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<title>rinkokko0427のブログ</title>
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<title>娘の視力</title>
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<![CDATA[ <p>娘の転園のあと、視力検査が行われました。簡易的な視力検査で、遠くからいろんな形を見てどんな形なのかを答える視力検査でした。</p><p><br></p><p>担任の先生から面談の時に娘の視力が悪いかもしれないので一度、眼科に行ってほしいと言われました。私は娘の視力が悪いなんて思ってもみなかったのでびっくりしたのですが、すぐに大きな眼科でみてもらうことにしました。そこで言われたのが「弱視」でした。<span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">何かしらの原因により視覚的な刺激が正常に伝わらなくなり、視力の発達に障害を受けることになります。このようにして生じた視力障害を弱視と呼ぶそうです。</span><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">視覚の感受性は1歳半頃にピークに達し、8歳頃に消失するといわれています。そのため弱視の予防には、早期に発症につながる原因を取り除き、視力発達を促すことが大切です。娘の弱視に気づいたときは5歳になっていました。あと3年余りで治療をしたところで彼女の弱視が治るのか??一生目が悪いまま生きていかなければいけないのか?また今までどうして気づかなかったんだろう…やっぱり話せないっていうことがネックになってこの発見を遅らせてしまったのであろうか??様々なことを考えて自分を責めました。けれど時間を巻き戻すことができないし先生に言われることを聞きながら涙を流したことをを覚えています。診察の後に矯正メガネたるものを着用しなければならないと言うことを聞きました。これから始まるメガネ生活にとても不安を抱いていましたが、彼女がメガネを嫌わず逆にとてもうれしそうだったので私としてはほっとしました。また驚いたことに赤ちゃんの時からちゃんと私の顔が見えていなかったのでしょうか?眼鏡をかけて私の顔を初めて見たとき、ちょっと驚いたような、嬉しそうな顔をしたんです。もちろん嬉しいかどうかは本人に聞かないとわからないんですが、その当時はうまく話せていませんでしたので私の目にはそう映ったと言ったほうが正しいのかもしれません。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">娘の発達が遅いことに気を揉んだりイライラしたり娘に八つ当たりをすることもありました。そういった表情も眼鏡をかけるまでは見えていなかったと思うと「ああ、よかった」とほっとした部分がありました。彼女が発達が遅いことも視力が悪いことも何一つ悪いわけではないのに私の心に余裕がないあまり声色だけでも彼女を傷つけていたかもしれません。そんな未熟な私にいつでも優しく寄り添ってくれる彼女がいとおしくてたまらない気持ちでした。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">私は20代の頃、視力が悪かったのでレーシックと言う手術を受けています。同じ職場の上司がレーシックを受けてすごく人生が一変したと言っていたので私も思わずレーシックの手術を受けました。もちろんずっと子供の頃から目が悪かったのでメガネとコンタクトを併用しながらの生活に煩わしさを感じていましたのでこの手術で視力があっという間に良くなったので本当に人生が変わったと私自身も思っています。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">娘の眼科医の先生にレーシックの話をし、将来的にレーシックをすることを私自身勧めたいといったところ「いいんじゃないですか」と言ってもらえました。今はメガネ生活ですが年頃になればコンタクトもあるしレーシックもできるかもしれないし。もっともっと医療が進んでもっと簡単に視力が良くなる方法が選択肢があるかもしれない。そう思って今は彼女の治療に力を入れようと思いました。治療もうまくいけば視力も上がると言うふうに言われましたし、知人には中学生になる頃には視力が1.5まで上がったと言う人もいました。希望を捨てず今できることを頑張らなきゃと思っていました。彼女はとてもメガネが似合ってみんなからも顔覚えてもらったりメガネを褒めてもらったり楽しそうでした。今考えてみても悪いことに目を向けずに楽しいことや良くなったことを見つめてそれだけを見てやっていけたらよかったなぁと後悔しています。結果は変わらないかもしれないけれどその時に思った感情やポジティブな考えはきっと家族の雰囲気も良くするし前向きな気持ちで楽しい気持ちで過ごすことができたはずです。結果は変わらないのならば暗い気持ちやネガティブな感情はどっかに捨てて生きていくのが一番なんだと言うのが今になって思われます。