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<title>sat-131のブログ</title>
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<title>信ずるものがある人は幸せか</title>
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<![CDATA[ 20代として、またもや"大人の壁"というものにぶち当たった。<div>自分の信念を貫き通すと豪語し一つのコミュニティに飛び込み、そこで自分の成功を信じて止まなかった。</div><div>実際、初期の頃のハードルはさほど高くなく、むしろハードルを自分で無理矢理上げては飛び越えていた。</div><div>少しやって出来ない事は好きだった。ある程度の事は何でもできると思っていた。それを偽りにしないために人目につかない場所で努力するのが自分のやり方だった。</div><div>周りからすれば、すぐ出来るようになって苦労がない器用な奴だ。と思われていたかもしれないが、実際は自分の強がりでそう見せていただけだった。</div><div>自分の信念を曲げずに貫き通す事が目標だった。目標と同時に自分にはそれしかなかった。</div><div>だが、些細な事で脆くも崩れ、貫き通す覚悟もモチベーションも無くなってしまった。</div><div>モチベーションが無くなった人間はただの機械のように中身のない仕事をするだけだ。</div><div>何でもできる器用な人間が、脆くも崩れ去る様を周りはどのように見てるだろう。</div><div>惨めで、無様で、カッコ悪いだろう。だが、それでも続けなければならないし、なにしろ簡単には逃げられない。</div><div>今まではある程度の逃げ道がある事が多かった。その道を使ったかどうかは別として。</div><div>この逃げ道のなさと責任が、大人か。としみじみ感じた。</div><div>話は逸れたが、自分信ずるものは本当に大事でそれがないと"意味"がない。</div><div>自分のように信念を持っていても、途中でそれが無くなってしまえば迷い、踠き苦しむ。</div><div>信ずるものがある人は確かに幸せだが、さらに幸せなのは信ずるものを変えない人かもしれない。</div><div>信ずるものが変わらなければ挫折も楽しめるぐらいの余裕があるのかもしれない。もちろん苦労は多いし、信ずるものによっては周りから何を言われるか分からない。しかし、その気持ちが変わらなければ意味のある日々になる。自分はそれが本当に素敵だと思う。</div><div><br></div><div>いつか、また憧れを抱いたらその気持ちのままに動いてみようと思う。きっと信ずるものになるはず。今度は見失わずに。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12247849062.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Feb 2017 23:02:57 +0900</pubDate>
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<title>[番外編] 英語って喋れるようになるの？</title>
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<![CDATA[ グローバル化が進み、日常の日本語の会話でも英語の単語が使われる事が多い昨今。<div>「ハンバーガーのBセットをテイクアウトで」</div><div>なんて、ファーストフード店でのやりとりは今では当たり前ですよね。</div><div><br></div><div>でも、実際外国の方がレジを打っていたらどうするでしょうか？想像してみて下さい。とてつもなく早口で訳のわからない単語を並べられてみたら、かなり戸惑いますよね？</div><div><br></div><div>でも、英語喋りたいなぁ。うーん、難しそうだし…英会話通う時間もお金もないなぁ…。</div><div>あれ、これ自分にも当てはまるぞ。そんな事思っていませんか？</div><div><br></div><div>ここでは、効率よく且つ、楽しみながら英語若しくは英会話を勉強するためにいくつかの提案や工夫を紹介します。</div><div>筆者はアメリカ生活3年半で、最初の1年間でネイティヴのアメリカ人と普通に会話出来るようになりました。(かと言って、自分の英語が上手だとは思っておりません。少しでも英語に興味を持って貰える手助けになればと思いまして)</div><div><br></div><div>そこで実感し、得た事などをまとめて行きます。</div><div>➀耳から慣らせ！</div><div>➁英会話に文法は必要ない。は間違い？</div><div>➂英語はパズルだ。</div><div>➃洋画は最大で最高の教科書。</div><div><br></div><div>まず、➀耳から慣らせ！</div><div>これはまず、言語を話せるようになるにはまず聞く事が必要だという事です。</div><div>皆さんが日本語を覚えた頃。言い換えると赤ん坊の頃にどうやって言葉を覚えたのか。</div><div>そう、両親や周りの大人から発音や言い方を教わりましたよね？ 