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<title>No Paddle No Life</title>
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<description>三十路。バックパッカー × サーフトリップ in スリランカ → インドネシア → ハワイ → 二回目インドネシア → 台湾 → 奄美・種子島 → ？。元・浅草の外国人宿のマネジャー。Twitterで旅・海外関連の朝キュレーションやっています。https://twitter.com/samistoke84</description>
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<title>旅人はゲストハウス（ホステル）のここを見る</title>
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<![CDATA[ <div>台湾、日本でひさびさに質の高い宿にたくさん泊まり、思うところがあったので記します。よい宿が特に日本には本当にたくさんあって、今回泊まった京都2軒、神戸、直島、高山の宿は全てすばらしい宿でした。個人的に日本の宿のレベルは世界一だと思っているのですが、特にどんな点を評価しているか、自己分析してみました。あくまで個人的な視点、意見ですが、宿に対する評価は同行のポルトガル人もほぼ同意見だったので、世界各国からの旅人、バックパッカーも大なり小なり同じような視点を持っているのではないかと思います。<br></div><br><br><div>1. 寝室の快適さ</div><br><div>この項目については、具体例をいくつか挙げて説明します。</div><br><div>「よいマットレス、枕を使っている」</div><div>やはり宿は「寝るところ」なので、寝具の質は大切です。気候にあった清潔な寝具は快適な滞在の大前提でしょう。</div><br><div>「ベッド周りが充実」</div><div>コンセント、小物置き、メガネ入れ、タオルかけなど、小さなことですが、滞在の快適さが大きく違ってきます。特に上段ベッドは設備によって昇り降りの回数が変わることもあります。</div><br><div>「窓があり日が入る」</div><div>（日本ではないですが、）特にリオは窓のない（もしくは小さい）部屋に泊まるのを嫌がっていました。やはり朝陽とともに目覚めるのは気持ちいいものです。</div><br><div>「清潔」</div><div>基本中の基本ですが、寝室が清潔でない宿は他がどれだけ優れていても「最高の宿」とは呼べないと思います。</div><br><br><div>2. 場としての機能</div><br><div>これは1. が本来の宿としての機能であるのに対し、快適な滞在に必須ではないのですが、充実することで滞在がより思い出深いものになり、ゲストのファン化につながるものです。バックパッカーが同価格帯であってもビジネスホテルよりゲストハウス、ホステルを選ぶ理由も、おそらくこの「場としての機能」に期待してのことだと思います。</div><br><div>具体的には、「宿内の共有スペースを利用してのパーティー、イベント」などがこれにあたります。これらは「宿泊者限定のイベント」と「外部との交流イベント」に分類でき、さらに「宿主催のイベント」と、地域のボランティア、事業者、個人など「外部との共催イベント」があります。宿泊者限定のイベントは主に大都市の外国人宿泊者比率の高い宿に見られ、宿泊者同士の交流を主な目的としています。一方、外部との交流イベントには、外国人向けのボランティア活動をされている方や、国際交流に興味のある個人の方が参加される場合が多いです。</div><br><div>僕が個人的に評価しているのは、宿内で完結するイベントではなく、外部との交流イベントです。英語を話す人口が少ないことや、独自の文化、ルールが多いことで、残念ながら日本は外国人にとって旅しやすい国とは言いがたいですが、その分日本に来る外国人はかなり日本にコミットして来てくれている人が多いです。そうした人たちにとって、日本文化を学び、日本人の友人を作る機会は大きな魅力のはずです。宿のスタッフというのは旅や外国人との交流に慣れていることが多く、良くも悪くも「一般的な日本人」でない場合が多いです。地域の方と交流することで、より自然でリアルな日本を知ってもらうことができるのではないでしょうか。</div><br><br><div>3. オーナー、スタッフ</div><br><div>これは書くのが難しいのですが、宿にはオーナー、スタッフの人柄とリンクした「宿柄」ともいうべきものがあると思っています。複数店舗を運営するような宿になると、会社のカラーが強くなってきたりするのですが、それでもマネジャーやスタッフが一人変わるだけで宿柄はかなり変わります。誤解のないように言っておきたいのは、宿柄は優劣ではなく、「マッチング」で判断すべきということです。誰かにとって最高の宿柄が、他の人にとっても同じであるとは限りません。これは宿泊ゲストにとってもそうですし、すでにある程度の宿柄ができている宿で働くスタッフにも言えることです。マッチングの問題なので、自分が落ち着ける宿に泊まり、自分を活かせる宿で働くことが大事です。おそらく、宿のオーナーやマネジャーがスタッフを採用するときも、その辺りのことを考えているのではないでしょうか。</div><br><br><div>4. 宿のデスティネーション化</div><br><div>上記の3点を十分に満たしていると旅人が判断したとき、「宿のデスティネーション化」が起こると考えています。聞きなれない言葉かもしれませんが、「その宿に泊まることが旅の目的になる」といった意味です。通常は行き先を決めてから宿を決めるので、逆ですね。デスティネーション化は一度宿泊したゲストがファン化してリピーターになる場合もあれば、Webや口コミの評判から起こる場合もあります。デスティネーション化は宿の究極の理想であり、宿を目がけて人が集まることで地域振興の有効な方法になると考えています。大げさに言えば、日本のインバウンドは地方から変わり、地方を変える中心はデスティネーション化した宿ではないかと思っています。</div><br><br><div>以上。冒頭で書いた通り、ここに書いた評価基準は自分が個人的に自覚しているもので、人によっては別の評価軸があったり、また自分自身でも無意識に気にしているポイントがあるかもしれません。お気づきの点があれば、fbやtwitter (<a href="http://twitter.com/samistoke84">@samistoke84</a>)でメッセージいただけるとうれしいです。</div><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11925267223.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Sep 2014 16:02:52 +0900</pubDate>
