<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>さっちゃんのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/samati/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/samati/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>現在、筑波大学社会・国際学群国際総合学類3年次所属。興味があるのは平和構築・教育開発・平和教育・市民教育etc..About myselfでは勝手に自分をふりかえりDiaryでは日々のことをつづり、その他、訪れた諸外国についてup予定★</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>日記ってかつぶやき</title>
<description>
<![CDATA[ <p>肝心なときにかえってこないレスポンス</p><br><p>ほしいといにすれ違う気持ちというか感覚</p><br><p>大切にしてきたものと</p><p>しんにあるものが違うから</p><p>当たり前かもしれないけど</p><br><p>なんだかすれ違っているような</p><p>一生そこはシェアできないのかなって思うような</p><br><p>きっとそれがあなたなんだろうなっていうような</p><p>云いたいことあるけど、</p><p>なんだか伝えてもあなたにはきっとしみてはいかないんだろうなっていう</p><br><p>信頼しているからこそ思う</p><p>なんだかさびしいきもち</p><p><br></p><p>自分はしみていきやすいから</p><p>いろんなことが</p><p>ぶれやすいけどしみていくよ</p><br><p>しみてひりひりするよ</p><br><br><p>つかめない距離感</p><p>己と他人</p><p>いいたいことと</p><p>いえないことと</p><p>いわないといけないこと</p><br><p>いわないことでうしなっていくもの</p><br><br><p>そんな夜。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10943823144.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Jul 2011 00:22:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2011.3.14 マケドニア・スコピエ着！</title>
<description>
<![CDATA[ <p>朝、9:00ごろかな？</p><p>正確な時間は忘れたけど、</p><p>イスタンブールを旅立ち、マケドニアへ。</p><br><p>少し小さめの機体で、ちょこっとゆれは激しかったです。</p><br><p>無事ついたーーー</p><p>とほっと一息。</p><br><p>なんせ海外まで一人で向かったのははじめてだったので。</p><br><p>しかも、一時期日本を出られるかも怪しかったですからね。</p><p>もちろん（？）機体をそのまま降りて、ふつうに歩いて空港施設内へ。</p><br><p>外も天気よくてすがすがしい瞬間でした。</p><br><br><p>さてまあ、何しにマケドニアにいったんだって話なんですが、</p><p>簡単にいえばボランティアです。</p><br><p>現地の小学校（9年制なので対象は中学生も入る）を訪問して</p><p>授業時間を少しいただいて、</p><p>異文化（日本）紹介や、いろんなアクティビティ（単純に楽しめるもの）を行うというものです。</p><p>（いずれご紹介するコソボでは学校以外も行きましたが）</p><br><p>今回の派遣者は２名で、二人とも20歳！</p><p>活動前に会ったのはたった2.3回で不安だらけではありましたが</p><p>覚悟はきめてのりこみました。</p><br><p>入国ゲートをくぐると、そこに相方（もう一人の派遣者の意）とコーディネーターとTaxiドライバーが。</p><p>ほっ。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/ec/34/j/o0800060011323242991.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/ec/34/j/o0800060011323242991.jpg" border="0"></a> <br></p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10941765807.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jul 2011 01:45:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ケマル・アタチュルク空港にて　2011.3.14</title>
<description>
<![CDATA[ <p>TK(Turkish Airline)はトランジットで</p><p>ケマル・アタチュルク空港を利用します。</p><br><p>一泊するんですが、無料です。</p><p>TKが用意してくれます（*^_^*）</p><br><p>私がとまった部屋はこんな感じ。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/43/cc/j/o0800060011323246096.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/43/cc/j/o0800060011323246096.jpg" border="0"></a> <br></p><p>そして宿泊したホテルはここ。</p><p>場所は、観光の中心からは離れていて、なんというか高速道路の近く！って感じではありました。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/1d/6a/j/o0800106711323243006.