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<title>グリオーマとの闘い</title>
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<description>2014年７月、最愛の父がグリオーマと診断され、余命６ヶ月の宣告を受けました。</description>
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<title>野鳥</title>
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<![CDATA[ 早いもので、父が亡くなって、間もなく三七日（みなのか）を迎える。<div><br></div><div>朝目覚めても何もする気になれない。</div><div>ここ数ヶ月は、父の顔と頭を洗い、ヒゲを剃ることが日課だった。父の温もりを感じることができる幸せなひと時だった。</div><div><br></div><div>今日も庭先で野鳥がさえずっている。</div><div>今まで鳥のさえずりなど、あまり気に留めることもなかったが、最近は殊の外敏感になってしまった。</div><div><br></div><div>父はカラオケでよく『千の風になって』を歌っていた。</div><div><br></div><div>♪朝は鳥になってあなたを目覚めさせる♪</div><div><br></div><div>もしかしたら、庭先の鳥は父なのかもしれない。</div><div>「パパがいつもそばにいるんだ。」と前向きに捉えることができたら、どんなに楽だろう。しかし、今の私にはとうてい無理なことである。</div><div>鳥のさえずりを聞くだけで、涙が溢れてくる。<br></div><div><br></div><div>今日も何もすることができないまま、昼になってしまった。</div>
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<pubDate>Sun, 25 Jan 2015 02:23:38 +0900</pubDate>
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<title>旅立ち</title>
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<![CDATA[ ありがとうパパ、<div>安らかに眠ってください。</div><div>今度生まれ変わっても、またパパの娘でいたいです。</div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 07 Jan 2015 17:39:47 +0900</pubDate>
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<title>口腔ケアと褥瘡</title>
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<![CDATA[ 昨日は夕方には体調が良くなったので、父の病室へ行った。<div>病室に入るとすぐに部屋の匂いでわかった。『口の中がかなり汚れてるな』</div><div>年末から口腔ケアを十分にすることができなかった。</div><div><br></div><div>寝ている父に声をかけると薄っすらと目を開けてくれた。</div><div>「パパ聞こえる？口開けて。アーンして。」</div><div>聞こえたのか口を開けてくれた。吸引器やスポンジを使って、まずは口を湿らせ喉奥や口の中の痰を取った。</div><div><br></div><div>素手で父の口の中をチェックする。</div><div>以前から舌には舌苔が頑固にこびりついてしまっていて、ブラシを使っても手で取ってもなかなか取れないままでいた。</div><div>今日はそれに加えて、下顎、上顎にもねっとりと痰の塊がこびりついている。手で少しずつ剥がして取っていった。</div><div>塊をいくつも剥がすことができた。舌奥にねっとりとこびりついた塊も取ることができたので、呼吸も少し楽になったのではないだろうか。</div><div><br></div><div>口腔ケアを終えたところに、看護師が来た。オムツを外すと臀部に二ヶ所褥瘡（床ずれ）ができている。そのうちの一ヶ所はえぐれてしまっている。</div><div>病院でお世話になっていても褥瘡ができるとは…。定期的に体位変換はしてもらっているはずだが、栄養が摂れていないことと、身体が骨だけになってしまったことで褥瘡が出来やすくなってしまったのだろうか。</div><div>看護師が褥瘡部にワセリンを塗り保護するためのものを貼ってくれた。</div><div><br></div><div>今の父の姿と元気だった頃の父の姿が重なり、突き刺さすような悲しみが襲ってきた。溢れ出る涙がマスクの中に流れて溜まった。</div><div><br></div><div>「こんな姿になったパパはパパではない。パパがこんな姿になるはずがない。」</div><div>目の前にいる父を受け入れることができなかった。</div><div><br></div><div>意識がほとんどなくて痛みを感じることもないのかもしれないが、これでは生き地獄</div><div>だ。</div><div>もう楽にしてあげてよいのではないか。</div><div>人の最期はどうあるべきなのか…重すぎる問題だ。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 04 Jan 2015 11:48:49 +0900</pubDate>
