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<title>情Cのためのまとめ</title>
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<description>自分用です。</description>
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<title>気に入ってる艦</title>
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<![CDATA[ <p>駆逐艦夕立</p><br><p>第三次ソロモン海戦の夜戦時に米軍に単艦突入。中央突破し後ろに回りこんだ。そこから魚雷八発を打ち込み何隻かを轟沈、火災へ追い込んだ。正確な戦果はわかっていませんが、大暴れしたことに間違いは無いです。夕立かっこいい！！</p><br><br><p>駆逐艦雪風</p><br><p>艦隊型新鋭駆逐艦のなかで唯一終戦まで生き残った。１６回の任務に参加したにもかかわらずほぼ無傷。そのため奇<strong>跡の駆逐艦と呼ばれている。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>戦艦榛名</strong></p><p><strong><br></strong></p><p>日本海軍の主要作戦のほぼ全てに参戦し、幾度も損傷を受けながらも終戦を迎えた。 最期は、着底していたが、戦闘は可能だったため幾度か主砲を発射している。最期まで戦い抜いた榛名に拍手！終戦後は解体され、その後の日本のための資材として使われた。</p><br><br>
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<pubDate>Wed, 05 Feb 2014 00:31:40 +0900</pubDate>
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<title>空母</title>
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<![CDATA[ <br><p>赤城</p><br><p>航空母艦赤城は、元々は天城型巡洋戦艦の二番艦として建造されていましたが<a title="ワシントン海軍軍縮条約" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84">ワシントン海軍軍縮条約</a>から、廃棄を回避するために航空母艦へ改造。戦艦として完成されていたところを無理やり改造したために不具合は多かったようです。同型艦の天城は関東大震災で破損、廃棄となる。主な参加海戦は<span id=".E6.94.AF.E9.82.A3.E4.BA.8B.E5.A4.89" class="mw-headline">支那事変、<span id=".E5.A4.AA.E5.B9.B3.E6.B4.8B.E6.88.A6.E4.BA.89" class="mw-headline">太平洋戦争、ミッドウェー海戦など。沈没は、空母にとっては悪夢のような海戦であったミッドウェー海戦。南雲機動部隊に参加。魚雷などの命中は無かったが、格納庫内部の誘爆によって内部から焼き尽くされていきました。その後修復を試みたが、失敗。乗組員は駆逐艦「嵐」、「野分」に救助され、赤城は無人のまま第四駆逐隊の各艦と共に漂流を続け、最後の航空母艦飛龍が沈んだ後、第四駆逐艦隊の魚雷によって沈みました。このとき艦長であった青木艦長は、この船赤城と沈もうとしていましたが、説得により救助されました。そのように、艦と一緒に沈もうという覚悟をしている司令官もいたそうです。その覚悟はすごいものだと思います。</span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">飛龍</span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">航空母艦飛龍は、元々は蒼龍型の二番艦として建造されていましたが、少し違う構造になり飛龍型として建造されました。時には蒼龍型二番艦とも言うそうです。主な参加海戦は</span></span><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">太平洋戦争、<span id=".E3.82.BB.E3.82.A4.E3.83.AD.E3.83.B3.E6.B2.96.E6.B5.B7.E6.88.A6" class="mw-headline">セイロン沖海戦、<span id=".E3.83.9F.E3.83.83.E3.83.89.E3.82.A6.E3.82.A7.E3.83.BC.E6.B5.B7.E6.88.A6" class="mw-headline">ミッドウェー海戦など。ミッドウェー海戦では南雲機動部隊に参加。飛龍は米軍機動部隊の雷撃隊の攻撃を受け、その回避に追われたため、「赤城」、「加賀」、「蒼龍」からは離れた位置にいた。そのため、一隻だけ爆撃を逃れた飛龍は反撃を開始。敵軍空母一隻を航行不能にするが、飛龍への損害も大きかった。その後、爆弾4発を被弾。その際に爆破され艦橋の前に突き刺さった全部エレベーターが防御壁の役割を果たしたと言う。敵軍からの追撃があったも、被弾はなし。しかし、その後火災が発生。放火活動が開始されたが、誘爆が起こり、放棄を決定。駆逐艦巻雲の魚雷が命中、およそ二時間たった後に沈んだと言われている。