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<title>認知症　時が薄れていく母のダイアリー</title>
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<description>母が71歳になったばかりの寒い冬の日、さっき話した事を、何度も繰り返し話す、同じ物を山ほど買う、自分の物を誰かが盗んだと怒り出す。母の何かが変わってきたと家族は感じ始めた。母の出来事をダイアリーにしました。</description>
<language>ja</language>
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<title>グループホーム・入居の日</title>
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<![CDATA[ <p><br>　　　１１月の半ば、布団一式とクリアケースに入った冬の服や下着類、そしてテレビ、小さなタンスなどの最初は</p><p>　　必要な物だけを車の後部席に積み、私の家に向かった。</p><p>　　</p><p>　　　家に着くと私は、母に夕食を食べさせながら、何度も繰り返し母に言った。</p><p>　　「あのね、少し寒くなってきたから、当分ね、ディサービスみたいな所に行くのよ。</p><p>　　ママだけの部屋もあるのよ。皆と楽しくお話しが出来て、つまらなくなったら自分の部屋に行けば良いの。</p><p>　　テレビだって、リビングで皆と見たり、自分の部屋にもあるから一人で気兼ねしなくて良い所よ。」</p><p>　　「ふ～ん。ディサービスは楽しかったから、あんな所だったら良いわね。」</p><p>　　母は、にこやかに賛同した。</p><p>　　　明日、気分良くグループホームに入居してくれるだろうか。母は私の心配とは裏腹に早々に眠りについた。</p><br><br><p>　　　次の日の朝、ホームに連絡し到着時間を伝えると共に、母の様子を話した。</p><p>　　目的地は、わからないが自分がどこかに行くのだと言う事はわかるようだった。</p><p>　　母は、昨夜とは打って変わって不機嫌だった。</p><p>　　「ねぇ、これから、私をどこに連れて行こうって言うのよ！」</p><p>　　「だから昨日から言ってるけど、ディサービスみたいな所よ。」</p><p>　　　私は、グループホームと言う名称は使わず、母が気に入っていたディサービスみたいな所だと　</p><p>　　何度も繰り返した。</p><p>　　　車に乗ってから１５分くらいも経つと、不機嫌さはピークに達した。</p><p>　　あと少しでホームに着くと言うのに</p><p>　　「どこに連れて行こうって言うのよ！えぇ！」</p><p>　　「行かないわよ！何で荷物を運ぶのよ！」</p><p>　　　</p><p>　　　何で何回も言っているのに、わからないのだろう。しかし、ここで声を荒げたら、ますます母は意固地に　　</p><p>　　なるだろう。</p><p>　　　私は、深く深呼吸をし自分を落ち着かせた。</p><p>　　そして、　再び母に話した。</p><p>　　「ママ、ディサービス気に入っていたでしょう？ママの住んでいた家は、ネズミが出たり、これから冬になってストーブも</p><p>　　ガズも危ないし、少しゆっくり出来るのよ。何人もお友達が出来るだろうし、食事だって三食出るし、おやつもあるのよ。」</p><br><p>　　　私は、そこがどんなに楽しい所なのか、一生懸命母に訴えたのだが、母の機嫌は直らなかった。</p><p>　　どうしたら良いか、嫌がる母を無理にホームに連れて行って大丈夫だろうか？</p><p>　　もし、どうしても駄目なら連れて帰るべきだろうか？私は心が揺れていた。</p><br><p>　　　そうこうしているうちに車は、ホームの入り口に到着した。</p><p>　　私達が母を車から降ろしていると同時に、連絡を受けていたホームのＳさんが</p><p>　　玄関のドアを開け、明るくにこやかに出て来られた。</p><br><p>　　「こんにちは！いらっしゃいませ！」</p><p>　　母に声をかけてくれた。</p><p>　　</p><p>　　母は一瞬キョトンとした顔をしていたが、急にシャンと腰を伸ばし</p><p>　　「これからお世話になります。」</p><p>　　と自分からＳさんに頭を下げた。</p><p>　　あれほど、文句を言い不機嫌になり、ここへ来るのを拒んでいた母なのに。</p><br><p>　　　私は熱い物が胸の奥から溢れてきて、思わず目を瞬かせた。</p><p>　　Ｓさんは、笑顔を絶やさず、優しくそんな母の肩を抱き、ゆっくりホームの中に入っていたのだった。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10025220096.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Apr 2007 18:31:53 +0900</pubDate>