母親を指差して「ママ」と言われたり、自動車を見た時に「くるま」とか。これが皆さんが言葉を覚えた原点です。</div><div>つまり、英語にも共通して音から言葉を覚えると言うのはとても重要な取り組みの一つなのです。</div><div><br></div><div>➁英会話に文法は必要ない。は間違い？</div><div>たまに、勘違いをしてこう言う事を言う人がいます。「ネイティヴが必ずしもきっちりした正しい文法を使って話してるとは限らないよ。むしろ文法なんて滅茶苦茶なんじゃない？」</div><div>これは、とんでもない誤解です。</div><div>文法をきっちり覚え、正しい意味で物事を伝えないと、相手に誤解を与えてしまいます。</div><div>さらに文法が正しいだけで、相手に与える印象が全然違います。</div><div>例えば、</div><div>I need you to help my homework.&nbsp;</div><div>(あなたに宿題を手伝ってもらわないと)</div><div><br></div><div>そして、</div><div>I need to help my homework.</div><div>(私は私の宿題手伝わなきゃ)</div><div><br></div><div>この2文、違いが一目瞭然ですよね。</div><div>youと言う単語が抜けているだけで意味が大分違ってくるのです。</div><div>もちろんこれは大雑把な例ですが、文法を間違えば自分の意思や言いたいことは伝わらないと考えて下さい。ふたつ目の例文はちょっと意味が分からないですよね。</div><div><br></div><div>➂英語はパズルだ。</div><div>これについては日本語には無い感覚だと思うので、直ぐに説明しますね。</div><div>中学校や高校の頃に習った文型ありますよね？SVOとかSVOCとか。あれを応用して考えてます。</div><div>英語はこの文型に当てはめて単語を入れ替えるだけでほとんど(全てと言って過言ではない)の表現を行う事ができます。</div><div>簡単に砕いて行きましょう。</div><div>This is a pen.&nbsp;</div><div>かなりシンプルな文ですが侮れません。</div><div>pen を他の名詞に言い換えれば、当たり前ですが、全く別の物を表現できますし、pen を詳しく説明したい場合もこの文が基本になります。</div><div><br></div><div>例</div><div>これは昨日お父さんが私にくれたペンです。</div><div><br></div><div>これを英語にすると。</div><div>This is a pen that my father gave me yesterday.&nbsp;</div><div>となります。</div><div>that と言う関係代名詞でpen を修飾してみました。</div><div>一見、難しいようにも見えますが、この文も基本はThis is a pen. から成り立っています。</div><div>型にはめて、ドンドン単語を入れ替えたり付け加えたりするだけで表現ができてしまう。</div><div>なかなかしっくり来る言い回しがないので、パズルと言いましたが、少しは気楽に捉えて貰えましたでしょうか？</div><div><br></div><div>➃洋画は最大で最高の教科書。</div><div>ならどうやって勉強すりゃ良いんだよ？ 机にかじりついて参考書見たって続かないし、ラジオやCD聴いたってちんぷんかんぷんだわ。</div><div>こんな風に思っている人は少なくない筈です。</div><div>ではどうすれば英語の勉強が苦しまず、気楽に続くか？</div><div>答えは映画やドラマを見ることです。アメリカ英語を覚えたければアメリカの作品、オーストラリアならオーストラリア、イギリスならイギリスと言う風に覚えたい英語によって国や地域を変えることも必要です。(地方や国によって、独特の言い回しやアクセントが違う為。日本語で言う、標準語と関西弁が違うような感覚)</div><div><br></div><div>しかしながら、最初は興味のある映画をチョイスして見た方が良いかもしれません。</div><div><br></div><div>なるべくアニメのようなものではなく、日常的な会話があるような作品が好ましいですね。</div><div><br></div><div>最初は日本語字幕でただ単純に映画を楽しむ。だんだん慣れてきたら今度は英語字幕で見てみる。これを繰り返し行う事でリスニング力、スピーキング力が飛躍的に伸びます。</div><div>ただ、飽きない範囲で楽しむのが前提ですよ。</div><div><br></div><div>映画を観るメリットとしては、視覚と聴覚を使って覚えられる事です。ある一つの状況に会話が加わるとすんなりセリフと景色が頭に入ります。</div><div><br></div><div>人は五感に訴えかけた方が記憶に定着しやすいですから、まさに一石二鳥ですね。</div><div>余談ですが、筆者が語学学校に通っていた時は毎日ドラマを観るのが課題でした。また、クラスにいたアラビア人の生徒は映画が大好きで何年もほぼ毎日洋画を見ていたらリスニング能力が他の生徒とは桁違いに突出していました。