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<title>探検の市矢太般若心経に秘められた謎解明でうつ病脱却</title>
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<description>玄奘が漢訳に密かに施した細工空海が般若心経秘鍵に込めた暗示こうして龍樹が著した般若心経は1800年の間訴える処が秘められたまま流通したなぜ21世紀の今その謎が解かれたのかそれは現代がお釈迦様の説かれた原初の理法を必要としているからだ</description>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その１２</title>
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<![CDATA[ <p>今回は般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法のしめくくりです。</p><br><p>前回までに書いた市矢太の横着対処法をひとまとめにしてしまうと、</p><p>気を遣う暇もなく、身体をくたびれさせて、脳を使うといったところで</p><p>しょうか。</p><br><p>気は遣えば遣うほど脳は病みます。</p><p>脳は使えば使うほど発達して健全になるようです。</p><br><p>ですから、身体と脳を使うという、この二点に焦点を合わせて自分独自の</p><p>対処法を作るというのが一番いいことなのでしょう。</p><br><p>私の知り合いで、八王子から定期券を買って、毎日高尾山に登っている人</p><p>がいます。</p><br><p>彼は毎日一時間ほどかけて頂上にたどり着き、途中大きな古木から霊気</p><p>をもらい、薬王院にお参りして、朝八時には山を降り、一日の始まりと</p><p>しています。</p><br><p>その人に私のうつ病の話をすると、一緒に毎朝高尾山に登ろうと誘われ</p><p>ました。</p><p>そうすれば、うつ病などすぐに治るよ、といわれました。</p><br><p>なるほど、それに従えば、うつ病は治るだろうと思いましたが、なかなか</p><p>うん、とはいえません。</p><br><p>彼は今でも毎日高尾山に登り、登った回数によって序列がきまる番付を</p><p>上げています。</p><p>尊敬はしますが、私にはまねができません。</p><br><p>何事も、人それぞれに自分に適した方法を発見し、自分で対処していく、</p><p>これが一番いいことでしょう。</p><br><p>最後に私にとって大事であったのは、自分を取り戻す、ということでした。</p><br><p>他人から疎外され、周りのすべての人から疎んじられていると感じていた</p><p>のは、実は自分自身で自分を疎外していたのです。</p><br><p>もう一度、すなおに自分自身を評価できるような自分にする。</p><p>このことが対処法の最後に必要だと感じました。</p><br><p>手を打ち、膝をたたいて、「ヤッター　！」と拳を突き上げるような喜びを</p><p>自分自身で創り出す。</p><br><p>うつから抜け出すために、これが最後に必要だったのです。</p><br><p>そこで私が選択したのが般若心経の謎を自分自身で解明するという作業</p><p>です。</p><br><p>長い間、何が書いてあるか、わからなかった般若心経に何が書いて</p><p>あるのか。</p><br><p>長い間、疑問に思っていながら、解説書を読んでもわからなかった事柄を</p><p>自分なりに解明しよう。</p><br><p>幸か不幸か、休職中で時間はたっぷりある。</p><br><p>作業が進むにつれ、難しさは幾何級数的に増大していきます。</p><p>でも小さなことでも一つ「わかった　！」となると弾みがつきます。</p><br><p>難しければ難しいほど解明する対象は増えていきます。</p><p>ということは、ますます「やったあー感」が増えることになります。</p><br><p>心配なのは、Ｇ博士の「がんばってはいけない」の一言。</p><p>般若心経　雑感その２８に書いたＧ博士のうつ病心得6ヶ条の４です。</p><br><p>でも、Ｇ博士は言ってくれました。</p><p>「言葉が足らなかった。一つのことに打ち込むことは頑張るには</p><p>あたらない」</p><p>おそらく頑張るというのは、いやな事柄を無理やりやるという意味</p><p>なのでしょう。</p><br><p>こうなると、寝るときも、明日はこれを調べよう、これを考えようと</p><p>思いつつ寝につくことになります。</p><br><p>眼が覚めれば夜中でも、明け方でも夢中で考えます。</p><br><p>こうして、初めてＧ博士の心得その２の威力を知りました。