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<title>Frontier Mind</title>
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<description>日々の生活の中で感じる&quot;気付き&quot;を&quot;きっかけ&quot;として、自分自身の内面を見つめます。</description>
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<title>最終回〜新たなフロンティアを求めて〜</title>
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<![CDATA[ ブログを書き始めて早や数ヶ月。<br>１０分くらいで書くつもりが、毎日３０分～１時間ほど費やしてきました。<br>それは自分で決めた習慣だから。<br>その自分の信念に従って無我夢中で書き進めてきました。<br><br>しかし、今日を持ってこのブログに別れを告げたいと思います。<br>理由を事細かに説明するつもりはありませんが、思っていることを一言だけ。<br><br>・今やらないと後悔する<br><br>自分は今、人生の大きな岐路に立っています。<br>大袈裟かもしれませんが、今やるか、やらないかが、<br>私の人生に大きな影響を及ぼす。<br>そう判断しました。<br><br>最後にもう一つだけ。<br><br>・自分の価値を信じているか<br><br>公私ともに順風満帆な生活を送ってきたかのように思います。<br>しかし今、大きな岐路に立っている。<br>「たったこれくらいの人間で十分なのか、もう一段上を目指すのか」。<br><br>自分に問うてみたいと思います。<br>口だけではなく、行動で示す。<br>そのためには、少しでも多くの時間が必要です。<br><br>またいつか新たなフロンティアで出会いたいと思います。<br>その時には、きっともう一回り大きくなった自分と出会えることでしょう。<br><br>私という人間の存在価値が問われている。<br>「お前はたかがそんなもんか！」<br><br>絶対負けない。<br>絶対逃げない。<br>絶対最後まで、あきらめない。<br>
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<pubDate>Mon, 28 Jun 2010 22:01:31 +0900</pubDate>
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<title>美術鑑賞とバイキング</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100627/15/samurai8real/aa/27/j/o0600080010611745492.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100627/15/samurai8real/aa/27/j/t02200293_0600080010611745492.jpg" alt="$Frontier Mind" width="220" height="293" border="0"></a><br><br>今日は国立新美術館で開催中の「オルセー展」に行ってきた。<br>美術は一切分かりませんが、<br>・分からない＋興味ない＝行かなくてよい<br>ということではないと思いますし、<br>分からないなら分からないなりに、<br>とにかく足を運んで、その場の雰囲気を感じて、<br>自分の感覚値を少しでも上げる努力をするべきではないかと感じています。<br><br>こういった文化に触れる活動（美術、映画、ファッションなど）は<br>すぐにはその”費用対効果”が見えにくいものであると思います。<br>その一方で、様々な歴史やそのワザ、作者の想いなど、<br>身に付けるべく知識は非常に多岐にわたることから三日坊主になりやすい。<br>ですので、変に学ぼうとしない、まずは定期的に足を運ぶところから始めてみる、<br>こういった気持ちで文化に触れる時間を強制的に持つようにしているのです。<br><br>で、今日は日曜日でした。<br>人の混雑はある程度予想していましたが、、、<br>前が見えません。何も見えませんでした。<br>とにかくすごい人の量でした。<br>天候がぐずついていたこともあってのことでしょうが、<br>残念ながら何も絵に関する感想はありません。。<br><br>ただし、そうは言っても何か学びを取りに行くのが私のスタイルですので、<br>考えてみました。<br>・何で絵が見えないほど混んでいるのか<br><br>答えは何でしょう？<br>人の量が多いからですか？<br>人の量が多いと必ずあんなに混みますか？<br><br>例えば東京ドームに野球を見に行きました。<br>入退場の時は”混んで”いますね。<br>でも、自分の座席で野球観戦している時はどうですか？<br>”混んで”いますか？<br>おそらく、”窮屈”あるいは”満員”あるいは”人がたくさんいる”といった感じですか。<br>”混んで”はいませんよね。<br>でも、東京ドームは5万人以上観客が入りますね。<br>いくら会場が広いからといっても、なぜ座席にいると”混んでいる”と感じないのでしょう。<br>逆にそこから、混んでいると感じる理由が分かりそうです。<br><br>その理由を、「人の流れに巻き込まれている」ことが<br>重要なポイントであると思っています。<br>野球観戦でも、座席に座っている時は、<br>いくら人が多くても「人の流れには巻き込まれていない」。<br>だから、”混んでいる”とは感じない。<br>しかし、入退場の時や、売店に何かを買いに行く時は人の流れに巻き込まれます。