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<title>すきなひとから買う</title>
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<![CDATA[ <div>どこで買っても同じようなものやサービスを選ぶときにやっていること。</div><div><br></div><div>値段ではなく人で判断する。</div><div><br></div><div>話したときの印象（特に第一印象）で、「その人のことが好きか」わかる。</div><div><br></div><div>そういう人から買うといい。</div><div><br></div><div>値段で選ぶと、もっと安いところを見つけたとき後悔する。</div><div><br></div><div>それに経験上、「この人」と思って買ったものは適正価格なことが多い。</div><div><br></div><div>「あの人に払った」と思えば、多少高くてもまあいいかと思える。</div><div><br></div><div>ぼられていたと後でわかったとしても、自分に見る目がなかっただけ。</div><div><br></div><div>信用できる人を見分けられるようになるための勉強代と思えばいい。</div><div><br></div><div>・・・</div><div><br></div><div>特に宿やツアーは少しでも「あれ？」と思ったらやめておいた方がいい。</div><div><br></div><div>そういうときの勘はだいたい当たるんだなあ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11882906486.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jun 2014 15:10:49 +0900</pubDate>
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<title>クタの人物</title>
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<![CDATA[ <div>バリのクタで人物に出会った。</div><div><br></div><div>「スクーターはいらんかね」と道で声をかけられ、連れていかれた先の宿屋の主人。</div><div><br></div><div>約束の時間にスクーターを引き取りにいったのだけど、整備が終わっていなくて待ちぼうけ。</div><div><br></div><div>申し訳なく思ったのか、忙しそうな仕事の合間をぬって話し相手をしてくれる。</div><div><br></div><div>「日本語で数字の数え方を教えてほしい」</div><div><br></div><div>言われたとおり教えると、律儀にメモを取る彼。（メモ紙は紙ナプキンだけど。）</div><div><br></div><div>ひと通り教え終わると、今後は逆にインドネシア語での数え方を教えてくれる。</div><div><br></div><div>「こうやってお互いに学ぶのが一番いいんだ。教えてくれてありがとう」</div><div><br></div><div>・・・</div><div><br></div><div>彼がすばらしいと思ったのはそのあとだった。</div><div><br></div><div>我々の前に、ヒンドゥーのサドゥのような格好をした欧米人が現れた。</div><div><br></div><div>インド世界に傾倒しすぎ、すこし具合がおかしいのが見てわかる。</div><div><br></div><div>周りの客、従業員など居合わせた人たちの間に妙な雰囲気が漂う。</div><div><br></div><div>恥ずかしながら、自分も「関わっては大変」とばかりに目線を逸らしていた。</div><div><br></div><div>主人は違った。</div><div><br></div><div>自分と話すのとすこしも変わりなく白人のサドゥと話し始める。</div><div><br></div><div>ヒンドゥー的世界の解釈、風習について、サドゥが知見を述べると、</div><div><br></div><div>「それは興味深い」</div><div><br></div><div>と、先ほどと同じようにメモをとる。</div><div><br></div><div>「教えてくれてありがとう」</div><div><br></div><div>生粋のヒンドゥー教徒であろう彼が、素直に外国人から学ぶ姿に驚いた。</div><div><br></div><div>彼は無知であるためになんでも喜んで学んでいるのではない。</div><div><br></div><div>その証拠に、これに先立って彼は流暢な英語と豊富な語彙で彼のヒンドゥー世界の解釈を講義してくれている。</div><div><br></div><div>全ての他人を師とみなし、等しく謙虚な態度で接する。</div><div><br></div><div>こんなことができる人はなかなかいないのではないだろうか。</div><div><br></div><div>そんな彼が手配してくれたスクーターは、古いが手入れの行きとどいたいい物だった。</div><div><br></div><div>納品を待っているうちに腹が減り、注文したサンドイッチも美味かった。</div><div><br></div><div>「一事が万事」だなと思う。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11882179343.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jun 2014 08:15:23 +0900</pubDate>