</p><br><p>これは、Ｇ博士のうつ病心得その２―眠れなくなったら眠くなるまで</p><p>本を読め―に書きました。</p><br><p>漠然と考え記録をとらないでおけば、翌朝何かいいことを思いついた</p><p>ような気がするけれど思い出せない。</p><p>そんなことを控えておくわけですから、翌日は改めて読めるわけです。</p><br><p>これはもう、昼間ボケーっとしているときには思いもつかないこと</p><p>ばかりです。</p><br><p>こうして、市矢太は対処法の最後で般若心経の謎を次々と解明して、</p><p>うつからの脱却を果たしたのです。</p><br><p>もちろん、般若心経の謎解明というのも市矢太独自のものです。</p><br><p>どのような批判にさらされても、誰にも相手にされなくても、</p><p>市矢太は市矢太自身で市矢太の成果を評価して満足です。</p><br><p>これを単なる思い上がりという人がいるかもしれません。</p><br><p>でも、市矢太はうつからの脱却と般若心経の独自解釈という、</p><p>市矢太にとってはかけがえのない宝物を手に入れたのです。</p><br><p>市矢太はＧ博士のいう、うつ病という</p><p>「縦社会から横社会への通過儀式」</p><p>を終え、</p><p>横社会の住人になったのです。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10993280889.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Aug 2011 17:01:48 +0900</pubDate>
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<title>,般若心経　一語一会その１８―智―</title>
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<![CDATA[ <p>今回は智です。</p><br><p>同じような意味で慧と合わせ、智慧と用いられることがあります。</p><p>ここでは、智慧という字と智と慧とを分けた字を考えます。</p><br><p>辞典によると、部派仏教以降に、このような二つに分けて、智を論ずる</p><p>ことが多くなったそうです。</p><br><p>説一切有部では智を「心作用としては慧に含まれるが、特に覚りに導く</p><p>心的能力として慧の中心的意味を担う」と、しているそうです。</p><br><p>分けて論ずるにしても、智と慧はどうやら不可分の心的能力である</p><p>ようです。</p><br><p>「慧に含まれる」と、ありますから智は慧の部分であって、</p><p>「慧の中心的意味を担う」と、ありますから、</p><p>智が抜けては智慧が成り立たないでしょう。</p><br><p>般若心経では空中つまり空の世界には智は無いと書いてあります。</p><br><p>智は現実の世界にあって、空の世界には無い。</p><p>とすると、慧は専ら空の世界で力を発揮する能力だ、となります。</p><br><p>覚りに導く心的能力としての慧の中心的意味を担う智が無くては、</p><p>当然覚りを得ることはでないでしょう。</p><br><p>したがって、般若心経には「空の世界には智が無い」の後に、</p><p>「得」つまり覚りも無い、覚りの結果得られるところの「所得」つまり</p><p>覚りの成果も無い、と書いてあります。</p><br><p>これは空の世界のことです。</p><br><p>そこで「空中無色無受想行識・・・・・無智亦無得以無所得」</p><p>と書いてあるわけです。</p><br><p>ここで「得」は得るものではなく、「所得」は得られたものでもない。</p><br><p>智が覚りに導く心的能力とすれば、ここは大事な意味になります。</p><p>その辺で物が得られるといった世俗的な意味ではないでしょう。</p><br><p>この辺の意味をきちんと把握しているか否かは般若心経の全体構造</p><p>にかかわってくることなので重大なことなのです。</p><br><p>空の世界という仮想空間を想定しないで、頭から平面的に解釈して</p><p>くると、このあたりは恐ろしく抵抗を感じます。</p><br><p>平面的に解釈しても、無眼耳鼻舌身意くらいはいいでしょう。</p><p>でも、無苦集滅道や無智、無得、無所得はちょっと受け入れがたい</p><p>でしょう。</p><br><p>現実の世界に覚りや覚りの成果が無いということになっては大変です。</p><p>仏道が成り立ちません。</p><br><p>ここはきわめて単純明快に「空の世界にはお釈迦様の開発された法も</p><p>はたらかない。覚りに導く力もない。したがって覚りもその成果もない」</p><p>と、なります。</p><br><p>だから、菩提薩埵は現実の世界で、現実の世界の修行法である</p><p>般若波羅蜜多に依った、と次に書いてある言葉も自然に繋がっていきます。</p><br><p>般若心経に書いてあることは意味明瞭、単純明快です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10992269388.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Aug 2011 18:12:57 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その１１</title>