<br>だから”混んでいる”と感じる。<br><br>このことを参考に、美術館でなぜ”混む”のかを考えてみようと思います。<br>今日行ってみて、人の行動から見えたパターンは、<br>・同じ絵のところに延々と居座り続けるパターン<br>・出口付近から逆走してくるパターン<br>・出口に近づくにつれて絵画一枚あたりの鑑賞時間が長くなるパターン<br>この３種類の人間が入り乱れて存在するという観察事実です。<br><br>●同じ絵のところに延々と居座り続けるパターン<br>これはバイキングで言うところの、<br>「大好きなものを取りすぎる」、<br>「支払いの元分を食べようととにかく大量に取る」<br>人たちのことを指すのだと思います。<br>全体が見えていない、最後は息切れする。<br>前半じーっくり、後半さくさく型。<br>入り口近辺の混雑の主要因です。<br><br>●出口付近から逆走してくるパターン<br>・人が多くて絵が見えないから、先先進んでしまった<br>・絵が両サイドにあるので、片側→少し戻る→逆側の順番で鑑賞している<br>・思ったよりも早く出口に来てしまった<br>いろいろ事情はあるでしょうが、たいていの場合は<br>・このまま出口を出ると勿体ないので、もう一回鑑賞しよう<br>という気持ちになるのでしょう。<br>バイキングで言うところの、何度も食事をとりに行くせわしない人のことです。<br><br>●出口に近づくにつれて絵画一枚あたりの鑑賞時間が長くなるパターン<br>このままのペースで先に進んでいくと思っていたより早く出口に到達してしまう、<br>と自分の状況を前もって把握できるタイプの人々。<br>前半はさくさく鑑賞を進めていたが、<br>後半はなぜかじーっくり鑑賞を進めていく。<br><br>こういったことから感じるのは、<br>・止まっている人<br>・前に動いている人<br>・後ろに動いている人<br>・それら様々な行動を、”大量の人々”が一気に行っている<br>ということです。<br><br>これだけ人がいても、たとえ人の流れに巻き込まれても、<br>ある一定の方向に人が流れていさえすれば何とかなるものだと思います。<br>しかし、<br>・大量の人々が<br>・あらゆる方向に<br>動いていると、もうお手上げ状態です。<br><br>じゃあどうすれば良いのか。<br>鑑賞する我々と美術館のスタッフサイドに分けてルールを書いてみます。<br>（個々人のゆっくり鑑賞する権利などは考慮していません。とにかく、<br>初心者の人もプロの人も含めて最大公約数的に美術鑑賞を満足できることを<br>主眼に置いています。）<br><br>●鑑賞する我々<br>・いかなる理由があっても、後ろに戻ってはいけない<br>・絵画一枚あたりの鑑賞時間は最長3分<br>・複数で鑑賞せず、必ず個人で鑑賞する（絵画の批評によって人の流れが滞留するため）<br>→これだけでずいぶんと混雑解消されると思います。<br><br>●スタッフサイド<br>・絵画の両面配置はやめる<br>・両面配置する場合は、その絵画と絵画の間のスペースを○○m確保するルールを定める<br>・入場制限をしない（待つとその分、鑑賞時間を長く取ろうとする）<br>・日にち、時間帯で枠を決めた前売り券発売を実施する<br>・チケットは、個人が指定できる別日程であらためて入場が可能とする<br>→いつ来てもいいですよ、いつ帰っても良いですよというルールは、<br>このような観光的文化的ビジネスにはナンセンス。<br>しっかりと枠を設けて、しかし同時に再入場の柔軟な配慮を持たせながら<br>芸術の醍醐味をしっかり味わってもらう。<br>収益も無視できないことであるとは理解できるが、<br>芸術の啓蒙的な側面の重要性をしっかりと認識することが大切。<br><br>芸術に興味ない人が、他人に勧められて行ってみて、<br>こんなに混んでいたら二度といかないでしょう。<br><br>じゃあ好きな人だけが鑑賞するということで良いのか？<br>観光、文化を成長戦略の一つに掲げている日本の一国民として<br>それはダメでしょうと言いたい。<br>芸術の価値や重要性を少しでも多くの国民に広めることは大切だと思います。<br><br>最後に私が取り組むべきことを。<br>●混雑すると考える日程は避ける（できれば平日、あるいは休日の朝早く）<br>●展覧会の全体像を知る（いくつ絵画が出展されているか）<br>●何を見て、何を見ないかを前もって決める（絶対に見るべき絵画を数点決めておく）<br><br>こうしてほしいと思いつつも、すぐには何も変わらないことは分かっています。<br>だから自分を変えよう、自分の行動を変えてみよう。<br>そんなことを改めて感じさせられた一日でありました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/samurai8real/entry-10574917934.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jun 2010 15:07:00 +0900</pubDate>
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<title>「大少」から「小多」の時代へ</title>
