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<title>数学教育屋の備忘録</title>
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<description>仕事と研究を両立しようとする中年男の生活</description>
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<title>僕の存在証明</title>
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<![CDATA[ <p>家裁では、僕の一切を否定された。</p><p>いかに父親らしくなく、異常な性格であったか、いかに異常な夫であったかを</p><p>責められた。このときに感じたことは</p><p>&nbsp;</p><p>「言葉は武器」</p><p>&nbsp;</p><p>だった。例えば、僕は数学教師なので、息子の楽( がく : 仮名 )に</p><p>&nbsp;</p><p>僕 「(教科書の角を指し示して) ここを「ちょっかく」といいます。</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ちょっかくの性質を調べてみましょう。」</p><p>&nbsp;</p><p>といって、楽の頭をコツンとやった。もちろん、思いっきりやっていないし、</p><p>楽も大笑いしていた。当然加減はしていた。でも、裁判所では</p><p>&nbsp;</p><p>相手「 教科書の角で息子の頭部を殴りつけ、息子は恐怖で怯えていた。」</p><p>全員「 それは酷い。」</p><p>僕 「 ふざけていたので、本当に加減をしたんですよ。楽も大笑いしていましたし…」</p><p>&nbsp;</p><p>調停委員「 相手がどう思うかが大事なんですよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>……… 終了 ………&nbsp; 「僕は異常な父親」 ……… 確定</p><p>&nbsp;</p><p>このようなやりとりを嫁が聞くと、嫁は目に涙を浮かべて黙ってしまう。</p><p>だから、そういうことを続けるのは、僕自身つらかった。</p><p>本当は闘い続けたかったけれども、その先にあるものは何だろうか。</p><p>おそらく、何もないどころではなく、恨みしか残らないだろう。</p><p>よくテレビや新聞で報道される「元夫が元奥を刺殺」というのをみて</p><p>ちょっとだけ気持ちはわからなくもない。でも…</p><p>&nbsp;</p><p>もういいかな。子どもとの面会もいいや。元気でいてくれたら。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は自分の残りの人生を楽しく生きようと思う。</p><p>そのためには、裁判所で全否定された「それまでの僕の人生」を</p><p>取り戻すための、僕の存在証明が必要だ。</p><p>それが、大学院での研究なのだ。この年になって学位を取得しても</p><p>就職するでもなく、何でもないけれども…</p><p>&nbsp;</p><p>そして、僕が数学教育に傾倒していった理由は…&nbsp; また今度。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/sasataka1971/entry-12256836969.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Mar 2017 09:44:38 +0900</pubDate>
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<title>2013 年…僕は「バツイチ」となった</title>
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<![CDATA[ <p>というタイトルだけど、まだちょっと難しいかな。</p><p>&nbsp;</p><p>2013年の五月に離婚をした僕は、家もなく、それでも毎日の</p><p>仕事には行かなくてはならなくて、仕事道具と最低限の服だけを</p><p>もって家を追い出されてしまった。とりあえず仕事はしなければ</p><p>ならないので地元のホテルに泊まった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、さすがにホテルの部屋で暮らすのはきつい。落ち着かない。</p><p>いや、落ち着いている場合ではない。</p><p>七月になって僕はアパートの一室を借りて住み始めた。</p><p>その年の夏は仕事量が少なかったから家にいることも多かったし、</p><p>このままではいけないな、なんて思っていた。</p><p>そこで生活の基盤もできていないのになぜか大学院で勉強しようと</p><p>思い立った。</p><p>&nbsp;</p><p>若い時に大学院の修士まで出ていたけれども、理学だったので</p><p>教育学を学ぼうと考えて、修士から入ろうと考えていた。</p><p>そこで、大学の先生に連絡をとり、あとは受験日を待つだけとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、受験を間近に控えた僕に、元嫁の弁護士から書面が送られて</p><p>きた。いくつもの要求が書かれてある。要求を聞かないと審判に</p><p>持ち込むぞとまで書いてあった。