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<title>s-cotumeのブログ　    保育と子育ての中で感じること</title>
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<description>長年、保育に関係する仕事をしています。日々の中で感じた気づきやモヤモヤを、少しずつ言葉にして残しています。</description>
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<title>主体性保育のモヤモヤ⑤  発表会で見えてきたもの</title>
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<![CDATA[ <p>発表会を通して感じたのは、「子どもだけの意見で進める難しさ」でした。子どもたち自身も、戸惑っているように見えました。主体性の土台が育っている子どもたちなら良いのかもしれません。でも、これまで集団の中で一斉保育を経験してきた子どもたちに、突然「自分たちの好きなようにしていいよ」と言っても、難しい部分があるように感じました。</p><p>&nbsp;“好きなようにする” が、「嫌なことはしない」に繋がってしまう怖さもあると思います。これまで園の取り組みを通して感じたのは、“嫌なことをしない”</p><p>“好きなことだけする”＝主体性ではないということでした。もちろん、NOと言える力は大切です。</p><p>&nbsp;でも、NOと言えるためには、自分の気持ちを支える強さや、安心できる土台が必要ではないでしょうか。良し悪しを考える力、失敗から学ぶ経験、そして、「失敗しても大丈夫だよ」「ちゃんと側で見守っているよ」そう言ってもらえる愛情の土台があってこそ、主体性保育に繋がるのではないかと思うのです。まず土台を作り、その上で自由や選択肢を広げていく。それでも十分、主体性保育と言えるのではないか。そんなモヤモヤを抱えていました。</p><p>&nbsp;そして、だんだんと保育士という仕事そのもが嫌になってきました。上との意見の違いが大きい中で、違和感を伝えながら働き続けること。それに加えて人手不足。気づけば、心も体も疲れていました。</p><p>&nbsp;「もういいか。好きに自由にさせていればいいなら、その方が楽かもしれない」そんなふうに思ってしまう自分もいました。“こんなふうに育ってほしい”と願いながら保育をするより、言われた通りに動くだけの方が楽になってしまう。そうやって、今度は保育士側のやる気、主体性が失われていくのを感じました。質の高い保育が難しくなっていくのは、当然なのかもしれません。本当は、すべての子どもに丁寧に寄り添いたい。でも現実は、人手も時間も足りません。保護者の期待も年々高くなり、長時間保育の中で、保育園に求められる役割は増える一方です。以前、先輩保育士がこんなことを言っていました。「毎日１２０％で働いて、家に帰る頃には力が残っていない。でも、自分の子どものために、また８０％、９０％を振り絞るんよ」その言葉が、今も忘れられません。保育士は、毎日どこまで力を使い続けなければいけないのでしょうか。新しい保育を取り入れること自体が悪いわけではありません。モデルケースも、理想もあると思います。でも、人手不足の現場で、本当にその保育が成り立つのか。まずは現場を見てほしい。そう強く感じています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12966432504.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性保育のモヤモヤ⑤</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;生活発表会での出来事です。主体性保育が始まってから、初めての生活発表会を迎えました。&nbsp;</p><p>&nbsp;まずは題材集めから始まります。以上児クラスでは、劇・合奏・歌など、どんな内容にするのかを子どもたちと一緒に決めていきます。クラスが上がるほど、少し難しい物語を取り入れたり、長めの歌や鍵盤ハーモニカに挑戦したりすることもあります。</p><p>&nbsp;昔の保育では、役割分担は担任が子どもの姿を見ながら決めていました。その後は、子どもの意見も取り入れつつ、最終的には担任がバランスを見ながら調整する形になっていったように思います。&nbsp;</p><p>&nbsp;ですが主体性保育になり、当時の園長先生の考えで「子どもたちがやりたいものをする」という方針になりました。主役は何人いても良い。やりたい楽器を選んで良い。全体のバランスよりも、“子どものやりたい気持ち”を優先して決めていきます。（時には、なぜか保護者の意見まで入ってくることもありました。）すると、話し合いはなかなかまとまりません。もちろん、それをまとめていくのも保育士の力なのかもしれません。