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<![CDATA[ <div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100626/19/samurai8real/95/87/j/o0800106710610401287.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100626/19/samurai8real/95/87/j/o0800106710610401287.jpg" alt="photo:01" width="300" height="400" border="0"></a></div><br clear="all"><br>今日は渋谷でぶらついた後、地下鉄銀座線沿いに渋谷～表参道～外苑前と歩きました。<br><br>ヒューマンウォッチ、タウンウォッチが大好きな自分にとって、欠かせない習慣です。<br><br>で、歩いていて少し気になったことがありました。<br>その発端が上のドラッグストアです。<br><br>渋谷から宮益坂を歩いていて一軒。<br>宮益坂から国連大学方面に歩いてまた一軒。<br>挙句の果てに、クロックスの隣に一軒。<br>わずか地下鉄一駅の間に同じチェーンストアが3軒もあると、当然ながら気になります。<br><br>しかも3軒ともに共通して言えることは、<br>•店舗面積が大きくない<br>•目立った客寄せはしていない<br>•店員は1人か2人<br>•他店と遜色ない低価格<br>ということです。<br><br>こういった事実から、その背景には何が見えてきますか？<br>最近流行りの「抽象化力」を問うているとも言えますね。<br><br>私は、このドラッグストアの戦略全般を知りませんし、このドラッグストアのロイヤルカスタマーでもありませんので、正確な答えは持ち合わせていません。<br><br>その前提で申し上げるとすれば、<br>「大少」の時代から「小多」の時代へと軸足が変化しているのではないか、<br>と感じるところがありました。<br><br>駅前に行くとドでかいドラッグストアが立ち並び、それこそ安売り合戦が繰広げられています。<br><br>•利便性、立地が良い場所<br>•豊富な品揃え（種類）<br>•仕入れの多さによる原価低減<br>•多数の来店者による″見せる″集客効果<br>多少の違いはあれども、こんなようなビジネスモデルが軸になっているのかなと思います。<br><br>それが今どう変わろうとしているか。<br>先のビジネスモデルをもとに考えてみましょう。<br><br>•利便性、立地が良い場所<br>→土地は有限、駅近ほど坪高。<br>→駅から少し離れてみる、駅と駅の間を考えてみるという発想。<br><br>•豊富な品揃え<br>•大量仕入れによる原価低減<br>→各店舗毎の発注ではなく、地域全体、あるいは地方全体での発注を行う。<br>店舗毎の距離を比較的短めに設定することで、流通コストの増加を抑える。<br><br>•多数来客による″見せる″集客効果<br>→果してどれほどのお客さんが、″見せられて″お店に入っていくのでしょう。<br>最近では、@コスメというインターネットサイトでの口コミをもとに、<br>事前に購買商品を決めている顧客が増えています。<br>また、企業側もチャネルによって販売ブランドを分けているという事実もあります。<br>もちろん、ドラッグストアが化粧品以外の商品も多く扱っている<br>ということはありますが、やはりドラッグストアの収益の軸は一般用医薬品と化粧品です。<br>医薬品は基本的に心移りして買うものではない。<br>そして、顧客の化粧品に対する先の購買行動の変化を考えると、<br>″見せる″集客効果の優先順位は以前ほど高くないかもしれない。<br><br>そうすると、考えが変わります。<br>駅前に大きなお店をどかーんと構えて一店舗あたりの売上を<br>最大化しようとするビジネスモデルを脱却し、<br>駅前ではなく″駅近く″や″駅と駅の間″に店を構えて、<br>いくつかの店舗を集約した″地域での″売上を最大化しようとするビジネスへの転換です。<br><br>駅前をやめるという訳ではありません。<br>軸足を″駅前＋駅近＋駅間″に移す、ということです。<br><br>そうすると、<br>•駅から離れるほど坪単価は安い<br>•店舗当たり来客を下げ、人件費を抑制<br>•混雑解消により待たされることはない<br>•混雑解消によりなかなか売り場に辿り着けないことはなくなる<br>•″その人にとっての″、最寄店舗が近くなる<br>といったメリットも出てきます。<br><br>店をコンパクトに、かつ多店舗展開で。<br>なおかつ、多様な商品を、競争力ある低価格で。<br>実現困難とされていた、<br>•具体化し過ぎることのコスト増加<br>•抽象化し過ぎることのニーズ欠落<br>というトレードオフを解消する方向に進めているのではないかとさえ感じました。<br><br>業界問わず、「大きいことは良いことだ」という過去の常識が<br>改められる方向で進んでいくことは間違いないでしょう。<br><br>•多様化した個々のニーズにどう対応するか。<br>•一方で、それを如何に実現するか<br>この辺りのone-to-one marketingを具体的にどう戦術レベルに<br>落とし込むかが各企業に問われている時代です。<br><br>難しい時代ですが、その分きっとやりがいも…あるはず！<br>いろいろ考えてみようと思います。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 26 Jun 2010 19:04:05 +0900</pubDate>
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<title>主観的大声と客観的大声</title>
