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<title>リンザブログ／雑記・備忘録</title>
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<title>家族について</title>
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<![CDATA[ 『 「つながり」の精神病理 』<br>　中井久夫著 ちくま学芸文庫<br><br>「家族の表象――家族とかかわる者より」<br><br><br>「1 はじめに」より<br><br>P13～<br>　すなわち、家族を動かすことはたいていの場合に困難であり、好ましい方向に動かすことはさらに困難である。波及性はきわめて大であり、しばしば限局しがたい。そしてどのような副次的効果（副作用）が起こるかを予測することはむずかしい。いや、認識することがすでにむずかしいと言ってよいであろう。<br><br>　土居健郎は、(中略) 家族への治療的介入に対して慎重であることを求めている。よく耳にしたのは、「家族にもかかわらず患者は治るのだ」という金言であった。「家族を"治療"することは患者を治療するよりもはるかに困難である」とも言われた。<br>　その意味するところはどういうものだろうか。私の推量では、まず、一般に患者のほうが家族よりも可塑性(かそせい)に富んでいて、柔軟であり、変化の可能性が高いということである。<br><br>　この含意は、「家族からの"出立"が統合失調症患者においてしばしば治療的意味を持つ」という笠原嘉の指摘とも照応し、さらに、「きょうだいの中でもっともかたくなでなくひねくれてもいないで健康な（と私は粗雑に表現するが）印象を与えるものが患者である」という井村らの日大グループの実証的研究とも響き合う含蓄があるだろう。<br><br>　しかし、それだけではない。一般に家族というものは、とくにそのメンバーの眼からみれば、実に変化の道が閉ざされていて、選択可能性に乏しいように見える。精神科治療に従事するものも自分の家族の問題を解決することは実にむつかしい。誰も自分の頭の蝿を追えないのであるが、精神科医は、いや精神科医でなくとも、一般に家族成員にとって、自分の家族を変えることはむつかしいのだということを忘れないようにしたいものである。<br><br>(中略)<br><br>　しかし、それにしても家族の構造を意図的に動かすことは果たしてできるのであろうか？できるとしても「操作的」にならないであろうか？<br>　精神科医が「操作的」という時はmanipulativeの訳であって、操り、振りまわすという良くない含みがある。そして相手を振りまわそうとすると、必ずといって良いほどこちらも振りまわされる。その結果、おたがいに何が何だか分からなくなってしまうのである。そして、「振りまわし振りまわされ」が止まらなくなってひどいことになる場合が決して少なくない。<br><br>　患者の家族と会った経験、とくに家族面接と家庭訪問の経験は、私が家族を意図的に動かすことを慎重にさせたと思う。<br>　これらの経験の教えることは、<br><br>　第一に「家族ホメオスターシス」といわれるものの強固さであった。<br><br>　第二は家族内のコミュニケーションに耳には聴えない低周波音のようなサブリミナルなものが占める比重が非常に大きいことであった。<br><br>　第三は、医者は家族にとってそのホメオスターシスを破る「トリックスター」（かきまわし役）であるということである。あるいは「触媒」を投げ込むことにたとえられるであろう（場合によっては危険な反応を媒介しかねないという意味でも）。<br><br>　第四は、家族を閉鎖系として取り扱う見解が今は多いけれども、家族は開放系であって、病的家族だけが閉鎖系に近づくのだと私は思っている。だから閉鎖と停滞を破る「トリックスター」が必要なのであろう。<br><br>　第五に同じ意味で「ハプニングの活用」も重要である。考えてみれば、家族の成員の発病は家族のホメオスターシスを破る大事件である。これをどう活かすか、だ。<br><br>　第六は、間接的アプローチのほうが有効であり、家族力動に正面から立ち向かうのは有害無益に近いということである。<br><br>　第七は、家族の成員を「患者の家族」という役割を荷なった存在（もの）として、ちょうど教師が父兄と語るようにしていては正しい情報は得られないことである。患者の家族を"患者"とみなすわけではないが、しかしその人に即してその気持ちを汲もうとする時だけ、家族の語るところが患者の現実にも家族の現実にも近づくということである。<br><br>　第八に、家族には聖域があり、できるだけ、それを尊重しなければならない。それは個人治療において患者の秘密を尊重するというシュルテや土居の主張の家族版である。たしかに、家族には一つ一つ独自なものがある。それは雰囲気的なもの、一軒一軒ちがう味噌汁の味つけから、家族成員を奇妙に束縛する無気味な「家霊」のごときものまである。<br><br><br><br>「2 家族ホメオスターシスについて」より<br><br>P18～<br>　「ある系に外力が働いて変化を起そうとする時、系はこの変化を打ち消す方向に動く」ということである。<br><br>P20～<br>(ある例について説明して)<br>　子どもは姉一人弟一人だった。二歳ちがいだったと思う。非常に特徴的なのは二人はほとんど正確に交代して病気になったことである。<br><br>(中略)<br><br>　弟は急速に回復し三ヵ月で退院し症状が次第に消えて行った。それと入れかわりに姉が私の外来にきた。(中略)姉がよくなると弟にほぼ同じものが現れた。姉と同じ訴えで、同じように次第に高まり、次にしずまった。するとまた姉に現れるのだった。<br><br>P26<br>　第一例において病の一つの座を二人のきょうだいが交代で受け持っているとすれば、第二例においては一つの座が次々と一定の年齢に達したきょうだいによって占められるという見立てができる。このようなものが比較的単純なホメオスターシスなのである。たとえてみれば、一つの打ち抜き孔のような座があって、第一例では交代に、第二例では順々に一人の人間がそこに陥るが、そこから出られないわけではない、ということになる。<br><br><br><br>「3 サブリミナル・コミュニケーション」より<br><br>P27～<br>　家庭訪問をして感じることの一つは、家族にはそれぞれ独特の雰囲気があることである。そして、この雰囲気的なものの大部分は、意識にかすかに止まるか止まらないかの、無数の相互作用がとび交ってつくり出していることである。鏡の部屋に閉じこまれた光がとびかい、反射し合って全体として光の雲をつくるのと、それはどこか似ている。<br><br>(中略)<br><br>　それかあらぬか、家族内相互作用の研究は、最近、単一の相互作用の性質よりは、相互作用全体のかもし出すものに注目の焦点が移っているようである。<br>　その一例として、high emotion-expressed family (high EE family)という概念がある。感情を口に出すことの多い家族の意味であって、こういう家族の中では統合失調症の再発率が高いとされている。<br><br>　ある家庭訪問を思い出す。最初の外泊だったので、私はいっしょについて行った。扉を開けると家族の全員から矢つぎ早に質問が浴びせられた。<br><br>　「おや少し遅かったね」「病院の今日の食事はおいしかったかい」「病院で誰かにいじめられなかったかい」「今度はいつ病院にゆくの」。<br><br>　どれ一つとして奇異なものはない。自然な問いであるだろう。しかし、扉を開けるや否や浴びせられることばのシャワーは強烈な印象と独特な効果を生む。患者の顔はみるみるこわばってゆく。待ちかねた家族の自然な表現でいちおうはある。活力のある人ならば「そんなことは後で、後で」と靴を脱ぐだろう。しかし、患者はもっと制縛された人なのだ。<br><br>　意識のシキイよりも下の（サブリミナルな）相互作用は、当然のことながら、表現が非常にむずかしい。よく知られている二重拘束（ダブル・バインド）が単純なかわいらしいものに見えるほど隠微な相互作用がありうる。一つ一つは単純でも、同時に発せられる方向の組み合わせによって実に苛々させられる効果を生む。<br><br>(中略)<br><br>　「あ、どこへ行くの」「おそくならないようにするんだよ」「その服装はみっともないよ」「しゃんと背をのばして歩くんだよ」「ひとに遊んでいると思われないようにね」「へんな友達を連れてくるんじゃないよ」。<br><br>　どれ一つとして別に奇妙なことはない。しかし散歩に出かけようとして服を着かえはじめた患者にこれがいちどに浴びせられると、患者の多くはみるみる顔を硬ばらせて「オレ、いいや、やめる」と言うだろう。それに対して、また「家で閉じこもっていることの害」「働かないでブラブラしていることが家族に与える恥」についてのお説教がはじまる。「あなたのためなんだよ」「私がどんな気持ちでいるか」。<br><br>　むろん、「また始まった」と話半分に聞き流したり、何も答えずに外出してしまえば、それだけのことである。ここで、患者はそもそも家から「出立」をしそこねた人（笠原嘉）であり、「拒絶能力」に欠ける人（神田橋條治）だという見解が思い出される。家族はしばしば、この点を指摘されると「では一切放っておけばよいのですね」という答えを返してくる。ほかの可能性はないかのように。この「白か黒か」には参る。<br><br>　コメントも視線も、どうやら放射線と同じく、被曝量の安全な最大限度というものがあるようだ。患者はなるほど今は安全な限度のレベルが下がっていて周囲をまどわせるかも知れない。しかし、病気になる前にも、安全な最大限度以上に被曝していたらしい人が少なくなさそうだ。<br><br><br>P36～<br>(集団討論の前後で精神健康度を調べた結果を受けて)<br><br>　積極的参加者（発言をよくする者）は自己の主張が容れられた時は得点が向上し、容れられなかった時は悪くなる。これは当たり前のようであるが、消極的参加者は必ず得点が良くなる。聞き役にまわる方が精神健康に良いのである。逆に必ず悪くなるのは調停者である。相容れない意見のまとめ役は必ず精神健康を悪くする。その成否にかかわらずである。<br><br>(中略)<br><br>　この結果から思い当たるのは、患者になる人は幼い時から一家の調停者であったかも知れないという可能性である。<br>　実際、ある患者は「私はバケツをつかんでしまった」と語った。お分かりであろうか。小学生の時、教室の床が汚されているが、誰が掃除するのか。皆がお互いに顔を見合わせる。この時、ついバケツに手が伸びた者が掃除役に決まる。集団の緊張は急に下り、余裕が出てくる。一寸手伝おうか、などと申し出るものもいる。まるで、バケツをつかんだ者には当然の義務であるものが、こちらでは恩恵的な手だすけであるかのように。<br><br>　そのように、しばしば患者とは、家族をまとめる役を幼い時から引き受け、しかもそれを認知されたり評価されたりしなかった人である。家族をよく眺めると意外な人が調停役、まとめ役、カスガイになっている。幼児であったり、浪人であったり、ぶらぶらしている人であったり、喘息の人であったりする。精神科の患者になっても、その役をつづけている人も少なくない。<br>　もっとも精神科の患者になってはじめて、まとめ役から解放されて自由を味わう人もある。<br>　調停者は自己主張をつねに後まわしにする。統合失調症の患者の幼い時の特徴は「いい子」「手のかからぬ子」そして「エピソードをまわりが思い出せぬ子」である。<br><br>　調停者はなかなか交代しない。「バケツをつかんだ子」は"有徴者"となるのである。交代している家族はたぶん精神科医の前に現れないので、われわれは認識しないのであろう。<br><br>　よくいわれるのは、一人が患者になっていることによって他の家族成員が病気にならずに済んでいるという印象が強い場合である。<br><br><br>P43～<br>　結局、臨床経験から得られる家族の表象は、ふつうに用いられる家系樹、すなわち変形ツリー型の与えるものから、はるかに懸け離れているということでができる。<br><br>(中略)<br><br>　こと家族に関してはツリー型の表象を以て言いうることは限られているのだろう。しかも家族の表象として思い浮かんでくるものは格子型ですらない。いや格子型ではあるが、力がたえずその上を移動して平衡をたえず取り戻し直しているような表象である。それは「おみこし」に近いかも知れない。一人が力をぬけば、その分の力はおのずと他のかつぎ手に配分される。それも公平にではない。平衡がくずれないように、という観点から再配分されるのである。結果としてある人の肩に力が集中することもある。ある人が立ち去ることで、かえって平衡が回復することもある。<br><br>　このような「おみこしモデル」は家族だけに限らず、一般に、自然発生的な集団は、このような形で平衡を保っている。人工的集団との違いである。私は思考実験で「このメンバーを除いたらホメオスターシスはどう変わるか」と考えてみる。この思考実験はしばしば家族を考える上で有益である。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12456636899.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Apr 2019 23:46:29 +0900</pubDate>
