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<title>古典と私</title>
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<description>茅野龍馬です。大好きな古典を少しずつ、漢籍も交えながら紹介していきたいと思います。</description>
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<title>一年ぶりの更新です。</title>
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<![CDATA[ <p>ブログってのは、生活の中にそれを書いたり読んだりする時間がないと、なかなか書かないもんですね。</p><p>自分の生活が安定して、コントロールできているときはいいけど、乱れてくると時間配分もできなくなるもんですね。そんなこんなで結局1年が過ぎてしまいました。</p><p>漢籍を読むことは多いですが、やはり情緒の豊かさは、日本の古典を読んでるときにこそ感じます。ぼちぼちアップしていこうと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ryoma095/entry-10843098778.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Mar 2011 19:59:47 +0900</pubDate>
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<title>竹取物語03 世界の男…</title>
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<![CDATA[ <p><strong><font color="#000000">　世界の男、貴なるも賤しきも、「いかでこのかくや姫をえてしがな、見てしがな」と音に聞き、めでて惑ふ。そのあたりの垣にも家のとにも、おる人だにたはやすく見るまじきものを、夜は安きいも寝ず、闇の夜に出でても穴をくじり、あるひは見惑ひあへり。さる時よりなん、よばひとは言ひける。人の物ともせぬ所に惑ひありけども、何の験あるべくも見えず、家の人どもに、物をだに言はんとて言ひかくれども、ことともせず、あたりを離れぬ君だち、夜を明かし日を暮らす多かり。愚かなる人は、ようなき有様はよしなかりけりとて、来ずなりにけり。</font></strong></p><br><p>　惑ふ：こころが落ち着かない</p><p>　安きいも寝ず：熟睡できない</p><p>　言ひかくれども：話しかけるけれども</p><p>　愚かなる人：浅はかな男</p><p>　よしなかりけり：無意味だ</p><br><p>夜寝る間も惜しんで女のところを訪ねていくのを、よばいというんだ、というのが面白いですね。</p><p>男たちは”バカ”なんでしょうか？今の芸能人に熱狂するファンと似通ったところがあるようにも思えます。風評の媒体が異なるだけですね。。</p><br><br><br><p><strong><font color="#000000">　その中になほ言ひけるは、色好みといはるる限り五人、思ひやむ事なく夜昼来けり。その名ども、石作の皇子、車持の皇子、左大臣阿倍の御主人、大納言大伴の御行、中納言石上の麻呂足、この人々なりけり。世の中に多かる人をだにすこしも容貌よしと聞きては得まほしうする人どもなりければ、かくや姫を見まほしうて物も食はず、思ひつつかの家に行てたたずみありきけれど、かひあるべくもあらず。</font></strong></p><p><strong><font color="#000000">　文を書きてやれども返事もせず。侘歌たど書きておこすれどもかひなしと思へど、霜月師走の降りこほり、水無月の照りはたたくにもさはらず来たり。この人々、ある時は竹取を呼び出でて、「むすめを我にたべ」と伏拝み、手をすり宣へど、「己がなさぬ子なれば、心にも従はずなんある」といひて月日過ぐす。かかれば、この人々、家に帰りて物を思ひ、祈りをし願を立つ。思ひやむべくもあらず。「さりともつひに男逢はせざらんやは」と思ひて、頼みをかけたり。あながちに志を見えありく。</font></strong></p><br><p>　思ひやむ事なく：やんごとなしではないです。思いを断つことができない</p><p>　たたずみありきけれど：周囲をうろうろしていたけれど</p><p>　照りはたたく：日が照ったり、雷が激しくなったりする</p><p>　さはらず：ものともせずに</p><p>　あながちに：無理に</p><br><p>最後がいいですね。「そうはいっても、最後まで男と結婚させないだろうか、いや…」といって期待する、ってとこね。片思いで頑張ってむくわれないことは…つらいですよね。そのつらさの中に美しさがある？のでしょうか。自分のことに置き換えると…難しいですね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ryoma095/entry-10843095267.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Mar 2011 19:25:43 +0900</pubDate>
