<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ママメモ</title>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/sarahfang/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>母のキロク</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>キダ・タローさん</title>
<description>
<![CDATA[ <p>アラカンの大阪人にとっては、まさにリアルタイムで見てきた芸能人のひとり。訃報の報道では作曲家キダ・タロー「浪花のモーツァルト」として紹介されていてるのが多いけれど、私らにしたらもっと身近なタレント性の強い存在かな。</p><p>&nbsp;</p><p>「フレッシュ九時半キダタローです」は長らく続いた朝のラジオ番組。好きでよく聞いていた。他に、ヤンリクの「ミキサー完備スタジオ貸します」は深夜ラジオの人気コーナーだった。アマチュアミュージシャンが応募し、キダ・タロー氏の前でパフォーマンスを評価してもらう公開録音のコーナー。今ウィキペディアで調べたら、デビュー前の河島英五や庄野真代が出演したらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>その「ミキサー完備スタジオ貸します」にわが夫も若かりしころ出演している。ギター一本で自作の曲を披露。キダ先生から結構なお褒めのコトバをもらっていた。私と知り合う前の話で、付き合うようになってから録音テープで聴かせてもらった。ちなみに一緒に出演したもう一組の女性デュオには辛辣なコメントだった。</p><p>&nbsp;</p><p>当時私たちは数ヶ月に一回会えるかどうかの、いわゆる遠距離恋愛中だった。昭和の家電☎︎しかない時代、電話代は距離が遠いほどかさむので、そうそう長話はできない。しばらくかかってこないと不安になってこちらからかける。受話器の向こうから聞こえる声に胸ときめかせ、離れた場所にいる人とつながりを感じることができる貴重な時間だった。録音テープに入っていた彼の曲は、まさしくそんな電話にまつわる切ない想いを歌ったものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>キダ・タローさんの訃報にふれ、かつての自分たちを懐かしく思い出した。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12852568608.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2024 19:02:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母のショート利用に向けて２</title>
<description>
<![CDATA[ <p>あっという間に日が経ってしまった。<a href="https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12850708906.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">前回</a>の続き＞</p><p>&nbsp;</p><p>両親それぞれに「どんなん？」と聞いても、はっきりは言わない。母は今まで利用したいくつかの施設に良い思い出がなく、なかなか前向きにはなれない。父もストレスを抱えているとはいえ、母の状態が落ち着けば「このままで様子見る」「ばあさん次第」と言う。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、父の年齢や性格からして、今の状態ではすでにだいぶストレスがたまっていて、早々に動いたほうがいいと判断した。とりあえず1月に見学に行った「パーキンソン専門施設」でショートを始めたらしいから、問い合わせるとだけ言って話を終えた。</p><p>&nbsp;</p><p>すると翌朝、父からLINE。起床時の薬を飲ませようと声をかけても起きない。手をもって起こそうとすると「痛い、痛い！」と叫ぶ。どうすることもできない、と途方に暮れた様子。</p><p>&nbsp;</p><p>ムリに起こさなくて大丈夫、そのうち起きるから、起床時に薬は今日はスキップしていいと思うと伝えた。ついでに、「今も十分大変やから、いったんショートを利用しよう」「そうしないと二人ともつぶれちゃうよ」と説得。父もさすがに同意した。母にはその後LINE電話で「入らないとアカンのやったらしゃぁない」レベルの同意を取り付けた。</p><p>&nbsp;</p><p>施設にショートの広告を見たこと、母の病状などを伝え、利用できるかをたずねた。担当者（責任者）不在で、後ほどもらった返事は「おそらく問題なし」とのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>そこでケアマネにも久しぶりに連絡を入れて、こちらの希望を伝えた。すると、この施設は有料老人ホーム扱い？になるので、一旦すべての管理が今の事業所＆ケアマネの手を離れるそうだ。長らくお世話になって、両親のことを何から何まで理解してもらっているスタッフと離れるのはやや心細い気もする。</p><p>&nbsp;</p><p>かといって、既存の関係のある施設は、母の為にはあまり希望はもてない。どうしても、母が喜んでいられる場所でないと、となると今のところここしかないのだ。ケアマネに少し面倒をかけるけれど、その施設のショート利用で話を進めることになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12852433246.html</link>