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<title>妹達</title>
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<![CDATA[ <p>　妹Ａは、その日の夕方、仕事が終わってから実家に来た。<br>母と普通に会話している。<br>二人で夕食の用意をし、和気あいあいで楽しそうだ。<br>　妹は、私に気づくと小声で言った。<br>「私といる時は、全く普通だけど？信じられないよ、錯乱状態なんて。」<br>「そう、ママはいつもは普通よ。でも普通じゃない時もあるのよ。<br>貴女がその部分を見てないから、わからないと思うんだけど。」<br>と私はやんわり説明した。<br>ふ～ん、と言って、又、妹は母と料理を始めた。<br>今日は、煮魚を作っているようだ。<br>　　　<br>　母は、この妹に特別な感情がある。<br>妹が赤ん坊の頃、自分が外出の際、自分の母親や姉妹、近所の人に預けた時の事が強く<br>頭に残っている。<br>「本当にこの子は、おとなしくて良い子ね～。手が掛からなくて可愛い。」<br>といつも褒められ続けた母は、自分の本当の分身が産まれたと喜んでいた。<br>私達の小さい頃の話になると、この妹Aの話が常に登場し、母は、いつも満足気で</p><p>幸せそうだった。<br>　そして、この子は、弁護士かお医者さんのお嫁さんになるのよ、と私や周りの人達に言い続けた。<br>確かに妹は学校での成績も優秀で、性格も静かで真面目で、それは私自身も<br>認めるところだった。<br>　だが、私はこの静かで真面目な妹の心の隅にある冷たい感情に時々、驚いたものだった。</p><p>小さな話しだが、彼女と食事に行き、私が食事代を支払う時でさえ、<br>彼女から、ありがとうの一言を聞いた事がない。お姉ちゃんと呼ばれた事もない。<br>　常に私よりも何かを上だと思いたいようで、それは、彼女の私を見下した態度でも<br>伺われるのであった。<br></p><p>　弁の立つ、理論整然として話す妹に、私は自分の意見を言ったところで常に<br>「それはね、違うんじゃない？意味不明よ。それは、貴女の勘違いでしょう。」<br>等々、反論されていた。これに妹Ｂが一緒に加わると、さらに、私へ風当たりが強くなるのだった。<br>　それでも妹なんだから、と言う思いと、自分が頭を下げれば物事がスムーズに行き、<br>無駄な時間や混乱を招かなければと言う思いから、馬鹿な私は常に彼女達の意見に耳を貸そうとした。<br></p><p>　もう一人の妹Ｂは、この頃、私との携帯を不通にしてしまった。<br>父が亡くなったばかりで、これから母の事を決めていかなければならないこの時期に、<br>そういう事をする意味は何なのか？私は理解出来なかった。<br></p><p>　それを妹Ａに伝えると、<br>「私が間に入ってうまくやるから、しばらく、かかわらない方が良いんじゃない？」<br>との事だった。<br>　昨日まで普通に連絡を取り合い、普通の姉妹関係が続いていけば良いなぁと思っていた矢先の<br>青天の霹靂であった。人を間に入れて物事を伝えれば、話しは湾曲に<br>伝わる。又、説明不足になる事もある。<br>　そこまで私を仲間はずれ？にする原因は何なのだろう。<br><br>　妹Ａにメールを出した時、私は、昔から妹の貴女が可愛くて仕方がない、と書いたところ、</p><p>会った時にこう言われた。<br>　「家族とか妹とか、そう言う家族愛みたいなのやめてくれる？気持ち悪いから。」<br><br>　伝えた正直な感情を本人に否定され、私は、言葉が見つからなかった。<br>何を望んだわけでもなく、ただ、姉妹でこれから仲良くしていこうね、みたいな事を書いた<br>程度の軽い文に、彼女は重く反応した。<br></p><p>　「貴女は結婚しているでしょう？」<br>「私達は一人で生きていかなくちゃならないのよ！」<br>「誰かさんみたいに暇じゃないのよ。」<br>「旦那さんが稼いだお金で暮らしている人にはわからないでしょう。」<br>「独身女は大変なのよ！」<br>　何度も妹達の口から出てきた言葉は、<br>「結婚している人は良いわね。」と言うフレーズであった。<br><br>　結婚には結婚した大変さがあり、子供がいればいる大変さがある。<br>それをあえて、妹達に言う事はなかった。</p><br><p>　妹達は自分の選んだ人生に怒り、私に八つ当りしているのだろうか？　　　<br>結婚しなかったのは本人達の一つの選択であるはずなのに。<br>二人の妹達は結束し合い、この頃から認知症の母を間に、私にいろいろな方面から<br>挑戦してくるのだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021980903.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Feb 2007 10:37:48 +0900</pubDate>