なかなか渦中にいるとできない事ですが、もしあの時に戻れるのならばガハハと笑いとばしてあげたかったな〜<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/609.png" alt="愛" width="24" height="24"></span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">次回も園生活もう少しだけ続きます。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); color: rgb(51, 51, 51); font-family: Poppins, &quot;Yu Gothic Medium&quot;, &quot;游ゴシック Medium&quot;, YuGothic, 游ゴシック体, &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, メイリオ, sans-serif; font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: auto;">最後までお読みいただきありがとうございました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/590.png" alt="ニコニコ" width="24" height="24"></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12728787833.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Feb 2022 13:59:04 +0900</pubDate>
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<title>いきなりの転園…</title>
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<![CDATA[ <p>幼稚園生活もようやく慣れてきて、担任の先生もとても熱心で、毎月幼稚園とは別に通っていた言語訓練や機能訓練の様子もしっかりと聞き取ってもらい毎日先生とお手紙のやりとりをして彼女の成長の進捗を図っていました。</p><p><br></p><p>年が明けてなんとなく私が「今年は家を買う」とお正月に書き初めをかきました。</p><p>長いことアパート住まいだったことと実はこの時期長男が生まれました。</p><p>娘の兄弟を作ると言う事に関して夫ともだいぶ話し合いました。この先彼女が私たちが死んだあと1人で生きていけるだろうか?兄弟がいたら助けてくれるのではないか??けれど娘のために兄弟を作ると言うのはおかしいのではないか?下の子にも本人の人生があるのに姉のために生きて行かなければいけないのだろうか?いやそれはおかしい!!ただただ私たちの家族として生まれて欲しいと言う思いでもう1人子供を持つことにしました。</p><p>息子が生まれてくれたおかげで娘の子育てで心が病んでいた私はとても心が落ち着き、少しゆとりを持って子育てをすることができるようになりました。</p><p>特に男の子だったので母性がより強く出て可愛くて可愛くて仕方ありませんでした。また私にべったりで物わかりもよくってあまり手がかかりませんでした。娘は私にあまりベタベタしないので母親の取り合いになることもなく時々抱きしめてくれたらいいわと言うスタンスの娘、いつもベタベタしてほしい息子…バランスが良いというかなんというか(笑)</p><p>息子が生まれてきてくれたおかげで私と娘のバランスも取ってくれました。</p><p><br></p><p>家族が増えて手狭になってしまったと言うことでもう少し広いアパートに移るか家を買うか？？</p><p>夫もまだ再就職して間もなかったのですがこういう事は早いほうがいいと思って早速いろんな物件を見て回ることにしました。</p><p><br></p><p>そうは言ってもなかなか新築と言うことで見て回る勇気もなく、中古住宅を見に行こうと言ってそれこそ2軒目ほどで今のお家に出会いました。</p><p><br></p><p>4 LDKのこじんまりとしたお家。また風通しや太陽の光が差し込む明るいお家。なんかこのこじんまりとした感じが私たち家族にピッタリな気持ちになりました。2月には契約…いやいや娘の幼稚園はどうなるのか??ここで家族でだいぶ悩みました。まず娘を受け入れをしてくれる幼稚園があるのだろうか?知らない土地でうまくやっていけるだろうか??などなど様々なことを考えました。</p><p><br></p><p>不動産屋さんに尋ねたところ近くに公立の幼稚園があると言うことで早速問い合わせてみました。娘の事情を話したところ受け入れできると言う返事をもらい、数日後には体験入園をしてみることにしました。</p><p>体験入園から帰ってきた娘に尋ねてみたことろ「絶対この幼稚園に行きたい!」とすぐに返事をしてくれました。今通っている幼稚園にもたくさんのお友達ができて、実際私も数人ですが心を許せるママ友ができました。</p><p>そのお友達とも離れてしまうことが少し残念ではありましたが、自分の直感を信じて転園することを選択しました。このあとしばらくしてわかったのですが、この公立の幼稚園の隣が公立の小学校その隣が公立の中学校と実は横並びに学校が建っています。