<pubDate>Thu, 16 May 2024 17:06:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母のショート利用へ向けて１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>先月、弟が十日ほど実家へ行ってくれていた。実家へ帰って最初の朝の6時半ごろ、2階で寝ていたら階段の下から父に大声で呼ばれて起こされたそうだ。何事かと降りていくと、父がキレ気味に「お前コレやってみぃッ！」と、母の薬を渡されたらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>パーキンソンの母は、朝の初動をスムーズにするため起床時(6時)に薬を服薬することになっている。いつもは父が起こして飲ませているのだが、この日は母の反応が悪く、なかなか起きなかったようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>何が何でも飲ませなければと躍起になって、腕をつかんで無理やり起こそうとする父に、弟は「ボクがもう少し時間をおいてやってみるから、まかせて。」と落ち着かせた。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、小一時間ほど空けて再び声掛けをすると、その時は母は起きてきて、薬を飲むことができた。ただ、朝食後にも同じ薬が処方されているので、起床時分の服薬時間が遅れたことを訪看さんに伝え、当日は朝食後分をスキップすることになった。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな流れで、起床時の薬は弟が滞在中は面倒を見てくれることになった。父は先月勝手口を上がり際に足を踏み外して後ろに転び、肋骨を骨折していて、体調はあまりよくない。骨折の痛みもそうだけど、ゴルフに行けないのもストレスみたい。<br><br>父が乱暴に起こそうと腕を掴んで、母の上腕に内出血が出たのも今回が初めてではない。デイサービスのお迎えに間に合わない母に向かって怒鳴ったりするのも、ヘルパーさんたちに見とがめられ、ケアマネまで報告は上がっている。</p><p>&nbsp;</p><p>弟の話を聞いて、そろそろ両親ともストレスの限界が近いと感じ、両親の声を聞くべくLINEをしてみた。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12850708906.html</link>
<pubDate>Fri, 03 May 2024 00:31:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>遠距離介護 再び</title>
<description>
<![CDATA[ <p>約一ヶ月の帰省を終え、帰ってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>ここ数年、半年に一度両親の様子を見るために帰っていたが、今後は年三回、期間も以前は2週間前後だったのをもう少し延ばすことにしよう。</p><p>&nbsp;</p><p>帰る直前、新しくオープンしたパーキンソン専門の介護施設を両親と一緒に見学してきた。いわゆる介護施設の「人里離れた感」がなく、住宅街の中、小さな商店街も隣接していて、生活感ある立地がいい。建物、内装もとってもおしゃれ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、なによりすばらしいのが、本当に入居者の生活を大切にしているところ。動くこと、食べること、関わること、「介護中心」の施設で後回しにされがちな「生活を生きること」ができるよう工夫されている。</p><p>&nbsp;</p><p>私は大いに気に入って、ぜひ母にここに入ってほしいと思った。おそらく今よりも元気になるだろうし、父の負担も減るし…と、二人に考えるように勧めたが、返事は残念ながらNOだった。まだ、キモチ的にその時ではないのかも。まだ、今のままでも大丈夫ってことなのかな。両親の思いを尊重するならば、それ以上言えなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>次回は5月を予定している。それまでは遠距離介護。電話やLINEで様子を聞きながら、東京の弟とも連携しつつやっていくしかない。</p><p>&nbsp;</p><p>がんばれ、ママ＆パパ</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12839866524.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Feb 2024 00:23:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>もつれた毛糸</title>
<description>
<![CDATA[ <p>日曜日は夕食作りのシルバーさんが来ないので、何か食べるものはあるか確認しに夕方から実家へ。</p><p>&nbsp;</p><p>冷蔵庫には昨日の残り物(中華炒め・スパゲティサラダ）と、ゆでたほうれん草があったけど、それだけでは味気ない。豆腐と大根があったので「揚げ出し豆腐」に決めて、豆腐をキッチンペーパーにのせて水切りをはじめ、大根をおろした。</p><p>&nbsp;</p><p>母はリビングでWさんにパジャマに着替えさせてもらい、コーヒータイム中。Wさんは父の元部下？で70代の今も介護施設でパート勤務の元気なおばちゃん。人手が足らない日曜日にヘルパーさん代わりに手伝いにきてくれているありがたい存在。</p><p>&nbsp;</p><p>Wさんは仕事を終えて帰り、私は続けて夕食の準備。テーブルの用意をしようとリビングへ行くと（うちはキッチンとダイニングテーブルは分かれている）、母の姿がない。自分でベッドへ移動していた。</p><p>&nbsp;</p><p>母はパーキンソン要介護５、加えて脊柱管狭窄症で下肢の痛みが常にある。今まで家の中は歩行器で自分で動いてきたけど、最近それもできず車いすを使う時がしばしば。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は調子がよさそうで自分で歩いて行ったようだけど、確認のためにベッドルームへ見に行って声をかける。横になるのかと思ったら、何やら座机の方に手を伸ばしている。