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<![CDATA[ 前の会社の上司にこんなことを言われたことがある。<br>「声が大きいのは、自分を守ってる証拠。自分の弱さを隠しているんだよ。」<br><br>私は、声が大きい。意図的にやっているのではないが、自分でもそう思う。<br>しかし、先の上司の指摘には「本当かなあ？」と未だに納得していない。<br>その上司は長年多くの人をマネジメントしてきた優秀な方なので、<br>その目に、その耳に、狂いはないのだと思う。<br><br>ただし、納得はできない。<br>そこで自分の過去の経験を織り交ぜながら、その反証理由を掲げてみよう。<br><br>●スポーツを通して、大きな声を出すことの大切さを学んできました<br>過去には、サッカー・ソフトボール・バスケなど団体スポーツを多く経験してきました。<br>そういった集団の中で、自分の意見を相手に伝えることの大切さ、<br>応援の声に負けないくらいの大きな声を出すことの大切さ、<br>大きな声はそれだけで周囲の人々にエネルギッシュな印象を与えること、<br>を学んできました。<br><br>●バイト時代に頂いたお別れメッセージの第一位は「声の大きさ」に関するものでした<br>特に飲食業のアルバイトを経験された方なら分かると思います。<br>飲食業のアルバイトは、他のアルバイトに比べて相対的に、<br>・店舗営業時間が長い<br>・総営業時間をシフトで区切り、個々人が働く時間を細かく区分けする<br>・その結果多くのアルバイト店員が細切れで働いている<br>という特徴があります。<br>私も飲食店でのアルバイト経験が長く、<br>その結果辞める際にはたくさんの方からお別れメッセージを頂いてきました。<br>そこに最も多く書かれていた言葉。<br>・声が大きい<br>・こんなにも声が大きい人がいるんだ（笑）とおもいました<br>など。<br>お断りをしておくと、その人たちはそれらの言葉を”良い意味で”書いてくれています。<br>それらの言葉には続きがあって、<br>「そういった大きな言葉によって、店全体が盛り上がり、<br>無意識のうちに自分たちを鼓舞してくれていることに気づいた」といった内容です。<br>こういった事が示唆していることは、<br>時と場所をわきまえさえすれば大きな声は大きな特徴（強み）となるということです。<br><br>●アフリカでは「声が小さい＝盗人」と思われることもあるそうです<br>同じ地球人として、反証事例と認めて下さい。<br>アフリカでは、声が小さい人を「何か隠し事をしている」「何か嘘をついている」<br>と見なすこともあるそうです。<br>全部が全部ではないとは思いますが、<br>人の移動が多く騒がしい都市部でも、誰もいないようなサバンナの奥地でも、<br>とにかく大きな声を出す人が多いのは、こういった理由を物語っていると言えると思います。<br>・アフリカの人＝声が大きい<br>・アフリカ＝人類誕生の地<br>・日本を含めたアジア人の祖先もアフリカがルーツ<br>→大きな声を出して当然。声が小さい方が疑問。<br><br>まあこんな感じでつらつらと書いてきましたが、<br>「声が大きい事は決して悪い事ではない」と思っています。<br><br>もちろん興奮しすぎて周りが見えなくなると「主観的な大声」になってしまうのでいけませんが、<br>周囲のことが見えている中での「客観的な大声」は認められてしかるべきであると思うのです。<br><br>その状況状況を把握しながら、<br>できるだけ自分のいい面をアピールしていきたいと思います。<br>
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<pubDate>Fri, 25 Jun 2010 20:58:04 +0900</pubDate>
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<title>人間を育てるスポーツ（３）</title>
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<![CDATA[ ゴルフは人間を育てるスポーツである、最後の理由と参りましょう。<br>最後は、「考え方」です。<br><br>ゴルフを分解してみます。<br><br>●ゴルフコースの全体設計<br>18ホール…PAR3×4ホール、PAR4×10ホール、PAR5×4ホール<br><br>●各ホールごとの難易度<br>易しい…短いPAR4とPAR5<br>難しい…長いPAR4とPAR3<br>それ以外…状況による<br><br>●環境<br>風、雨、凍結、ぬかるみ、太陽、気温、動物、飛行機の音<br><br>●その他<br>スタート時間、昼休憩の有無、同伴者のプレー、キャディの対応、ギャラリーの数<br><br>今、こうやって簡単に分解しましたけど、<br>これらの共通点って何か分かりますか？<br><br>ーーーしばしお考えをーーー<br><br>答えは、「自分以外」です。<br>何でこんなことを書いたかと言うと、<br>・ゴルフとは、自分の意志だけではどうにもできない外的環境の影響を非常に強く受けるスポーツ<br>だからです。<br><br>「どうしようもできない＝諦める」のではありません。<br>「どうしようもできない＝考える」のです。<br><br>自分自身は何も変わろうとしていない、実際に変わってもいない「つもり」になっているんです。<br>しかし、外的環境は当然ながら一定ではありませんので、<br>常に変わり続ける環境に対して自分を「変えていく」必要がある。<br>その能動的な働きかけが重要になる。<br>それがゴルフというスポーツであり、ゴルフが考えるスポーツたる所以です。<br><br>よく言われる「考える」というゴルフの事例は、<br>ティーショットを打つ時に、ホール全体から逆算思考で考えるというもの。<br>・このホールではバーディが欲しい<br>・だからグリーンのあそこに落としたい<br>・だからセカンドショットをあそこから打ちたい<br>・じゃあこのティーショットをあそこに打つ必要がある<br>と、「バーディを取る理想」から逆算して「今何をすべきか」を考えるという思考過程<br>（thinking-path）を辿っていく訳です。<br><br>この事例はよりミクロに考えたもの（ホールマネジメント）で、<br>今度はもう少しマクロに考える（コースマネジメント）と、こんな感じです。