この小学校では障害を持った子供さんでも健常者の子供さんでも一緒に通うことができるいわゆるグローバルデザインのモデル校となっていることを知りました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/634.png" alt="びっくりマーク" width="24" height="24">そして引越し先のお家から歩いて10分から15分。小学校に行くのも中学校に行くのも近いじゃない。小学校はマンモス校で全校生徒が800人ほどいるような学校でした。これから先、彼女のことで友人関係で心を痛めることや悩むことも出てくるかもしれないと思いましたが、人数が多ければ多いほど合わない子の数もいるかもしれないですが合う子の数もその分たくさんいる!!と思ったんです。今思うと彼女の人生を考えると移って良かったと思えました。</p><p>1月に書き初めを書き、2月に家を契約し、3月には新しい幼稚園に通う生活がスタートしました。幼稚園も200人ほどの大きな幼稚園でしたのでたくさんの人にもまれてのびのびと園生活になりました。</p><p>幼稚園での生活と言語訓練と機能訓練に通いながら彼女の成長に力を尽くしました。いつかたくさん喋ってくれるようになるだろうと思って毎日毎日たくさんの本を読み聞かせしました。</p><p><br></p><p>幼稚園生活はもう少しだけ続きます。そこでまた大きな出来事が起きます。それは次回へ。</p><p>最後までお読みいただきありがとうございました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/590.png" alt="ニコニコ" width="24" height="24"></p>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12727151838.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Feb 2022 09:33:36 +0900</pubDate>
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<title>新しい生活へ　そして今の娘は…</title>
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<![CDATA[ <p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220210/10/rinkokko0427/75/85/j/o1024100515073028296.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220210/10/rinkokko0427/75/85/j/o1024100515073028296.jpg" border="0" width="400" height="392" alt=""></a></div><p>ようやく夫の再就職が決まり約一年半ほどの無収入生活は幕を閉じました。</p><p>就職に伴い通勤先が今の住まいより遠いので会社から10分程度の場所に引っ越すことにしました。新たな気持ちでスタートするという意味でも私たちはワクワクしていました。</p><p><br></p><p>娘は4月で3歳を迎えるのでこれを機会に幼稚園に入園を決めました。入園前になると私の方がなんとなくブルーな気持ちになって、何もしゃべらない娘ではありましたがいつの時もずっとそばにいたので自分の一部のように感じていたことに気づいて彼女のいない間をどうやって埋めていこうかなどと考えたりしていました。</p><p><br></p><p>入園した幼稚園では私の娘のように多動だったり、自閉症だったり、全くしゃべらないような子供さんでも受け入れてくださいました。現在は受け入れをされていないようですので、まだまだ数も少なく目も行き届く時代だったのかもしれません。そういった意味では彼女は運がよかったのかもしれません。嫌がることもなく、何となく預けられて何となく行ってそして帰ってくるというような日々が続きました。</p><p><br></p><br><p>この頃から彼女の多動がどんどんエスカレートしていきました。急に奇声をあげたり、手をつなぎたがらない、抱っこをしてもつかまってくれない、お昼寝をして目が覚めると大泣きをする、目が回るようなぐるぐる回り⁈を始めてそれをやめない。</p><p>こんなことばっかりだったので、彼女の気持ちが全く理解できずさらに溝が深まるばかりでした。娘の気持ちを理解してあげたいのに全く理解できない…。</p><p>誰に相談したらいいのかもわからない…。　　</p><p>えもいわれぬ不安が毎日私に突きつけられているようでした。</p><p>ある日、彼女とスーパーに行った時、レジのところでぱっと手を振り解かれて気づいたときには娘はいませんでした。慌てて探しに行って店内を歩きまわったのですが、どこにもいません。もしかして道路に出てしまったのではと思い一瞬にして青ざめました。娘の名を呼びながら外に行ってまた戻ってきたとき、お店の店員さんが彼女を捕まえてくれていました。</p><p><br></p><p>ほっとしたのと同時に涙があふれたのを覚えています。</p><p>ある障害があるお子さんの話を聞いたことがあります。