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<title>蛇とパソコン</title>
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<description>飼い蛇・サボテンについての日記です。</description>
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<title>私たちの距離・その1</title>
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<![CDATA[ <p>　動物を飼うことを「飼育」と言うけれども、爬虫類を飼うのは「飼育」とは言えない、と私は思う。<br>　犬、猫などの哺乳類は、「しつけ」ができる。<br>　名前を呼べば応じるし、飼い主とその他の人の区別も明確につく。<br>　種類や個体の性格にもよるのだろうが、トイレの場所も覚えるし、食事の作法を教えることも可能だろう。<br>　だが、蛇は無論、そうではない。「サボテン」と呼んでいるのは、私たちの都合であり、彼女自身にはまるで無関係の事柄だ。</p><br><p>　「私が落ち込んでると、猫もわかるみたい。側にやってきて、心配そうにじっと見てるの」と、友人が言っていた。<br>　彼女は飼い猫にとって、親であり、姉であり、友人であり、今は「娘なんだと思う」と言う。<br>　「この子がうちにやってきたときは、まだほんの小さな赤ん坊だった。私がミルクを飲ませて大きくしたのよ。でも、あっという間に大人になって、今はこの子に守られている」<br>　そういう彼女のまなざしは、年老いた母親が頼もしげにスーツ姿の息子を見上げるそれである。<br>　彼女は確かに猫の飼い主であると同時に、育ての親なのだ。</p><br><p>　サボテンもうちにやってきたときには、まだ小さな幼蛇だった。<br>　片手の中にくるんと収まるほど小さくて、毛もまばらな、小指の半分ほどしかないねずみを呑むのが精一杯の、ちっちゃなちっちゃな赤ちゃん蛇だった。<br>　冬を二度越え、今はアダルトサイズのネズミをペロリと二匹も平らげる。<br>　サボテンは本当に大きくなった。脱皮のたびに、「大きくなったなぁ」と思う。けれども、私にはサボテンを育てたという思いはない。</p><br><p>　サボテンと私たちの関係は、最初からずっと変わらない。<br>　ただ、「ここにいる」というだけの関係である。<br>　私たちは「他人」だ。どこまで行っても「他人」だ。<br>　ずっと側にはいるけれど、ずっと遠くに生きている。</p><br><p>　私はその距離に、心の底から安心する。<br>　ケージの中で、無機質に丸まったり、伸びたり、絡まったり、得手勝手に暮らしているサボテンを眺めていると、「ああ、良かった。私たちは他人だ」と思う。</p>
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<pubDate>Fri, 22 Apr 2005 09:36:07 +0900</pubDate>
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<title>末っ子気質。</title>
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<![CDATA[ <p>　初対面の人にも、「絶対末っ子でしょう」と指摘されてしまうほど、私はあからさまな「末っ子気質」である。<br>　二人姉妹の妹で、いとこの中でも一番下の女の子。<br>　甘やかされるのは大好きだが、甘えられるのは大嫌い。<br>　自分で言うのもおこがましいが、ワガママである。</p><p>　例えば、数種類のお土産を並べて、「みんなで仲良く分けなさい」と言われると、「あたしこれが欲しい」と、いの一番に手を挙げてしまう。<br>　「どれがいい?」尋ねる前に、「これがいい」とやってしまう癖は、いい大人になった今でも抜けず、「お前のせいで、私は損ばかりしてきた」と、よく姉に愚痴られるのだが、それはちょっと違う、と私は思っている。</p><br><p>　「欲張りんぼ」という点では、私たち姉妹は実によく似ている。ただ、その方法が違うだけである。<br>　私は最初に「これがいい」と言ってしまうが、姉は「どれがいいの?」と譲るふりをしながら、「これが似合うんじゃない?」「こないだ持ってたのとおそろいみたいでいいじゃない」などと、言葉巧みに誘導し、最終的には自分の欲しいものを手中に収めるという、まことに「長女らしい」手段をとるので、ある。</p><br><p>　私は喧嘩が苦手だ。<br>　どうも、最初から勝つ気がしない。<br>　女なので、もちろん殴り合いなどしたことがないが、頭の回転が鈍いせいだろう、議論も下手だし、口喧嘩も弱い。おまけに涙腺が緩くて、すぐにぽろぽろ泣いてしまう。<br>　「卑怯者!!」