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<title>大阪在住 フリーライターの日々泣き笑いブログ</title>
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<description>大阪（関西）在住のフリーランスライター。現在、各種雑誌やWEBサイト、広告物で原稿を書いています。特に人物インタビューが好きです。趣味は読書、裁縫、古本屋めぐり。</description>
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<title>表現に慎重であれ</title>
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<![CDATA[ <p>「ちょっと、これはマズイんちゃう？」</p><p>なんで、誰もそう考えて立ち止まらなかったのだろう。</p><p>（もしくは立ち止まったけれど、結局そのままGOとなったのだろうか？）</p><p>メジャーな番組の中での表現が、「差別表現」だと指摘される事例が続いている。</p><p>&nbsp;</p><p>テレビ番組というのは、何十万人、何百万人というおびただしい数の人が目にするものだ。</p><p>それだけに、一つひとつの表現がどういった影響を与える可能性があるのか、</p><p>作り手は、慎重になりすぎて丁度いいぐらいのはずなのに。</p><p>私が関わっている紙媒体の中には、数千または数百という、</p><p>「マス」ではなく「ミニ」コミに分類されるものもある。</p><p>しかし、それでさえ、「もしかすると、誤解を与える恐れがある」</p><p>「この表現で傷つく人がいるかもしれない」「これは差別に当たらないだろうか」などなど、</p><p>複数の人数で、何重にも、そして何回にもわたって、チェックをする。</p><p>差別する意識が作り手にはないとしても、当事者が少しでも嫌な思いをするのならば、</p><p>あえてその表現を使う、選ぶ、もっともな理由が必要だろう。</p><p>でも、（たとえ一人であっても）誰かを嫌な気持ちにさせてまで</p><p>どうしても使わないといけない表現なんて、そうそうない（あるわけない）。</p><p>それは表現者として、どういうメッセージを世に発するのかというところに立ち戻るべき話だ。</p><p>&nbsp;</p><p>それだけに、メジャーなテレビ番組がチェック作業を怠るということ、</p><p>または、チェックした上でGOを出してしまうということ、</p><p>どちらだったとしても、その軽さに本当に驚く。</p><p>&nbsp;</p><p>私のような末端かつ末席にいるような表現者で、影響力がさほどないにもかかわらず、</p><p>そういった部分は一番緊張感をもってチェックしているというのに！</p><p>影響力の大きな媒体に関わる人達の緊張感の無さに、脱力してしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12342424042.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Jan 2018 00:30:06 +0900</pubDate>
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<title>大阪の若いライターさんたちと</title>
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<![CDATA[ <p>先日、大阪を拠点にする若いライターさんたちと食事をする機会をいただいた。</p><p>私より10歳、いや15歳、いやいや20歳ぐらい若い人もいて、</p><p>そのハツラツとした存在自体に、圧倒されるばかりだった。</p><p>「こんなことやりたいんです」「あんな記事を書きたいんです！」</p><p>「こんなの書いてるんです！」「これなら、誰にも負けません！」。</p><p>躊躇なく、よどみなく、夢や目標を口にできることの清々しさ。</p><p>私は、「やりたいこと」や「書きたいこと」を口にする前に、</p><p>何度も喉の奥に押し込めて、「言っても大丈夫かな？　大丈夫だよね？」と</p><p>小さい自分に何度も確認してしまう作業を組み込んでしまっている。</p><p>でも、若いライターさんたちは、終始、ハツラツとしているのだ。</p><p>ハツラツと思いを語るのだ。</p><p>うらやましい。すてきだ。輝いている！</p><p>&nbsp;</p><p>年齢とキャリアだけが長いというだけの私。</p><p>彼・彼女らの目にどう写っていたんだろうと、ビクビクもした。</p><p>ともあれ、年の離れた同業者の皆さんと話せた貴重な機会。</p><p>心に一陣の風が吹いた、よい時間になったのでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12336187573.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Dec 2017 00:58:34 +0900</pubDate>
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<title>あることないこと書くなんて</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#000073;"><span style="font-size:0.7em;">大阪在住のライター RINのブログ</span></span></span></p><p>&nbsp;</p><p>よく芸能人が、「週刊誌にあることないこと書かれる」と怒りを露にしているのを見て、</p><p>いろいろな思いが頭をよぎる。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは「事実ではないことを事実のように書くなんて、とんでもない」という単純な驚き。</p><p>週刊誌記事にかぎらず、日常のあらゆる書き物において、</p><p>そんなことをしたら、「ウソ書いてる！」と信用をなくすだけだろう。</p><p>だって、虚偽なんですもん。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、同じ文章を書くということを仕事にしている者の一人としては、</p><p>「よくそんな恐ろしいことするなあ～」という、驚きと呆れ。</p><p>書き終わった直後の推敲から最後の最後の校正まで、</p><p>「もし間違ったことを書いていたらどうしよう」とつねにドキドキしている私は</p><p>小心者であるということは横に置いておいたとしても、</p><p>間違った情報がどこにどんな影響を及ぼすか、</p><p>それによって誰にどんな思いにさせてしまうか、</p><p>そして私はその責任を取れるのかを考えると、</p><p>恐ろしくて恐ろしくて、適当な文章を世に出すなんて到底できない。