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<![CDATA[ <p>前回で、眼・耳・鼻・口・一部の身体から脳に刺激を送り「脳を鍛える」</p><p>の課程をあらかた終わります。</p><br><p>今回は気が向いたら行う方法です。</p><p>必ずしも毎日は行いません。</p><br><p>列挙するとこうなります。</p><br><p>１．階段の登りり降り運動</p><p>２．爪先立ち運動</p><p>３．スクワット</p><p>４．腕立て伏せ</p><p>５．二桁の九九暗記</p><p>など、などです。</p><br><p>これは気が向いたらというより、日によって調子のいい日と、</p><p>調子の悪い日があるので、調子が悪い日は抜く種目といったらいいで</p><p>しょうか。</p><br><p>１．は散歩代わりの運動です。</p><p>階段の一段目を登ったり、降りたりを繰り返す運動です。</p><br><p>散歩もいいと聞き、試しましたが雨の日、曇りの日などは気が向かず、</p><p>すぐに挫折しました。</p><br><p>駅の階段は15センチとだいたい高さがきまっており、お年寄りにも</p><p>普通に登り、降りできるようになっていますが、</p><p>家庭の階段はそれより高いものもありますので、</p><p>自分で適当な高さの踏み台を作ってもいいかなと思います。</p><br><p>階段の一段目を右足、左足と登っては右足、左足と今度は降りる、</p><p>と極めて単純な運動を繰り返すわけです。</p><br><p>うつ病にはリズミカルな運動がよいというので、これをリズミカルに</p><p>繰り返すします。</p><br><p>その際、呼吸は二度吐き、二度吸います。</p><p>登るときは右足を上げるとき吐き、左足を上げるとき吐きます。</p><br><p>降りるときは右足を下ろすとき吸い、左足を下ろすとき吸います。</p><p>この呼吸でリズムを取ります。</p><br><p>回数は決めません。止めたくなったら止めます。</p><br><p>２．は足のふくらはぎの血液循環をよくすることを意識してやります。</p><p>爪先立っては、かかとを下ろし、かかとを下ろしては爪先立つ、</p><p>という運動を繰り返します。</p><br><p>このふくらはぎは血液のポンプだそうですからサボらずにやりたい</p><p>種目です。</p><p>急に走り出すときなどの瞬発力を維持するにもよいそうです。</p><br><p>３．のスクワットは太ももの筋肉をほぐし血液の循環をよくすること</p><p>を意識します。</p><br><p>４．は普通の腕立て伏せです。。</p><p>つらいときは何かの台やカウンターに両手をつけ傾斜のついた腕立て</p><p>になります。</p><br><p>以上で身体全体の運動により脳に刺激を送る作業は終わりです。</p><br><p>ここまで終わると、椅子に座り休息をしながら二桁の九九を覚えます。</p><br><p>６０歳の定年を機に囲碁を習い始めた人の海馬が青年のように太かった</p><p>という医者の話を聞き、暗記力を回復、ないしは維持することは、</p><p>うつにとって大事なことだと感じてやることにしました。</p><br><p>これらが、気ままに行う市矢太流の脳を鍛える方法です。</p><br><p>ここで肝心なのは、これらの種目は必須科目は勿論のこと、</p><p>全部の順序は必ず決めておいて毎日その順序の通り実施することです。</p><br><p>順序を変えたり、抜いたりして、少しでも考える余地が出てきますと、</p><p>すぐに横着病が頭をもたげて途中で止めたくなります。</p><p>一度途中で止めると後が続きません。</p><br><p>お団子に固めておいて考える暇も無くやってしまうのです。</p><p>お団子にまとめておけばなんとかお団子だけはこなしていきます。</p><br><p>これが市矢太流の横着療法です。</p><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10990127608.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Aug 2011 17:40:04 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　一語一会その１７―老死―　</title>