と罵られるが、涙が出やすいのは、たぶん遺伝だ。母も姉も泣き虫である。その上、私は我慢という言葉を「自分の人生には関係ない」と思い込んで生きてきたので、「涙をのんでこらえる」なんてことは出来ない。実にあっけなく、泣いてしまう。<br>　泣いたらもちろん、その時点で負けである。</p><br><p>　「勝つ気がしない」のは、姉妹の間で長年積み重ねられた歴史の結果であろう。<br>　どうせ負ける喧嘩なのだ。痛い目に合う前にさっさと謝ってしまうのが、私の唯一の戦略である。</p><br><p>　「ワガママ」「自己中心的」「甘ったれ」と評判のよくない末っ子気質だが、「謝り上手」という点では、長男長女の上をゆく、と私は思う。<br>　「ちゃっかりしている」と、これまたあんまり好意的ではない言葉だが、そこに集約されるのは、この「ごめんなさい」がすぐ言える気質だと思う。<br>　私は謝ることに、まったく抵抗がない。<br>　もちろん、自分が悪いと思ったら、すぐに謝るし、時には悪いと思っていなくても、私が謝ることでその場の収集がつくと判断できる場合は、さっさと謝ってしまう。<br>　我ながら、「計算高い」と思う。あまりよろしい性格とは言いがたい。</p><br><p>　「喧嘩するほど仲がいい」という言葉があるけれども、私はどうもピンとこない。<br>　もちろん、喧嘩ばかりしているけれど、本当はすごく仲良しなカップルがいるのは事実だが、「喧嘩にならない」のも、仲良しだと思うのだが、どうだろう。<br>　私は二十年近く友達をやっている人たちとは、ほとんどまったくと言ってよいほど、喧嘩をしたことがないし、同居人とも、したことがない。</p><br><p>　互いにワガママなので、言いたいことは言ってしまう。やりたいことはやるし、やりたくないことは絶対やらない。気性も激しいので、衝突の種はいくらでもありそうだが、喧嘩にはならない。<br>　それは、二人とも「末っ子気質」だからではないか、と思う。彼は私と同じくお姉さんが一人いて、とりあえず長子(強いモノの象徴)を立てることが身についている、というか、身に染みている。</p><br><p>　姉夫婦は、長男長女同士で、しょっちゅう喧嘩をしては、派手に争っている。<br>　二人とも真面目で一途なのだ。中途半端な「ごめんなさい」ができないので、争いは長くなる。<br>　「さっさと謝っちゃえばいいじゃない」と私が言うと、<br>　「だって、私は悪くない。絶対謝るまで許さない」と気炎を上げる。<br>　悪くはないかもしれないけどねぇ。とりあえず謝れば、お義兄さんも謝ってくれると思うんだけど。</p><br><p>　なかなか謝ることができない人を見ると、つい、いらいらして、「んじゃ、あたしが代わりに謝っとくね」とまったく解決にならないことをしでかしてしまうのも、末っ子ゆえの、おっちょこちょいぶりであろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001510514.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Apr 2005 10:49:16 +0900</pubDate>
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<title>熱帯のウロコ事情・その3</title>
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<![CDATA[ <p>　平日だったせいか、いつもそうなのか、「日本・中国庭園」は閑散としていて、観光客でアジア人らしい顔をしているのは私だけだった。<br>　ヨーロッパのどこか(どこかはわからない)の言葉をしゃべっている白人の母子、友達同士で遊びに来たらしい、アフリカ系の青年たちなどに囲まれて、予想通り「どことなくおかしい」日本庭園を見る。<br>　枯山水の中にいきなり違い棚があって松の盆栽が飾られていたり、鯉の池を見て、「ソー　ビューティフル!!」「オー　キュート!!」と感嘆の声を挙げる外国の方々(私もここでは外人なのだけれど)がたいへん面白かった。鯉が珍しいのか、と驚いたけれど、確かに初めて見る人にとっては、紅白のウロコやむっちりとした形のいい身体つきは目を見張るものかもしれない。<br>　アメリカ映画の中で、金魚のことを「東洋の生物学者が作り上げた奇跡の宝石、夢の魚」と言っているのを見たことがあるけれども、改めて、鯉もまた、日本が世界に誇れる美しい魚だと思った。</p><br><p>　芝生の上をさくさくと歩いていると、ひくりと私のウロコアンテナが反応した。<br>　今、なんかいた。目の端に、なにかが動いた。<br>　私のこういう勘はとてもよく当たる。生物園の中でも、見つけにくいところに隠れているウロコを見つけるのは、たいへん得意である。呼吸を整えて、ゆっくり、ゆっくりと視点を動かす。<br>　逃げないでね。なんにもしないから。ただ、ちょっとだけ姿を見せてちょうだい。<br>　尻尾の先まで含めると、25センチほどもあるだろうか。