</div><div><br></div><div>ここまで偉そうに語ってきましたが、筆者は英語が大の苦手でむしろ嫌いでした。しかし、楽しみながら覚えようとすると格段に英語能力が伸びました。</div><div>つまり、言いたいことは楽しむ気があれば英語は話せるようになる。と言う事。今では英語が大好きな筆者からの提案でした。</div><div><br></div><div>また、こんな方法どうかな？とか、お前時間あるとき英語の事について話せよ。とか意見、感想、クレーム等ありましたら気軽に知らせて下さいね。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12225145550.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Dec 2016 00:31:29 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 9</title>
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<![CDATA[ 「お疲れ様でした〜」&nbsp;<div>「ういっす、また今度な〜」</div><div>早い人はすでに着替えを済ませて車に乗り込もうとしていた。</div><div><br></div><div>ソフトボールの試合が終わり、ベンチでノロノロ着替えていた。そこは市営の野球場になっており、管理こそは行き届いていないが立派な野球場だった。1人$1ずつ出し合って野球場のレンタル費を清水さんが集めて、払ってくれた。</div><div><br></div><div>ベンチもあり、埋め込み式のベースでプレーに支障をきたさないとてもいいグラウンドだった。</div><div><br></div><div>試合はというと思っていたよりも、お遊びに近く、親睦会と言うような感じだった。一応勝敗はつけるが皆はただ楽しみに来ていると言った方が正しいだろう。</div><div>個人的な結果で言うと、まともな野球経験は無いものの、かなり活躍した方だった。昔から野球は大好きだったが習わせては貰えず、キャッチボールばかりしていた。経験者と混ざっても遜色ないくらいの自信はあったのだ。</div><div><br></div><div>「いや〜、君上手いねぇ〜、リトルリーグかなにかやってた？」関心そうに清水さんが問いかけてきた。</div><div><br></div><div>「いや、野球を習わせて貰ったことは無くて、昔からキャッチボールばっかりしてました」</div><div>とっさに、しかし謙虚にと意識しながら声のトーンも抑えて答えた。</div><div><br></div><div>「へぇー、野球やってなくてもこんなに上手くなるもんなんだねぇ。俺は野球自体は好きなんだけど運動神経が悪くてどうも上手くならねぇんだよ」少しばから恥ずかしそうに清水さんはそう言った。</div><div><br></div><div>「いえ、楽しめれば…</div><div>「あー！そうそう、腹減んない？ 飯でも行こうよ！」</div><div>私の返事を遮る形で清水さんが切り出してきた。</div><div>今も変わらず彼は人の話を聞かないが、悪気は全くない。</div><div><br></div><div>そうして、清水さんと繋がりを持ち、これが様々な出会いのきっかけとなった。</div><div><br></div><div>その数週間後、私の生活は一変した。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12224834079.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Dec 2016 00:35:52 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 8</title>
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<![CDATA[ ある日電話がかかってきた。<div>知らない番号に少し戸惑いながらも応答してみた。</div><div>「は、はろー？」</div><div>「あっ、どうもどうも〜、清水です〜。元気してるか？ あのね、実はさ今度ソフトボールをねやるんだけど君は以前、ソフトボール興味あるって言ってたから連絡したんだよ〜。」</div><div><br></div><div>「あっ、ご無沙汰しております。」</div><div>実は以前、桃子と一緒にロスへ旅行に行った時にチケットの手配などをして下さった、旅行の方だ。</div><div><br></div><div>「金曜日の夜、7時くらいから始めるけど来れそうかな〜？」</div><div>いつも漫才師のような口調でマシンガンのように話してくる。一度聞けば忘れないインパクトだ。</div><div><br></div><div>「はい、大丈夫です。行かせていただきます。」</div><div><br></div><div>「オッケー！ じゃあ、待ってるから！」</div><div><br></div><div>「あ、あの、あとで…」ガチャッ…</div><div><br></div><div>その時も随分と一方的だなぁ、と思ったが今もそれは変わらない。</div><div>そんな清水さんだが、その後、感謝しても仕切れないくらい大変お世話になった、大切な恩人だ。