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<title>いじめについて</title>
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<![CDATA[ 『 いじめのある世界に生きる君たちへ 』<br>　中井久夫著 中央公論社<br><br><br>「孤立化」より<br><br>P27～35<br>　孤立していないひとは、時たまいじめられるかもしれませんが、ずっといじめられることはありません。立ち直るチャンスもあります。逆に立ち直るチャンスを与えず、ずっといじめるためには、そのひとを孤立させる必要があります。そう、いじめの最初の作戦は「孤立化作戦」です。<br><br>　その作戦の一つは、いじめのターゲットを決めることです。誰かがマークされたことがまわりに知らされます。ターゲットにならなかったみんなはほっとしますね。そしてターゲットにされた人からは距離を置きます。それでも距離を置かない人には、そんなことすると損するぞ、まかり間違えば身の破滅だぞということをちらつかせます。<br><br>　その次に、「いじめられるのは、いじめられるだけの理由がある」というPR作戦にでます。加害者は、ターゲットのささいな身体の特徴や癖からはじまって、根拠のない「けがれ」、顔の善し悪し、どうでもいいような行動などを問題にします。これはまわりの人たちの差別の気持ちをくすぐります。「自分より下」の人間がいるということは、リーダーになりたくてなれずにイライラしている人間にとって気休めになりますからね。<br><br>　PR作戦はまわりの大人にも向けられます。うかうかしていると先生もまきこまれてしまいます。いや、うかうかしていなくてもです。先生の「そういえば、○○にはそんなところがあるよなぁ」という何気ないひとこと、いや、かすかなうなずき、黙って聞きすごすことさえも、加害者には千万の味方を得た思いを、傍観者には傍観の許しを与えます。<br><br>　それだけではありません。PR作戦によって被害者も「自分はいじめられてもしかたない」という気持ちにだんだんさせられるのです。被害者は、なぜ他人ではなく、他ならないこの自分がいじめられるのか、自分なりに説明をつけようと必死に考えるものです。PR作戦がそんな被害者に届くとどうなるでしょう。<br>　「自分は○○だからいじめられても仕方ない」「自分はみにくい、魅力のない、誰からも好かれない、生きる値打ちのない、ひとりぼっちの存在だ」と、だんだん思い込むようになってしまいます。そんな思い込みに陥ると、そのひとの外見もそんなふうになっていきます。そのことがさらに加害者と傍観者を勇気づけます。先生でさえ、家庭への連絡帳にあなたのお子さんの欠点は○○ですと、PR作戦どおりのことを書くかもしれません。そうなれば子供は家庭でも孤立しやすくなります。<br><br>　被害者ははじめ、自分の言動を直したり弁明したりして、この状態から抜け出そうとするでしょう。それは時に成功しますが、時にはよりひどい事態に追い込まれます。日本語をたくみにあやつる外国人が日本語を話すと、かえってまわりの日本人はその日本語のささいな欠点に敏感になるということがありますが、それに似ています。方言のある転校生が言葉を直そうとすると、まわりはかえって言葉づかいの細かなところに敏感になるものです。そこには知らないうちに差別を求める人間の意識が働いているのでしょう。<br><br>　こうして被害者は、たえず気を配るようになります。まわりに、そして自分のしぐさや言葉つかい、ふるまいに。そうなると、被害者は「警戒的超覚醒状態」といわれる状態になります。緊張しっぱなしになり、自律神経系、内分泌系、免疫系という身体の大事なしくみがおかしくなるのです。ぴりぴり、おどおど、きょろきょろし、顔色が青ざめ、脂汗が出たりしますが、それは人間として当然の反応です。しかしこういう状態になれば、まわりの人たちは遠ざかっていくでしょう。被害者はまわりに対し、ゆとりもって反応できなくなります。<br><br>　それでも被害者は気をゆるめることができません。加害者はとても有利なポジションにいて、攻撃点を自由に選べます。攻撃の焦点も場所も時間も自由に選べ、いちばん有利な形で攻撃できます。PRしたい時には大勢の前でやり、相手を屈服させるためには相手が一人でいる時を選ぶでしょう。被害者がいつ、どこにいても孤立無援であることを実感させる作戦が、「孤立化作戦」です。<br><br><br><br>「無力化」より<br><br>P40～46<br>　孤立化の段階では、被害者はまだ精神的には屈服していません。ひそかに反撃を狙ってるかもしれません。加害者はまだ枕を高くしていられないのです。次に加害者が行うのは相手を無力化することです。<br><br>　もちろん孤立化にも無力化が含まれています。孤立じたいが、大幅に力を失うことです。しかし「無力化作戦」はそれだけではすみません。この作戦は要するに、被害者に「反撃は一切無効だ」と教え、被害者を観念させることです。<br>　そのため反撃にでれば過剰な暴力で罰し、誰も味方にならないことを繰り返し味わわせます。反抗のわずかな気配にも過大な罰が与えられます。「お前、心の中で反抗したいと思っただろう、そのはずだ」と言いがかりをつけ、罰を与えるのも効果があります。<br>　加害者は当てずっぽうに言っているだけですが、当たって当然です。抵抗して現状から抜け出そうという気持ちはどんな人間にもあるからです。でも被害者はぎくりとするでしょう。加害者は「おれは何でもお見通しだ」と誇示し、被害者は「こいつは他人の心を見透かす能力がある」と誤って信じ込みます。加害者の心の内を読みたくて仕方ないのに読めない自分を情けない、劣った人間だと思い込みもします。ついには指摘されれば、反抗したいとその時思ってなくても、思ったような気がして、やましい気持ちになります。このように被害者は飼いならされていくのです。<br><br>　いじめを大人に訴えることは、特にきつく罰せられます。それは加害者がわが身を守るためではありません。加害者はすでに「孤立化作戦」のなかで、大人はこのいじめに手出ししないと踏んでいるからです。そうでなくても「大人に話すことは卑怯だ」「醜いことだ」といういじめる側の価値観で被害者を教育しようというのです。<br>　被害者はだんだんこの価値観を自分の中に採り入れ、自分でも大人に訴えるのを醜いと思うようになります。それに、「孤立化作戦」の段階で、いじめには大人も介入できないと、大人への期待をほとんど失っていることでしょう。これには事実の裏づけもあります。残念ながら大人がいじめに対して有効な介入をしないことがあまりに多いのです。<br><br>　被害者は、いじめがひどくなっていく全ての段階で「これを見て何とか気づいてくれ」というサインをまわりに、特に先生や両親に出し続けます。しかし、このサインが受け取られる確率は、太平洋の真ん中の漂流者の信号がキャッチされるよりも高いと思いません。<br><br>　じつはこの無力化の時期は、加害者としても、のるかそるかの山場です。ここで「飼いならし」に失敗すれば、加害者は自分の威力を失い、ひょっとするといじめられっ子に転落する可能性さえあります。<br>　したがって、もっともひどい暴力がふるわれるのは無力化の段階かもしれません。孤立化の段階、特にその初期に暴力をふるえば、クラスなどの世論を敵に回し、加害者のほうが孤立しかねません。<br><br>　加害者は勝手気ままにふるまっているようですが、じつは最初から最後まで世論を気にしています。それも先生などの大人の世界と子どもの世界の両方の世論をです。しかし、孤立化作戦が成功した今は、前ほど気にする必要はありません。<br>　いじめを内心いやだと思っている人たち、場合によっては立ち上がって止めてもいいと思っている人たちが、この子にはそうするだけの価値がないと目をつぶりパスするようになっていれば、しめたものなのです。<br>　ここで暴力をしっかりふるっておけば、あとは「暴力をふるうぞ」と脅すだけで十分です。暴力はいつでもふるえるとなれば、それほど頻繁にふるうものでありません。暴力でかろうじて維持されている権力は危ういもので、権力欲の観点から快いものではありません。相手が進んで自発的に隷従してくれるのが理想でしょう。<br><br><br><br>「透明化」より<br><br>P50～64<br>　人間には「選択的非注意」といって、自分が見たくないものを見ないでおくようにする心のメカニズムがあります。そのせいで、いじめがそこで行われていても、なにか自然の一部か風景の一部にしか見えなくなる、あるいは全く見えなくなることがあるのです。<br>　責任ある大人たちもさまざまな言い訳を用意しています。「子どもの世界に大人がうっかり口をはさんではいけない」からはじまって「自分もいじめられて大きくなった」「子どものためになるだろう」「あいつに覇気がないからだ」などなどです。たしかに当たっている一面はあるかもしれません。でもいくら当たっている面があっても、言い訳は言い訳。言い訳に過ぎません。<br><br>　しかし、まわりの人たちに見えないのは、その人たちが「見ない」せいだけではありません。実際に、この時期に行われる「透明化作戦」によって、ざっと見ただけではいじめがたいへん見えにくくなっているのです。そのことを少し字数をかけて説明します。<br>　この段階では、被害者は孤立無援で、反撃も脱出もできない無力な自分がほとほと嫌になり、少しずつ自分の誇りを自分でほりくずしていきます。<br><br>　さらに被害者の世界は、そうとう狭くなっています。加害者との人間関係がリアルなたった一つの関係となり、まわりの大人や級友たちはとても遠い存在になります。遠く、じつに遠く、別世界の住人のようです。<br><br>　空間的にも、加害者がいないとその空間が現実ではないように感じてしまいます。たとえば家族が海外旅行に連れ出したとしても、被害者にとっては、加害者は"その場にいる"のです。空間は、加害者の存在感でみちています。<br><br>　時間的にも、加害者との関係は永久に続くように感じます。あと二年で卒業すると頭でわかっていても、その二年後は「永遠のまだその向こう」に思えます。この点で、子どもは大人とちがう時間感覚をもっていることを言っておきたいと思います。アメリカの精神療法家ミルトン・エリクソンが、弟子が子どもの患者との面接を二週間延期したことを叱って「子どもにとって二週間は永遠に等しい」と断言したことを思い出します。<br>　そのうえ、いじめられている時間は苦痛な時間が常にそうであるように、いっそう長くいつまでも終わらないように感じます。被害者にとって時間を思うことさえ地獄の苦しみです。<br><br>　被害者はだんだん、「その日ひどくいじめられなければいいや」と思うようになります。いじめのない日はまるで神の恵みのようです。やがて被害者はこの恵みを、加害者からのありがたい贈り物だと感じるようになります。すでに加害者との関係がほとんど唯一の関係です。加害者のささいな表情やしぐさにとても敏感になり、加害者のわずかな表情の変化に自分の全感情が反応してしまいます。<br><br>　加害者のきげん一つで運命が決まるような毎日。そのなかで被害者は感情の面でも加害者に隷属（れいぞく）していくのです。そんな状況を強調するために、加害者は自分の気まぐれぶりをオーパーに演じてみせ、被害者が今日のいじめの程度を予測でいないようにします。