<br>　茶色を含んだきれいな黄緑色のトカゲが2メートルほど先でこちらに首を向けている。喉元がぴくぴくと神経症的に痙攣し、手足はぴくりとも動かない。<br>　緊張しているのだ。ゆっくりと、驚かさないようにゆっくりと、ウエストポーチを開けて、写真を一枚だけ撮る。<br>　トカゲはしばらくこちらを見ていたが、突然身体を捻って草の中に消えてしまった。</p><br><p>　私は緊張と興奮で手足が冷たくなるほどだった。<br>　あんな大きなトカゲ!!街中育ちの私は、天然の爬虫類は数えるほどしか見たことがない。トカゲ型のイキモノと言えば、カナヘビとニホンヤモリぐらいだ。生物園以外であんなに大きなトカゲを見たのは、もちろん生まれて初めてのこと。<br>　すごい!!さすが熱帯だ!!公園を散歩しているだけで、大きなトカゲに出会えるなんて!!<br>　しかし、残念ながら、シンガポールで天然のウロコ生物に出会えたのは、このたった一度きりだった。</p><br><p>　庭園のぐるりは太い竹に囲まれている。<br>　すっきりと伸びるさわやかな緑は、熱帯の鮮やかな空気の中では、不思議な異国情緒を漂わせている。まるで「初めて見るように」竹を見ていると、目の高さに拳大の石のようなものがへばりついている。顔を近づけてよく見ると、なんと円錐形の巻貝だった。<br>　貝?なんでこんなところに貝が?と驚いていると、にゅるっと黒い体が伸びてきたので、更に仰天して、尻餅をつきそうになった。<br>　か・か・かたつむりさんだ!!<br>　よく見ると、あちこちでぬったりと伸縮している。間違いない。これは以前、サンシャイン水族館の「世界のカタツムリ展」の中にいた熱帯の大きなカタツムリだ。<br>　肝油大の小さな琥珀色のものしか見たことのなかった私は、たいそうびっくりしたのだが、世界にはこんなに大きくて立派なかたつむりもいるのだ。<br>　「久しぶりねぇ、こんなところが故郷だったのね」と思わず声を出して話し掛けてしまった。サンシャインにいたかたつむりと同じ個体のはずはなかったが、ついつい、言ってしまった。周囲に日本語がわかる人がいなくて良かったと思う。それ以前に、生垣の竹にわざわざ注目をしている人は誰もいなかったのだけれども。<br>　かたつむりの写真も撮る。今度は簡単だった。なにしろかたつむりなので。</p><br><p>　以上、熱帯のウロコ事情でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001204791.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Apr 2005 16:25:35 +0900</pubDate>
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<title>熱帯のウロコ事情・その2</title>
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<![CDATA[ <p>　旅行前にはガイドブックやシンガポールの発展の歴史なんていう本まで入念に読み、「あれも見たいしこれもしたいし観光スポットは一通りこなさなきゃ」と貪欲に計画表をこしらえていたのだが、結局、マーライオンもラッフルズホテルも見なかった。</p><br><p>　戦争慰霊塔だけはやはり行くことにして、少し離れたところから合掌した。<br>　塔の前には記念写真撮影でおおはしゃぎする日本人の女の子たちがいて、あまりお近づきになりたくなかったからである。<br>　「あのぉ、シャッター押してくれませんかぁ」<br>　なんて言われてしまうかもしれないし。彼女たちはたぶん、広島の原爆ドームの前でキャッキャとアメリカ人が撮影大会をしていてもなんとも思わないのだろうな。やれやれ。なんて村上春樹風に呟いてみたりした。殺されても文句は言えないと思うんだけど。</p><br><p>　「ブランドのバッグ一つも買ってこなかったわけ?いったい何をしに行ったのよ」と多くの人に呆れられたが、歩いていたのである。<br>　とにかくずっと街をぐるぐると歩き回っていた。<br>　歩いているだけであまりにも楽しかったので、観光名所など行く気がしなくなってしまったのだ。方向音痴でなかなか目的地にたどり着くことができなかった、という理由もある。</p><br><p>　シンガポール一のショッピング街、オーチャード通りには、伊勢丹や高島屋など日系のデパートメントがずらりと並び、更に高島屋の中には紀伊国屋書店まである。<br>　私は本屋は絶対に素通りできない体質なので、吸い寄せられるようにして中に入った。<br>　東南アジア一、というだけあって、とても広い。<br>　日本の書籍やコミックもたくさんあり、外国に来たということを一瞬忘れそうになるが、ペットコーナーを見て、「ああ、熱帯!!」と思わず声をあげそうになった。<br>　これが一つ目のウロコ的ショックである。<br>　爬虫類コーナーがとんでもなく充実しているのだ。<br>　犬や猫と比べても引けを取らないたっぷりの分量。