（見届けずにその場を離れたため）</span></span></span></span><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">飛龍</span></span></span></span><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">は海戦参加の日本空母中、最も搭載機搭乗員の戦死者が多かった艦でした。皆命がけで戦闘機にのって戦っていたのだと考えると、やはり戦争とはとても辛いものです。</span></span></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">翔鶴</span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline"><br></span></span></p><p><span class="mw-headline"><span class="mw-headline">翔鶴は<a title="ワシントン海軍軍縮条約" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84">ワシントン海軍軍縮条約</a>終了後に設計建造されました。同型艦である<a title="瑞鶴 (空母)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%91%9E%E9%B6%B4_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)">瑞鶴</a>との作戦行動時には決まって本艦が損害を受けることが多かったようです。逆に瑞鶴は被害が少なく、幸運艦ともよばれていました。主な参加海戦は<span id=".E7.9C.9F.E7.8F.A0.E6.B9.BE.E6.94.BB.E6.92.83" class="mw-headline">真珠湾攻撃、<span id=".E3.82.BB.E3.82.A4.E3.83.AD.E3.83.B3.E6.B2.96.E6.B5.B7.E6.88.A6" class="mw-headline">セイロン沖海戦、<span id=".E7.8F.8A.E7.91.9A.E6.B5.B7.E6.B5.B7.E6.88.A6" class="mw-headline">珊瑚海海戦、<span id=".E5.8D.97.E5.A4.AA.E5.B9.B3.E6.B4.8B.E6.B5.B7.E6.88.A6" class="mw-headline">南太平洋海戦、<a title="マリアナ沖海戦" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8A%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6">マリアナ沖海戦</a>など。ミッドウェー海戦で主力空母4隻が沈没した後は、貴重な航空戦力となりました。被害を受けることは多かったですが、奮闘を繰り返していました。そのため3回の感状を授与されました。沈没はマリアナ海戦。アメリカの潜水艦に撃たれた魚雷が四本命中。魚雷被弾時に気化した航空燃料が艦内に充満し、それに引火し大火災を起こす。1,272名の乗組員が戦死しました。翔鶴の沈没により、日本の航空戦力は空母機動部隊を運用できなくなってしまいました。ミッドウェー海戦後の中核を担った翔鶴。姉妹艦である瑞鶴が幸運艦と呼ばれたのも、翔鶴の奮闘があったからこそではないでしょうか。</span></span></span></span></span></span></p>
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<pubDate>Tue, 04 Feb 2014 22:16:59 +0900</pubDate>
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<title>戦艦</title>
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<![CDATA[ <p>大和</p><br><p>大和型は、<a title="ロンドン海軍軍縮条約" class="mw-redirect" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84">ロンドン海軍軍縮条約</a> （簡単に言えば、戦艦など造れないようにする条約）失効後に建造されました。機密保持という名の下で建造され、すごく隠されていた存在でした。敵軍に見つけられたくない最終兵器のようなものだからでしょうか・・・？当時の人からはやりすぎだという意見もあったそうです。大和の由来は旧国名の「大和」から。大和には史上最大の46cm主砲が乗せられていました。主な参加海戦は、レイテ沖海戦、坊の岬海戦など。とても有名な艦ですが、以外にもあまりたくさんの海戦には参加していません。しかも、その二つの海戦でも、悪いことばかりおきています。レイテ沖海戦では、姉妹艦である武蔵の沈没。坊の岬海戦では、大和自身が沈没しています。今も大和は、長崎県沖のほうに眠っているそうです。あっさり沈んでしまっているように見えるかもしれませんが、そこは戦艦大和。他の艦が耐えれないような攻撃をたくさん受けてもすぐに沈みはしなかったようです。さすが。ちなみに、大和型には三番艦の信濃、という艦もいます。こちらは戦艦から航空母艦に改造されています。なので、厳密に言えば大和型は三姉妹です。参加海戦も少なく、比較的新しい大和型戦艦。しかし、アニメの題材にもなっています。それはやはり、極秘建造された最終兵器という、少年心をくすぐられるような史実からなのでしょうか。