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/1d/6a/j/o0800106711323243006.jpg" border="0"></a> <br></p><p>夜遅くついて朝早くに空港にいかないといけなかったので、とりあえず朝食をたべて近辺を散歩。</p><p>観光地ではないので、「何あの東洋人」って感じでした。笑</p><p>人生で初めてみたモスクはこれでした！</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/dd/ea/j/o0800106711323242993.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/dd/ea/j/o0800106711323242993.jpg" border="0"></a> <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110703/01/samati/e7/e9/j/o0800106711326723958.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110703/01/samati/e7/e9/j/o0800106711326723958.jpg" border="0"></a> <br><br></p><br><br><p>ちなみに空港でホテルを紹介してもらうカウンターのすぐ近くにスタバがあります。</p><p>個人的な理由もあって、ぱしゃぱしゃととらせていただきました。</p><p>失礼しました。</p><p>ちなみに、あんまり活気はなかったな。</p><p>夜だったしね。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/ae/ee/j/o0800060011323246094.jpg"></a> <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/9e/99/j/o0800060011323242983.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/9e/99/j/o0800060011323242983.jpg" border="0"></a> <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/06/89/j/o0800060011323236429.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/06/89/j/o0800060011323236429.jpg" border="0"></a> <br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10941757268.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jul 2011 01:31:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2012.3.13</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/c0/f0/j/o0800060011323225863.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/c0/f0/j/t02200165_0800060011323225863.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>そろそろ2012年の春休みについてupしたいなと思う</p><p>ちょこちょこと</p><br><p>内容は、春休みにボランティアでマケドニアとコソボに行ってきて</p><p>そこで見聞きしたもの</p><br><p>英語全然できないんで</p><p>コミュニケーションうまくとれなかったかもしれないけど</p><p>信頼関係はそれなりに築いた・・・つもりではいる。</p><br><p>細かいことはまた書くとして</p><p>出発から。</p><br><p>出発は2012/3/13</p><br><p>地震の直後に日本を出ました。</p><p>12に出発のはずが</p><p>成田にいけず1日延長。</p><br><p>いけないのかなっておもった</p><br><p>余震にゆられながらの荷造りは精神的にこたえました・・・</p><br><br><p>こんなときに海外いくのかよっていう</p><p>後ろめたい気持ちはあったけど</p><br><p>一緒に活動する相方はもう現地に向かっていたし、</p><p>現地で活動にかかわってくれる学生も決まっていたので</p><p>計画はそのまま進められることに。</p><br><p>初めて一人で国際線から飛び立ち、トルコ航空（ＴＫ）で</p><p>トルコ経由でマケドニアのスコピエへと旅発ちました。</p><p><br>ちなみにTKの機内食はこんな感じ！</p><p>TK大満足でした！！</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/43/11/j/o0800060011323225864.jpg"><img alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/13/samati/43/11/j/t02200165_0800060011323225864.jpg" border="0"></a> <br><br><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10940021427.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 13:13:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>まいにちって。日常って。</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br><font color="#663333" size="2"><em>Life is composed of three days only.