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<![CDATA[ <p>今回は老死です。</p><br><p>十二因縁の一項目です。これには二つの状態があります。</p><br><p>一つは瞬間、瞬間に空の世界に行くという状態です。</p><p>もう一つは一生を全うして死ぬ、なくなるという状態です。</p><p>こちらの方も空の世界に行く、というのは同じです。</p><p>いずれにしても、また現実の世界に戻ってきます。</p><br><p>そして、人が修行をして全知、つまりすべてを知るまで</p><p>空の世界と現実の世界の行き来は繰り返されます。</p><p>無明がなくなるまで繰り返されます。</p><br><p>一方は輪廻転生といい、もう一方の瞬間、瞬間の移動は無常と</p><p>いいます。</p><br><p>無常とはこの世にあっては常に空の世界と現実の世界を</p><p>行ったり来たりすることです。</p><br><p>こうしないと、この世にあるものは何も変化しないで、</p><p>この世に出現したときのまま存在し続けることになります。</p><br><p>物も酸化してぼろぼろになれば耐用年数が来て死ぬでしょう。</p><p>人も酸化を重ねて年をとれば死ぬでしょう。</p><br><p>十二因縁の老死は人にも物にも適用されます。</p><br><p>瞬間、瞬間現れては消え、現れては消えして変化し、</p><p>変化を重ねて死ぬのです。</p><br><p>無明はこの老死と繋がります。</p><br><p>十二因縁はこの老死と無明が繋がっている間循環します。</p><br><p>無明と老死はいわばゼロと無限の関係のようなもので、</p><p>無明と老死を切り離してばらばらに扱うと、カントが悩まされた</p><p>矛盾に落ち込みます。</p><br><p>また十二因縁の各項目の順番は定まっていて、変えられません。</p><p>順番を遡ることもできません。</p><br><p>この無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死・無明・</p><p>・・・・・と繋がった一つの環はどの項目一つを切り取って、離し</p><p>ても、もう繋がらなくなります。</p><br><p>そのとき人がどうなるかは般若心経　雑感その22に書きました。</p><br><p>ですから、仏道を成就するには、順の瞑想をして、この世の中の</p><p>どんな物でも創造できるようになるだけでなく、それらの項目を</p><p>消し去る逆の瞑想も必要なのでしょう。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10976103355.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Aug 2011 10:15:20 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その１０</title>
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<![CDATA[ <p>今回は、枕元に並べた速聴のテープレコーダーのことからです。</p><br><p>寝ぼけ眼でいきなりテープレコーダーにスイッチを入れたときは</p><p>別にして、普通は前回までのコースを終わったあとで、</p><p>起き上がり、テープレコーダーにスイッチを入れます。</p><br><p>二倍、三倍、四倍と速度を上げる速聴テープを作る機械も売って</p><p>います。</p><br><p>「図解　聴覚刺激で英語は必ず聞き取れる　！」という本をたまたま</p><p>購入したところ、速聴のＣＤがついてきました。</p><br><p>二種類の英文をネイティヴの男女が読んでくれます。</p><br><p>機械は高価なので、私はこれを聴くことにしました。</p><br><p>普通の速度と二倍、三倍、四倍とだんだん速度が速くなります。</p><p>これを聴くわけです。</p><br><p>普通の速度のときは声を出してテープの声を追います。</p><br><p>英語のトレーニングをするつもりはなかったのですが、</p><p>それもいいかと思い続けました。</p><br><p>うつにはよかったかもしれませんが、</p><p>英語が聞き取れるようにはなりませんでした。</p><br><p>速聴が終わると今度は、再び速読のトレーニングです。</p><p>今度は机に向かって構えます。