ですが、そこへさらに園長先生の意見まで入ってくると、現場はどうしたら良いのか分からなくなってしまいます。30人のクラスで、30人の子どもたちだけの力で話し合いをまとめるには、まだ幼すぎる部分もあります。どうしても大人の導きは必要です。ですが、その導きさえ「主体性を尊重していない」と言われてしまうと、保育者は身動きが取れなくなってしまいます。実際には、リーダー気質の子が話を引っ張り、自己主張の強い子の意見が通りやすくなります。一方で、大人しく過ごすことを好む子が残りの役になることもあります。中には、劇そのものをやりたくない子もいます。誰かについていくことで安心できる子。一人でいることを好む子。子どもたちは本当にさまざまです。だからこそ担任は、日々の姿を見ながら、その子に合う役割や参加の仕方を考えていきます。ですが、「子どもが好きに決めて良い」という形だけになると、“やりたくない”という気持ちだけが残ってしまうこともあります。当時の園長先生の考えでは、「やりたくないなら、やらなくて良い」という方向になっていました。もちろん、やりたくない気持ちを受け止めることは大切です。でも生活発表会は、みんなで一つのものを作り上げる経験でもあります。少し支えてもらいながら頑張ること。ステージでやり切った姿を認めてもらうこと。頑張りを褒めてもらうこと。そういう経験も、子どもにとって大切なのではないでしょうか。子どもたちだけの意見で、本当に全てをまとめられるのでしょうか。今でもモヤモヤします。結局、予行練習でうまく形になっていないと、若い先生が園長先生から厳しく指摘を受けている姿もありました。でも、それは当然ではないでしょうか。&nbsp;</p><p>「主体性を大切に」と言われながら、十分な支えや方向性は示されない。先生なりに考えてやってみても、結果だけを見てダメと言われる。予行練習の前に、もっと一緒に考えたり、支えたりできたのではないかとも感じます。これは子どもたちにも同じことが言えるように思います。全く未知の世界で、「好きにして良い」とだけ言われても、難しいことはあります。ある程度の流れや見通し、選択肢は必要なのではないでしょうか。大人が全てレールを敷くのは違う。でも、選択肢を示しながら支えていくことは必要だと思うのです。大人にも、子どもにも、リーダー気質の人もいれば、支えてもらうことで力を発揮できる人もいます。それぞれの姿があって良いと思います。まだまだ話したりないのですが、また次回に。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12966300763.html</link>
<pubDate>Mon, 18 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性保育のモヤモヤ④</title>
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<![CDATA[ <p>給食の「食べる・食べない」は子どもの自主性。</p><p>&nbsp;朝の会の参加も自由。これだけでも、「子どもの主体性に全て任せて良いのだろうか」とモヤモヤが溜まっていましたが、次に掲げられたのは</p><p>“お昼寝の自由”でした。「寝たくなければ、寝ないで遊んでいて良い」この取り組みは以上児クラスだけでしたが、もう職員はクタクタでした。&nbsp;</p><p>&nbsp;午睡とは、身体を休めて疲れを癒し、午後からの活動に取り組めるようにする為の大切な時間だと思っています。また、慌ただしい昨今の子どもたちにとって、心身ともに休息できる大切な時間でもあります。共働き家庭、ひとり親家庭、忙しい仕事の家庭も多く、家庭でも毎日ドタバタ。多い子は週6日、朝から延長保育まで保育園で過ごしています。&nbsp;</p><p>&nbsp;大人が同じ生活をしていると考えると、ゾッとするくらい疲れる環境の中で、子どもたちは毎日過ごしています。だからこそ、眠ることだけではなく、身体を休めること、横になるだけでも大切な時間だと思っています。その午睡の時間まで自由に……。&nbsp;</p><p>&nbsp;保育士は午睡中も、連絡ノートの記入、一人ひとりの午睡チェック、安全確認などで目は離せません。最近では、インスタ投稿の作成、保育日誌、製作準備、クラスミーティング、さらに職員の食事や休憩など、やる事は山ほどあります。もし寝ない子が自由に遊べるとなると、寝ている子にとって静かな空間ではなくなります。病み上がりなど、本当は休んだ方が良い子も、“遊んでいる子がいる”と、そちらが魅力的で遊んでしまう事もあります。午睡担当、遊んでいる子の担当と、さらに職員の手も必要になります。ただでさえ人手不足の中で、仕事もなかなかはかどりません。主体性を大切にする事は、もちろん大事だと思います。でも、子どもたちはまだ幼く、経験も浅い。だからこそ、大人が導く部分も必要なのではないかと思っています。好きにさせる方が楽な時もあります。でも、全てを子ども任せにする事は、大人が責任を放棄した形にならないのだろうか……。そんなモヤモヤが、今も残っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12965856477.html</link>