ベンゴシなんかとは接点のなかった</p><p>僕は正直ビビッてしまい(今はいろいろと知識をつけたし大丈夫だけど)</p><p>大学院受験どころではなくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>それからは、こちらも弁護士を立て、仕事以外の時間は調停や審判の</p><p>準備をした。僕が書いたのは修士論文ではなく準備書面だった。</p><p>諦めの悪い僕は、非常勤先の大学の紀要に論文を投稿した。</p><p>もちろん、論文の書き方なんぞ知らなかったので、大学の紀要なのに</p><p>いろいろと耳の痛くなるようなコメントがかえってきた。</p><p>でも、査読者の先生には申し訳ないけれども、無料で論文を添削して</p><p>もらえると考えた僕は、他人の迷惑も顧みず、次々と論文を書いて投稿</p><p>した。そして、書き方を学んだころに準全国学会誌へ投稿し、受理された。</p><p>その間、裁判所へ通ったりしていたけれども、さいたま家裁の女性の</p><p>裁判官が準備書面もよく読まずに意見してきたので、反論したら裁判官が</p><p>黙ってしまったことなどがあり「これ以上、ここでやりあっても仕方がない」</p><p>と判断した僕は、裁判所での戦いを「終える」方向に話をもっていった。</p><p>毎月、子どもに手紙を書いていたけれども、返事もないし(別に強要して</p><p>いないけれども)、今までは「親子だから」という気持ちもあったけれども</p><p>「もういいかな、このまま子どもたちのことを考え続けたら、俺がおかしく</p><p>なってしまう」とも考えた。今思えば、夜中にサイゼリアへ行って、子どもが</p><p>好きだったピザとたらこスパゲッティーを注文して半分だけ食べ、子どもの</p><p>分といって半分残して店を出ていたのも異常だったかな。</p><p>&nbsp;</p><p>また、離婚後に僕は再婚した。その嫁もバツイチだけれども、若いときに</p><p>ある資格をとりたかったんだけど、結婚してしまったからなれなかったと</p><p>聞いた僕は、嫁に資格をとることを提案した。そして、嫁は三十代にして</p><p>大学へと通いだしたのだ。大学で講義を受けてドンドン知識をつけていく</p><p>嫁をうらやましいと思っていた僕は、酔ったときにポロッと「うらやましい」</p><p>と漏らしてしまったことがある。嫁はその一瞬を逃さなかった(怖)。</p><p>&nbsp;</p><p>嫁 「大学院へ行ってみたら？」</p><p>&nbsp;</p><p>この一言がきっかけとなり、僕は大学院受験を決意した。</p><p>時間がたってしまったので、修士課程からではなく博士後期課程を受験</p><p>することにした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/sasataka1971/entry-12256526800.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2017 09:08:13 +0900</pubDate>
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<title>中年オヤジの研究日記…となるのかなあ</title>
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<![CDATA[ <p>四十代のオジさんです。</p><p>&nbsp;</p><p>四年前に離婚して、今の嫁に拾われて…と、結構いろいろな</p><p>ことがあった四年間でしたが、折角リセットボタンが押された</p><p>のだから、この際、若い時にできなかったことをやってしまえ！</p><p>と思い、大学院の博士後期課程を受験しました。</p><p>&nbsp;</p><p>ということで、五十歳までには学位を取得したいと思っていますが</p><p>結構難しそうですね。でも、どこまでできるかやってみます。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログもいろいろとフォントや色彩にこだわって書くのでは</p><p>なく、本当に日記代わりに書いていきますので、本当に地味な</p><p>内容になるかと思います。日本語も崩壊していると思います。</p><p>文章にピリピリするのは論文書いたりするときだけにしたいと</p><p>思います。</p><p>&nbsp;</p><p>それでは、ブログでなくてもいいではないかというお方もおられる</p><p>と思います。それは、もしかしたら子どもたちが私のブログを発見</p><p>してみてくれるかもしれないという、かなり自己中心的な考えに</p><p>よるものです。見る人が見れば誰だかわかってしまいますからね。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくは離婚してから大学院博士後期に合格するまでのことを</p><p>かけたらいいなと思っていますが…いざ、書こうと思ったらなかなか</p><p>書けないものですね。そのような中でもブログ立ち上げです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/sasataka1971/entry-12256471007.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2017 00:45:41 +0900</pubDate>
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