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<title>マークＫのブログ</title>
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<title>健康・省エネシンポジウムＩＮ大阪に参加してみた</title>
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<![CDATA[ シックハウス規制が最初に折り込まれた平成15年の建築基準法改正は大阪在住の一人の歯科医師の働きかけから始まったことはあまり知られていません。<br>新築された住宅で自分とお子さんなどご家族がアレルギー症状に悩まされるようになり、大阪府に問い合わせたことがきっかけでした。<br>普通なら自分の家族の範囲で留まるところですが、その一人の医師は行政を動かし、大学を動かし、医師会や官僚、国会議員まで巻き込みながら大きなムーブメントを起こします。一本の問い合わせ電話からわずか３年で、シックハウス対策のための建築基準法改正施行までこぎつけました。<br>そして、同じ医師（上原理事長）が起点となって、再び大きなムーブメントへの取り組みが始まっています。<br>ポイントをまとめてみます。<br>・健康被害は有害物質だけでなく、住宅の断熱性能も大きく影響している。<br>・年間では冬に死亡が多く、特に断熱性の低い住宅で高くなる。（断熱性能の違いによる死亡率の差は有意差がある。）<br>・断熱性能の低い気候の暖かい地方ほど、冬期の室内気温が低く、死亡率が高くなる。<br>・断熱性能の低い住宅では、浴室やトイレなどの死亡率が高い。<br>（ヒートショック現象が起きやすい。）<br>・冬期の断熱性能の低い住宅では、居住者の行動量が減少し、使われない部屋などが増加する。（生活範囲の狭小化と行動量減少による健康状態の悪化）<br>・日本の住宅性能は欧米と比較して、断熱性能の基準そのものが低い。<br>（日本の北海道水準がヨーロッパでは普通の水準。次世代省エネの更に上のレベルが必要）<br>・特に心臓疾患、脳梗塞などの循環器系への影響が大きい。<br>このまま、現在の断熱レベルで住宅が増加すれば、健康に悪影響のある住宅が増加することになる。断熱性能を推進する政策を行えば、医療費負担の軽減につながり、行政の財政負担も結果的には軽くなる。<br>最近は太陽光など設備による省エネが推進の核になっているが、断熱性というパッシブな対応は、建築時のコスト負担を受け入れれば、省エネ設備のような更新コストやメンテナンスコストを負担する必要がなく、費用対効果が高い。<br><br>・その一方で、国に政策策定を働きかけるには、多くのエビデンスが必要である。<br>そのための来年度へ向けて、調査予算の予算要求が行われ、全国規模での調査が実施される予定である。<br><br>・今年の２月には「健康・省エネ住宅を推進する議員連盟」が超党派で設立されている。これに呼応して地方の「健康省エネ住宅推進協議会」の設立が進んでいる。（山口、高知、長崎、大阪、北海道、広島、愛知、岐阜、静岡、栃木など）<br>断熱性と健康の間に統計的に証明されたエビデンスが提供されれば、住宅建設において高断熱住宅の普及が一気に進むようになっていく。<br>このような調査が現実に実施されれば、世界でも類を見ない大規模で、精度の高い研究成果となる。<br><br>高断熱住宅が快適で、健康にも良いことは誰もが理解するところだと思いますが、どの程度の断熱性能が、疾患の低下に貢献するのかという科学的・統計的に明確な根拠が示されることにより、費用対効果が明確になり、その結果として日本や世界で作られる住宅が健康に配慮されたものになっていきます。<br><br>こういう動きが、ひとりの個人からでも起こせるということそのものが驚きでした。<br>個人で費用を負担したり、休日返上で取り組むなど、エゴを越えた上原理事の活動に多くの人が共感し、活動を支援しようとしています。ソーシャルマーケティングのモデル事例がここにあります。私もわずかではありますが、何か貢献できればと思ったシンポジウムでした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rm-createskk/entry-11609193295.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Sep 2013 09:27:09 +0900</pubDate>
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<title>消費税のことを考えるとやはり鬱々になる</title>