</em></font></p><br><font color="#663333" size="2"><em>Yesterday,today and tomorrow.<br></em></font><p><font color="#663333" size="2"><br></font></p><p><font color="#663333" size="2"><em>Yesterday is history,tomorrow is mistery, today is a gift</em></font></p><p><br><font color="#663333" size="2"><br></font></p><p><font color="#663333" size="2"><em>-that's why we call it　present.</em></font></p><br><br><br><p>マケドニアでボランティアをしたときにお世話になったコーディネーターから。</p><p>こういうの好きな人でして。笑</p><br><p>でも、なんかこんな青春チックな言葉を贈られると思ってなかったから驚いた！！笑</p><br><p>彼はですね、</p><p>すごく柔軟でスマートな人間でした。</p><p>1歳上とは思えなかった。</p><p>それとともにかなり信仰心のあるムスリムで、毎日５回お祈りしてましたよ。</p><p>口はちょっと小生意気な感じで、すぐ人をからかいう（いや、まあ、本来うちはからかわれやすいってのはあります）嫌味なやつでしたけど、</p><p>腰が低くて、引き際とか、気遣い方とかわってるなあ、この人って感じだった。</p><br><p>うちが男の人とか男の子といてイライラ・・・するようなとこはこの人にはなくて</p><p>とても仕事がしやすかったです。</p><br><br><p>ああ、懐かしいね。</p><br><br><p>そして</p><p>もう夏ですね。</p><br><p>つくばもなかなか暑いです！！！</p><p>みどりがきれいだよー</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110701/06/samati/3f/aa/j/o0800106711322830550.jpg"><em><img height="293" alt="さっちゃんのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110701/06/samati/3f/aa/j/t02200293_0800106711322830550.jpg" width="220" border="0"></em></a> <em><br></em></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10939789853.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 06:17:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大学１年の秋～CLOVERとの出会い～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>大学１年は、自分が何をしたいのかとか考える余裕を全然もてなくって</p><p>新しい環境と人間関係にびくびくして生きてた。</p><p>選択するってことさえ思いもしなくって</p><p>意識的に選択するなんてことまずなかった。</p><br><p>とりあえず、１年の春で結局１つしかｻｰｸﾙはいらなくて</p><p>「これでいいのかなあ・・・」</p><p>と思っていた。</p><p>自分の学類が国際関係とかやるとこだったのもあって</p><p>いわゆる国際系・・のｻｰｸﾙに入りたいきもちがあったんだけど</p><p>入りそこねた感じで</p><p>このままでいいのかっ、どうしたらいいんだっと思ってた。</p><p>国際系というのは、簡単にいえば、国際協力的なｻｰｸﾙ。</p><br><p>そしたら秋ごろに、同じ第二外国語を選択してる学類の友達が</p><p>団体をたてるといってるという話を聞いた</p><br><p>「え？団体？それ国際系なの？」</p><br><p>その程度の興味だったが、授業であった際に、少しその子から紹介を受けて、具体的にはよくわからなかったが、楽しそうに話しているのをみて、なんとなく興味を持った。</p><p>もう夏も過ぎて、少し人間関係が縦も横もできている場所(ｻｰｸﾙ）に今から入る勇気もなかったので</p><p>新しい団体で、しかも同じ学年の子がつくるなら、自分もかかわっていけるかもしれない</p><p>とぼんやり思った。</p><br><p>その子が開催した説明会に行くと、</p><p>なんとも日本にも難民がいるんだということを熱く語る彼女の姿が。</p><br><p>自分には全然問題の実感がわかなくて</p><br><p>これは国際系というのか・・・？</p><p>と思ったけど、なんだか特殊で面白そうとは思った</p><br><p>自分の興味や想定していたものとは違ったけど、楽しそうに話している彼女をみて</p><p>なんとなくの興味で、かかわっていこうかなと思った</p><br><p>正直なところ、なんとも無責任なことに、このときの説明会の記憶はそんなにないのである。</p><br><p>そしてこっから春までの記憶も困ったことにあんまりないんだけど</p><br><p>そのときのかかわり方は、説明会にきた同級生よりはそれなりに多かったと思うけど</p><p>日本の難民問題についての知識もさっぱりだったけど</p><br><p>なんらかの形で、その子が参加するというイベントについていっていた。</p><br><p>あんまり責任感とかはその事態では全然感じてなかった。