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<title>route-1966のブログ</title>
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<title>北方国の王とは-1</title>
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<![CDATA[ <p>平家が壇の浦の戦いに敗れて明治維新まで、貴方の見えざる手でこの日本国を統治したことを、戦後いち早く気付いた集団がいたことは、いまだにこの国のいい意味で足枷となっており,右も左も、ある意味国家全体を啓蒙するに能わず、いまに至っております。平家物語がいまだに悲哀をもって吟じられ、SF小説並みの義経の獅子奮迅戦闘シ-ンはほとんど語るに忍びない、この国の主権者の交代をマンガチックにすることで真実を闇に葬ったのです。</p><p>&nbsp;平清盛が如何にうつけものであっても頼朝兄弟を殺さず伊豆へ島流したこと、平家軍が大井川で鳥の飛び去る音に驚いて逃げ帰ったこと、壇の浦でこともあろうに天皇もろとも入水したこと、その後義経が兄、頼朝に疎まれ平泉まで落ち延びたこと、その後平氏である北条家が執権職に就き蒙古軍を撃退し（　＾ω＾）・・・兎に角華々し過ぎると思いませんか？普通に考えても義経の超人的な行動は現代の戦記物アニメを想像させますね。そもそも頼朝と義経は本当に兄弟なのだろうか？応仁の乱は特別としても、壇の浦の戦い、関ヶ原の戦いとも一日持たず決着がついている。潮の流れも、小早川軍の裏切りも出来過ぎてませんか？関ヶ原の戦いでの西軍のシフトは完璧すぎます。完璧であるが故にあのような結果を招いたのでしょうか？筋書きどうりに行かないのがこの世の中と言いますが、故にこのような歴史の結果に我々は目を奪われがちです。歴史書は勝者の歴史をのちに糊塗を重ねてつくりあげたと言われるはずです。</p><p>　ところで征夷大将軍と云う称号は何でしょうか？信長や秀吉はこの武家の棟梁の称号を贈られることなく亡くなりました。と云うよりはそんな称号を蔑視してたかのようです。太政大臣、右大臣、関白などという摂関家に直結する称号を得ることに奔走しました。清盛も信長も倭の棟梁だからです。一方源氏系の武士は代々征夷大将軍を継承することになります。本来の【日本国】の棟梁への称号だからです。我々がこの国の地域の呼称によく東国、西国などと言いますが、もう一つ北方国？ていうかそれは現在の沖縄列島から戦前の樺太辺りまでを貫く線状の国ですが、太古の昔より存在したということです。征夷大将軍の夷は実は西国から見た方向ではなく、その時々の権力者にとって国を貫く非征服国だからです。　だからこそこの国の民族的葛藤を自然にあたかも単一民族に見える同化政策も頷けます。</p><p>　おそらく今の栃木県界隈の人であった家康公も何処かで松平の性を名乗り、いつの間にか大大名にのし上がったのでしょう。その家康公も亡き後、日光東照宮を建立し、神となってまでこの国を治めようとしたのも分かるような気がします。現在の日本国は当時完全に家康の支配下になかったからです。西国、東国の他に、天皇家の霊域が及ばぬもうひとつの国家、もう一人の王が君臨していたからだったと言っていいでしょう。</p><p>　過って倭国とは朝鮮半島の南部も含めた地域を指していたと言われています。天智天皇、豊臣秀吉、明治政府など倭の棟梁達の半島での戦役はいわいる内戦とも呼べるものではないでしょうか。この国の単一民族的隠蔽はこのようなかたちで実は綻びを見せているのです。その最大の綻びが先の大戦かと思います。倭の政権にとっては朝鮮併合など侵略行為などと思ってはいなかったでしょう。たぶんいま流行りの西郷どんにしても然りではないかと思います。戊辰戦争で東北地方の諸藩が最後まで戦い抜いたこと、北海道を最後の地に選んだのも全て辻褄が合ってきます。最後に伊達政宗が家康公にとってつねに警戒すべき大名であったことは、政宗が北方国の存在を知る家康以外の唯一の人物だったからではないでしょうか。</p><p>　そして過ってのヤマト政権に敗れたとされる出雲大社が未だに伊勢神宮を凌ぐ神々の統帥であることも補足しておきます。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/13/route-1966/48/0b/j/o0640048014151186245.jpg"><img alt="" height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/13/route-1966/48/0b/j/o0640048014151186245.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>、</p>