</p><p>情報として「正確」であり、「誤りのない」記事を世に出すことは当然だと、</p><p>それは今さら確認し合うまでもない、大前提だと思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>大作家でも有名ライターでもなんでもない、</p><p>業界の末席を汚しているだけの無名ライターの私であっても</p><p>書いた記事――それが地域の一部の人だけが読むミニコミであっても――が</p><p>世に出る時の緊張感はとてつもないものだというのに・・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>しかも、それなりの雑誌であれば、原稿をチェックする人が他にも必ずいる。</p><p>デスクや編集長、校閲担当者。</p><p>それらを全部スル―して世に出ていることに、ただただ驚く。</p><p>私が書く、読者も少なく、社会にほぼ何の影響も及ぼさないであろう記事にも</p><p>少しでも誤解を与えそうな表現などがあれば、誰かから必ず指摘される。</p><p>その緊張感のなかで原稿を書いているだけに、</p><p>「あることないこと」が名の通った雑誌で大々的に展開されること、</p><p>本当に本当に不思議なのである。</p><p>母体の大きさからの慢心なのだろうか。</p><p>影響力を過小評価しているのだろうか。</p><p>読者の読解力や判断力を甘く甘く感得ているのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>少なくとも、大阪の、私の周りの人達は</p><p>表現一つにもしつこく真摯に向き合っている。</p><p>それは過大評価することではなく、当然の向き合い方だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12207973855.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Oct 2016 15:08:21 +0900</pubDate>
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<title>別れの数が増えていく中で</title>
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<![CDATA[ <span style="color: rgb(9, 38, 56); font-family: 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', 'ＭＳ Ｐゴシック', 'MS PGothic', sans-serif, メイリオ, Meiryo; line-height: 16.8px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><article><div class="skinArticle themeNumber10009225332" style="margin-bottom: 30px;"><div class="skinArticle2" style="zoom: 1; overflow: visible !important;"><div class="skinArticle3" style="zoom: 1; overflow: visible !important;"><div class="skinArticleBody" style="zoom: 1; padding: 0px 0px 66px; background-image: url(https://stat100.ameba.jp/p_skin/wu_pf_scandinavian/img/entry_footer2_2col.png); background-attachment: scroll; background-color: transparent; background-size: initial; background-origin: initial; background-clip: initial; background-position: 0px 100%; background-repeat: no-repeat;"><div class="skinArticleBody2" style="padding: 0px 30px 1px; background-image: url(https://stat100.ameba.jp/p_skin/wu_pf_scandinavian/img/entry_body_2col.png); background-attachment: scroll; background-color: transparent; background-size: initial; background-origin: initial; background-clip: initial; background-position: 0px 0px; background-repeat: repeat-y;"><div class="articleText" style="font-size: 14px; line-height: 1.5; overflow: hidden; padding-bottom: 30px;"><span style="font-weight: bold; font-size: 8px;">大阪在住 フリーライターの日々笑い泣きブログ</span><br><b>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</b><br><br>歳を重ねるということは、別れの経験も増えていくということ。<br>そして、「別れ」ほど「生」を突きつけてくるものはない……と、<br>人生80年だとしたならば、その折り返しをちょっと過ぎた時点にいる<br>今の私は、痛切に感じている。<br><br>この2年で義父、叔父、伯母、尊敬していた先輩を見送った。<br>仕事でとてもお世話になった方も失った。<br>別の叔父も末期がんで年を越せるか越せないかと言われている。<br>どうしてこうも別れが続くのかと気が重くて仕方なかったけれど<br>別れを一つ経験するごとに、<br>「生まれたものは、みな死ぬ」ということを<br>少しずつではあっても、生物の摂理として受け入れられるようになっている自分にも気づく。<br><br>いつかは自分もいなくなる。父母もいなくなる。夫もいなくなる。<br>叔父・伯母もすべていなくなる。