</p><br><p>　年中高温多湿の熱帯では、なるほど爬虫類の飼育は楽だろう。<br>　もちろん種類にもよるが、日本よりもずっと育てやすい種類が多いに違いない。<br>　紫外線もたっぷりで、トカゲも亀も発育がいいだろうな。<br>　思わず片端から買いたい衝動にかられたが、値段を見て諦めた。高い。国内に出版社があまりないのか、日本語書籍のみならず、英語の書籍もほとんどが輸入品で、日本の1.5倍か2倍ぐらいの感覚である。<br>　大きくため息をついてからふたたび棚全体を眺めて、天然自然のシンガポール産ウロコに会いたいものだ、としみじみ思った。</p><br><p>　シンガポールは都市である。<br>　高度成長時代真っ只中で、街はどこもかしこも少し趣きの変わったディズニーランドのようにオモチャめいて小奇麗なのだ。道端にゴミが一つも落ちていなくて(かの有名なポイ捨て高額罰金制度のためである)、あちこちに大きなごみ箱があるところが、ディズニーランドを思わせる。<br>　街路樹は熱帯の猛々しさを誇っているが、いかにも整然とし過ぎている。<br>　こんなところじゃ天然のウロコには出会えないな、大きな公園にでも行ってみよう、とカフェ(スターバックスである。日本ではまだスタバブームがやってくる以前だったので、私が初めて入ったスターバックスは、シンガポールの支店なのだ。これはちょっと自慢である)でガイドブックを広げて、「日本・中国庭園」というのを発見した。</p><br><p>　わざわざシンガポールまで来て日本庭園を見るというのもなんだか非常に馬鹿馬鹿しいような気がしたが、まぁいいだろう。外国にある日本庭園がどんなものかも、とっても興味があるし。<br>　というわけで、これまたオモチャめいた超近代的なメトロに乗って、サリー姿にナップザック、スニーカー、スウォッチという面白い格好をしたインド人の女の子を眺めながら(しかし、そのファッションは掛け値なしに可愛らしく、彼女にとても似合っていた)「日本・中国庭園inシンガポール」に向かった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001465559.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2005 12:53:53 +0900</pubDate>
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<title>熱帯のウロコ事情・その1</title>
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<![CDATA[ <p>　もう何年も前のことだが、一度だけ海外を旅行したことがある。<br>　そろそろ周囲の友達が「夏休みの予定」を噂し出すころ、ハタと気がついてしまったのだ。<br>　同年代の友達で、海外に行ったことがない女の子は一人もいない、ということに。</p><br><p>　男の子は案外、行ったことがないし、さほど行きたいとも思わない、という人が多いのだが(同居人も海外にはまったく興味がない)女の子たちは少しでも連休がとれると、さくさくと海の向こうに飛び立ってゆく。<br>　バブルはとうに弾けていたが、そんなことは関係なく、女の子はいつだって元気いっぱいなのだ。</p><br><p>　私も、行きたい。一度ぐらい、行ってみたい。<br>　いや、是非とも行かなくては。っていうか、行こう。<br>　私はこういうことになると、異常なほどの行動力を発揮する。<br>　その足で駅構内の旅行代理店に行き、パンフレットを山ほどかき集めて、ドトールでアイスコーヒーを注文し、真っ先に「お値段」をチェックする。<br>　当時私は和裁士(着物を縫う仕事)をしていて、拘束時間が異常に長く、案外重労働であるにも関わらず、同年代の平均の三分の一程度しか月給をもらえないという、非常に劣悪な金銭状況にいたため、何ごとにつけても「最優先項目はコスト削減」であったのだ。</p><br><p>　「とにかく安いこと。そして英語が通じること」<br>　いや、英語だってろくにしゃべれないのだが、例えば中国語やスペイン語に比べたら、ずっとマシなはずである。<br>　そういうわけで、あっさりとシンガポールに行くことに決めた。<br>　アイスコーヒーを半分残して、猛ダッシュで同構内のブックスタンドへ行き、「地球の歩き方・シンガポール」を購入した。<br>　ふたたび何ごともなかったようにドトールに戻り、氷をカリカリしながら熟読。<br>　一時間後には代理店で予約をし(一人分だったので予約は簡単だった)、七週間後には小さなスポーツバッグとウエストポーチでシンガポールにいた。<br>　なんだ。海外に行くのって、こんなに簡単なことだったのね。</p><br><p>　飛行機とホテルはツアー会社が何から何まで世話をしてくれたので、まったく問題がなかった。<br>　オプションは一つもつけなかったので、一人でてくてく歩いていたのだが、陽気で親切なシンガポリアンはどこでも気軽に声をかけてくれる。カタコトの英語でもしゃべってしまえば意外と通じる。<br>　三つの民族の文化と宗教がギュッと淡路島サイズの国土に凝縮されたシンガポールは、とにかく歩いているだけで面白い国だった。<br>　国全体が脈絡のないテーマパークみたいな国である。</p><br><p>　ここで私は二つのウロコ的ショックを味わうことになる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10000591641.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Apr 2005 11:53:16 +0900</pubDate>