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<pubDate>Fri, 09 Mar 2018 14:04:36 +0900</pubDate>
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<title>2018年初妄想　倭国大乱</title>
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<![CDATA[ <p>　妄想だから何書いてもＯＫかな？</p><p>&nbsp;</p><p>では、旧倭国と旧日本国が統一されたのは戊辰戦争以降、明治時代になってからだ、からはじめよう。最初の統一神話、卑弥呼の所在地も旧倭国の話に過ぎない。恐らく現在にいたっても旧日本国の歴史は闇の中に葬られている。蘇我入鹿誅殺以降、日本書紀に書かれた歴史書は、旧倭国の歴史書であり、桓武朝時代に旧日本国が旧倭国を一時的？ながら征服したことなど、なかったことになっている。その時初めて日本国の名称が使われたのだと思う。しかしながら多民族の興亡の果て、武家の時代になって事は明解になってくる。平泉の藤原氏とはだれか？そこで育った義経が平氏を滅ぼしたと云う筋書きは作者のやもうえなき暗号では？桓武平氏、清和源氏の源流は桓武朝の被征服者としての天皇家の系統維持のため歴史書として糊塗を重ねた結果もたらせたものに過ぎない。旧日本国【東北王朝】とでも呼んだらいいのかな、その勢力は琵琶湖のほとりまで来ていたと言われている。元々日本と云う名称は福島以北のことを指している。</p><p>　</p><p>　戦国時代の不可解な事象・信玄と謙信は京都から遠い川中島で何故死闘を繰り返したか？徳川軍が上杉攻めを止めて関ケ原へ兵を引返した時、何故上杉軍は徳川軍を殲滅しなかったのか？奥羽越同盟は何故最後まで幕府のために戦ったか？</p><p>信長、秀吉は簡単に京都を占領し、将軍職を継げたはずが朝廷の冠位を選んだか？薩長土肥軍は何故首都を京都ではなく、東京に定めたか？等々　ここから見える事は、もしかしたら信玄、謙信とも京都なんぞに興味がなかったのでは～出自不明の家康が何故江戸に幕府を開いたか？東照宮、東照大権現として自ら神になったか？その当時神を唱えられるものは天皇家だけだったはずだ。確かに旧日本国の王の影がちらつく？薩長土肥連合が天皇を東京へ鎮座させることで日本国は旧倭国による統一を果たしたことになる。</p><p>&nbsp;</p><p>　何故北条家が最後まで執権職のままだったか？平清盛はみずから神戸を都にしようと思ったか？そもそも”征夷大将軍”なる冠位は何を意味し、源氏の流れを汲まなければならなかったのか？</p><p>&nbsp;</p><p>妄想夢から覚めた。（笑）</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 12:35:36 +0900</pubDate>
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<title>As a matter of fact that town has disappeared-3</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;相変わらず古ぼけたままの駅に降り立つ。真正面にそびえるカムイ・ヌプリだけがこの街の尊厳だ。昨日降った淡雪が路面に薄っすらと広がっている。50年ぶりの街は過去の記憶を消し去るに十分な変貌を遂げている。ふと降り立った駅が違ってはいまいかと振りかえった。腰のまがった老婆が前方を横切って行く。これが俺のまぎれもない故郷だ！50年前降りしきる雪のホ-ムを後にした光景が昨日のように思い返された。”おれもそのうち東京へいくからな～身体に気をつけてな”それが友の最後の言葉だった。日本の高度成長期の真っ只中で、すでに地方の市町村は消滅への序奏をかなで始めようとしている頃の話だ。当時自分も含めてこの街の人々はそのことに気がついていなっかただろう。首都の一極集中が轟音と共に俺たちを否応なしに巻き込んで、この国の姿を変えていってることを～</p><p>&nbsp;宗雄は沖縄からこの町の鉱山に監督・技師として派遣されてきた過去がある。温厚な立振舞いからは、鉱山で朝鮮人や中国人を監督指揮していたとは思えなかった。が終戦1年前に千島守備隊に召集され、戦後ソ連に抑留された。