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<title>観光地のコロニアリズム</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140505/18/sagamicious/3b/7a/j/o0800060012930901992.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140505/18/sagamicious/3b/7a/j/t02200165_0800060012930901992.jpg" alt="" width="500" border="0"></a><br><br><br>@sammy_marley: 現地語しか通じない大衆食堂でローカルと一緒にご飯を食べたり、日用品をはるばる隣の集落の商店まで買いにいったり、旅の醍醐味だなぁとそのときは思う。だけどどこかに不便を嫌う気持ちもあって、そういう気持ちが観光地を「便利に」「快適に」「先進国好みに」変えてしまうんだろうな。<br><br><br>アジアのそれなりに有名な観光地なら、どこでもだいたい同じような店がある。<br><br>「ピザ屋」だったり、「レゲエのかかる店」だったり、「サッカー中継のある店」だったり、あるいは「サッカー中継があり、レゲエがかかるピザ屋」かもしれない。<br><br>そういう店はたいてい大勢の白人でにぎわっている。<br><br>僕もよく利用させてもらいつつ、「よくも個性のない似たような店ばかりあるものだ」と心の中で毒づいたりするのだが、そうした店の成り立ちに考えをめぐらせてみてハッとした。<br><br>彼らがボブ・マーリーをエンドレスでかけるのは、なにも店のオーナーやスタッフがレゲエ好きなわけでなく、「客が喜ぶ（と思う）からやっている」だけなのだ。<br><br>-----<br><br>観光地として栄える場所はそもそも、交通の便がよかったり、きれいなビーチがあったり、近くに有名な遺跡があったりする。<br><br>そこにまず集まるのは、裕福な旅行好きの欧米人だ。<br><br>近年は日本、中国、韓国、マレーシアなどアジアの旅行者も増えたが、観光地の「パイオニア」は圧倒的に欧米人である場合が多い。<br><br>人が多く集まれば、泊まる場所が必要になりホテルができる。<br><br>滞在期間が長くなれば、レストランやバーの需要も増える。<br><br>元々その土地に住んでいた人だけでなく、他の地域からビジネスチャンスを求めて移り住んでくる者もいるだろう。<br><br>なにかビジネスを始めるとき、当然一番数が多くてお金を持っている人たちをターゲットにし、彼らを客にしたいと考える。<br><br>土地に元からある食べ物やサービスを提供してみるが、どうも反応がよくない。<br><br>食べ物は口に合わないようで残しているし、民族の伝統的な音楽をかけてみても誰も興味を示さない。<br><br><br>この人たちはいつもなにを食べているんだろう？<br><br>この人たちが聴いているあのおかしな音楽はなんだろう？<br><br><br>商売に真剣なら、当然そうした疑問を持つ。<br><br>そして、おそらくは気のいい欧米の旅行者がよかれと思って自分たちの好みを教えこんでいく。<br><br><br>「なるほど、ピザやハンバーガーを出しておけば、3倍くらい値段が高くても食べるんだな」<br><br>「レゲエという音楽をかけておけば、喜んでビールを何本も注文するらしい」<br><br>「どうやらやつらは紙がないとトイレもできないらしい」<br><br><br>こうして少しずつ、客である欧米人や、欧米の文化に影響を受けたアジア人の喜ぶ店や宿が増え、観光地はどこも同じような風景になっていく。<br><br>欧米人自身がオーナーとしてそうしたビジネスに携わることも珍しくない。<br><br>お互いに見たことのあるはずのないスリランカとインドネシアの観光地が驚くほど似ているのは、驚くほどの理由でもなかった。<br><br>-----<br><br>こうした「先進国好みの観光地化」が一概に悪いとは考えていない。<br><br>僕自身そうした店には安心して入れるし、むしろかなり積極的に利用していると思う。<br><br>ただときどき、「これってどこでもできることだよな」と思って、ローカルな食堂にいく回数を増やすくらい。<br><br>むしろ、スリランカのキャンディで出会ったイギリス人バックパッカーの方が自嘲気味だった。<br><br>「ここはすごく"colonial"（植民地的）だ」<br><br>24歳、はじめてのバックパッカー旅で、金が尽きるまでアジアをまわりたいと言っていた。<br><br>旅の途中で30歳を迎えた僕より、何倍も繊細な感覚を持っているであろう彼には、同国の人間が「育てあげてきた」観光地がそう見えたのだろう。<br><br>彼を見ていると、どことなく、映画”Into the Wild”の主人公が思い出された。<br><br>彼を見習って、自分はこれまでの30年の人生で西欧的な文化・価値観にどっぷり浸かってきたことをせめて忘れないようにしたい。<br><br>その背景がある以上、自分が思う「中庸」は、おそらく本当にそうではないのだと。<br><br><br>-----<br><br><br>Twitterで毎朝、旅・海外関連のキュレーションをしています。<br><br>よろしければフォローをお願いします。<br><br><a href="https://twitter.com/sammy_marley" target="_blank">@sammy_marley</a><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11842270941.html</link>
<pubDate>Mon, 05 May 2014 18:02:09 +0900</pubDate>
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<title>私がバックパッカー旅をやめた理由</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140501/16/sagamicious/9d/c1/j/o0480036012926282399.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140501/16/sagamicious/9d/c1/j/o0480036012926282399.jpg" alt="{A31F529E-444B-46EF-93C8-2C8D3BC5E10E:01}" width="500" border="0"></a><br><br><br><br><a href="http://ameblo.jp/sagamicious/entry-11837061935.html" target="_blank">前回のエントリー</a>を読み返してみて、「旅（旅行）」という言葉の定義を書かなかったため、意図が少し伝わりづらかったように思う。<br><br>「バックパッカースタイルでの周遊旅行（バックパッカー旅）」が、自分なりの「旅」の定義だった。