私と同じように目を離した隙に車にはねられて亡くなったと言う話です。そういった理由でしょうか、短命なお子さんが多いと言うこともその時に聞きました。</p><p><br></p><p>私は絶対に彼女の手を離したくないと強く思いました。強く手を引っ張ったり何か紐で縛ったりしてペットみたいに連れ歩く事はしたくありませんでしたので、できるだけそばでよっぽど危険ではない限りは彼女の動きをよく見ながら、注意しながら生活していくことを選択しました。</p><br><p>少し暗い話ばかりになってしまいましたので、今の娘の状態をお伝えしようと思います。</p><p>今彼女は小学校6年生12歳です。あと1ヵ月ほどで卒業式を迎え4月からはいよいよ中学生になります。</p><p>今は立派に手をつないでくれます。</p><p>何なら自分からママ手をつなごうと言って手をつないでくれます。</p><p>もちろん奇声はあげません。</p><p>抱っこをしてもなかなかつかまるのは得意では無いのですが、しがみつきなさいって言うとちゃんとしがみつきます。</p><p>目が覚めたときに大泣きすることもないですし、ぐるぐる回り始めることもありません。</p><p>今考えるとあれは何だったんだろうか??</p><p>しかし何年もこの状態は続きました。けれど終わりがちゃんとありました。</p><p><br></p><p>その頃、ある文献で牛乳飲ませると自閉症が進行すると言うような記事を読んだ記憶があります。</p><p>これは本当に個人差があると思いますが、私はこの記事を読んでから3年ほどは牛乳や乳製品を娘に飲ませませんでした。もちろん乳製品もなのでチーズやヨーグルトもできるだけ口にさせませんでした。幼稚園にもそのことを伝えて食べさせないように、飲ませないようにお願いをしました。それが良い結果を生んだかどうかは分かりませんが徐々に奇声を発したり、ぐるぐる回ったり、泣き叫んだりする事はなくなったような気がします。</p><p><br></p><p>手をつなぐようになったのはずいぶん先でしたが小学校に入って3年生ぐらいまでは手を繋がなかったような気がします。今考えると自由に自分の力で動き回りたかったのかもしれません。</p><p>いずれにしてもあの頃の彼女とは考えられないほど落ち着いていますし私が言うのもなんですが立派に育っていると思っています。</p><p>あの頃の私は本当に苦しかったので今まさにあの頃の自分と話ができるのならば「大丈夫だよ、必ず彼女は自分の足で立派に歩き出すよ。悩んでないで一緒に楽しみなさい」と言ってあげたいです。当事者はそれどころでは無いんですがね…。しかしもしかするとあの頃一生懸命に彼女と向き合って一生懸命にぶつかり合っていたからこそ今の彼女があるのかもしれないと思えばあの頃の判断は間違っていなかったのかもしれません。</p><br><p>この後もう少し彼女の幼稚園生活と、弟の誕生があります。そこにも今の彼女の軌跡と奇跡があると思っています。次回も楽しんでいただけたら幸いです。</p><br><br>最後までお読みいただきありがとうございました🍀<p></p>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12726065620.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Feb 2022 10:35:37 +0900</pubDate>
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<title>バセドウ病の夫</title>
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<![CDATA[ <p>前回夫がバセドウ病の診断を下されたことを書きました。</p><p>今回は夫の闘病生活について書こうと思います。</p><p><br></p><p>夫は体重は1週間で10キロも痩せてしまい私とほとんど体重が変わらない状態でした。5メートルも歩くとゼーゼーと息をして横で見ていてもすごく辛かったです。</p><p>痩せないように栄養つけたらいいのかなぁと思ってたくさん食べさせても食べたら食べた分下痢をしてしまい(たくさん食べても食べなくても下痢のようです) 痩せていくばかりでした。</p><p>1日中激しい頭痛で苦しみ、夜も頭痛がひどいらしく全く眠れない。そのせいか、もともと大きな目ももっと大きくなったようで、、、いわゆるバセドウ病の症状である眼球突出と言うのでしょうか。目が飛び出ているようなそんな症状が出ました。</p><p>病院から処方された薬を飲んでいてもすぐに効果は現れませんでした。</p><p>本当に最初の2週間はまるまる薬の効果が現れなかったので、横で見ている私も「大丈夫なのかなぁ、死んだりしないよね… 」と心で思いながらお医者様の処方が悪いんだ!なんて無礼なことを思いながら日々を送っておりました。とにかくこの2週間は鬼のように長く、まるで2ヶ月位の長さを感じる程でした。2週間後からも劇的に変化があったわけではなく、頭痛が若干微弱になっただけでまだまだ症状が改善されたと言えるものではありませんでした。</p><p>やっと2ヶ月ぐらいして少しずつ頭痛が治まり食事も少しずつですが食べれるようになりしかし、体力自体はありませんでした。</p><p>これからどうやったら夫が良くなっていくのか、お薬だけで良くなるものなんだろうか?