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<title>孤独な散歩者の夢想</title>
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<description>人は生れながら自由で、しかもいたるところで鎖に縛られている～Jean-Jacques Rousseau～</description>
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<title>死生観について</title>
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<![CDATA[ <p>　人の死というのは不思議なもので、誰もが直面することでありながら、普段これほど忘れられやすく、またこれほど人により考え方の異なるものはない。また他人が死ぬことと自分が死ぬことはおよそ意味が異なる。他人の死は、生物学的死、脳死、植物死、尊厳死、安楽死、社会的死など様々に定義し、あらゆる方面から考えることができるが、自分の死となるとまず経験することができないし、この「死とは何か？」と問うている己も無くなるわけで、認識する主体の死は同時に外界(宇宙)の死をも意味するかもしれない。<br><br>　人間の死生観は文化的背景と個人的背景(生き様)により大きく異なり、文化的背景によりある程度傾向がある。例えば西洋ではキリスト教が、東アジアでは仏教思想の影響が強く、それらの宗教は死後の世界について独特の説明をしている。キリスト教では現世での肉体を精神の宿る仮の住処と考え、死後は本来の精神の世界に戻っていくと考える傾向がある。一方、アジアでは現生と死後の世界は連続しており、魂は因果応報受け継がれるものだと考える傾向がある。欧米で脳死の患者からの臓器移植が日本に比べてあまり抵抗なく行われている大きな理由がそこにある。ただこの２つの宗教の中には多くの分派があり、同じ宗教でも派により全く異なる死生観を有している。<br><br>　死生観は葬儀の仕方に現れる。現代の日本では火葬が一般的であるが、昔の日本や中国では土葬の風習があった。昔の王は土葬されるとき多数の兵士の形をした人形や高価な物品や金銭を一緒に埋葬されたが、これは現世の利益が来世にも続くという信仰に基づく。現代は宗教や葬儀の仕方は個人が決めることであるが、昔は家族や地域により宗教が決まっており、葬儀はそれに基づいて行われていた。仏教において葬儀は死者にとってあの世へのinitiationであり死者は葬儀によってはじめて成仏することができる。一方、周囲の人間にとっては、それまで身近に生きてきた人間の突然の消滅という不安定な状態が、葬儀により意味付けられ、経験化され、受容にいたる。また、葬儀は必ずしも悲しむべきものではなく、アフリカのいくつかの原始的部族にとっては祭りであり祝福すべきものである。しかし、共通するのは葬儀が「残されたものが死を受容する場」であることだ。死とは死者本人のものであると同時に残される隣人のものであることを強調したい。<br><br>　ドイツの文豪ゲーテは、長年の知己であるシラーの死を知り、「自分の存在の半分が死んだ」と嘆いたという。これは自分のことをもっともよく知る人間の死をやや感傷的に表現したものであるが、一方で人間の生が相互依存的なものであることをよくあらわしている。老人は晩年に肉親や身近な友人の死を知ることで、死が自分に近いことをごく自然に理解する。若い人に比べ、死への恐怖も少なく感じられるようだ。これは老いによる感情の鈍麻や人生の悟りによる影響もあるのだろうが、何より自分の属している社会との関係の喪失感によるものと考えられる。私はしばしば思うことがある。もしこの宇宙に私しか存在しなかったら、それは生きているといえるのだろうかと。動物的生命を有しているのみで、働きかける対象もなければ、自分の存在を認めてくれるものもいない状態。これは死に等しいといえるのではないか。「人は自己を知る人々とともに関係の中で生かされている」と私は考える。<br><br>　人は何をもって死とするか。これは人類が長年議論してきたことであり、現在では循環機能，呼吸機能，脳中枢機能の三大徴候が永久的・不可逆的に停止した状態と定義されるのが一般である。これを個体死(somatic death)と呼ぶ。一方、全身を構成するすべての細胞の死(molecular death)をもって人の死とする考え方もあるが、実用的でないということで避けられている。しかしどちらの方法であれ、死を理解する上で疑問の余地がある。なぜなら厳密にどの時点で人が死んだかなど誰も知ることはできないし、極言すれば人の死を本当に見た者はいないからである。医師による死の宣告にはこのような限界がある。死者の家族には、もう一度死を受容する機会が必要である。そのひとつが葬儀である。<br><br>　以上述べたように、生と死の線引きは本質的には主観的なものである。周囲の人間が本当に死を認めたとき、その人の死は完成するともいえる。このような死を「個体死」に対して「関係死」とここでは名づける。「関係死」は個体としての生命が持続している場合にも訪れ得る(後に述べる脳死がその例)。「個体死」が科学に立脚するとすれば、「関係死」は社会、ことに家族に立脚する。我々人間が全き生を営んでいるいえるのは、この二つの死から免れているときであろう。<br><br>　現在盛んに議論されている「脳死が人の死か否か」という問いを考える上でも、「関係死」の観点は欠くべからざるものであろう。「個体死」は医学的な根拠に基づく客観的な死であるが、「関係死」は社会の思想・信条を背景にした主観的なものである。よってこの問いに、究極的解答を与えることは不可能である。特にこのテーマの背後には脳死患者からの臓器提供という医療上の性急な要求が潜んでおり、国家単位で安易に解答を出すのは危険である。もちろん最低限の死の定義は国家として必要であるが、何をもって死とするかの最終判断は最小の社会単位としての患者とその家族に委ねられるべきだと私は考える。<br><br>　ここで死にゆく人々と医療の関わりについて考える。医師にとっての患者の死とは何か？医療の目的が死の回避であるとすれば、それは病魔に対する敗北である。また医療を死へのゆるやかな橋渡しとすれば、それは緩和医療のend pointである。いずれの場合も、医師の出会う死は、医師として経験する多くの死の中のひとつであり「他人の死」である。しかも多くの場合肉親でもなければ知人でもない「あかの他人の死」である。「あかの他人」である以上、その人に対する無関心が存在するのは止むを得ない。一方、患者の家族からするとかけがえのない肉親の死であり、患者にとっては生の締めくくりであり、一回限りのものである。このように医師の側と患者の側には死というものに対する埋めようのない認識の隔たりがあることをまずは認めるべきであろう。医師はこの隔たりを越えることはできないし、また越えることを望むべきでもない。むしろこの隔たりを尊重すべきである。<br><br>　しばしば医師は自ら死生観を確立する必要があるというが、それは患者に己の死生観を押し付けることではなく、患者の多種多様な死生観を理解するCapacityを備えることに要点があると考える。現代は特に価値観が多様化しており、死生観も様々である。以前は家族や地域に強く影響されていた個人の死生観も、現代は個人的背景(生き様)抜きには語ることができなくなっている。医師はこのことをよく理解し、インフォームドコンセント、ターミナルケアなど個人の生死がテーマとなる場面において、決して個人の生き方(あるいは死に方)を誘導するのではなく、あくまでも患者本人が意思決定をする手助けをすることに徹するべきであろう。死に直面した患者の意思決定は容易なものではなく、必ずしも言葉で表現できるものではない。医師はこのような患者の非言語的な側面も敏感に感じ取り、患者の意思と医療サービスとの仲立ちをすべきであろう。<br><br>　死には恐怖が伴う、死後の世界を果てしない暗黒の闇と考えると背筋が凍りつくようだ。しかし一方で人間の生が根源的に受苦によって成り立ち、死は生からの解放であると説く者もいる。死に直面した人は死に対して様々な意味付けを行うだろう。時にそれは宗教的なものであるかもしれない。死を前にした癌の末期患者の心境は目まぐるしく変わり、一般的には恐怖、煩悶、抑欝、受容などの各段階があるという。<br><br>　死の最後の瞬間はその人にとって、人生の最終章である。末期患者の闘病記を読むと、死を考えることで生の意味を知ることができたという人も多い。医師はそのような患者を心身両面でサポートしなければならない。死にゆく人々に対し、よき医師はその人の苦しみを緩和し、最良の医師はその人の人生によく関与するのであろう。それは医師としてではなく人間としての在り様である。よき死生観をもつことはよき人生観(幸福論)をもつことであると考える。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ring0710/entry-10054795869.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Nov 2007 13:24:35 +0900</pubDate>
