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<title>saisaisaisai123のブログ</title>
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<description>ブログの説明を入力します。</description>
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<title>手術後、４年が経過します。</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190609/19/saisaisaisai123/58/2f/j/o0600080014454656546.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>１年６ヶ月ぶりの投稿です。<br>大変ご無沙汰してしまいました。<br>その間にご覧いただいた方々、本当に申し訳ございません。<br><br>その後、異変も起きず、順調に生活しております。<br>手術を行った２００５年１０月から、まもなく４年が経過しようとしています。<br><br>今年４月に千葉西総合病院にて、最新のＣＴで冠動脈の検査をしてきました。<br>その画像をご覧ください。<br>ステントがしっかりと私の右冠動脈になじんでくれているのが、はっきりとわかります。<br>このＣＴによって、辛いカテーテル検査を１日がかりで行わなくてもよいので、<br>精神的にも、身体的にも、本当に楽です。<br>担当の三角先生からも、順調で問題なしとのお言葉を頂き、安心して生活しております。<br><br>また１０月には半年ぶりの定期健診に行ってきます。<br>これからも、油断せずに、心臓に悪いことは避けて、<br>健康に気をつけて生活していきたいと思ってます。<br><br>それではまたの機会にご報告します。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777963.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Sep 2009 00:15:29 +0900</pubDate>
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<title>「川崎病」発症の遺伝子を日米共同チームが発見！　</title>
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<![CDATA[ 久々の投稿です。<br>これまでアクセスして頂いた方、申し訳ございません。<br>今年も仕事が大変忙しく、こんな体ですがバリバリ働いてました。<br><br>２００７年６月に心筋シンチ検査を行ったところ、<br>心臓への血液のめぐりも問題なく、順調です。<br>２００８年１月に、また千葉西総合病院へ外来に行ってきます。<br><br>さて、１２／１６に大変興味深い報道がありました。<br>独立行政法人理化学研究所が、米国カリフォルニア大学などと共同で、<br>「ＩＴＰＫＣ」遺伝子が川崎病に関連することを発見したようです。<br>難しい話で理解するのは難しいですが、これが治療法開発の第一歩になって、<br>川崎病で苦しむ子供がいなくなるよう心から祈りたいと思います。<br><br>それではまた<br>　
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777952.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Dec 2007 12:48:32 +0900</pubDate>
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<title>ロータブレータ治療後、１年が経過しました。</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190609/19/saisaisaisai123/15/01/j/o0431049214454656492.jpg" alt="イメージ 1" width="431" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190609/19/saisaisaisai123/1c/e3/j/o0439055714454656509.jpg" alt="イメージ 2" width="439" border="0"></p><p></p>本当に久々の更新です。<br>そんな更新状況の中であっても見に来て頂いた方々、ありがとうございます。<br><br>2006/10/27、治療１年後のカテーテル検査を行ってきました。<br>（ほんとご報告が遅くなってしまいました。。。）<br><br>結果は６ヵ月後と同様、問題なし！でした。<br>綺麗な血管のままで、本当によかったです。<br>治療をしてくださった千葉西総合病院の三角先生には心より感謝申し上げます。<br>恩人の三角先生は大変ご活躍されており、全国各地から患者様が訪れて、<br>外来の患者様が待合室に入りきれないほどです。<br>私と同様に川崎病の後遺症を持つ患者様のために、<br>またその他の患者様のために、今後も何卒よろしくお願いいたします。<br><br>１周年記念の写真も掲載させていただきます。<br>過去の写真と比べてみてください。<br>１年たっても全く狭窄が見られません。<br><br>次回検査は、６月下旬に「運動負荷心筋シンチ」という検査を行い予定です。<br>血液が、きちんと心筋に行き渡っているかを確認できる検査です。<br>またご報告いたします。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777948.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Apr 2007 00:17:26 +0900</pubDate>