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<title>触る</title>
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<![CDATA[ <p>　爬虫類が好きだと言うと、よく「触れる?」と聞かれるのだけれど、この発想が既に、「哺乳類的だなぁ」と私は思う。<br>　我が家のペットの蛇については、もちろん「触れる」と応えるが、無論、すべての爬虫類を触れるわけではないし、第一、私はあまり「触りたい」とは思わない。</p><br><p>　サボテンに「触れる」のは、「飼い主としての責任」からである。<br>　サボテンは「触られる」ことを好まない。機嫌がいいときには「やれやれ」といった風情でおとなしくしているが、機嫌が悪いときには威嚇してくる。<br>　そういうときには、絶対にケージに手を入れてはいけない。<br>　蛇の身体はしなやかで柔らかく収縮し、それはもう、病み付きになる素敵な感触であることはうけあいなのだが、だからと言って安易に触ってはいけないのだ。</p><br><p>　伊豆熱川のバナナワニ園など、大型の爬虫類のいる施設には、かならずと言ってよいほど、その「危険性」を警告するはりがみがある。<br>　「危険ですので、手や指を入れないでください」。<br>　私はその類の警句を見るたび、とても哀しい気持ちになる。<br>　ワニは危険な動物だろうか。何をもって「危険」というのかが問題だが、私は「ただ、ワニは肉食である」という言葉だけで充分だと思う。<br>　ワニは肉食である。ほとんどの蛇も、肉食である。</p><br><p>　「そして、人間は肉である」。</p><br><p>　重要なのはここなのだ。人間は自分が「ただの肉である」ことをすっかり忘れてしまっている。<br>　ワニはもちろんのこと、蛇も大型種になれば、人間を呑むこともある。彼らにとって、我々は「ただの肉の塊」に過ぎない。<br>　安易に手を出すのは、「手なづけることができる」という傲慢な気持ちがあるからだろう。<br>　「見損なわないで」と私はワニに代わって言ってあげたい。<br>　爬虫類はそんなに甘ったるい動物ではない。</p><br><p>　爬虫類は基本的になつかない。<br>　人間と共に暮らす、人間の差し出した餌を食べる、という「状況」には馴れるが、人間に親愛の情を抱いているわけではない。<br>　何年一緒に暮らそうと、驚かせれば噛みつくし、身の危険を感じれば威嚇する。「餌だ」と認識すれば、あっけなく襲ってくるだろう。</p><br><p>　私たち哺乳類は「ふれあう」ことが大好きだ。<br>　小さな子供を見れば頭を撫でたくなるし、仲良しの人とは手をつなぎたい。頬をつついて、くすぐりあって笑いたい。視線を合わせて微笑みたいし、言葉を交わして深く繋がるチャンスをいつだって強く求めている。<br>　そうした「哺乳類的感性」のままで、爬虫類に手を出したら、絶対に痛い目に合う。</p><br><p>　蛇は孤独な生き物だ。一人で卵殻を破り、ひっそりと生まれてくる。つがうのは交尾の時だけで、一生のほとんどを一人で過ごす。<br>　蛇の長い長い身体は、長い長い孤独のときを思わせる。</p><br><p>　私は爬虫類のそういう性質が、どうしようもなく好きである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001438136.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Apr 2005 11:31:19 +0900</pubDate>
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<title>お客さまが来る</title>