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<title>迷いと決断</title>
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<![CDATA[ 　  もう母を一人にさせてはいけないのではないか。<br>　もう限界ではないだろうか。明け方の錯乱状態と痩せてきた母の身体の状態を考えると、<br>　この冬を一人で越すのは無理ではないか？私はそう感じていた。<br>　私は、ケアマネのＹさんに、<br>　「先日見学に行ったグループホームに母を入居させた方が良いのではないかと、<br>　思ってるんです。」<br>　と言った。<br>　　Ｙさんも、<br>　「その方がお母さんには良いかもしれないわねぇ。<br>　そう決まれば今行っているディサービスや配食サービス、一声ヤクルトの方にも<br>　連絡しなければね。」<br>　と目の前のパソコンを打ちながら、そう言った。<br><br>　　私は迷っていた。<br>　本当にその方が良いのに決まっている。誰かがいつも側にいてくれて、ちゃんと考えられた<br>　栄養のある温かい食事も出てくる。薬だって飲み忘れもないし、お風呂も何日も入らない事も<br>　ないだろう。時間がある時は、入居している人達と好きなおしゃべりを楽しんだり、<br>　テレビを観たりする事だって出来る。<br>　　だが、私は一歩前に踏み出すのを恐れていた。<br>　ここで母がグループホームに入居になれば、母はもう二度と今住んでいる自分の家に戻る事は<br>　ないかもしれないのだ。<br>　父と母が苦労して得た家、日々生活し私達兄弟を育ててきた思い出の場所から、私一人の判断で<br>　母を移してしまって良いのだろうか？<br>　入居しようとしているグループホームは、母にとって本当に幸せなのだろうか？<br>　　だが、誰かがこうする！こうしなくては、駄目だ！と率先して道標を作らねば、母はこの状態が<br>　ずっと続く事になるのだ。何もしなかった事で母に万一の事があったら、あの時、自分に強い意志が<br>　あり的確な判断が出来たら母は長く生きていたのに、と後悔するのではないだろうか？<br>　もし、そのグループホームが合わない時は、又別の道もあるだろう、その時に又考えれば<br>　良いのではないだろうか？<br>　私は、自問自答を続けた。<br><br>　　妹のＡに連絡し、母の状態を告げた。今日の夜、実家に来ると言う。<br>　私自身の気持ちを固め、その方向で動こうと妹に伝えなければならない。<br>　私は、母の妹であるＦ叔母さんにも連絡し事の状態を伝えた。<br>　　叔母さんは、<br>　「今のお母さんの様子を見たら、その方が良いんじゃない。心配だものねぇ。」<br>　と言ってくれた。<br>　親戚に伝えるのは、この叔母さん一人だけである。<br>　　私は、グループホームのＳさんに連絡を取り、本来は、来年の春の入居を考えていたが、<br>　入居を早めたい事、予約した上の階がオープンするまで下の階に入る事が可能かどうかをたずねた。<br>　９月にオープンしたばかりの、そのホームは現在入居者が９名のところ５名だけなので、<br>　スタッフの目も行き届いていますよ、と言う。<br>　もちろん幾つも部屋が空いているので、仮入居と言う形で一度来たら良いのではないか？<br>　と言ってくれた。<br>　　仮入居は三泊四日である。少しの着替えと手荷物を運べば良いのだが、引き続き入居となれば、<br>　その次の日から本入居として契約もしなければならない。<br>　仮入居は、母には意味がないのである。<br>　少しの荷物でなく、小さな家具も運ばなければならない。<br>　　私は、いよいよ大きな決断をしなければならなかった。<br>　目に見えない何かに押される様に、ケアマネのＹさんに、<br>　「グループホーム入居に向けて動きますので、よろしくお願いします。」<br>　と頭を下げていた。