友人もいなくなる。<br>順番はわからないけれど、必ずみんないなくなる。<br><br>だからこそ、自分の有限の「生」も、大事な人たちの有限の「生」も<br>大切にしなければと思う。<br>会える時間、話せる時間は有限であり<br>しかも突然に別れがやってくることもある。<br>そう考えると、つまらないことで、いがみあいたくなくなる。<br>少しでもいたわりたいし、少しでも楽しい時間を共有したい。<br>年をとると丸くなるというのは、そういうことなのか、<br>いや、違うか、などとふと考える、そんな2015年秋。<br><br><br><br><br><br></div></div></div></div></div></div></article></span>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12096387778.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Nov 2015 23:30:50 +0900</pubDate>
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<title>「伝えたかったことを書いてくれて、ありがとう」</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 8px;">大阪在住 フリーライターの日々笑い泣きブログ</span><br>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br><br>どんな仕事でも、「うへ～、もう勘弁して～」と泣き言を言いたくなることはあるだろうし、<br>どんな仕事でも、「やっててよかった～」と涙したくなることはあると思います。<br><br>私の生業、ライターの仕事も同様です。<br><br>仕事を続けていく中で、心が折れそうになることもそれはそれは多いのですが、<br>先日、以前に取材をさせていただいた方からこんな言葉を掛けられて<br>なんといいますか、<br>こわばっていた全身の力がほぐされたというか、いい意味で脱力したというか、<br>月並みな言葉ながら、「この仕事をしてきてよかった」と心から思えました。<br>そして、思わず涙がほろり。<br><br>とある雑誌の取材でお話を聞かせていただいた方なのですが、<br>「RINさん以外にも、朝日・読売・毎日・産経の４大紙の記者が取材に来てくれた。<br>でも、RINさんの記事が一番、私たちの伝えたかったことを理解して書いてくれたし、<br>一番、私たちの心に寄り添ってくれた気がしました。書いてくれてありがとう」<br><br>これでいいのかな、私はこの方たちの想いを何も理解できていないんじゃないか、<br>浅い原稿しか書けてないな、これは読者に伝わるかな―――<br>15年以上この仕事を続けてきても、<br>記事のリリース時は、今なお不安で不安でたまらないのが本音です。<br>でも、時に、「伝える」という役割が少しでも果たせたと感じられた時、<br>「私の人生において、仕事とは？」という問いの答えに少し近づける気がするのです。<br>もちろん同時に、その倍ぐらい、いや、倍以上、<br>背筋の伸びる思いもするわけですが。<br><br>とにかく、まだまだ、まだまだ,、ではありますが<br>この道を歩いていこうと思っています。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12069346808.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Sep 2015 15:35:04 +0900</pubDate>
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<title>晩夏、大阪にて。</title>
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<![CDATA[ 残暑お見舞い申し上げます――。<br><br>取材でお世話になった方などにせっせと残暑見舞いのハガキを書くのが<br>ここ数年の、晩夏の仕事（？）の一つになっています。<br>暑くて、気が滅入って、パワーダウン中ではありますが<br>お一人お一人のお顔を思い出しながら、<br>今どうしてらっしゃるかな、あのあとどうなったかな――などと考えると<br>不思議と柔らかなチカラが沸いてくるというか・・・。<br>だから、自分自身のために、ハガキをしたためているのかもしれません。<br><br>とはいえ、個別のメッセージはもちろん手書きですが<br>宛名と基本文面は、力及ばずで、プリンタに頼ってますが・・・。<br>（パソコンやプリンタが普及する前の時代の方々は、<br>本当にすごい！）<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12066389323.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Aug 2015 15:31:53 +0900</pubDate>
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<title>四国に恋して</title>
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<![CDATA[ ここ数ヶ月、嬉しいことに四国での取材が多く、<br>明石海峡大橋＆鳴門大橋、瀬戸大橋、そしてしまなみ海道……<br>瀬戸内海を渡ること数度。<br>こんな巨大な橋をつくった日本の技術力、<br>人間の知恵と技に改めて驚きます。<br><br>そして何より、穏やかな水面を眺めていると、<br>ひととき、心が癒やされますね。<br>あの漁船はどんな魚をとっているのかな、<br>あのフェリーはどこへ向かうのかな、<br>あのタンカーはどこから来たのかな、<br>小さい船から大きな船まで、<br>それぞれに行き先や目的があって、<br>この海の上を日々行き交っているんだなあ――。<br>自分の暮らす世界はほんのほんのほんの一部であることを<br>改めて実感させられるかのような思いで、<br>子どものように夢中で船を見ていました。<br><br>しまなみ海道では、<br>視界に飛び込んでくる大小無数の島を見て<br>そういえばまだ『村上海賊の娘』は買ったまま読んでないな・・・とか<br>積ん読本のことも思い出したりして。<br><br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150523/10/rin-555/56/51/j/o0800060013315299748.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150523/10/rin-555/56/51/j/o0800060013315299748.jpg" style="width: 400px; height: 300px; border: none;" ratio="1.3333333333333333" id="1432346820749"></a></p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12030010815.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2015 11:00:57 +0900</pubDate>