シベリアでの過酷な労働に耐え昭和26年？頃復員してこの町に戻ってきた。自分の父親もシベリア帰りだったのでよく家にきては当時の話をしていた記憶がある。復員まもなくは二人は抑留の話は全くしなかったらしい。アカのレッテルをはられるのが怖かったからだろう。当時日本に返還されていない沖縄人がこの町へ戻れたいきさつは知らないが、やがて30年代の労働組合のある諍いから宗雄はこの町を去ることになる。ある疑いをかけられ、沖縄というだけで周りから追放されたようなものだった。自分の父は宗雄をかばったが母が諌めた、家族のために～宗雄は娘を連れて去っていった。昭和30年も終わりのことだ。</p><p>&nbsp;我々は幻の国体を喪った代わりに祖国も喪った、というより元々”祖国”などというものが感傷的な意味を除けば存在無きものではなかったか？戦後のこの国の人々の変貌ぶりがそれをものがったてはいないか？三流の民族意識、自虐的な差別主義者が横行するこの国を胸張って祖国と呼べるか！素知らぬふりして国土はしだいに失われていく。消滅市町村にやがては補助金すら降りなくなるだろう。祖国のために、身を粉にして再建のために働いた者もやがては老い、死んでいく。次世代の政権が新国家を作り直すだろう。日本国と云う国名はあってもわれわれの望んだこの国はもはやわれわれの国家では無い。</p><p>　北朝鮮を国際社会の一員として非難するのもいいが、喰えない武器をいくら買ったて国際社会の笑いものだ、アメリカの属国だから仕方がない事だが、その売国奴に天誅すら下だすことも、その気概もないらしい。かって国家独立のための激情はどこに潜んでしまったのか？60年代,70年代の学生運動？に組みするものではないが、あの頃確かに火は熾き続けていたことは確かだ。有力政治家が襲われる事件もあった。暴力を肯定しようとは思わないが、確かに我々国民が生きていた証拠はあったのだろう。この地球上の最高形態はグロ－バリズム的発想にはいたってない、国家こそが組織的にも情緒的にも最高形態であることは間違いない。世界連邦など100年経っても幻想だ！</p><p>　街はずれの路地角に懐かしい喫茶店が見えた。おやじは元気でやってるかな～”やあ！50年ぶりだね～いやぁたまげたなぁ、今何してるの？東京へ行ったんじゃないのかい？そうだよあれからず－と東京にすんでるよ。いまは家族にとって東京が実家さ。おやじの頭の毛もだいぶ薄くなったね！あたりまえだべさ、いくつになったとおもってるのさ”　かってあった周りの店のことなど話し込んだが、借金苦で自殺しただの、みせを閉めて生活保護受給者になったとか～でもその後ほとんど亡くなった話ばかりが続く。昔からお喋りなマスターだから話半分としても、この町も相当疲弊しているのが分かる。この町で生き生きしてるのは、やはり役所の人間ばかりだ。どの消滅市町村も補助金の分配のために役人がいて、その補助金で給料を貰っている。法律にのっとて～</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 09 Dec 2017 14:00:06 +0900</pubDate>
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<title>As a matter of fact that town has disappeared-2</title>
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<![CDATA[ <p>故郷を追われた者も、金のたまごと呼ばれた者も、少なからず志をもって上京した者も、いまや老いの身、都会の片隅で余生をおくり、二度と故郷へ帰ることはない。まあ片隅で余生を送れる人は幸せな人生かもしれない。激動の社会を身を粉にして働き続け見事に首都の一極集中化に貢献してきた人々のことだ。もう不毛の大地があちらこちらに点在していることも、画像をとうしてしか知りえない。あるのは国家の繁栄に僅かばかりの貢献をしてきた、という自負だけだ。これから消滅しようとする地域はもはや国家の範疇にも入っていない。それらが自分達の故郷であれば悲しいことだ。　この国は戦後一貫して民族、国家と云う幻想の足枷の中で育てられてきた。外国移民を極端に排除する性癖は、自らがかってこの列島に移民として定住した過去をものがったている。国家とは　国土と国民と統帥権限（軍事部門、行政部門）から成り立っている、と思われる。世界中でこの範疇にない国家があれば教えて頂きたい。（あくまでも自己申告だが～）</p><p>&nbsp;</p><p>あの大震災の教訓は国家としてのこの国の将来の展望を示した。国家として護るべきものが原発であり、その地域の住民ではないことを。