</p><br><br><p>ちなみに、</p><p>この団体というのは、簡単にいえば、</p><br><p><font color="#000000" size="3"><strong>日本に来ている難民（もっといえば難民申請者）が入国管理局に収容されており、その環境は被収容者に多くのストレスを引き起こしており、</strong></font></p><p><font color="#000000" size="3"><strong>仮放免というかたちで外で暮らしても、労働は認められず、</strong></font></p><p><font color="#000000" size="3"><strong>法的・社会的立場も不安定なまま何年も過ごさねばいけないという問題</strong></font></p><p>を、</p><p><font color="#000000" size="3"><strong>いかに日本で多くの人に知らせていくか</strong></font></p><br><p>というところからきていて</p><p>代表いわくは、友人を気遣うように、彼らにもCare と LOVE　を与えていこうじゃないか</p><p>というコンセプトの団体。</p><br><p>その理念を込めて</p><p><font color="#009933" size="3">Care and LOVE for Refugees ＝　CLOVER～難民とともに歩むユース団体～</font></p><br><p>となった。</p><br><p>難民というと、多くの日本人は確かにアフリカや東南アジアの難民キャンプを思い起こすのではないだろうか。</p><p>実際私もそうだった。</p><p>正確にいうと、そのキャンプにいるような難民と日本にとんでくる（少なくともそのような旅費がある）難民申請者とは社会的にみれば事情が大きく違うかもしれないけれど</p><p>自己を難民であるとして、ある意味で「庇護」を求めていることは確か。</p><p>自己の政府には庇護を求められないという意味では同じかもしれない。</p><br><p>それで、日本にそういう人たちが来たとする。</p><br><p>そういう人というのは、具体例をあげると、</p><br><p><font color="#9370db" size="2">政府の政党や大統領がかわって、旧体制側の自分は国にいられなくなったとか</font></p><p><font color="#9370db" size="2">宗教・信仰にかかわる闘争で祖国に帰れないとか</font></p><p><font color="#9370db" size="2">反政府運動をしているから（してたから）とか</font></p><p><font color="#9370db" size="2"><br></font></p><p>そういう理由で祖国を離れなければならない人のこと。</p><br><p>数ある国の中から</p><p><font color="#9370db" size="2">いろんな国をわたって最終的に日本にきた</font></p><p><font color="#9370db" size="2">ビザをとれたのがたまたま日本だった（コネとかで）</font></p><p><font color="#9370db" size="2">トランジットで日本にきた</font></p><p>とかで</p><p>とにもかくにも日本にきて</p><br><p><font color="#9370db" size="2">入国したはいいけどビザがきれた。けど滞在し続けた</font></p><p><font color="#9370db" size="2">ブローカーにだまされた</font></p><p><font color="#9370db" size="2">パスポートが偽造だった</font></p><p><font color="#9370db" size="2">空港で難民申請をした</font></p><p>とか何らかの理由で</p><br><p>日本に正規に滞在する許可をもたなくて</p><p>日本の「出入国」を管理する「法務省入国管理局」というところにつかまると</p><p>どうなるか。</p><br><p><font size="3">「収容所」</font>に入れられるのである。</p><p>そこは、新しい許可を待つというよりは</p><p>「正規の滞在許可がないんだから、強制的に退去すべきだ、</p><p>そんな人を日本の社会にほうっておいたら危険だろう。」</p><p>という考えのもと、非正規滞在の人間を収容する場所とされている。</p><p>なお、この収容所には、難民申請者以外にも、オーバーステイやビザが取り消された在日外国人も、たくさん収容されている。</p><p>収容所には、たくさんの人々が個々人いろいろな事情を抱えて生きている。</p><p>誰もが将来が見えず、不安を抱えているという点では共通しているかもしれない。</p><br><p>日本では、難民申請というのは認められるケースが世界的にみると少なくて（もちろん申請する母体数も少ないんだが）</p><p>難民申請者の多くは、</p><p>「すぐ申請して認められず収容されるのはいやだなあ」</p><p>と観光ビザや学生ビザで入国して</p><p>それでも「収容所なんかにいれられるのはたまらない」から</p><p>非正規のまま滞在して、みつかってしまって「収容」されている。</p><p>まあ、ケースはいろいろみたいだけど。</p><br><p>日本政府からしたら、そういう場合、「本当に自分が難民なら最初から申請すればいいじゃないか」となる。</p><p>もちろん、偽装難民もいるかもしれないが</p><p>よく思うが</p><p>何が迫害かなんてどう決めるのかという話である。</p><p>まあ、だけれど</p><p>日本に来ている難民は、弱い人かといわれるとそういうイメージはあんまりなくて</p><p><font color="#6699ff" size="3">「生きる手段」として「難民申請」を選んだ人</font>という感じだ。</p><p>まあ、何が迫害かどうかというよりは</p><p>結局日本政府が迫害とするところにその人があてはまるかどうかによって許可の有無が左右される。</p><p>当たり前といえば当たり前か。社会的に定義した言葉であるなら避けられない問題である。