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<title>ロータブレータ治療後、６ヶ月が経過しました。</title>
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<![CDATA[ 久々の更新です。たまに見て頂いていた方、申し訳ございませんでした。<br>先週末、ロータブレータ治療後、６ヶ月目のカテーテル検査に行ってきました。<br>結果は問題なし！でした。ほっとしました。<br>治療後と同様の、とても綺麗な血管のままでした。<br>このままずっと、この状態が続くよう、自ら注意していこうと思います。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777932.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Apr 2006 00:56:59 +0900</pubDate>
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<title>世界一の先生との出会い</title>
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<![CDATA[ カテーテル検査後に、先生からは治療方法として挙げられていたものに、ロータブレータでの治療がありました。<br>私はインターネットでひたすら検索しまくりました。<br>「川崎病」「動脈瘤」「狭窄」「カテーテル」「バルーン」、そして「ロータブレータ」などなど・・・<br>そして、千葉西総合病院の三角院長の記事にたどり着きました。<br>なんでもロータブレータ治療においては世界一の実績があり、川崎病患者の治療も多数実績ありとのことでした。<br>千葉西総合病院のホームページ上では、ロータブレータ治療の動画まで公開されていました。<br>これはすごい！！この先生なら自分の心疾患を治してもらえる、そう思いました。願いました。信じました。<br>川崎病の子を持つ親の会にもご協力いただいたり、三角先生のブログを見つけて投稿したりして、最終的には前の病院から紹介状を書いていただき、三角先生に診ていただく事ができました。<br>そして先生から問題なく治療できると言っていただけました。<br>ホッとしました。<br>その後はスムーズに進み、10月上旬に初診、10/29ロータブレータ治療をしていただきました。<br>カテーテル検査の時よりも安心して、落ち着いて治療に臨むことができました。<br>そして見事に成功しました！<br>その結果が前の記事<br><a href="http://blogs.yahoo.co.jp/saisaisaisai123/23454135.html" target="_blank">http://blogs.yahoo.co.jp/saisaisaisai123/23454135.html</a><br>の右側の「正常」写真です。<br>見事でしょ？<br>まずロータブレータの細いもので右冠動脈の狭窄部分の内側を削り、<br>次にもう少し太いもので再度削り、<br>そこをバルーンで広げます。<br>そして再狭窄しないように薬剤ステントを留置します。<br>私の場合は狭窄部位が長かったため、２本のステントを留置しました。<br><br>きれいな血管に生まれ変わりましたよ！
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777927.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Jan 2006 02:12:50 +0900</pubDate>
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<title>虚血性心疾患となった３４歳</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190609/19/saisaisaisai123/e0/8c/j/o0375030214454656455.jpg" alt="イメージ 1" width="375" border="0"></p><p></p>というわけで、薬さえ飲んでいれば、一生このままなにもなくやっていけると自分も家族も信じていたのですが、３年ぶりの定期健診が２００５年３月にやってきました。<br>そして、医療機器も進歩してきたこともあって、心臓ＣＴの検査を受けることになりました。造影剤を注射して、ＣＴで冠動脈を撮影するのです。<br>その結果、左冠動脈に石灰化と狭窄らしきものが見受けられるが、ＣＴではよくわからないのでカテーテル検査を受けたほうがよいということになったのです。<br>一瞬目の前が真っ白になりました。