楽しいことをしていたら自然と良くなるんだろうか??様々なことを悩みながら口には出しませんでしたが考えていました。</p><p>私は発達の遅い娘とバセドウ病の夫と3人で365日片時も離れず過ごしました。夫は苦しかったと思います。私ももちろん苦しかったです。けれど2歳になった娘と夫と私で片時も離れない365日を共に過ごせたと言う貴重な経験をすることができました。</p><p>世の中を見渡すと旦那様が遅くまで働いてほぼほぼワンオペ育児ですれ違いの多いご夫婦を耳にすることがあります。</p><p>現に私の友人もこの状態の方がほとんどになります。しかし私たちは茨の道だったかもしれませんが家族としては幸せな時間を過ごすことができたと思っています。この期間の子供の成長を間近で見ることのできる旦那様はなかなかいないのではないかなと思います。もちろん病気の症状に苦しみながらですが…。</p><p>この1年は全く収入がゼロでした。子供が生まれるまで私はある会社で事務の仕事をしていました。夫がギリギリまで働いていたときのお給料と、私が働いていたときの貯蓄と失業手当、子供の児童手当それをかき集め3人で月50,000円のアパートに住み食事は激安スーパーで購入したものをうまく回しながら贅沢はせずしかし楽しく暮らしていました。</p><p>夫はほぼ1年で症状が改善され、翌年の6月位に寛解になりました。10年以上経っていますが再発もしていませんしお薬も飲んでいません。完全に完治したと思っています。</p><p>バセドウ病は個人差があると思いますが難病です。一生抱えて生きてらっしゃる方も大勢います。</p><p>なので夫のやり方がどの方にも当てはまるとは思いませんが、今まさにバセドウ病で苦しんでいる方に少しでも役立てば良いなぁと思い、夫と私が実践してきた事を書いておこうと思います。</p><p>①仕事を休んだ</p><p>②好きなようにしていた</p><p>③よく笑っていた(毎週吉本新喜劇を録画）</p><p>④足つぼマッサージをしていた（親指の下付近）</p><p>⑤薬は必ず飲んだ。</p><p><br></p><p>私自身、夫に足つぼマッサージ毎日毎日行いました。信じてやり続けていた結果が完治につながったと思っています。「大丈夫絶対治す!」と宣言しておりましたが、その時は先の見えないトンネルの中にいるようで毎日頭の中を不安がよぎる事はありましたが、出口は必ずありました。</p><p><br></p><p>お薬を飲み続けていると代謝を抑えるので太りやすくなりますし、ダイエットをしてもなかなか体重も落ちなくなります。病気以外でも副作用で苦しむこともあります。この病に関してはデリケートなことなので断言することはできませんが、私たち家族はこのやり方で乗り越えることができました。夫は当時40歳を過ぎて再就職をするのは非常に難しく、前職を止めて1年と2ヶ月ほど経って体力も回復し今の会社に拾ってもらうことができました。<br></p><p>誰の力も借りず3人で乗り越えると思い、勢いに任せた私の考えで事をすすめたのでお互いの両親はとても戸惑ったと思いますが、そんな素振りも見せずに陰ながら応援してくれました。そんな両親にも感謝しています。</p><p><br></p><p>最後まで読んでいただきありがとうございました☘️</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12724974443.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Feb 2022 10:09:22 +0900</pubDate>
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<title>歩きだした娘</title>
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<![CDATA[ <p>とうとう娘が歩きだしました。</p><p>&nbsp;</p><p>なかなか歩かないので本当に心配しましたが、やっと１歳１０か月で歩くようになりました。</p><p>言葉もほとんどでないのでコミュニケーションをとるのが本当に困難でした。こちらを見るまなざしも曖昧で、微笑んでもあま反応がありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>当時は最悪のことばかりを考えてたのでとても心が苦しい状態でした。妊婦の時にできた友達と子供が生まれてから会う機会があっても共通の話題が作れずどんどん閉鎖的になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中それでも食事だけは本当によく食べてくれました。</p><p>スプーンやフォークなど使ってくれるわけではなく口をあ～んと開けて御飯が入るのを待つ…その姿は燕の子供が親の餌を待つような、そんなイメージです。</p><p>その姿は本当に可愛かったです。だからそれだけを楽しみに毎日食事の準備をしていました。</p><p>お陰で病気することもなく病院にお世話にることはほとんどありませんでした。</p><p>唯一検診の時に発達が遅れていることを常に言われつづけていましたので検診の日はとても憂鬱でした。