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<![CDATA[ 今日、私の会社の会計事務所の担当者とも話していたが、消費税が増額されると我々のような人件費比率の高い労働集約型の中小企業は、まともに利益を引きはがされる。<br>小さな会社ではあるが、消費税は半期で１３０万円支払っている。これが、８％になれば、２００万円、１０％になれば２６０万円を半期に納付することになり、これは現在の利益水準からも支払える額ではない。<br>本当に立ちゆかないと判断したら、従業員を全員個人事業主にして、請負体制にしていくしかないのではないだろうか。給与を上げるどころではない、消費税が上がったからといって、クライアントの予算がその分増えるわけでもない。<br>本当に致命的な状況に陥る会社が多く出るのではないだろうか。<br><br>朝日放送の「朝まで生テレビ」で消費税について、日本の叡智が議論していたが、どうしても腑に落ちない。<br>消費税が増額されることの意味は、国＝官僚が中小零細企業と金融資産をわずかしか持たない庶民に対する支配力を高めていくための手段として強化されていくということである。<br>大企業や金融資産の多い層は様々な優遇策の中で、低負担で高い社会サービスを受け取っている。<br>社会階層が下であるほど、自由度が低く、所得も正確に把握される構造になっており、経済規模も小さければ、社会からのリターンも少ない。（生活保障はちょっと別物）<br>既に国民所得の３９％は税金や社会保障費と言われるが、消費税という間接税が加わったり、勤めている会社の負担している社会保障費や法人税を含めると、すでに最終負担者である給与所得層の負担割合は５割を越えているだろう。<br>つまり庶民の生活は半分以上官僚に支配されている。そしてその支配は増税によってさらに強化されようとしている。<br>このままでは国民が間接的な奴隷状態になる。<br>高い負担率の北欧はよく比較されるが、これは支払った税金が国民福祉に回り、低い所得でもそれほど不安に思うことはない。つまりお金が回っているから成立している。日本の場合は増税分は借金の返済に回し続けなければならないのだら、増税したからといって支払った人に回っていくわけではない。<br>日本は官僚が予算を振りまき続け、その権力を守るために税金という原資を増やしていこうとする。<br><br>これからは定年退職しても年金だけでは生活できなくなるだろう。しかし人間の平均寿命のうち1／４以上の期間を不労所得としての年金で賄うこと自体に無理がある。平均寿命が８０歳だとしたら、７２歳までは働くようになっていないと年金構造は持たないだろう。一方でＩＴ化や巨大な生産力で単純労働が減少していくなか、高齢者が就労し続けられること自体が難しくなっている。<br>社会保障の増加→年金納付額と税金の増加→官僚による経済支配の強化。そういう循環の行き着き先は５％の支配層と９５％の奴隷層という極端に二極化された社会ではないだろうか。<br>消費税増税によって、中小零細企業は益々赤字体質に陥る。<br>消費に対するブレーキもかかっていく。<br>大衆層全体の消費が拡大しなければ、景気の回復もない。富裕層の気まぐれ消費が増えただけで、景気回復とはしゃいでみても、それが社会を支える力にはならない。新興国の成長が経済成長の源泉といっても、それは国際的に通用する企業の話だし、就労機会は海外で生まれるだけである。<br>最近の若い人には浪費癖のあるひとが少なくなっているが、こういう社会の閉塞感を本能的に嗅ぎ取っているのではないだろうか。<br>政治がポヒュリズムによって支配される構造下で、政治に根本的な構造改革など出来るはずはない。<br>つまり日本社会はこのまま突き進むしかないので、制限された自由度の中で、ほとんどの企業は運営していくしかなくなる。無駄を削り、精度の高い投資をし、付加価値を生み出せる人材に絞り込んで企業を運営していくという基本的だが、ほとんどの企業にとっては過酷な試練がこれからずっと続いていくのだろう。能力のない支配層を現場が忍耐で支える構図は戦争をしていた頃の日本そのものだなぁと思う。問題はここまで財政赤字が拡大したことにあるのに、その責任は誰も取らない構造になっているのも戦時中そのままである。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rm-createskk/entry-11605963409.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Sep 2013 17:54:58 +0900</pubDate>