消滅市町村はやがて核のゴミ捨て場となろう。どのみち老いて死んでいくものに、明日のない土地にしがみつく若者もやがて消えていくだろうから。古代からこの国は身内？に対する差別、排除の混濁のなかで生き延びてきた。必要のないものは当然消滅させねば自らが危ういし、（国家を支配する者が誰であれ）、戦争に負けた、と云う意識すらしだいに薄らいでいく国民性はすでに国家など必要なきものかも知れない。果たして現状の統帥権限で国家の周辺国土を守れるだろうか？領土と引き換えに、そこに住む住民共々、強者におもねり自らの存続のために売り飛ばす覚悟だけはあるかもしれない。沖縄も、北海道も補助金漬けのままいつまで領土として守っていけるだろうか？この首都東京周辺においてすら老い、と病い、と、消滅の危機が迫ってるというのに～</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 21 Nov 2017 13:23:35 +0900</pubDate>
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<title>As a matter of fact that town has disappeared-1</title>
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<![CDATA[ <p>カムイ・ヌプリの頂きにも10月だというのにうっすらと雪が覆いはじめた。北国の冬ははやい。この国のそこかしこに消滅市町村が現実となっているのに、不平不満も怒りも、何事もなかったかのように人々はその土地に同化したままだ。もはや記憶を掘り起こしていくところから、全てがはじまる。政治の貧困がこの国のかたちを大きく変えていく、とは言いたくない。何故ならこの国の人々にとっては、始めから民主主義なぞ持ち合わせていないからだ。　”あの人に限って悪い事するはずないよ”　”挨拶もちゃんとしてるし真面目なひとだよ”　この情緒がこの国の政治を動かしている。選挙に勝ちたければこの情緒をしっかりつかまえることだ。しかしながらこの情緒がいとも簡単にひっくり返され、憎悪となって襲いかかる。村八分的に故郷を追われ、二度と故郷の土を踏むことがかなわない人々を知っている。矮小化された情緒や憎悪はとくにこの消滅市町村の特徴だ。かってのアイヌの血（とは言っても何世かしらないけど）を引く娘は、貧しさ故に学校に弁当ももってこれず、クラスメイトのいじめにあっていたね。（いじめはいまでもどこにでもあることだけど）おまけに父親が漁協の不正会計に加担したとか噂がながれ、逃げるようにしてこの地を去っていった。父親達漁師の活気に満ちていた昭和20年代を最後に、この浜辺に打ち上げられた廃船群も昭和40年代にはきれいさっぱり撤去されていた。かってこの町は大手企業の社宅が軒を連ね活気に満ちていた。ひとつ先の棟の西のはずれに、その娘の家があったと記憶している。”みよちゃんは沖縄だからね”沖縄返還がいつだったか忘れたけど、昭和30年代始めはまだアメリカの占領地だったはずだ。いわれない差別が、幼かった自分達もあの矮小化された閉鎖的な人々の眼差しに引き裂かれた。【そもそもこの国はいったいだれのものだ】古代日本人に関する問題はひとまず置いておこう。戦争に破れ、人々の心まで破壊してしまった戦後の日本はいまだ70年たっても本当の意味で独立してはいない。一見人の良さそうなこの国の情緒を利用して政治は動いてる。勤勉な国民性は時として自分がいったい何者なのか？それすら問うこともなく為政者の思う方向に流されていくだけだ。ある詩人の言葉を借りよう。”われわれはまだ祖国を持つには早すぎる。われわれは世界の乞食ではないか。われわれのポッケトの中はからっぽである””日本には中途半端なところから始めてよいものなどひとつもないのである。すべてのものを徹底的に第一歩から築いていかねばならない。焼け残ったものは焼き払うべきである。すべて廃塵のなかから始めるべきである”と。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 06 Oct 2017 15:03:22 +0900</pubDate>
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<title>新宿三丁目のマドンナ</title>