<pubDate>Fri, 15 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性保育のモヤモヤ③</title>
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<![CDATA[ <p>　保育園での一連の流れの中で感じたモヤモヤ。</p><p>&nbsp;新年度の準備から始まり、新年度、そして5月の連休明けまでは慌ただしい日々が続きます。夏を迎える頃になると、子どもたちも少しずつ落ち着いてきます。クラスの状況を見極めながら、朝の会から始まる保育園生活。椅子に座ったり、先生のお膝の上に座ったりして、みんなで集まって行います。</p><p>&nbsp;（0歳児さんは、一人ひとりのペースに合わせて行います）&nbsp;</p><p>&nbsp;そんな中で出てきた、当時の園長先生の考える「主体性」。「朝の会はやらなくてもいいのでは？」という意見でした。長年、保育の流れの中で働いてきた私にとって、みんなで「おはようございます」を言わないことに、どこか違和感がありました。朝の会がない場合、以上児は園庭で遊んでいたり、室内で自由遊びをしています。未満児は、おやつを食べ終えると、汚れた子の対応をする保育士、片付けをする保育士、子どもを見る保育士と、それぞれに分かれます。限られた人数の中で子どもを見守るには、</p><p>&nbsp;一度みんなを同じ場所に集め、手遊びや絵本を通して、落ち着いて食後の時間を過ごす必要があると感じていました。人手が限られているからこそ、目の届く範囲に集まることにも意味があります。また、朝の会を行うことで、人数確認をもう一度できたり、朝の受け入れ時に行っている視診に加えて、その後の体調の変化にも気づきやすくなります。「落ち着いて座る」という経験にも、意味があると思っていました。一方で、主体性を大切にするなら、無理に座らせなくてもいい。絵本も、見たい子が見ればいい。朝の会に参加したくない子は、参加しなくてもいい。もちろん、保育士も無理に座らせているわけではありません。配慮が必要で参加が難しい子については、日々の生活の中で見極めていくものだと思います。個別対応が必要な子がいることも理解しています。ただ、すべての子どもに対して「主体性＝個別対応」となると、今の体制では、保育士の数が足りません。現場の基準人数だけでは、どうしても手が回らない現実があります。保育士不足や、保育園への期待の大きさ、そして個別対応の増加。そのすべてに応えようとすると、どうしても限界が出てきます。これは保育園だけの話ではなく、学校、福祉、看護など、さまざまな現場で同じように人手不足が続いています。それでも一人が担う人数は多く、負担は大きいままです。子どもの主体性はもちろん大切ですが、主体性🟰子どもの自由にするで、本当に良いのでしょうか？</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12965534217.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性保育のモヤモヤ②</title>
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<![CDATA[ <p>前回のブログの続きです。</p><p><br></p><p>子どもの主体性を大切にして、以上児は給食を「好きな時間に食べてよい」という取り組みが始まりました。実際にやってみると、とてもとても大変でした。一斉に「いただきます」をしないため、席に着いた子から順に配膳。子どもはそれぞれのタイミングで食べ始めます。デザートを先に食べたり、好きなものだけ食べて、ご馳走様する子も。</p><p>&nbsp;その一方で、アレルギーのある子の給食は厳重にチェック。援助が必要な子につきながら、誤嚥がないように見守り、よく噛むよう声をかける。給食をこぼせば片付け、おかわりの対応も必要です。食べ終わる子も出てくるので、安全に配慮しながら歯磨きの見守り。さらに、食器の片付け、給食後の着替え、布団敷き……。挙げればきりがないほど、給食から午睡までの時間は毎日ドタバタです。主体性の取組みが始まり、これまでとは比べものにならないほど、保育士の手が足りないと感じました。園長先生や給食の先生にも入ってもらいましたが、それでも慌ただしさは変わりませんでした。これが主体性なのか？一日でモヤモヤが大きくなりました。「子どもの好きなようにすること」が主体性なのでしょうか。限られた職員の中で、安全に、落ち着いて給食を食べるためには、一斉の方が現実的なのではないかとも感じました。いきなり始めるのではなく、どう動けばうまく回るのかを考え、段階を踏む必要があったのではないか。職員の中にも、同じような疑問を強く感じている人がいました。私は、子どもに関わるうえで一番大切なのは「安全」と「安心」だと考えています。その視点から見ても、この主体性の取り入れ方には疑問が残りました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12964255579.html</link>