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<title>2007年夏の参議院選挙</title>
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<![CDATA[ 　2007年夏の参議院選挙は自民党は半分に議席を減らし、民主党は60議席を獲得し、悠々の第一党となった。しかし、今回の民主党の勝利は、民主党の政策(マニフェスト？)が積極的に評価された結果というよりは、現政権にとって様々な不利な条件(年金問題、大臣の問題発言・不祥事疑惑、格差問題と一人選挙区への比重の偏り)によるところが大きい。必ずしも安部政権の政策そのものが否定されたわけではない。また参議院選挙は政権選択の選挙ではないし、首相もその点選挙前にはっきり言明していたのだから、首相続投は何も矛盾しない。 <br><br>　民意を政治に反映させることは大事だが、国民の最大多数の意見が常に正しいとは限らない。政治家は本来国民を正しい方向に導く存在だ。政策は結果が出るのには時間がかかる、結果が出る前にあっさり退陣するくらいなら最初からやらない方がましだ。小泉前総理の追い風を失ったこれからが安部首相の真価が問われる時だ。私はもうしばらく安部首相の今後をみてみたい。逆風の中続投し、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という抽象的なテーマを国民にわかりやすく伝え導いてほしい。今回の敗因の一つであった閣僚の数々の問題発言は、中身がどうこうというよりは、閣僚の政治家としての質の低さを露呈するものばかり。選挙の反省を活かすならば次の改造内閣では大臣の層を厚くする必要がある。その点、片山参院幹事長は有能な政治家だったと思うが落選してしまった。選挙は不思議なものだ。 <br><br>　今回の選挙でもう一つ注目すべきはほとんどの野党は民主党以外、議席数を減らしていること、反自民の受け皿が民主党になってきているのだろうか。いつかは二大政党の時代がくるのだろうか。自民党もいかに改革されたとはいえ、政・産・官の癒着や古い権益構造は少なからず残存するだろう。米国のように数年に一度はそういうものが一新されるのがより健全な姿だと思う。また民主党も政権を握り国家運営の責任を持つことで党としての本当の実力もつくだろう。こういった意味でいつかは民主党に政権をにぎってほしいとも思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ring0710/entry-10041835961.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Aug 2007 21:38:17 +0900</pubDate>
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<title>孤独について</title>
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<![CDATA[ <p>孤独は山ではなく街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の間にある。</p><p>&lt;人生論ノート；三木清&gt;</p><br><p>　これは旅行中に切に感じたこと。ニューヨークのタイムズスクウェアの前で大勢の人ごみを掻き分けて歩いたとき強い孤独を感じたが、ロッキー山脈で誰一人いない広野に1人で佇んだ時は不思議とそこに孤独はなかった。大自然と向き合うとき、内から漲る力を感じ、なんだか自分も大きくなったような気がした。自分が人類の集合体であるような感覚。</p><p>　振り返って街を行く大勢の人々について考えるとまた違った印象がめばえる。群集の誰か一人でいいからその人の背中を見て身なりや表情からその人の生き様を勝手に想像してみる。生まれ、育ち、仕事と家庭を持ち、あるいは持たず、人生の甘美な部分と辛酸をなめ、いつかは独りになり、土になっていくのだと思うと、自分ひとりが孤独ではないことに気付く。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ring0710/entry-10041804321.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Aug 2007 16:21:30 +0900</pubDate>
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<title>とりあえずつくってみました</title>
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<![CDATA[ <p>人に誘われるまま、ついに私もブログなるものをつくってみた。</p><p>別段、書くほどのこともない面白みのない日常ではあるが、世に起こることを含めて思うことをつらつらと書いてみよう。 読んでくれる人があればありがたい。元来、天邪鬼な人間なので、世間一般の考え方とはだいぶかけはなれた面もあり、不快に思われる方もおられるかもしれぬが、ご勘弁願いたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ring0710/entry-10006618839.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Nov 2005 01:14:10 +0900</pubDate>
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<title>Situation of peace education in Japan</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">&nbsp;In 2000, I went to Paris to take part in NGO congress aiming for world peace. Some foreign students asked me how peace educations are done in Japan. I was at a loss for words then. They expected that Japanese young people must have much interest in war and peace because Japan was the first atomic bomb dropped country. But actually young people are indifferent to such issues.