</p><br><br><p>なんだか話が長くなったが、</p><p><font color="#800080" size="2">・日本は「難民鎖国」といわれるほど、国際的には難民の保護に問題がある（サポート体制が入国時から整っていない）とされる国で、難民認定の基準も不明確であり、システムの透明性に欠ける</font></p><p><font color="#800080" size="2"><br></font></p><p><font color="#800080" size="2">・歴史的には、収容所というところは今では考えれないような人権侵害も多く行われてきたのではないかとされている</font></p><p><font color="#800080" size="2"><br></font></p><p><font color="#800080" size="2">・被収容者たちは、日本は好きだが、入国管理局や政府は自分たちを人間として扱っていないと感じており、収容所内の環境や、申請・収容の長期化で精神的・身体的ストレスを多く抱えている</font></p><br><p><font size="3"><strong>それにかかわらず、多くの日本人はその状況を知らない</strong></font></p><br><p>その、<font size="3">「無関心」</font>という問題をなんとか「学生」の立場から</p><p>「難民申請者」に寄り添いながら</p><p>アプローチしていけないか</p><p>というものだ。</p><br><p>私は、初めどちらかというと</p><p>「寄り添えなくて」</p><p>自分自身のなかでもやもやしていた</p><br><p>収容所では「面会」ができて</p><p>中の人に一定の時間お会いすることができるのだが</p><p>大学１年の３月に初めて面会にいった</p><p>（今ではCLOVER独自に面会を行っている）</p><br><p>そのときは、収容所問題と長年むきあっているNGOの方の面会に同行させてもらったのだが、</p><p>５人×５の約25名にいっきにあって</p><p>外国人でしかも正規の滞在許可がなく、「収容所」という特殊な環境にいる人！！！！</p><p>というイメージがあって</p><p>とにかく圧倒されてしまった。</p><br><p>ただなんとなく悔しくて。</p><br><p>今は</p><p>「寄り添えない」けれど</p><p>それにしても彼らのことを何も知らなすぎて</p><p>そんな自分がとても恥ずかしかった</p><br><p>彼らを救うことはとてつもなく難しく</p><p>何が彼らを救うことになるのかも</p><p>彼らだけを救うわけにはいかない社会もなんとなく感じていたけど</p><br><p>かかわらないことが一番こわいことだと思った</p><br><p>そんなこんなで、私はCLOVERにかかわることになり、</p><br><p>それでだいぶ私の大学生活はかわったといっても過言ではない。</p><br><p>なんだろうか</p><p>自分が社会の歯車になれたかわらないけど</p><p>いや歯車といったら少し語弊があるかもしれないけど</p><p>前振りかえったように、高校時代は、「他人」に興味がなくて、それはいってみれば「社会」にもあまり積極的な興味はなくて</p><p>その無関心の恐ろしさを教えてくれたのが面会だった</p><br><br><p>だって私は彼らに、かける言葉が一切みつからなかったから。</p><br><p>なんて顔をして話をきけばいいかもまったくわからなかった</p><br><p>困惑しっぱなしだったのだ</p><br><br><p>結局そんな自分がふがいなかった</p><br><p>そこからはじまったのかな</p><br><p>自分の底の知れた人間性がつまらなく思えたんだと思う。</p><br><br><p>そんな面会のあと、CLOVERに深くかかわるようになって</p><p>気づいたら副代表になって</p><p>これがないと生活成り立たないようになってた。</p><p><br>はじまりはそんな感じで、</p><p>自分の興味範囲と重なったからというよりは</p><p>もっと抽象的な、大げさにいえば「生きることへの姿勢」みたいなとこにあるかなあ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10939684848.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jun 2011 23:32:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アルバイト</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは</p><br><p>PCこわれちゃって家で勉強ができずこまってます</p><br><p>ま、全然「勉強」しないんですけどね。</p><br><p>今学期ろくな成績になりそうになくてショック…</p><br><br><br><p>バイトが23時すぎにおわって大学の端末へ。</p><p>端末24hOKなのはありがたい。</p><br><p>友人マミが1年半前くらいに立ち上げたCLOVERというユースNGO団体のもろもろについて頭を悩ませたり、段取り組んだりしてました。</p><br><p>あと最近はもっぱらどうやってお金を手に入れるかそればっかかんがえて</p><p>金勘定にとらわれた女に…</p><p>Oh No.</p><p>派遣やるかやらんか悩んでる。断るなら早く断らなきゃと思う。</p><p>だが夏休みの旅費がほしい。</p><p>一度担当者にあったとき長期じゃはたらけないって言ってみればよかった。</p><p>こうして学びます。。。</p><br><p>あんまり契約規約やぶったりしたくないな。</p><p>今日バイトいって、つくづく今のバイトは自給は高いとは言い難いけど、めぐまれてるなと思う。</p><p>新しい仕事がこわい・・・</p><p>がお金がほしい。</p><p>新しいバイトは２学期入ったらやめるのか。長期でって入ってそんなことあんましたくないんだけど。</p><p>真面目に考える人間です。</p><br><br><p>お金が必要なのは、夏休みに国外逃亡したいから。</p><p>8月後半から新学期開始ちょいすぎくらいまで海外にいきたくて。</p><p>今は１週間バルカンあたりをぶらぶらして、２週間UKで語学学校に行く予定。</p><p>学校代は親に払ってもらうけど、その他は自分で出すと決めたけど、これまで貯金が全然なかっったからちょっとなあ。</p><p>かせぎたい・・・・</p><br><br><p>ああ、I need time and money.</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10937754728.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jun 2011 01:47:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大学１年生</title>