ものごとを予測するということは、圧倒的な力をもつ敵を前にした時の最後の主体的な行為です。これができなくなることは、被害者の知性をかき乱します。被害者が知的な少年少女であれば、特に自分への信頼を失うことでしょう。<br><br>　こうなると、加害者はたとえば今日だけは勘弁してやるという「恩恵」で、「透明化作戦」に被害者自身を協力させることだってできます。そんな時、被害者は大人の前で加害者と仲良しであることをアピールしたり、楽しそうに遊んでみせたりします。加害者といっしょに別のいじめに加わることもあります。その時、加害者は被害者がいじめる側に加わっていることをまわりの人にわざと見せます。このことで、被害者は「自分は被害者だ」という自分の最後の拠り所さえ奪われます。<br><br>　よくみると、仲良しをアピールしている時の被害者の眼は笑っていません。楽しそうな遊びにも、遊びにつきもののダイナミックな心の揺らぎがありません。加害者の列に混じっていても、その子だけ体がこわばっています。しかし、そういうことはよほど目ざとい大人の眼にしかとまりません。「透明化作戦」は、このようにいじめを見えにくいものにします。<br><br>　この段階までくると子どもは、大人から「誰かにいじめられていない？」と聞かれると激しく否定し、しばしば怒りだします。家族から聞かれて怒りのあまり暴力をふるうことさえあります。それは「何を今さら」「もう遅い」という感覚ですが、それだけではありません。<br><br>　自分のことは自分で始末をつけるということは、人間としての最後のイニシアティブの感覚です。ここで大人に「もう自分はだめだ」と自分を委ねてしまうことは、大人の介入によって自分に最後に残った感覚をあてどなく明け渡してしまうことです。激しい否定と怒りは、その時に感じるだろう喪失感を先取りするためでもあるのです。<br>　明け渡しても得るものは期待できそうにない。それなのに自分の中に残っている最後のパワーをむざむざ明け渡してしまう。この喪失感は、そうした目に遭ったことのない幸福な大人には理解しがたいものかもしれませんが、ぜひ理解しなければならないものです。<br><br>(中略)<br><br>　そのように、子ども社会の暴力的な面を知らずに成人した大人も多いかもしれません。しかし、その中に陥ってしまった者の「出口なし」感は、ほとんどナチスの強制収容所なみです。それも場合によっては出所できるような収容所でなく、絶対に出ることのできない絶滅収容所だと感じられます。その壁は透明ですが、しかし、眼に見える鉄条網よりも強固です。<br><br><br><br>「無理難題」より<br><br>P66～69<br>　外でいじめられている子は、時に家で暴君となります。しかし、最後の誇りとして家族の前では「いい子」であり続けようとする場合も多くあります。その最後の誇りが失われそうになった時に行われるのが自殺です。"自殺して解放された自分"という幻想は「無力化段階」から育まれていますが、その幻想は自殺を一時延期する効果もあります。<br>　それは自殺することで加害者を告発するという幻想で、家族が初めてわかってくれ、級友や先生が「しまった」と思い「申し訳ない」と言ってくれる幻想もあります。そういう幻想が、極度に狭まった世界のただ一つの「外」への通路だということがあります。<br><br>　この状態がさらに進めば、強制収容所では自尊心も自己決定性も何もない、生ける屍となり果てると言います。もはや殴られても痛みも感じず、拷問されてもまるで他人の体に加えられているようなものになります。<br><br>　こう言うと、いじめでは直接命を奪うようなことはないし、子どもには家庭という帰る場所があると言われるかもしれません。<br>　しかし、いじめは直接間接の暴力だけがつらいのではありません。特に「透明化段階」でつらいのは「無理難題」です。社会的立場を賭けて何とかやりとげた難題も、加害者にとっては紙切れのように軽いものだったということは、自らの無価値さの完成形です。<br>　多くの子どもが、とうてい果たせない「無理難題」を課せられたことをきっかけに自殺の実行に踏み切っていることを強調したいと思います。<br><br>　「無理難題」には、家から多額のお金を盗まなければ果たせないようなものがあります。あるいは、小さい時から可愛がってもらってとても仲のいいおばあちゃんとひとことも口をきくなという「命令」もあります。そうした「無理難題」はいずれも、かりにやり遂げたとしても、被害者にとっては、家庭での自分の「市民権」を決定的に失うものです。<br><br><br><br>「安全の確保」より<br><br>P77～79<br>　このような文を書くと、対策はどうなのだという質問がさっそくでてきそうです。わたくしは現段階では、心の傷がもたらすさまざまな症状の研究者であるハーマンの言葉を引いて、まずいじめられている子どもの安全の確保であり、孤立感の解消であり、二度と孤立させないという大人の責任ある保障の言葉であり、その実行であるとだけ述べておきます。<br><br>　大人に対する不信感はあって当然です。安全が確保されないのに根掘り葉掘り事情を聞きだすことはやめたほうがいいでしょう。同時に被害者がどんな人間であろうと、いじめは悪であり立派な犯罪であり、自分は一人の人間として被害者の立場に立つことをはっきり言う必要があります。<br><br>　いじめのワナのような構造の、君は犠牲者であるということを話して聞かせ、その子のかかえている罪悪感や卑小感や劣等感を軽くしてゆくことが最初の目標でしょう。道徳的な劣等感は不思議なことにいじめられっ子が持ち、いじめっ子のほうは持たないものです。<br><br>　これ以上の対策をあれこれあげることは、実行もせずに絵空事を描くことになり、かえって罪なことになります。その場に即して有効な手立てを考え出し、実行する以外にない世界です。わたくしのように初老期までいじめの影響に苦しむ人間をこれ以上つくらないよう、各方面の努力を祈ります。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12453337168.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Apr 2019 17:11:24 +0900</pubDate>
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<title>心の傷の回復について③</title>
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<![CDATA[ 『心的外傷と回復』ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 みすず書房<br><br><br>「第七章　治癒的関係とは」より<br><br>P205<br>　回復は人間関係の網の目を背景にしてはじめて起こり、孤立状態においては起こらない。生存者は心的外傷体験によって損なわれ歪められた心的能力を他の人々との関係が新しく蘇る中で創り直すものである。<br>　その心的能力には「基本的信頼を創る能力」「自己決定を行う能力」「積極的にことを始める能力」「新しい事態に対処する能力」「自己が何であるかを見定める能力」「他者との親密関係を創る能力」がある。これらの能力はそもそもが他者との関係において形成されたものであり、まさにそのように再形成も他者との関係においてなされなければならない。<br><br>　回復のための第一原則はその後を生きる者の中に力(パワー)を与えることにある。その後を生きる者自身が自分の回復の主体であり判定者でなければならない。その人以外の人間は、助言をし、支持し、そばにいて、立会い、手を添え、助け、温かい感情を向け、ケアすることはできるが、治療（キュア）するのはその人である。<br>　善意にあふれ意図するところもよい救援の試みの多くが挫折するのは有力化という基本原則が見られない場合である。その後を生きる者から力を奪うような介入はその人の回復のためになりえない。いくら、その人にその場では役に立つようにみえてもだめである。<br><br>P240<br>　人格の統合性とは死に直面しても人生の価値を肯定しうる能力であり、自己の人生の限界の有限性と人間の条件の悲劇的限界と和解する能力であり、絶望なくして現実がそういうものであることを受容する能力である。<br>　人格の統合性は対人関係における信頼をそもそもその上につくった土台であるが、いったん砕かれた信頼をとりもどす土台でもある。<br>　ケア提供的な関係における人格の統合性と信頼との緊密な相互関係は、世代から世代へと引き継がれる鎖の輪のつながりを完全なものにし、外傷が破壊する人間のコミュニティ感覚を再生させるものである。<br><br><br>「第八章　安全」より<br><br>P241<br>　回復の展開は三段階である。<br>　第一段階の中心課題は安全の確立である。<br>　第二段階の中心課題は想起と服喪追悼である。<br>　第三段階の中心課題は通常生活との再結合である。<br><br>P248<br>　外傷は被害者から力と自己統御の感覚を奪う。回復の基本原則は被害者に力（パワー）と自己統御（セルフ・コントロール）（本邦的な表現では主体性か――訳者）とを奪回することにある。回復過程における最初の課題とは被害者の安全を確保することである。<br><br>P271<br>　外傷を受けた人は、一歩また一歩とその人生における最低限の安全を、少なくとも人生の予見性を、取り戻してゆくものである。自分も自分以外の人間も頼みにしてよいことにもう一度気づきなおすものである。外傷以前よりもはるかに用心深く、人を信じにくくなっていて、水いらずの親密性は避けるだろうが、自分は全く孤立して傷つき放題になってしまう存在だとは思わなくなっているとか、自分で自分を守る能力に多少の信頼を置くようになっているとか、自分のいちばん厄介な症状をコントロールする方法を知るようになっているとか（が第一段階完了の目安である）。<br><br><br>「第九章　想起と服喪追悼」より<br><br>P273<br>　回復の第二段階とは被害経験者が外傷のストーリーを語る段階である。それは完全に、深く、具体的細部にわったて語られる。この再構成の作業によって外傷的記憶は実際に形を変え、被害経験者のライフ･ストーリー（生活史全体）の中に統合されるようになる。<br><br>P277<br>　感情抜きで事実だけを唱えさせることは実りのないわざであり、治療効果は皆無である。<br><br>P279<br>　治療者の役割は既成のありきたりの答えを与えることではない。それはどのみちできない相談であろう。そうではなくて、生存者との道徳的連帯性という立場を鮮明にするべきである。<br><br>P301<br>　患者に対する治療者の責任を果たす最善の方法は患者の語る物語の誠実な証人（"目撃者"）となることであって、患者を子ども扱いしたり、患者に特別の恩恵をめぐんだりすることではない。むろん生存者は自分に与えられた危害には責任があるわけでもないが、自分の回復には責任がある。逆説的であるが、この誰がみても明らかな不正義の受容が有力化の端緒である。生存者が自分の回復の全面的主導権を握る唯一の方法は回復の責任を引き受けることである。破壊されないで残っている自分の強さに気づく唯一の方法はそれを全面的に活用することである。<br><br>P303<br>　児童期の慢性外傷後の生存者は喪ったものを悲しみ悼む仕事だけでなく、もともと持てなくて失いようがなかったものを悲しみ悼む作業をしなければならない。幼少年時代そのものがそっくり奪い取られているのであり、これは取り戻しようがない。<br>　慢性外傷の生存者はまた、基本的信頼の基盤が失われたことを悼まなければならない。基盤とは親は良い人だと思って疑わないことである。自分の悲しい運命が自分の責任ではないことを認めるにしたがって、児童期には直面できなかった実存的絶望に向かい合わなければならなくなる。<br><br>　レナード・シェンゴールドはこの喪の段階の中心的問題をこう述べている。すなわち「ケアしてくれる両親という内的イメージがなくて生きてゆくにはどうしたらよいのだろうか。（中略）魂の殺害者の犠牲になった子たちは皆"お父さんとお母さんのいない人生ってあるのか"という質問によってすっかり参ってしまう」。<br><br>　絶望の対決とともに、少なくとも一過性に、自殺の危険が増大する。これは回復の第一段階にみられる衝動的な自己破壊ではない。