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021980748.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Feb 2007 09:31:42 +0900</pubDate>
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<title>グループホーム</title>
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<![CDATA[ 　私は、何件かのグループホームをインターネットで調べた。<br>母の区にも幾つかあったが、今後の事を考えると私の住んでいる近くの方が、<br>何かと便利ではないかと考えたのだ。<br>急な呼び出しがあった時でも、すぐにとんでいける。<br>グループホームは、建物は、個人の家を改装した物もあれば、洒落た作りのマンションの<br>様な建物もあった。どの施設も作りの違いはあれ、ほぼ基本的にいろんな面で同じに思った。<br>食費、住居費、生活雑貨費、介護料などは、どこもだいたい一ヶ月約２０万前後だった。<br>食費が安いと思えば、住居費が高い。家賃が５万のところもあれば７万のところもある。<br><br>　入居する人数も介護スタッフの人数もほぼ、どのホームも同じようで<br>１ユニットと称し、入居者は９人に、スタッフが３人から4人とそんな感じであった。<br>　私は、9月にオープンしたばかりのＫと言うグループホームをクリックした。<br>出版や不動産も手がけ、さらにグループホームを持っている大きな会社だった。<br>写真も数枚添付されており、グループホームで過ごすお年寄りの姿があった。<br>皆、楽しそうに食事を作ったり、折り紙を折ったり、散歩している。<br>　ここは、明るい雰囲気が伝わる。お年寄りが皆自然に笑顔でいるのが感じられた。<br>　私は、お問い合わせ係りのＳさんにメールしてみる事にした。
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021976440.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Feb 2007 11:20:36 +0900</pubDate>
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<title>母のお仕事</title>
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<![CDATA[ 　　その日、私はすぐにケアマネのＹさんが所属している<br>　介護センターで彼女を待っていた。<br>　ディサービスでの母の様子は、定期的に彼女に報告が行っている。<br>　 しばらく待っていると、自転車に乗ったいつもの元気な彼女が現れた。<br>　 彼女の笑顔は私に元気を与えてくれる。<br>　 数時間前の明け方の話しをした。<br><br>　　「それは、凄い剣幕でした。良く聞いていると泣きながら私を責めて<br>　るんですよ。どうして、こうなっちゃったのかしら？」<br>　私は、数週間前まで落ち着いていたはずの母の急激な変化に戸惑っていた。<br>　　「ディサービスでの様子を聞いてみたら、いつも眠そうにして仮眠ベッド<br>　で横になっている事が最近は多いと言う事です。たぶん、夜中にお仕事を<br>　しているんだわ。」<br>　「お仕事？」<br>　私は驚いて聞いた。お仕事ってなんだろうか？<br><br>　　私が怪訝な顔をしているのを見てＹさんが説明した。<br>　「お仕事ってね、お母さんが時間を忘れてずっと何か物を探しているって事よ。」<br>　｢何か気になる物があるのよ。それは、もしかしたら、もう既にないかもしれないし、<br>　そのない事を忘れちゃって延々に探すの。じゃなかったら自分でどこかにしまって<br>　あるんだけれど、それこそ普通に忘れているから探す。<br>　でも、途中で何を探しているかわからなくなる、その繰り返しなのかもしれないわね。」<br>　「えぇ？じゃあ、自分で何を探しているかわからない物を探していると言う事に<br>　なるじゃないですか？。」<br>　「そうねぇ、認知症ってそういう感じなのよ。」<br><br>　　私は、少し悲しくなった。<br>　ない物を探す、出てこない物を探す、そして母は、必死に夜中になると何かを思い出し<br>　その何かを見つけようとしているのだ。<br>　寒い部屋で何時間もの間、それが見つからない事に苛立ち、絶望的な気持ちになりながら<br>　母は押入れやタンスの中を開けては閉め、閉めては開けて同じ事を繰り返していたのだ。<br>　　これだけ探しても見つからない大事な物は、きっと側にいた娘が持っていったのに<br>　決まっている、と思いたかったのではないだろうか？