<br>・この大会の予選を突破するには最低パープレー（72）で回らないといけない<br>・コース全体をホール毎の難易度で分解してみる<br>・そこに自分が好きなホール、嫌いなホールに分けてみる（感情を自覚すること！）<br>・そして、バーディを取りに行くホールを選ぶ<br>・そして、パーで手堅く守るホールを選ぶ<br>・そして、ボギーでも仕方ないホールを選ぶ<br>・この自分なりのマクロの戦略を、ホールバイホールで戦術レベルに落としていく<br>とこういった思考過程を辿ります。<br><br>ザガティーでコンサルタントをやっている細谷さんの著書に<br>・全体から<br>・結論から<br>・単純に<br>と書かれていました。<br>ロジカルシンキング、地頭力がテーマだったと思いますが、<br>ゴルフの思考過程と全く同じ考え方です。<br><br>ゴルフコースを対象として、<br>マクロに言えば、コースマネジメント。<br>ミクロに言えば、ホールマネジメント。<br><br>自分のスイングを対象として、<br>マクロに言えば、体全体の使い方、流れ、タイミング、動き。<br>ミクロに言えば、右手をどう、左手をどう、腰をどう、膝をどう、使うか。<br><br>ミクロとマクロ。具体と抽象。<br>こういった考え方の全体感と個別具体感の訓練を<br>自然にやらなければならないスポーツ、それがゴルフなんです。<br><br>どんな時でも同じボールを打てるように、機械的な動きを身に付けること。<br>そしてどんな環境に置かれても、自分を変えていける柔軟な思考と体の使い方を身に付けること。<br><br>堅さと柔らかさ、全体と個別、物事の端と端にある両輪を使いこなしながら、<br>考え方を訓練していく。<br>その奥深さ、醍醐味をぜひ味わってみてください。
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<pubDate>Thu, 24 Jun 2010 20:38:06 +0900</pubDate>
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<title>人を育てるスポーツ（２）</title>
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<![CDATA[ ゴルフは人を育てるスポーツ。<br>その理由が３つある。<br>そのうちの2つ目の理由として「精神が鍛えられる」ことを取り上げます。<br><br>ゴルフはミスをするスポーツ。<br>ゴルフの経験が無い人や、野球やテニスなど動いているボールを打つスポーツを<br>経験してきた人にとって、「止まってるボールを打つのなんて簡単」と思うことも<br>あるそうです。<br><br>実ははじめ、私もそう思っていました。<br>初めて父親に連れられて打ちっぱなしの練習場に行き、<br>人生初の第一打目を”大”空振りする時までは。<br><br>そもそも当てるのが難しい。ここがスタートです。<br>当て方を調整することが難しい。これも未だに痛感します。<br>一ミリ鋭角にクラブフェースが降りてきたら、<br>一ミリ体が上下動したら、球筋も飛距離もスピン量までもが違ってくるんです。<br><br>練習場でこれだから、ゴルフコースに出ればなおさら。<br>ましてやゴルフの試合になれば、・・・。<br><br>一言で言います。<br>・十中八九思い通りにいかない<br>これがゴルフの難しさ、そして醍醐味です。<br><br>難しさについては先に説明しました。<br>思い通りにいかないことが「精神」を鍛える、これが今日のテーマです。<br><br>思い通りにいかなければどうしますか？<br>諦める？それも一つの考え方でしょう。<br>でも、テレビをつけたら若手プロが世界で活躍している。<br>それに自分も憧れる。「いつか自分もあんな風になりたい」と思う。<br>そして、練習場に通う。また思い通りにいかない。<br>でも、何十回かに一回はうまくいくこともある。<br>それを経験するようになるわけです。<br><br>そうすると、<br>・なんで良い時と悪い時があるんだろう<br>と考えます。<br>別にそこに対戦相手がいるわけでもなく、<br>止まってるボールを自分の意志で自分自身が打っているわけです。<br>・自分は何も変わっていない。<br>・しかし、ボールの行方は毎回変わっている。<br><br>さらに試合に出るようになると、<br>・練習でできるのに、試合でできない<br>・自分と同じような子が、すごいボールを打っている<br>こういった場面に遭遇するわけです。<br><br>人間は現実を逃避する生物ですから、こう思います。<br>「俺だって、そんなくらいできるよ！」と。<br>しかし、現実はそこにあります。<br>目に見える形で自分に問うてきます。<br>サッカーだったら、対戦相手の戦術のことを、<br>自分のチームの他のメンバーのことを、言い訳にできるでしょう。<br>しかし、ゴルフは違います。<br>・自分自身の行いが、自分自身にダイレクトに跳ね返ってくる<br>現実から逃げられません。<br><br>そうすると、<br>・自省する習慣が身に付きます…なんでうまくいかないのか？<br>・人から学ぼうとする意識が身に付きます…あの人はどんな練習しているんだろう？<br>・恥を知り、謙虚になります…まだまだ努力が足りない！<br>こういったことを通して、心が鍛えられて行くわけです。<br><br>今回はゴルフの実際的なプレーを中心に書きましたが、<br>以前書いたようにゴルフで経験するすべてから心と体が鍛えられます。<br><br>家を出てから帰ってくるまで。