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<title>僧帽弁形成手術顛末記</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/40/18/j/o0800060012658520866.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/40/18/j/t02200165_0800060012658520866.jpg" alt="マークＫのブログ" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/46/0c/j/o0800060012658520865.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/46/0c/j/t02200165_0800060012658520865.jpg" alt="マークＫのブログ" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/9b/91/j/o0800060012658520864.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130823/16/rm-createskk/9b/91/j/t02200165_0800060012658520864.jpg" alt="マークＫのブログ" border="0"></a><br><br>異常が始まったのは、５月４日。<br>ゴールデンウィークの後半ではあったが、販売支援しているヒラメの商品の撮影をしていた。こういう生ものの撮影というのは、時間との勝負なので、多少体調が悪くても動かすことが出来ない。調理もからんでいたので、よけいにピンポイントでの撮影が必要だった。<br>異常を感じだしたのは、呼吸困難からだった。なんとなく息苦しい。<br>いつものスピードで歩けない。<br>そのうち、血の混じった痰が出だす。<br>汚い痰というより、濁りのないきれいな血痰という感じ。<br>きっと喉か気管支が炎症を起こしているのだろうと思い、市販の風邪薬を飲んだ程度で治るだろうと高をくくっていた。それでも息苦しさは増していく。いつもなら薬を飲んで２時間もすれば、通常の体調に戻るはずだった。でも、息苦しさや赤い痰は止まらないどころか、だんだんひどくなっていく。でも重い病気なら、痛みがあったり、熱が出たりするはずだが、自覚症状としては息苦しい以外になんともない。<br><br>５日なると息苦しさが本格的になり、血痰の量も増えていく。<br>初めての経験で不安になってきたので、休日診療センターに電話してみる。<br>「ちょっと息苦しいのですけど‥‥」<br>「そういう症状で来られても診療できないので、いくつか診療している病院を紹介しますから、そちらに連絡を‥‥」<br>その病院に電話してみると、「呼吸器系の医師がいないので、診察は難しい」、「ちょっといま患者が多いので」等々、どこも診てくれる気配がない。<br>このとき始めて、病院にとって患者がお客さんというよりは、むしろ迷惑な存在であることがあることを理解する。<br><br>写真の撮影も残っていたので、たいがいのところで諦めてしまった。<br>夜になって寝ようとすると、今度は横になると苦しく、体を横にすることができなくなった。おまけに肺の部分を指で押すと、「グチュグチュ」と音がする。<br>後で聞いたことだが、心臓の疾患の場合、横になると血が心臓に戻るため心臓の負荷が高まり、苦しくなるそうである。回りの人が横になって苦しいといったら、これはまず心臓なので、すぐに救急車を呼ぶべきである。<br>翌６日も少し仕事が残っていたので、ゼーゼー良いながらも仕方がないのでこなしてしまい、ようやく午後に終わったので、もう一度病院を探し始めた。<br>行政の窓口ではらちがあかないので、直接片っ端から電話を掛けたものの昨日と同じような反応で、ようやく淀川キリスト教病院に連絡して始めて「来て下さい」と言われたときは正直ほっとした。<br>取りあえず、この状況の原因はこれでわかるはず。なんと言われることやら。<br>体は取りあえず動くので、タクシーを拾って一人で乗り込んだが、息はかなり苦しく、少しずつ、ゆっくり呼吸しながら、たどり着いた。<br>病院の休日診療窓口にはすでに３０人近い人がいて、これは数時間待たされるかも知れないとけっこう暗い気持ちになったが、問診票に「息が苦しい」とだけ書いてだすと、直ぐに診察室に入るように言われた。<br>心臓の病気の場合、診療を待っていたり、搬送先を探すうちに手遅れになることも多いらしい。一番に診察室に入れたのは、受付の人や担当医が適切に判断してくれたお陰である。<br>診察室で、直ぐ血中酸素濃度を指で測る機械をつけられる。<br>８７くらいの値。こちらはその数字が何を意味しているのかはわからない。<br>「これは苦しいやろ」と医師がいい、「こっちに来なさい」といって、救急治療室（のような場所）へ連れていかれ、色々な器具でいっぱいの診療台を指さして、ここに横になりなさいと言われる。「いきなりすごい部屋だなぁ」と思う。<br><br>ここから事態は急転直下に動き出す。<br>診療台に乗せられると、上しか見えない。当たり前だが、初めてのことなので、こんなに回りの状況が分からなくなるものかと驚く。天井と照明器具の視界に、時々医師や看護師がのぞき込んで話す。<br>直ぐに酸素吸入器を装着され、診療台に乗せられたまま、おそらく病院中の検査機械に掛けられた。レントゲン、ＣＴ、ＭＲＩ、エコー検査。<br>病院といえば、ひとつ検査するのに随分時間がかかる印象があったが、最優先で処理するするとすごいスピードで進んでいく。