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021980714.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Feb 2007 15:51:07 +0900</pubDate>
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<title>夜明けの錯乱</title>
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<![CDATA[ 　　２００５年１１月から、母が心待ちにしているディサービスを週２日から３日に増やす事を考えた。　月曜日の<br>　配食センターのお弁当と週三回のお昼で４日間は必ず一度は食を取る事が出来る。<br>　週末は妹が食事を作ってくれるし、その他の食べ物を冷蔵庫や棚の中に入れておけば<br>　大丈夫ではないかと考えた。<br>　　又、最近では面倒くさがって、たまにしか入らなかったお風呂もディサービスで入れてもらえる。<br>　私は、ケアーマネージャーのＹさんと次の月の打ち合わせをする為に<br>　実家に戻った。<br><br>　　その日の明け方、事が起こった。<br>　私が寝ているベッドの足元に母が立っていて何か叫んでいる。<br>　気がついて時計を見ると、４時を少し過ぎたところだ。<br>　「あんたぁ、親がまだ死んだばかりなのに、みんな持っていちゃって！<br>　泥棒じゃない！何で、こんな事するのよ！」<br>　同じ事を繰り返し、仁王立ちし叫び続けている。<br>　「そんな所に立っていると風邪をひくから蒲団の方へ行こうね。」<br>　と母の背中を軽く押すと、その手を払いのけた。<br>　それでも何とか蒲団の上に座らせる。<br><br>　「どうして？親の物を持っていってしまうなんて、ひどいわよ！」<br>　泣いているようで泣いていない。タオルでただ目を押さえて、うっうっと<br>　嗚咽しながら、しゃべり続けている。泣き真似の様に見えるが本人の気持ちの中では<br>　泣いているのであろうか。<br>　　認知症の人は、自分にとって一番身近な甘えられる人に内容はどうあれ訴えると、<br>　どこかで聞いた事がある。母は私に甘えているのだろうか。<br>　しかし、すでに一時間以上母はしゃべり続け、一向に止まらない。<br>　「どうしてよぉ、ひどいじゃない。あんたがそんな娘だとは思わなかった。」<br>　薄っすらと明るくなってきた窓の外を見ながら、私はしゃべり続ける母を一喝した！<br>　「いい加減にして！」<br>　一瞬母は、びっくりして黙った。<br>　「誰が何を持っていったって？よぉく、考えて。誰が病院に連れていってる？<br>　誰がディサービスの事決めてるのよぉ、皆、私でしょう？しっかりしてよ！」<br><br>　　母は我に返った様だ。<br>　「あらぁ、私ったら何言ってたのかしら？どうかしてるわ。ごめんね。」<br>　　母は何事もなかった様に、テレビを付けると蒲団にもぐり込んだ。<br>　そして、しばらくすると寝息をたて眠ってしまった。<br>　私は、一睡も出来ず朝を迎えた。<br>　もしかしたら、母は以前に比べ認知症が少し進行したのではないか、<br>　不安に思った私は、その日すぐにケアマネのＹさんに連絡したのだった。
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021980384.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Feb 2007 11:22:21 +0900</pubDate>
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<title>老人施設</title>
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<![CDATA[ <p> 母は、介護保険の範囲の中でいろいろなサービスを受け、ここまで順調に来た。<br>ディサービス、お弁当の配食、お出かけヘルパーさん、そして、声かけのヤクルト。<br>しかし、母が一人で生活するのも限界が来ていた。<br>これから冬が来たら、暖房器具の取り扱いをどうしたら良いだろうか。<br>買い物もできず、ただでさえ食事を取らない母は、ずっと蒲団の中で過ごしてしまうと<br>予測できた。</p><p><br> 私は、母の状況を考え、しばらくして老人の施設を調べ始めた。<br>施設は、在宅型と入所型と二つに分かれているようだ。<br>母が利用しているディサービスや、数日間の泊まりが利用出来るショートスティなどは在宅型。