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<![CDATA[ <p>　蛇を飼いはじめてから、すっかり友達が遊びにきてくれなくなってしまった。<br>　もともと狭い六畳一間と台所のみの間取りに人間二人と蛇一匹がすまわっているので(「よく住んでるね!!」と驚かれるが、実は当人たちは特別不便を感じていない)、友達を呼べるスペースなどあまりないのだけれど、まったく来てくれないとなると、やはり少し淋しい。<br>　写真はよくせがまれるのだが、実物はちょっと怖い、と躊躇されてしまう。<br>　しかし、「お客さま」は友達だけとは限らない。そう頻繁にあることではないが、どうしても人を家に呼ばなくてはならないこともある。</p><br><p>　先日は少し調子の悪かったADSLの具合を見ていただくために、NTTに修理を依頼した。<br>　電話で何度かやりとりをして、回線のチェックなどをしてもらったのだが、原因がつかめず、なかなか改善しなかったために、「一度お宅にお伺いする」ということになったのだ。<br>　いつもよりもちょっぴり念入りにお掃除をしながら、うーん、としばらく思案。</p><br><p>　事前に蛇がいることを伝えておいたほうがいいかしら。<br>　いきなり見ると、びっくりするかも。<br>　でも、「蛇」と言った途端に「嫌です!!行きません!!」と言われても困るしなぁ・・・<br>　などと、思い悩んでいるうちに、来てしまった。<br>　40前後と思われる、体格のいいおじさんである。<br>　我が家は玄関をあがって、台所との仕切りのガラス障子を開けると、すぐにパソコンが目に入る。<br>　パソコンに向かっていると、蛇のゲージは背中の位置にあるので、<br>最初、彼はまったく気づく様子がなかった。<br>　(この調子なら、わざわざ言わなければ気づかれないかもな)と私は安心していた。<br>　こんなとき、声も物音もほとんど立てない爬虫類は実に便利だ。</p><br><p>　ところが、しばらくすると、彼は配線のチェックをしながら、パソコン机の上にあるミニ本棚を、チラチラ見るようになった。<br>　机の上には、主にパソコン書籍、辞書、道路地図、歳時記などが並んでいるのだが、真中の棚には、爬虫類・恐竜関係の本がずらーっと並んでいる。一番手に取りやすい位置に置いてあるのだ。<br>　彼はどうやら、そのあたりが気になるようだった。<br>　飾り棚の、ワニ、カエル、恐竜、トカゲなど、こまごまと集めたゴム人形や、壁に貼ってある、私がアクリル絵の具で描いた、カメレオンの絵も、気になるようだった。</p><br><p>　「とりあえず、局内の回線は新しいものに変えましたので、モデムの型を最新のものに取り替えてみます。<br>　お客様のご住所は、担当局内で、もっとも遠い地域になりますので、もしかしたら、その距離的な問題かもしれません。<br>　もし、新しいモデムでその不具合が改善されたら・・・」<br>　淀みなく解説のセリフを言ってしまうと、彼は額ににじんだ汗をぬぐい、「ところで、あの」と、申し訳なさそうな、情けないような、ちょっぴり複雑な顔をして私のほうを見た。救いを求めているような目でもあった。<br>　「そこに、その、私が非常に苦手とする文字が並んでいるのですが・・・」<br><br>　彼の指の先には、『ヘビの世界』『最新ヘビ学入門・90の疑問』『カラー図鑑・爬虫類と仲良くなる』『決定版・日本の両性爬虫類』といった書籍がある。<br>　「爬虫類はお嫌いですか」<br>　「いえ、あの、トカゲとかは・・・触れと言われたら嫌ですけど・・・あの、長いものがダメでして」<br>　「へび」という二文字を口にするのも怖い様子だった。<br>　「あの、その、ひょっとして、か・飼っていらっしゃるんでしょうか」<br>　「ええ、あの、後ろにケージが・・・」<br>　「うわあ!!やっぱり!!どうりでさっきから背中がゾクゾクすると思った!!」</p><br><p>　き・気づかれていないと思ったのに、背中で判るのか!!<br>　サボテンはこちらの様子など、まるで気にとめるふうでもなく、いつもどおり緩めにトグロを巻いて、流木に顎を乗せて、ぽよーんと呆けている。<br>　全然緊張感のない、ぼけぼけした様子なのだが、彼には「今にも飛びかかられそう」な姿に見えたのだろうか。<br>　「うわああ」とのけぞってから、しまった、という顔をして、<br>　「す・すみません、どうしても苦手なものでして」としきりに汗を拭いて恐縮し、私のほうは、そういう反応には慣れっこだし、別に気を悪くしたわけでもないので、「いえいえ、こちらこそスミマセン」と頭を下げて、少しの間白っぽい空気が流れた。</p><br><p>　とりあえず、彼が全ての手順を滞りなく終えるまで、「背中のゾクゾク」については気にしないように勤めてくれていたことを、私はたいへんありがたく思った。<br>　最初にサボテンの姿を見ていたら、このような淀みない修理と説明はできなかっただろう。</p><br><p>　次回から、このようなお客さまがいらっしゃるときには、お風呂場にでも隠しておくことにしよう。<br>　でも、「バスルームのほうから悪寒が・・・」と言われたりして。<br>&nbsp; </p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001227949.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Apr 2005 02:09:09 +0900</pubDate>