<description>
<![CDATA[ <p>さらに大学生活勝手にふりかえり。</p><br><p>１年生は・・・・</p><br><p>何もわかっちゃいやしませんでしたね。</p><br><p>いや、今もきっと社会人からみれば何もわかっちゃいないんでしょうけど。</p><br><br><p>大学にはぽわーっと入ったものでしたから</p><p>具体的に大学がどういうところか全然想像してなかったし</p><p>何がしたいかもあまり考えていなかった</p><br><p>「具体的にわからなくとも、フィールドくらいは考えておけよ！！！！！」</p><br><p>と戻れることならいいますけどね、自分に。</p><br><p>けど、それができないのが、面白いところですよね、人生の。笑</p><br><br><p>まず春頃驚いたこととまどったことを列挙すると</p><p>・飲み、コール</p><p>・人間関係構築</p><p>・初めての一人暮らし</p><p>・ｻｰｸﾙ</p><p>・授業</p><br><p>かなああ。</p><p>飲みは、いやはや、コールなんて全然想定してもなかったし、あんまり興味なかったからびっくりしました。</p><p>何の意味があるんだと思いながらのろうのろうとしたけど、のれなかった…</p><p>性分的にむりかなあ。</p><p>おいしいお酒を普通に飲みたい。</p><p>でも、そう。</p><p>人間関係…いやネットワークを構築するには、このコールに乗れないのはいわゆる「KY」。</p><p>そういや、心理学の先生がいってました</p><p>「KY」なんていうのはいじめですよって(:_;)</p><br><p>自分なりになんとか大人数の飲み会とかに参加しようとしてましたけど、楽しくもなく。。。</p><p>中途半端に仲のいい大人数で飲むことをなかなか楽しめなったのでした。</p><p>今は少しは、楽な気持ちで臨めるけど、ケースバイケースですかね。</p><br><br><p>人間関係といえば、</p><p>大学入って初めて自分が人見知りであることを知りました。笑</p><p>それまでそんなこと感じなかった…</p><p>いや、ちょっとはあったけどそこまでとは。</p><p>コミュニケーションあんまりうまくとれなくて</p><p>大学には何か私の知らないルールがあるんじゃないかと</p><p>何がKYで何がそうじゃないのかがわからなくて</p><p>あんまり話さずひたすら笑ってて、口がひきさけそうな毎日でした。笑</p><p>笑ってたから楽しそうにみえたかもしれないけど</p><p>楽しくなんかなかったんだからーーーーーー！！！！w</p><br><p>いや、もちろん本当に楽しかったこともあったんですけどね。</p><p>緊張してたんだろうな。</p><p>なんか肩の力がぬけなくて、それを相談するわけにもいかず。</p><br><p>でも、そのうち</p><p>少しは自然体でいられる友達もみつかって</p><p>そのストレスは少し軽減しました。</p><br><br><p>1年生って無理するんですよね。</p><p>だから、いつも１年生に会うときは、そういう無理をできる限りさせたくないなっと思ってます。</p><p>この子はこんな子かなとあまり断定しすぎないように気をつけてます。</p><br><br><p>以上のようなことは</p><br><p>周りがどうのこうの</p><p>KYがどうのこうの</p><p>というのも全くないとは言わないけど</p><br><p>私の高校までの人間関係の築き方とか</p><p>他人とのかかわり方にも大きな原因があったんだろうなと</p><p>最近は思います。</p><br><p>なんというか、極端に言うと、あまり他人に興味がなかった</p><p>好き嫌いはしなかったけれど</p><p>裏を返すと興味がなかった</p><br><p>そして、他人に自分をわかってもらおうとか共感してもらおうとか</p><p>そういう気持ちを持っていなかった。</p><br><p>今学期履修しているイギリス文学の授業の先生のお言葉を借りるとすれば</p><p><br>「内在性（自分の立場で共感してほしい）」も「超越性（自分の立場とは少し距離を置いて指摘してほしい」という欲求も希望も放棄していたことになるわけです。</p><br><p>だから</p><p>「場」をつくることとか</p><p>会話の流れとか</p><p>他人の動きに</p><p>すごく意識が散漫でした</p><br><p>そんな中で</p><p>県外の大学で一から関係づくりをするということは</p><p>困難を伴ったのかもしれません。</p><br><p>中高６年間ほとんどかわらない人間関係の中で生活していたというのも起因するかもしれません。</p><br><br><br><p>そしてサークル。</p><br><p>「取捨選択」や「キャパシティ」を理解していませんでした。</p><p>そういう意識のかけらさえもなかった</p><p>とりあず、人間関係への不安とかが先にきて</p><p>自分がやりたいこととかを完全に見失っていました。</p><br><p>目的意識って大切ですね。</p><p>あと、自分が何を大切にしたい人間なのかを認識していないと</p><p>自分を見失いがちです。</p><br><p>どうかかわれるかとか</p><p>何に共鳴したのかとか共感したのかとか</p><p>考えていなかったために</p><p>適当な気持ちでサークルに入ってしまったために</p><br><p>その後いろいろ思い悩みました。</p><p>そして１年の冬から春にかけて崩壊しました！！！一度！！！</p><p>たくさんの人に迷惑をかけました。</p><br><p>中途半端が一番嫌いなのに。</p><br><p>そして、もう反省して再度構築しました</p><p>が</p><p>やっぱりその迷惑をかけた後ろめたさは尾を引きますね。</p><br><p>だから、何事もなぜ自分はこれにかかわるのか</p><p>何がここでしたいのか</p><br><p>考えて動かなければならないことをここで学びました。</p><br><br><p>１年生はとりあえずふわふわ、おろおろと生きていました。</p><p>考える力をもっている１年生をみると</p><p>本当に関心します。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10930769507.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jun 2011 02:00:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>小学校の記憶と今</title>