</div><div><br></div><div>学校が4時くらいにおわり、バスで言われた場所に向かう。ついに大好きなソフトボールをアメリカで出来る時がやってきた。</div><div><br></div><div>どんなレベルなんだろう。どこ守るのかな。活躍できると良いなぁ…。</div><div>と、期待と不安が入り混じりながらバスに揺られてた事を鮮明に覚えている。</div><div><br></div><div>やっと到着だ。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12205584848.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Oct 2016 04:46:44 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 7</title>
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<![CDATA[ 毎日が億劫だった。とてつもなくレベルの高い内容に頭がついていかなかった。<div>周りのクラスメイトの話す英語はネイティブのそれに近かった。多少の訛りがあるものの、会話のレベルはアメリカ人に全く引けを取らなかった。</div><div>もちろん、私は落ちこぼれというイメージが定着してしまったが、状況に言い訳はしたくなかった。</div><div>順番に問題を回答しても私の時だけ流れが止まる、皆に迷惑を掛けているという自覚から疲れ方も半端ではなかった。</div><div>上手くいかない事が続くと、当たり前だが面白くはない。</div><div>その時の担任のSueという女のおばあちゃん先生はいつも私を気にかけてくれていた。</div><div>そんな彼女をよそに私はただ自分の出来なさと状況を言い訳にして半ば不貞腐れていた。</div><div>結局、レベル6の授業は2ヶ月続いたが昇級できず、レベル4から上がってきた生徒達と合流してレベル5の授業を受ける事になった。</div><div>幸い、レベル5の担当は私を気にかけてくれたSueだった。</div><div><br></div><div>一つ下のレベルの授業はとても易しく感じた。リスニングのCDも、単語も全てが手に取るように分かった。</div><div>中国人の彼女とも初めてクラスメイトになり、いつも一緒にいるようになった。私の方が英語の習熟度が高く、よく課題を手伝ったりしていた。</div><div>ただ、プライベートの時間は英語を教わる代わりに中国語を教えてあげる、と私に勉強させてきた時は「さすが中国人だなぁ…」と呆れを通り越し、感心していた。</div><div><br></div><div>その頃からだんだん学校に行くのも楽しくなり、英語もクラスで一番だったので天狗になり始めていた。テストの点を気にせず、ある程度習熟した英語を駆使して遊ぶ事が楽しくなっていった。</div><div><br></div><div>そして、この時期からラスベガスの日本人のコミュニティに名前を深く刻むこととなる。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12187046876.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jun 2016 10:44:32 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 6</title>
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<![CDATA[ 私が学校に復帰する頃には、レベル2の時代に面倒を見てくれてたThomasという先生は4年制大学の非常勤講師を勤めていた。<div>実は、私は頑張って辞書で調べた英語でその先生を毎週末テニスに誘っていた。</div><div>自己紹介の会話から共通の趣味がテニスだったので、無理矢理誘ってみたら意外にも快諾してくれたのだ。</div><div><br></div><div>もちろん、復帰したことは彼にも伝え、学校に行くと沢山の人たちが声を掛けてくれた。</div><div>「大丈夫だったのか？」や、「随分痩せたな、もう元気なのか？」など沢山の人に心配を掛けていたようだった。</div><div>ただ、復帰した初日は体力が持たず、先生は気を遣って早めに授業を切り上げてくれた。</div><div>そして何より想いを寄せていた中国人の彼女に会えた事が嬉しかった。</div><div><br></div><div>遅れを取り戻す為にその後は必死になって勉強した。昇格試験までの時間も無く、学校が終わってはその足で家の近所のスターバックスへ行き、勉強。その後18時くらいに家に帰り、夕食を済まし、また勉強の日々の繰り返しだった。</div><div>ちなみにそのスターバックスは私の一番お気に入りのお店で毎日のように通っていた。(今の仕事を選ぶきっかけにもなった店舗だ)</div><div>最初はドリンクの種類も分からず、一番簡単なアイスコーヒーをひたすら注文していた。カッコつけながら苦さを我慢して飲んでいたが、そのうち美味しいと感じるようになってきた。</div><div>勉強に関係したかは分からないが、このスターバックスでは何かと作業が捗る気がした。