この第二段階における患者の自殺性は、あのような身の毛がよだつ恐怖がありうる世界を拒否するという、平静な、淡々とした、いかにも理性的な決断から生まれるものでありうる。<br>　患者は自分には自殺を選ぶ権利があるという不毛な哲学的議論を始めるかもしれない。絶対にこの知的防衛の向こう側に出て、患者の絶望の火に油を注いでる感情や空想にかかわるようにしなければならない。よくあるのは、自分はすでに死者であるという空想である。それは愛の能力が破壊されたからだというのである。<br>　この絶望の底に降りてゆく過程で患者を支えとおすものは、どんなにささやかでもよい、愛による結びつきに力が残っているという小さな証しである。<br><br>　破壊し尽くされずにある愛の能力に至る鍵は、しばしば慰めのイマジャリーを喚起するうちにみつけられる。廃墟の中から何らかの愛着のイメージは救い出せているもので、そういうものがまずまちがいなくみつかる。一人だけやさしく慰めてくれる人がいてその人のよいイメージが一つ残っているだけでも、喪失への悼みの中に下降してゆく際の命綱になってくれるだろう。動物や子どもに対して遠くからでも共感を感じる能力が患者にあれば、それは自分自身への共感の端緒となりうる、はかないいとぐちではあるが――。<br><br>P306<br>　回復の第二段階には無時間的という性質があって、これが怖ろしいのである。外傷の再構成は過去の体験に沈潜することが必要である。それは時間が凍りついて動かない体験である。服喪追悼の中への下降は尽きない涙になすすべなく溺れてしまうのではないかという感じがある。<br><br>　何度もくり返しているうちに外傷ストーリーを話してももはや強烈な感情がかき立てられなくなる瞬間が来る。それは生存者の体験の一部となったのである。それは体験の一部にすぎない。今や外傷物語は他の記憶と変わるところのない記憶となり、他の記憶が時とともに色あせてゆくように色あせはじめる。その生々しさがうすれはじめる。外傷が人生のストーリーの中でもっとも重要な部分でなく、もっとも興味のある部分でさえないようだということに生存者は気づく。<br><br><br>「第十章　再結合」より<br><br>P309～310<br>　回復の第三段階になると、外傷をこうむった人も自分が被害者であったことを認識し、自分が被害者となっていたための後遺症がどういうものであるかを理解するようになる。それは外傷体験の教訓を人生に組み込む準備ができたことである。自分の力量感、自己統御感を大きくし、これからもあるであろう危険に対して自らを守り、そして信頼できるとわかった人々との同盟関係を深める準備ができたことでもある。<br><br>P315<br>　虐待する家族の中で大人となった生存者は、しばしば外に対して口をつぐませる役割を果している家族に協力してきた。家族内の秘密を守るために、自分のものではない重荷を背負っていたわけである。回復のこの地点に至れば、口をつぐむ役はもうやめた、今後も戻らないと家族に宣言する道を選んでもふしぎではない。そのことは生存者が恥辱感、罪業感、有責性の重荷を捨てて、これを加害者の背に載せてやることである。加害者の背こそ重荷が本来あるべきところなのであるから――。<br><br>P318<br>　「私は私自身の持ち主だ。これは確かだ I know I have myself」――この単純なことばは回復の第三段階のシンボルマークにふさわしかろう。第三段階は最終段階である。生存者はもはや自らの外傷的な過去にとりつかれている（所有されている）という感じを持たなくなる。生存者は自分自身を所有している。<br>　生存者のこれからの任務は＜自分がなりたい人間になる＞ということである。<br><br>　第三段階の過程において生存者は外傷以前の時期、外傷体験自体、そして回復の時期をふり返って、そこから自分がもっとも高く評価する自分の面（複数）を改めて引き出すのである。これらの要素すべてを統合して生存者は新しい自己（ニュー・セルフ）を創り上げる、理想像としても、現実においても――。<br><br>　理想的自己の再創造にはイマジネーションとファンタジーとを積極的に練磨することも必要となる。この二つの能力は今や束縛を解き放たれたのである。<br><br>P320<br>　自己自身の持ち主となるためにはしばしば外傷によって押しつけられた自己の一部を排除する必要が起こる。生存者が＜犠牲者である＞というアイデンティティ（自己規定）を捨てるにつれて、これまでおおよそ自分の持ち前であると思ってきた自己の一部を放棄することを選ぶようになってもふしぎではない。<br><br>P321<br>　自分自身の中で外傷的環境によって形成された面がどれかを認識し、それを「手放す」につれて、生存者はまた、自分自身を赦すようになってゆく。自分の性格に加えられたダメージが恒久的なものにちがいないと感じなくなれば、このダメージを自分から認知しやすくもなる。生存者が自己の生活の再建に積極的にかかわることができるようになってゆけば、それに応じて、外傷をこうむった自己の記憶に対して寛大になれ、これを受容できるようになる。<br><br>　回復の第三段階になれば、生存者はすでに適切な信頼の能力を取り戻しているものである。再び他者を信頼してしかるべき時には信頼感を持ち、信頼すべきでない時には信頼を撤回することができ、さらにこの二つの状況をどうやって区別するかがわかっている。<br><br>　自分は自分以外の人々との結びつきを保ちつつ自律的であると感じる能力をも取り戻している。自分のものの見方と自分の（犯されない）境界線を保ちつつ、自分以外の人々のものの見方と境界線とを尊重するようになれている。<br>　主動権を持って人生を生きるようになりはじめており、今や新しいアイデンティティをつくり出す過程にある。自分以外の人たちと深い関係を結ぶ勇気が持てるようになっている。<br>　友人たちとは相互関係に立脚した友情を求めるようになる。友情は演技やみてくれや＜いつわりの自己＞を掲げつづけることにもとづいたものではない。<br><br>P328<br>　生存者の大部分は個人生活の範囲内で外傷体験の解消を図る。しかし少数ではあるが重要なのは、外傷の結果、より広い世界にかかわる使命を授けられたと感じる人々がいる。<br>　このような生存者はみずからの不運の中に政治的あるいは宗教的次元を認識し、おのれの個人的悲劇を社会的行動の基礎とすることによってその意味を変換できることに気がつく。<br>（中略）<br>　外傷があがなわれるのはただ一つ、それが生存者使命の原動力となる時である。<br><br>P330<br>　生存者の中には自分と同じように被害者になった人たちを教育、司法、政治の各面の努力によって救援することにエネルギーを集中し、将来被害者になる人々が出ないようにする人もあり、加害者を法廷に引き出そうとする人もある。これらの努力の共通点は公衆の意識を高めるために献身するということである。<br>　生存者には身の毛もよだつような恐ろしい事件に対する自然な人間的反応はこれを心の外に放り出すことであるということはよくわかっている。過去には彼女ら彼らもそのようにしたであろう。生存者はまた、過去を忘れる者がそれをくり返す宿命に縛られているのだとわかっている。このために、公衆の面前で真実を語るということが社会的行動すべての共通分母となっているのである。<br><br>　生存者は公衆の面前で語りえないことを語ろうとする。それはそうすることが他の人々を助けるはずだとの信念あってのことである。<br><br>P332<br>　生存者使命は正義を追求するという形をとることがあってもよい。回復の第三段階においては生存者は加害者に対する個人的な悲しみと怒りとを超えて高い立場に立つという原則の具体的問題点を理解するようになっている。生存者は外傷は取り消しが効かないこと、賠償の願いも復讐の願望もともにほんとうの意味では満たされえないことを認識するようになっている。<br><br>　しかし生存者はまた、加害者に対する弁明責任を感じさせておくことが生存者自身の安寧のためばかりでなく広く社会の健康を維持するために重要であることを認識するようになっている。生存者は社会正義という抽象的原理（の意義）を再発見する。それは自分一人のものであった不幸を自分以外の人々の不幸に結びつけるものである。<br><br>P337<br>　解消のもっともよい指標は、生存者が生活の中で楽しみを味わう能力と自分以外の人々との関係に全面的に入る能力とを取り戻しているかどうかである。<br><br>P338<br>　回復をなしとげた生存者は人生に直面する時、幻想はあっても少なく、逆にしばしば感謝の念がある。その人生観は悲劇的であるかもしれないが、まさに人生は悲劇であるということそのことによって生存者は笑いを大切にすることを学んだのである。何が大切で何が大切でないかについてはっきりしたセンスを持つようになったのである。悪に直面したことによって、よきものからしっかりと手を放さずにいるすべを知ったのである。死の恐怖に直面したことによって、人生をことほぐすべを知ったのである。<br><br><br>「第十一章　共世界」より<br><br>P340<br>　外傷的事件は個人と社会とをつなぐきずなを破壊する。生き残った者は、自己という感覚、自己が価値あるものであるという感覚、自己が人間に属するという感覚は自分以外の人々との結びつきの感覚に依存し、それ次第であるということを痛いほど味わう。<br>　グループの連帯性は恐怖と絶望に対する最大最強の守りであり、外傷体験の最強力な解毒素である。外傷は孤立化させる。グループは所属感を再創造する。外傷は恥じ入らせ、差別の烙印を捺す。グループは証人になり、肯定する。外傷は被害者を堕落させる。グループは向上させる。外傷は被害者を非人間化する。グループはその人間性をとりもどす。<br><br>　生存者の証言には、つながりの感覚がとりもどせたのは、あの時、ある人が惜しみない度量を気どらない自然体で示してくれたおかげであるという話がくり返し出てくる。被害者が不可逆的な破壊をこうむったと思い込んでいる自分の中のもの――信仰や品性や勇気など――はごくふつうの愛他性（相手の身になって考え相手本位で行動すること）によってもう一度目をさます。<br>　自分以外の人々の行動を鏡として生存者は自ら失われた部分を認め、それをとりもどす。この瞬間から生存者は人間の共世界 human commonality に再加入しはじめる。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12452355188.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Apr 2019 14:47:59 +0900</pubDate>
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<title>心の傷の回復について②</title>