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<![CDATA[ <p>1971年も過ぎると革命運動もどきの喧騒も下火というか、過激派を除けば全くなりを潜めた。２年前の新宿が嘘のようだ。東口中央通リには人があふれ、行きかう男女の姿をみても時代が変ったのだ、と思わせた。マドンナsho-koは16歳！その頃彼女は遠く日本海を臨むかの地で沈む艶やかな夕日を見ていたにちがいない。時折波輪が夕日に煌めいて、オリエンタル風なエキゾチックな彼女の横顔を際立させた。彼女は高校を卒業したら東京へ行くと決めていた。そしてしだいに過疎化する故郷の空を見上げながら虚しさをつのらせていた。この時代首都東京や大都市を除けば地方都市は疲弊し始める。より安い労働力、安い輸送費、コスト削減の激烈な競争が地方を疲弊させ、首都圏の一極集中がはじまる。1974年マドンナ19歳、新宿3丁目の居酒屋が最初の出会いだった。最初に2丁目辺りをうろつき始めた頃はまだ戦後間もないイメ－ジがそこらじゅうにあった記憶がある。1970年頃「千鳥街」が道路拡張のため狭い路地に消え、ゲイの店が現れ始めた頃だ。確かになにかが変わり始めた頃と言っていい。</p><p>マドンナ&nbsp;sho-koは変わりつつある三丁目の街にあって、古い匂いも併せ持った娘であった。彼女の面影が迫りくる夕闇に淡い一筋のオ－ロラとなって糸を引いては消えた。</p><p>&nbsp;</p><p>　みんな彼女を一目見ようと集まった。居酒屋”ℛ”はなかに入りきれず数人が外で飲んでいたのを憶えている。カウンターの中でsho-koはてきぱきと仕事をこなし、その仕草しぐさに客は目をこらした。何人もの男が言い寄っては、さり気なくかわされていった。みんな彼女がどこに住み、どんな生活をしているのか想像し始める。高度成長期とはいっても、やはり一部の人々に恩恵は限られており、市井の多くはまだまだ慎ましい生活をしいられていたといってもいい。sho-koも上京しこれといった仕事を探していたが、彼女の容貌が職場の色々な面倒事を引き起こして、いつからか”ℛ”で働くようになったという。単身東京へ出てくるには覚悟もあったろう。まだ19歳、オシャレがしたい年頃だ。</p><p>地方から東京に出てきた若い女の子らしく、当時はやりのロングブ-ツを履いていたのを憶えている。しかし彼女はどちらかと言うと地味な印象のほうが容姿に磨きをかけていたように思えた。</p><p>かえって地味なところが男達の哀感をさそっていたのかもしれないね。男達はsho-koをいつの頃からか新宿三丁目のマドンナと呼ぶようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;戦後の闇市の流れをくむ路地裏の過っての酒場〝街”のあたりまできて俺は立ちすくんだ。すっかり変貌をとげた路地裏は跡形もなく全てを消し去ってしまっていた。いったい俺たちは何のためにあの時代を生きてきたんだ、いったい俺たちに何が出来たと言うんだ。呟く意味すら拒まれ背中をはぎ取られ、一枚の風となって俺がここにいる。思いがけなくかっての仲間に会えるかも知れないなどと淡い期待も、しだいに混雑する通りで行きかう男女の喧騒にかき消された。1970年代後半から1980年代にかけてsho-koを取り巻いていた連中はいまはどうしているのだろう？あっけない歳月のながれの中で、俺はあどけない笑みを浮かべた彼女の面影を抱いて亡霊のように、或いは異星人のように人々の間を通り抜けていった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 15 Sep 2017 16:26:59 +0900</pubDate>
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<title>光と影-3</title>
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<![CDATA[ <p>アメリカの銃社会を想像してもらいたい。周りの家が皆銃を携帯し、一軒だけが銃の携帯を拒否されていたとする。しかも周りの家々の住民による圧力によって！あなたならはどう思いますか？それが閉鎖的な村落であればあるほど恐怖は増していくね。人間の人格ほど怪しいものはないから、いつ銃をもって襲われるか不安でホント自分なら寝てられないよ～</p><p>　</p><p>　何処かの国の話に似てない？国際社会が連携して？の国際社会って何処の国々の事。正解は欧米先進資本主義国の事です！じゃ日本や韓国は？まず完全な独立国じゃないとだめじゃないの？いいんです、アメリカと歩調合せてる国はその仲間とみなします。</p><p>&nbsp;</p><p>　北朝鮮を擁護するつもりはさらさらないが、1950年代末期に沖縄に1300発と言われた核弾頭を持ち込んだアメリカは当然中国や北朝鮮に標準を定めていたはず。