</p><br><p>コンピューターに入れた速読の練習課程にしたがって、</p><p>眼のトレーニングをします。</p><br><p>最初は便箋の罫に沿って丸い玉が動きます。</p><p>その玉を追って眼を動かします。</p><br><p>玉はリズミカルな音とともに上下、それが終わると左右と</p><p>動きます。</p><p>レベルが上がると玉はだんだん速くなります。</p><br><p>玉を追うのが終わると小説の文章が出てきて実際に眼で</p><p>文字を追って内容を把握します。</p><br><p>文章の追い方は何種類かあり、これもレベルが上がるに</p><p>したがって、それぞれ速度が速くなっていきます。</p><br><p>それで一分間に何行読めるようになったかがわかるようにできています。</p><br><p>「仕事力を10倍高める速読トレーニング」の著者栗田　昌裕氏は</p><p>「眼球運動は何よりも脳幹の働きを反映している」といいます。</p><br><p>また、</p><p>「脳幹はいわば生命力の中枢ですからこれが不活発であることは、</p><p>元気度も低いことを意味します」ともいっています。</p><br><p>脳幹は下から順に延髄、橋、中脳、視床、視床下部と繋がっています。</p><br><p>そこには、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった、</p><p>神経伝達物質により制御される神経系が群がっています。</p><br><p>このあたりに、あちこち・いろいろ障害を起こして極度に「元気度」が</p><p>低いのがうつ病でしょう。</p><br><p>脳幹こそはうつ病の根拠地。</p><br><p>ということは、眼球を動かす能力を高めれば、脳幹が鍛えられる。</p><p>脳幹を健全にし、活性化すればうつ病は治る。</p><br><p>眼球運動はうつ病対策には欠かせない。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10975420042.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Aug 2011 17:45:01 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　一語一会その１６―無明―</title>
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<![CDATA[ <p>今回は無明です。</p><br><p>辞典によれば、「眼が見えない意」</p><p>「仏教語としては人生や事物に明らかでないこと。</p><br><p>すなわち、すべては無常であり固定的なものは何もない</p><p>という事実に無知なこと」と、あります。</p><br><p>また、「十二因縁の第一支とされる。すなわち無明を縁として、</p><p>行・識・・・生・老死の諸法が生じ、</p><p>無明が滅すればそれらの諸法は滅するという」と、あります。</p><br><p>仏教語としてはこれでよいのでしょう。</p><br><p>辞典のさらに先を読み続けると語句とは説明が離れていき、</p><p>わかりにくくなります。</p><br><p>十二因縁の第一支とされる、というのであれば、</p><p>十二因縁全体のメカニズムがそれにより、はっきりとわかるような</p><p>語句であるはずです。</p><br><p>私は次のように規定します。</p><br><p>無明とは暗闇に渦巻くエネルギーであると。</p><p>そして、状態としては事物創成前の混沌とした状態であるといえば</p><p>いいでしょう。</p><br><p>辞典には眼が見えない意とあります。</p><br><p>無明とは明がないと書いてあるわけですから、明るくないわけです。</p><p>つまり暗い。</p><p>だから見えない。</p><br><p>それはそうでしょう。</p><p>明という字は、お日様とお月様が二ついっぺんに出ている状態でしょう。</p><p>明るいわけです。</p><br><p>それが二つながらないというのが無明ですから、暗いわけです。</p><br><p>暗闇の中で渦巻いているだけでは十二因縁の第一支にはなりません。</p><br><p>無明は十二因縁の次に置かれている行・識・・・と合わせて、</p><p>その後に続く各支を創成していく原動力です。</p><br><p>そのすぐ後の行は構成力です。</p><p>原動力といい、構成力といい力があればエネルギーがなくてはなりません。</p><br><p>この無明という暗闇の混沌にあるエネルギーによって次にある行という</p><p>構成力が現実の世界を創り出していく。</p><br><br><p>辞典には、「すべては無常であり固定的なものは何もないという事実に</p><p>無知なこと」ともあります。