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<![CDATA[ <p>『心的外傷と回復』ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 みすず書房<br><br><br>「第四章　監禁状態」より<br><br>P111<br>　逃走を防ぐ障壁は通常目に見えない障壁である。しかし、それはきわめて強力である。子どもたちは一人で生きてゆけないために監禁状態に置かれる。<br><br>P114<br>　人間に自分以外の人間を奴隷化させる方策はおどろくほど一つである。<br><br>P115<br>　自分以外の人間の完全なコントロールを確立する方法とは何であろうか。その基本線は心的外傷をシステマティックに反復して加えていためつけることである。それは無力化 disempowerment と断絶化（disconenection、すべての対人関係からの切り離し）を組織的に用いるテクニックである。心理的コントロールの方法は恐怖と孤立無援感とを注入して被害者の「他者との関係においてある自己」という感覚を粉砕するようにデザインされている。<br><br><br>「第五章　児童虐待」 より<br><br>P151<br>　虐待的な家庭環境においては、親の権力の行使は恣意的で気まぐれでありながら、しかも絶対的で反対はゆるされない。<br><br>P154～155<br>　暴力、脅迫、規律のきまぐれな強要が恐怖を注入し、自動人形のような服従の習慣を育てるとすれば、孤立と隠蔽と裏切りとは対人関係を破壊して、庇護してくれるはずの対人関係が失われる。児童虐待の起こる家庭が世間から孤立していることは現在ではふつうのこととされているが、社会的孤立がたまたま起こったのではないということはあまりわかられていない。しばしば虐待者が虐待を秘密にし、家族たちを支配しつづけるために孤立を強要しているのである。<br>　生存者はしばしば世間とのあらゆる接触をさせないように嫉妬深く見張るというパターンを語る。虐待者はありきたりの友達づき合いを厳禁したり、友達との交際にいつでもいくらでも口をさしはさむ権利があるのだと言い張ってやまなかったりするであろう。<br><br>　被虐待児は世間から孤立させられるだけでなく、他の家族成員からも孤立させられる。被虐待児は日々味わうのである、自分の親密世界においてもっとも権力の強い成人が自分にとって危険な存在であるだけでなく、自分のケアをする責任があるはずの他の成人たちも自分を守ってくれないということを――。<br>　この守ってくれないということの理由が何であっても被虐待児にとってはどのような意味でもありがたくないのであって、もっとも善意に解する場合で無関心のしるしであり、もっとも悪意に解する場合には共謀の裏切りである。<br>（中略）<br>　被虐待児は自分は見捨てられてただ運命の手に翻弄されるままにゆだねられているのだと思い、この見捨てられのほうを虐待よりもつらく苦しく腹立たしく思う。<br><br>P156～157<br>　被虐待児といえども自分のケアしてくれる人に対して何とか一次的愛着を形成しなければならないのだが、その対象ときたら危険人物か、自分を無視している人物かである。他者たちとの関係において基本的信頼と安全の感覚を育成しなければならないのに、その他者たちたるや安心も信頼もできない連中である。自分たちも孤立無援であるか、子どもの世話を放棄しているか、残酷か、いずれかである。<br>　その他者たちとの関係の中で自己感覚を育てざるを得ないわけである。身体の自己制御の自在性を発達させなければならないのに、その環境たるや自分の身体が他者たちの欲求にほしいままにゆだねられている始末である。<br><br>　被虐待児の心理的適応の基本的目的はすべて、両親たちがそれこそ毎日毎日、その悪意を、たよりなさを、冷淡さを、無関心をはっきりとみせつけているのに、それでもなお、それをみながらも、両親への一次的愛着を保つというところに置かれる。<br>　この目的を果たすために子どもは実にさまざまな心理的防衛手段に訴える。この防衛の魔力によって、虐待は意識と記憶から壁で隔てられて実際にはそういうことはなかったということになるか、あるいは極小化され、合理化され、弁明のつくものとされ、何が起ころうともこれを変化させることはできないので、子どもは現実を心の中で変えるのである。<br>　被虐待児は、虐待は実はなかったと思い込むほうが好きなのである。この絶望を満たすために、被虐待児は虐待されているという秘密を自分自身からも隠蔽しようとする。<br><br>P159<br>　巨大な児童期外傷の場において断片的人格すなわち「もう一人の自分」たちが発生することは多くの研究が確証するところである。<br><br>P160<br>　虐待という現実を回避することが不可能になると、被虐待児は虐待を正当化する意味体系をこさえ上げなければならなくなる。被虐待児は自分は生まれつき悪い子で、それが原因なんだと結論せざるを得なくなる。<br><br>P161<br>　被虐待児は怒りを調整することがむつかしい。このことを被虐待児は予め知っており、そのために自分の心は悪いのだという確信はいっそう深くなる。敵対的な態度に出会うたびに、被虐待児は自分はほんとうに嫌われてしかるべき者だという思い込みを起こす。実によくあることとして、被虐待児はその怒りをその向かうべき対象は危険であるから、そこから位置をずらして怒りを起こすもとなどではない人たちにぶちまける。こういうアンフェアなことをしてしまったと、その子の自己断罪はさらに深まってゆく。<br><br>P170<br>　自傷行為を起こす虐待経験者は皆が皆、自傷行為に先立って深い解離状態が起こると述べている。離人感、非現実感、無感覚症とともに耐えがたい苛立ち感と自己身体を攻撃したい衝動とが起こる。自傷行為の始まりごろには疼痛が全くない。最後におだやかでほっと救われた感じが力強く起こってくるまで自己破壊が続けられる。身体の痛みのほうが心の痛みよりずっとましなのでこの置き換えとなるのである。　<br><br>P178<br>　一般に思い込まれている「虐待の世代間伝播」に反して、圧倒的大多数の生存者は自分の子を虐待もせず放置もしない。多くの生存者は自分の子どもが自分に似た悲しい運命に逢いはしないかとしんそこから恐れており、その予防に心を砕いている。経験者たちはしばしば子どもたちのために自分のためには振えなかったケアと保護の能力を動員することができるようになっている。<br><br><br>「第六章　新しい診断名を提案する」<br><br>P181<br>　大多数の人は、自由を剥奪されれば心の変化が起こるということに無知である。まして、これに理解のある人はいないも同然である。だから、慢性的な外傷に暴露されていた人に対する世間の眼は冷たい。<br><br>　極度の恐怖に長時間暴露された経験がなく、また人間を強制的に屈伏させ操作する各種の方法の恐ろしさがわかっていない第三者は、自分ならば、そういう情況におかれようとも、彼女より勇気を示し、彼女よりはしっかりと抵抗できるといわれなく思い込む。被害者のほうにも落ち度があるのであって、彼女の行動は人格あるいは道徳性に欠陥があるせいだとする一般的傾向はここから来る。<br><br>P186～187<br>　一般に現行の診断カテゴリーは、一言にしていえば、極限状況を生き抜いた人のために作られたものではなく、そういう人にはぴったり当てはまらない。<br><br>　「外傷後ストレス障害（PTSD）」でさえも、現在の定義では、完全にぴったり合うわけではない。この傷害に対する現行の診断基準は主に限局性外傷的事件の被害者から取られたものである。すなわち典型的な戦闘、自然災害、レイプにもとづいている。<br>　長期反復性外傷の生存者の症状像はしばしばはるかに複雑である。長期虐待の生存者は特徴的な人格変化を示し、そこには自己同一性および対人関係の歪みも含まれる。<br><br>　長期反復性外傷後の症候群にはそのための名が必要である。私の提案は「複雑性外傷後ストレス障害（複雑性PTSD）」である。外傷に対する反応は一つの傷害でなく、さまざまな病的状態より成る一つのスペクトルとして理解するのがもっともよい。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12452348622.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Apr 2019 14:02:17 +0900</pubDate>
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<title>心の傷の回復について①</title>
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<![CDATA[ <p>『心的外傷と回復』ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 みすず書房<br><br><br>「第一章　歴史は心的外傷をくり返し忘れてきた」より<br><br>P3<br>　心的外傷を研究することは、自然界における人間の脆(もろ)さはかなさを目をそむけずに見つめることであると同時に、人間の本性の中にある、悪をやってのける力と対決することである。<br><br><br>「第二章 恐怖」より<br><br>P46<br>　心的外傷とは権力を持たない者が苦しむものである。外傷を受ける時点においては、被害者は圧倒的な外力によって無力化、孤立無援化されている。<br><br>P48～49<br>　外傷的事件は通常の生理学的な覚醒度や感情や認知や記憶に深く長く続く変化を起こさせる。さらに、外傷的事件は正常な場合にはよく統合されている防衛機能をばらばらに働くようにしてしまう。外傷をこうむった人は、強烈な感情を自覚しているのに事件の記憶が明確でないとか、逆に細部に至るまで克明に記憶しているのに感情が動かないとか、いつも緊張し警戒し焦慮しているが、どうしてなのかわからないとかである。外傷症状はその発生源との関係が切れてしまう傾向がある。症状は独り歩きをしはじめる。<br><br>　このような断片化は、外傷が、ふつうはまとまって働く精妙な自己防衛システムを切り裂いてバラバラにするからである。<br><br>　外傷後ストレス障害の多数の症状を三つのカテゴリーに分けることができる。<br>三つとは「過覚醒――hyperarousal」「侵入――intrusion」「狭窄――constriction」である。<br><br>「過覚醒」は長期間にわたって危険に備えていたことを反映し、「侵入」は心的外傷を受けた刹那の消せない刻印を反映し、「狭窄」は屈伏 による無感覚反応を反映している。<br><br>(過覚醒について)<br>P51<br>　彼らには、正常人が持っている、警戒しながらリラックスもしているというレベルの注意の「基準線」がない。彼らは覚醒の基準線が高くなっている。彼らの身体はつねに危険に対する警戒状態にある。彼らはまた、不意に襲ってくる刺激に対して極端な驚愕反応を呈する。<br>　さらに、外傷となった事件と関係がある特異的刺激に対して激烈な反応を示す。また、外傷をこうむった人は、そうでない人々ならちょっとうるさいなと思うぐらいの刺激の反復でもこれをダイヤルを他のチャンネルにまわして消去してしまうことができなくなる。<br>　彼らは、くり返される刺激ごとに、それが新たな危険な不意打ちであるかのように反応する。覚醒度の高進は覚醒状態だけでなく睡眠中にも残り、さまざまな睡眠障害の原因となる。外傷後ストレス障害の人は通常人よりも入眠に余分の時間がかかり、音に対して敏感で、中間覚醒の回数も多い。このように、外傷的体験は人間の神経系の再条件づけをするらしい。<br><br>(侵入について)<br>P52<br>　危険が過ぎて長時間がたっても、外傷をこうむった人はその事件を何度も再体験する。それはあたかも事件がくり返し回帰してくるかのようである。彼らは人生の正常な軌道に戻ることができない。外傷がくり返しそれを遮るからである。まるで時間が外傷の瞬間に停止したようである。外傷をこうむった瞬間は異常な記憶形態の中にコードされ、何の誘因がなくても意識に現れる。覚醒時にフラッシュバックとして現れることもあり、睡眠中に外傷性悪夢となって現れることもある。一寸した、どうみてもさほどの意味があるように思えない痕跡が外傷時の記憶を呼びさますことがあり、それもしばしばもとの事件そっくりの生々しさと感情的迫力を以って戻ってくる。<br>　こうして、正常ならば安全な環境をも危険と感じるようになることがある。生存者は外傷の痕跡に出会うことはないという保証はありえないと思っているからである。<br>　外傷は、生きのびた者の人生にくり返し侵入することによって正常な発達経路をとめてしまう。<br><br>P53～54<br>　外傷性記憶は<br><br>　・通常の成人型の記憶のように言語によって一次元的な(線形の)物語にコード化されない。<br><br>　・ことばを持たない凍りついた記憶である。<br><br>　・言語による「語り」も「前後関係」もない。それは生々しい感覚とイメージの形で刻みつけられているのである。<br><br>　・イメジャリー(イメージを喚起する作用)と身体感覚とが優位である点と、物語性を欠く点で幼児の記憶に似ている。<br><br>P55<br>　外傷性記憶のこの特殊性の基礎にはおそらく中枢神経系における何らかの変化があるのであろう。広汎な動物実験の結果によれば、アドレナリンをはじめとするストレス時に放出されるホルモンの血中濃度が上昇すると記憶の刻印性が強まる。同じ記憶の外傷性刻印が人間に起こってもおかしくない。精神科医ヴァン・デア・コルクは交感神経系が高度に賦活された場合には記憶においては言語性記銘力が不活性化され、中枢神経系は幼少時の感覚性、映像性(イコン性)形式に戻るのではないかと憶測している。<br><br>P56～59<br>　外傷的場面の再演は児童がくり返すプレイの中にもっともはっきり現れる。<br><br>　再演のすべてが危険なわけではない。その一部はたしかに適応の役に立っている。