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<title>sadstories3333のブログ</title>
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<title>2026年8月2日</title>
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<![CDATA[ <p>釣りから帰ってきた日</p><p>息子は熱中症になり、脱水を起こしていた。</p><p>私は、経口補水液を飲ませ、</p><p>ずっと横で様子を見ていなければいけなくなった</p><p>夫の同僚が、この子大丈夫ですか？倒れていませんか？と心配してお水をかけた方がいいんじゃないかとか言ってくれたらしい</p><p>夫はそれが面白くて笑っていたと言っていた</p><p><br></p><p>もし、息子を連れていくのであれば、息子の健康状態にもっと気を使ってほしい</p><p>まだ幼い息子を夜中の二時に連れ出して</p><p>かなり暑い状態での釣りに参加させないでほしいと思った</p><p>そこから三日か四日ほど、息子は気持ちが悪くてご飯が食べれないと言って、</p><p>私はその世話に追われることになった</p><p><br></p><p>夕飯は18時半で、その時間は過ぎると、</p><p>まだ食べてねーの！？と暴言を吐くのだが</p><p>夫は釣りから帰ってきて眠ったため、</p><p>ご飯は21時半となった（ご飯担当は夫）</p><p><br></p><p>洗濯機を回して、すぐに私が干さないと</p><p>だから洗濯槽がカビるんだ、お前は本当にできない嫁だ！と私を罵るのだが</p><p>洗濯機を回した後、寝てしまい、何時間も放置して忘れていたと私に言った</p><p>その前に、私はその状況を見て、私が洗濯物を干してあげていた</p><p><br></p><p>自分はいい、他人はダメ</p><p>自分がやった時は、笑ってごまかす</p><p>私がやった時は人格否定をし、</p><p>何もかもができないダメな嫁だと言う</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/sadstories3333/entry-12975695787.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 11:08:43 +0900</pubDate>
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<title>2026年8月上旬</title>
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<![CDATA[ <p></p><h1>2026年8月上旬</h1><p>息子の誕生日が近くなった頃、夫は義実家でバーベキューをするということで、息子を連れて出かけた。</p><p>この時も、私はまだ手術後で身体が十分に動かず、家族にそばにいて欲しかった。</p><p>半ヶ月も前から入院は決まっていたし、退院日もだいたい分かっていた。</p><p>それにもかかわらず、BBQの日程を親戚と決め、</p><p>夫は息子を連れて出かけ、私はまた家に一人で残された。</p><p>息子の誕生日が近づいており、私は息子を産んだ日でもある誕生日に、息子と一緒に過ごせないことがとてもつらく感じた。</p><p>8月6日から8月10日までの5日間、私は誰もいない状況で過ごすことになった。</p><p>命がけで息子を産んだ日に、息子と一緒にいれない。とても傷ついた。</p><p>身体的にも精神的にも不安定な時期に、夫から十分なサポートを受けられず、家に一人で残されることが繰り返された。</p><p>特に、息子の誕生日という大切な時期に息子と一緒に過ごせなかったことは、私にとって精神的につらく、悲しい出来事だった。</p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/sadstories3333/entry-12975695124.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 11:00:32 +0900</pubDate>
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<title>退院翌日</title>
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<![CDATA[ <p></p><h1>2026年7月31日の出来事</h1><br><p>7月30日に退院した翌日の夜、夫は午前2時頃、息子を連れて釣りに出かけた。</p><br><p>私は退院したばかりで、まだ自力で歩くことができず、松葉杖を使っても上手く歩けない状態だった。</p><br><p>食べ物や飲み物を自分で取りに行くことも難しく、身の回りのことを一人で行うことが困難な状態だった。</p><br><p>夫が普段から私の身の回りのことを積極的に手伝ってくれるわけではないことは分かっていた。</p><br><p>しかし、息子は普段から私の身の回りのことを手伝ってくれていたため、その息子まで連れて出かけてしまったことで、私は完全に一人で取り残されたような状態になった。</p><br><p>退院直後で痛みも強く、身体的にも精神的にも不安定な状態だったため、一人で過ごすことに強い不安を感じた。