</p><br><p>「無常であり・・・事実」はなくてもいいでしょう。</p><p>知らないということ、単純に無知であること、これだけで十分です。</p><p>これが無明のエネルギーの根源です。</p><br><p>その知りたいというものがみな煩悩につながる事物を創り出す。</p><p>煩悩に向かうということはそれが障害になって、レンズが曇るように</p><p>ますます見えなくなる。ますます暗くなる。</p><p>こういう説明は別の項目で説明した方がいいでしょう。</p><br><p>ただ、無明がエネルギーとして力を持つには方向を必要とします。</p><br><p>では、その無明の知りたいという、何を求めていくか、</p><p>その方向を決めるものは何か。</p><br><p>これもまた、別の項目で説明したほうがいいでしょう。</p><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10970974493.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 14:58:08 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その９</title>
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<![CDATA[ <p>眼が覚めて、モーツアルトをかけると次は脳を鍛えるという範疇の</p><p>トレーニングにかかります。</p><br><p>といっても、これもまた市矢太流の横着な方法です。</p><br><p>まず、寝たまま連続して１０種類の印形を組みます。</p><p>甚だ不謹慎だといわれるかもしれませんが、病気治療ということで</p><p>お赦しを請います。</p><br><p>これを１０回繰り返します。</p><br><p>その次は、指廻し。</p><p>親指から小指まで各指１００回ずつ廻します。</p><br><p>これは、栗田　昌裕氏の速読トレーニング法によります。</p><br><p>この指廻しを終わると、今度は眼球廻しです。</p><p>両眼をまず時計回りに50回、次に反時計回りに５０回廻します。</p><br><p>廻し終わると次に片眼を手のひらで覆い、上・下・左・右・左上・右下・</p><p>右上・左下に眼玉を強く寄せます。</p><br><p>順に左右の眼を覆い1回ずつ行います。</p><p>眼玉を動かす筋肉を鍛えるというわけです。</p><p>面倒なときは上・下・左・右を省略します。</p><br><p>このあたりまで来ると、眼が覚めてきます。</p><p>後は、両足を上げ足の親指と次の指をこすり合わせます。</p><br><p>手の指から脳へ刺激を与えるだけではなく足の指先からも刺激を</p><p>与えようという試みです。</p><p>腹筋運動にもなります。</p><br><p>そして、寝たままの姿勢の最後は片鼻の穴をふさぎ、早く激しい呼吸</p><p>を左右１００回ずつ行います。</p><br><p>人間の身体の神経はだいたい左側の神経は右側の脳につながり、</p><p>右側の神経は左側の脳のつながっているそうですが、</p><p>鼻の神経は左側の鼻の神経は左の脳に、右側の鼻の神経は右側の</p><p>脳につながっているそうです。</p><br><p>鼻の激しい呼吸はこのことを意識して左右それぞれの脳を刺激する、</p><p>そんなつもりで激しく行います。</p><br><p>呼吸についてはもう一種類の呼吸を行いますが、それは起きてから</p><p>般若心経を読誦する前に、ゆっくりとした長い呼吸をします。</p><br><p>このときは脳波をα波にするために長い呼吸をするのです。</p><br><p>激しい片鼻呼吸が終わると起き上がります。</p><br><p>ここから、治療のためのトレーニングは第二段階に入ります。</p><br><p>ここまでも、これからもモーツアルトはかけ続けます。</p><br><p>速聴の方はどうなったかは次回以降に書きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10970704878.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 09:31:30 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その８</title>
