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<title>札幌いっちゃんのブログ</title>
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<description>一期一会、時には饒舌に、時には淡々と、今より若い時はない！今より若い時はなかった。</description>
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<title>フォトナビ</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sun, 04 Oct 2009 20:54:01 +0900</pubDate>
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<title>審判の日</title>
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<![CDATA[ ４０日間に亘るながーい 「選挙戦」 もいよいよ終わって審判の日を迎えた。　小選挙区制になって、やっと名実ともに政権選択の選挙戦となったわけだ。　細川政権の挫折を教訓として、真に与党と野党が政策を競い合うそういう時代を期待したい。　官僚政治、中央集権、制度疲労した国のしくみ、その象徴であった自民党を内からぶっ壊すという小泉さんの掛け声も結局、中途半端で、結局、今度は、外からぶっ壊さないといけない・・・ということなんだ。<br><br>　自民党（が、自民党のまま生き残るかどうかは別として）も、一度、下野することによってまさに 「近代政党」 に生まれ変われると思うし、今回、下されるだろう国民の鉄槌を真摯に受け止めて再出発してもらええば、それはそれで良いことだ。　長い長い惰性の中で、自民党のアンテナは錆れに錆れ、農業団体幹部の声は聞けども農家の声は聞かず、医師会の声は聞けど、診療者の声は届かず、経団連の声は聞けど、消費者の声は、聞かず・・・という有り様になってしまっていた。　医師会の声を聞いて駄目だと言うつもりはないけれど今まで余りにバランスを欠いた偏った声に耳を傾け、誤った政策判断をしてきたということだろう。 <br><br>　それと一般生活者の実感があれほど乏しくては、まともな政策判断などできるはずもない。また政治家たるもの話す言葉の意味することも言葉自体も軽々しい。　２度も政権を放り投げた政党に今更、責任力だの政権力だの云ってほしくないし、なにより、ハローワークで絶望感を味わっている若者に、仕事に対する気構えのピント外れのうんちくを、上目目線で滔々とべらんめい調でいわれたくないし、一国の総理が、街頭演説で、「オレのツラをみて・・・云々・・」　などとあんたやくざかなんだか、そういうデリカシもないんだな。　民主党にも２世３世議員はいるけれど、権力を持ち続けていただけ、自民党のお世継ぎ議員はより堕落していたということだ。　<br><br>　昨日、所用があって近くの区役所に行ったら、階段の上り口まで行列があふれていて、何事かと先を追ってみたら、総選挙の期日前投票の行列だった。　未だかって、僕もこんな経験はない。　今日は、朝から投票に行って一日、「選挙を楽しもう」　と思う。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sapporoichan/entry-10336653914.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2009 10:04:49 +0900</pubDate>
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<title>２０００年のクリスマスイブ</title>
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<![CDATA[ <p>その日、僕は、赤坂のTBS近くのホテルを朝早く出て、新宿へ行き中央線に乗った。２０代の頃から決めていたことだった。２０００年のクリスマスイヴの日に、もう一度あの場所へ来ようと。その日が、日曜なのは、あらかじめわかっていた。誰も２５年先の自分なんて想像もできない。その頃、どこに住んでいるかも、どんな暮らしをしているかもわかりゃあしない。だけど、生きてさえいれば｢その時｣は、やってくる。２５年先の自分との約束。そして｢その日｣僕は、５０歳前の中年おじさんになっていることになる。まだまだ遠い遠い先のことだし、そんな自分なんて想像もつかない。それにしたって、いつもいつもそんな意識で２５年間ずっと生きてきたわけじゃもちろんない。｢約束の日｣から今日まで、いろんなことがあった。結婚もしたし、職場を変えたし、引越しも一度ならずした。日々の日常の中で記憶は薄まり、まじめに履行するには、余りにも馬鹿げた約束だと苦笑したことも当然のごとく何度かあった。街の景色もどんどん変わり、僕の思いもその時々の風にゆれた。なんせ２５年だ。１０年が過ぎ、２０年が過ぎ、あと４年、あと３年後、あと１年・・・となって、どうでもいいや・・・と思っていた｢約束｣に、サザンの｢THUNAMI｣　とMISIAの｢Everithing｣がヒットチャートにのって、急に束縛されだした。（これは、悪い冗談だ！）。 </p><br><p>　年が明けて２０００年となり、なんとなく世間も騒がしくなって、ノストラダムスの予言がみごとにはずれ、そろそろﾎﾝﾄに行くのなら年末のことだし、飛行機のﾁｹｯﾄの予約くらいしておかなくちゃと言う１０月のはじめに、僕は急性胃潰瘍で帯広の協会病院に緊急入院することになった。これも運命、と思っていたのが、微妙な線で３週間で退院。そんなこんなでその日を迎えることになったのだ。</p><br><p>車窓から見える町並みも人の動きも年の瀬の活気にあふれている中で、僕だけが、異国でポツンと浮いていた。 新宿も渋谷もそれはそう、もう街中がクリスマス気分。郊外の駅に着き、記憶をたどりながらバスに乗り、９時過ぎにはキャンパスに着いた。正門から学内のバスタッチまで、枯葉の舞う道を歩き、学生向けの掲示板を点検し、帰りのバスの時刻表を見た。昨夜の遅い便で札幌から羽田に着いて、今日一日は、｢この日｣のためだけにある。夕方の帰りのバスの時間を確認してから、僕は広いキャンパス内をゆっくりと時間をかけて歩き、ベンチに座り、学生らしき人に声をかけ、お昼には、買ってきたサンドウィッチを食べ、礼拝堂の階段に腰掛けて単行本を読んだ。礼拝堂の奥から、クリスマスの日の日曜礼拝の息遣いが時々聞こえた。なぜかとってもいい気分。幸せな気持ち。やっぱり自分との｢約束｣を果たしてよかったのだ。札幌ほどではないけれど、さすがに夕方５時を過ぎると日の暮れも早く、風も少し強くなって、僕は、帰り支度をした。そしておそらくもう２度とくることのない約束の地に、さよならとありがとうを言った。僕らがともにすごした、多感な２０世紀は、あと１週間を残して終焉をむかえ、新世紀がもうそこまできていた。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?776617"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80" height="15" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a>
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<link>https://ameblo.jp/sapporoichan/entry-10220618886.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Mar 2009 16:08:54 +0900</pubDate>
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