<br> 入所型には、介護老人保健施設・ケアハウス・グループホーム（痴呆症高齢者<br>グループホーム）・介護老人福祉施設（特別養護老人ホーム）・養護老人ホーム・<br>軽費老人ホームA型B型・有料老人ホームとある。</p><p><br>　入所する契約金の段階で何千万から何百万と言う高額の値段を支払う施設もあれば、<br>所得に応じて入所できる市や県、区などで運営されている施設もあるようだ。<br>又、入所する人の介護状況にも施設が異なっていた。<br>　私は、母の状態や金銭的な事を考えると、認知症に良いグループホームに的を絞った。<br>お年寄りが数人と一緒に住み、食事作りや洗濯、掃除など自分のやれる事はやる。<br>その中にいつも数人のヘルパーさんがいて、いろいろな面で助けてくれるのであった。</p><p><br>　皆と過ごすリビングやキッチン、お年寄りが楽に使用できるバスルームやトイレ。<br>プライバシーが守られる個室も、それぞれの人に備わっていた。<br>これだ！母は、沢山の仲間がいて楽しく生活する方が良い。<br>グループホームは、母には絶対に向いている！<br>私は何度も全国のグループホームのホームページを検索していった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021975174.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Feb 2007 09:48:27 +0900</pubDate>
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<title>真夜中の訪問者</title>
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<![CDATA[ 　　今日は、現在私がアルバイト先であったお年寄りの出来事を急遽<br>　こちらに書きました。<br>　<br>　　いつもの様にビデオ屋のカウンターで仕事をしていると、入り口の方から<br>　「すいません～。すいません。」<br>　と、お年寄りの声がした。<br>　急いで入り口に飛んでいくと、一枚の紙を片手に握り締めた一人のおばあさんが<br>　立っていた。<br>　「あのね、私家に帰りたいから車代貸して欲しいの。ほら、これが私の住所で、ここに<br>　帰りたいのよ。」<br>　ボロボロになった紙切れを私に差し出した。<br>　おばあさんの顔を見た。<br>　　左目が何かにぶつけたのだろうか、それとも誰かに殴られたのではないか？青いアザが<br>　ついていた。顔色が悪い。<br>　まだ、季節的に早い頃、半袖一枚のブラウスはあちらこちらに染みがついている。<br>　「ねぇ、これ年金の紙なのよ。」<br>　私は思わずおばあさんの手を握った。<br>　おばあさんの手は冷たかった。少し震えている。体温が下がっているから震えているのか<br>　それとも、どこか具合が悪いのではないだろうか？普通ではない。<br>　時刻は、夜中の一時半を周っている。<br>　このおばあさんは、徘徊しているのだろうか？それとも本当に帰れなくなってしまった<br>　老人だろうか？<br><br>　　私は、お金、お金と言い続けるおばあさんに話しかけた。<br>　「家に誰かいないの？」<br>　「娘がいるのよ。」<br>　「じゃあ、その娘さんに電話してあげましょう。」<br>　「駄目よ、駄目。娘は病気だから。」<br>　「じゃあ、そこに交番があるから、オマワリさんに相談してみましょう。」<br>　「駄目よ！オマワリなんか！あんたじゃ話しにならないから、あんたより偉い人<br>　呼んで来てよ！」<br>　　私も仕事中であるし、他の従業員の手前いつまでもおばあさんに係わっているわけには<br>　いかない。まして店長を呼んだところで、同じ様に交番におばあさんを連れて<br>　行くであろう。<br>　　私はおばあさんの痩せて震えている肩を軽く抱き、外に出た。<br>　「駄目だったら、オマワリなんて駄目よ！お金貸してくれるわけないわよ。」<br>　駄々をこねるおばあさんに、大丈夫よ、大丈夫よと、なだめながらゆっくりと歩いた。<br>　そして、交番の前にいたオマワリさんを発見した。<br><br>　　背の高い年配のそのオマワリさんが、おばあさんの顔を見るなり大きな声で怒鳴った。<br>　「何やってるんだ！駄目じゃないか！また、出歩いて！近所なんだから早く家に帰りなさい！<br>　こんな時間に毎晩フラフラして！家から出て来ちゃ駄目なんだよ！」<br>　おばあさんは、ハイ、すいませんと頭を下げている。<br>　いいから、あんたも戻って、とオマワリさんは私にヒラヒラと手を振った。<br>　振ったと言うより、追い払う時の手だ。