<br>・駅まで重いバックを担ぐ（10kg以上）<br>・電車を乗り継ぎながら山奥へ向かう<br>・ゴルフ場までクラブバスに乗る（運転手さんに挨拶）<br>・到着後フロントでチェックイン、ロッカーキーを受け取る<br>・自分のロッカーを探して着替えて、マスター室でスタート時間や<br>　その他変更などを聞く<br>・練習パット<br>・プレー（主催者に挨拶、同伴者挨拶、マーカー確認、目土準備、バッグ担ぎながらセルフで迅速に）<br>・ホールアウト、スコア確認＆サイン、スコア提出、同伴者御礼<br>・風呂＆チェックアウト＆精算<br>ざっくり書いてもこんな感じです。<br><br>すべて一人です。<br>トータル半日弱でしょうか。<br>もちろん失敗もありますが、これを中学生になりたての子供が自分一人でやっていたら、<br>それは成長します。特に精神面。<br><br>普通なら、親に頼る、友達と一緒に行動する、誰かに助けてもらう、<br>こういった意識が先行して、実際に行動に移すことがとても難しい。<br><br>ここで重要なことはたった一つだけ。<br>・すべては自分の責任であると受け入れること<br><br>できないんですよね。<br>難しいんですよね。<br>でも、やろうとしないからこそ、<br>やった時に大きなものを得られる。<br><br>私の今の「精神の強さ」はゴルフによって育てられた<br>といっても過言ではありません。
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<pubDate>Wed, 23 Jun 2010 21:15:01 +0900</pubDate>
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<title>流行に対する反応</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100622/20/samurai8real/f3/5d/j/o0600080010604026959.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100622/20/samurai8real/f3/5d/j/t02200293_0600080010604026959.jpg" alt="$Frontier Mind" width="220" height="293" border="0"></a></div><br>ようやく手に入れました。<br>日経のヒット番付にも出てたでしょうか。<br>一時期はすごい盛り上がりでしたね。<br>どこのスーパーを覗いても「売り切れ」。<br>そんなに売れてるなら、一度食べてみたいと思うのが人間の性というものです。<br><br>今日は、このヒット商品の感想を書きたい訳ではありません。<br>今回の、このヒット商品に対するから自分の行動から、自分の消費性向を振り返って<br>自分の性格を紐解いてみたいというのが大きな狙いです。<br><br>この商品の人気がピークだった数ヶ月前、<br>私はこの商品を買いたいとは思うものの実際に買いに行くという行動には出ませんでした。<br>その理由は、<br>・たぶんどこも売り切れ<br>・無いものを探しても無い<br>・もう少し時間がたてば買いやすくなる<br>・今買うのと、少し経ってから買うのとで、味が変化するわけではない<br>・大衆に人気があるものに、真っ先に飛びつきたくない<br>といったものです。<br><br>理由をツラツラ並べて書きましたが、<br>たびたび自分の行動に顕著に現れているのが最後の理由です。<br>「大衆が選ぶものを自分は選びたくない」とも言い換えることができます。<br>逆に言うと、<br>・大衆が気づいていないものを選びたい<br>・人気の出ていない商品を選びたい<br>といった感じです。<br><br>ここから自分の性格を導き出すと、<br>・変に斜に構えている<br>・変に白けている<br>・人に流されず自分の意見を持ちたい<br>といったものになると思います。<br><br>これよく当てはまっているんです。<br>もう少し実例を挙げると、<br>・バーゲンセールの初日は絶対行かない<br>・12歳の頃から服のブランドにこだわっていた（W＆LT、20471120など）<br>・セリエAのサッカーを8歳くらいから見出した<br>・小学生の時にゴルフを始めた<br>・大学時代のバイトはバリスタ<br>などなど。<br>挙げていったらきりがないんです。<br>何故かというと、先に挙げた消費性向がそっくりそのまま自分の性格を表しているからです。<br><br>この性格があることで、良い点と悪い点を挙げて終わりたいと思います。<br>●良い点<br>自分の意志がそこにある。人に流されない。<br>自分の意見を持った上で、周囲の意見を取り入れる。<br>価格やおまけなど表面上の事柄ではなく、本質そのものを吟味する傾向がある。<br><br>●悪い点<br>周囲に”合わせる”意識が少ない。<br>周りが笑っている時、周りが悲しんでいる時、演じてしまう自分がいる。<br>自分が一番だと高慢になる。上から目線になる。<br>話しを聞いているフリをして実際は聞いていない。<br><br>特に悪い点について、何度も自分を振り返りながら意識して改めていきたいと思います。<br>以前にも書きましたが、グロービスの講師から学んだ最高の言葉は、<br>「周囲が変わらないと嘆いている人に限って、自分は一切変わろうとしない」<br>「上から学ぶ、横から学ぶ、下から学ぶ」<br>という２つの言葉です。<br><br>この言葉がなぜ自分の心に響いたか。<br>その理由は自明で、自分のことをそっくりそのまま言い表した言葉だからです。<br><br>・周囲に多くを求めるのではなく、自分から行動する、自分から与える<br>・年齢の高低によって学びの多寡を決めるのではなく、自分は無知であることをまず自覚することで<br>あらゆる人々から例外無く学びを取りに行く<br><br>この２つの事柄を絶対実行して行きます。<br>斜に構えてしまうんです。変に白ける自分がいるんです。<br>でもまずは意識から、そして行動に。<br>弛まぬ努力で、自己変革していきます！