</p><p>１歳１０か月までは歩かなかったのですが、１歳１０か月まではハイハイをしていましたので背筋や足腰が鍛えられていたのか、、、転んだりすることがなくしっかりと歩くようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今まさにあの頃の自分と話ができるなら「大丈夫、心配ないよ。ちゃんと歩くようになるから」と言ってあげたい気持ちです。御飯もしっかり食べてくれて健康で、ただちょっとのんびりしているだけ・・・なんですが、当時の自分には心の余裕がなかったので歩かない、言葉が出ない、表情、反応がないと何もかもにナイナイと決めつけている自分んがいました。</p><p>夫は「大丈夫だよ、歩くようになるよ、話すようになるよ」とあまり心配してるようではありませんでした。けれどは今となっては適当に答えていたわけではなく本当に心から言っていたということが分かったのですが、当時は適当になんの根拠もなく答えているのではないかと思いまた一人で抱え込んでいました。</p><p>そんな中、娘が２歳になったころ、夫がどんどん痩せていきました。最初は頭痛が治まらないと言い出し、１週間で１０キロみるみるうちに痩せていきました。さすがに病院に行こうと検査に行くと医師から言われた病名は「バセドウ病」でした。バセドウ病とは甲状線の働きが異常に活発になり、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気です。動悸や息切れ、体重減少、手の震え、発汗、イライラ、眼球が飛びだしてくるなどの症状が次々と押し寄せてきました。あまりのしんどさに５メートルも歩けない、そんな姿を傍らに見てすぐに私は「仕事辞めてきて、私が何とかするから！！」と言って無理くり仕事を辞めさせたのを覚えています。当時は何の根拠もなかったけれど何か分からないけれど絶対大丈夫と思えるような自信がありました。</p><p>とりあえずやってみないと分からないし、お金が無くなれば健康な私が働けばいいし、お金が無くなるまでに夫が健康になればまた一から仕事を探せばいい、いつだってスタートできる。と思っていました。もちろん傍から見れば夫婦ともに無職、子供は発達の遅れがある…と色々と目をやればキリがなっかたのですが、なーんだか大した問題ではないと思っていました。</p><p>本当に何となくなんですけど（笑）</p><p>子供のことではあれほど、うじうじ考えていたのに突き抜けたのではないででしょうか。。。</p><p>けれどそれによって今後また様ざまな貴重な体験をすることができました。</p><p>&nbsp;</p><p>今回はここで終わろうと思います。次は夫のバセドウ病のお話を書こうと思います。次回も楽しみにしていてください。</p><p>&nbsp;</p><p>最後までお読みいただきありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12724091220.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Jan 2022 14:25:27 +0900</pubDate>
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<title>障害？娘との日々</title>
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<![CDATA[ <p>私には12歳の娘と9歳の息子ががいます。今日は娘のことを書いていきます。</p><p><br></p><p>どんどん読み進めていくとネガティブなことばかりが書いてあるように思うかもしれませんが、今現在の12歳の娘はとても明るくて個性的ではありますがのびのびと育っていて私も含めて家族みんな幸せだと思っています。</p><p><br></p><p>なのでこれから書く事は暗い話もあるかもしれませんがどんどん明るくなっていきますので辛抱して読んでいただきたいと思っています☺️</p><p><br></p><p>娘は超難産で生まれ、私は死ぬような思いで彼女を産み落としました。</p><p>待望の我が子に会え、嬉しさのあまりまだ話せない我が子に、「ずっと一緒だよ、楽しみだねこれから」なんて呑気なことを言いながらこれから始まる様々なことを気づくことすらせず、産婦人科の入院生活を楽しんでいました。</p><p><br></p><p>退院して1ヵ月検診、2ヶ月検診、、、と過ぎていくうちにかかりつけの小児科の先生から思わぬ言葉が飛び出してきました。</p><p>「あなたのお子さんは障害があるかもしれない。一度紹介いたしますので専門家の方で調べてみてください。」</p><p>とある場所を指定され検査をしに行くことになりました。</p><p>どうしてうちの子が障害があるのだろうか、いやまだ障害があると決まったわけではない!私の目から見て何も感じないのにどうしてそんなふうに先生の目には映るのだろうか…と怒りと不安と何とも言えない感情が交錯してとても辛い気持ちになりました。</p><p>夫もびっくりしたようで夫婦ともに検査の日まで不安で不安で仕方がありませんでした。　</p><p>検査の日が来て、専門家の先生から一通りの検査をしていただき言われた結果は『筋緊張低下』と言うものでした。</p><p>乳幼児の検査の中で腕を掴んで持ち上げると言うものがあります。赤ちゃんはぐっと力を入れながら大人が引っ張る力に応えて起き上がってきます。