<description>
<![CDATA[ <p>小学校には、平和教育ってありましたよね（世代によってその有無と呼び名違うのかもしれませんが）</p><br><p>うちの小学校にもありました</p><br><p>福岡出身なので、福岡大空襲の日とかになると、体験者の方のお話があったり</p><p>先生たちが人形劇をやって解説するのを校内放送でみたり</p><p>被爆とか原爆後遺症の写真の展示がされたり。</p><p>いろいろやってたなってうっすら記憶があります</p><br><br><p>修学旅行では、長崎に行きました</p><p>最後に１日だけハウステンボスによって、あとは長崎をグループでまわったり</p><p>浦上天主堂や山里小学校、原爆資料館とかをまわりました</p><p>暑い暑い日でした</p><br><p>そんな中で、被爆者の方のお話を聞く機会がありました</p><p>大体きっと修学旅行でそういうコンセプトでやると、そういうのはあるかと思います。</p><p>60～70代のおじいさんでした。</p><p>当時そうですから、被爆当時は小学生くらいだと思います。</p><br><p>話の内容はそんなに詳しくは正直覚えていません。</p><p>ですが唯一、おじいさんが「ほかは忘れてもこれだけは忘れないでいてほしい」といった言葉だけをしっかりと覚えています。</p><br><p>それが</p><p><font size="4">「戦争の最初の犠牲者は真実である」</font></p><p>でした</p><br><p>少しネット検索したところによると、とある記者かカメラマンの言葉だとかなんだとか</p><br><p>まあ、その所在は別にいいのですが</p><p>当時とても印象的でした</p><br><p>私はそれまで</p><p>原爆や空襲でどれだけの人間がなくなり</p><p>残された人々がどのように過ごしてきたのか</p><br><p>そういう人間の苦しみを教えられてきました</p><br><p>ところが、このとき、おじいさんは死亡者の数や原爆の恐ろしさではなく</p><br><p>奪われてしまった知る権利を強調しました</p><br><p>人が死ぬとかそういう問題の前に</p><br><p>戦争によって奪われたものはもっとほかにもあるのだということをこのとき初めて知りました。</p><br><p>人間が戦争によって精神を蝕まれるということがあるのかと</p><br><p>正義はどこにあるのかと</p><br><p>じゃあ誰が苦しみ、誰が犠牲者なのかなど簡単に判断できるのか。</p><br><p>こども心にそんなことを思いました。</p><br><br><p>中学生になると、平和教育とよぶようなものはあまりありませんでしたが</p><p>仏教校だったので、仏教の時間というものがあり道徳のような性質ももっていました。</p><p>その中で、ある先生が中学３年生くらいのときの授業で</p><p>日本軍の占領の写真（集？）をみせてくれました</p><p>どういう意図かはわかりませんが。笑</p><br><p><br></p><p>初めてみるような写真ばかりでした</p><br><p>決して今まで学んできた教科書にはありませんでした</p><br><p><br></p><p>非常に衝撃を受けました</p><p>それは、右とか左とか歴史認識がどうとかではなく、</p><p>単純に個人の経験として</p><p>みたことのない世界に驚きました</p><br><p>みたことはあったかもしれませんが、強調されなかったのかもしれません</p><br><p>私の意識不足もあったかもしれません</p><br><br><p>その夏休み、私はたまたまケストナーというドイツ人作家の伝記をよみました。</p><p>ナチスドイツ時代を、多くの知識人が亡命するなか、ドイツで生き抜いた作家です。</p><br><p>ナチスドイツには昔からたぶんLife is beautifulの影響もあって興味があったのでその流れでよんだんだと思います。</p><p>ですが、買ってきたのは母なので、すごいですね。笑</p><p>私は昔から読書感想文は家の本棚から探していました。</p><br><p>話がそれましたが、ケストナーがドイツに残った理由の１つとして</p><p>何があろうとことの始終をこの目で確かめるという意思がありました</p><p>彼は故郷ドレスデンをこよなく愛していたし、そこに信じる姿勢のすべてを託していたような気がします</p><p>中学生のわたしには、自分の身にも危険が及ぶなかで、信じたものが壊されていく現実にそう簡単に向き合えるとは思えず、彼の姿勢に感銘を受けるばかりでした。</p><br><br><p>その翌年の夏は</p><p>阿川弘之の「雲の墓標」を読みました。</p><p>学徒出陣に際し、特攻隊として訓練をうける吉野という主人公の日記という形でつくられた作品です。</p><br><p>私は昔から日本の戦争もののドラマなり映画がどこか苦手で。</p><p>特に特攻隊を悲劇の英雄だ！！という印象をうけるようになされているのがあまり好きではありませんでした。</p><p>彼ら自身が自分をそう思って飛び立ったかなんかわからない（もちろんそうでないかもわかりませんが）</p><p>結局彼らをそうした世界の中に閉じ込めてしまうことは</p><p>確かにそういう面はあったとしても、一種のプロパガンダか何かのように思えて</p><br><p>結局６０年前となんらかわらないじゃないかと思っていたからです。</p><p>伝えることはもっと別にあるだろう、</p><p>彼らが飛び去って行ったことの悲劇に終始する以外に何かまなぶべきものがあるだろう、と感じていました。