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<link>https://ameblo.jp/samurai8real/entry-10570486942.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Jun 2010 20:12:09 +0900</pubDate>
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<title>人間を育てるスポーツ</title>
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<![CDATA[ 幼い頃からたくさんのスポーツに親しんできた。<br>サッカー、ソフトボール、水泳、ちょびっとバスケ、そしてゴルフだ。<br>ゴルフは、小学生のころに父親に連れられて打ちっぱなしに行ったことが始まりで、<br>中学生のころにサッカーで足を怪我したことをきっかけに本格的に取り組んだ。<br><br>具体的には、<br>・毎週土曜日にジュニアレッスンに通う<br>・夏休みや冬休みなど、大きなジュニア大会に出場する<br>などなど。中学校は公立で、当然ながらゴルフ部は存在しなかったので、<br>自主的に取り組んでいた。<br><br>いろいろ書くと長くなるので、今日はテーマを絞りたいと思う。<br>テーマ：ゴルフを始めて何を学んだか？<br><br>自主性、精神、考え方の3つです。<br>今日は自主性について書きます。<br><br>●自主性<br>小学生から中学生の子供に礼儀を身につけさせたければ、<br>ゴルフの大会に出場させると良いと思います。<br>騙されたと思って、子供を大会に放り出してみて下さい。<br>その”ヒト”の変化を垣間見れます。<br><br>私自身の体験を少しだけ書くと、中学２年のはじめに<br>ジュニアゴルフ大会に出場しました。<br>JGA（日本ゴルフ協会）のジュニア会員に登録して、<br>封書で送られてくる大会申込書に自分でエントリーする。<br>そして大会前に低料金でプレーできる練習ラウンドの申し込みを行い、<br>一人でゴルフ場までの道のりを調べ、交通手段を確認し、<br>ゴルフ場でチェックイン・・・などなど。<br>試合でのスコアや順位などもちろん大切ですが、<br>それ以上に、大会申し込みの手順や交通手段の調査確認、見知らぬ土地での態度・行動<br>（ゴルフ場は山奥が多いです）、大会で出会う新しい友達との交流、<br>大会主催者に対する礼儀作法、ゴルフ場でのマナーといった、<br>ヒトとしての自主性、主体性を学べることがゴルフの大きな意義だと感じています。<br><br>１０年前くらいにゴルフをやっていた中学生というと、<br>私を除けば皆お金持ち。大体の人たちは、ゴルフ部→私立中学→家計に余裕あり→金持ち<br>というバックグラウンドなんです。<br>私は、お金が無いのにどうしてもゴルフをやりたくてやっていた希少生物。<br><br>だからゴルフ場で新しい人種との出会いも多かったんです。<br>・金持ちの親はこんな高級車乗ってるんだ<br>・金持ちの親はゴルフ場まで毎回送り迎えしてくれるんだ<br>・金持ちの親は一番ティーの後ろで子供に声援を送るんだ<br><br>翻って私は、<br>・車なし<br>・自分の部屋無し<br>・玄関→ゴルフ大会→玄関、という一連の行動が全て自分ひとり<br>でした。<br>そんな自分にとってお金持ちの家庭を垣間見れることは、すごく新鮮だった。<br>もちろんその中に嫉妬心もありました。<br>けれど、世の中にはいろんなヒトがいることを知れたことが大きな学びでした。<br><br>だらだら書いてしまいましたが、<br>このように「ゴルフ」を中心に様々なことを学べます。<br>明日以降も書く事になるかもしれませんが、<br>ゴルフは、「自分が主語」であるスポーツなのです。<br><br>・交通手配を監督やマネジャーがすることは無い<br>・大会でのメンタルストレスを仲間同士で軽減し合うことはできない<br><br>誰に頼るでもなく、自分がすべてやる。<br>さんざんなスコアを叩いて、恥ずかしい想いを周りにさらしても、<br>全てを自分で受け止める。<br><br>こういったことを繰り返して行くと、<br>人間として大きくなれます。<br><br>若手のプロがかっこいいからとか、<br>有名になって賞金をたくさん稼げるからとか、そういった理由ではなくて、<br>ゴルフをやることには「人間を育てる」という大きな意義が備わっていることを<br>忘れないでほしいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/samurai8real/entry-10569674166.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Jun 2010 20:39:30 +0900</pubDate>
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<title>ポイント'Not'サービス？</title>