</p><p>しかし娘は起き上がれず、体がぐにゃぐにゃしているような感じでした。筋肉の硬さも関節をぶらぶら揺らしたときのゆれ具合とか、関節の可動域なんかもチェックしていただいて、筋肉の機能である筋収縮が認められないと言う結果になりました。</p><p>まだ成長段階なのであくまでも今の段階ではそうだと言うことでした。時が経つにつれだんだん力が入れれるようになるかもしれないしならないかもしれない。</p><p>そのようなことを言われました。頭の中が真っ白になって途中からよくわからなくなっていました。</p><p><br></p><p>大事な我が子を抱え車に乗り込み、ネガティブなことばかりが頭に浮かんで、涙を流しながら帰ったのを覚えています。</p><p>それから1歳になっても歩かず、1歳半になっても歩かず、また娘を連れてスーパーに行った時はすれ違いざまの50〜60代くらいの夫婦の会話に愕然とすることもありました。</p><p>旦那様であろう人が私の子供を見て奥様に向かって</p><p>「あの子かわいいね」</p><p>と言ったのに対して奥様の方が</p><p>「何を言っているの?あの子ダウンじゃない」　と言ったのです。</p><p>ダウン?ダウン症の事かな??と思いました。私の子供はダウン症なのかしら。私は思わず</p><p>「私の子供はダウン症じゃありません」</p><p>と叫んでいました。しかし検査もしていないし本当のところはどうか分かりませんでした。筋緊張低下、歩かない、ダウン症…。</p><p>私が難産でわ子を産んでしまったせいでこうなったのではないか?そう思うようになりました。なかなか娘のほうも言葉を話さず、マンマやママなどは口にする事はあってもその言葉がたまたま口に出ただけでその意味は全く違うものだったり的確ではなくて言語にも異常があるのでは?と自分で勝手に思い込んでいました。</p><p>もちろん毎月の検診結果では言葉が出ない、歩かないといったことで明らかに健常者のお子さんとは違う、発達に遅れや異常があるというふうに言われていました。</p><p>娘はそういった様々な遅れはありましたがとても身体が細い割にご飯だけはしっかり食べる子でした。与えたら与えた分だけあったらあるだけ食べる子でした。</p><p>そのおかげでなかなか病気もせず風邪も引かず健康で育つことができました。だっこしても筋緊張低下のせいでしっかりつかまってくれないので、新米の母親にはすごく重く感じました。表情や感情がよくわからなかったのでこちら側が微笑みかけても喜んでいるのか機嫌が悪いのかわからないことが多かったです。</p><p>知らず知らずのうちに周りの子供さんと比べるようになったりして思考はずっと悪い方向に向かっていました。</p><p>けれど夫だけは「大丈夫、大丈夫、心配ないよ」といっつも私に言っていました。</p><p>娘についての話はとても長くなります。しかし最後はとてもハッピーになります。今回は少し暗い話になりました。またいよいよ彼女が歩き出したと言う話を書こうと思いますので、今日はここまでとしたいと思います。</p><p>最後までお読みいただきありがとうございました。次回も楽しみにして下さい☺️</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12721972266.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jan 2022 15:26:45 +0900</pubDate>
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<title>夫のこと…</title>
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<![CDATA[ <div>私の夫は昨年の12月に50歳になりました。</div><div><br></div><div>私とは7つ離れています。<br></div><div><br></div><div>過去のことを書いていこうと思いましたが、やはりどこから書こうか悩むところもあったので、まずは夫の性格から書いていこうと思います。</div><div><br></div><div>1.忖度をしない</div><div><br></div><div>2.顔の美しさは比率で評価する</div><div><br></div><div>3.洗濯ものを畳むのが異常に好き</div><div><br></div><div>4.後で見たら自分でも分からないくらい汚い暗号のような字を書く</div><div><br></div><div>5.仕事はとてもできるのに同僚からは必ず除け者にされ、卑下される</div><div><br></div><div>6.犬や猫は興味がないが、パンダだけは異常に好き</div><div><br></div><div>7.女性的</div><div><br></div><div><br></div><div>まず1番気になったのは7の女性的ではないでしょうか?私の夫は見た目が女性的なわけでもなく一般的な男性の姿をしています。</div><div><br></div><div>そしてもちろん女性が好きです。