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<title>ぺこきゅあのブログ</title>
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<title>徒然草</title>
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<![CDATA[ 【本文】<br>筑紫に、なにがしの押領使などいふやふなる者のありけるが、土大根をよろづにいみじき薬とて、朝ごとに二本ずつ焼きて食ひけること、年久しくなりぬ。ある時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来たりて囲み攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、皆追い返してげり。いと不思議に覚えて、「日ごろここにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ。」と問ひければ、年ごろ頼みて、朝な朝な召しつる土大根らに候ふ。」と言ひて、失せにけり。深く信を致しぬれば、かかる徳もありけるにこそ。<br><br>【訳】<br>筑紫に、なんとかという押領使のような職についていたものがいたが、この男は、大根を、万病によく効く薬だと思って、毎日二本ずつ焼いて食べていたことが、長年にわたった。ある時、館の中に人もいなかった隙をねらって、敵がおそってきて、取り囲んで攻めた時に、館の中に武士が二人あらわれて、命を惜しまず戦って、敵を追い返してしまった。この男はたいへん不思議に思ったので、「ふだんここにいらっしゃるど見えない方々が、このように戦いなさるとはどのようなお方ですか。」と尋ねたところ、「長年信頼して、毎朝毎朝召し上がっていた大根たちでございます。」と言って、姿を消してしまった。深く信仰につくしたので、このような徳もあったのであろう。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/rnpcblg/entry-11629477067.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 17:05:16 +0900</pubDate>
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<title>出で映えすべき歌のこと</title>
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<![CDATA[ <br>【本文】<br>建春門院の殿上の歌合に、関路落葉といふ題に、頼政卿の歌に、(都にはまだ青葉にして見しかども紅葉散りしく白河の関)と詠まれ侍りしを、そのたび、この題の歌あまた詠みて、当日まで思ひわづらひて、俊恵を呼びて見せられければ、「この歌は、かの能因が『秋風ぞ吹く白河の関』といふ歌に似て侍り。されども、これは出で映えすべき歌なり。かの歌ならねど、かくもとりなしてなむと、いしげに詠めるとこそ見えたれ。似たりとて難ずべきさまにはあらず。」と計らひければ、車さし寄せて乗られける時、「貴房の計らひを信じて、さらば、これを出だすべきにこそ。後の咎をばかけ申すべし。」と言ひかけて出でられにけり。そのたび、この歌思ひのごとく出で映えして勝ちにければ、帰りてすなはち悦び言ひ遣はしたりけるぞ。「見るところありて、しか申したりしかど、勝負聞かざりしほどは、あいなくこそ胸つぶれ侍りしに、いみじき高名したりとなむ、心ばかりは覚え侍りし。」とぞ俊恵は語りて侍りし。<br><br>【訳】<br>建春門院主催の法往寺院で行われた歌合の際に、「関路落葉」という題に対して、頼政卿の歌に、(都ではまだ青葉でみていたのに、はるばるやってきてみると、すでに紅葉が一面に散り敷いている白河の関であるよ。)とお詠みになりましたが、そのとき、この題の歌をたくさん詠んで、当日まで思い悩んで、俊恵をよんでおお見せになったところ「この歌は、あの能因の『秋風秋風ぞ吹く白河の関』という歌に似ております。しかし、これは引き立つに違いないと思われる歌です。あの歌と同じではありませんが、このように見事に歌を仕立てあげることができるものだと、巧みに詠んだ歌だと思われしました。似てるからといって非難すべき風体ではありません。」と判断したので、牛馬をそばに寄せてお乗りになったとき、「あなたの判断を信じて、それでは、この歌をだそうと思います。以後の責任は負っていただきましょう。」と話しかけてお出かけになった。その時、この歌が思ったとおり見栄えがして勝ちになったので、帰るとすぐにお礼の言葉をいいおくりなさったということだ。「見どころがあるので、あのように申し上げたけれど、勝ち負けを聞かないうちは、むやみに胸がつぶれて心配でしたが、素晴らしい面目をほどこしたのだと、心のうちでは思ったことでした。」と俊恵は語ってくれました。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/rnpcblg/entry-11621131024.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2013 04:57:22 +0900</pubDate>
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<title>やまと歌は</title>
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<![CDATA[ <br>【本文】<br>やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出だせるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力をも入れずして、天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。<br><br>【訳】<br>和歌は、人の心を種として、様々な言の葉となったものだ。世の中に生きている人間は、身の上に出来事が多いものだから、心に思うことを、見るもの聞くものに託して和歌に表現するのである。花に鳴く鶯、水に住む変蛙の声を聞くと、ありとあらゆる生き物の、どれが歌を詠まなかったか、いや、詠まなかったものはない。力を入れないで天地を動かし、目に見えない恐ろしい神霊にも感動的だと思わせ、男女の仲も親しませ、獰猛な武士たちの心も和ませるのは、和歌である。