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<![CDATA[ お固い話しばかりで退屈なので、<br>少し気晴らしに怒りのブログを。<br><br>今日、文房具・伊東屋の渋谷店に行ってきました。<br>ノートを一冊買う必要があって、久しぶりに訪れたのです。<br><br>で、買いたいノートも見つかってお会計。<br>「そういえば、ポイントカードあったな」とふと気づき、<br>銀座店で作成したポイントカードを会計トレーに載せた。<br><br>すると店員さんが、<br>「渋谷店では使えないんですよ」と。<br><br>「？？？どういうこと？？？」<br>と思いつつ、「あっそうなんですね。」と一言ことばを交わして、<br>会計済ませて店を出た。<br><br>これ、紀伊国屋書店のポイントカードでもそうなんですけど、<br>「一体誰に対してサービスしているんですか？」と言いたいです。<br><br>もう、こういうものは、<br>”同じ企業の中でも店舗ごとの売上競争だったり、売上ノルマが厳しいから”<br>という理由がその背景にあることは分かっています。<br>あるいは、インフラ（カードリーダー）が整っていない、<br>部分施行期間中なので、いくつかの店舗でサービスの価値を計測しないといけないなど。<br>まあそれらしい理由はいくつでも思い浮かびます。<br><br>でも・・・。<br>逆に驚きますね。<br>これだけ顧客起点のサービスが求められるだの、<br>お客様第一のサービスだのが声高に叫ばれている日本で、<br>こういった事が平然と行われていることを実際に体験するのは。<br><br>以前マイレージのことでも書きましたが、<br>「ポイント＝顧客ロイヤルティ維持」という構図があるとしましょう。<br><br>そうすると、その意味合いとしては、<br>例えば文房具がコンビニでも売っている、本屋さんでも売っているように<br>多数の競合店がひしめき合う状況の中で、少しでも顧客をつなぎ止める必要がある。<br>その一つの手段として、購入金額に応じたポイントを顧客に付与し、<br>次回購入の際のインセンティブとしてお得感を感じてもらうことが大切なのだと思います。<br><br>そこまで考えて、何で同じ企業で店舗間競争する必要があるんですか？<br>お店の側に立てば、銀座店と渋谷店はもちろん別な存在なのでしょう。<br>しかし、一消費者である私から見れば、「伊東屋」に変わりはない。<br>多店舗展開しているメリットを生かすために<br>ポイントサービスを実施して、お客様の現在地に最も近い店舗に足を<br>運んで頂き、文房具を買う際は必ず伊東屋を選んでもらう。<br>これが狙いですよね。顧客の利便性確保ですよね。<br><br>でも銀座店ではポイントサービスやっているけど、<br>渋谷店ではやってないとなると、私にとっては何のサービスも無いことと等しいです。<br><br>ですので、小学校レベルの喝かもしれませんが一言。<br>「やるならやる。やらないならやらない。はっきりしてくれ！」<br><br>次回からは近くのコンビ二で買おうと思います。<br>（ここら辺は結構シビアです。）
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<link>https://ameblo.jp/samurai8real/entry-10568776874.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Jun 2010 21:03:56 +0900</pubDate>
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<title>「雑念は悪、信念は美」は本当か？</title>
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<![CDATA[ 信念を貫く、信念を曲げない、という言葉がある。<br>信念とは、「信じる道・想い・考え」とでも言い表せるのであろうか。<br><br>では何故「貫く、曲げることから逃れる」必要があるのだろう。<br>今日、歩きながら少し考えてしまった。<br><br>例えば「信念を貫く」という言葉を聞くと、<br>あたかもその人には「信念」しか見えておらず、<br>頭の中や心の中がすっきり澄み渡っているという印象さえ<br>覚えるのではないだろうか。<br><br>しかし、もし仮にそうであるならば、<br>別段「貫く、曲げない」ことを意識する必要はないであろう。<br>つまり、そこにはおそらく「信念を曲げない、信念を貫く」ことを阻害する<br>外的・内的要因が常々居座っているいるのだろう。<br><br>だから、私はこう思う。<br>「信念を貫ける人ほど、信念を曲げない人ほど、雑念が多いのではないか」と。<br><br>・信念にまで行き着けない<br>・信念を軽々しく定義している<br>このような人は、「雑念を持てていない・雑念が入るとダメだと感じている」<br>ことが災いとなっているとは考えられないだろうか。<br><br>「信念を曲げない・信念を貫ける」人ほど、<br>あらゆる雑念を想定し、あらゆる雑念を考えながら、<br>あらゆる雑念を受け入れ、自分なりに定義できる「信念」にたどり着いているのだと。<br><br>もちろん、一旦「信念」に辿り着けたとしても、<br>彼らは日々雑念と格闘しているのだろう。<br><br>信念の正しさや確からしさを確認するため、<br>雑念を受け入れ、たくさんの雑念と接してるに違いない。<br><br>そうした日々の雑念との格闘が、より一層「信念」の輪郭を際立たせ、<br>結果として「揺るぎない信念」を確立することに成功しているのではないか。<br><br>信念を貫くことのできる背景には、<br>見えないところで雑念と格闘していることが大きな意味をもたらしている。<br><br>「雑念は悪、信念は美」と単純に割り切ってしまうのではなく、<br>「雑念」があるからこその「信念」という順番を忘れないでおきたい。
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<link>https://ameblo.jp/samurai8real/entry-10567592458.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 17:01:57 +0900</pubDate>
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