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<title>大阪都構想</title>
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<![CDATA[ 大阪都構想、実現せず――。<br>ものすごい僅差のこの結果、<br>賛成・反対の両陣営があれほどヒートアップしていただけに<br>それを物語るようで、鳥肌が立ちます。<br><br>大阪を良くせなあかん、その思いはみんな一緒だけど<br>そのプロセス、担い手、方向性、手段・・・・<br>それらが大事なんだと思います。<br><br>反対派が勝利し、都構想は海の藻屑と消えたけれど<br>じゃあ、どうやって大阪を立て直すのか。<br>自民党ほか、反対を訴えていた陣営は、<br>これからの姿勢が問われてくるはず。<br>反対しただけで、その後は何も改革しなかったなんて、<br>そんなアホな展開にならないよう、<br>市民もマスコミもこれからもっと厳しい眼を向けていかないといけませんね。<br><br>大阪を良くしたい、暮らしやすいまちにしたい。<br>それは今回の住民投票に関係なく<br>多数の思いには違いないはずだから。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-12027861687.html</link>
<pubDate>Sun, 17 May 2015 22:58:05 +0900</pubDate>
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<title>脱・徹夜したはずが。</title>
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<![CDATA[ この仕事を始めた頃、そう、最初に勤めた編プロでは<br>徹夜は当たり前、だった。<br>私もまだ20代。そして、最初の職場。<br>――徹夜は仕方がない。<br>そう思うことができ、そして体もついてくる年齢だった。<br><br>でも、結婚し、出産し、年齢も重ね、<br>――徹夜はしない。できない。効率悪いし、体ももたない。<br>そう思い始めたのが30代頭。<br>以来、徹夜を強いられそうな仕事はできるだけしないようにし、<br>「脱・徹夜」。<br>もちろん、納期が短かったり、予想外のハプニングが起こったり、<br>お世話になった人からのお願いだったりと、<br>さまざまなケースに遭遇して、徹夜をせざるを得ないこともある。<br>仕事だから、そこは柔軟に対応してきた。<br><br>だけど、いよいよ40代。<br>日付が変わると、頭はボーっとして、仕事はますますはかどらなくなる。<br>当然、いいものが書けるわけもない。<br>翌日に読み返したら、「コレ、なんだ！？」となるのが目に見えている。<br>だから、「もう、寝る」と、パソコンを早々とシャットダウン。<br>その分、〆切日を自分のスケジュール内で前倒ししてきた。<br><br>それなのに、2015年に入って、<br>もう徹夜をしたのが今日を入れて3回目。<br>私のスケジュールの組み方が悪いのもあるのだけれど<br>なぜだか仕事量が異様に多いうえ、<br>スケジュールが急遽変更になるケースが続出。<br>そんなこんなで、あんなに避けていたのに、徹夜、徹夜。<br>頭がボーっとしてきたら、濃い目のコーヒーを飲みながらしのいでいる。<br>そして、ブログなんかも書いてみる。<br><br>さて、仕事に戻ります！<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-11993406795.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Feb 2015 01:50:08 +0900</pubDate>
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<title>迷いなく出てくる言葉の少なさ。</title>
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<![CDATA[ 私の頭というか思考回路の中にすでに存在していて、<br>原稿を書いたり手紙を書いたりするときに、<br>迷いなく、す～っと出てくる単語というのは、<br>日本語として存在する単語の中の何％ぐらいなんだろう。<br>30％？　20％？　<br>いやいや、たった10％？　<br>じつはわずか、3％ほど？？？<br>割合は分からないけれど、全体の中のほんの一部しかないのは確かなこと。<br><br>だからこそ、本や新聞、映画や音楽などで出合う言葉、<br>誰かに取材をしていて、その人の口から飛び出してきた言葉に<br>こんな表現、こんな言葉があるのか、と<br>日々、驚いたり、感心させられたりすることばかり<br><br>映画を観ている時でも、<br>時折、そのストーリーよりも、その表現や言葉に心を射抜かれ、<br>ついメモに手を伸ばしたくなってしまうことがある。<br>映画の世界に浸っていた感覚から突然に我に返ってしまい、<br>そしてまた映画の世界に戻るためにひと呼吸したり、一人でワタワタ。<br><br>何年もライターをしているのに、知らない言葉がいっぱいある――。<br>いまだに稚拙な表現しかできない――。<br>そんな、コンプレックスや強迫観念にも似た思いに、<br>いつもいつも包まれています<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif"><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rin-555/entry-11987291877.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Feb 2015 17:02:26 +0900</pubDate>
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