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<link>https://ameblo.jp/rnpcblg/entry-11621127020.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2013 04:48:57 +0900</pubDate>
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<title>秋のけはひ</title>
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<![CDATA[ <br>【本文】<br>秋のけはい入り立つままに、土御門殿のありさま、言はむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりのクサむら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。やうやう涼しき風のけはひに、例の絶えせぬ水の音なひ、夜もすがら聞きまがはさる。御前にも、近う候ふ人々、はかなき物語するを聞こし召きつつ、なやましうおはしますべかめるを、さりげなくもて隠させ給へる御ありさまなどの、いとさらなることなれど、憂き世の慰めには、かかる御前をそこ訪ね参るべかりけれと、うつし心をばひきたがへ、たとしへなくよろづ忘らるるも、かつはあやし。<br><br>【訳】<br>秋の気配が深まるにつれて、藤原道長邸の様子は言いようもなく趣がある。池のほとりの梢や、遣水の近くの草むらは、それぞれに一面色がついて、あたり一面の空も優美で風情があるのに引きたてられて、昼夜の絶え間ない読経の声もいっそうしみじみとした情緒が増すことだ。しだいに涼しくなる風のそよめきに、いつもの絶えることのない遣水の音が、夜通し入り混じって聞こえている。中宮彰子におかれても、おそば近くにお仕えしている女房たちが、とりとめもない話をするのをお聞きになりながら、ご気分が悪くていらっしゃるに違いないようなのに、何気ないふうに取り繕っていらっしゃるご様子などが、ほんとうにいうまででもないことではあるが、辛いこの世のなぐさめとしては、このようなお方をこそ擦っしてお仕えすべきだったのだと、日頃の心をすっかり変えて、たとえようもなくすべてをしぜんとわすれてしまうのも、一方では不思議なことである。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/rnpcblg/entry-11621125040.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Sep 2013 11:52:45 +0900</pubDate>
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<title>なげきつつひとり寝る夜</title>
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<![CDATA[ 【本文】<br>九月ばかりになりて、出でにたるほどに、箱のあるを手まさぐりに開けて見れば、人のものに遣らむとしける文あり。あさましに、見てけりとだに知らせれむと思ひて、書きつく。<br>(うたがはしほかに渡せるふみ見ればここやとだえにならむとすらむ)などと思ふほどに、むべなう、十月つごもりがたに、三夜しきりて見えぬ時あり。つれなうて、「しばしこころみるほどに。」など、気色あり。これより、夕さりつかた、「内裏にのがるまじかりけり。」と出でつるに、心得で、人をつけて見すれば、「町の小路なるそこそこになむ、とまり給ひぬる。」とて来たり。さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二日、三日ばかりありて、暁がたに門をたたく時あり。さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。つとめて、なほもあらじと思ひて、(なげきつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る)と、例よりはひきつくろひて書きて、移ろひたる菊にさしたり。返りごと、「あくるまでもこころみむとしつれど、とみなる召使いの来あひたりつればなむ。いとことわりなりつるは。げにやげに冬の夜ならぬ真木の戸もおそくあくるはわびしかりけり」さても、いとあやしかりつるほどに、ことなしびたる、しばしば、忍びたるさまに、「内裏に。」などと言ひつつぞあるべきを、いとどしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。<br><br>【訳】<br>九月ごろになって、兼家が帰って行ったときに、文箱があるのを何の気なしに開けて見ると、女のもとに送ろうとした手紙が入っている。驚きあきれて、見てしまったということだけでも知られたいと思って、書きつける。<br>(疑わしいことです。よその女にお渡しになろうとしている手紙をみると、こちらへのお渡りは途絶えてしまうというのでしょうか。)などと思っているうちに、案の定、十月の末ごろに、三夜続けて姿の見えないときがある。何食わぬ顔をして、「しばらく試しているうちに三日ほど経ってしまった」などと思わせぶりなことを言う。ここから、夕暮れがたに、「宮中にどうしても避けられない用事があった」と出ていくので、言ってやるすべもわからないでいるうちに、二日、三日ほどして、夜明けの頃に門をたたく音のするときがあった。兼家が来たのであるようだとおもうけれども、気が進まなくて門を開けさせないでいると、例の家と思われる方にいってしまった。早朝、このままでは済ましておけないと思って、(なげきながら一人寝る夜が開けるまでの間は、どれほど長いものであるかおわかりになるでしょうか。)と、いつもよりは取り繕って書いて、色の褪せた菊に挿した。返事は、「夜が明けるまででも戸を開けてくれるまで待ってみようと思ったけれど、急な召使いが来合わせたので、全くごもっともでございますよ。本当におっしゃる通りですよ。冬の夜は明けずに辛いものだが、その冬夜でもない真木の戸も、なかなか開けてもらえないのは辛いことですね。」それにしても、気が知れないほど平気で通って来るのは、しばらくの間でも、こっそり隠している様子です、「宮中に急用で参上した」などといって取り繕うのが当然であるのに、いっそう不愉快に思うことが、果てもなく続くのであったよ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/rnpcblg/entry-11620565245.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Sep 2013 19:54:45 +0900</pubDate>
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