ってることもあります（笑）<br><br><br>パートナーに逃げられたとき、心理カウンセラーとはなんぞやと、いろいろなブログを読み漁りました。<br>女性のブログ、男性のブログ、性別不明者のブログ。他にも「アンチ」のブログまで、たくさん読みました。<br><br>そして読めば読むほど、<font color="#ff2a1a">心理の世界はまるで宗教じゃないか</font>と思うようになりました。そう思った理由について、書きます。<br><br>まずはひとつ目。<br><br><br>ブログを読んでると、特定のカウンセラーを師と仰いで仕事としてカウンセリングしてる人がかなり多いことが分かりました。<br><br>その特定のカウンセラーを「<font color="#ff2a1a">教祖</font>」って思ったんです。なぜかっていうと、「ニックネーム」みたいなもんで呼ばれ、崇められている感じにとれたからです。<br>例えば、有名な心理カウンセラーの心屋仁之助さん。「ぢんさん」なんて、呼ばれてました。そもそも心屋という名前が本名ではないみたいですけどね。<br><br>アンチの人のブログに書かれていて共感したのが<br>「その表記、なんか気持ち悪い」ということです。だってほとんどが30歳超えたようないい大人。それなのに・・・<br><br>こんにちは<br>を<br>こんにちゎ<br><br>と書くような、<br><br>ありがと<br>を<br>ぁりがと<br><br>と書くような、<br><br>じん<br>を<br>ぢん<br><br>・・・なんか知的に足りないような、そして変に統一感をもたらすその呼び方。僕も気持ち悪いなと思いました。<br>もちろん心屋さん以外にも心理カウンセラーのなかにはニックネームでブログを更新している人がたくさんいました。仕事もその名前でしてるのかな。<br>そういう世界の人って自分を認めるとか大事にとか言いながら、ほんとの自分の名前すら潰して結局は現実と違う世界に浸りたいだけな感じがする。<br><br>ちょっと話が逸れました。戻します。<br><br>マツモトチヅオ が アサハラショウコウという名前で信者から崇められていたように、教祖たるものはその本名ではない名前を名乗ることで、自分が違う次元の人間であると誇示し、その呼び方で統一することで特別な狭い仲間意識を強調している、そんな意味があるのではないかと思います。<br><br><br>自分にとって心理の世界が宗教のように思える訳のひとつ目でした。<br><br>長くなったので、続きは次回にします。
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107812206.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Dec 2015 11:02:35 +0900</pubDate>
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<title>前置き</title>
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<![CDATA[ 心理カウンセラーが嫌いです。<br>これは個人的な事情から（タイトルから察して・・・）です。<br>このブログを誰かに読んでもらえるとするなら是非それは心理カウンセラーの方や心理カウンセラーを志している方に読んでいただきたい。<br><br>僕は決して自分の考えを世の中の人に押し付けたい訳ではないです。心理カウンセラーの世界にいる人を非難したり蔑んだりしたい訳でもないです。ただ、理解ができない。<br>そういう、僕のような人もおるんやとただ、知ってほしい。知って、思ってほしいんです。<br>こういう考えをもつ人<br>こういう目で見とる人<br>そんな人がおるんや、と。そうただ思ってくれたら有り難いなぁと思います。<br><br>適宜思いたったときに更新します。<br>正直、僕と同じような目に遭った人もたくさんおるんじゃないかと、そんな風に思ってます。もしくは今悩んでる人。<br>心理カウンセラーは嫌いだけど、僕も人を癒したいです。違う角度から誰かの共感を得たり、それがストレスの解消になったりしたらとても嬉しいです。<br>そして、心理の世界にいる人に僕の発言が広く知れたらもっと嬉しいなと思います。<br><br>僕に対する非難や攻撃があるかもしれませんが、極力隠さずコメント公開していきます。ほんとに公に相応しくないものは、削除させてもらいますので、ご勘弁ください。<br><br>では、また。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rikutsujanaiyo/entry-12107225199.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Dec 2015 23:00:32 +0900</pubDate>
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