</p><br><p>食事や飲み物を取ることさえ自由にできず、誰かにそばにいてもらわなければならないと感じるほど不安だった。</p><br><p>私は一人でいることが非常につらくなり、家で号泣した。</p><br><p>その後、母に連絡した。</p><br><p>母は私のところへ来てくれ、身の回りの世話をしてくれた。</p><br><p>そもそも、退院翌日は私の世話をするために夫が会社を休む予定になっていた。</p><br><p>夫は会社の仕事を他の人に代わってもらい、有給休暇を申請していたと聞いていた。</p><br><p>しかし、その休暇を私の世話のためではなく、息子を連れて釣りに出かけるために使った。</p><br><p>退院直後で歩くことも困難な私を一人残し、私の世話をするために休んだはずの日に、息子を連れて外出したことについて、私は非常に不安で悲しい気持ちになった。</p><br><p>私の両親も、退院直後で歩くことも困難な私の世話を夫がほとんどしていない状況を知り、とても驚いていた。</p><br><p>母と父からも、夫の対応について残念であり、ショックだったという話をされた。</p><br><p>私はこの出来事を通して、退院直後で身体的に一人では生活することが難しい状態にもかかわらず、夫から必要なサポートを受けられず、非常に強い不安と孤独を感じた。</p><br><p>結果として、母に助けを求め、母が私の身の回りの世話をすることになった。</p><br><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/sadstories3333/entry-12975694501.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 10:53:10 +0900</pubDate>
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<title>7月27日～30日</title>
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<![CDATA[ <p></p><h1>2026年7月27日から7月30日の出来事</h1><p>2026年7月27日、私は入院した。</p><p>7月28日に手術を受けたが、夫は仕事があると言い、手術当日に病院へ来なかった。</p><p>入院中の身の回りのことについては、私の母と父が対応してくれた。両親には入院中、かなり身の回りの世話をしてもらった。</p><p>また、妹がお見舞いに来る際には、母が病院と自宅を2往復するなどして対応しており、入院中の私の世話や家族の対応が重なったことで、母はかなり疲れ果てていた。</p><p>7月30日に退院することになったため、母の負担を考え、退院時は夫に迎えに来てもらうことにした。</p><p>当時の私は手術後で、車椅子を使用しており、自分で歩くことができない状態だった。</p><p>夫が病室に来ると、非常に不機嫌な様子で、私に荷物をまとめていいのかと聞いてきた。</p><p>私はお願いしますと答えた。</p><p>すると夫は、私の荷物の中に入っていた書類を含め、すべての書類をスーツケースの中に入れ、そのスーツケースを車まで運んだ。</p><p>私は、退院時に必要な書類については、自分のバッグに入れてもらえるものだと思っていた。</p><p>そのため、退院時の会計をする際になって、預かり証などの必要な書類が手元にないことに気づいた。</p><p>その際、夫は、私が退院時にきちんと荷物をまとめていなかったせいだという趣旨の発言をし、会計の場所で私に対して怒鳴った。</p><p>しかし、その時の私は手術直後で、車椅子を使用しており、自分で歩くこともできない状態だった。</p><p>そのような状態の私が、退院時に必要な荷物や書類を自分で整理することは困難だった。</p><p>私は退院できることを嬉しく思っていたが、その直後に夫から怒鳴られ、自分を責められたことで、非常に腹立たしく感じると同時に、精神的に大きな疲労を感じた。</p><p>この出来事については、手術直後で身体的に非常に弱っていた時期に、夫から必要な配慮を受けられなかったこと、さらに書類の件について私の責任であるかのように怒鳴られた出来事として記録しておく。</p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/sadstories3333/entry-12975694138.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 10:48:59 +0900</pubDate>
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<title>DV夫の記録</title>
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<![CDATA[ <p>今日からDV夫の記録を書くことにした。</p><p>絶対に老後は見ないと決意した。</p><p>同じく、義母の老後も見れないと思った。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sadstories3333/entry-12975693586.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2026 10:42:57 +0900</pubDate>
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