「毛糸…」机の下にあったビニール袋の中身を取り出してみると、毛糸の玉が何種類かとかぎ針。そして、からまった何色かの毛糸のかたまり。</p><p>&nbsp;</p><p>母はパーキンソンが進み、すでに手足もとても不自由になっていて、編み物などできる状態ではない。（私の見解だけど）どういういきさつでやることになったのか尋ねても要領を得ない。最近の母は記憶も言葉もあいまいで、なかなか意思疎通も技術がいる。</p><p>&nbsp;</p><p>とぎれとぎれの情報をつなぎ合わせると、シルバーさんが材料を持って来てくれた。作りたいのはアクリル毛糸のたわしのようだ。だけど、ビニール袋の中にはこんがらがった大きな毛糸のかたまり。どうもほどいたらしい。ということは、作り始めていたのか？？？</p><p>&nbsp;</p><p>もともと几帳面な母のこと、ぐちゃぐちゃになった毛糸をほどこうとするので、一緒に手伝った。4種類くらいの毛糸がこんがらがった大きな毛糸のかたまりを、あっちとこっちから持って二人でほどこうとするものだから、なかなかやりづらい。</p><p>&nbsp;</p><p>「一人でやったほうが早いから、手放して」と危うく言いそうになるのを寸前で飲み込んだ。これは母の毛糸、母の作品、母が生きている証だ。夕食準備が気がかりだったけど、しばし母とまったり毛糸をほどく時間を楽しむことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>私は見えている一番少ない色の糸に目星をつけて、まず巻き取っていった。次に二番目、三番目…という具合に。その間、母も、ほどいているのか、からませているのかわからないけど、それなりに格闘している。最後にピンクの太い糸のかたまりが残ったところで「これは大きいから今度にしよう」「ご飯できるまで横になって休憩しといて」と促す。</p><p>&nbsp;</p><p>その間たぶん10-15分だったかもしれない。でも、残り少なくなっていく母との時間の中で、今日のことは大切な思い出になるような気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>さだまさしの療養所（サナトリウム）、何十年ぶりかに聞きなおして、心が締め付けられ涙が出た。若かったころは知りえなかった老いの悲しみが、今目の前にある。老いることは、痛みや不自由さが加わるので悲しみを伴うが、老いはまた尊い。積み重ねられた日々、その人の人生そのものだから。母を見てそう思う。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/4LWqR9pK1Ik" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12837515772.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jan 2024 23:58:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お隣の訃報</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨日父よりLINE、お隣の奥さんが亡くなられたそうだ。88歳で一人暮らしだった。クレーマー気質な父はどの方面のご近所とも小さなトラブルを起こしている。お隣との問題は植木。いきさつは忘れたけど（おそらくこちらの手落ち）父はえらく怒っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>私が帰国してすぐの頃の話。実家前の道路を掃き掃除してたら、お隣の奥さんが車で帰宅された。聞いてみるとグランドゴルフだそうだ。お元気ですね~と驚いた記憶がある。一人暮らしと聞いて、ちょっとしたスイーツを差し入れたこともある。</p><p>&nbsp;</p><p>私はそのままのイメージだったので、「あの元気な●●さんが？」と驚いた。でも、父曰く、最近は遠方の子供たちの出入りもあり、特にここ一週間なんとなくバタバタしていたとの事。一人では難しい状況になっていたのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>両親が高齢になってからはご近所づきあいもほとんどなく、お隣の奥さんのこともポストに入っていた自治会からのお知らせで知ったという。お通夜やお葬式にも行かないんだろうな。さみしくなるな。お隣のお家はどうなるのかな。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12817020583.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Aug 2023 20:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なかなか手ごわい</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母のその後</p><p>施設でコロナが発生して幾度か面会できなかった日もあるが、父は相変わらず足しげく面会に通っているようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>火曜日父からLINE。ケアマネが連絡くれとのこと。早速電話をかける。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに海外からなので国際電話になるわけだが、まともにかけると高いので、私はSkype電話を使っている。Skypeのアカウントにお金をチャージしておいて、各国の電話番号（固定・携帯）へかけることができる。日本だと1分2円くらい。安っ。なので話が長くなりそうな電話でも気にせずかけられる。便利！</p><p>&nbsp;</p><p>さて、ケアマネの電話の内容は、母の退所後について。ロングショートステイ1ヶ月なんてあっという間。来週末には退所になる。何点か相談があったが、一番は退所前に介護用ベッド搬入が必要だということ。それはもっともだと思うので、私からも父に伝えるとお約束した。</p><p>&nbsp;</p><p>入所前は寝室のダブルベッドに手すりを付けて使用していた。