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<title>ウロコ文学</title>
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<![CDATA[ <p>　書店に行くと、「読み物として軽く楽しめるエッセイ風の爬虫類本」がまったくないことに、いつもがっかりしてしまう。<br>　飼い方や病気の対処法などを記した実用書や、カタログの類は(哺乳類ほどではないけれど)結構たくさんある。<br>　専門家が書いた、学術系の本もそれなりにあり、私も写真のきれいな図録、解説が丁寧な飼育本、生物学者の書いた「ヘビ学入門」、フィールドワーク主体の蛇の生態を詳細に記述した本、蛇にまつわる神話や伝説を集めたものなどを各種取り揃え、日々のウロコライフ充実に役立ててはいるのだが、どうしても「お勉強臭さ」が鼻につき、ほっくりと和める雰囲気ではない。ついつい、ノートと鉛筆を取り出したくなってしまう。</p><br><p>　寝転がってココナッツクッキーを齧りながら、水浴びをする蛇のエピソードにほのぼのとしたり、日向ぼっこをするリクガメの記述に散歩ゴコロをくすぐられたり、フトアゴトカゲの首の動きにケラケラ笑ったり、茶飲み友達に「ねえねえ、ここ読んでみて、超かわいいのよ、このベビーカメレオン」と見せ合ったりすることにふさわしい「軽いエッセイ」が皆無なのである。</p><br><p>　そんなとき、犬猫好きさん達はいいな、とつくづく羨ましくなる。<br>　巷にはたくさんの猫好き、犬好きの文筆家がいて、それはもうかわいらしく愛らしいエッセイが「これでもか」というほど出版されているのだから。<br>　私の好きな作家だけ並べても、猫ならば、村上春樹、内田百けん、金井美恵子、笙野頼子、向田邦子、天才少女漫画家大島弓子。<br>　犬は猫よりもやや少ない気がするが、それにしてもなかなかどうして、江國香織、小川洋子、武田百合子。やまだないとのコミックエッセイでも素敵な犬の一品があった。</p><br><p>　インターネット上にも、「爬虫類サイト」は結構あるのだけれど、やはり犬猫に比べると「実用寄り」が多い。確かにとても役には立つのだが、文芸として楽しめる「ウロコのちょっと素敵な読み物」はほとんど見あたらない。<br>　これは単純に需要が少ないということなのか。しかし、哺乳類にほとんど興味のない私でも、充分に堪能できる、優れた犬猫本はたくさんある。大島弓子の「サバシリーズ」「綿の国星」が奇跡とも呼べるほどの大傑作であることは、たとえ猫嫌いさんであっても絶対に否定しないだろう。</p><br><p>　ああ、大島弓子のもとに、可愛らしい子亀が迷い込んでくれたなら!!どんなにロマンティックで素敵な、切ない亀物語を描いてくれただろう。<br>　村上春樹が無類の蛇好きであったなら!!きっと彼の心に「そっと柔らかくたたずんで」、私の心にも蛇的な「小確幸」(小さいけれど確かな幸せという意味の村上春樹語)をもたらしてくれただろう。<br>　金井美恵子がトカゲの飼い主だったなら!!とてつもなく魅力的でエロティックな、しびれるほど官能的な文章を紡いでくれたに違いない。</p><br><p>　そんな私の切なる願いを叶えてくれた文筆家は、ただ一人。<br>　川上弘美である。<br>　芥川賞受賞作の「蛇を踏む」は、ほのぼのとあたたかい、とは言えないけれども、蛇特有の「きりのない魅力」と「やわらかな不気味さ」を存分に描いてくれた傑作だし、他にも亀やトカゲを題材とした、とても魅力的な短編がある。<br>　川上弘美さま、これからも素敵なウロコ文学を期待しています。<br>　新作「古道具　中野商店」買いました。これから読みます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001222704.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Apr 2005 04:29:04 +0900</pubDate>
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<title>ペットジャンル移動のごあいさつ</title>
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<![CDATA[ 　ブログジャンルに「ペット」が追加されたので、お引越しをしました。<br>　こんにちは。しずと申します。<br>　いままで、該当ジャンルがわからなかったので、実に居心地悪く「日記」ジャンルにいました。<br>　これでのびのびと書ける、と思ったのですが、あの、やはりここは「哺乳類」優勢なのでしょうか・・・<br>　あの、蛇なんですけど、いいですか?<br>　あの、写真とかは一切掲載しませんので、どうかどうか怖がらないでください。<br>　蛇はとてもものしずかで、柔らかく、実に愛らしい、すごくいい生き物なんです。<br>　どうか、いじめないでください・・・