たいしたことではないにしても、もう変化なくやっていけると思っていた私の心臓、冠動脈に、また異常の疑いがあったのですから。<br><br>確かにこの前カテーテル検査を受けたのが大学１年の夏でしたから、あれから１５年が経過しようとしていました。その間、私の冠動脈に少しずつ変化があったということでしょうか。それとも、ここ数年で急激に変化したのでしょうか。しかしそれはわかりませんでした。なぜならここ数年の、それも超音波エコーの画像くらいしか残っていないからです。<br>５年前に管理職になったことで、今までにないくらいのプレッシャーの中で生活していました。それも原因だったのではないかと思っています。また川崎病のために、若年で動脈硬化を起こしやすい血管になってしまっているということもあるとのことです。<br><br>そんな中、８月にカテーテル検査を受けました。医療の進歩により今は腕から検査できるとのことで、脚からのカテーテル挿入に比べると、はるかに楽にはなりました。<br>そして検査は無事終了。結果を先生から聞いてみると、左冠動脈が怪しいと思い検査したはずが、思いもしなかった右冠動脈に狭窄が見つかったのです。それも狭窄している部分が結構長いのです。（画像参照）カテーテル治療では簡単には治りそうにないとのことでした。結局その場では先生にも対処方法が見つからず、不安な状態のまましばらく待たされることとなりました。ニトロを持たされて・・・<br><br>しばらく待たされた後、外来で先生の口から出た方針が「しばらく様子を見ましょう」だったのです。私は愕然としました。危険な状態でニトロまで処方しておきながら、しばらくそのままにしておくとは一体どういうことかと。<br><br>そして、自力でなんとかしなくてはと思い、調査を開始したのです。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777924.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jan 2006 00:52:44 +0900</pubDate>
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<title>川崎病に罹った（小学6年から大学まで）</title>
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<![CDATA[ カテーテル検査の話に入る前に、私が冠状動脈瘤のためにどのような生活をしていたかを振り返ってみたいと思います。<br>私の場合は、ありがたいことに心臓に心筋梗塞や狭心症の症状が現れたことは一度もありませんでした。<br>毎日薬を飲み、激しいスポーツは控え、トランペットの練習にはげむ、普通の生活ができました。<br>他の人と異なるところは体育競技を一緒に行えないということくらいでした。<br>記録に関わる競技は、ほとんどが見学でした。そして、常に記録を取る係でした。<br>ただ、中学の時の登山に行けなかったことだけは残念だったことを覚えています。<br>なぜか学校で作文を書いていました。<br><br>さて、カテーテル検査の話に入りたいと思います。<br>それまでは、東京荒川にある東京女子医大の小児科で、超音波エコー中心の検査を行ってきましたが、<br>小学校６年の終わりに初めてカテーテル検査をすることになりました。<br>脚のつけ根の動脈に太い針を刺し、その針からカテーテル（細い管）を動脈の中を通して心臓の冠動脈まで持っていき、そこで造影剤を注入してＸ線で左冠動脈と右冠動脈を撮影するというものです。<br>とにかく怖かった。ただでさえ、テレビで手術の映像を見ると耐えられなかった小学生だったから。<br>実際は全身麻酔を打たれて、気づくと病室のベットに戻っていたのですが。<br>目が覚めた後、しばらくピントを合わせられないボーっとした状態がしばらく続きました。<br>こんな検査をその後も高校１年と大学１年にやりましたが、なんとその時は局所麻酔でやったのです。<br>痛かった～。辛かった～。造影剤が注入されるときの熱いものが全身を駆け巡るような感覚は、他では体験できません。<br><br>ここまでの３回のカテーテル検査の結果、右冠状動脈は多少の瘤はあるもののほとんど異常なし。<br>左冠状動脈には巨大な瘤は残っているものの、変化がなく、薬を飲むことで大丈夫だろう。<br>という診断で、一生このままいけると自分も家族も信じていたのでした。<br><br><br>次回は、再度カテーテル検査を行うことになったお話をしたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777914.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 00:03:07 +0900</pubDate>
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<title>川崎病に罹った（小学校高学年）</title>