私もどこから見ても女性の姿をしていますし、私自身も男性が好きです笑<br></div><div><br></div><div>しかしなぜか私の夫は子供たちからママと言われ、私はパパと言われます。</div><div>すごく小さい時から何度訂正しても私のことをパパ、夫のことをママと言うのです。</div><div><br></div><div>長女は12歳、長男は9歳ですが、今でもなお私のことをパパ…パマ…ママ!と言うのです。また逆に夫のことをママ、マパ、パパと何度も言い直すんです。</div><div><br></div><div>もう今となってはどうでもいいと思っているので訂正もしていません。</div><div><br></div><div>また、夫は家事も料理も洗濯も何でもこなします。姿は男ですが何故か女性のように見える時があります。</div><div><br></div><div>前世と言うものがあるならば私は男で、夫は女で、そして夫婦であってその子供に今の子供たちがいたのかもしれません。</div><div><br></div><div>1の忖度をしないですが、幼い頃から思ったことをすぐ口にするところがあったらしく、忖度しないことを周りの大人や先生に注意され煙たがられていたようです。　</div><div><br></div><div>会社の上司や社長にも自分が正しいと思えば平気で言い返しますし、私の両親へももちろん自分が正しいと思えば平気で意見しています。</div><div><br></div><div>中高生位の頃はヤンキーを注意して改心させたと言っていました。<br></div><div><div><br></div><div>出会った頃は、車椅子専用の駐車場に一般の人が止めていたら相手が年上だろうが直接その人のところまで向かっていき注意をするというようなことがよくありました。<br></div></div><div><br></div><div>一般的によく言われるKYやアスペルガーなどと言われる類に入るのかもしれません。</div><div><br></div><div>宇宙系の人々はなかなか地球の環境に馴染めないと言うことを聞いたことがあります。</div><div><br></div><div>夫にとって普通だと思っている事は地球では受け入れられないことが多くあるようです。本人は相手を受け入れているのに相手は夫を受け入れてくれないと嘆いています。</div><div><br></div><div>職場でもそういうことが理由でのけ者にされて馬鹿にされています。私は夫のことを理解していますし、もちろん卑下したり馬鹿にしたりはしていません。子供たちも夫のことを愛していますし認めています。</div><div><br></div><div>これはごく僅かですがこれからどんどん書いていこうと思います。<br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/rinkokko0427/entry-12721055391.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Jan 2022 12:27:09 +0900</pubDate>
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<title>このブログを始めた経緯とは…</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。</p><p>&nbsp;</p><p>私はアラフォーど真ん中の４３歳、</p><p>夫と2人の子供を持つ専業主婦です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>子育てを始めたばかりの頃は無我夢中でしたので、</p><p>夫や子供の体質（性質とでも言いましようか・・・）が周りとはどうも違うようだと考えるようになり、気付けば私の夫や子供は宇宙人なのではと思うようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>大袈裟な表現になってしまうと誤解を招くようになってしまいますので初めにお伝えしておきますが、この宇宙人という表現は魔法？とか超能力が使える訳ではないです。</p><p>&nbsp;</p><p>ただただ私の人生の中で出会った人間にはいなかったとでも言いましょうか。</p><p>（いたとしても気付かなかったのかもしれませんが）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もしも同じような経験をされている方がいらっしゃるのでないか？</p><p>または今まさに理解に苦しんでいる方の力に少しでもなればと思い、ブログをはじめることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、当の私も時々思いもよらない価値感に戸惑う時があります。そんなこんなを織り交ぜてお話したいと思いますので楽しく綴っていきたいと思っています。</p>
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<pubDate>Wed, 12 Jan 2022 10:13:02 +0900</pubDate>
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