（当時北朝鮮はその対象にもならなかったはずだが）、ソ連の崩壊が起こり、ベルリンの壁が撤去され、盟主を失った北朝鮮が核を持つことで自国を護る必然性は理解しなければならないのでは？アメリカはキュ－バ、リビア、イラク、イラン、かっての日本等対外的な闇をつくることで生き延びてきたと同時に内なる自国の闇を葬むってきた。プ－チンがいみじくも北朝鮮は草をかじっても核を手放さない、と言及したが然りである。どのみち崩壊が待ってるだけだから～</p><p>　戦後日本と云う国はアメリカの核の傘のもと、軍隊を持たぬ平和国家を売り物に国際経済のなかで一応繁栄を遂げてきたと云われる。アメリカの光の部分の一部であるために！そのためなら沖縄も北海道も簡単に売り渡すだろう。或いは核を半ば公然ともつに違いない。過ってのような世界の闇にならないため。その為にも戦後の民主主義はこの国の為政者にとってこれ程都合のいい制度はなっかたはずだ。マッカーサーが戦後日本人の精神年齢に言及したことを忘れてはならない。自国の闇の存在すら忘れたこの国を待っているのはまさに崩壊である。しかもみんなそれに気ずかずにね。</p><p>　</p><p>　およそ独裁者なるものは制度は別にして基本民主主義から生まれる。この国のように巨大な闇の存在がかって独特な為政者を生み出したとしても、民主主義以外から選ばれることはない。社会主義国家も制度はともあれ民主主義を究極の理念としている。帝政が倒れ、ワイマール憲法下の理想的な環境からヒットラーのナチスが生まれる。熱狂的な民衆の支持をうけて最も民主主義的な政権が”独裁”である。当時の状況をとやかく解説する前に歴史として認めよう。一方スタ－リンは？同じく民主主義的方法で選出された”独裁”である。専門家の解説は後回しにして言うと、愚民は独裁を好む、方程式は間違ってない。自分達愚民は日々の生活のなかで自分の影に怖れ、人間関係の社会的な闇を怖れる。（冒頭の銃社会の話を思い起こしてほしい）もし北朝鮮の次の政権が民主主義的に選出されたなら、間違いなく第三次世界大戦だろう。かってイギリスのチャ－チルが（平和主義者が戦争を起こす）と言ったことを我々は忘れてはならない。民主主義的に国民からえらばれた政権は自国民を護るため戦争をも厭わない、だから危ない！まだ北朝鮮のように世襲のほうが国際社会にとって救いである。世襲とは自らの闇を背負ったものをさすから～やばくなったら過っての欧州の国王らのように財産をかかえて亡命すればいい。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本の国防予算がうなぎ登りだね。イ－ジス・アショア～なんだそれ？北朝鮮が数十発かなにかしらないが核弾頭を持っているからと言って、それを理由に国防費の大幅な増額、笑えるね。国内の闇が廃れてしまっているからやりたい放題だね。何故なら民主主義的に選出された政権だから我々は文句は言えない。まして国際社会の一員だしね。そして今過ってのこの国のように、経済制裁を科せられて追い詰められたものがどのように行動するか？専門家の皆さんよく考えてほしい。世界は産業革命の時代から何も変わってないのでは？東西冷戦は本当に終ったのか？中東地域で起きてる様々な事象はどう理解すればよろしいか？闇は無限だし、かつ広大だ。すでにこの世界を闇が飲み込む勢いなのに、光の皆さんはいっこうに理解しないようにしてるとしかおもえないね。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 13 Sep 2017 15:46:25 +0900</pubDate>
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<title>光と影-2</title>
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<![CDATA[ <p>市井の人々も日々光と影の中で生きている。戦後餓死者をだすつらい状況のなかで、本当の復興者は闇市や闇社会といわれる中にこそいたと思う。光の部分たる行政は何が出来たろう。立派な人もたくさんいたはずだが、闇に微かに浮いている明かりでしかなかった。しかし高度成長期を迎えてこの国は変わる。自分達の影の部分をあえて否定する事で、戦後をアメリカ流民主主義の力で生きて行こうと選挙の投票日には恭しくネクタイを締め出かけて行った。まるで何事もなかったかのように！</p><p>　1970年冬だった？と思う。三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊員のヤジと嘲笑の中で自刃した。あの映像を今もなお忘れられない。戦後葬り去った闇をはっきり見た時だ。護国の鬼と化し、昭和の太平を切り裂いたあの行動を美化するつもりはないが、逆に闇は深く眠らされることになる。