<br><br>　再演には不気味なところがある。意識的に選択した場合でも不随意感、つまりしたくてやっているわけではないという感じがある。危険でない場合でも、それに駆り立てられ、それはしつこく離れないという性質がある。<br><br>（狭窄について）<br>P61～<br>　人間というものは、完全に無力化され、いかなる形の抵抗も無駄である時には「降伏 surrender」の状態に陥るはずである。自己防衛のシステムは完全に停止する。孤立無援化された人は置かれている状況から現実世界において行動することによって脱出せず、意識の状態を変えることによってそこから抜け出ようとする。これと同じ状態は動物にもみられるところである。攻撃を受けた時に凍りついたような不動状態になることがあるのがそれである。<br>　これらは捕まった餌食が捕食者に対してとる態度であり、戦闘における敗者がとる姿勢である。<br><br>　こういう意識の変化が、外傷後ストレス障害の主要症状の第三である狭窄 constrinction すなわちマヒ numbing の中心にある。危険から逃れられないという状況は、時には、ただ単に恐怖と怒りを誘い起こすばかりではない。逆説的であるが、超然とした心の平静さをももたらすのであり、恐怖も怒りも痛みもその中に溶け込んでしまう。意識は事件を記録しつづけているが、その事件なるものが通常の意味から切り離されているかのように記録するのである。知覚は鈍くなるか歪み、身体の一部の感覚が麻痺するとか（たとえば聴覚といった）個別的感覚が失われるかすることがある。時間感覚も変化することがあって、よくあるのはものの動きがゆっくりになったという感じであり、また体験が＜通常の現実＞という質を失うこともある。その人は事件が自分に対して今起こっているのではなく自分は自分の対外に離脱してこれを眺めているように思うとか、体験全体が一つの悪い夢であって間もなくそれから覚めるはずだと思うことがあるはずだ。<br><br>　このような知覚の変化と結びついて、無関係感、感情的超然(第三者)感、そして、その人の主動性(イニシアティブ)と闘おうとする気概とのすべてを消失させるような深い受け身感とが起こる。この変性意識状態は自然が与えるいささかの慈悲であり、耐えられない苦痛に対する防衛であるという見方もあるかもしれない。<br><br>（外傷の弁証法）<br>P69～<br>　圧倒的な危険体験の後に続く余波期においては、侵入と狭窄という相矛盾する二つの反応が一種のうねりのようなリズムをつくりあげてしまう。この相反する心理状態の弁証法は、おそらく、外傷後症候群の最大の特徴であろう。侵入症状もマヒ症状も、外傷的事件を自我に統合することをゆるさないものであるから、この両極端が交替するということ自体が両者の間に適切な釣り合い点をみつけようとする試みであるという理解の仕方もあるかもしれない。<br><br>　しかし、釣り合い（バランス）というものは、まさに外傷を受けた人が持てない当のものである。外傷を受けた人は記憶喪失と外傷そのものの再体験という両極の間を往復し、圧倒的な強烈な感覚の洪水と全く何も感じないという砂漠のような空白状態との間を往復し、衝動的な苛立ち行動と全くの行動抑止との間を往復する。この周期的交替が不安定性を生み出し、このために外傷を受けた人の将来は予測不能なものでいっぱいになり、自分は孤立無援だという感覚がさらに強まる。だから外傷の弁証法には自己継続性がある。つまり、自分の力でいつまでも自分を存続させてゆく潜在能力を持っている。<br><br>　時が経つうちに、この弁証法は次第に一種の進化を遂げる。初めは外傷的事件の侵入的な再体験が主体であって、被害者は非常に昂奮をかきたてられた状態を続け、新たな脅威に対する警戒準備即応態勢をとる。侵入症状の出現がもっともいちじるしいのは、外傷的事件後数日から数週間の間であって、三ヵ月から六ヵ月のうちにはあるレベルまで下り、それからゆるやかに弱くなってゆく。<br><br>　侵入症状が消退するにつれてマヒすなわち狭窄症状が優勢になる。<br><br>　外傷を受けた人の内的生活と外的活動とを制限するものは陰性症状である。それはドラマを欠いている。その意味は欠けているものの中にある。このため狭窄症状はちょっと見ただけではわからない。また外傷的事件に端を発していることにはもう手がかりもなくなっている。時が経つとともに、これらの陰性症状が外傷後障害のもっとも目につく特徴となるので、外傷後ストレス障害は次第にみすごされやすくなる。<br><br>　外傷後の諸症状は非常に長く続き、また幅が広いので、被害者の恒久的な人格特徴と誤認されやすい。この誤認は高くつく。そうなればその人は外傷後ストレス障害を気づかれないまま、永遠に生活は狭まり、記憶にさいなまれ、孤立無援感と恐怖とにしばりつけられる。<br><br><br>「第三章 離断」より<br><br>P75～76<br>　外傷的事件は基本的な人間関係の多くを疑問視させる。それは家族愛、友情、恋愛そして地域社会への感情的紐帯(アタッチメント)を引き裂く。それは＜自分以外の人々との関係において形成され維持されている自己(セルフ)＞というものの構造を粉砕する。それは人間の体験に意味を与える信念のシステムの基盤を空洞化する。<br><br>　外傷的事件は被害者の持つ、世界の安全性にかんする基礎的前提を破壊する。自己の積極的（肯定的）価値を破壊し、創造された世界の意味ある秩序性を破壊する。<br><br>　世界の中にいて安全であるという感覚、すなわち＜基本的信頼＞は人生の最初期において最初にケアしてくれる人との関係の中でえられるものである。人生そのものと同時に発生するこの信頼感はライフサイクルの全体を通じてその人を支えつづける。それは関係と信仰とのあらゆるシステムの基礎を形づくる。<br><br>P83～84<br>　外傷は親密関係から身を引くようにさせもし、それを必死に求めさせもする。基本的信頼の深刻な破壊と、恥辱感と罪悪感と劣等感が普遍的に存在することと、社会生活の中にあるかもしれない外傷の残りかすを避ける必要と、これらすべてが親密関係からの引きこもりのもととなる。しかし、外傷的事件の恐怖は庇護的な依存欲求を強めもする。したがって、外傷を受けた人は孤立と&lt;他者への不安に満ちたしがみつき&gt;との間をひんぱんに往復する。この外傷の弁証法は生存者の内的生活だけでなく親しい人たちとの関係にも働いている。その結果、強いが不安定な、両極間を往復する人間関係が生まれる。<br>（中略）<br>　外傷を受けた人々は自己の基礎構造にダメージをこうむっている。自分自身への信頼を失い、自分以外の人々への信頼を失い、神への信頼を失う。自己評価は屈辱と罪悪感と孤立無援感という体験によって打撃を受ける。親密関係を受け容れる能力は、欲求と恐怖という矛盾した、しかしいずれも強烈な二つの感情によって損なわれる。外傷以前に形成されていたアイデンティティは修復できない破壊をこうむる。<br><br>P91<br>　外傷を受けた人が家族、愛人、親友に求める情緒的支援にさまざまの形があり、外傷が消退する過程で変化する。外傷直後においては最低限の信頼を再建することが最優先課題である。安全と庇護を保障することがもっとも重要である。取り残されて一人になることを恐れる生存者は同情的な人物が一人でもそばにいてくれることを強く求める。完全な孤立を一度経験した生存者は、危険を前にすれば人間のつながりがすべていかに脆(もろ)いかを強烈に意識している。二度と見捨てられることはないということをはっきりと口に出して保障することが必要である。<br><br>P93<br>　基本的安全が再建されたならば、生存者が次に他の人々の助力を求めるのは自己への肯定的な見方を再建するためである。親密性（甘え）と攻撃性とのバランスをとる能力は外傷によって破壊されており、ぜひとも再建する必要がある。それには他の人々が生存者の近しさを求め距(へだ)たりを求めて動揺する欲求に対して寛容さを示し、また自立と自己管理とを再建しようとする意向を尊重しなければならない。（生存者の）攻撃性がほしいままにほとばしるのを我慢しなければならないというのではない。そのような寛容は実際に非生産的である。結局は生存者の罪責感と羞恥の重さを増すからである。そうではなくて、自分には個人として価値があるのだという感覚を取り戻すためには、誕生後数年間にみられる自己価値感の本来の成長の土台となっていた自立心に対する尊重と全く同じ顧慮が必要である。<br><br>P105<br>　他者と外傷体験を共有するということが＜世界には意味がある＞という感覚を再建するための前提条件である。この過程において、被害者はもっとも身近な人たちだけでなくより広い社会からの援助を探し求める。社会側からの反応がどうであるかは外傷が最終的には解消されるか否かを強く左右する。外傷を受けた人と社会との間の裂け目を修復する作業は、第一に外傷的事件を公衆が正しく認知し評価することであり、第二に社会がどういう行動をとるかにかかっている。ある人が傷害をこうむったということが公的に認知されれば、社会はただちに誰に責任があるかを確定し、受けた傷を修復するための行動をとらなければならない。正しい認識と修復というこの二つの応答は被害者の秩序感覚と正義感覚とを再建するのに欠かせない。<br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 06 Apr 2019 12:36:14 +0900</pubDate>
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<title>詩の翻訳②</title>
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<![CDATA[ <p>『カヴァフィス全詩集』&nbsp; 中井久夫訳 　みすず書房</p><p>&nbsp;</p><p><br>P2　「　壁　」</p><p>&nbsp;</p><p>こころづかいも　あわれみも　恥さえなくて<br>私のまわりを高い厚い壁で囲んだ奴等。</p><p>&nbsp;</p><p>今は腰をおとし　ただ絶望する私。<br>ひたすら考える、魂をさいなむこの悲運。</p><p>&nbsp;</p><p>そとでやりたいことは　山ほどあった。<br>壁をきずかれて気づかなんだ　迂闊(うかつ)な私。</p><p>&nbsp;</p><p>だが気配すらなかった。音ひとつなかった。<br>こっそりと私を外界からしめだした奴等め。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>P21　「　窓　」</p><p>&nbsp;</p><p>うつろな日々をこの暗黒の部屋部屋で送る私。<br>窓がないかとぐるぐる歩く私。<br>一つあいていたらすごい救いだ。<br>しかし窓はみつからぬ。<br>すくなくとも私には見えぬ。<br>みつからぬからよいのかも。<br>光もやはり専制君主だろうし、<br>新しいものは見せてくれるだろうが、<br>その正体はわかったものじゃない。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P120　｢宵闇｣</p><p>&nbsp;</p><p>いずれ長くは続かなかったろう――。<br>永年の経験で間違いない。<br>だが、運命の神の幕引きもいささか慌(あわ)ただしかったな。<br>ずっと消えた素晴らしい生活。<br>だが香りのきつさよ、<br>荘厳なベッドよ、<br>お互いの身体に与えあった喜びよ。</p><p>&nbsp;</p><p>奔放だった日の残響(ざんきょう)。<br>あの日々から返って来るこだま。</p><p>わかちあった若い命の燃えた火のなごり。<br>もう一度手紙を手に取って、<br>宵闇の迫るまで繰り返し読んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それから心悲しくバルコンに出た。<br>出て愛するこの市(まち)を見て、<br>通りや店のちいさな動きを見て、<br>せめて思いを散(さん)じたかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>P122　「感覚のよろこびに」</p><p>&nbsp;</p><p>わがいのちの喜びと香り。<br>望みどおりの喜びをみつけ捉えた思い出よ。<br>わがいのちの喜びと香り。<br>私はありきたりの情事に耽るのを拒んだのだよ。