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<title>sada20220525のブログ</title>
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<title>5/8</title>
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<![CDATA[ <p>最近車の後部座席に乗ると車酔いする。</p><p>と思ったら普段の生活でも乗り物酔いしてるような気持ち悪さと頭痛？が起きていることに気づいた。</p><p>しんどい.......</p><p>1人目の時と同じだ......</p><p>まさか..............</p>
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<link>https://ameblo.jp/sada20220525/entry-12965534288.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 20:40:16 +0900</pubDate>
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<title>23歳、波乱万丈の妊娠・出産(2)</title>
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<![CDATA[ <p>結論から言うとNICUに1ヶ月半、GCUに1ヶ月半お世話になった。</p><p>NICUでは命を存続させるための処置がたくさん施されていた。ちゃんと生きてくれているか確認しないと不安になってしまうくらい小さく、弱かった。</p><p>黄疸のビリルビンの値が大きかったから生まれてしばらくは光の治療を受けていた。</p><p>低血糖があったから毎日踵から血を抜かれて血糖値を調べられていた。</p><p>その当時は毎日が長くて、我が子の入院が辛くて、姿がかわいそうで、申し訳なくて、でも一生懸命生きようとしていて赤ちゃんの生命力に圧倒された。</p><p>なぜか異常に血糖が低くてなかなかGCUに移動させてもらえなかった。それ以外の条件はクリアしているのにステップアップさせてもらえない。焦りともどかしさでいっぱいだった。</p><p>数日後に気づいたらGCUに移動していて、もうすぐ退院かななんて思っていたけどそんな甘くなかった。</p><p>肺が未熟なまま生まれてきてしまったから、人工呼吸器がないと呼吸ができない。自力で呼吸をさせようとすると呼吸数が大幅に増えてしまう。</p><p>担当医は様子を見ながら、試行錯誤しながらどうにか良くしようと、どうにか早く退院させようと頑張ってくれていた。毎日大きくなり成長する我が子を見て、いつ退院させてもらえるんだろうかと焦る私と夫。担当医からはまだ様子を見させてくださいとしか言われず悲しみと苛立ちが募った。</p><p>今思うと先生も判断ができず苦しかっただろうと思う。申し訳ない。</p><p>毎日面会に行くのが楽しみで幸せだったけど帰る時の辛さは言葉にできないほどだった。</p><p>どうして我が子と暮らせないんだろう、どうして離れないといけないんだろう、母親を覚えてくれているかな、寂しい、辛い、早く家に連れて帰って抱きしめてあげたい。</p><p>先生と我が子の頑張りのおかげで肺も強くなってきた頃、私と夫で少し無理を言って退院させてもらった。退院した日のあの幸福度は過去1番だった。</p><p>退院してからは呼吸も治って異常も見られずだったから先生には"お母さんたちのそばにいたかったんだね"と言われた。その言葉を聞いて母性が沸いた。</p><p>"辛かったね、痛いこともたくさん頑張ったね"とたくさん子を抱きしめた。たくさん撫でた。</p><p>早産で超未熟児で生まれたから体の発達はとてもゆっくりゆっくりだし、<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">普通に生まれた子と違って何が起こるか分からないからまだ安心はできないけど、私がずっと心配していた</span>病気やその他気になることもなく健康に元気に笑顔で生きてくれているから良かった。</p><p>これからもたくさん笑顔で溢れる人生になりますように。母、頑張ります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sada20220525/entry-12965533713.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 20:36:59 +0900</pubDate>
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<title>23歳、波乱万丈の妊娠・出産(1)</title>
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<![CDATA[ <p>2025年6月上旬。</p><p>妊娠7ヶ月。</p><p>いつもの診察で、当たり前のように元気な赤ちゃんを確認して、当たり前のように帰れると思っていた。</p><p>今日は違った。</p><p>"週数の割に大腿骨が短く、体が小さいです"</p><p>ただ小柄な子なんだろうと思っていたけど大学病院を紹介された。</p><p>そこからは不安に苛まれネットで調べては落ち込む毎日だった。</p><p>紹介された大学病院は薄暗く、つられて気分も少し暗くなるような場所だった。</p><p>お父さんに付き添ってもらって少しは気が紛れた。</p><p>エコーでお腹の状態を確認、NSTモニターで心拍の確認、お医者さんはへその緒の状態を見て初めから分かっていたように、濁すように言った、</p><p>"臍の緒の血管が1本ない、単一臍帯動脈です"</p><p>必死に私を励ますように"良くあること"だの"心配いらないよ"だと言われたけどそんな言葉無意味だった。</p><p>それからは仕事を続けつつ、週２で休んで大学病院に通った。そこの大学病院は遠かったし、雰囲気が苦手だったから家の近くの大学病院に転院させてもらった。転院先の大学病院では毎回赤ちゃんが大きくなっているかを確認した。でも赤ちゃんは大きくなっていなかった。28週で本来あるべき大きさには程遠い小ささだった。</p><p>そして診察の度に毎回やるNSTモニターでは、赤ちゃんの心拍がたまに止まる時があると言われた。</p><p>仕事をしていたこともあり、頻繁にお腹が張っていて、お腹が張る度に赤ちゃんが苦しい思いをしていることも言われた。</p><p>そこからはもうあっという間に話が進んだ。</p><p>赤ちゃんが苦しくなっている時がある、そして赤ちゃんが成長していない。</p><p>すぐに入院してくださいと言われいきなり入院。</p><p>30週だった。</p><p>入院して5日後、帝王切開で出しましょうと言われた。あまりに突然のことに驚く暇もなく手術の話を聞かされた。</p><p>32週まで待ちたいがそこまで赤ちゃんが持たないから31週で出したい。小さく生まれるから確実にNICUに行くことになる。</p><p>とりあえず私は何でもいいから赤ちゃんの命を助けて欲しい一心だった。</p><p>突然すぎて旦那は電話の向こうで慌てていたけど、私はなぜか落ち着いていて恐怖心も不安もなかった。</p><p>あ、もう赤ちゃんに会えるんだ。</p><p>手術当日。</p><p>900g台で産まれた小さな我が子。</p><p>低血糖と黄疸あり、腸壊死の可能性ありと伝えられた。見たことのない小さな小さな赤ちゃん。</p><p>医師たちに囲まれすぐどこかに運ばれていってしまった。</p><p><br></p><p>赤ちゃんの入院の話は次に書きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sada20220525/entry-12965531000.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 20:07:12 +0900</pubDate>
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