この国の平和と安全は光と影でなく、民主主義と云うへんてこなものによってもたらされると云う哀れな別の神話が出来上がったのだ。現在一握りの為政者によって光と影が利用されている。民主主義とはそうゆうものなのだ。背中のない男でも書いたが、1000億単位の税金がいとも簡単に為政者の勝手な判断でばらまかれている。まあ何をいっても影までにぎられた人々に抵抗力はない。ただ指をくわえて自分達の稼いだ税金を上納しているだけだ。しかも自分達で選んだ議員だから文句も言えまい。</p><p>&nbsp;最初から築地の再開発計画は決まっていたんだよ。市場は豊洲ってことで！建築かじった人なら地下空間があるのは当たり前のこと。選挙かなんか知らないけど、どれだけ金使ったら満足するのかね？かって日本で最初のオリンピック（幻に終わった）開催が決定した時当時の東京市が江東区の枝川地区に朝鮮人を強制移住させた。運河ひとつ越えれば豊洲地区だ。その豊洲地区も空襲でやられ多くの日本人がこの朝鮮人部落に押し寄せたそうだ。枝川地区は埋め立て地の一角だ。当時埋め立て地域は東京市の闇の部分だったんだろう。だが民族的対立どころか、逆に助けられ命を繋いだ日本人が多いと聞く。現在の高層ビルの林立するこの一帯の闇の時代の話だ。だが闇は無くなったのだろうか？築地の再開発、市場の豊洲移転をこの闇と関連ずけて語ることはタブ－とされているに違いない。</p><p>　この国の職業的、産業的身分制度は永い光と影のなかで独特なものなのだ。もし生き物を屠殺し、生血を扱う場が最下層の闇の領域だとすると、豊洲地区への移転がまたしてもオリンピックに関連付けられて脚光を浴びることとなる。過っての朝鮮人の強制連行とともに！</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170909/16/route-1966/1c/33/j/o0800060014023562377.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170909/16/route-1966/1c/33/j/o0800060014023562377.jpg" width="620"></a></p>
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<pubDate>Sat, 09 Sep 2017 16:12:29 +0900</pubDate>
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<title>光と影-1</title>
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<![CDATA[ <p>世界も国家も一人の人間もみんな光と影の部分があるよね。でないと生きてはいけない存在なんだよな。古代からこの国も南北に光の部分では分断されているが、影の部分では複雑に交差しながら存続してきたと思う。光から闇は見えずらいけど闇からは光の部分は良く見えると思えば、気付くこと多いよね！古代倭国（日本）では飛鳥京、平城京、平安京の外は魑魅魍魎が徘徊する闇の世界だった。闇が国都を取り巻き監視していた。だから京の為政者、庶民も理由無き暴挙には出ることは自分の首を締める事になることを知っていた。清盛も義満も信長もなぜ皇位につけなかったか？武力で闇を支配することは不可能なことを知っていたからじゃないのかな。神社、仏閣、道祖神、地蔵尊等々みんな影の部分だから、国を治めるには影を敬わなくてはならなかったんだよ。北国の蝦夷も京に攻め上ることは可能だったけど、影者が光の部分に変わったらどうなるか分かっていたから断念したんだと思う。この国のつつましさはこの光と影によって培われたものだ。ただ家康は東照宮を造営して影を封じ込めようとしたからこの国の掟にひびが入ってしまったね。鎖国までして！皇道は廃れ、光だけの国にしようとしても、ちゃんと江戸庶民は調和とってくれていたんだよ。長い武家政治の影であった庶民が光の部分に台頭し、更に新たなる影、というか闇の部分を自ら創造する事で、やがて明治維新を迎えることになる。この頃には東北地方もほぼ日本国として同化され、内なる影のちからが弱まり、西欧的な国家権力が国内を統一し、影を求めて清国や朝鮮へ出兵する事になる。これが光と影の戦争起源論だ。（秀吉が朝鮮へ出兵した時のように）</p><p>　　話しを古代に遡ると闇の世界のオンパレードだね。大王同士の権力争い、皇位継承の史実もじつは闇と闇の争いといってもいい。乙巳の変、壬申の乱にしても何か内輪争いのように日本書紀で書かれているけど、権力対権力、民族対民族の壮大な戦争だったのではないか？