<br><br><br>※※※<br><br>「旅の定義を説明しない」ということ自体が、「旅はこうあるべき」という当時の自分の頑なさをよくあらわしているようで面白かった。<br><br>ただ、エントリーを書いたのは最近なので、未だに心の奥では「旅」をステレオタイプにとらえているのかもしれない。<br><br>※※※<br><br><br>今でこそ、「チャリダー」「ライダー」「沈没」「流学」「サーフトリップ」など、様々な旅のスタイルがあることを学んだが、当時自分がいつかやらなければならないと思っていたのは、「バックパッカー旅」だった。<br><br>猿岩石のユーラシア大陸横断をテレビで観て育ち（古いけど）、『深夜特急』を手に取ったことのある人にはわかってもらえるのではないか。<br><br>世代が変わっても、ツイッターなどを見ている限りバックパッカーに憧れを抱き、いつかやってみたいと思っている人は少なくないように思う。<br><br>そうだとすれば、同じような想いでバックパッカー旅行をやってみて、「これは自分の旅のスタイルではない」という結論にいたった自分の経験も、誰かにとってヒントになるかもしれない。<br><br>そんな気持ちから、スリランカでの3週間のバックパッカー旅行で感じたことを具体的に書いてみたい。<br><br><br>【合わないと感じた点】<br><br>・リサーチ、移動、宿探しの繰り返しになってしまうこと<br><br>バックパッカーとしての周遊には、目的地のリサーチ、バスや鉄道での移動、宿探しが欠かせない。スリランカ一国が舞台だったせいかもしれないが、早々にこのサイクルに飽きてしまった。<br><br>・深い関係が築けないこと（出会いと別れのサイクルが速いこと）<br><br>バックパッカー旅では一ヶ所あたりの滞在日数は2, 3日から長くて1週間くらいだと思う。（数週間～数ヶ月滞在する場合もあるが、それは「滞在型」としてわけて考えたい。）短いサイクルで移動を繰り返すと、宿で出会う他の旅行者や現地の人との交流が深くなる前に終わってしまう。深い人間関係を持てないさみしさと、同じような浅い交流を繰り返さなくてはならない煩わしさがあった。<br><br>・非日常に慣れ、感動しなくなってしまうこと<br><br>旅のはじめは全てが目新しい非日常で、あらゆることに感動する。残念ながら、そうした感動は旅を続けるほどに薄れてゆく。いつしか、有名観光地に行って写真を撮ることが旅の目的のように感じられてくる。<br><br><br>【よかった点】<br><br>・思いがけないすばらしい場所（風景）に出会えること<br><br>期待していた観光地にがっかりすることもあるが、全く期待していなかった場所で感動的な風景に出会うこともある。なんでもないような場所であるほど、鮮明に記憶に残ることがある。<br><br>・自分の好みがわかること<br><br>バックパッカー旅では、普段行かないような場所を多く訪れることになる。好きだと思っていた遺跡めぐりに早く飽きてしまったり、それまで気にとめていなかったことに興味を感じる自分に気づくことがある。<br><br>・忘れられない出会いがあること<br><br>マイナス面としても書いたが、関係が浅い分バックパッカー旅での出会いは多い。中には数分話しただけで、出会うことを運命づけられていたかのように感じる相手もいる。関係がながく続くこともあるし、二度と会うことはなかったとしても、記憶に刻まれる一期一会もある。<br><br><br>-----<br><br><br>これらすべてのことは、私自身の性格、好み、年齢、旅の期間など、様々な要素が重なった結果の感想である。<br><br>5年早く同じ旅をしていたら感じ方も違っただろうし、国が違えば旅の印象も変わっただろう。<br><br>3週間ではなく、3ヶ月だったらバックパッカー旅の楽しさに目覚めたかもしれない。<br><br>あくまで、「こういうふうに感じた人もいる」という程度に受けとっていただきたい。<br><br>最後に繰り返しになるが、少しでも「旅（スタイル問わず）」に興味があれば、ぜひやってみてほしい。<br><br>期待した結果にならなかったとしても、決してむだな経験にはならないので。<br><br><br>-----<br><br><br>Twitterで毎朝、旅・海外関連のキュレーションをしています。<br><br>よろしければフォローをお願いします。<br><br><a href="https://twitter.com/sammy_marley" target="_blank">@sammy_marley</a><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 01 May 2014 16:41:36 +0900</pubDate>
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<title>旅にとらわれて学んだこと</title>
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<![CDATA[ 旅は自由の象徴で、多くの若い人にとっての憧れだろう。<br><br>僕自身、20代以来かなり長い間、「旅」「旅人」には特別な想いがあり、今でもそれは変わらない。<br><br>まだ旅をしたことのないひとには、ぜひ経験してみてほしいと思っている。<br><br>それと同時に、誰もが旅に向いているわけではなく、「旅にとらわれる」ことがあるのも事実だと思う。<br><br>これは自分の経験からそう思う。<br><br>それについて述べるため、少し自分自身のことを書かせてもらいたい。<br><br><br>-----<br><br><br>大学を卒業してはじめて就職した2007年4月から、一度の転職をはさみ、二社目を辞めた2009年3月までの記憶が薄い。<br><br>よく覚えているのは、再就職の合間にいった東北バイク一人旅と、初・海外一人旅となるベトナム～カンボジア旅行くらい。<br><br>どちらも一週間程度のせわしい旅だった。<br><br>就職浪人までしてようやく決まった仕事が長続きしなかった理由は簡単で、覚悟がなかったから。<br><br>「仕事」や「はたらくこと」、ひいては自分の人生に向き合えておらず、常に「今の自分は本当の自分ではない」と思っていた。<br><br>旅に対する想いが強かったのは、旅そのものを愛する気持ちよりも、自由の象徴としての旅、旅人に憧れがあった。<br><br>旅をする自由な自分こそが本当の自分なのだ。<br><br>もしくは、旅をすることで本当の自分になれるのだ、と。<br><br>その想いはカオサンという職場と出会ったことで高まりこそすれ、消えることはなかった。<br><br>仲間であるスタッフ、顧客であるゲストほぼ全員が旅人という環境は、自分もその一員なのだという誇らしさと、彼らと比べて旅をしてこなかった負い目を感じさせた。