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<title>竹取物語02　竹取の翁竹を取るに…</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000000"><strong>　竹取の翁竹を取るに、この子を見つけて後に、竹取るに節を隔ててよ毎に金ある竹を見付くる事かさなりぬ。翁やうやう豊かになりゆき、このちご養ふ程に、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになる程に、よき程なる人になりぬれば、髪あげなどさうしてかみあげさせ、裳着す。</strong></font></p><p><font color="#000000"><strong>　帳のうちよりも出さず、いつき養ふ。このちごの容貌のけさうなること世になく、屋のうちは暗き所もなく光満ちたり。翁心地悪しく苦しき時も、この子を見れば苦しきこともやみぬ。腹立たしき事も慰さみたり。</strong></font></p><p><strong><br></strong></p><p>　　　</p><p>　　　</p><p>二段です。わかりにくいところは、</p><p>よ毎に：「よ」が、竹の節と節の間の空洞の部分。</p><p>金は”こがね”と読みます。</p><p>さうして：「左右して」と書き、手配させて、と解釈するのがいいかと。</p><p>　　　</p><p>　　　</p><p>　　　</p><p><font color="#000000"><strong>　翁竹を取る事久しくなりぬ。勢猛の者になりにけり。この子いと大きになりぬれば、名を三室戸斎部の秋田を呼びて、付けさす。あきた「なよ竹のかくや姫」と付けつ。この程三日のうちあげ遊ぶ。万の遊びをぞしける。男はうけ嫌はず、呼び集へていとかしこく遊ぶ。</strong></font></p><br><br><br><p>うけ嫌はず：えり好みせず、誰でも、ということ。</p><p>かしこく：盛大に</p><br><p>　　　</p><br><br><p>かぐやが大人になりました。髪あげもしてね。名前を付けて宴会して、ワイワイ遊んだと。</p><p>次の段あたりからエンジンがかかってきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ryoma095/entry-10465090010.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 10:34:59 +0900</pubDate>
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<title>竹取物語01 今は昔竹取の翁というものありけり</title>
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<![CDATA[ <p>今日ふと手に取ったのは「竹取物語」。かぐや姫の話ですね。</p><p>幼いころに絵本で読んだ”かぐや姫”。原文を読むとだいぶ”大人”な本です。</p><p>今日はこちらを少し紹介しようと思います。</p><br><p>　　　</p><p><font color="#333333"><strong>　今は昔、竹取の翁と言ふもの有けり。野山にまじりて竹を取りつつ、万の事に使ひけり。名をばさるきのみやつことなん言ひける。その竹の中に、本光る竹なん一筋ありけり。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光たり。それを見れば、三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。翁言ふやう、</strong></font></p><p><font color="#333333"><strong>「我、朝毎夕毎に見る竹の中におはするにて知りぬ。子になり給ふべき人なめり。」</strong></font></p><p><font color="#333333"><strong>とて手に入れて、家へ持ちてきぬ。妻の女に預けて養はす。うつくしき事限りなし。いと幼なければ、籠に入れて養ふ。</strong></font></p><br><p>　　　</p><p>これが第一段になります。</p><p>ひとつ意味の難しいところは、「幼ない」という表現です。これは、”小さい”とか”年若い”とかいう意味じゃなくて、”わけがわからない”という意味なんですね。</p><p>もともと”幼なし”という単語は、”分別がない”とか”知的に未熟な”という意味で、竹から出てくるし、めちゃめちゃ小さいし、もう「この子がなんなのかわけがわからない」という感じに解釈するのがいい、ということです。（参考：上坂信男　竹取物語　講談社学術文庫）</p><p>即ち、”幼なし”の主語は、かぐやではなく、翁嫗だということです。</p><br><p>ここからかぐやと翁嫗の生活が始まるんですね。。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ryoma095/entry-10465083620.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 10:33:28 +0900</pubDate>
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<title>まず…</title>
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<![CDATA[ <p>茅野龍馬です。新しいブログを始めました。</p><p>名付けて、「古典と私」。大好きな古典を少しずつ紹介していきたいと思います。</p><p>もうひとつのブログ（ココログ：wonderful life 龍馬095)とは異なり、リアルに「古典」に的を絞ったブログです。</p><p>興味のある方はたまに覗いてみてくださいね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ryoma095/entry-10465076456.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 10:13:14 +0900</pubDate>
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