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<title>2015年</title>
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<![CDATA[ 2015年を迎えることができた。弟夫婦も帰省し、家族全員14人が揃って父の病室で元旦を迎えることができた。<div>全員で記念写真を撮った。父は目を閉じたままだったが、初めて全員が揃って写真を撮ることができたことは感慨深いものだった。</div><div><br></div><div>体温は37℃前半で安定はしているものの、血圧が83ー50と低くなっている。サチュレーションは92。</div><div>病院が休診で、主治医も休暇のため、点滴の量がいつもより増えている。</div><div><br></div><div>Xmas以降、熱が高く座薬を使って熱を下げている状態が続いていた。新年を迎えることはできないかもしれないと懸念していたが、こうして新年を迎えることができ、感謝である。</div><div><br></div><div>毎年大晦日と元日は、父のもとにみんな集まり賑やかに過ごすのが慣例だった。</div><div>今年もみんな集まり、紅白歌合戦を見たり、おせちを食べたりしたが、父がその場にいないことで、まるで異空間のように感じられた。</div><div><br></div><div>私自身、大晦日から体調不良になり、元日は何も食べられなくなってしまった。今日もまだ起き上がることができずにいる。</div><div>１日何も食べずに寝ているだけでもこんなにキツイ。</div><div>父はすでに2ヶ月半以上も何も食べずに寝ている状態である。相当しんどいのではないだろうか。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 02 Jan 2015 12:14:33 +0900</pubDate>
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<title>クリスマス</title>
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<![CDATA[ Xmasイブの朝の体温は40.3℃。<div>座薬を入れてもらい、お昼には39.1℃になる。</div><div>ハァハァという息が苦しそうだ。口を開けているため、口の中が乾ききってしまっている。口腔ケア用のスポンジに水を含ませて口の中を湿らせた。リップクリームも塗ってはいるが、唇もカサカサで切れかけている。</div><br><div>夜９時ごろ、目を開けてくれた。</div><div>あれ？</div><div>明らかにいつもとは違う感じを受けた。言葉ではうまく表せないが何かが違った。かなり衰弱してるような感じだ。今朝の高熱の影響なのであろうか？しかし今までとは違っている。</div><div>看護師を呼んだ。看護師は「熱が下がったばかりということもあるのでしょう。様子を見ましょう」と言った。</div><br><div>心配ではあったが、看護師に任せて病院を後にした。</div><br><div>Xmasの今朝は仕事で病院に行くことができなかった。</div><div>母から電話が入った。「夜中にまた熱が高くなり、酸素吸入器が付けられた。座薬を入れてくれたので少し熱は下がっているが、どうなるかわからない。」</div><br><div>昨夜はやはりよくない状態だったのだろう。</div><div>仕事中ですぐに駆けつけられないのがもどかしい。すぐにでも父のところに向かいたい。</div><div>今はただ、容態が落ち着いてくれるのを祈るしかない。</div><br>
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<pubDate>Thu, 25 Dec 2014 12:28:16 +0900</pubDate>
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<title>最後の誕生日</title>
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<![CDATA[ 今日は私の誕生日だった。（正しくは昨日だが）<div>父が目の前で呼吸をしてくれていることが、何よりのプレゼントだ。</div><div>声をかけると目を開けてくれた。</div><div>「お父さん、今日はお姉ちゃんの誕生日だよ。」母が父に言った。</div><div>父は聞こえているのだろうか？言葉を理解しているのだろうか？</div><div>今日だけは、理解してくれているはずだと思いたい。</div><br><div>何年か前に、誕生日は両親に感謝する日だと教えてもらった。</div><div>50年前の今日、父はどんな気持ちで私と対面したのだろう。50年間、私のことを愛し続けてくれた父に感謝の思いでいっぱいだ。</div><div>『パパ、心からありがとう。パパのおかげで今を生きることができます。パパのおかげで幸せです。』</div><br><div>自分の誕生日に、父と共に過ごすのはこれで最後。父の得意なカラオケを聴くことはできなかったけれど、父の温もりを感じることができた。</div><div>辛くて悲しい誕生日だった。