</p><p>彼らを悲劇の英雄扱いにすることは、私には彼らを単なる「過去のできごと」に押し込めてしまわれるように思えました。</p><p>だからといってじゃあどう伝えればそうなるんだといわれると難しいのですが。</p><br><p>とはいえ、淡々と続くこの本は、もっと身近な視点で彼らとそして彼らをそうさせたものの存在を感じさせました。</p><p><br></p><p>この２つの本は今でも、これからもずっとどこかで私のキーワードになるんだろうなと思います。</p><br><br><p>いずれにしても、「真実」とはなんなのだろうか</p><p>という疑問が頭から離れませんでした。</p><br><p>おじいさんがいった「真実」</p><p>奪われたという「真実」</p><br><p>それはなんなのだろうかと思いました。</p><br><p>互いの正義により覆い隠される真実とは何者なのか</p><br><p>「戦争に正義などない」という言葉もあります。</p><br><br><p>たとえ「正義」や「真実」などないにしても</p><p>私たちがそれを奪われたと感じるのはなぜなのか</p><br><p>原爆問題について幾度となく触れても、植民地政策についてあまり触れられてこなかった自分の受けた教育はなんだったのか</p><br><p>私も結局</p><p>おじいさんの言った</p><p>何かに、社会に、大人につくられた渦の中でもがいて</p><p>自分の目でみることもなく</p><p>フィルターを知らず知らずのうちにかけられてるんじゃないか</p><br><p>そう考えるととてもこわかったのです</p><br><br><p>論理や証拠などはさておき</p><p>そういう状況におかれているのではないか</p><br><p>おじいさんが言ったことは決して過去などではなく</p><br><p>今の自分にも言えるのではないか</p><br><p>そうずっと小学校から思っていました。</p><p>思うというより、感じていました</p><br><p>なんとなくの不安がありました。</p><p><br></p><p><br></p><p>そうした想いが</p><p>すごく抽象的でしかなったけど</p><p>なんとなく</p><p>世界について学んでみたいという気持ちを呼び起こしました<br></p><p>きっときっと世界には知らない何かもっとたくさんがあるのではないか</p><p><br></p><p>自分がこれまで教育を受ける中で削除された何かが</p><br><p>そしてそれを自分で探しだす力がほしいと</p><br><p>その希望を託して</p><p>そういう方向に向かっていった気がします。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10930481814.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jun 2011 21:28:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>論文ってむずかしいっす</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日は大学のゼミで独立論文の構想発表でした。</p><br><p>独立論文というのは、卒業論文の練習という感じです。</p><br><p>国際総合では書かなくてもいいけど、書くこと前提のゼミが多いし、書けるのなら書くにこしたことはないと思う。</p><br><p>実際今、手に負えない感じだけど、それが今で良かったって思ってる。</p><br><br><p>テーマにしたいのはコソボで、「民族共存」のための教育の実態調査と今後の課題と展望的なやつをまとめてみたい。</p><p>卒論で何やるか、ほんとは考えたほうがいいんだろうけど、なかなかそうもいかず。</p><p>とりあえず、今やりたいこととか興味あることをやってみようと思いました。</p><br><p>ところが、問題意識とか問題設定の前に</p><p>そのための情報を集めるのに苦労！！！！汗</p><br><p>しかも「共存」とか「民族」っていう定義さえ自分でもかたまってないし</p><p>知りたいことはいっぱいあるけど</p><p>何から手をつけていいのか調べれば調べるほどわからない</p><br><p>先行研究もコソボに関しては少ないし（たぶん）</p><br><p>いろんなキーワードが頭の中でごちゃごちゃしてる。</p><br><p>春休みコソボいったから、それはそれで実際は少し垣間見た分、逆にわけがわからなくなる。</p><p>理想が通らないのも、実際にわかる</p><br><p>理想の無力さも身にしみてわかる</p><br><br><br><p>よって、今日は発表でしたが、全然まとまんなくってぼろぼろでした</p><br><p>でも自分でぼろぼろといって発表したし、調べも足りないからそんなに大きな批判！！とかさえもなく…</p><br><p>改めて「何やってんだ自分」</p><p>と思ったのでした。</p><br><p>わかってたけど、それに直面するって結構しんどいですよね</p><br><br><p>普段ゼミでもなかなか意見をいえず</p><br><p>というのも、大学入ってちゃんと勉強してこなかったからなんだろう</p><br><p>なんだかｻｰｸﾙ（NGO）の活動とか目の前の娯楽に走ってしまって</p><br><p>それ以外のアカデミックな何かにきちんと向き合ってこなかった</p><p>すべてその場しのぎだった</p><br><p>論理性に欠けるのは昔からわかってたけど</p><p>けど！！！！！！</p><br><p>あーーーー</p><p>出直したいけど出直す時間がつくりきれない。</p><br><p>イライライライラ</p><br><p>これでも院を考えてるんです</p><br><p>このままじゃあ、まずい。</p><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/samati/entry-10930448904.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jun 2011 21:08:54 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