</div><div><br></div><div>そんなスターバックスの甲斐もあってか、私はクラスで2番目の成績で昇格試験をクリアした。</div><div>もうその時点である程度の英会話は出来るようになっていたが、先生の放った言葉に再び自信を失った。</div><div>「申し訳ないが、次のレベル5の授業は定員割れの為無くなった。よって、君にはレベル6へ行ってもらう。」</div><div><br></div><div>「待ってくれ、そんな事したら俺はまた落ちこぼれるじゃないか。着実にレベルに合った授業をして欲しい。」</div><div><br></div><div>「すまないね、こればかりは…。」</div><div><br></div><div>有無を言わせず、私は不本意な飛び級を味わった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12172445795.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Jun 2016 01:00:43 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空</title>
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<![CDATA[ 自然と目が覚めた。起きた時にあんなに多くの人に囲まれてたのは初めてだった。<div>どれだけ時間が経ったのだろう。全く想像がつかなかったが、かなりの人数が野次馬として私の周りを囲んでいたので暫く気を失っていたのだろう、と勝手に思っていた。</div><div><br></div><div>救急隊に担がれ、車で病院へ向かった。</div><div>まだ意識が朦朧としていたが何となく病院までどんな処置をされていたかは把握していた。</div><div>注射や点滴の針を刺されて、痛い筈なのに痛がる元気も無い。</div><div><br></div><div>そのまま病院に着き、急いで点滴や血液検査が行われた。私はただ成されるがままでいた。</div><div>アレルギー症状の場合、大抵食べ物や植物、動物などと接触があって起こるものだが、私の場合、原因は不明だった。</div><div>(マザーが簡単な英語で説明してくれたので理解出来た)</div><div>おそらくストレスからくるものだろうと思っていた。</div><div><br></div><div>少し休もう。そうすればすぐ学校に復帰できる。そう思い、入院を拒否し自宅療養を選択した。</div><div>しかし、その決断が私をその後も苦しめた。</div><div><br></div><div>点滴の薬が切れると、また全身に赤い斑点が浮かび上がり、酷い時には首にブツブツができ呼吸ができなくなった事もあった。結局、その一週間で3回救急車に乗る事となり体重は7キロ減った。</div><div><br></div><div>どうにか治すために、無い食欲を奮いたたせ、無理矢理ご飯を食べた。体重はすぐには戻らなかったが何とか人と話し、外に出れるようになった。</div><div>最終的に、2週間程学校を休み大幅に遅れを取ってしまった。休んでいる間に、私が好意を抱いていた中国人の女の子からメールが毎日来たのが救いだった。</div><div>早く元気になってね、と言われるたびに一喜一憂していた私はまだまだ単純だったと思う。</div><div>ただ、それが心の支えてになったのも事実だった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12172102402.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jun 2016 00:30:24 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空</title>
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<![CDATA[ 第二言語は3ヶ月もすれば、耳が慣れてきてだんだん楽しくなってくる。<div>そんな様なセリフを何度か聞いてきたが、私の場合は当てはまらなかった。</div><div>以前よりずっと英語に対しての恐怖心や、苦手意識はなくなったが、耳が慣れるどころかまともな返事すら出来ていなかった。アメリカ生活は5ヶ月を過ぎていた。</div><div>そんなとき夏休みを利用してラスベガスに来ていた日本人の高校生の女の子が来た。目がぱっちりして綺麗な顔をした子だった。まだ少し垢抜けないあどけなさもあったが、実際の年より、大人びて見えた。その子は親戚がラスベガスにいるという都合で夏休みの間だけ間借りさせて貰っているようだった。</div><div>語学学校であった時は、時間も掛からずにすぐ打ち解ける事が出来た。</div><div>しかし、1ヶ月も経つとまた日本に帰ってしまう。さらには私をいつも支えてくれた桃子も家庭の都合で帰国せざるを得なくなった。</div><div>つまり、私はその時から日本語で頼る人や愚痴をこぼす人がいなくなった。</div><div>無論、留学生活では願っても無い環境になったわけだが、精神的な苦痛は想像を絶した。</div><div><br></div><div>2ヶ月に一度、昇格試験があり、それで70%以上の成績を残すとレベルが一つあがる。