</div><br><div id="{AE94662E-2674-457C-BAE1-B13BCA655584:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141221/01/rinpuamuro/a5/26/j/o0480063913164579865.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141221/01/rinpuamuro/a5/26/j/o0480063913164579865.jpg" alt="{AE94662E-2674-457C-BAE1-B13BCA655584:01}" width="300" height="399" border="0"></a></div></div><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 21 Dec 2014 00:22:50 +0900</pubDate>
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<title>点滴</title>
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<![CDATA[ 12月7日に高熱を出して以来、安定した状態が続いていた。<div>ここで言う安定した状態とは、体温が高すぎないこと、血圧やサチュレーションが正常値であることを意味する。</div><div>目を開けている時間が、１日のうち数時間ある日もあった。</div><br><div>今朝９時の体温は37.3℃。前述のように安定した状態だった。</div><div>午前11時過ぎに急に痙攣が激しくなり、みるみるうちに顔色が悪くなっていった。</div><div>看護師が「熱が上がり始めているようです。上がりきったら座薬を入れます。」と言った。</div><div>11時30分、体温計が40.2℃を表示した。何度測り直しても同じだった。</div><div>看護師に伝え、座薬を入れてもらった。</div><br><div>昨日は体重測定だった。38.8kg…予想はしていたことだったが、衝撃だった。一体どこまで体重は落ちていくのだろうか？</div><div>ビーフリード輸液500mlが父の命を繋いでいる。この点滴だけで栄養が摂れているとは思えない。体重が限界まで落ちたとき、父は旅立っていくのだろうか？</div><br><div>私が父の立場なら、早く逝かせてほしいと願うだろう。もしかしたら父もそう願っているかもしれない。</div><div>しかし、家族の立場からすると一日でも長く生きていてほしいと願うのは当然のことである。</div><br><div>痩せて苦しそうな父の姿を見ていると、私たちの願いだけで命を繋いでもらっていることに疑問を抱いた。</div><div>こんな記事を見つけた。</div><div><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">『</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">亡くなる前は誰でも食べられなくなること、亡くなる前は水分を体内で処理できなくな るので、食べられなくなったからといって、強制的に水分や栄養をいれていくことはかえって本人がしんどくなる要因を増やすことになること、苦しい時を長引かせることは本人にも家族にもつらいこと、最期の最期は脱水気味で枯れるようになくなるのが一番楽であ ることなどは十分理解しておくことが必要です。</span><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">患者様が亡くなる前の1週間くらいは、もう水分や栄養を体で処理できなくなくなっており、輸液や注入でむりやり身体に入れない方が楽であることは、しっかりと説明を行え ば、介護者の方もほとんどが理解してくれます。最期の1週間を意識することは、いつか 亡くなることにしっかりと向き合うことでもあり、余命をしっかりと意識することにつながります。また、最期の1週間は点滴をしないのであれば、それまでにも徐々に点滴や注 入を絞っていくことでしょう。そして、点滴や注入を最小限にした看取りが一般的になれば、病院から自宅へ帰れる人たちも増えていくことでしょう。<br>　亡くなる最期まで点滴をし続けるのではなく、治せないことや死にしっかりと向き合って、「亡くなる前の最期の1週間は点滴をしない方が楽」という意識が医師だけでなく、 広く一般に広がっていけば、日本の看取りのあり方も変わるのではないかと思います。』</span><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">もう点滴はやめて家に連れて帰った方がいいのかもしれないと思った。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/rinpuamuro/entry-11966069520.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Dec 2014 13:31:03 +0900</pubDate>
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<title>お風呂</title>