これも紆余曲折あって、介護用ベッドも一時期使っていたけど、結局返却して寝室のベッドでの生活に舞い戻っていたのだ。（過去記事→<a href="https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12719984178.html?frm=theme" rel="noopener noreferrer" target="_blank">介護用ベッド搬入</a>）</p><p>&nbsp;</p><p>いまや母の病状はずいぶん進んでいて、生活ケアも身体介助もあんな狭い空間のベッドではとてもやりづらい。「訪看さんもヘルパーさんも必要だと言っているし、退所までに入れてほしいそうだよ」と父に伝えておいた。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、昨日父からLINE。「ばあさんがベッドいらんゆうてる。家に帰ってきてから考えるわ」何ーーー！？絶対いるってゆうたやん。おじいちゃんは世話したことないからそんなんゆうねん。「本人がいらんゆうてるねんからその意思を尊重せな」だとさ。</p><p>&nbsp;</p><p>別々の部屋で寝るのいやなのもわかるけど…。結局、父からケアマネにその意思を伝えてもらい、様子を見ることになりました。一筋縄ではいきません。どうなるかな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12816871927.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Aug 2023 12:48:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>感謝</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨日施設に電話をして、母の様子を聞いてみた。</p><p><br></p><p>「時々血圧が高かったり、足腰の痛みを訴えられますが、その場合は休んでもらったり、対処しています。スタッフとはコミニュケーションも取れています。他の入居者の方とはまだお話されるほどではなく、お部屋で過ごされることが多いです。」</p><p><br></p><p>予想通りの回答。大勢の入居者の中のひとりだし、問題行動を起こすわけでもなく、体調がものすごく悪いわけでもない、受け答えもそれなりにできるとなると、そういう印象だと思う。</p><p><br></p><p>そこで、こちらから母の不穏（妄想？幻覚？）について伝えて、様子を見ていただけるようお願いしておいた。電話応対は感じよく、きっと職場の雰囲気も良いと想像できて少し安心した。</p><p><br></p><p>それとは別に、数日前のこと。母がこの施設の文句や不安材料を言うもので、口コミやサイトを調べている時に、知り合いが働いていることを発見！早速連絡を取って母のことを伝えると、対応を約束さてくださった。</p><p><br></p><p>今日夕方、施設のチャプレンから連絡が入ったそうで、母がチャペルに参加し、「言葉がなかなか出手来ないんです」と言いながらもお話をし、一緒に賛美歌を歌ったとのこと。</p><p><br></p><p>遠くから心配するだけで何もできない私の祈りを聞き、助け手を遣わしてくださった神様の愛と力に感謝します。</p><p><br></p><p>連絡を取ったという友人はもともとネットつながり、前回のメッセージのやり取りを見てみると十年前になる。それでも私からの突然のお願いに素早く動いてくださった。感謝でいっぱいです✨ありがとう<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/610.png" width="24" height="24" alt="飛び出すハート" style="vertical-align: text-bottom;"></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12815609436.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Aug 2023 00:06:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母からLINE電話</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母が施設に入ってから何度かLINE電話をかけてみたけど、間に合わないのか、聞こえてないのか、取ってくれない。</p><p>&nbsp;</p><p>仕方なく面会に行っている父に様子を聞くけど、マスク越しでぼそぼそ話す母の声は、耳の遠い父にはとても聞き取りにくいみたいで要領を得ない。</p><p>&nbsp;</p><p>何とか応援しているよ&amp;祈っているよの気持ちを伝えたいと、結局手紙を書いた。金曜日夕方近くのポストに投函してから「土日の集荷はありません」の表示を見つけてがっくり。月曜までこのままかいっ。</p><p>&nbsp;</p><p>日曜日夕食準備してたら、父からLINE。「ばあさんにLINEかけたってくれ。今やったら取れると思うから」と言うので、イヤフォンして、料理と同時進行でLINEしてみた。けど、やっぱり取らない。</p><p>&nbsp;</p><p>仕方ないな~とご飯作り続行→完成→いただきますをしたところでLINEの呼び出し音が鳴った！母からだった。お~、かけれるやん。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが、会話はなかなかかみ合わず。母は認知機能がかなり落ちて来てて、今言おうとしたことが、ひと言ふた言話すと、自分が何をしゃべってたか忘れてしまい、話が前に進まない。</p><p>&nbsp;</p><p>その上、本当かどうか、施設についてはネガティブな話ばかりで、ちょっと心配になる。本来は明るく前向きな頑張り屋さんだっただけに、いっそうかわいそうに思ってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、このロングショートステイの後をどうするかについて、家に戻るのは私は無理だと思っている。