</div><div>私はレベル4のクラスにいた。だんだん内容も難しくなっていき、並大抵の努力では70%は厳しい。</div><div>ある日の事だった。いつもの様に授業を受けていると何だか頭皮が痒くなってきた。前日にシャワーは浴びた筈なのに、痒みがだんだん増してくる。人目につかない様にトイレの水道で頭を洗ってみた。しかし、良くなるどころか、腕や首に赤い斑点が浮き上がってきた。流石に先生も私の様子がおかしいという事で早退を許可してくれた。(私としては遅れを取るのが嫌で早退したくは無かったが)</div><div>幸いに、学校の近くに薬局があったのでアレルギー用の薬を選んでもらい、それを飲んで家に帰った。</div><div>マザーは仕事に行ってしまっていなかった。テキストメッセージ(電話番号で送れるメールの事)でマザーには早退した事を伝え、少し寝る事にした。</div><div><br></div><div>Hey, Satoi.&nbsp;</div><div>おそらく、寝てから3時間は経っていただろうか、マザーの声が聞こえ目を覚ました。夕方の4時過ぎだった。</div><div>I came home early because I am sick. (具合が悪くて早めに帰ってきたんだ)</div><div>拙い英語で状況を説明しようとすると、マザーは驚いた表情で私を見ていた。</div><div>What happen to you? You should go to the hospital, probably it is allergic reaction. (どうしたんだ⁉︎ アレルギーの症状かもしれない。病院へ行こう)</div><div><br></div><div>へっ？ 病院？何で？</div><div>と思ったが鏡に映る自分の姿は別人の様だった。皮膚はただれて、顔や首、上半身に真っ赤なブツブツがあり、自分でも気持ちが悪かった。</div><div><br></div><div>マザーの車の助手席に座り揺られていると、だんだん身体がダルくなってきた。</div><div>病院へ到着する頃には頭はフラフラで自分で歩く事すら出来なかった。</div><div>近くにあったゴミ箱にもたれかかり、気分が悪くなり吐いた。おそらく5分くらいゴミ箱に顔を突っ伏して10数回は吐いた。最終的にはどこが切れたのか分からないが赤い血の様なものを吐き出した。</div><div>傍らで私を支えながらマザーは何かを叫んでいた。私は意識が遠のいて行く感覚がした。そのまま全身の力が抜け地面に倒れ、気を失った。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12171458947.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Jun 2016 01:15:02 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 3</title>
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<![CDATA[ 「どうだった？レベル分けのテスト？」若干の訛りを纏いながら、先ほど私を助けてくれた沖縄の女性が話しかけてくれた。<div><br></div><div>「えっ、レベル2でしたね。ははっ…。」</div><div>恐らく女性はレベル1が今は存在しない事に気づいていただろうが、私としても多少の意地があった。だから、ただ聞かれた事に答えただけだった。</div><div><br></div><div>「そっかぁ～。じゃああたしと違うクラスかぁー」</div><div>「えっ、レベルはどこなんですか？」</div><div>反射的に聞いてしまった。</div><div>「あたしはレベル3よ～」</div><div>不思議とその人からは、嫌味などの感情は感じられなかったが、やはり訛っている。</div><div>「そうそう、あたし、桃子って言います。21歳。君は？」</div><div><br></div><div>「さといって言います。18っす。」</div><div>「へぇ、珍しい名前してるねぇ。それに年下かぁ。よろしくね」</div><div>「あっ、はい。こちらこそ。」</div><div><br></div><div>一番最初の授業が始まる。</div><div>レベル2のクラスだ。</div><div>学校の入り口から向かいの扉の教室がそこだった。恐る恐る扉を開けると、とてつも無く大きな髭面の白人の男がホワイトボードの前に立っていた。その男がドシドシと私の方に近づいてきた。大きい。身長180cmはある私が見上げる程の大きさだ。「Hi, I am Thomas!! Nice to meet you」</div><div>体格に不釣り合いな優しい笑顔で私に挨拶をしてくれた。</div><div>「えっ、あぁ、ま、まいねーむいず、さとい。。」</div><div>怖かった。身近にここまで巨大な人はいなかった。見たところによるとこの人が先生だ。たぶん、宿題忘れたり、授業サボったりしたら殺されるんだろうな。などと考えていた。</div><div><br></div><div>そんな想像とは裏腹にその先生は私にとって大切な存在となってゆく。先述した通り、その先生が初めて出来たアメリカ人の友達であり、先生でもあった。