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<![CDATA[ 一昨日の高熱は、午後9時には40.3℃になり、サチュレーションは84にまで落ちてしまい、酸素マスクがつけられた。<div>熱性痙攣が起き、かなりしんどそうだった。</div><br><div>一晩中氷まくらとタオルで冷やし、明け方には37℃台に下がった。</div><br><div>昨朝医師が回診に来てくださり、こう告げた。</div><div>「お父さんはよく頑張ってくれてますけど、いよいよかなって感じです。深いところで息ができなくなっています。これからは息が止まったりすることが起こってきます。」</div><br><div>迫り来るその日への覚悟はできていた。しかし、主治医から改めて告げられると、抑えていたものが身体の中から溢れ出て、止めることができなかった。</div><br><div>しかし、医師の宣告もよそに昨日の父の状態は安定を保ち、毎週月曜日の入浴も予定通りにしてもらうことができた。これが最後の入浴になってしまうのか。</div><br><div>今朝は一時的に血圧が86-53まで下がったが、現在は104ー65、体温37.2℃と安定している。今のところは呼吸も正常である。</div><br><div>どんな状態であっても一日でも一秒でも長く生きてほしい。</div><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 08 Dec 2014 09:04:40 +0900</pubDate>
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<title>高熱</title>
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<![CDATA[ 今朝７時の検温で39.2℃まで上がる。すぐに解熱剤の座薬を入れるが、いっこうに下がらない。<br><div>午後4時再び座薬を入れるが、39.7℃まで上がってしまい、いっこうに下がる気配がない。</div><br><div>3日前にも39.8℃の熱が出たが、その時は夕方には37.1℃に下がった。</div><br><div>熱性痙攣が起き、口を開けたまま必死で呼吸をしている。現在の体重は41Kg。体力はほとんどないはずだ。高熱のため、脱水症状になる危険もあるのではないか。</div><div>アミノ酸とビタミンの点滴を1日に500m投与しているだけだ。</div><br><div>健康な人でも40℃近い熱が出ると、意識が朦朧として横になることさえも辛い状態になる。父は意識がなくともしんどいに決まっている。</div><br><br><div>父は懸命に病気と闘っている。</div><div>何のために闘っているのか…この時間は何なのか…</div><div>今日はそれがわからなくなった。</div><br>
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<pubDate>Sun, 07 Dec 2014 18:08:09 +0900</pubDate>
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<title>ビビアン</title>
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<![CDATA[ 昨年５月、３代目の犬を飼おうということになり、両親が保健所に行って、殺処分寸前の犬をもらってきた。<br><div>部屋の中で離すと、部屋の片隅で体を丸め、ビクビク震えている。何かに怯えているようだった。私は子犬をぎゅっと抱きしめた。「大丈夫だよ。」続いて父も子犬を抱いて撫でた。少し落ち着いてきた感じに思えた。その後、父が子犬をお風呂に入れた。</div><br><div>次の日、子犬は父に少し慣れた様子だったが、それでもまだビクビク怯えていた。捨てられて殺処分されそうであったことを考えると、人間に対して怯えるのは当然なことであろう。</div><br><div>ビビってるのでビビリンと名付けようか。いや、それはあまりにもかわいそうな名前だから、『ビビアン』と名付けた。</div><br><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ビビアンは、次第に私たち家族に心を許すようになっていった。特に父に対してはシッポを振り回して飛びついていた。</span></div><div>父はビビアンを『ビビ』と呼び、とても可愛がった。朝夕の散歩は父の日課となり、散歩途中で会うワンちゃん友達もできた。</div><br><div>ビビアンは、父が外出しているときはたいてい犬小屋に入って昼寝をしていて、私たちが呼んでも面倒臭そうな顔をして犬小屋から出ようとはしなかった。しかし、父の車の音や足音が聞こえると、途端に犬小屋から飛び出し、シッポを振り回して父を迎えた。</div><br><div>先月、父の車は廃車になった。犬小屋の前に停めてあった父の車は、今はもうそこにはない。</div><br><div>ビビアンは自分の小屋の中にあった毛布を引っ張り出し、父の車があった場所にそれを持って行った。そしてその毛布の上にちょこんと座って遠くをずっと見ている。きっと父の帰りを今か今かと待ってるのだろう。</div><br><div>ビビアン、パパはもう帰ってこないんだよ。</div><br>
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<link>https://ameblo.jp/rinpuamuro/entry-11954671881.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Nov 2014 12:15:55 +0900</pubDate>
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