<br><br>一週間程度の短期の旅行を繰り返すうち、どこかで自分は100%旅にのめり込むことはできないと冷静に知りつつも、カオサンを離れて旅に出ることを決めたのはそうした理由から。<br><br>少なくとも辞める2年前からは、半年～一年の旅を具体的な予定として考えていた。<br><br>今おもうと、この時点ではまだだいぶ「旅」というものにとらわれていたと思う。<br><br>憧れだけをモチベーションに、自分には向かないであろう旅を続けることは、自分にとっておそらく幸せなことではなかったと思う。<br><br>幸運だったのは、旅に出る前にカオサンとサーフィンに出会えたこと。<br><br>前に述べたように、カオサンで働くことで旅への想いが強まった面もあるが、4年間で数えきれないほどのバラエティに富んだ旅人と出会えたことで、以前よりも物事を柔軟に考えられるようになっていた。<br><br>例えば、働きはじめたばかりのとき、ほぼ毎日どこにも出かけず宿で時間をすごすゲストが多いのに驚いた。<br><br>今では、「沈没だね」と普通のこととして受け止めるが、そうしたことはカオサンで初めて学んだ。<br><br>もう一つの幸運は、28歳ではじめたサーフィンに夢中になれたこと。<br><br>「バックパッカー」ではなく、「サーフトリップ」を旅の主目的に切り替えたのは出発の数ヶ月前だった。<br><br>自前のサーフボードを持っていくかは、航空券を買う直前まで迷ったのを覚えている。<br><br>2013年末でカオサンを離れ、念願の旅の一カ国目にスリランカを選んだのには、はっきりした意図があった。<br><br>熱中していたとはいえ、技術も未熟だし、サーフィンだけをよりどころに海外で何ヶ月もすごせるかわからなかった。<br><br>その点、スリランカは仏教寺院をはじめ、もともと観光地としても訪れてみたい国だった。<br><br>「サーフィンに飽きたら、バックパッカーになればいい」という保険をかけたのだ。<br><br>実際にスリランカでは、3週間のサーフィン生活ののち、3週間のバックパッカー旅行をした。<br><br>はじめての比較的長い期間のバックパッカースタイルでの旅で、期待通りいくつかの素晴らしい経験をすることができた。<br><br>一方で、目的地を決め、移動手段を調べ、現地で宿を探し、次の目的地を決める、というサイクルには早い段階で飽きはじめ、やはり「旅を目的に旅を続けることはできない」という確信は強まっていった。<br><br>数日早く予定を切り上げて海に戻ったとき、想像していた以上の心地よさと満足を感じた。<br><br>ロンボクに移ってから、Facebookにこんな投稿をしていた。<br><br><br>-----<br><br>白状しますけど、もう旅に興味がなくなってしまいました。<br><br>くる日もくる日も波（とそのあとのビール）ばかりを追い求め、それ以外にここロンボクの美しいものたちを見ようとしないのです。<br><br>サーフィンで人生が豊かになったのか、貧しくなったのかわかりません。<br><br>-----<br><br><br>こう書いてはいるが、この時もう自分にとってサーフィンが旅より重要なことはわかっていた。<br><br>ただ、「それでいいんだよ」と言ってもらいたかったのだろう。<br><br>ようやく長いこととらわれてきたものから自由になれたと思う。<br><br>「好きなことをやればいい」「楽しめばいい」と素直に思えるようになった。<br><br>後日のツイッターにはこんなことを書いていた。<br><br><br>-----<br><br>好きなはずのことなのにやる気がわかなくなったら、またやりたくなるまで待つのがいい。一週間、一ヶ月、一年経ってきっとまたやりたくなる。もしやりたくならなければ、それは多分そんなに大事なことじゃない。ほんとうに好きなことは、また必ずしたくなるから。<br><br>-----<br><br><br>旅が好きという気持ちは今も変わらない。<br><br>今はそれ以上にサーフィンに熱中しているだけで、いつかきっとまた旅がしたくなる。<br><br>そうしたら旅をすればいい。<br><br>あるとき旅への情熱がしぼんだように、いつかサーフィンへの熱も冷めるかもしれない。<br><br>そうしたらサーフィンを離れればいい。<br><br>とらわれず、そのとき好きなことを、飽きるまで楽しめばいい。<br><br>旅をして、旅にとらわれてみて、学んだこと。<br><br>これから旅をしてみたいと思っている人にアドバイスができるとしたら、こう伝えたい。<br><br>「ぜひ旅以外にもうひとつ好きなことを大事にしながら旅をしてみてください」<br><br><br>-----<br><br><br>Twitterで毎朝、旅・海外関連のキュレーションをしています。<br><br>よろしければフォローをお願いします。<br><br><a href="https://twitter.com/sammy_marley" target="_blank">@sammy_marley</a><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 29 Apr 2014 18:17:55 +0900</pubDate>
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<title>キュレーションはじめました</title>
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<![CDATA[ Twitterで旅・海外関連のキュレーションをはじめました。<br><br><a href="http://kotobank.jp/word/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3" target="_blank">キュレーションとは</a><br><br>『旅・海外』がテーマなのは、日本で今よりもっと異文化理解が進むといいなという希望と、そのためには旅するのが一番だという想いから。<br><br>僕は人と比べて特に海外経験が豊富なわけではないですが、『バックパッカーズホステル』というインバウンド最先端の現場で4年間働いていたので、多少は面白い視点を提供できるのではないかと思っています。<br><br>特にビジネスでやっているわけではないのですが、時間もあるし旅行の間は続けていくつもりです。<br><br>ロンボク滞在中は、日本時間の朝8時を目安にキュレーションをします。<br>Twitterやっている方は、ぜひフォローしていただけるとうれしいです。<br><br><a href="https://twitter.com/sammy_marley" target="_blank">https://twitter.com/sammy_marley</a><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 22 Apr 2014 22:45:24 +0900</pubDate>