ケアマネにその旨を連絡すると同意見（電話で50分話す）、かといって両親がうんと言わなければこのまま退所で帰宅という流れになってしまうだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>母の不穏に関しては、心配だけしてても仕方ないので、施設スタッフの方に様子を聞くべく電話を入れるが、結局明日の午前中にもう一度、と言うことになった。さて、スタッフの方の目には母の様子はどんなふうに映っているのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12815309230.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Aug 2023 19:35:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母　ロングショートステイへ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>世界的にコロナが終息を迎えたのを機に、主人は去年11月、私は今年3月に海外のとある都市へ戻った。仕事はリモートである程度やっては来たけど、3年は長かった。元に戻すことよりも、何か別な新しいやり方があるような気がして、今それを探っている。</p><p>&nbsp;</p><p>パーキンソンで要介護５の母は、介護サービスを目いっぱい使い、朝晩の訪看さん、日中はヘルパーさんとデイサービス、それだけでは足りない家事の分（特に食事作り）をシルバーさんにお願いし、何とか父と二人で暮らしてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>私はコロナで帰国後、家から徒歩5分の実家に毎晩通って、その日あったことを聞き、訪看さんやヘルパーさんとの申し送りノートをチェックして返事を書いた。病院通いにはいつも付き添ってきた。日本を離れるにあたって、私がいなくなる不便をカバーする方法を考え、ケアマネと相談して対処した。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、母の病状はやはり時間と共に進行したようで、いよいよ自宅介護が難しい状況になってきた。父からLINEで送られてきた動画には、食卓に座ってはいるが半分寝てしまって意識朦朧としている母を、ヘルパーさんが何とか声をかけて歩行器で寝室まで連れて行く様子が映っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>父曰く、予約した皮膚科へ行く段になって、ヘルパーさんと一緒に車へ母を誘導するも痛がって動けず、結局乗り込むまで2－30分かかったらしい。母が痛みで動けなくなるパターンは私も経験しているので、その大変さはよくわかる。</p><p>&nbsp;</p><p>短気な父はそんな母にキレて怒鳴るが、今はヘルパーさんがいてもそんな状況がしばしばあり、ケアマネの方にも報告が上がっていると聞いた。それだけでなく、母の手のあざは父が手を挙げているのではないかとも。確かに今までにも何度か母からうっすらそんな話は聞いていたけれど、これはいよいよ限界だと思い、急いで入居できる施設探しをお願いした。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い、通っているデイサービスの系列の施設でロングショートステイさせてもらえることになった。ケアマネはこれまで何度も在宅介護の限界にきていることを伝え、入居を勧めてきたが、両親ともうんと言わない。母は今までの老健にはいい印象がなく「行きたくない」と言う。父はそれ以上何も言えず、いつもうやむやになってしまったそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど、今回は、母の健康状態と安全、父の精神状態のためにはどうしてもいったん二人を離す必要があった。父は「ワシもう気が狂いそうや」というくらい追い詰められていたし、これ以上はお互いのために良くないと母を説得し、何とか契約にこぎつけた。</p><p>&nbsp;</p><p>入所にあたっての諸準備、1ヶ月分の薬の手配やらなにやらも無事終えて、母はとりあえず1ヶ月施設で過ごすことになった。ちょうど弟が東京から両親の様子を見に行ってくれて、母の施設の部屋も動画で送ってくれた。明るく広くてきれいなお部屋でよかった。</p><p>&nbsp;</p><p>今日でちょうど十日、父に電話をしたら「退所を早めるかも」と言っていてびっくり。理由は「とても調子がよさそうだから」。それは、薬の管理も食事もちゃんとお世話をしてもらって、安全で過ごしやすい環境にいるからで、家に帰れば元の木阿弥に決まってる。のど元過ぎれば…も甚だしい。</p><p>&nbsp;</p><p>もう在宅介護は難しいから、施設で生活して時々外泊するなどの選択肢があるし、今後のことをちゃんと考えようと伝えて電話を切った。</p><p>&nbsp;</p><p>このロングショートステイ後のことをまた相談しないといけない。母はもちろん帰りたいだろうけれど、いくらたくさんの介護サービスと使ったとしても、父と二人であの古い家での生活は難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>私は今月末から約一ヶ月帰国予定だけれど、その期間だけでも母を家に帰してやったほうがいいのか、それとも母は施設、父の一人暮らしというパターンに慣れる手伝いをしたほうがいいのか…。来週早々にまたケアマネに連絡だな。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sarahfang/entry-12815054210.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Aug 2023 22:25:40 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