<br>体にはみるみるいろんな管がついていく。<br>採血やら、血管確保のためのカテーテル、だんだん針を刺されることにも慣れてきた。<br>こうなるともう動けない。だんだん観念してくる。<br>服装はまだ私服姿のままである。<br><br>ある程度検査が進んだ段階で、当直の医師が、「これは多分心臓だね。このまま入院になるから」と言われ、衝撃を受ける。<br>正直、「あれもこれも悪いと言って、一稼ぎしようとしてるんじゃないか」とか思ってしまう。「心臓が悪いなんていままで言われたことがないし、心臓は痛くも、苦しくもないじゃないか。」ここまで来ても、まだ状況を受け入れることができない。<br>こちらの意志確認もそこそこに医師は、「一般病棟でベッド開いていますか？」と問い合わせしている。<br>「ベッドは空いているみたいだから。」、<br>「はぁ。帰れないんですか？」<br>「それは無理。」<br>後から考えれば、ベッドが空いていたこと自体幸運である。無くて搬送と言われていたら、今頃どうなっていたかわからない。<br>続いて尿道カテーテル。そのまま尿道に管を差し込まれるわけで、麻酔もなにもないので、そういう痛い。看護婦さんに掴まれて、ポンと入れられ、「あぁ、コレは駄目だ。」とあきらめがついた。<br>「家の人に連絡してください。しばらくベッドから出ることは出来ません。」と言われる。<br>ほんの数メートル先のトイレに行くことも許されなくなる。<br>どうも最重篤状態らしいが、この時はまだ自分でうまく状況が掴めていない。<br>酸素吸入器を付けられたのも始めてである。1分間5ml。やたら喉が渇く。<br>翌日はＧＷ開けで、たちまち東京への移動の予定である。また、他のアポイントも沢山いれていたので、なんとかしないといけない。<br>とにかく家族に連絡して、パソコンやらモデムを持って来て欲しいと依頼した。<br>いったいこの先、自分が何日ここから動けないのか、さっぱりわからない。<br>「とりあえず３日は無理だな。」<br>病室から出られないので、電話もできず、通信手段はメールのみという状況になった。<br>このときの体の状況を後から聞くと、心臓は負担で通常の倍の大きさにふくれあがり、肺は水浸しで、レントゲン写真が肺中真っ白という状況だった。<br>医師からは、「もう少しで心停止していたね」といわれ、病院が見つからないまま、東京に移動としていたとすると、東京駅で死亡なんてことになりかないところだった。実際そうやって死んでいく人も多いらしい。<br><br>心臓の病気の中でも、心筋梗塞は直ぐに苦しくなるので比較的分かりやすいと思うが、弁膜症は、ある程度心臓の方がカバーしようとがんばってしまうために、本人にはほとんど自覚症状がない。<br>慢性の弁膜症の場合は、心臓弁から血が漏れて、心臓に負担かかかり、徐々に心臓が肥大化していくというプロセスを経るため、健診でも見つかりやすい。<br>今回の場合は急性で、いきなり心臓の僧帽弁という肺から入った血液を、体中に押し出すという最も重要な弁（もしくはそれを支えている腱索）が急に切れたことが原因であった。<br>まったく何もなく、切れるということはないでしょうから、ある程度、切れる予兆のようなものはあったのかもしれない。しかし、慢性であれば、心臓の肥大化という症状が現れるが、今回の場合はそのようなこともなく、健診でも心臓に関して何らかの疾患があるという診断を受けたことは一度もないままだった。<br>健康な人でも、多少は逆流しており、程度問題だそうだが、私の場合は５月４日に急に何かの原因で、弁（もしくは腱索）が大きく切れ、いきなり逆流を始め、それをカバーするために心臓が必死にがんばっていたことになる。<br>こちらはそんなこととは知らずに、市販の風邪薬なんか飲んで、「治らんなぁ」とかいっていたわけだから。怖い話です。ほんとにこういう無知な人間が、つまらないことであっさり死んでしまう。<br>入院した翌日に、心臓のエコーを撮りながら、説明された。<br>エコー検査では、正常な方向の血流は赤に、逆流している血はエコー青く表示される。<br>心臓内部の映像が、鼓動の度に青くなる。<br>「これはかなりきつい逆流ですね。心臓手術が必要です。外科の先生に来てもらいましょう。」といきなり言われます。「はぁ、心臓手術？」。<br>私は、手術もおろか、入院すらしたことがなかった。<br>心臓手術と言われてもまったくイメージが涌かない。<br>「しばらく、内科的な方法で症状の回復を図ります。それで回復しなければ緊急手術ということもあります。」と言われる。<br>とにかく何の精神的、事務的な準備もないわけだから、どう反応していいかもわからない。<br>とにかく、簡単に退院という状況ではないことだけが、理解出来た。<br><br>数日間入院して治療を続けるうちに、肺の水が抜けていき、息苦しさは改善していった。<br>血の逆流は続いているものの、肺の機能が回復し、心臓の負荷が軽減することで、心臓の大きさも、かなり元に戻っていった。<br>もし緊急手術ということになっていたら、失敗する確率がかなり高くなっていたそうである。