しかしこの国は勝者が敗者を影として温存したことからややこしくなる。というか影を造ることで国の節度と均衡を保つ伝統があったのではないか。もっと言わしてもらうと、本当の最高権力者は闇の世界の大王（皇位）だったからじゃないか？昭和20年8月15日戦争継続賛成派も反対派も一般庶民も皆その言葉にひれ伏した。内乱が起こり暴動が起こり国家消滅の危機もあった国家全体がその一言で沈黙した。内なる闇が厳然として存在した証左だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 04 Sep 2017 15:04:06 +0900</pubDate>
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<title>背中のない男-3</title>
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<![CDATA[ <p>2017年＊＊月＊＊日遂に日本の中枢が攻撃された。大都市の破壊は想像を絶するものだった。恐らくシュミレ－ションでの建造物、インフラ等の破壊は予想されたものであったが、東日本大震災の時と同じく被災者の心理面が予想をはるかに上回る速度で混乱と消耗を深めた。</p><p>（もちろんフィクションではあるが）この国の災害に対する処理能力は福島の原発事故をみてもわかるとうり、現地の構造を理解しないまま政治的手法で責任問題として処理しようとする。</p><p>あれがもし首都の中枢だったらどうだったろう？この国の指揮命令系統など一瞬にして破壊されているだろうから、責任問題などぶっ飛ぶはずだ。（稲田を見ればわかる）</p><p>　　自分が懸念しているのは、東日本大震災以降の国家行政の対応が現地に寄り添うというより、深めるべき絆をオリンピック等で利用してしまったことによる反感、絶望、また東北地方だからあの程度で済んでよっかた発言！（どう言い訳しようが、内地から東北をみる歴史的本音であった）により先の大戦の敗戦直後とは違った様相を呈するに違いない。いまや国家の神話は通用しない。国家権力が大多数の国民は戦後生まれだってことを忘れてなければいいが～北から南までこの国？は数千年の時を経て分断されてきたことを忘れてはいけないしもはや国体の神話など復活するわけがない。この国を統治する根幹が神話に頼ってきたことを今更ながら深く反省すべきである。多民族国家、多神教国家を幾千年支えてきたのは稀に見る同化政策、支配側の歴史観であった。</p><p>　　近い将来我々は分断されたこの国を見ることになる。内地政権は交付金等で周辺地域を保守しようとしているが、沖縄などを見てわかるとうり、ますます依存から抜け出さないようにしているとしか思えない。しかし前にも書いたように物言わぬ人々だから漠然と従ってるわけじゃないことを肝に命じるべきである。交付金、補助金等に間接的にしかあずからない民間企業、一般民衆の疲弊はどの地方の行政の施策ももはや国民として受け入れていない。そもそも内地の中枢が攻撃された時、それらの人々はかれらを救う余禄が心身共にあるのであろうか？飽きずにどんどん建造しているね～オリンピックも近いことだし、数千億円、数兆円をつぎ込んでどんどんやればいい。税金だから怖くない？そろそろ日本の官僚も一億紙幣を製造することを考えなきゃ。</p><p>　　つねずねこの国の行政に携わる政治家に聞いてみたいことがあった。（仮定の話）として、沖縄を中国が占領下においた場合、北海道をどこかの国が占領下においた場合、（アメリカの存在をひとまず置いとくとして）本土の軍隊も国民も一丸となって奪還にくるだろうか？この質問を多分一笑にふすひとがどれくらいいるかだが？地方から出て来て勉学に励み、努力してこの国の中枢担う官僚なった人間だって多いはずだ。その故郷が存亡の危機にある時、彼等は立ち上がるだろうか？</p><p>　　講和条約が結ばれ、それぞれの地域が州みたいなものとして独立を果すかもね。先の大戦と同じく本土は安堵されるに違いない。戦いらしい戦いもなくね。もしかしたらこの国の分断を至極当然に思う世代が支配的な世代になっているかも。そうして背中のない男たちはこの都会の片隅で微かに生きずいてはいるが、もはや国家の屑でしかない。新しい国造りは多分そのような男達ではないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 23 Aug 2017 18:07:12 +0900</pubDate>
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