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P139～140　「認識」</p><p>&nbsp;</p><p>私の若かった日々。官能の生活。<br>今　その意味がわかる、明確に。</p><p>&nbsp;</p><p>はかない後悔は無用であった。</p><p>&nbsp;</p><p>もっとも、当時は意味が見えなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>わが若い日の放埓(ほうらつ)な生活だった。<br>詩作の衝動が生じたのも、<br>わが芸術の輪郭が描かれたのも、<br>後悔がその場かぎりだったのも、<br>「止めよう、生き方変えよう」という決意が<br>せいぜい二週間のいのちだったのも、<br>そのためだった――。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P344～345　「私はあそこのベッドに泊った」</p><p>&nbsp;</p><p>あの快楽の館に行ったが<br>表の部屋は通り過ぎた。<br>少しもったいぶって世間通用の愛をことほぐところだから。</p><p>&nbsp;</p><p>私は奥の部屋にずいと入って<br>そこのベッドにねた。泊まった。</p><p>&nbsp;</p><p>口に出来ない、けがわらしいと世間がいう部屋、<br>そういう秘密の部屋に入っても<br>私はけがれぬ。汚れるというようでは<br>詩人、芸術家の資格はあるまい。<br>私はむしろ禁欲者。私の詩はこれこそふさわしい。<br>ずっとふさわしいのだ、<br>ありきたりの部屋で快楽に耽るよりも――。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>P346～347　｢半時間｣</p><p>&nbsp;</p><p>あんたが私のものになってくれたことはなかった。<br>これからもないでしょう、多分。<br>二言三言、僅かの近づき、そう、昨日のバーでのように。　それだけです。<br>悲しいけれども、あきらめてます。<br>でもミューズに仕える私めは、時にはこころの力だけで、<br>身体の悦びにごく近いものを創れることもあるのです。<br>むろん短い時間。<br>昨日のバーもそれでした。<br>アルコールの情けを借りて、<br>半時間、まったくエロス的なひとときでした。</p><p>わかってらしたのだと思います。<br>わざと少し長く残ってくださいましたね。<br>とてもありがたかったです。<br>いくら想像力があるといっても、<br>いくらアルコールの魔法があるといっても、<br>あなたの唇を目にしなければ――、<br>あなたの身体が傍になくては――。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12432092871.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Jan 2019 23:31:28 +0900</pubDate>
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<title>いまを生きることについての記述</title>
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<![CDATA[ <p>『関与と観察』中井久夫著 みすず書房<br>「現代社会に生きること」より</p><p>&nbsp;</p><p>P112～113</p><p>　いつも、自分を取り巻く現実を積極的にリードしてゆき、しなやかな心をもっておのれを動かし人に対することのできる状態、そういう状態はたしかに、誰しもの憧れの的である。<br>　そのような状態を古人は、「馬の上に人なく人の下に馬がない」境地にたとえている。いまのことばで言えば、ボートを漕ぐ場合、手がオールをうごかしているのか、オールが手をうごかしているのか、というたとえになるだろう。思考と意図と行為とが渾然として一体になったこの「人馬一体」の状況は、たしかに昔から夢みられてきた、一つの理想であるだろう。西の現代詩人の一人は、「熟練した漕ぎ手に櫂が応ずるように」(T・S・エリオット「荒地」)と例えている。<br>　しかし、なかなか、実際には、そうはゆかない。同じ詩人は、「観念と／現実との間に／動きと行動との間に／影がおりる／／着想と／創造とのあいだに／感動と／応答とのあいだに／影がおりる」(「うつろな人々」)とうたっている。</p><p>&nbsp;</p><p>P116～118</p><p>　ところで、ビタミンや、アミノ酸製剤や、あやしげな生薬にたよらずとも、たとえば、非常に困難な手術にとりくんでいる外科医や、嵐の海に苦しい操船を続けてゆく航海士や、きわめてこみ入った外交交渉の場にのぞむ外交官や、実験最中の科学者、創作中の芸術家、記録更新をめざすスポーツマン、育種に心をうばわれている篤農家(トクノウカ)、それらは、おのずとさきに述べた、ふだんはあこがれているばかりの高い活動状態にある。昔のことばで言えば、のるかそるかの「正念場」である。</p><p>&nbsp;</p><p>　この状態、極度に醒めていて、しかも精神が集中している状態、身体のすべての細胞が生きてめざめて働いている、とでも表現したくなる状態は、たしかにある。心理学的に十分解明されてはいないにしても、たしかに経験しうるものである。その状態から振り返れば、ふだんの状態の日々は、まるで生きていないも同然とさえ思えるような状態である。偉大な発見や、創作のみならず、歴史に残らないにしても、数多くの決断や行動はそのような状態においてなされてきたし、多くの人々は、生涯に幾度か、そのような決定的瞬間――「人生の星輝く時」(ツヴァイク)を持ち、それを幸福な記憶として回想しているようである。</p><p>　しかし、それは、精神的に｢超健康｣とも言うべき状態であって、決してそのまま永続するものではあり得ない。そうして多くの詩人・作家・芸術家たちが書き残しているように、あたかも、そのような至福な瞬間の代償のように、長く、苦しい不振、絶望、不毛、自己否定の状態―― 一口に言ってスランプの状態に耐えねばならない。</p><p>&nbsp;</p><p>　外科医や船長の場合、その機会は、外界の方から与えられる。しかし、みずから機会を作り出さねばならない芸術家の場合、"スランプ"といわれる状態は、放電のためにまず充電しなければならないように、ほとんど必然的なものであるようだ。「詩人は、経験の蜜をあつめて蜂蜜をつくり出す蜜蜂だ」とリルケは言っている。この間の事情をうたったものが同時代の詩人ヴァレリイの「棕櫚(シュロ)」という詩である。</p><p>&nbsp;</p><p>耐えること、耐えること<br>青空のさ中に耐えること<br>沈黙の原子のすべてが<br>果実の成熟へのチャンスである。</p><p>&nbsp;</p><p>　スランプが必然であるだけでなく、「正念場」の状態も、ひとが夢想するような、単なる「性能のたいへんよろしい時」ではないようである。回想においては甘美であるにしても、その時現在の心境は、眼の前がまっ暗になるような、烈しく苦しい、荒々しい、ぎりぎりのものである。「カッコよく」、「スイスイと」行く状態では決してない。</p><p><br>P148～151</p><p>　もとより、自然にくらべ、他の人間、あるいは労働との関係の前向きの克服はいっそうむつかしいだろう。たとえば、飲み屋での性急な自己吐露に終わったり、新興宗教に加入したりすることが他の人間とのつながりを求めるこころのせいいっぱいの努力の果てであるかも知れない。サラリーマンが、自己の仕事への熱情を語るときも、半ばは、一生懸命自分に言い聞かせているような響きがこもらないでもない。現代の花形とされるサラリーマンも、あるアメリカ作家の表現を借りれば、グレイのフラノを身につけた孤独な現代の騎士である。</p><p>&nbsp;</p><p>　このような状況に直面して、たとえばスポーツは、近代人が意識的に開発してきた、生きがい、あるいは生きがいに似たものを求める方法であるといえないであろうか。たとえば、われわれは、ハイキング――自然の中を歩むこと自体を目的として山や野をさまようことが、意外に新しく、西欧でも十八世紀末、ジャン＝ジャック・ルソーあたりからであるのを知る。そうして次第に、それは意識的なレクリエーション、すなわち、労働の疲労から、自分を回復し、再創造する、という意味を持たされてくる。娯楽をレクリエーションと捉えること自体、仕事がクリエーション、すなわち創造の位置から後退していることを示さないであろうか。たしかに労働時間は近代になって飛躍的に短かくなった。しかし同時に、労働時間は、きっかりその時間分だけ、どんな意味でも自分の時間でなくなってしまうということになった。それは、労働が組織的な高度なものとなったことからの当然の帰結であろうが、それ以上にその労働から人間が「疎外」されていることの現われでもある。ひとの生は、具体的には、日々の二十四時間を「組織」してゆく営みであるが、生のそのような「日々の組織力」は現代では集約的に労働時間を除外した十六時間にむけられる。また逆に、ひとを働かせる立場からみれば、レクリエーションは、「労働力の再創造」であり、現代の政治家が「レクリエーション政策」を云々する理由にもなっている。</p><p>&nbsp;</p><p>　かつて封建制のもとで、祭日が、万人がみずからを主体と感じうる唯一の機会であったように、現代では、スポーツやその他のレクリエーションへの参加によって、自分をみずからの人生の主役と感じる機会を得る。ただ、このような形の主体感は、長い人生をつうじ、日々の行動をとおして、ますます確実な、揺るぎないものとなるよりは、もっと瞬間的、現在感覚的なものである場合が多い。レクリエーションという、そもそもの動機自体が、受身的なものであり、たとえば、近代の意識的に過ぎる労働によって破壊されがちな、人間の意識と無意識との「のびやかな平衡」を取り戻すところに、その第一の役目があるだろう。そうして、その実際の大きな意味は、子どもの「遊び」のもつような人間の本源的な活動へのつながりを取り戻すことではなかろうか。<br>　このような本源的な活動は、脅かされ、歪められながらも、いくつかは、その形をとどめている。そうして、残されたものへと人々の期待はおのずと集まるのである。</p><p>&nbsp;</p><p>　たとえば、愛の現代的な形がそうであろう。かつて、愛は、人生の広大なじゅうたんの中の模様の一つとして、きわだった模様ではあるが、孤立せず、周囲の模様へといつとはなしに移行するようなものであった。現代の典型的な愛のかたちは、一切の人間的なものへの期待を挙げて一人の人格へと投入する形となっている。そのような期待を映しあう鏡となった二人の人格が、他の侵入をゆるさない最後の砦である。きわめて個人的な密室的な状況で相対することが、永続的に生き生きとした人間関係でありうるかどうかは、容易に回答できない問題である。それは現代が人間に強いている巨大な実験であろう。他の何によってでもなく、人間的なものへの期待の一切を殺到させるということ自体によって、現実の愛がしばしば潰乱に導かれることは、日々にみられる出来事である。</p><p>&nbsp;</p><p>　さきに、人間の生を、広大なじゅうたんの模様にたとえたが、おそらく、人生は、性であれ、愛であれ、友情であれ、仕事であれ、一つの事柄だけで支えられるものではなく、世界のさまざまな豊かさのすべてによって担われるもの、――その豊かさを担いつつ、それによって支えられるものであろう。行きずりのささやかな花も、どのような哀切な別れも、世界の豊かさの一部として、それにあずかっている。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12430205977.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Jan 2019 19:31:25 +0900</pubDate>
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<title>詩の翻訳①</title>