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<![CDATA[ <p>今回は音楽療法について少し書き加えます。</p><br><p>前回書いた、私の横着な方法は正規のものではありません。</p><br><p>音楽療法について「モーツアルトを聴けば病気にならない」で</p><p>著者の言っている正規のものは、耳をすっぽり覆うヘッドホンを使用し、</p><p>一回３０分～４０分、一日三回朝昼晩食事前に心地よいと思う音量で聴く</p><p>というものです。</p><br><p>必要以上聴いたからといって効果が出るわけではない、</p><p>長時間聴いたからといって効果が出るわけでもない、そうです。</p><br><p>正確には、直接著書により、お確かめください。</p><br><p>正規の方法に、まともに取り組んでも、日によって気分に好不調があって</p><p>挫折する恐れが多かった私のとった方法は前回書いたとおりです。</p><br><p>あの後は終わったら、またスイッチを入れ、終わったらスイッチを入れ、</p><p>とモーツアルトを流しっぱなしにするという次善か三善の方法です。</p><br><p>ちなみに、なぜモーツアルトの曲が音楽療法に使われるか、</p><p>ということについてはモーツアルトの曲に３５００ヘルツ以上の高い周波数</p><p>の音が豊富に使われているからだそうです。</p><br><p>延髄から上の脳神経系はおよそ４０００ヘルツ以上の高周波音に対応する</p><p>ので、モーツアルトの曲は人間の延髄から大脳にかけての神経系を</p><p>効果的に刺激するのだそうです。</p><br><p>聴く者を苦しみや、悲しみを突き抜けた底抜けの天空に引き上げてくれる</p><p>モーツアルトの音楽は、音楽療法の理屈がわからない私にも、</p><p>うつに効くと思わせてくれます。</p><br><p>これが私の脳の癒しです。</p><br><p>この本は2004年に出版された本ですので、現在は音楽療法も</p><p>さらに進歩し、個別の症状に合わせて曲の適用がされて</p><p>いるかもしれません。</p><br><p>でも、絞り上げるように腹に響いてくるベートーベンの人間的</p><p>あまりにも人間的な曲はうつ病には向かないかもしれません。</p><br><p>うつ病には頑張るということは禁物だからです。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10963824054.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 17:26:16 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　うつからの脱却　市矢太の対処法その７</title>
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<![CDATA[ <p>コンピューターの故障により前回との間が空いてしまいました。</p><br><p>これまで見てきたように体内の物質の相互関係はきわめて複雑です。</p><br><p>現代人の心配する食肉、甘いもの、とメタボにはいけないものは、</p><p>かえってうつには必要なものばかりです。</p><br><p>メタボから逃げ出すためのダイエットなどが今の人たちのうつの傾向を</p><p>高めているのではないでしょうか。</p><br><p>セロトニンの原料になるトリプトファンをつくるためにも、</p><p>そのセロトニンの放出を高めるコレステロールも食肉を</p><p>たくさん食べなくてはなりません。</p><br><p>それに加えてでんぷんや甘いものを脳のエネルギー源として</p><p>食べなくてはなりません。</p><br><p>つまりメタボを嫌ってこのような食物をとらないことは脳にとって</p><p>きわめて不健全なあり方になるということです。</p><br><p>メタボを避けるには食物以外の別の、たとえば運動をするとかの、</p><p>方法を選択するほうがよいということになるのでしょう。</p><br><p>栄養学は時代とともに変わっていきます。</p><br><p>何百万人ものうつに悩まされている人たちがいる、</p><p>今の時代を生きるためには、高田　明和博士の</p><p>『「うつ」にならない食生活』のような本は大変参考になる</p><p>のではないでしょうか。</p><br><p>ところで、最近は音楽セラピーということも大いにはやっているようです。</p><br><p>私はあんまり遊びが好きでなく、日ごろも遊びのきわめて少ないタイプ</p><p>です。</p><br><p>ですので、癒しといっても酒を飲むことくらいしか自分を癒す方法を</p><p>知りませんでした。</p><br><p>ところが、うつ病と断定される頃は酒もあまりうまくなくなりました。</p><p>仲間同士で酒を飲み、乾杯といって杯をあわせても</p><p>ビールが一気に飲めません。</p><p>無理やりのどに押し込むといった時間がかなり長くあり、</p><p>少しアルコールが体に回ってくるまで続きました。</p><br><p>酒は飲みすぎれば確実にセロトニンを使い果たし、</p><p>翌日は急性うつ病患者を作り出します。