私は初めて会った先生がこの人で良かったと今でも思っている。</div><div>それについては後々書いていく事として、</div><div>そんなこんなで語学学校初日が終了。</div><div><br></div><div>実のところ、疲れと緊張でその後何があったか覚えていない。</div><div>マザーが迎えに来てくれた車で家に戻った。</div><div>暫くして、また疲れて寝てしまった。</div><div>起きて夕飯を頂き、また寝て起きて学校というような毎日だった。</div><div>そんな毎日にもうんざりしていたが、一番厄介なのがホームシックだった。</div><div>絶対にホームシックなんか無縁だと思っていても、やはり故郷は恋しい。ただ単純に味噌汁が飲みたい。</div><div>最初の2週間はとにかく地獄だった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12155336340.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Apr 2016 01:39:27 +0900</pubDate>
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<title>もう一つの空 2</title>
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<![CDATA[ 昼寝も相まってか、あまり眠れなかった。<div>眠れない事がストレスとなり更に目を覚ます。どうしても早く寝たかったのだが身体が言うことを聞かなかった。次の日は語学学校初日だというのに。</div><div>語学学校というのは、英語を第一言語としない人、つまり留学生などが生活、進学、仕事の為に英語を学びに来ている学校。もちろん短期大学や4年制大学にパイプを持っている学校も数多く存在する。</div><div><br></div><div>「起きて、さとい。今日から学校よ。支度は出来てる？」こんなような内容でマザーが朝早くに起こしに来てくれた。</div><div>私は何と答えて良いかも分からなかったので、「ぐっ、ぐっどもーにんぐ。。ハハッ。。」っと誤魔化しておいた。</div><div><br></div><div>初日はマザーが学校まで車で送ってくれた。マザーは学校のマネージャーなどと仲が良く学校に着いた時もマザーが色々と話をしておいてくれたみたいだった。</div><div>とても巨体な白人のおばちゃんが私を学校の受付まで案内してくれて入学手続きを進めてくれた。</div><div>身振り手振りで説明されても英語なので全く分からなかった。</div><div>白人のおばちゃんは何かどうしても伝えなきゃいけない事があったらしく学校中から日本語と英語の通訳を探し始めた。</div><div>どうやら私のレベルまで英語に乏しいのは稀らしくおばちゃんもお手上げ状態だったようだ。</div><div>おばちゃんの「hey, do you have an insurance? 」問いに対し、全く理解出来ず「はっはっはっは…」と意味不明な返しを続けていた。</div><div><br></div><div>すると廊下の奥から「insurance は保険って意味だよ」としっかりとした声の女性が日本語で話しかけてきた。とても掘りが深く、分かりやすく言えば濃い顔だった。明らかに日本人離れしてる。</div><div>「えっ、日本の方…？」私はただ日本語が通じるのか試してみたかったんだと思う。</div><div>「え、あ、あぁ。わたしの顔ね？ わたし出身沖縄だからさ。」</div><div>女性はイメージと違い、気さくな感じで返事をくれた。</div><div>綺麗で目鼻立もくっきり、そんな近寄りがたい印象の人だったが、とても人間味のある人でもあった。</div><div><br></div><div>さて、必ず学校に入る前にはレベル分けのテストを受けなくてはならない。私のような英語が全く出来ない人も例外ではない。</div><div>記述は無く、リーディングもリスニングも全て選択肢の問題だった。</div><div>結果は9段階レベルがある内の2。</div><div>しかもレベル1は生徒がおらずやってないらしい。つまり、実力は1なのに、他に生徒がいないからという、理由で無理矢理レベル2にされていたと言うお粗末さ。</div><div>レベル毎に授業の階級や習熟度が異なり、レベル7を通過すると短期大学入学への切符が手に入る。そのレベル分けテストでレベルの高い方に行けば、早い段階から短期大学へ行けたのだったが、その時点の私の英語力では大学はおろか、生活すらままならないレベルだった。</div><div><br></div><div>そんな不安やストレスだらけの生活に、1人手を差し伸べてくれた人がいた。最初のアメリカ人の友であり、師であった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sat-131/entry-12155331750.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Apr 2016 00:50:35 +0900</pubDate>
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