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<![CDATA[ 明けましておめでとうございます。<br>なかなか更新できなかった記事を更新いたします。<br>よろしかったらご覧くださいませ。<br><br>発病後、数年してから「川崎病は治りました」と主治医に言われ、小学校高学年からはみんなと同様に体育の授業も行うようになりました。短距離走も、水泳も、マラソンも、なんでもやりました。<br>そんな中、母親が川崎病に関する文献を常に見ていてくれたり、親の会に参加してくれたりして<br>川崎病の後遺症のことを知り、念のために問題ないか検査を受けることになりました。<br>その結果、残念なことに後遺症である「巨大左冠状動脈瘤」が発見されてしまったのです。<br>もしも川崎病は完治したと安心してそのまま大好きなスポーツを続けていたら、今の私は存在しなかったかもしれない。母親、そしてサポートしてくれた父親によって、発病時に引き続きまたもや命は救われたのです。<br>両親には心から感謝してます。本当にありがとう。<br><br>それからというもの、ペルサンチン、ワーファリン、バファリンなどなど、いろいろな薬に変えながら、毎日毎日薬を飲み続けることになりました。本当に辛かったことを覚えてます。まずい粉薬のときは薬が喉を通ってくれず、何度も吐き出したりしてました。<br>その上、激しいスポーツはドクターストップがかかり、行き場のないこの悔しい思いを、小学校から大学まで吹奏楽に打ち込むことで紛らわしていました。<br><br>次回は、小学校６年、高校１年、大学１年に行った、恐怖のカテーテル検査について書きたいと思います。
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<pubDate>Fri, 06 Jan 2006 02:18:34 +0900</pubDate>
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<title>川崎病に罹った（発病～小学校低学年）</title>
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<![CDATA[ まず川崎病についてご説明します。<br><br>「川崎病に罹ってねぇ～」と話すと、必ず「公害病？」と返事が返ってくるため、最近では「公害病ではない川崎病！に、罹ってねぇ～」と言うことにしてます。<br><br>この病気は英語でもＫａｗａｓａｋｉ　Dｉｓｅａｓｅ（ＫＤ）と呼ばれ、昭和４２年に川崎富作先生が「急性熱性皮膚粘膜淋巴腺症候群」として報告したのが初めてです。<br>症状は、急に高熱が出て、発疹がみられ、目が充血し、唇が真っ赤になり、舌がいちごの表面のように赤いぼつぼつが目立ち、頚のリンパ腺が腫れ、手足が腫れ、後で指先から皮膚が剥ける、があります。<br>これらの症状が出た結果、心臓の冠動脈を中心に炎症を起こし、その部分が細くなったり、拡大して動脈瘤となったりします。重症の場合、血栓性閉塞、心筋障害による虚血性心疾患により突然死することことがあるのです。<br><br>これらは４歳以下の乳幼児に多く発症するのですが、私は小学１年生の６歳（昭和５３年）の時でした。<br><br>当時はまだ川崎病が発見されて間もないころであったためか、医者であってもすぐに症状からこの病気と診断することが難しかったのでしょうか？<br>1つ目の医者では風邪と診断されました。。。<br>しかし、数日経過しても４０℃の高熱が下がらない。おかしいと思った親は、2つ目、3つ目と医者を変え、ようやく「川崎病」と診断されました。そして国立病院に即入院となりました。<br>ここまで１週間近く要したのです。<br><br>入院後、熱が下がる気配が無く、辛い日々が続きました。<br>さすがにここまで高熱が続くと脳になんらかの影響が出そうなものだが、それはなかったようです。<br>母親が心配して、毎日いろんな質問をしてきて、それに答えたのをはっきり覚えてます。<br><br>そして、５０日間という長い入院生活が始まりました。<br><br>後に、「巨大左冠動脈瘤」と診断され、激しい運動は全てドクターストップがかかり、体育の授業は万年記録係に徹することになったわけですが、<br>・もし、１つ目の医者が川崎病と診断し、すぐに入院していたら<br>・もし、当時からガンマグロブリン大量療法が行わていたら<br>と、悔やむ今日この頃です。<br><br>続く・・・
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<pubDate>Mon, 28 Nov 2005 00:25:00 +0900</pubDate>
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<title>ロータブレータ手術までの道のり</title>
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<![CDATA[ ここのところ、ブログを更新している時間がありませんでした。。。<br>今後、少しずつとなってしまうかもしれませんが、<br>半年ほど前から私を悩ましてきた「虚血性心疾患」と６歳の川崎病後から私を悩ませてきた「巨大左冠状動脈瘤」、そして先日のロータブレータ手術とその後について、私の思いを記していきたいと考えてます。
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<link>https://ameblo.jp/saisaisaisai123/entry-12476777900.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Nov 2005 00:36:40 +0900</pubDate>
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