<br>体は回復し、徐々に管なども取れていく中で、今度は手術へ向けた具体的な準備が始まる。その過程で、心臓カテーテル検査を受けましたが、これはかなりきつい。<br>１時間程度のことだが、麻酔は挿入する手首部分だけなので、カテーテルが動く感覚が有り、心臓まで届いていることもなんとなくわかる。自分が精神的にパニックならないか、不安だったが、なんとか落ち着いて乗り切ることができた。その後に手首を締めて、止血するのですが、これがうまく行かず、一晩中手首を締められて痛くて眠れなかったことが、正直入院中一番こたえた。<br><br>私は全く病気に対する知識がなったために、ネットから必死に調べた。<br>手術がどういう手順で行われるのか、リスクはどの程度か、患者として何をすべきか。<br>考えていると頭か冴えて、夜眠れないため、毎晩睡眠薬をもらっていた。<br><br>手術の内容は担当の莇（あざみ）先生から、２時間程度も詳しく説明していただき、理解できた。（莇先生は手術が決まってから、退院するまで、毎日のように顔を出して、励ましてくれました。患者思いの熱い医師です。本当にいい病院、いい医師、いい看護師さんに恵まれました。淀川キリスト教病院については、また別の機会に書きたいと思います。）<br>統計的に失敗するリスクは５％程度ということ。<br>でも、自分の心臓が一度、血管と切り離され、心臓自体も切開され、また縫い合わして元に戻すというのは想像できません。<br>とにかく死ぬかも知れないが、死ぬこと自体は考えるのをやめて、自分のできるこに集中することにしました。そういう精神状態になるには随分時間かかかりましたが、もう考え尽くした感があったので、手術の日の朝は淡々と準備するだけになっていました。<br>この頃には同じフロア内なら病院内の移動が自力でできるようになっていので、看護師さんに付き添われて、歩いて手術室へ行く。<br>淀川キリスト教病院の手術室は、自動車レース場のピットのように、いくつもの手術室が集中して並んでいる。その物々しい雰囲気の中を、点滴の器具をごろごろ言わせて歩く。自分は手術着のみで、他は何も着ていない。いつも携帯やらパソコンやら、道具と一緒のことが当たり前の身には、この裸一貫というのは、何とも心許ない感じがした。<br>自分の手術室に入ると、医師や看護師さんが８人くらい。「はい、台に上がって」と言われる。自力ではしごを登り手術台に横になります。よく怖じ気づかなかったと上がった時には少し安心しました。やがて人工呼吸器から、さわやかな感じの麻酔薬が送られ、意識は無くなっていきました。<br><br>手術は順調に５時間ほどで終了し、ＩＣＵからは翌日には出来ることができた。<br>その後は回復すればいいだけですから、多少苦しさや痛さがあっても気楽なものです。順調に回復し、手術から２週間後に退院し、退院後５日後には仕事にも復帰していました。<br><br>今回の経験で３つことが分かりました、<br>一つ目は<br>・人は死ぬときは簡単に死ぬこと<br>その原因の多くは自分の状況が分かっていないことにあること。<br>私は５月４日に発症し、呼吸困難と血痰が出る状態にありましたが、ＧＷ期間中で医療機関にかかれず、自己判断で風邪薬を飲んでしのいでいました。<br>もう１日遅れていたら、かなりの確率で死亡するリスクが高くなっていました。ここほんの２年間ほどで、私の知っている４０代の女性が３人無くなっています。<br>私は今回の件があるまで、手術も入院もしたことはありません。<br>自分が死ぬことを自覚するまでは、まだ２０年程度はあるだろうと高をくくっていました。<br>しかし、死ぬことはけっして遠い、遙か先のことではなく、誰でも、いつもすぐ隣にあることだということがよくわかりました。<br><br>・人はなかなか死なないということ<br>状況が正確に把握され、適切な処置がされれば、人はほとんどの場合死ななくなっている。<br>心臓を取り外し、切開して、縫い付けて、また戻すという手術をしてもその２日後には歩くことが出来ました。また、その手術も輸血無しで行うことができました。<br>現代の医療技術は、なかなか人は死ななくなっています。自分自身の状況と、医療機関との適切な協力があれば、人はなかなか死にません。<br><br>・人とつながることで、救われる<br>出会った医師、看護師さんにも単なる仕事以上のものをもらいました。<br>入院中にフェイスブックにいただいたメッセージにも、支えられました。<br>病室から一歩も出られなくなったときに、それでも自分とつながってくれている人がいるということは、とても大きな安心感につながるものです。<br>ひょっとすると信頼できる人たちとつながることが一番　健康のもとであるのかもしれません。<br><br>
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<pubDate>Fri, 23 Aug 2013 16:09:31 +0900</pubDate>
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