<br>　　私は少しの安堵を覚えながら、何で毎晩真夜中に出歩いているのだろう、誰か<br>　ケアする人はいないのだろうか？とそれが心に引っかかった。<br>　　お年寄りが一人暮らしで、認知症の症状が現れたら、この都会で誰が<br>　気づいてくれるのだろうか？<br><br>　「すいません、今戻って来ました。」<br>　「どうだった？」<br>　店長が聞いた。<br>　「えぇ、オマワリさんに怒られていましたよ。毎晩外に出ちゃ駄目だって。」<br>　「じゃあ、騙されるところだったね。タクシー代。」<br>　「えぇ、まぁ。でも、それが病気だと思いますよ。」<br>　私は怪訝そうな顔をしている店長にそれ以上話す事は止めた。<br>　<br>　　時間は二時半過ぎ、アルバイトの仕事が終了した帰り道、<br>　遠くの方であのおばあさんが、まだ歌をうたいながらフラフラと<br>　歩いていた。<br>　　さっきのオマワリさんが自転車で後ろについている。<br>　「ゆうや～け　こやけ～の♪」<br>　静まりかえった住宅街に、いつまでもその声が響いていた。
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021907497.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Jan 2007 15:37:18 +0900</pubDate>
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<title>配食サービスと声かけヤクルト</title>
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<![CDATA[ 　　母の状態をケアマネさんに報告する。<br>　何よりも食の確保が今一番の重要課題とケアマネさんと話しあった。<br>　ケアマネさんが言うには、認知症の人は時々冷蔵庫の中に食品があったとしても、<br>　それをどのように料理したら良いかわからなくなるらしい。<br>　　又、お年寄りが食べたばかりなのに、時間も経たないうちに何か食べたがって満腹感を<br>　感じられないのと同じように、母は食べていないのに空腹感を感じられないのだった。<br>　<br>　　母もそこまで症状が進んでしまったのかと、私は愕然とした。<br>　母は週二日ディサービスで昼食だけは取る事が出来たが、急遽さらに近くの老人向け　<br>　配食サービスを頼む事にした。<br>　これは介護保険の一割に含まれ、自己負担の一回の弁当料は４５０円だった。<br>　ちゃんと配達の人が手渡ししてくれるらしい。<br>　「ママね、月曜日にお弁当が届くから、ちゃんと受け取って食べてね。」<br>　「何でそんなの頼むのよ。ご飯なら自分で作れるのに。」<br>　怪訝そうに母が言う。<br>　「週に一度のお弁当は区のサービスよ、本当にいたれり尽くせりね。歳は取ってみるものだわ。」<br>　と冗談交じりに私が言った。<br>　「へぇ～。最近は、年寄りに親切なんだね。」<br>　「それからヤクルトも届くから必ず飲んでね。」<br>　母は区のサービスと言う事に気分を良くしたようだ。<br>　「私はヤクルト好きだから毎日だって飲むわ。」<br><br>　　ヤクルトは一人暮らしの老人の為の物で区に申請すると無料で配られる。<br>　一人暮らしの老人安否がこのヤクルトの配達で確認してもらえるのだ。<br>　郵便受けにヤクルトが溜まってしまうと配達の方から家族に連絡が入り、<br>　状態を確認をしてくれるという。<br>　ケアマネさんが区へ働きかけてくれたおかげで、玄関先の郵便受けに行く事を忘れてしまう母には<br>　配達の方が声を掛けてくれることになった。<br>　週末は、妹が食事を作ってくれるはずだ。<br>　　これでなんとかしばらくは、母の食は大丈夫だろうか。<br><br>　　それらが数回配達され、実家に行った時に冷蔵庫の中を見ると<br>　何本かのヤクルトや配食サービスの食べ残したお弁当も入っていた。<br>　「お弁当は味も良く美味しいわよ。」<br>　母は蒲団の中にいた。<br><br>　　これから寒くなったら、母はどう暖を取るだろうか。古い家は壁の隙間から風を通していた。<br>　今まで使っていた石油ストーブは危な過ぎる。電気ストーブのスイッチを点ける事が<br>　出来るだろうか。寒くなれば、一日中蒲団の中で過ごす事が多くなる事は目に見えていた。<br>　私はその年、母が一人で冬を過ごす事が出来るか大きな不安を抱いていた。<br><br>　　しばらくして私はパソコンの前にいた。いろいろな認知症の症例を調べると共に<br>　まだ、元気な母にはそこしかないと、ある場所を探し始めたのだった。　