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<title>豊かさについて</title>
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<![CDATA[ <a href="http://tabi-labo.com/7807/josemujica/?utm_content=buffera9319&amp;utm_medium=social&amp;utm_source=twitter.com&amp;utm_campaign=buffer" target="_blank">【動画】月給13万円、「世界一貧乏」な大統領のスピーチが海外で話題に</a><br><br><br>この記事を見て、あらためて自分にとっての「豊かさ」とはなんだろうと考えた。<br><br>たまたま昨日の<a href="https://twitter.com/sammy_marley" target="_blank">Twitter</a>での連続ツイートに、無意識に自分が考える「豊かさ」があらわれていると思ったので、引用したい。<br><br><br>------<br><br>ユネス（モロッコ）、ルーシー（フランス）に浜辺のお茶会に誘ってもらった。<br><br>ココナッツや枯れ枝を集めて火をおこし、ユネスがミントの効いたモロッコティーを淹れてくれる。<br><br>「サハラではベドウィン（砂漠の民）は、こうして一時間かけてお茶を淹れるんだよ。その間、色々な話をしてくれる。」<br><br>ケトルでお湯を沸かし、ティーバッグを使って3分でできるお茶を飲んでいた東京での生活と比べて、なんて豊かなんだろうと思った。<br><br>速さや便利さの反対側にある豊かさ。<br><br>満月翌晩の月を眺めながら飲むお茶は、最高だった。<br><br>ルーシーはフランスから5kgもの食料を持ってきていた。<br><br>スリランカでも、ロンボクでも、旨い旨いと同じものを食べ続ける僕とは比べものにならない食へのこだわり。<br><br>「どこの国に行っても、一番の関心は食だね」<br><br>そうユネスは言い切る。<br><br>「豊かさ」について、今まで自分になかった視点を二人から学べた。<br><br>（原文から一部加筆修正）<br><br>-----<br><br><br>僕が考える豊かさには、二つの豊かさがある。<br><br>ひとつ目は、「時間をかける」ことの豊かさ。<br><br>もっと若かった頃には思わなかったが、「時間」ほど人間にとって高価なものはない。<br><br>お金やものは増やすことができるが、時間だけは生まれた瞬間から減り続け、二度とは増やせない。<br><br>そんな貴重な時間だから、誰もがよりよく使いたいと考える。<br><br><br>「短い時間で、効率よくお金を稼ぎたい」<br><br>「睡眠時間を短くして、もっと好きなことをしたい」<br><br>「料理に時間をかけるのはもったいないから、簡単なもので済ます」<br><br><br>少なくとも僕はそう考えていたので、「お茶を淹れて飲む」という行為に一時間も使うことは、すごく「豊かだ」と思った。<br><br><br>もうひとつは、「記憶に残る」ことの豊かさ。<br><br>昨年末にで仕事を辞めて、旅に出てから、「ストークすること」を生きる指針にしようと決めた。<br><br>『ストーク（stoke）』はサーフィンでよく使われる言葉で、「（欲望などを）かき立てる」と訳されるが、僕はこれを「（素晴らしいなにかを見たり、したりして）ワクワクする」ことと捉えている。<br><br><br>サーフィンでいい波に乗れたとき、<br><br>素晴らしいライブを観たとき、<br><br>美しい景色に出会ったとき、<br><br>友人の結婚式に感動したとき、<br><br>素晴らしい料理を食べたとき、<br><br>難しい仕事をやりとげたとき、<br><br><br>ストークした瞬間は、いつまでも鮮明なイメージとして記憶に残り、そのときの自分のストークした感覚と一緒に、いつでもありありと思い出すことができる。<br><br>そういう記憶をたくさん持っていることが、自分にとっての「豊かさ」だと思うようになった。<br><br><br><div><div id="{2003AE5F-E901-47D7-9E3C-C7F2BB7947AB:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/3e/4c/j/o0480036012910630582.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/3e/4c/j/o0480036012910630582.jpg" alt="{2003AE5F-E901-47D7-9E3C-C7F2BB7947AB:01}" width="300" height="225" border="0"></a></div></div>浜辺でたき火をおこすユネス</div><div><br></div><div><br></div><div><div id="{F8A5A423-5AF8-4B74-9460-8BB2A635FB2B:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/cb/3e/j/o0480036012910630446.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/cb/3e/j/o0480036012910630446.jpg" alt="{F8A5A423-5AF8-4B74-9460-8BB2A635FB2B:01}" width="300" height="225" border="0"></a></div></div>お茶は小さなポットで少しだけ</div><div><br></div><div><br></div><div><div id="{2D0A8D2A-CFCC-40A0-8352-E76B906DF685:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/13/81/j/o0480036012910631109.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140416/18/sagamicious/13/81/j/o0480036012910631109.jpg" alt="{2D0A8D2A-CFCC-40A0-8352-E76B906DF685:01}" width="300" height="225" border="0"></a></div></div>満月翌晩の、月のきれいな夜</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11824614628.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Apr 2014 17:55:09 +0900</pubDate>