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<![CDATA[ <p>リッツォス詩集　『括弧』　中井久夫訳　みすず書房</p><p>&nbsp;</p><p><br>P2～3 「単純性の意味」</p><p>&nbsp;</p><p>私が単純な事物の背後に隠れるのは きみが見つけて下さるようにです。<br>私を見つけて下さらなくても　物を見つけて下さるでしょう。<br>私の手が触れたものに触れて下さるでしょう。<br>私たちのてのひらの跡が重なって一つになるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>八月の月が錫(すず)のポットのように台所できらめいています。<br>（きみに語るためにこういう言い方になるのです）<br>月が人の住まない家に灯をともします。<br>家にはじっとひざまずいている静けさが。<br>静けさとは　いつもひざまずいているものです。</p><p>&nbsp;</p><p>一語一語が入り口<br>出会いへの入り口です。<br>でも出会いはよく取り消されます。<br>ことばが真実な時です。<br>ことばが真実な時とは出会いを求める時ですが。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P7～8 「いつの日か あるいは」</p><p>&nbsp;</p><p>きみに見せたい　あの深夜のバラ色の雲。<br>だが　きみは見ない。　夜ですもの　どうして見えるの？</p><p>&nbsp;</p><p>でも　きみの眼で見てもらうより仕方ない――と彼は言った。<br>きみと私とが　孤独から救われるためには――。<br>私の指さすあそこに　ほんとうは何もないのだけれど。</p><p>&nbsp;</p><p>夜に集まるのは星ばかり。　疲れた星たちは<br>遠出から帰る　　トラックの群衆のようだ。<br>落胆と空腹と。　歌もなく<br>汗ばんだ掌に しおれた野の花を握った人々。</p><p>&nbsp;</p><p>でも　これからもきみを見たい　きみに見せたい――と彼は言った。<br>きみが見なければ　私が見なかったと同じだから。<br>せめて眼で見ないで――と私は言いたい。<br>そうすれば　いつか　きっと会えるだろう　それも思いがけない道すじで。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P39　「ありがとう」</p><p>&nbsp;</p><p>わたしに　ありがとう　といわないで。<br>きみの心臓が　脈を打っていても<br>そうやって　きみの人生の顔かたちをつくっていても<br>きみは　別に　ありがとう　とは　いわないだろ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも　ぼくのほうは　きみに　ありがとう　といいたい。<br>きみの　おかげの　大きさを　わたしが　知らないとでも　思うのかい。</p><p>&nbsp;</p><p>その　ありがとうが　わたしの　歌なのだよ。</p><p>&nbsp;</p><p><br>P135 「遥かなるもの」</p><p>&nbsp;</p><p>ああ　遥かなる　遥かなるもの　届くことなき遠く深きものよ。　受け止めよ<br>沈黙せるその物らをば　あまさず　その非在のうちに。　他の者の非在のうちに<br>近き者よりの危険　近さそのものよりの危険が庭を飾る</p><p>赤・青・黄色の電灯を　約束の夜な夜なにかぶせる時<br>獅子と虎との　半眼に閉ざした眼の檻の中の薄闇に　穿ったみどりが　燐光を放ち<br>年とった道化が　暗い鏡の前で化粧にまみれた涙をぬぐって泣こうとする時</p><p>&nbsp;</p><p>ああ　認められない　静かな者よ　その湿る長い手のきみよ<br>見えない　静かな者よ　貸し借りはむろん　義務さえなくて<br>音楽の支配する　深い不動のうちに<br>空に釘を打って世界を支えている者よ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12429139783.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Dec 2018 09:45:52 +0900</pubDate>
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<title>心の健康についての記述</title>
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<![CDATA[ <p>『「つながり」の精神病理』中井久夫著 ちくま学芸文庫</p><p>&nbsp;</p><p>「精神健康の基準について」より<br>P217～248　(定義部分のみ抜粋し、説明部分は省略)</p><p><br>第一は、分裂（splitting）する能力、そして分裂にある程度耐えうる能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第二は、両義性（多義性）に耐える能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第三は、二重拘束への耐性を持つことである。</p><p>&nbsp;</p><p>第四は、可逆的に退行できる能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第五は、問題を局地化できる能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第六は、即座に解決を求めないでおれる能力、未解決のまま保持できる能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第七は、一般にいやなことができる能力、不快にある程度耐える能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第八は、一人でいられる能力である。二人でいられる能力をも付け加えたい。</p><p>&nbsp;</p><p>第九は、秘密を話さないで持ちこたえる能力で、嘘をつく能力も関連能力であろう。</p><p>&nbsp;</p><p>第十は、いい加減で手を打つ能力である。これは複合能力で、意地にならない能力とか、いろいろな角度からものを見る能力、特に相手から見るとものがどう見えるかという仮説を立てる能力――相手の身になる能力――が関連している。若干の欲求不満に耐える能力とも関係してくる。</p><p>&nbsp;</p><p>第十一は、しなければならないという気持ちに対抗できる能力である。</p><p>&nbsp;</p><p>第十二は、現実対処の方法を複数持ち合わせていることである。</p><p>&nbsp;</p><p>第十三は、徴候性へのある程度の感受性を持つ能力である。対人関係を読む能力は徴候性を感受する能力と関係している。</p><p>&nbsp;</p><p>第十四であるが、予感や余韻を感受する能力であり、過渡的な現象に不意に直面することを回避するためにもだが、この世界を味わいのあるものにする上でも重要な能力だ。</p><p>&nbsp;</p><p>最後に、第十五、現実処理能力を使い切らない能力がある。あるいは使い切らすように人にしむけないことである。</p><p>&nbsp;</p><p>ある状況下では、独語する能力も精神健康上プラスの意味を持つことを以前に述べた。</p><p>&nbsp;</p><p>ほんとうは妄想能力も一つの能力かもしれない。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12425547724.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Dec 2018 23:53:58 +0900</pubDate>
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<title>心的外傷についての記述</title>
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<![CDATA[ <p>『徴候・記憶・外傷』中井久夫著 みすず書房<br>「トラウマとその治療経験」より</p><p>&nbsp;<br>P109～P110</p><p>&nbsp;&nbsp; 心の傷の特性は何よりもまず、生涯癒えないことがあるということであろう。八ヵ月で瘢痕治癒する身体の外傷とは画然とした相違がある。<br>　 おそらく、これは脳の、そして心の特性の一部である（脳と心は紙の裏と表のようなものだ。密接だが決して出会わない）。記憶の中でも、古型の記憶は三歳以後の成人型記憶よりも強固に同じ形を保ちつづける(覚醒剤中毒者のフラッシュバックも頑固に同一である)。</p><p><br>&nbsp;&nbsp; ただし、外傷夢では多少の置換や象徴化が起こりうるのは、爆発に吹き飛ばされた兵士の「戦場夢」が戦場を離れた落下や圧倒の夢に変わることからわかる。昼間意識よりも夢作業力から回復するのは鬱病、統合失調症と同じであって、夢のほうが少ないエネルギーで働くなどの理由があってのことであろう。外傷的事件の強度も、内部に維持されている外傷性記憶の強度もある程度以下であれば「馴れ」が生じ「忘却」が訪れる。あるいは、都合のよいような改変さえ生じる。私たちはそれがあればこそ、日々降り注ぐ小さな傷に耐えて生きてゆく。ただ、そういうものが人格を形成する上で影響がないとはいえない。</p><p><br>&nbsp;&nbsp; しかし、ある臨界線以上の強度の事件あるいはその記憶は強度が変わらない。情況によっては逆耐性さえ生じうる。すなわち、暴露されるごとに心的装置は脆弱となり、傷はますます深く、こじれる。素質による程度の差はあるかもしれないが、どのような人でも、残虐ないじめや拷問、反復する性虐待を受ければ外傷的記憶が生じる。また、外傷を受けつづけた人、外傷性記憶を長く持ちつづけた人の後遺症は、心が痩せ（貧困化）ひずみ（歪曲）いじけ（萎縮）ることである。これをほどくことが治療戦略の最終目標である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;&nbsp; ～中略～</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;&nbsp; 私は、解離を抑圧や同一視や置き換えや昇華と同じ水準の防衛機制とみなすべきではないと考えている。それは、退行と並んで、自我の一元性が不明瞭で自己身体像が断片的であった幼少児期、私のいう古い型の記憶の時期に発する機制であって、その時期では生理的・適応的な割合が大かもしれないが、成人においても非常時には呼び出されるのであろう。私は重大な手術の「インフォームド・コンセント」の場に親族として医師の身分を秘して立ち合った時、一見平静に聞いている患者が解離としての離人症状態にあったことをまざまざとみた。「全くひとごとに聞こえた」と患者は語り、その間は現実感がなかったと言い添えた。<br>&nbsp;&nbsp; 解離という機制は圧倒的な脅威の事態を「ひとごと」にすることによって、無益で危険な損壊行動を止めさせ、事態を凌ぎやすくする。拷問、虐待そしておそらく死の場合にも駆けつけてくれる救済者であるが、将来まではおもんばかっていない。</p><p><br>P103</p><p>&nbsp;&nbsp; 外傷的事態は、しばしば「語りえないものをあえて語る」ために、ストーリーは一般に、現象中の写真のように、もやもやしたものが少しずつ形をとってくることが多い。ここで、治療者があせってはよくない。好奇心が先に立つようではすべては失われる。治療者内面の正義感はしばしば禁じ得ないが、治療の場の基底音としては、むしろ、慎ましい「人性（あるいは運命）への静かな悲しみ」のほうがふさわしいだろう。外傷はすべての人に起こりうることであり、「私でなくなぜあなたが」（神谷美恵子）とともに「傷つきうる柔らかい精神」（野田正彰『戦争と罪責』）への畏敬がなくてはなるまい。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/rinzab/entry-12419743909.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Nov 2018 21:38:50 +0900</pubDate>
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