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10000634821.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2005 12:27:39 +0900</pubDate>
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<title>不思議ちゃんきどり</title>
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<![CDATA[ <p>　「不思議ちゃん」という形容が今でも普通に使われているのかどうか、いまひとつ自信がないのだけれど、少し前、たしかにそのように呼ばれる女の子たちの一群がいた。<br><br>　「不思議ちゃん」とはその名の通り、「不思議な言動をする子(「人」と言うよりも、ここではやはり「子」と言うべきだろう)」のことで、天然自然に不可思議な子ももちろんいるわけだが、中には「あたしって変わってるの。不思議なの。ね、個性的でしょ?おもしろいでしょ?」とアピールしたいがために、「不思議ちゃん的言動」をしている子もいる。<br>　私の観察では、前者の天然自然の不思議派は、「ちょっと苦手」という人はいても、あからさまに「うざい」などと排除されることはあんまりない。一方後者の「不思議ちゃんきどり」は、かなりボロが出やすく、あっさりと偽者を見抜かれて、嫌われる傾向にある。</p><br><p>　漫画家の魚南キリコが、とあるインタビューで、自分がかつて「不思議ちゃんきどりのウザイ女の子であった」ということを告白していた。<br>　曰く、尊敬する先輩漫画家の岡崎京子の「PINK」という作品を読んで、主人公がワニを飼っていることに影響を受け、ワニはいくらなんでも無理なので、蛇を飼って「ワニ」という名前をつけようと本気で考えたことがあったという。</p><p>　私は魚南キリコも岡崎京子も大好きだが、この発言を読んで、1%ぐらい魚南キリコが嫌いになった。いや、嫌いというのは少し言い過ぎかもしれないが、「迷惑だなぁ」と思ってしまった。<br>　というのも、私も「蛇を飼っている」ということだけで「不思議ちゃんきどり」扱いをされたことがあるからである。</p><br><p>　蛇が嫌いな人にとってみれば、「蛇の飼い主」はまさに「不思議ちゃん」以外の何者でもないだろう。それは充分に理解できるし、弁解するつもりもない。やや気恥ずかしい言い方だが、「不思議ちゃん上等」、である。<br>　私も北海道出身の知り合いが東京に来て初めてゴキブリを見て(北海道にはゴキブリがいないのだそうだ)、「珍しいから」としばらくプラスティックケージに入れて飼っていた、と聞いたときには、心底「不思議なことをする人もいるものだ」と驚愕した。<br>　しかし、彼はもちろん、「不思議ちゃんきどり」でゴキブリを飼っていたわけではない。純粋に驚き、そのメカニカルな動き(と彼は表現した。うまい表現だと思う)に心を奪われてしまったのである。<br>　私はゴキブリは大嫌いだが、彼のその時の気持ちは存分に理解できるし、その後、ゴキブリ以上に心を奪われてしまった恋人に「どうしてもやめてくれ」と言われて飼育をやめた、と切なそうに告白されたときには、心から同情し、思わず涙が出そうになったほどだ。<br>　彼にとってゴキブリは、少年時代に多くの人が夢中になった、カブトムシやクワガタ、オニヤンマといった昆虫とまったく変わりがないのだろう。</p><br><p>　私は蛇が嫌われがちな爬虫類の中でも格別に嫌われる生き物であることを、充分に理解しているつもりである。私は確かに少数派なのだろう。<br>　だが、私は少数派になりたいがために、蛇を飼っているわけではない。珍しいペットが欲しくて蛇を飼いはじめたわけではない。それなのに、そのように勘違いされて「不思議ちゃんきどり」扱いをされることが多いのは、なぜだろう。<br>　それほど「蛇が好き」というのは信じがたいことなのか。<br>　いや、たぶん、それよりも本当に「不思議ちゃんきどり」で、「珍しいペット」として爬虫類を飼いたがる人が多いからなのだと思う。「限定のおもちゃ」や「レアものグッズ」と同じようなつもりで「コレクション」し、飽きたり手に負えなくなると、あっさりと捨ててしまう。<br>　こういう人が絶滅しない限り、爬虫類の飼い主に対する偏見は絶対になくならないだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sabohebi/entry-10001314121.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2005 11:43:47 +0900</pubDate>
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