</p><br><br><br><p>長門</p><br><p>第二次世界大戦では、日本の象徴であった戦艦長門は、<a title="ワシントン海軍軍縮条約" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84">ワシントン海軍軍縮条約</a> （各国々の、戦艦、航空母艦の所有数を制限する条約）があったため、その当時では数少ない４１ｃｍ主砲が詰まれた艦です。外国艦を合わせても７艦のみ。そのため、世界のビッグ７と呼ばれていました。名前は旧長門国から。長門は、終戦時まで生き残りました。ちなみに日本の戦艦で生き残ったのは長門だけ。大和型と同じで、戦争後期程までは温存されており目立ったような活躍はありません。長門型が戦争に参加するときには、戦艦が主力の時代は過ぎ航空戦力、潜水艦が主な戦力となっていました。そのせいもあるのだと思います。そのため、大体護衛や救助の面で長門は貢献していました。壮絶だったのはその長門の最期。終戦後、生き残った長門はアメリカ軍に明け渡されます。そして、クロスロード作戦というアメリカ軍の核兵器の実験に実験体として参加。一回目の実験では、ほぼ無償。しかし、二度目は駄目で、艦が五度ほど傾いたそうです。それでも長門は水上に浮かんでいました。しかし、四日後の朝。その姿は既に水上には見られなかったそうです。つまり、誰にも見取られることなく、長門は沈んでいたのです。四日間も生き延びれるほど、艦へのダメージは少なくなかった。しかし、それに耐えていた長門。その当時の日本国民の目には、どう映ったのでしょうか。私は、これは誇りだと思いました。</p><br><br><p>伊勢</p><br><p>戦艦伊勢型は、元々は戦艦扶桑型の三番艦として建造されていました。しかし、扶桑型には欠陥が見られたため新たに伊勢型として建造されました。そして、航空戦艦に改造された数少ない戦艦でもあります。航空戦艦になった理由はミッドウェー海戦で大量の空母を失いその戦力を補うためでした。しかし、他の艦に比べての燃費や運用力の悪さから、海戦にはほぼ参加していません。主にレイテ沖海戦ぐらいでしょうか。しかし、ほぼ会敵しなかったため、あまり活躍は残してません。そして、航空戦艦に改造されながらも、海戦の中で一回も艦載機をのせることはありませんでした。予定では、瑞雲１４機、彗星８機が乗せられるものでした。結局、その後も伊勢は燃料不足から、稼動されることなく浮き砲台として<a title="三ツ子島 (広島県)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E3%83%84%E5%AD%90%E5%B3%B6_(%E5%BA%83%E5%B3%B6%E7%9C%8C)">三ツ子島</a>海岸付近に停泊。二度の<a title="呉軍港空襲" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%89%E8%BB%8D%E6%B8%AF%E7%A9%BA%E8%A5%B2">呉軍港空襲</a>で、大破着底。終戦後、引き上げられて解体されました。しかし、伊勢は呉空襲の際、日本海軍の歴史の中で日本の戦艦としては最後に主砲を発射しました。浮き砲台になっても尚戦い続けた伊勢。あまり活躍の場はありませんでしたが、十分に日本に貢献したのではないでしょうか。</p><br><br><p>金剛</p><br><p>金剛型は、日本軍初の超弩級<a title="巡洋戦艦" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E6%88%A6%E8%89%A6">巡洋戦艦</a>です。一番艦である金剛はイギリスのヴィッカース社に発注され建造されました。続く同型艦は、金剛を元に日本で建造されました。主な参加海戦は太平洋戦争、ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場への砲撃、<a title="マリアナ沖海戦" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8A%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6">マリアナ沖海戦</a>、レイテ沖海戦など。金剛はもともと巡洋戦艦という艦種だったのですが、一次改装の際に、排水量の増加、速度の低下により艦種を戦艦に変更。二次改装の際には機関出力が二倍になり、その速さは３０ノット（約55.6km/h）にもなりました。これが高速戦艦金剛と言われる由縁です。ちなみに他の戦艦は２５ノットほどの低速艦でした。金剛が参加した作戦のなかで一番すごいと感じたのは、ヘンダーソン飛行場砲撃。敵艦載機が集う飛行場にそのまま砲撃をしてダメージを負わせようという、当時では中々無い斬新なアイデアだったようです。飛行場を一時機能停止にまで追い込みました。しかし、この作戦をそっくりそのまま日本に返されたときは、日本にとても大きなダメージを与えました。金剛の沈没は、台湾沖での、台湾沖で米海軍<a title="潜水艦" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%9C%E6%B0%B4%E8%89%A6">潜水艦</a>、<a title="シーライオン (SS-315)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3_(SS-315)">シーライオン</a>による魚雷攻撃によって。当時すでに艦齢３０年。軍艦の中では長生きでした。ちなみに金剛は日本戦艦で唯一潜水艦の雷撃により撃沈された艦、らしいです。老朽艦でありながらも、最期まで前線で戦ってきた金剛は、とてもすごい艦です。</p><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 04 Feb 2014 00:03:20 +0900</pubDate>
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