<pubDate>Mon, 04 May 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性保育のモヤモヤ①</title>
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<![CDATA[ <p>主体性保育を始めたころ、園長から「この本を読んでおいて」と、一冊の本を渡されました。読み終えて、言いたいことは分かる…。でも同時に、現場の中でどうやって実現するのか、イメージがつかないままでした。&nbsp;</p><p>&nbsp;子どもが好きなときに食べて、好きな時間に寝て、寝たくないなら遊ぶ。それは本当に、今の園の体制でできることなのか。&nbsp;</p><p>&nbsp;好きなことをする＝主体性、だけではないような気もしています。解決策が見えないまま始まった主体性保育。毎日はドタバタで、掃除や準備、書類に追われて、休憩もなかなか取れない。そんな中で、子ども一人ひとりに丁寧に関わる難しさも感じていました。職員同士でも、「主体性って、ただ自由にすることじゃないよね」と話すことが増えていきました。主体性を進めたい上の思いと、現場の実感。その間にあるズレに、モヤモヤを感じながら、過ごしていました。当時のモヤモヤと今の保育の現場でどうなっていったかをこれから私の思いとして綴っていけたらと思ってます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12963506728.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Apr 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>主体性と自由の境目は？</title>
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<![CDATA[ <p>当時園で、集団保育から主体性を大切にした保育へと変わり始めたころ、なんとなく違和感がありました。でも、それが何なのか、はっきりと言葉にできませんでした。&nbsp;</p><p>&nbsp;主体性と自由の境目。「子どもの好きなようにさせてあげて」と言われる場面の中で、ただ好きにするだけでいいのかな？と感じることがありました。子どもの好きに？自由にすることが、主体性なの？&nbsp;</p><p>&nbsp;保育士自身も主体性を十分に理解できていない中で、主体性を大切にした保育が始まったように感じています。子どもの気持ちを大切にしたい気持ちはある。でも、集団でないと保育が成り立たない場面もあり、保育士一人では、安全に見きれない現実もあります。何が正解なのか分からない。これでいいのか、という不安や迷い。今日から、日々の中で感じた私のモヤモヤを、私の思いをひとつずつ書いていこうと思います。更新は、無理のないペースで、まずは週に一度くらいを目安に。ゆっくりですが、続けていけたらと思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12963506073.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>保育のモヤモヤー1人の保育士として</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。保育の仕事をしている、チワワです。子どもと関わることは好き。&nbsp;</p><p>主体性を大切にした保育に関わる中で、「なんかちょっと違和感あるな」そんなモヤモヤを感じることが増えてきました。考えても正解が出てこないこと。うまく言葉にできないこと。毎日の中で流れていくけど、本当はちゃんと向き合いたい気持ちもあります。&nbsp;</p><p>&nbsp;このブログでは、そんなモヤモヤや、働き方について感じたことを、自分の言葉でゆるく残していこうと思います。同じように悩んでいる人や、なんとなく共感してくれる人がいたら嬉しいです。正解は分からないけど、モヤモヤを少しずつ言葉にしていきたいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/s-cotume/entry-12963505437.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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