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<pubDate>Tue, 30 Jan 2007 09:08:03 +0900</pubDate>
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<title>暗中模索</title>
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<![CDATA[ 　　母は、今までしなかった行動を取るようになった。<br>　「今日、そっちに行くから。」と朝電話を掛ける。<br>　三十分後に、もう一度電話を掛けるがいくら掛けても通じない。<br>　話し中になる。<br>　実家に着き確認すると、電話のコンセントが抜かれている。<br>　「どうして、線を抜いちゃうの？」<br>　と聞くと<br>　「えぇ？そんなの知らない、私は抜いてないわよ。」<br>　と覚えていないようだ。電話のコンセントをどうして抜いてしまうのだろう。<br>　電話が通じなくなる事が多くなってきた。<br>　<br>　　又、一人でいるのに、三合のご飯を炊く。食べているようで食べていない。<br>　冷蔵庫の中を確認すると、残ったご飯が幾つもの茶碗に入っていた。なのに又、米をとぐ。<br>　おかずとして入れておいた魚や肉、冷凍食品レトルト類は手をつけずに残っている。<br>　いったい母は何を食べているのだろう。<br>　「ねぇ、ご飯食べてる？おかずは、何を食べてるの？」と聞くと<br>　「何だって食べてるわよ。お腹がすけばお煎餅だって食べてるわよ。」<br>　母は蒲団の中で答えた。<br>　　何となく母の顔が小さくなり、険しい顔つきになったように感じるのは気のせいだろうか。<br>　ディサービスに行く時に来てくれるヘルパーさんから細かく連絡が入っていたので、<br>　少し安心した私は三週間ほど実家に行かなかった。<br>　母の何かが変わってきた。それが何かとは的確には言えないが<br>　私は母が以前より良い状態ではないのでは？と感じ始めたのだった。<br>　<br>　　私は、週末に実家に来て食事を作っているはずの妹Ａに連絡した。<br>　「週末の度に、実家に来てご飯作るの大変かもしれないけど。ここ最近も<br>　来てくれてるの？」<br>　「えぇ、行ってるわよ。だけど、私も忙しいから土日のどちらかね。土曜日に行けば<br>　泊まって食事は何回も作るけど。この間も突然怒り出したのよ。<br>　それでも、ご飯どうするの？って聞いたのに、何も言わずプンとして二階に上がっちゃったから<br>　そのまま、ご飯なんか作らずさっさと帰って来たわよ。」<br>　でも、認知症と言うのはね、と話しをしようとすると妹は面倒臭そうに言った。<br>　「あのね、年寄りなんだからそんな一日や二日ご飯を食べなくたって死ぬ事はないから。<br>　あなたは心配症で考え過ぎよ。何で何事も起こっていないのに騒ぎ立てるわけ？」<br>　「あぁ、あぁゴメンね。じゃ又、ご飯だけは、よろしくお願いしますね。」<br>　「あのね、別にあなたに頼まれなくたって行ってるから。」<br>　<br>　　電話向こうの妹と私との間には明らかに大きな温度差があった。<br>　考え方も、性格も違う。たぶん妹は妹なりに母の事を想っているだろう、<br>　がしかし、食は命を繋ぐ。年寄りだから食べなくても良いと言う理論はおかしな話である。<br>　栄養が足りなければ免疫力が落ち、しなくても良い病に倒れる。週のうち一日でも二日でも<br>　食が抜ける事を考えると、母の健康状態に黄色信号が点滅し始めたのだ。<br>　　<br>　　何も起こっていない時にこそ、次の策を練っておくべきだと私は思う。<br>　もし、母が一人で生活が出来なくなったら？母が動けなくなったら？<br>　生きている先にどんな事が待っているかは誰にもわからない。しかし、母の身に何か起きてから<br>　慌てて事を進めても熟慮していない分、余計な心配や不安、混乱を伴ったりする。<br>　病を持っている親の事をいくら考えても、考え過ぎると言う事はないのだ。<br>　肌寒くなって来た十月、これからの事をぼんやり考えながら私は最終電車に揺られていた。
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<link>https://ameblo.jp/ruohmie/entry-10021907440.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2007 02:07:26 +0900</pubDate>
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