<br><br>&nbsp;I was brought up in Nagasaki, the second atomic bomb dropped place. In my elementary school and junior high school days, we have some special assembly on August 9th which is atomic bomb dropped day. However this was one of the most boring annual events for me. Our teachers continued to emphasize on the importance and preciousness of PEACE. We watched tragic pictures and films of disaster after atomic bomb again and again. We are forced to write our impressions on paper. Teachers are satisfied with pupil's impressions for example, "I was surprised how terrible war is" or "I understood how precious peace is". But I think they are just superficial impressions. As growing up, such impressions have gradually disappeared. Now our generations (modern university students) are often said that they are insensitive to the problem of foreign affair and not interested in the problem of war and peace. We may possibly say that peace educations in our teenage ends up with one-sided satisfactory in many cases.<br><br>&nbsp;The recognition of war and peace is different between young people living in Japan and those living in dangerous countries where war is actually braking out now. The latter people think about war more seriously and more deeply, though it is not necessarily disappointing thing because that is the result of our country is so peaceful.<br><br>&nbsp;Of course there are many western countries as peaceful as Japan. But I think young people in those countries are more interested in international issues of war and peace than in Japan. I think one of the reasons is that Japan has been historically separated from foreign countries and has a few experiences of confliction with other countries especially till Edo period. That made this character of Japanese nations. But we may ascribe Japanese young people's indifference of foreign affair to the way of education in the school.<br><br>&nbsp;As I said, we are taught one sided. Is this good way of teaching? I think "No". Good education must be both sided. A student would learn from their teachers and should consider by himself later on that problem and if possible he should get his ideas in shape. I think the education in Japan is lack in the latter two processes. Though I was taught how to write impression, I was never taught how to make composition in a true sense in a school.<br><br>&nbsp;In western countries, debate is adopted into education curriculum in early stage of children's growth. Fist one special opinion on issue is given to students. And the general objection is given next. Students should choose and stand on one side regardless his opinion. Teachers only interfere the discussions not to make it being beside the point or being the endless dispute. Students by themselves develop the discussion.<br><br>&nbsp;I think Japan should adopt debate much to his educational system especially to peace education. Teachers or students could prepare the theme and its materials. They may eager to find the evidence in order to persuade and defeat the opponents. Knowledge got in such way would remain long.<br><br>&nbsp;It is the only way of approaching the peace that we should recognize the existence of different standing point and train the perseverance and the skill. Only admiring peace is as dangerous as more than admiring war in a sense of lack in self-criticizing.<br><br>&nbsp;We should recognize that war is inseparably related to the existence of a nation and is natural in human society. Most important thing is a valance of foreseeing and preventing the war. I hope that human-being do have that wisdom.<br><br><br>April 28th, 2002 in New York</p>
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<link>https://ameblo.jp/ring0710/entry-10054796377.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Apr 2002 13:28:44 +0900</pubDate>
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