</p><br><p>そんなことで脳を癒そうという試みは、心を改めて積極的に食べること</p><p>にした甘いもののほかは、ごく限られてきてしまいます。</p><br><p>そこで私が取った方法は音楽を聴くというものです。</p><br><p>「モーツアルトを聴けば病気にならない」</p><p>「モーツアルトを聴けば免疫力が高まる」</p><p>（いずれもＫＫベストセラーズ発行　和合　治久著）</p><p>を買ってきて付録についてきたＣＤを聴くことにしました。</p><br><p>そのほか「頭のよくなるモーツアルト」などというＣＤを買い込んできて</p><p>専らモーツアルトを聴くことにしました。</p><br><p>日ごろはクラシックなどあまり聴く時間もなく、誰が好き、この曲が好き</p><p>ということもありませんでしたが、うつに効くならということで出会ったのが</p><p>この「モーツアルトを聴けば・・・」です。</p><br><p>といっても改めて聴くとなると、これがやはり億劫です。</p><br><p>私のとった方法は全く横着な方法です。</p><br><p>枕元にＣＤプレーヤーとテープレコーダーを置いておきます。</p><br><p>朝眼が覚めて気が向くとＣＤプレーヤーかテープレコーダーの</p><p>どちらかにスイッチを入れます。</p><br><p>ＣＤプレーヤーにはモーツアルトが入っています。</p><br><p>テープレコーダーの方は脳を鍛えるという範疇に入る速聴のテープが</p><p>入れてあります。</p><br><p>どちらにスイッチを入れるかはその日の気分に任せます。</p><br><p>こうしてＣＤプレーヤーかテープレコーダーのどちらかにスイッチを</p><p>入れることから、毎日のうつ病治療活動が始まります。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10956508033.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2011 17:37:15 +0900</pubDate>
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<title>般若心経　一期一会その１５―眼―</title>
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<![CDATA[ <p>愛用のコンピューターの乱調により、前回から、ずいぶんと間が空いて</p><p>しまいましたが、今回は「眼」です。</p><br><p>空中、すなわち、空の世界には眼は無い、眼で見る対象である色も無い、</p><p>眼界も無い、と般若心経にはあります。</p><br><p>こらは、五感のひとつである眼、見る対象に対応する色や形あるもの、</p><p>それらを構成する眼で捉えることができる世界も無い、といっている</p><p>のです。</p><br><p>つまり、当時は五感と意識の捉えるそれぞれの範囲を、それぞれ</p><p>ひとつの世界と捉えていたのでしょう。</p><br><p>そのほかに、空の世界があるということを般若心経ではいっているわけです。</p><br><p>般若心経を作った頃に、このような世界観を持っていたということは、</p><p>なにしろ日本のその頃は卑弥呼の時代にさしかかろうかという時代ですから</p><p>まことに驚くべきことです。</p><br><p>しかし、現代では脳科学も脳の機能を相当に細かく分析して解明して</p><p>いますので、歴史的、仏教学的には意味があっても、</p><p>科学的な意味では、このような説明に重きを置く価値はないでしょう。</p><br><p>修行者が修行の段階に応じてどのような認識を持つようになるか、</p><p>ということを見ていけばいいのでしょう。</p><br><p>眼耳鼻舌身は波動や粒子などによる刺激を受けて、</p><p>それぞれの器官が受け止め、脳の視床が振り分け、</p><p>脳が再構築して記憶する。</p><br><p>とこういうわけですから、それぞれの世界は脳の中でひとつに</p><p>なってしまうわけです。</p><br><p>意識の世界のほかの空の世界や阿耨多羅三藐三菩提の世界の存在を</p><p>示唆している般若心経の世界はなんとも神秘的で魅力的です。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sarva/entry-10955484864.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jul 2011 18:13:05 +0900</pubDate>
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