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<title>saglmのブログ</title>
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<title>本気でやれば目標に届く？</title>
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<![CDATA[ 多くの人間に目標があると思います。もっとかわいくなりたい、あの学校に行きたい、プロサッカー選手になりたい… 本気でその目標を達成しようとするとします。果たして本気でやれば達成できるのか？本気でやってもし達成できなければ自分の将来はどうなる？どうせできないなら最初からやらないで楽をしたい。でも達成できないという確証はない。中途半端にやっても必ず後悔する。寝て食べる以外は目標に向かって努力する…娯楽はなし。そんな「本気」になって失敗したらどうなってしまうんだろう。と思ったりもしますが僕は今の目標以外に人生の価値を見出せないので失敗した時のリスクはどうでもいいと思っています。ということで目標に向け頑張っていますが達成できる確率は0.1パーセント以下でしょう。それでも最初から諦めて0にするよりはいいんです。まあこれは他にやりたいことない僕にかぎったことですが。因みに本気でやっているかというと全くです。1日に1時間努力すればいいほうです。情けないですね。やはり失うものはないといっても労力が伴うためリターンがないことには躊躇します。というかこの考えて全てを含めて「本気」だと思っています。よくテストで全然勉強しなかった。本気出せばもっと取れると言っている馬鹿がいますがその勉強しなかった事実が実力だと思っています。勉強ができる、できないは暗記の得意不得意もありますが机に向かえるか否かだと思っています。どんどん脱線しますが僕はゲームがすきです。理由の一つとしてやれば結果が出る、というのもあるかもしれません。それでは。
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<link>https://ameblo.jp/saglm/entry-12160028985.html</link>
<pubDate>Fri, 13 May 2016 21:05:43 +0900</pubDate>
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<title>ものはいいよう</title>
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<![CDATA[ もうかくのめんどくさいからやめようと思ってましたがこの前のを見返したら面白かったのでまた書きます。今回は「ものはいいよう」です。<div>よく聞く話かはわかりませんが</div><div>好きな女の子に彼氏がいる、告白するべきか？</div><div>という質問に対して</div><div>お前はキーパーがいたらシュートを打たないのか？と言う人がいました。</div><div>上手く何かに例えて上手くアドバイスできたつもりでしょうがこれに対して</div><div>お前は人のポケモンにモンスターボールを投げるのか？といわれればどうしようもありませんね。</div><div>でもだからと言って告白しないというのが正しいとは限りません。なぜかと言うと好きな女の子はポケモンではないからです。じゃあ告白するのが正解かと言われても違います。さっきと同じようなもんです。この何かに例えると言うのは全く参考にならないと僕は思っています。僕が質問者に告白して欲しいと思っていたら前者の例えを言いますし、逆なら後者の例えを言います。つまり例えと言うものは上手く別の言葉に置き換えて相手を納得？させるだけで正解を導き出すことはできないのです。だからなんだと言われてもそれだけなので他には何も言うことはないですがただ僕が全く別の事柄に置き換えて得意になっている人間が嫌いなだけですね。まあ似たような事柄に置き換えること自体はいいと思いますが、前提が違うのに質問者がそれを同じだと思って選択を間違える、というのが愚かに思えますね。</div><div>自分でも何が言いたいのかわからなくなってますがまとめるとものはいいようってことですね。</div><div>例えは正解に繋がるものではなくて相手を納得させるものだということです。そのために全く関係ない事柄を持ち出すと。 意味わかんないですね。終わりです。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/saglm/entry-12159303581.html</link>
<pubDate>Wed, 11 May 2016 19:10:03 +0900</pubDate>
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<title>終わるのは悲しい</title>
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<![CDATA[ 自分の色々なことについての考えを残して置きたいと思ってブログを書こうと思う。ただの気まぐれなので今回限りでやめたりするかもしれない。<div>僕の考えについて思うことがあればこめんとが欲しい。よく友人に変わってるなと言われる考え方を多くの人に見て欲しいという願望はあるが実現することはないだろう。</div><div>早速本題に入る。今日のテーマは</div><div>「終わるのは悲しい」</div><div>プラスティックメモリーズというアニメを唐突に思い出した。よく覚えていないが簡潔に述べると主人公のツカサと心のあるロボットのあるアイラの恋物語のようなものだ。そしてこのロボットには寿命のような物がある。面倒なので説明は中断するがとりあえずこのアニメの最終回を見て終わるのは悲しいと思った。大きな括りだが人生はいつか終わってしまう。とても悲しいことだ。どうしようもできない。どれだけのことを成し遂げても死んだ瞬間無駄になってしまう。無駄というと語弊があるかもしれないが。これを思うと自分の人生はなんの意味があるんだ？と思う人もいるかも知れないが僕は死ぬまで楽しければいいと思っているのでこの点については気にしていない。僕が悲しいと思い恐怖を覚える終わりは自分以外の終わりだ。どんなに愛した人でも、どんなに気に入った物語でもいつかは終わってしまう。悲しい。これはどうすることもできない。だから悲しい。自分だけ残されてしまう。プラスティックメモリーズを見てこれを思ったのだ。この問題についても終わるまで楽しめばいい、思い出を作ればいいと言われても終わってしまえばもう新しい思い出を作ることはできないし楽しむこともできない。物語に関してはその登場人物達の世界は終わってしまうのだ。悲しいからどうということはない。ただ悲しいからここに書き綴った。</div>
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<link>https://ameblo.jp/saglm/entry-12153658039.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Apr 2016 23:53:08 +0900</pubDate>
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