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<title>旅立ち</title>
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<![CDATA[ <div>実家の整理をしていたら、学部の卒業式で学年主任の教授から送られたヘッセの詩が出てきた。</div><div><br></div><div>すごく好きな詩なので、これから新たな世界へ旅立つ友人たちと、旅立ちの直前は毎回緊張と不安で顔が引きつる自分に向けて（笑）、引用させていただきたい。</div><div><br></div><div><br></div><div>-----</div><div><br></div><div><br></div><div>"Stufen"</div><div><br></div><div>Wie jede Blüte welkt und jede Jugend</div><div>Dem Alter weicht, blüht jede Lebensstufe,</div><div>Blüht jede Weisheit auch und jede Tugend</div><div>Zu ihrer Zeit und darf nicht ewig dauern.</div><div>Es muß das Herz bei jedem Lebensrufe</div><div>Bereit zum Abschied sein und Neubeginne,</div><div>Um sich in Tapferkeit und ohne Trauern</div><div>In andre, neue Bindungen zu geben.</div><div>Und jedem Anfang wohnt ein Zauber inne,</div><div>Der uns beschützt und der uns hilft, zu leben.</div><div><br></div><div>Wir sollen heiter Raum um Raum durchschreiten,</div><div>An keinem wie an einer Heimat hängen,</div><div>Der Weltgeist will nicht fesseln uns und engen,</div><div>Er will uns Stuf' um Stufe heben, weiten.</div><div>Kaum sind wir heimisch einem Lebenskreise</div><div>Und traulich eingewohnt, so droht Erschlaffen,</div><div>Nur wer bereit zu Aufbruch ist und Reise,</div><div>Mag lähmender Gewöhnung sich entraffen.</div><div><br></div><div>Es wird vielleicht auch noch die Todesstunde</div><div>Uns neuen Räumen jung entgegen senden,</div><div>Des Lebens Ruf an uns wird niemals enden...</div><div>Wohlan denn, Herz, nimm Abschied und gesunde!</div><div><br></div><div>(Hermann Hesse)</div><div><br></div><div><br></div><div><div>『段階』<br></div><div><div><br></div><div>どんな花も枯れ &nbsp;どんな若さも</div><div>老いに屈するように &nbsp;どんな生の段階も花咲き</div><div>どんな知恵も &nbsp;どんな徳も &nbsp;花咲く</div><div>その時々に &nbsp;けれど永遠に咲き続けることはゆるされない</div><div>覚悟していなければならないのだ &nbsp;心は</div><div>どんな生の呼び声に対しても &nbsp;別れを &nbsp;そして新たな始まりを</div><div>毅然と &nbsp;悲しむことなく</div><div>別の &nbsp;新しいつながりのなかに入っていくために</div><div>そうすればどんな初めのなかにも &nbsp;魔法が宿っている</div><div>わたしたちを守り &nbsp;わたしたちが生きることを助けてくれる魔法が</div><div><br></div><div>わたしたちは明るく &nbsp;空間をひとつひとつ &nbsp;通り抜けていかなければならない</div><div>どこにも &nbsp;故郷のように &nbsp;執着してはならない</div><div>世界の精神は &nbsp;私たちを縛り &nbsp;狭めようとはしない</div><div>それは &nbsp;わたしたちを一段また一段と高め &nbsp;広げようとしている</div><div>ひとつの生活圏を住処としてわたしたちが</div><div>居心地よく根を下ろしてしまったならば &nbsp;気力も衰えていく</div><div>ただ出発と旅の覚悟ができている者だけが</div><div>萎えさせる慣れから &nbsp;身をふりほどくだろう</div><div><br></div><div>もしかしたら &nbsp;死んでいく時刻でさえも &nbsp;わたしたちを</div><div>いくつもの新しい空間に向かって &nbsp;送ってくれるかもしれない</div><div>わたしたちに呼びかける生の声は &nbsp;決して終わることはないだろう・・・</div><div>さあ &nbsp;では &nbsp;心よ &nbsp;別れを告げよ &nbsp;そして健やかであれ！</div></div></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11812392888.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Apr 2014 11:55:13 +0900</pubDate>
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<title>異質な他者との共生 - 日本人に足りない感覚</title>
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<![CDATA[ スリランカからの一時帰国の際、トランジットで滞在したクアラルンプールで<a href="http://www.iamm.org.my/" target="_blank">Islamic Arts Museum</a>という場所へ行ったときの話。<br><br><br>この博物館は名前の通り、イスラムの歴史・文化・アートなどに関する展示を行っている博物館である。"Contemporary Muslim Calligraphy"というコンテンポラリー・アートの特別展などは、素人が見てもすばらしいものだった。同博物館内に、中国にも古来からイスラム教が伝わっており、王朝との関係も密だったことを示す常設展があった。それを見たとき、多数派であるイスラム教徒のマレー系マレーシア人と中華系マレーシア人の融和を図りたいマレーシアの国策的な意図を感じた。<br><br>宿のレセプションで同博物館について尋ねた際、「今日はやっていない」とあしらわれた。自分でも調べてみたら開いているようだったので、「知らなかったのかな？」と思ったが、その子は華僑だったので私がイスラム教の博物館に行きたいと言ったことで気分を害したのかもしれない。邪推だとは思うが、マレーシアが多民族国家であることを考えると可能性としてゼロではないだろう。<br><br><br>マレーシアやその前にいたスリランカと比べて、単一民族国家とされる日本で育ったことには幸せな面と不幸せな面がある。多民族国家にある民族間の複雑な感情を経験しなくて済むことは日本国内だけで生活する分には幸せかもしれないが、そうした感情に免疫がないことは国際社会で生きるには不利であり、不幸とも言える。<br><br>日本人は同質であることを重視するあまり、少しの差異も敏感に察知し、過剰に反応する。学校や職場でのいじめに見られるように、同じ日本人でもわずかな差異を理由に迫害する。流行の「マイルドヤンキー」という言葉にしても、単に居住地域の違いによるライフスタイルや価値観の違いといった当然の差異に注目し、センセーショナルな呼び名をつけることで「彼らは我々とは違う」と思いたがる日本人的な差別思想の現れのように思う。<br><br>こうしたことを考えているときに下記の記事を読んだのだが、そうした日本の問題が的確に指摘されている。<br><br><br><a href="http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=85755&amp;utm_content=buffer02760&amp;utm_medium=social&amp;utm_source=twitter.com&amp;utm_campaign=buffer" target="_blank">日本はなぜ凡庸な国に変わったのか？シンガポール元首相が警鐘―中国メディア</a><br><br>（以下一部抜粋）<br><br><em>「日本国内にはある程度の中国人、韓国人、ベトナム人、その他国の人々が住んでいる。あるデータによると、韓国人56万6000人、中国人68万7000人が日本に住んでいるという。これらの人々の日本語は非常に流暢で、ライフスタイルや行儀作法もすでに日本人と何ら大差はない。これらの日本に住む外国人は日本社会に完全に溶け込んで暮らすことを心から望んでいる。しかし、日本社会は実際、これらの日本で生まれ、あるいは育った外国籍の人々を完全には受け入れていない。なぜなら、日本人はこれらの人々のことを日本民族ではないと見ているからだ。 （中略）日本社会の単一性は、日本で学んだ後、さまざまな理由により外国にある一定期間滞在した後に帰国した日本人でさえ適応するのが難しいと感じるほどだ」</em><br><br>-----<br><br><br>異質な他者と共生する意識、感覚がないことは日本人の大きな弱みであり、世界中のほとんどの国や地域に暮らす人びとが経験している感情の機微を理解できない原因になっている。このことは外国人とのコミュニケーションの失敗要因にもなる。私自身、クアラルンプールの宿での失敗に限らず、日本のホステルで働いていたときにもそうしたセンシティブな間違いをたくさんしてきたと思う。それらはデリカシーのなさ、もしくは無知と受けとられたことだろう。<br><br><br>異なる環境で育ってきた人を理解するためにできることは、二つしかないと思っている。<br><br>まずは事実を知ること。<br><br>本を読む、現地に足を運ぶ、対話をすることなどがそうだ。人との対話はもちろん、本にも展示にも誰かの主観が入り込んでいる。「主観」と「事実」を別のものとして理解することが大切だが、主観の中に事実が見出せることもある。Islamic Arts Museumで、イスラムの主観で中国との関係性が語られることで、逆にマレーシアが多民族国家であるという事実が浮き彫りになることなどがそうだ。<br><br>もう一つは、学んだ事実から想像力を働かせること。<br><br>震災で家や家族を失った苦しみや悲しみは、同じ経験をした人にしかわからない。しかし、全く同じ経験がなくても、自分の経験にできるかぎり引き寄せて考えてみることはできる。そうした想像力を持って自分とは異なる他者と接することができれば、相手は自分が尊重されていると感じ、よりよいコミュニケーションが生まれる。<br><br><br>これから先、特に私（30歳）より下の世代が、「一生日本国内で日本人とだけ関わって生きていく」ということはほぼ確実に不可能だ。日本でも「異質な他者」と共生していかなければならない時代がやってくる。そのための訓練をしておいた方がいい。<br><br>明らかに自分と異なる他者と出会い、かつ自分自身が常にマイノリティになる「旅」は、それまで知らなかった事実を知るにも、想像力の訓練をするにも最高の環境だと思う。<br><br>旅に出てみよう。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sagamicious/entry-11811345459.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Apr 2014 11:01:41 +0900</pubDate>
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